ニートが頑張るブログ

ニートが現実逃避するために創作活動など色々とカオスに頑張ってみる
ニートが頑張るブログ TOP  >  痛感想文系 >  (今更)シン・ゴジラ二回目以降の感想文

(今更)シン・ゴジラ二回目以降の感想文

 
なんで自分はああいうタイミングでああいうクソみたいな文章を書いてしまうんだろうなぁ。

愛想つかされる、というよりは、もっと正確には
「知らん人から勝手に呆れられる」ということになってるとしか思えない。
なんでやるんだ。 何か作ったら無言で貼れば良いんだ。


ところで自分が今やるべきことの最優先はこれ。

シンゴジラの感想文、二回目とか書いてみる。

おせーよと。
書いてくれと言われてたのに
ずーっと放置してました。 放置してる案件多すぎ。

シンゴジラのBDが出て後になってから二回目の感想文とか出してきても意味がなさ過ぎるので、
もうギリギリのタイミングだが、これを済ませておかないとならなかったのだ。


ところでこのメモ帳の作成日時を見てみたら、「2016年の9月」になってた。
まあそうだ。自分は二回目、9月のファーストデーに行ったから。

つまり、メモに書きなぐっておいてから、そのあとずーっと、半年放置してたんですねこの文章。


なんで、書いてくれってリクエスト貰ってることをすぐにやれないのかというと、
それはもう、自分が自分の文章嫌いだからとしか言えない。 
(自分は自分のブログも嫌い) (大体この文章だって超テキトーな書きなぐりだし)

自己嫌悪しか無いから中々更新なんて出来ない。

なんというか、自分の精神の中に「何か」が溜まらないと、 (多分、自己肯定感?のようなもの)
クソメモ帳を編集して貼る、という行為は、なかなか出来ないんだよ。





シンゴジラ、二回目鑑賞以降に思ったこととかのメモ
 (去年の9月に書いた文章に手を加えたものです)


ところで二回目の感想といっても
直接的な感想というのにはあんま大したものがない。


・あれに気づけたこれに気づけたとか、

・シンゴジラ二回目の方が面白いというのは本当だなぁと思えたとか、

・二回目みると、最初は何言ってるか分からなかった八塩折作戦の概要が、
 なんかもう「結論ありき」で進んでるようにしか思えなかったなぁ、とか、

 何を食ってるのか? → 冷えてないんだ → 血液を凍らすとスクラム状態になって勝手に凍るだろう

 この思考過程、最初は用語が難解なので訳のわからない間に進んでたからスルーしてたが、
 二回目だと、何故そんな仮説を断定できるんだ?という気分にはなりましたね。
 原子炉の冷却水を無理やり止めるような行為でもあるわけで、そっちでメルトダウンするとかの懸念はなかったのかと。


・・・
でまぁ、こういうのを羅列したところで、
割りと今となってはどうでもいい感想だろう。

というわけで直接の感想を垂れ流しても面白くもなんともない筈。

今回は、どっちかというと「他のゴジラ作品との比較」という観点でやっていきたい。


といっても、初代ゴジラとの類似点、比較・・・
は当たり前過ぎて、みんなやってるだろうから、パス


自分は、

◆84ゴジラとの類似点、比較の話
◆デストロイアの話
◆ヘドラの話
◆ガメラ2の話


とかをしてみたいです。


というか「84ゴジラ」って割りと駄作あつかいされてると思うんだけど、
自分の中での評価はそんな低くないのです。


自分はレジェゴジの前にも一回、「ゴジラ作品全マラソン」やったんだけど、 (いわゆる"godzillathon")
そのときも「やっぱそんな悪くないほうだよな」って感触なのでした。


ゴジラ全作品マラソンなんかやってると、昭和ゴジラの後半あたりから、もうキッツい訳ですよ

(ヘドラだけは、ずば抜けて好きだが)

(一応、昭和ゴジラの中で、わかりきった名作(初代とかモスゴジとか)以外で好きな作品は、キンゴジですね)
(キンゴジは何が良いって、音楽が良いんですよ!)

(ゴジラ映画なんて「音楽でノセてくれればいいよ」みたいなところがある キンゴジはその点で最高)
(あのコングの曲、デストロイアでもメドレーで使われたあの曲が、良い!)

