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シン・エヴァMADが出来ました。 または「恥ずかしさのハードル」について


取り急ぎなんか書きます。 まじの書きなぐりです。 興奮したまま書きます。


多分 今年自分に起きるであろう凄い出来事ランキング1位であろうことが、起きました。 
(こういうの直さない)
(むしろ一周して正しい表現だとさえ思う。混乱している感じが)



自分の提案してたMADが、完成しました。









経緯はこれ↓ですね。
ここで突然こんなことを言い出してて、 ここでまたなんか細かいこと言ってて、

・・・
そしたら、本当に出来てしまった。



一ヶ月くらい、ずーっと裏で指示を出していました。
一ヶ月くらい自分の鬼DMに耐えてもらっていました。


はい、と。

たこ焼きのパラドックス


書く文章のネタは無限にあると思ってるのに、ほっとくと二週間とかブログを開かなくなるので いかんよなぁと思う。
(そう思いながらずっとやってんだけど)


「どうでもいい事」というのはすぐに書かないと永久に書けなくなってしまう。
一方 「どうでもよくない事」は、いつ書いても重要なはず。

そうやって考えると、どうでもいい事ほど優先度高くないか?みたいなことを考えたりしていた。
・・・というどうでもいい話。



割と普通の 日記ぽいことを書く。



最近だんだんとわりと「買い物」をするようになっている。 なんと。
「割と」といってもこれが二週間に一回とかなのだけど。

でも自分としてはそういうことを定期的にやるようになるというのがもう全然珍しいことなのだ。

理由としては近所のスーパーがセルフレジになったのがある。
レジの人としゃべるのもイヤな自分としては正直こういうのはありがたい。
ぶっちゃけこれに関してはコロナの良かった面である。


対人恐怖症だった人間というのは、こういうので一気に反転したりするわけだ。
「これからは人間のことを気にせず買い物ができる」ってなると、途端に急に買い物とかしはじめたりする、と。


それで運動不足的なこともあって、割と歩いて買い物するのをたまにやっている。
(自分は無意味な運動はしたくないが、なにか意味を伴った運動ならやるのだ)



で、そうやって外出するようになると、それまで気にもしなかったモノも買う機会が出てくるようになるのだ。


近所に二箇所、たこ焼き屋がある。 そんなことに気がついた。



片方はチェーンっぽいたこ焼き屋である。
バイトの若者っぽいのがいつもいる感じである。


片方は、老舗のたこ焼き屋って感じなのだ。
どこから入るの?って感じの店に、 ばあちゃんがちょこんと座っている。



さて、どっちを支持すべきなのだろうか?



意外と(意外となのか知らんが) 自分は「後者」を応援したい側の人間なのだ。
(日本の全てを 統一されたチェーン店が覆い尽くせばいいなんていう風には思ってなかったりする)
 (でもそういうこと書きそうだけど)



だが、単純に「気持ち」だけで贔屓はできない。
色々条件が違ってくるのだ。


チェーンのたこ焼き屋は
10個入り 350円



ばあちゃんがやってる所は
8個入り 320円


とかだったりする


一個あたりの値段、
35 vs 40である。



まぁ、前者のほうが安いのだ。
うーむ。
(これが大手の力なんだよ)


そら、安くて多いほうがいいよなぁ。



・・・とか思っていたら、こないだ こんなことがあった。


(こんなことがあったからこそ、こんな日記を書いている)




「あ、この4個余ってるから、おまけにつけといてあげるよ ちょっと冷めてるけど」






これで普通に8個入を 12個入にしてくれたことがある。 値段はそのままで


320/12 = 26.666666

ばあちゃんが勝った!



・・・
つまり「こういうこと」である。


常に単純な計算で比較できることではないのだ。

 あなたの計算には「心」が入っていないわ!


そしてこういうおまけ行為は、老舗のばあちゃんがやってるたこ焼き屋だからこそ 起きることだろう。

バイトがやってるチェーン店では、こんなことは一生起こるまい。 (裏でどんだけ廃棄してようが)



なるほどこういうことか、と思ったりはした。 これだからこそ、自分は、あっちを応援したいのだなぁと。

(つまり客と、売れ残りの食べ物を大事にしてる、「その精神」ってワケだ)



・・・
まぁそんだけのことなんだけど。
そういう日記。



で、これがやっぱりそんなに単純にはいかないのが
ばあちゃんのところはばあちゃんのところでデメリットはあるのだ。


それは「世間話」を振ってきたりするところである。
自分は、そういうのが要らんのだ。


変な話である。 

「事務的な対応だけをするチェーン店」のほうが本来 そういう意味では自分みたいなのは最初からありがたがるはずなのに
なぜか ばあちゃんがやってるような店の方を 心理的に贔屓している。

そのくせ、世間話みたいなのは、一切したくないのだ。 (このややこしさ)





あとぶっちゃけた話 チェーンの店のたこ焼きのほうがウマいです。

一番大事なところそこじゃねーか!



