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トニオさんVS吉良吉影

 
ジョジョ4部のアニメが終わっちまったので
前からなんかしたかったこの話を、やっとする。


吉良吉影 VS トニオさんという架空のカードについて、ただひたすら妄想するだけの話である。


原作では吉良吉影は、殆ど勝ってたようなもんですよね。

あの3回目のループのときに早人が超絶ファインプレーをしなければ、
主人公チームの主力メンバーは全員爆破されて、
まさに第四部完!だった訳です。



まぁ、実際は 早人が 

・仗助に電話する だとか
・キラークイーンの爆弾が一発づつなのを見破る だとか
・億泰にさわって決死の爆弾解除をする だとか


・・・などなどの「天才かよ」としか言いようのないファインプレーを連発したおかげで、
なんか知らんけど最終的に吉良を皆で囲んで棒で叩いて勝てた訳ですが。



だからこそ考えてしまうのだ。
もし、あんな、チートのような早人がいなければ、どうなっていたのかということを。


実際どうなのか?


あのバイツァで 仗助、承太郎、康一くん、億泰、露伴を爆破していたら、
あのあと、杜王町は吉良吉影の思うがままのワケだが、それで本当にバッドエンドなのだろうか?


一応、まだ、「正義側」のスタンド使いは残っている。
一応、由花子と、ジョセフと、トニオさん、
(あとは、宇宙人とか赤ん坊とか・・・? まぁそれくらい)


この、残存勢力で、吉良吉影を倒すことはできるだろうか?


自分は、「出来うる」と思っているのだ。 それも、トニオさん一人で、勝手に解決するのだ。



 
トニオさんVS吉良吉影



(でもこの話には、自分の追加したIFが多分にあるのだ)

トニオさんのスタンドも成長するべき、という考えとか)

(なぜ自分がトニオさんを成長させたいかというと・・・それは凄く長いし)
(それはそもそもこの記事を全て読み終わる頃には、なぜ自分がこうまでトニオさんに拘っているかもわかると思う)

「こういうスタンド使いがいたら、それこそが『真の無敵』である!」
「それこそが『真の最強』である!」・・・みたいな考え方がそこから産まれてくるからなのだ)



でまぁ 自分の考え(妄想)に従って、トニオさんと吉良吉影が対峙することを考える。



実際それは、どのようなシチュエーションかというと、
普通に、レストラン・トラサルディーに、吉良が「客として」訪れるだけである。



トニオさん自身は積極的に吉良探しには参加していないように見えた。
承太郎グループが全員殺されてようが、多分そこは変わらないだろう。



どっちかというと、吉良側の性質である。

吉良自身は、あのあとも一生、杜王町で過ごすつもりだろう。 「一生」である。

そして、吉良は「結構なグルメ」であると、自分は思っている。
(昼飯のサンドイッチにこだわっていたり、自分で料理も出来て、それがかなりの腕前であったり)


更に、吉良吉影には荒木先生同様の「健康志向」意識を持っているのも分かる。
(荒木先生はたまに漫画のキャラを使って本人の健康意識を「吐かせている」と思う)
(ストレッチが大事だとか、ああいうのは本人がやってることなんじゃないのか?)


・・・
つまりだ、「そんな吉良吉影」が、あのあと、「一生を」杜王町で過ごすにおいて、
「美食」「健康効果」の両方が付いて来る、
レストラン・トラサルディーに訪れない理由が、無いはずがないッ!!!!
 というわけである。


ほっといても、吉良吉影とトニオさんは、絶対に自動的に会敵せざるを得ないわけである。

(更にダメ押しで、「スタンド使いとスタンド使いは惹かれ合う」という設定もある)


でだ、あくまで客としてレストラン・トラサルディーに訪れた吉良吉影、
そして、あくまでレストランの主人として迎えるトニオさん。



この2人が出会うとどうなるか?



