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宗教全否定~ニートが宗教について思うこと~ その3

 
宗教についての話3回目。 終わるはずもないんだが、これで終わりとする。


第一回では宗教が如何にデタラメであるか

第二回では宗教を信じるモードの脳が如何に危ういか、 宗教的姿勢 そして宗教VS科学の話


そういう話をしてきた感じですね。

んで、
もう宗教なんて物をマトモに信じる必要性なんて無いことが大体わかったと思うのですが、
それでもなお、まだ、残すべき理由があると信じ、抵抗する人はいるでしょう。

今度は、その「残ってる部分」も摘みにかかります。

完全に宗教の息の根を止めたいです。


このようなことを延々と語っても
それでもまだ宗教の存在意義を唱えようとする人間がいたとしたら、
彼らが必ず最後にすがろうとするのが、

宗教による「道徳・モラル維持」とか、「文化的影響」の側面でしょうね。


だから今回はこれら、そして考えられる残りの全てすらも潰して、宗教へのトドメとしたいです。

[ 2017/01/26 11:08 ] ニートメソッド | TB(0) | CM(9)

宗教全否定~ニートが宗教について思うこと~ その2

 
というわけで、宗教がどんなに愚かで間違っていて邪悪か、
多少語ってきたワケですが、
今度は誰の中にも潜んでいる「宗教を信じようとしてしまう気持ち」それに近い精神の分析・傾向のような話をします。


いろんな「姿勢・モード」の話をします。


これをしなけりゃーいかんと思っている。


なんというか 「自分は断固宗教なんて信じてない」「自分は科学サイドの人間だ」と思っていながら、
実は宗教サイドの人間とおなじような脳の持ち主、物の信じ方をしている人達は大勢いると思うのです。



世の中には占いを信じてしまう人がいる。

星座占い・・・
血液型占い・・・
誕生日占い・・・

全て碌でもない。

宗教を信じないまでも、そういうのは漠然と信じている人たちも、まだまだいるだろう。


そういう人たちが危険なのは当然だが、 今回するのはそれにも当てはまらない人の中に潜む、
宗教を信じるのと同じくらいの「心の危うさ」の話なんです。


「自分は宗教なんて信じない」
「自分は占いも信じない」
「自分は幽霊とか信じない」
「自分はUFO信じない」
「自分は水素水信じない」
「自分は疑似科学には騙されない」
・・・
「大丈夫、自分だけは大丈夫自分だけは科学サイドの人間だから・・・」

そう思っている人たちの中にも、まだ実は危険性が残っている。 そういう話になります。


そこの部分の指摘と是正をしなけりゃ、真の解決とは言えない。


そして、それを以て、「科学的思考」と「宗教的思考」の分類としようと思っているのです。

[ 2017/01/25 14:07 ] ニートメソッド | TB(0) | CM(6)

宗教全否定~ニートが宗教について思うこと~ その1

 
書く書くと言ってたキッカケの記事から、丁度一年放置してしまった話を、ようやくします。


自分の中の「宗教」というモノに対する最終結論。 宗教を全否定する話をする。


基本的には、ニート版、リチャード・ドーキンス著「神は妄想である」のような話です。


・・・
なんでこんなにまで書けなかったのか。 
(リクエスト貰ってるのに一年間書き始められないほど) (マジですまん もう読んでないだろうこのブログ)


これはもう、この話題というのが 
下手すりゃ自分の価値観の中でも一番でかいレベルのもの。 自分の宗教を憎む心というのが自分の人格そのもの、
この世から宗教をなくすというのが自分の人生の悲願、目標そのものだと言っていいレベル
のことだからでしょう。


自分が今までの人生で培ってきた、
「宗教という物に対する価値観」、そのほぼすべてを吐き出したいと思います。



だからこんな話をしおえてしまったら、下手すりゃこのブログは終了。
もう言いたいことは全部言い終えました
、となるレベルの話題です。



その割には大した内容を書けてないかもしれない。 ありきたり・古臭い話と言われるかもしれん。

分かりきってる人にとっては分かりきってる話を延々とすることになるかもしれない。

単に「自分が宗教を死ぬほど憎んでいる」というのが分かるだけの話かもしれぬ。


・・・
とかなんとかで、色んな意味で非常に厄介な話題なので、書くに書けなかったのである。


長い記事がさらに三部作になります。 これがその第一部

[ 2017/01/24 11:46 ] ニートメソッド | TB(0) | CM(2)