まことに哀しいことですねと。

「チェーン店より当然老舗の店のがウマい!」 「伝統の味がウマい!」なんてこと、ないのですね。 企業努力。

(裏で大量に廃棄しているであろうからこそ維持できる、出来たてトロトロ感ということか)
 (つまり人類は滅びるべき)


[ 2021/09/19 15:57 ] ニート生活 | TB(0) | CM(4)

最近考えてることリスト10

 
まぁ見てて分かるでしょうが、精神的に不安定です。 不安定安定
でも、そういうときのほうがなんか出てきますよね。

ということで落ち着かない。 なんかしっくりしない。

やはりこういう時は、リストだけ書いておいて逃げるのがいいですね。



◆経験しない論

前回の話は自分でもアレかなーとは思ったりする。

まぁ結局、燃料と言っておきつつ、本当に燃える要素はうまいこと消してんだよなぁ。
(本当にヤバいことを書けつったら  いやそれもできるけど)
 (じゃあ、世間で炎上しちゃう人たちは何なのかというとそれは結局、いや、まぁいいや)


そういうことでなく、
前回の続きで更に考えることがあるのなら、

「持ってる側」、「知ってる側」、「経験が豊富な側」、「多彩な側」、「豊かな側」 
が常に正しくて絶対的に「良い」というのであれば、

まぁ、自分の考えが行き着く果は 酒と煙草とドラッグなのですね。


「一度も味わったことないくせに」
「これを味わったことの無いやつは人生のn割損してる」
 というやつです。

ドラッグに関してこれを言ってるやつは頭がおかしいということになるだろうけど、
ちゃんと考える時はそんな常識もまずは取っ払ってから考えてみたいとは思う。

なぜなら、酒と煙草とドラッグも、自分にとっては全部同じようなもんだから。


「経験したことがある」 「その味がわかる」 「その一服が分かる」 「我慢したあとのこれがサイコー」

・・・

「その感覚がある」 「知ってる」 というのは、 一度もその感覚を持ったことがない 知らないまま人生終えた奴よりも、
絶対的に豊かなのか?  前回はそれに対してそうだと言ってしまったのだから、
じゃあやっぱり、死ぬ前にドラッグをやってみるというのは、ありだよなぁなんてことを思ってしまったりはするのです。



それは流石にヤバいから、 「知らない領域こそが人生の輪郭を形成する」 みたいな論を自分は作りがちなんだけど。

みたいな話。



◆内戦ずーっと続けてる国ってバカみたいに思えてくる


・・・じゃあ戦国時代は??


じゃあじゃあ、今のあの人たちだって、「忠義」や「誇り」や「ロマン」の中で生きてるつもりなのかもしれない


◆エヴァイマジナリーについて

これを書かねばといいつつリストしか書けない


◆コロナとかワクチンの話

今、「ミスト」の話ができる気がする。


「結論を出さないこと」
「保留すること」
「迷うこと」の意味について 
生き残れてきた戦略について


物を信じる
物を疑う

物を信じ続ける
物を疑い続ける

科学的態度とは?
について


◆ラスアス2とシンドラーのリストについて

何故かこの2つだと思った。 全然違う、単なる名作の代名詞として比較してる人もいるだろうがそういう話ではない。


◆戦争と平和と人生の格のパラドックス


たまに思ってしまうのですが
現代人がyoutuberなんかやって、一体何を語り、何を残す必要があるのだろう??? と思ってしまう。

そんなんする環境があるのなら、家にじいちゃんばあちゃんが生きてるのなら、彼らの戦争体験や昔話でもそのまま語ってもらって、
それを録音してアーカイブにしたほうが何千倍も価値があるように思ってしまう。



こんなことを素で思ってしまうのはヤバいでしょうか?? こういうことマジに思うんだけど。

現代人の人生哲学や、出てくる含蓄なんて、糞だ。 無に等しい。 無。

そこらのyoutuberに語らせるより、戦争経験者とか、 なんならホームレス捕まえてきてなんか人生について語らせたほうが、
よっぽど面白いことを喋ると思うんだけど???