(その点、昭和後期は音楽もテキトーな気がする)
メカ逆とか、「チタノサウルスが出てきたらこの曲流しとけ」とか、そんな感じばっかで単調で、ダレる)



悪いけど、
昭和ゴジラのあの、ナチュラルに宇宙人とか地底人とか出てくるノリが、お辛い。

(じゃあ未来人が出てくるVSギドラはどうなんだということなんだけどさぁ)
(とにかく、宇宙人だからって銀色のラバースーツみたいなの着ないでくれよ!ってなるんだよ)

科学考証もくそもない。
メカ逆とかも、「超音波は光と同じなのでレンズで倍増できるぞ」とか言ってる。

・・・
そうやってずーっとマラソンしてるとだ、
「84ゴジラ」にたどり着いた時、妙に
「急に見れるようになった!??」という感覚になるのです。

(これ、本当に強く訴えたい。 ゴジラマラソンやってみ? 
 そしたら84ゴジラに来た時に、本当に、なにか「見れるところに辿りつけた感」が凄いから)

演技レベル、撮影レベル、脚本レベルで、一気に色々上昇しているのです。


「ゴジラをリブートする」という点で見ても、評価せざるを得ない内容になってると思う。

ミレニアムシリーズでは当たり前のようにやってた、
「初代ゴジラ以外を全部無しにして設定リセット」というのを「最初に」やったのが、コレですよね。

(二代目ゴジラはやりたい放題やりすぎたのだ・・・)
(シンゴジラは、初代すらいない設定だが)


「ゴジラを復活させるためにはいっぺん全部壊さなきゃ駄目だ!」
というのを、最初にやってくれたのが84ゴジラなのです。

これがなければVSシリーズはありえなかった。

だから、割りと自分は84ゴジラを見てると「感謝」の気持ちが湧いてくるのです。
これが、VSに繋がったのだと。

自分の中で84ゴジラの評価が低くないのは、そういうことかと思う。


84ゴジラを駄作扱いする人というのは、 (いやその気持も普通に理解できるし その評価も否定しない)

例えば VSシリーズだけが好きな人が (自分も殆どそうだが)
ちょっと過去のゴジラを遡って見てみるか~と思って
ビオランテより一個だけ遡って「軟着陸」みたいな見方をしたばあい、

「なーんか敵怪獣も出てこないし地味なゴジラだよなー」
という印象になっちゃうから、相対的に低評価になってしまうんじゃないかと思う。


つまり、
・昭和ゴジラと比較するか、 
・VSシリーズと比較するかで
印象が割りと変わる。

そんな風に、どちらにも属さない、間にはさまってる位置づけの作品として、そんなふうな評価になってるんじゃないかと。

いや、昭和シリーズから比べても駄作だというのならどうしようもないけどね。

(てかオチが普通になんか微妙だもんね84)
(スーパーXが止めをさすでもなく、超音波で操ってあとはボコスカに爆破しまくる)
(そしてそのオチ自体は最初から提示されている)


(ボコスカに爆破されてるゴジラを見て首相が涙ぐむのは、ちと意味不明)
(VSギドラはよかった)
(エメゴジはどうだろう)

(他にも変なとこも山積みだしね 放射能を吸いに来る設定にした筈のゴジラが新宿に来る理由とか)
(あとは中盤のビルから脱出云々でもダレる)


実際、84ゴジラって何なんだろう。

敵怪獣と戦ってないしタイトルにも冠してないから「VSシリーズ」ではないような気もする。 
ゴジラの「個体」、設定的にはそっちなんだが。

84年という公開時から言えば「昭和時代」の作品だから昭和ゴジラと言って良いような気もするけど、
いややっぱりどう考えても昭和ゴジラでは無い気がする。

どちらでもないんだよなぁ


シンゴジラの感想の時にも書いたけど、
シンゴジラには84ゴジラをリスペクト?しているようなとこも何箇所かありますね。


まず、 無人の船からスタートするところ。 (正確には無人じゃないだが)

勿論、船からスタートするゴジラ映画は多いっちゃ多いが。

(そりゃ初代からしてそうだし、 下手すりゃ平成ガメラとかですら「船、事故」から展開する)