シンゴジラリメイク中

 
テキトー更新。 報告。


年明けてから何も出来てねー感が凄いです。
(DDONのクランのCP稼ぎばっかしてるかもしれん)


で、今なにをしとるかというと
結局、シンゴジラのリメイクしています。

シン・ゴジラ

今年はゲーム作りたいと思ってるのに
ずーっとシンゴジラ作り直すべきか否かのことが引っかかって仕方がなかった。


スカルプト系のモデリングを覚えた上で、それをやるのかやらねーのか、凄い悩んでたけど、
結局やることにしました。


前にも言ったけど
すげークオリティの人のがあるから
別に自分がリメイクなんかしなくていいじゃね?とも思ったんだけど、

やっぱこのままだと「劣等感」が凄まじいので、その劣等感をモチベにしてやるしかないようだ。


というわけで
ジアートオブシンゴジラとか注文してしまった(中古で) 8k

(自分は台本とかには興味があんまなかったので)
(あの本、「自分の欲しい本とは違うかなぁ~?」とか思っていたのだが)
(まぁやはり資料はあるだけ欲しい)

CGWORLDの2016年9月号を買うべきだろ常考)


で、
Sclptrisで作りはじめて、最初の一日でここまで来れたんですよ。

シン・ゴジラ

もうこの時点で、最初のメタセコイアだけでのモデリングを完全に越えてますよ。 一日で


昔の自分の努力は何だったのかという気分になりましたよ。


まぁそらそうだ。 
シンゴジラをみて、あれを普通にスカルプト以外でモデリングしようとするというのが馬鹿すぎたのだろう。


もう半年前に戻ってやりなおしたい・・・。

(よく、小学生の頃に戻りたいだとか)
今の脳みそのままで戻れるのなら人生のどの時点で戻りたい?だとかそういう妄想があるけど、)
「半年前」という短いスパンに戻りたいなんて思うのははじめてのことだ!)


じゃあ半日でここまで来れるということは
もうすぐに完成するのかというと、全然だめでしょう。

こっから一気に停滞します。


今はこの程度にしかなってません。

シン・ゴジラ

これをアップで見ても、全然ディティールダメダメなのが分かります。


そうしてその度に、アートステーションの人ののクオリティの凄さがよく分かります。


「あとから作る人は前の人のクオリティを越えなければならない」
「でなけりゃ作る意味がない」

・・・とかなんとか大見得きってたけど、
あのクオリティを超えるのは無理じゃないか?という気がしてきた。


どうすべえ。諦めるか?


でもまぁ、頭部の解釈とかは大分違うよなぁとも思う。


それだけでも一応自分が作る意味はあると、思いたい。


で、こっからの話

シン・ゴジラ

イマントコこんなんだけど、これじゃアップで見ると、質感とか本物と全然違うというのがある。
(質感とか以前に、バランスの問題もあるが)


ここでゴーヤブラシというのを試しに作ってみた。
シン・ゴジラ ゴーヤブラシ

これをかけていくとこうなるのである↓

シン・ゴジラ ゴーヤブラシ

これでまぁ、なんとかなるんでないか?ということになった。 行けるのではないか


ただしこれをやるとポリゴン数がアホみたいに爆発する。 諸刃の剣。

というわけでこの作業は最後の最後にやろうということになった。

あと、胸部や腹部のしわしわは左右非対称に作りたいというのがある。
これも、リトポの後にやっていきたいとおもう。


あと
他に悩んでいるのは、テクスチャの使い回しをどの程度やるのか、やっていいのかという部分。

尻尾の部分とか、基本はコピペで行きたいと思うんだけどなぁ。
あと、背中の背びれの生え際のグチャグチャの部分。

ああいうのを全部、スカルプトしてUV展開して~というのは労力の無駄のような気がする。


だからああいう部分は、ある程度の円柱部分をコピペして、それらを上下に反転したものをつなげていきたいと思うのだが、
そういう行為はアリなのかナシなのか、というのが自分は未だに知らない。