実際
戦争映画とか 戦争漫画とかを本気で読んでると、まじで毎度こういう気分になる。


戦時中の人たちのほうが命が輝いているように思える。

彼らのほうがしっかりモノ考えてる。

昔の人たちのほうが命に価値があるように思える。



・・・
でも、彼らの努力の結果、この今の平和があり、 彼らのおかげで、 我々は平和ボケすることが「でき」、人生を命を淀ませることが「できる」。


だからこれで、 「戦争と平和のパラドックス」というのが書ける気がする。
どっちの時代に生きてた方が人生が輝くのか??? どっちが本当の目的なのかと



◆キチガイレッテルについて

ネットでの議論中に出てくる「キチガイ」という言葉について


相手を論破出来ない
相手を説得できない
相手の言ってることを学ぶ気がない (分からせる気がない)
相手の積み重ねや前提を理解する気がない (理解させる気がない)


実はそういうときに、面倒くさいから使ってる言葉が 「キチガイ」ってだけなんじゃないかと思ったりする。



◆キャンセルカルチャーについて


自分がもしキャンセルカルチャーやられる立場になったと仮定して
じゃあ一番掘り出されたらヤバい発言はどれか? あかん記事はどれか? 探し出してきてほしい。 

補修作業。
事前に消しといたほうがいい?

でも、意外に無い気がする。 あれですら。 (そう思ってるのが、ダメなのか?)
(でも、そんなん言い出したらなぁ アレとか普通に)



例えば「私の過去の発言の中で一番やばい発言を探し出してきてください」 みたいなことを、
本当にちゃんと完遂できる人というのは
信者というより「アンチ寄りで執着してる人」ではないかと思ったりする。


(いや思うのですよ。 ラーメンズの過去のコントの内容とか掘り出せてきた人ってのは、)
(別に中国人の工作員とかじゃないと思うのです。 あれは、「元ファン」とか、「元アンチ」とか、そういうのだと思う)


そういうことを考えた時、信者というのは案外何の役にも立たないけど、 
ちょっとアンチよりで発言を見てくれてる人のほうが色々役に立つんじゃないか と思ったりする。
自分にとってそういう人はいるだろうか? (いたけど表面にでてこなくなった?)


でも自分は伊集院光の信者だけど、
伊集院の過去の発言の中であれはダメだろ、みたいなのは普通に分かってるつもりだけどなぁ?
とか。



信者とは? 味方とは? 敵とは?
◆結局盲目になってる説



どこまで行っても人間は盲目なんだと


「味方というのは何でもかんでも肯定したり許したりする関係性のことじゃない」、 とはいいますが (ひぐらし的)
多分本当は結局、そういうことなんだと思う。


ある人間のシンパというのは、味方というのは
ある人間が失敗や間違い 失言なんかをした時、結局全力で
相手の「事情から」考えてしまう。


「いや、〇〇さんは彼の立場上ああいうことを言ってるだけで~」
「彼はこう言ってるけど本当はこういうニュアンスのことが言いたかったんであって~」
「彼はこうやって怒られたけど本当はそれも狙ってて~ だから結局彼は頭のいい人なんです 彼は能力のある人ですよ」
「彼は発言がああなだけで、〇〇をやらせたらすごい人なんです トータルでみてあげてくださいよ」


みたいなことを、いい続けている。 これ、全部ポジショントークではないか


で、実際問題、 「知名度が高く」 「味方が多い人」というのは、 大勢の人間から「そう」考えられて「理解」されてしまうから、
ネット上でも世間でも擁護の声が多くなり、普通に許されてしまったりする。 そうなってる。

これは結局、バランスと声の大きさで、善悪が決まると。


結局、「味方」というのは身内に甘い人間ということではないかと。



◆日記

・メディバン3GB騒動
・ニコニコのユーザーブロマガ消滅騒動


こういうことはどっちも、「世界がどんどん貧乏になってること」の現れかもしれん。


色んなリソースが有限であることが、これから先、どんどん明確になっていくだろう。
今まで無料だったサービスがどんどん有料になっていくだろう。

行き着く果は、どう考えても命の選別なんだがなぁ? 
(これで平等のパラドックスというのもある)


いや普通に、書いたものがどんどん消えていくのは恐ろしいことだよなぁと思ったりする。



自分のクソブログ、全部魚拓に取るくらいのことをしてくれる人はいるだろうか?