まぁ、トラサルディーの形式にしたがって、トニオさんは吉良吉影の健康診断を、するだろう。
(スキャンして調べます)



ここだ。 (ここで自分の妄想設定がでてきてしまうのだが)



もしここで、トニオさんが、吉良の「精神的な障害」に気づくことができたとしたらどうだろうか。

トニオさんスキャニング


トニオさん、吉良の手を見て、こう気づく。
「アナタ、女性の腕を切り落とさないと我慢がならないような異常性欲をもっていますネ?」と。



口に出すかどうかは分からん。 だが、トニオさんには分かるかもしれない。

わかってほしい。 わかるんじゃないかな?

ていうか、トニオさんのスタンドだって、いい加減に成長してもいいじゃないか。

これが、自分の願望なのだ。 (今はこの部分に引っかかるかもしれんだろうが、この記事を全て読めば分かってくれる筈)



だから、自分の「この願望」に名前を付ける。

『パール・ジャム・ACT2』だ。

パールジャムACT2は、 相手の精神疾患、心の病すらも、発見し治してしまうことが出来るとする。



つまりだ。 もうぶっ飛ぶ。

吉良吉影がトニオさんの料理を食ってしまえば、それでもう吉良の変態性欲・殺人衝動は治ってしまうのだ。


はい、それで解決するのです。 これでもう良いのです。 殺さずに解決。


これは、凄いことじゃないか? 


吉良は、そのことを嫌がる必要は無いと思う。 変態性欲自体を自分に必須なアイデンティティーだとも思ってないと、思う。


どちらかというと吉良自身も、自分の性欲というものに手を焼いていた筈だ。


自分の「静かに暮らしたい」「目立たずに穏やかに静かに生きていきたい」という「真の人生の願望」と、

「きれいな手を持った女性の手を切り落とさないと我慢できない」という欲求が、完全に矛盾していることこそが、

吉良の最大の苦しみであり、人生の最大の悩みの種だったであろう。

(そしてそんな悩みを抱えたまま生きていくというのも本意ではないだろう)


だから、吉良自身だって、あの変態性欲、人格障害を治してくれるのなら、それを拒む理由は無いわけだ。



本当に凄いと思うのは、この点である。



トニオさんは黙って吉良に料理を食わせてもいいし、
仮に全て能力を打ち明けたとしても、吉良はその料理を喜んで食べるだろうということだ。


つまり、吉良吉影は、 (あの吉良吉影が!)
どうあっても、トニオさんを「害する理由がない」ということだ。




(もしくは、スキャンした時点で店に訪れたコイツが吉良だと見抜いたトニオさんが石鹸で殴って再起不能にする
(というルートも一応あるが・・・)
(吉良は、正体がバレていきなり本体を殴られたら殴られ弱いというのが弱点である)
(故に、正体を隠し、シアハバイツァで防御貼るのが吉良のやり方なワケだ・・・)
(いきなり正体を見破って殴ってくる存在には弱いのだ)



このことですよ。  


「真の最強」とは、「こういうあり方なのではないか?」ということが、だんだん見えてきたんじゃないか?



ジョジョにおける、幾つかの「最強」「無敵」のあり方というのがある・・・



緑色の赤ん坊は、絶対に到達出来ないという意味での「距離」に関する無敵性、

GERも、ジョルノに向かういかなる害意も絶対に「真実」にならないという無敵性、

D4Cラブデラックスも、あらゆる害悪を弾き飛ばすという意味での無敵性・・・

シルバーチャリオッツレクイエムも、攻撃がそのまま跳ね返ってくるという特性があった)



なんかこう、害意、悪意、そういうのを弾くような無敵性が多い気がするが、

トニオさんという存在には、誰も敵になる必要すらないような、そんな、別次元の無敵性を感じるのですよ。


あらためて、トニオさんの能力はすごい。


一時的にちょっと腹は破壊されたりするけど、 体調不良を全て治してしまう。
なんか、あらためて考えてみると、「クレイジーダイヤモンド」にかなり酷似しているような気がする。