でもこう、
シンゴジラの
「誰もいない(ように見える)船という「謎」からスタートする」というテイストは、
一番84ゴジラに近い気がするんだ。


牧博士という登場人物。


昭和ゴジラでは全く描かれてこなかったといっていいレベルの 
「政府組織」がちゃんとゴジラ対策に取り組もうとする姿勢を描き始めている。


それまでのゴジラというのは、せいぜい山根博士とかのポジションの人間が会議をする程度の事で
政府官僚とかの内部まで踏み込んだことは無かったはず。

あとリアリティを高めるためにやることといえば、せいぜい新聞とかTV報道であって、
そういうのは「新聞社の登場人物」を出すことでやるパターンが非常に多かった。

・山根博士のような博士ポジション、
・新聞記者のようなマスコミポジション、

 この2パターンくらいしか「視点」が無かったのが、それまでのゴジラ映画だったのだ。


ここんところで
「国際組織」 国連とかまでもちゃんと描写しようとしたのは84ゴジラが初めてなんじゃないかと思う。

「ゴジラに攻撃される日本」というものを海外はどう受け止めるか、という視点を、初めて持ったのだ。

(割りと真剣に会議会議~してるので、今84ゴジラを見返すと)
(逆に「シンゴジラっぽい!」って感じるところあるかもしれんぞ!?)


原子炉の核反応を抑える物質として、「カドミウム」に注目し、それを対ゴジラに利用しようとする。

ゴジラの生態に踏み込んだ部分。


それまでのゴジラというのは、初代、逆襲とかで「明かりを追いかける」「鳥の声に反応した」とかを示されてた程度で、
あとはそんな設定どんどんテキトーになっていって、
なんか知らんけど地球のピンチになったら現れるゴジラ になっていった訳です。


そこんところで、
なぜ原子炉を襲うのか?

・放射性エネルギーを吸収しているとか、
・帰巣本能があってそれにしたがって動いてるだとか、の設定が盛られ

行動、動機、そしてそれによる対策、というのが明確になりつつあるのです。

(そのせいで、84ゴジラにはかえって矛盾してるような箇所もあるのだが)
(自分はこういう姿勢自体は評価したいと思ってしまうのだ)


そしてあらためて考えてみると
シンゴジラは「行動原理・目的・思考が全く謎」というのが徹底されていますね。


一応一回だけ劇中で、「原子炉を襲うかも?」みたいな疑念が出てたところがあったかと思いますが、
別にそんなことはなく、とにかくシンゴジラは東京を襲うのです。

この辺、実は「84ゴジラへの反省」なんじゃないかとも思うのです。

84ゴジラは帰巣本能だとか原子炉を襲うだとかいう、ちゃんとした行動原理を持っている筈なのに、
別にそんなことはなく東京を襲ってしまった。

じゃあどうすればゴジラ単品が東京を襲う設定をあらためて作れるだろうか?
敵怪獣も居ないのに、東京には原子炉も無いのに、
・・・
ってことを考えた際、

シンゴジラを、「全く何考えてるか分からんけど移動する、正体不明行動原理も不明の存在」という設定に
したんじゃないかとも思うのです。

あえて何考えてるか分からんようにした、 (せいぜいほのめかすだけで、劇中で結論は出さない)
ただ移動するだけで物凄いヤバイ存在。
それが一番災害の象徴に近いと。 それが一番怖いのだと。


で、ゴジラにカドミウムという物質が効くだろうという推測、

84ゴジラではそれが「スーパーX」という超兵器で運用されるんだが、
そういうとこを超兵器抜きでやったのが「八塩折作戦」なんじゃないかとも思えてくる。


自分が「八塩折作戦」を始めてみた時に思い出したのは、
・ビオランテの「抗核バクテリア」と
・スペゴジの「血液凝固剤」だったんだけど、

84の時点で、カドミウム弾をゴジラの口の中に直接ぶち込むってのをやってましたね。 忘れてた。

じゃあもう完全にこっちだったんじゃんと。

ゴジラに対して、科学的な物質からのアプローチするというのはこれが初めてじゃなかろうか?
 (あ、オキシジェンデストロイヤー抜いて)
 (いやあれは力技でぶっ殺すようなもんだから、そんな科学的ではないよな)


そんで、84ゴジラには
「ゴジラに核ミサイルを撃つか撃たねーか」という
冷戦まっただ中の時代性を表した問題もでてくる。

というか、
「日本がゴジラを撃退できない場合、次の標的はウチの国の戦艦だ!」
「日本はウチの国がゴジラに戦術核を使う許可を出しやがれ!」
みたいなことを迫られるシーンさえある。

割りと真剣に、ゴジラを核攻撃するかどうかの是非を議論してたりする。

核つかわせてー


「あなた方の国アメリカやソ連にゴジラが現れたら、
 首都ワシントンやモスクワで、ためらわずに核兵器を使える勇気がありますか!?」


あれこれ、完全にシンゴジラじゃん?