で、やっぱそういうことを考えだすと、アンチの人の方がちゃんと働いてくれるよなぁ???と思ったりする。

何もしてくれないシンパよりも何かしてくれるアンチの方が役に立つ みたいなことをほんとうに思ってしまう。



つまり、言ってることに本気で腹立ててくれる人は割と重要だよな、と。
(また勝手なこと言ってる 別の時はあんなこと言っておいて)



◆ラグドールと21gについて

人間が死ぬときに21g軽くなる、みたいな珍説が昔あったし、 ガンツにも出てたし 映画にも出てた。

そういうのしゃらくせえと思ったりしてたけど という話。


でも
こういう話と「ラグドール」を組み合わせて考えると、一つのSFとか ゲームのメタ設定の元になったりすると思う。



ゲームにおいてはある種 本当に「そういうこと」が起きていると言える。



その手の3Dゲームでは、死ぬ前のモデルと死んだあとのモデルは 「別モン」と言える、 死んだ瞬間にモデルの差し替え処理が起きている。

そこで実際に内部でキャラコントローラーは消えるし、膨大な情報がぷっつりと消失していると言える。

別のポリゴンだとも言える。 別モン。


死んだ瞬間、一瞬だけキャラが不自然な動きをするゲームも多い。 差し替えが起きている瞬間、衝突がおかしくなる。



この世界がゲームであること
心身一元論が逆に嘘だった!ということの解明 につながったりするのではないか。

(つまり普通に、人間は肉体というモデルにコントローラーが入って制御されているだけの、ゲームキャラみたいな存在なのだ)




人間に魂とかねえよ。
いや、「キャラクターコントローラースクリプト」を「魂」と呼ぶなら、確かに人間は死ぬ際に魂が消滅してるといえるかもしれない。 
とかなんとか。 その情報量が「21g」の正体なんだ。




人間の死というのは そんなアナログな現象ではなくて、 もっと奇妙で不連続で 
ゲームのラグドール差し替えみたいな 雑な手続きをやってる そんな特殊な瞬間なのだ


もっと観察すべきなのだ。 その瞬間を観察することで、真の「世界の仕組み」の解明につながる ・・・ みたいな設定の話。


普通に一個膨らませられるはずですよ。 こっから



しめった燃料

 
アレな感じになっているので、ボツ文章を貼って、余計にアレな感じにしておきます。

もちろんこんなのは山ほどある。


パラリンピック前に書いてやろうかと思ってたやつ。
でもこれは相当のジャブで、もう一個、もっとヤバいやつもある。 
(前に最近考えてるリストに書いてあったが)

それから比べたらかわいいやつです。



「障害」について本気で思うことを正直に書き、 炎上してみたいと思ったりする。 別に本気じゃないけど。


なんか問題発言をして炎上する人が後をたたないなぁとか思ったりする。


障害者を差別したり、
ホームレスを差別したり、
弱者を差別したり、
貧乏人を煽ったり・・・。



今、「勝ち組の人間」が「好き勝手なことを言う」時代が来ているなぁと つくづく思う。


彼らは好き勝手な事を言う。 そんで、多少炎上しても、焼け太りしかしない。 
ポーズだけの謝罪をして、あとは結果オーライ。 
結果、登録者が増えた。 結果、PVが増えた。 もうひゃっひゃ、もうひゃっひゃ。

知ってか知らずか炎上商法。 ちょっと危なくなっても仲間内で擁護しまくる。
本当のところで反省なんかしない。
内心で思ってることは変わらないし、 「好き勝手な事を言う」という性分は絶対変わらない。

(前にも言ったけど 彼らは「自分の不利」を察知して偽りの反省をするだけなのだ)






じゃあ、自分もいっぺん、書いてやろうか??と思うことがある。

自分が障害者について なんかガーっと書くとこうなる、というやつだ。

これは燃やせるだろうか?

[ 2021/09/01 20:25 ] 駄文 | TB(0) | CM(5)

前回の後始末 & シーンチョイス

 
前回は、なんだったんだろう。
まぁとにかく 自分が出来てないことアイディアを、他人に丸投げして、金で解決してこうってことですね。


それにしても、なんで自分は自分の月収に匹敵するくらいの金を、平気で他人にポンポンあげようとするんでしょうね。
まぁ、「どうせこんなこと言っても誰も来ないんだろうな」と思ってるからこそ、気前の良いこと言ってんのかもしれない。


なんか自分が依頼品やるときと人にあげるときとで、金銭感覚違うんですよね。
(むしろ、自分は安くていいけど普通の人はもっとやらんと何もしてくれないだろう、という感覚がちゃんとあるから?)