だがクレDにも出来ないような次元での「治す」「癒やす」能力という点で、差別化はされている。
(あとまぁパールジャムは肉体限定ってとこだろうが)



承太郎は、クレDを
「この世のどんなことよりもやさしい能力」と評していたが、
よくよく考えてみると、クレDよりもパールジャムのほうが、よっぽど「優しい能力」ではないかと思う。

(同じ部に、優しさにおいて上位互換のこんなスタンドがいることを考えてみると、)
(なんか承太郎の名台詞が滑稽に思えてくるぞ)


(アニオリで、「パールジャムでも億泰の父親は直せない」ということを示した追加シーンがあったが、)
(そんな追加シーンを用意される時点で、「クレD以上の可能性を秘めていると読者が皆感じている」ということの証明である)



だから、
そんなトニオさんが、成長すれば、(例えばアワビでも食って)

パールジャムが、肉体の不調だけではなく 精神の不調すら癒せるようになったら、

その時こそ、「最強の無敵性」というものが完成してしまうことになると思っているのだ!

パールジャムの成長性

(一応、パールジャムの成長性は「C」か・・・)
(まぁ少しは成長してもいいんじゃないのぉ?)

(成長性Cのスタンドといえば、シルバーチャリオッツとかそうだね)
(でもチャリオッツとか結構いろいろ成長したじゃん )
(クレDもCだわ ザ・フールもCだわ)
(Cは普通に成長するわ)

(それでもトニオさんが成長しないというのなら、無理やり矢で貫いてしまえばいい)
パール・ジャム・レクイエムだ!)



ていうか実際問題、トニオさんは高級アワビを手に入れたりするだけで、
スタンドパワーが成長するからな?
  (「岸辺露伴は動かない エピソード6」より)


(直せないと思っていた、妹の頭の脳腫瘍の病気を、直せるようになったのだ)

(てことは、トニオさんが「色んな高級食材を追い求める旅」とかに出れば、)
(それすなわちトニオさんのスタンド強化の旅ということになる)
(急にトリコっぽくなったが)


・・・
まぁそんな感じで、パールジャムはすごい。 トニオさんは凄い。


一体誰が、トニオさんの敵になれるのだろう。 (アワビくらいのもんだ)


色んなラスボスと戦わせてみる。


ここでは、トニオさんがパール・ジャムACT2を備えているものとして考えてみる。





◆トニオさんVSプッチ神父

プッチ神父の独善的な考え方が、過去のトラウマに起因していることを、トニオさんは見抜いてしまう。

そして、料理くわせて そのトラウマを癒やしてしまうとする。

そしたら、もう解決である。 

彼の脳内の、独善性・反社会性がなくなれば「人類全体を巻き込むことはねーな」と、心から分かってしまう。



◆トニオさんVSヴァレンタイン大統領

大統領の独善的な考え方。 自国さえ繁栄すれば、その他の害なるモノは全て他国に押し付けてもいい!という
「自国の国益最優先の価値観」

そのような考え方が、やはり幼少期のトラウマに起因していることを、トニオさんは見抜いてしまう。
(あそこで「愛国心は全てに優先する」と、ショッキングな事実と共に叩き込まれたのが悪い)

そして、料理くわせて そのトラウマを癒やしてしまうとする。

そしたらもう、解決である。

「他国に悪いもの押し付けちゃーよくねーな」と、心から分かってしまう。



◆トニオさんVSディアボロ

ディアボロの二重人格が幼少期のトラウマに起因していることを、トニオさんは見抜いてしまう。

(なんか全部このパターンだな) (香山リカかよ) (でも本当にそうなんだから仕方がない)
(荒木先生の思う、ラスボスが持つ心の闇の部分というのは、そういうもんなんだろう)

ディアボロの、自分が頂点で居続けるためには他人をいくら蹴落としてもいい!という
独善的な考え方、そういうのも癒してしまうとする。

そしたらもう、解決である。

「他人を蹴落としちゃーよくねーな」と、心から分かってしまう。



・・・
・・・
無理やりだろうか?