「テクスチャの節約」という点では正しいが、
もしも最終的に「影をベイクする」ということを考えた場合は、おかしなことになるのだ。

前回の巨神兵の背中の部分とかもコピペと「上下反転の繋げ」をやってしまっているのだが、
だからこそよく見ると変なことになってるとも言えるのだ。

巨神兵せなか


今年はこれ終わらせて、完全に憂いをなくしてから、ゲームに行きたい。

[ 2017/01/20 16:24 ] 3DCG | TB(0) | CM(2)

突然の三国志ブーム

 

最近、三国志ブームが、突然来ています。
(ブームというか、自分で考えてやってるんだが) (つまり自分自身に対する「作られたブーム」



よく「これを知らないと人生を n割り損してる」みたいな表現がある。

(「n割」とはどういう意味なのか自分でもよく分かってないが)
(自分にもまぁエヴァだのジョジョだのダークソウルだの・・・それを知らないままでいる人生などもはや考えられぬ、)
(というジャンルのモノはあるわけで・・・)

(人生にも知識にも必須アミノ酸の「桶」のような物があり、何かを知らないままで食うことでこぼれ落ちていった栄養素「損」と)
(呼ぶのなら、その「桶」のことをそのように表現してもいいのかもしれぬ) (意味不明)


そこんところで、「今の自分が知らないでいることで、現状もっとも損をしている分野のモノがあるとしたらなんだろう?」
・・・
ということを真剣に考えてみた。

(これについて考えるのは結構面白いと思う)



すると・・・
実は「三国志」というモノを知らないでいるということが1位クラスなんじゃないかなぁという結論になった。


(他の候補としては「ガンダム」とかかなぁとも思うのだが)
(それでもやっぱりガンダムに詳しくなろうという気は全く起きない)
(昔、なんか流行ってたseedとかを見て、なにが面白いのか全くわからなかった・・・というのがある)
(最初の出会いが最悪だったのだなぁガンダムは)


ところでこれは
なんとなくこれを考えていた時がドリフターズのアニメやってた頃で、
そこで「あんた三国志知ってる?」「あったりめぇだろ俺俺信長だぞ?」
とかいってたりして、それが凄い引っかかったりしたのもある。

「信長が三国志好き」だというソースが全く見つからんのだが、どういうことなんだろうか)


・・・とかなんとかで、突然、三国志について詳しくなりたいモードになりましたとさ。
突然、自発的に。



でまぁごく当たり前のように横山三国志を読むとこから入ってるということでした。
横山三国志関羽


しかしまぁ本当に面白い。


そして三国志を知ることで
今までなんとなく過ぎ去っていったモノの味わいも変わってくるよなぁと痛感している。


「監獄学園」とか見返すのも面白いだろうし、



例えば↑こういう実況動画、昔見たときは三国志のこととか全く知らんで見てて、キャラメイクだけで面白いと思ってたのだが、
(つまりそれはタイチョー視点ということだ)

今では「祝融」とかも分かるようになった。
(つまり二週目はオッサン視点で見返せるようになったということだ)


三国志について詳しくなってくると、
誰もが通る道なのだろうが、演義と正史の違いみたいなのが気になってくるらしいですね。


でも自分の場合、それもあるが、
「本当の本当はどうだったのか」というのが気になる。

つまりそれは正史どころではなく、本当の実際のあり方。 「実際に過去に戻って見てみたい」というのがある。


例えば、張飛だの関羽だのは正史でもくっそ強いだろうし、一騎打ちとかで勝ってたりとかはしてるのだろうが、
そのときの彼らの動きだとか強さだとかいうのは「実際」どういうモノだったのかというのが気になる。


そんなに強い人間というのが本当にいたのだろうか、という疑問。

だが実際に、いたことはいたのだろう。 

ではそのような「リアル一騎当千」な人間が実際に動いているところのビジョンというのは
マジでどのようなものだったのだろうか?、という純粋な疑問。

そしてそのような疑問というのは、たとえ「レッドクリフ」のような映画を観たところで、絶対に満たされることは無いのだ!!