あと、あのあとすぐ思ったんだけど、
ああいうことをやってると
「それはアンダーマイニング効果で良くないですよ」てなことを言われそうだな、とは思った。


自分のモデルを使って動画を作ってくれてる人はいるが、そこに「報酬」なんかをちらつかせるようになってくると、
却ってモチベがなくなっていくとか、そういうやつだ。


どうなんだか。 でも、ネット上の創作ってそういうもんですか? 自発性オンリー?

みんな、ボランティア感覚で、己の中の「これが出来たらおもしろかろ」だけを信じて、やってんのかなぁ?
自分はそれだけだと、やっぱどっかで「限界」があると思ってる。

忙しいと、「おもしろかろ」だけでは踏み切れないモノがある。
(だから、常にアイディアだけが降り積もっていく)
(金で、他人に「アイディア実現」を投げるというのは、その点で重要)



いや、でもいいのだ。
自分的にはとにかく、 一人でも、
「自分の言ってることを真に受けてくれる人が現れてくれたら、それでいいのだ。


本当にそれ。 みんな真剣に人の話聞いてないだろと、すぐ思ってしまうから。

ああいうことを書いて何人に呆れられようが、「まともに受けて取ってくれる人」が一人でてきたら、それでチャラだと思っているのだ。



・・・
で、そんなことを思っていたら、 
前回のシン・エヴァMADを「やってもいい」という方が本当に現れてくれました。
やっぱなんでも言ってみるもんですね。



で、そうとなったら、具体的指示をジャンジャン出していきたくなる。



自分はエヴァのセリフだのシーンだのは完全に頭の中に入っているので、
(実際1話2話なんか、頭のなかで 空で全セリフを朗読できるんじゃないか?くらいのことを)
「この歌詞にはあのシーンだ!」というのが山程あって、ポンポンと浮かんでしまう。


それを書いていく。

でもこれ、あんま事前に見せてしまうと作品の事前バレになってしまうから
見せないほうがいいかなぁと思ったりもするが。



てか、今回は本当は全然別の話をしたかったりするんだけど。



自分はこうやって頑張ってくれる人や「自分のおもしろに協力してくれる人」にはポンポン金を払いたくなってしまうわけだけど
そんな調子いいことばっか思ってるわけじゃなくて、真逆のこともよく思ってる。


twitterでフォロバされないとすぐリムってくる人が出てくると、未だにムカついてくる。未だに。

(別に、半年くらいかけて自分のこと嫌いになったんならいいよ)
 (でも、一日2日でリムっていく人は、完全に他人で"釣り"がしたいだけでしょ?)


そんなにフォロバ目的でツイッターやってんだったら、
「じゃあフォロバしてやるからどうしてもフォロワーがほしい人はアマギフで1000円ください」って、すっごい言いたくなる。

1000円くれるんだったら、誰でも、どんなつまんない奴でもフォロバしてあげるのに、と思うんですよ。


(というか、人のことをリムる前に、一言DMで↓こういうことを伝えれば良いのにと思う。 ほんとうは)

「私はあなたをフォローしてやったのに、あなたはフォロバしてくれなかったから、ムカつきました。 何様?」
「ムカついたので、もう、あなたをリムろうと思う。」 

「どうだ?怖いか?」

「でも、ほんとうはフォロバしてほしかったのだ。」
「だから、今からでもフォロバしてくれるのなら、リムるのはやめてあげようと思う。」

「どう思う?」


↑これを、全部伝えろよ!と、思うのですよね。
あんたが本当に思ってることはそれだろって。


これ、正直に言える人なら、自分は全員フォロバしますが?



1000円くれるような人なら誰でもフォロバします方式。

これで自分は「頑張ってる人にあげるための資金」が手に入るし、
そういうフォロバ目的の人は、 自分のフォローがもらえるというわけで、 WINWIN。
割と良いと思うんだが?どうだろうか?


つまりそういう点では、自分が考えてることは前澤社長の真逆なのですよ。
気前のいいこと言ってフォロワー稼ぎがしたいんじゃなくて、逆。 

金でフォロワー稼ぐのの、逆。 フォロワーから金もらう。 しかも、すぐ人をリムってくるような人からこそ、もらいたい。


「何もしてないくせに根拠なく繋がりがほしいだけの人間からはお金を集めて、
「自分の面白のために頑張って協力してくれる人にはお金をあげる。

そんで、勝手に面白い作品が出来てくような世の中なら、それが一番いいんじゃないの?


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