だが、彼ら、「漫画のラスボスになるような悪」というのは、

皆ある意味 反社会性パーソナリティ障害のような面を持ってると思うんだよなぁ。


(その点、カーズみたいなのは、結構困るんだよな)
(カーズには、何か逆に、分かりやすい「心の闇=心の弱さ」みたいなのが無いからなぁ)
(ナチュラルに人間を餌のようにしか見てない生物だし、実際そのとおりだから)


ていうか、フィクションに出てくる「悪役」「巨悪」というやつは、大抵これで説明がつく筈。


自分のため
自分の理想のため、自己の目的のため、
そのためなら何を犠牲にしてもいいと素で思ってしまう、そんな脳みその持ち主、

心のブレーキの壊れた人たち。

「そんな風な価値観を持った上で」、その上で、「強力な能力」を持ってしまっている奴らが、
ジョジョのラスボスなワケだ。



(フィクションのラスボスとは、悪役とは、人格障害者である)
(現実の人格障害者は、ブラック企業の経営者とかにおさまってたりする)
(ブラック企業の経営者とは、「この世界のラスボス」だったのだ)




その、価値観部分を叩き直すのではなく、能力部分で殴って勝ってしまっていたのが、今までのジョジョだったわけだ。
(これが問題なのだ)



トニオさんは、その前提部分、価値観・反社会的な心の闇の部分を、治してしまえるワケだ。
(そう仮定する)
(成長したトニオさんにはそれが出来る!)
(パールジャムACT2にはそれが出来るのだ!)



つまりトニオさんは、「能力の部分」で悪と戦う必要がない。  競う必要がない。

相手の害意というか、
ラスボスがラスボスであるために「異常な人格」を持っているという部分
その前提の「病理の部分」を直接!治してしまうことができるのだ。



これ以上の最強など、あるだろうか?


これ以上の「優しい能力」など、あるだろうか?


「治す能力」の行き着く果てというのはここまで来うるし、

「治す能力」もここまで来ると、もはやこれ以上エレガントな「最強」や「無敵」のあり方というのは無いように思えてくる。



そら、「相手の意識を破壊する」だとか「相手の能力を無効化する」だとか、

いくらでも、ラスボスのチート能力を倒してしまえるような、別の強いチート能力というのは、考えられるが・・・


だが、トニオさんは、「相手の人格障害だけを直しちゃう」 その一手だけで、ラスボスを無害化できるのだ。


それだけで、誰ももう、トニオさんと敵対する理由がなくなってしまうのだ。



能力バトルの世界においては、

「時間系が強い」とか、
「空間系が強い」とか、
「幻覚系が強い」とか、
「法則書き換え系が強い」とか
「無効化系・吸収系・能力メタ系が強い」とか、

はたまた「ギャグ系が強い」とか。 
いろいろなことが言われている。


だが、そんな強さというのは全て、このトニオさんのパールジャムACT2に比べれば、どうも「あまり美しくないように」見える。


究極の癒し系能力が、全てを差し置いて、ラスボスを癒やすことだけで倒してしまうということもありえるのだ。


例えばジョジョでいうところの封印系・無効系能力といえば
まさに岸辺露伴のヘブンズ・ドアーがあるわけだが・・・


自分がここにこれまで書いてきたことを読んでも、
そんなの、ヘブンズドアーで吉良に対して
「キレイな手の女の人を見ても腕を切り落としたくならなくなる」って書くのとおなじことじゃん。
「ヘブンズドアーの方がパールジャムよりよっぽど強いってことじゃん!」

・・・って思うだけの人もいるかもしれない。



だがそういうことではない。



実際問題、吉良吉影は岸辺露伴の能力を結構マークしてたんだよね。
あいつの能力は厄介だと。 (「あの邪魔くさい露伴から守ってくれたのか」)
だから、早人とバイツァダストを使って爆破された。 対策された。


「強さ」に「強さ」で対抗すると、そうやって潰されてしまうのですよ。



じゃあ、パールジャムはどうか?