(コレに対する返答が、ある意味シンゴジラの中にも出てくる)
(彼らは「やれる」と言っている)

(まぁそうだろうね。 インデペンデンス・デイみりゃ分かる)
(国土の広い国はいいですねー)



84ゴジラ スーパーXと対峙

シンゴジラ アパッチと対峙

このシーンもそうだし、

他のシーンなんかも、84ゴジラの足のアングルを意識してるようにも思えてくる。


・・・とかとかとか・・・

あれ?割りとシンゴジラって、
相当84ゴジラっぽくねーか? と、初見の時よりも一層思えてきた。

シンゴジラ、
ゴジラの恐怖・ゴジラの存在感は初代を一番意識してるだろうけど、
脚本的には、かなり84を意識してる気がしてきたぞ?


(樋口監督はサイボットゴジラ作りたかったらしい)


ビオランテ

ビオランテにも結構シン・ゴジラっぽいシーンある。

薬以外でもね。

こことか。 このあとガラスを割るシーンがあるんだけどこれマンマじゃないかと。


あと
「海水でゴジラの体温が下がったのかな?」ってセリフある。

浜辺で寝てるゴジラがそのあとゆっくりしたら起きる、という展開はギャレゴジ的でもあるよね。


いちおうシンゴジラには、ミレニアムっぽいシーンもあるんだよね。

ラストの破壊シーン

街中火の海

そしてこの角度から、横からなぎ払うように熱線を吐く。

ミレニアムの火の海シーン

シンゴジラの火の海シーン

というかシンゴジラの熱戦の吐き方、 口の割れ方、 頬張り感?・・・

なんかそういうのは、一番ミレゴジの熱戦に近い気がする。

(「ミレゴジの熱線」というもの自体は、ガメラのプラズマ火球がすごすぎたから
 その影響での進化したものなんだろうが)


・・・
シンゴジラは全てを抑えてるような気がしてくる。


町が火の海につつまれるのだが、、、そこに一種の 陶酔?のような感情すら湧き得るシーン。

初代

いや結局、どっちも根っこは初代なんだろうけど。


◆デストロイアについて

シンゴジラはデストロイアに似ているという話。


生態も似ているし、実は作品としても、今、改めてVSデストロイアを見てみるとそう感じたりする。


まず最初、バース島が爆発消滅しているところから映画は始まる。
ここ、海が赤く染まってるのだ。


VSデストロイア バース島

「海が赤く染まる」というと庵野監督のよくやることなのでシンゴジラで最初に赤いアクアラインを見ても
思いあたらなかったのだが、ここがもう「デストロイアっぽさ」の始まりだったのではないか。

アクアトンネルで事故が発生する、というのもデストロイアと同じかもしれない。

そしてまぁ映画全体が、 「メルトダウン一歩手前のゴジラをみんなで何とかして冷やそう!」って映画だったりする。



大体、シンゴジラのデザインをはじめてみた瞬間から、「バーニングゴジラ?」って誰もが思っただろう。


あらためてデストロイアを見てると、この歯、シンゴジラっぽいなぁって思ったりする。

まぁこの、敵怪獣のガチャ歯というのは、VSシリーズの怪獣の特徴ともいえるもので、
ビオランテ、スペースゴジラと、ゴジラの亜種のような怪獣は必ずこうなっている。
(「その特徴がなぜデストロイアにもあるのか?」と考えると結構謎だが)