(どこまでいっても、偽モンだ、演技だ、別人だ、作りモンだ、という思いが抜けないし、実際違うモノは違うのだから仕方がない)
(そしてホンモノは絶対に見ることができない) (だがホンモノは本当に「いた」のだ) (存在する不可知)


なんやらよくわからんだろうが、
この「気になり方」というのは、「恐竜」について思いを馳せるときの感覚にとても近いと思う。

心のどこかで信じてないのだ。 大好きなくせに。

映画を観ても、
作られた映像を観ても、
「それらは実物とかけ離れているであろう」という先入観は、絶対に拭えない。

よって、「その存在に憧れているくせに」、心の奥では「その存在を信じられていない」のだ。



関羽は恐竜。



とかまぁ、
普通にこういう動画とか見て「劉禅は本当に暗愚だったか?それとも名君だったか?」とか考えるのも
マジで面白いですね。



三国志演義という「二次創作」が有名になりすぎてしまったせいで
現実の人間の評価や印象が固まってしまうというのは、
たしかに許せん人からしたら許せん問題なのかもしれない。

ウサミちゃん問題


サンゴクシ・エンギ・コンプレックス


なんつーかこの回とか、このような問題をずっと前から指摘しているように思える。


とにかくまぁなんでも良い。


今更ながら、「タクティクスオウガ」って三国志だったんだなぁとか思ったりしてる。
バクラム、ガルガスタン、ウォルスタの3勢力の戦い。

ていうかタクティクスオウガの超神曲「Three Kings」って、 タコレ(Gはサイレント) (崎元神)
これ要はマンマ「三国」志じゃね?とかいうことに今更気づいたりする。






そして次
この、「正史と演義の解釈の違い」 みたいなのが、FFTにつながってきてるような気がする。


FFTは、
表の歴史では反逆者扱いになっているラムザの人生を歴史の裏の視点から紐解いていくと・・・みたいな話だったワケだ。

FFT 高速フーリエ変換

そういう意味じゃ、
「曹操って悪いやつじゃなかったんじゃね?」みたいな話とおなじことかもしれん。

ラムザが曹操?それは何か変だな。


もうちっとまとめるとこうだ。

「演義では悪役?っぽい曹操 ・・・現実では名君だったんじゃね?」
「演義では主人公っぽい劉備 ・・・現実ではヤクザだったんじゃね?」

という感じと、

「デュライ白書では主人公っぽいラムザ  ・・・現実ではどうだか」
「デュライ白書では悪役?っぽいディリータ ・・・現実ではどうだか」

みたいな関係だったり?


いやもっというと
ディリータは「現実世界」では英雄視されているが、デュライ白書(FFT)をやるとそんな良い奴には思えなくなってくる。
FFT 高速フーリエ変換

すると
実はディリータが劉備に近いんじゃないか?とかとか



(だがまぁデュライ白書を「真実の物語」とするか、デュライ白書を「現実に対する二次創作」と解釈するかで)
(ここがまた捻くれとるのだな)
オーラン自身をあんな風に激強に描いている時点で、あんなのは俺TUEEEラノベと同じだろ、という考えもある)


(いやまてそういう話はよくするしされるが、)
デュライ白書が「正史」でブレイブストーリーが「演義」って解釈もできないか?)
(だとすると勝手に派手にしたのはラムザの名誉回復が目的のアラズラムのせいかもしれぬ)


・・・ややこし


こういう風に、三国志を知ることで全然関係なさげなモノの見方もまた変わってくるかもしれぬ。



三国志クラスで「知らないで人生n割損してたモノ」というのは、やはり他になかったように思う。

オタクメリット
↑こんな風に、
大抵のものは、何かを知ることでソレについて詳しくなる程度のメリットしか無いし、
その小さなメリットを取り上げて、
「詳しくなって良かった良かった」とか思っている訳だけど、


本当にここまで他ジャンルに渡って見聞が広がるというモノ となると相当限られてくるよなぁ。

[ 2017/01/15 12:17 ] 駄文 | TB(0) | CM(0)

色奉行

 

「色」とか「リアルさ」とか、なんかそういうことについて、自分が漠然と思ってること。

そういう話をする。


この話は、昔やったVSシリーズ云々の話とかとも関連している。 延長かもしれん。
(あのときは、「白み」とか「光の漏れ方」とか「拡散光」とか、そういう話をしたけど)