パールジャムの能力は、例え相手にバレようが、公開されようが、自分で明かそうが、
それでもなお、トニオさんは誰からも警戒されないということですよ。


誰も害さないスタンドは、誰に対しても「得にしかならない」スタンドは、誰も警戒しない。
誰も敵にならないということ。



パールジャムACT2の能力ごと、ラスボスにバレてしまったとしよう。

だがそれでも、誰もトニオさんの料理を食うことを拒もうとは思わないはず。



なぜなら、ジョジョのラスボスというものは、皆
「自分が悪だと気づいていない悪」だからです。


まさに、プッチ神父なんかも、喜んでトニオさんの料理を食うでしょう。

自分が「どす黒い悪」だとは思ってないから、
心も体も健康になるだけの料理なら、誰だって食いたがらない理由がない。

そんで、気がついたときには心が浄化されているのです。


気がついたら、敵が敵でなくなっているのです。


警戒すらされない強さ、無敵性というのがトニオさんにはあるのです。


この点が、パールジャムが、(ある種チート級であるところの)ヘブンズ・ドアーを
完全に超えているところ、真の"無敵"に一番近いところにいる理由なのです。



「治す系能力の行き着くはて」というのは面白いよね。 これだけでも延々と語れる気がする。

いい加減、そういうのがあってもいいと思うのだが?



ジョジョ4部の仗助のクレD

ジョジョ5部のジョルノのGE、 

一応、癒やす系の能力と主人公なのだが、自分のこのような考え方からは全然方向性が違いますね。



相手を治す、ひたすら治す、 

相手の心理状態すら治す、相手の精神疾患すら、相手の人格障害すら治してしまう。

そうやって、敵を敵でなくしてしまう。

そんな能力バトルモノ。 そんな能力バトルモノの主人公像が、一個くらいあっても面白そうなもんだと思うのだが?




・・・
一個あったわ。 




「ピューと吹くジャガー!」内の漫画、
「カリスマ整体師 あおすじ吾郎」が、ある意味 そんな感じの漫画内漫画だったわ。


カリスマ整体師の吾郎は、整体によって相手を治す、 どんどん治す。 
相手の悪いところを治しまくりながら戦っていく。

もう治すところがねえ・・・!


行き着く果が、宇宙


例のアレ、
「ホナウド教に入るのだ」 である。


ホナウド教に入るのだ



まぁあれは笑ったけどさ。 リアルタイムで。
ジャガーさんで一番笑ったのがあの回だったよ。 死ぬかと思った。


・・・
というわけで一応例として
ああいうのがあるわけだけど、

つまり、「癒し系能力バトルでのインフレ」というのこそが、結構 物凄い領域に辿り着けそうな気がしてこないか?


そんな感じで
パールジャムACT2のすごさ、 トニオさんの凄さについて延々と考えて来たわけだが。

この思考の道筋、
別の分かれ道もあったはずだ。




つまり、敵の精神面を治してしまって、「完全に更生させることが出来てしまう能力」から派生するヤバさについて。

そんなものがある。 
そんなものがある世界で、これからもう、「敵をさばく」ことなんて出来るのか?という疑問だ。



だって、 現実世界になぜ死刑制度なんてものがあるのかというと、 その究極の部分においては
「犯罪者を完全に更生させることなんて不可能だから」という
「諦め」が根本にあるような気がするのだよ。



勿論、「現実」ではまだまだそうだ。 



いちおう、なぜ刑務所なんて物が用意されているのかというと

・更生

・隔離

・見せしめ(=つまり抑止)


この3点が主な目的だろうが、もう、一個目の「更生」なんてのは、みんな、実のところ信じてないだろう。



犯罪者の価値観を完全に善良化することなんて、夢のまた夢。

現状、諦めるしかない。

だから、犯罪の程度によっては 死刑ということになっているのだろう。


だが、パールジャムACT2なんて物を「想定していい世界」において、

また、その能力の存在を知っている人間がいたとして、

その世界で、悪を自分の手で裁こうと思える人間が、いるだろうか?