見た目以外にも、
シンゴジラはその存在自体がデストロイア的なのではないか?とか考えたりもする。


デストロイアは、オキシジェンデストロイヤーによって蘇った、
過去の時代で絶滅したはずの無酸素状態で生きる生物だった。

芹沢博士が東京湾でオキシジェンデストロイヤーを使用したことにより、
ゴジラを葬る代償に産まれてしまった、そういう怪獣である。


じゃあシンゴジラはどうか。

シンゴジラは、まぁ色々言われているが
牧博士が生み出した存在ではないかと予想されている。

放射能を食って生きていた太古からの巨大生物に対して、博士が何らかのことをして、
復活したのだろうと。

今回の博士、 芹沢博士ポジションは、葬る側ではなく産む側だったワケだ。


そして、シンゴジラの生態、やることということが、もうデストロイア的だ。

「進化する怪獣である」ところ。

それも無制限に進化しうる、ということが作中で示唆されてたりするところ。


デストロイア完全体も、「完全体」って言われてるけど、べつにあれで終わりではないっぽいのです。

シンゴジラも第4形態が最後じゃなくて第五がありうるし、その先だってあるかもしれない。

設定上で5段階進化するところ。 デストロイアもシンゴジラも5段階だ。


進化の途中までは結構軍の攻撃とかも効く、
一時的に撤退とかもする。

でも進化すると全く手がつけられなくなる。


群体化したり、空を飛ぶ可能性がシンゴジラにはあったらしいが、
それ聞いた時、自分は真っ先にデストロイアのことを連想したよ。

進化、群体化、空も飛びうる、まさにデストロイアだ。

・・・
つくづくシンゴジラって、デストロイアっぽいよなぁと。


ところで、こんな風にデストロイアについて考え出すと、結構「ヘドラ」にいきつく


デストロイアのパンフレットには
「ゴジラ怪獣史上初めての試み」とか、
「長年温めてきた変身・進化する怪獣が生まれました!」みたいなこと書いてあるんだが、

そこは嘘じゃろう。

既にヘドラがいるじゃないか。



そしてヘドラの生態

・群体から合体して巨大化していくとこ

・どんどん進化していく

・空を飛ぶ能力も獲得する

・異常な環境から誕生した、元は微生物


・・・みたいな所を考えると、
あらためて、デストロイアは、ヘドラに似ていると思う。



つまり
シンゴジラ→ デストロイアに似ている。

デストロイア→ ヘドラに似ている。

そういうことになる。


(まぁこういうこと言い出すと、無限に進化して手がつけられなく怪獣とか、ウルトラ怪獣にもいますけどー)
(みたいな話にもなってくるかと思うけど)


あと、どうせだからヘドラの作品自体の話

全然関係ないけど、
ガメラ2って、対ヘドラに滅茶苦茶似てると思うんだよね!!!
これマジで。

映画全体の構図が凄い似てる。
ヘドラ見返す度に、
ゴジラマラソンしてると毎回そう思う。


最初の戦闘が夜、

次の戦闘が昼、

そしてラストは夜明け、
こういう映画全体の構成も同じだし。

なんか電極板みたいなのを使って敵を倒す展開も似てる。

どっちも人間側が、ゴジラを(ガメラを)、そういう装置を使って、援護してやるのだ。

・・・

もしもシンゴジラに続編があるなら、 

(いや自分もシンゴジラに続編とか難しいだろうとは言ったけど)
(それでももし、やるんなら)

割りと敵として相応しいのはヘドラじゃないかと、そんな気がしている。


結局映画というのはシリーズ化するならエスカレートしていくしか無いような気がする。
シンゴジラの続編を仮にやるとしたら、
あの、「ゲロマグマ熱線」を超えるようなディザスター・スペクタクルをやらなきゃいかんのだ。


シンゴジラがやった以上の規模の破壊、被害。

これをやれる怪獣というと、
実はヘドラくらいしかいないんじゃないか??