本当にリアルに見える映像とはどうあるべきか?みたいな話。


素人が漠然と思っている価値観の話なので
別になにがどうとかいうことではないのだが、こういう嗜好、志向があるということ。

[ 2017/01/10 16:05 ] 駄文 | TB(0) | CM(0)

DDONのススメ

 
新年早々、
ドラゴンズドグマオンラインの話がしたい。

ドグマのススメ。

ドラゴンズドグマ マルシルさん


シーズン2.2になってから、
割りと素で、やっと人にオススメできるような無料ゲームになったと思うんだよなぁ。
(今までで一番いいアプデでしょう)


ただ、そこまでくるのに一年以上を要しているわけであり、
その間に、このゲームの評判というのは地に落ちてしまっている

無印からのファンで生き残っているのは本当にレアだろう)
(ファンであればファンであるほど、愛想つかすものだろう)
(よく自分は今までついてきたもんである)



このゲームが 難しい、マゾゲー、苦行ゲーと思われている所以は、

・敵の攻撃が痛い、
・武器をちゃんとクラフトして更新してかないとダメージが通らない、
・レベル上げが辛い・・・


などの3点が主かと思う。


だがこの部分、きちんと立ち回れば、今はそうとう遊びやすくなってると思うのです。



自分のやるとおりにやれば、レベル70、フィンダムに到達などは、今から新しく始めたキャラでも、
(いや、今新しく作るキャラだからこそ) 簡単に、それこそ一週間くらいで達成できると思うのです。


その辺の、紹介記事、手ほどき記事みたいなのを書いてみたいと思った。


(だが書いてしまってから思ったのだが)
(このあとの内容というのは、ゲームをやっている人にとっては当たり前レベルの内容であり)
(逆に、ゲームをやっていない人に対しては「何が何やらわからない」ということにしかならない内容なのだ)


だからこそ難しい。

自分はよく思うのだ。 色んなソシャゲ スマホゲーで↓こういう販促があるではないか。

「今始めると、何たらクリスタルジェムが5000個手に入ります!!」 みたいな、CM・広告。

そんなの、その「何たらクリスタル」にどういう価値があるものなのか知ってるのはゲームを既にやってるプレイヤーだけであり、
やってない人にはその価値がわからないのだから、
そんなこと言われたって何が何やら伝わらないではないかと。 馬鹿がつくるCMだ。 腹立つ ファッキン



今回の自分のDDON紹介記事の前半というのも、結局そういうことにしかなってないかもしれない。

ので、知らない人は その部分は、読み飛ばしてくれていい。

もしもやり始めたなら、ちゃんと読み直してほしい。



それ以外、
自分のクランのクラメンさんで、まだ魔赤島やフィンダムに到達すら出来てない人には、
この記事の前半部分は読んどいてほしい。

そういうつもりで置いてあるのです。

その点で、例のよくある勘違いCMとは違うつもりなのです。


その前半部分を超えると、「シーカーのススメ」とか、「DDONの面白さとは結局なんぞや?」とか、
そういう話をします。


そこを読んでほしいような、そこを読んでもらっても結局訴求力はないような、そんな気もするのだが。

なんかこう、勧めづらいのだよこのゲーム。

でも、だからこそ、「書く意味」があるとは思わんか?

・誰もが傑作だと思ってるモノを傑作だと言ってもそんなに意味はないかもだし、
・誰もが駄作だと思ってるモノを駄作だと言うのにも同様に意味はないし、
・誰もが傑作だと思っているモノにケチを付けても怒られるだけだし、
・かといって逆張りで駄作を無理に褒めてもしかたがない。

自分で本気で面白いと思ってないといけないわけだ。

「多くの人がその面白さに気づいてないモノ」
そのようなモノ、見逃されているモノを拾い出し、それを「正しく味わう方法」を提示してこそ、
そのような文章にこそ、意味があるのではないかと思うのだよ。

(これが、トリコについて何か書くのをほっぽってまで、DDONについて今自分が語る意味である)



というわけで、前半部分。 

DDONをストレス無く遊ぶための基本的心得。 
新しく始めたキャラで、フィンダムまで一週間くらいでたどり着く方法。
 


そういうことについての話になります。

[ 2017/01/02 21:03 ] ゲームプレイ話 | TB(0) | CM(0)
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