こういう疑問が湧いてくるわけよ。



つまり、悪の、「悪が悪である根源の部分」を直接癒やして無害化することが出来る能力者さんがいるというのに、
目の前の悪をぶん殴って倒す殺す、なんてことを、続けてていいのだろうか?



当然、良くない。  


トニオさんがパールジャムACT2に目覚め、皆にその能力が知れわたった時点で、

もう、スタンドを使って悪さをしている人を見つけたときは、 

正義側の人間は、「なるべく殺さずに捕まえて、トニオさんに引き渡す」というルーチンを踏むしかなくなる筈なのだ。


これがおもしろいところなのだ。


もしそれをしなかった人間は、「無害化出来たはずの人間を殺した」ということになる。
(更生の機会を与えなかった。 完全な更生の機会が、そこにあるのに、と)



そんなのは、「障害者を殺したり、座敷牢に閉じ込めていた中世と 何も変わらない」わけである。



悪人を、

反社会性パーソナリティ障害持ちの人間を、

つまりは、精神「障害者」を、

その根源のところから治すことが出来る癒し手がいるというのに、

「悪人を殺してオシマイ」 それで解決だと思っているママの正義側の奴がいたとしたら、 

そいつはとんだ「自己チュー」「時代遅れ」ということになってしまう。




この考え方って、すごい重要だと思うのだ。 



言い返せば、 全ての能力バトル、 敵を殺して解決だと思っている能力バトルには、
トニオさんが不在だから、 諦めて敵を殴っているだけだ ということだ。



言ってみれば、肉体の障害者を殺しているようなものだ。
(それも、クレイジーダイヤモンドのような「直せる存在」がいるにもかかわらず)


つまり、トニオさんがいる時点で、そのような人格障害持ちは、全て救わねばならないことになる。


ラスボスになれるような格の「巨悪」は、大抵「トニオさん行き」になるわけだ。

(なぜならそのような巨悪とは、大きな心の闇=心の問題を抱えている奴であるからだ)
(そして一方、世界に残るのは、ちょっとした気の迷いで悪いことする、小悪党くらいのものになる)


ラスボス級の悪人こそ、トニオさんが裁かなければならないというわけだ)
(裁くのはトニオさんのパール・ジャムだ!)


さらにさらに、このような考え方をしたうえで 興味深くなるのは、
「未来」を想像したときのことだ。



さっき、

現状、刑務所や死刑制度なんてものが用意されているのは、
「根本のところで犯罪者の心を癒やすことが出来ないから」、そのことに対して「諦めているから」だと言ったが、


この点に関して、未来においてはどうなるか分かったもんじゃない


もしかしたら、パールジャムACT2に匹敵するような精神医学の発展が、無限の未来において可能になっているかもしれない。

(いや、いつかなってると思うし、なってなきゃ、そこを目指さなけりゃ、おかしいとすら思う)




そのような未来を考えたとき、 今我々がやっている行為、今、我々が「あきらめている」行為
「野蛮性」というのに、あらためて気づくのだ。



無限の未来においては、
犯罪者の犯罪心理、遺伝要因、犯罪因子、人格障害持ちの犯罪者の心の問題を全て根本から直せてしまう、
「完全な更生」が可能になっているというのに、


今、現代人がやっていることはなにか?