てか
ヘドラは100万人規模で殺してる 発病させた人は1000万人だとか。 
実際この被害はシンゴジラも越えられてない。 ヘドラまじやばい

もしもそんなヘドラのヤバさを、今の技術でリメイク・映像化したら、超とんでもない絵面になるだろう。
心底寒気がするだろう。 割りと真剣に見てみたい。


シンゴジラの続編に相応しいのは、それくらいしか無いんじゃないか?とも思う。


もしくは、次点でビオランテ。 「シン・ビオランテ」なら、こっちはこっちで「生物学的危機」を描ける。

マジでやったら怖いぞ。 日本中の植物という植物がシン化するとか。

・・・
まぁそんな感じ。

シン・ゴジラについて考えてると、割りと「シン・ヘドラ」のこととか考えちゃうのだ。


というわけで、 シンゴジラっぽいゴジラ映画ランキング


1位 84ゴジラ (自分的には初代抜いた 非常に似ている)
2位 初代ゴジラ

3位 ガメラ2 対ヘドラ

4位 VSデストロイア



みたいな感じかなぁと

・・・あとはまぁ微妙なのでまぁいいやと


っとにかく、シンゴジラばかりを何度もリピートしてる人がいるようですが、

自分的には、何度も同じ映画をリピするよりも、
合間、合間に他のゴジラ映画を挟んでいくのが良いんじゃないですかと思うのですよ。


ヘドラおすすめ。 そしてシンゴジラ後の今、84ゴジラは再評価されるべき。


そんで
◆初代の話もしたい。


初ゴジは水爆実験によって安住の地を追われた恐竜だったわけだが、
その後で「メガロ」を見てみるとほんとひでえ気分になる。


あいつら地底人だって、水爆実験によって腹立ててメガロを使いにだしたわけじゃんか、
それをなんで、ゴジラとジェットジャガーが倒さないといかんのよ。

まるきり逆じゃないか。

ある意味、
メガロと初ゴジは似たような境遇じゃないか。


あ 全然どうでもいい話してしまった。
ゴジラの産まれた経緯を、各ゴジラ毎に考えてたら、こういうこと考えちゃうんだよ。


改めて初ゴジ見なおしてみたら、初ゴジって戦車隊をぶっ壊してないんだよね!


ゴジラが明確に戦車隊をぶっ壊すのは、多分キンゴジがはじめてなのだ。
キンゴジで、熱線で戦車が溶ける描写をはじめてやった。 あれが最初。


初ゴジの時は、戦車はなんだかんだで上手く逃げてる。 
でもってその後「第49戦車隊は全滅 以後の行動は不可能」と、報告だけするのだ。


シンゴジラはそこもオマージュだったんじゃないか?

シンゴジラは戦車隊自体を直接ビーム撃って倒したりはしてない。

橋をぶん投げただけだ。  (ところで、あの腕でどうやってぶん投げたんだろう・・・?)

この辺、自分は最初見た時、なんでそんな撤退なのかと思ったのだが、
そういうことだったんじゃなかろうか。

勿論、「物凄い攻撃をやる」という隠し玉のために、あのときは攻撃を抑えてたのだろうとも
メタ的に解釈出来るが。


引き続き、初代ゴジラの話。

ところで面白い資料が入ったのでその話もする。
初代ゴジラが公開された当時の、新聞の寸評が書いてあった。

こんなである。


◆読売新聞
映画は、ゴジラ対策の人間側っでいろいろと芝居をもりこむが、この処理がまったく拙い。
荒唐無稽なものにせず、科学的な面もみせようと手段も実に不手際。
特殊撮影だけがミソの珍品。


◆毎日新聞
ゴジラが一休みしているところへぶっつけるところなんか、
やたら決死隊みたいでナンセンスである。


◆週間朝日
最後の三分の一くらいは大変感傷的でつまらなくなる。
東京の悲惨な状況を描き、わざわいの根本が水爆実験にあるといわんばかり。
水爆にからむ、そのからみ方がいや味である。
こんな空想映画はいっそのことカラリと仕上げたほうがよかろう



割りとまぁ褒めてるのは朝日芸能くらいでした。


みんな真剣にボロクソなのですね。


今でこそ、初代ゴジラって傑作、名作、結局どのゴジラも越えられない聖域、みたいな扱いだけど、
メディアや評論界からはボロクソだったのだなぁと感じる。

それも、「今評価されてる部分」、
人間彩度の演技やテーマ性、悲劇性、メッセージ性の部分で叩かれてるのだから、ちょっとおもしろい。

(初代の演技貶してたら、それ以外のゴジラ見れんぞ? マジで)


でもなんか、こういう映画のケチの付け方って
結局、時代問わず同じなのかもね。

今シンゴジラをけなしてる人も、結局こういう方向性しかない。
 (読売のやつなんか、丁度今、シンゴジラを貶す人が同じこと言ってても、違和感なさそう)
 (つまりだ、逆に考えると、後の世で傑作扱いになるようなものを貶す人というのは
  あとでこういう風に振り返られるということだ)