精神障害者を悪魔憑きだといって殺していた時代、
魔女狩りをやってた時代と大して変わらないのではないかと。
ロボトミー手術をやって患者がおとなしくなって、それで解決したと喜んでるのとおなじなのではないかと。



シリアルキラーなんて、彼らの生い立ちを調べてみれば どう考えても本人が悪いというより
単なる家族の問題、幼少期のトラウマで 極度の人格障害持ちになっただけの「被害者」ではないか。



そういう人間の精神を癒せなかった時代の人間が、
その犯行の凶悪さだけに注目して、
「死刑にして解決!」ってしてただけのことではないかと。


そんな風に思えてこないだろうか。


百歩譲って、現状はしかたないとする。 そんな技術は今はないのだから。



だが、今の時代のフィクションを、 未来人が読んだときのことを想像するのだ。 (自分なんかは)



現代人が 昔の時代のフィクションに触れた際、 
「ケータイがあればこんなの一発で解決だろw」と思ってなんか醒めてしまうのと同じように、


未来人が今の時代のフィクションに触れた際、
「昔のフィクションって、悪人を殴って解決した気になってたのか・・・」「こいつら正義でもなんでもねーな」
と思ってなんか醒めてしまうのは、割りと必然だと思うのだ。



鼻ぷす機械


そんなことない? 彼らは「昔のフィクションだから」と思って理解してくれる?



でも、それが通用しない「例外」が、まさに「能力バトルモノ」なワケだ。
 

(なぜならそこには 能力という名の「魔法」があるから!)



未来人がジョジョ4部を読んだ際、

このように考える可能性がある。


「このトニオさんっていう スタンド使いさー、
  犯罪者の人格障害自体を癒やす例の技術に一番近い能力者だと思うんだよねー」

「それなのに、このジョジョ4部の登場人物たちって、悪人をとりあえず殴って解決してるよねー」

「まー、昔の漫画ってのは大抵そういうもんなんだけどさー」

「でも、本気で解決しようと思う気があるのなら、トニオさんの成長性に期待するべきなのにねー」

「最後、明らかに自分の性癖の矛盾に苦しんでいた吉良吉影を、殴って、事故死させて、解決した気になってるよコイツラ」

「それで正義側にいるつもりなんだよねー」

「この終わり方はちょっとねー」


・・・


って、思うような気がするんだよ。  (むしろ自分の性格がネジ曲がりすぎか?)
精神障害、人格障害を全て癒せる技術を持った時代の人間が、ジョジョ4部を読めば、きっと、そう思うはず。



他の部の場合?
(他の部には、まぁ、トニオさんに近い能力者がいないから、そこは普通に、「古い時代のモノ」として納得してもらおう)



つまり、トニオさんのような能力者がいうるにもかかわらず、敵スタンド使いを殴って解決しているという部分に、

悪人の精神を癒せる技術を持った時代の未来人は 何らかの違和感を感じるのでないかと、 
そんなことを自分は予測するのです。


悪を 癒せるのに、癒やさなかった。 それこそが悪なのではないのかと。



で、結局フィクションもそうだし、
現代人も同様に、「未来人から裁かれる」ってことだよ。


(あーなんかこの話、マジで死刑制度の是非みたいなとこにしか行かない感じ)
(進歩主義者がどう考えるかってのは、もう自明だからね バレバレだかんね)


(死刑に関して 外国人から「野蛮だ」「時代遅れだ」と言われてるから止めるんじゃあない)
無限の未来人から顧みられているとして、恥ずかしくない態度で生きていけるか、ということだよ)


(一応最後に付け足しておくが、自分自身は死刑で殺されてもいいと思っているし、)
(どうせ捕まるなら死刑になるような犯罪をやらないと仕方がない
と思っている)



で、こっから先、更に人間の自由意志とか責任能力の話をするつもりだったんだが、
今回はここで終わる。 ここまで長くなるとは




とにかく、トニオさんこそが実は「真の無敵」のスタンド使いに一番近い という話ができたから、ソレで十分である。

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[ 2016/12/26 15:00 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(-)
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