てかこれ、芥川龍之介の提唱した「半青定論法」そっくりだ。 (その上であれは皮肉だからね)
まず特撮だけは褒める。 あとはボロクソに全否定する。 そういうやり方。


当時の新聞は初代ゴジラをボロクソ貶してた。

じゃあ当時の一般人の感覚はどうだったのか? そこが気になってくる

初代ゴジラが超ヒットしたのは分かっている。 (でも1954年の「君の名は」には負けてるというシンクロニシティ)

みんなゴジラに夢中になったのだ。 

じゃあ実際、何をどう観たのか。



ここで突然、「桜玉吉」の話をする。

自分の思う、「シン・ゴジラを見て欲しいと思う人、ナンバーワン」って、実は桜玉吉なのだ。

(てか桜玉吉って今何してるの? ちゃんと生きられてるの?)


桜玉吉

↑こういう画像があった。
桜玉吉が、初代ゴジラについて、こういう分析をしているのだ。


こういう風に、戦後の復興を頑張ってる日本人の「気持ちに下駄を履かせる」、そういう効果の映画だったのじゃないか?
だからこそ、あんなマゾい映画がウケたんじゃないかと、そう分析してるのだ。 いい分析やんけ


でも、この分析にはオチがついている。


桜玉吉が実際に、当時リアルタイムに初代ゴジラを観た親父を捕まえて話を聞いてみた所、

「ああ、ありゃ娯楽だ。娯楽」って言って 梯子を外されるのだ。 

深読みしすぎましたね、ちゃんちゃん、というオチ。


だが、これ、本当にそのオチだけでいいのだろうか?


まさにこの、
復興を頑張ろうとしている日本人に対して「気持ちに下駄を履かせる」という効果があり、
そして実際にヒットした映画といえば、シンゴジラなわけだと思うけど、


じゃあもしそのシンゴジラを見てから50年60年たった後で、
孫とかから、「シンゴジラって当時どんな扱いだったのー?」って聞かれたら、

割りと
「ああ、ありゃ娯楽だ。娯楽」って答えちゃうかもなあって思うんだよ。




これは何でかって言うと、

2016年の当時、初めてシンゴジラを観た時、
みんな「あの震災」を意識しただろうし、
ゴジラの破壊シーンにマジで恐れおののいただろうし、
そのあとのゴジラ対策の展開にマジでテンション上がっただろう。

「頑張る気持ち」になれた映画だったろう。


・・・
でもそれがもう半年経って2017年現在、
もうあんまし、
シンゴジラが災害映画だとか震災復興だとか、そういうことを声高に言う気持ちでは無くなってるところもあるだろう?


(別にそれを否定しているんじゃない)
今となっては、娯楽作として、エンタメとして、「破壊シーンをまたBDで見たい」という、
 そういう気分になってるじゃろう?
という話なのだ)


つまりだ、
たった一年たった半年でも、これくらい、映画を受け止める気分って、変わってくるワケだ。


そら、初代ゴジラを当時観た人に当時の感想聞いて、本当に新鮮な気持ちなんて中々得られんだろうと思うんだよ。
大体、玉吉が訊いたのも、たった一人のサンプルだからね。


なんでこういうことを言うのか。 この話は結局なんのかというと

結局、初代ゴジラにせよ シンゴジラにせよ、
時が経つと、映画の評価、映画の感想すら、変化していくということですよ。


各新聞でボロクソ言われてた映画が、いつの間にか満場一致で傑作の位置になってたり・・・

真摯な内容だったはずの映画がエンタメ作のように思えてきたり・・・

そういうことですよ。


たまにいるんだよ。 こういう人が↓

「初代ゴジラ?
 あの映画が核の恐怖、空襲の恐怖、水爆への警告を真摯に訴えてるとか、大嘘じゃん?」

「映画ちゃんとみたのかよ? あんなの、ゲテモノモンスター映画に、ちょっとそういうフレーバーまぶしただけのことだよ」

・・・
みたいなことを言う人間が、マジでたまにいる。


自分に言わせれば、あんたこそ初代ゴジラちゃんと観たのかよと言いたい


初代ゴジラ、自分は何回観ても、真剣な映画だとしか思えないのだが、
どうしても、あれは単なるゲテモノ映画で、そんなメッセージ性などない と決めつけたい人がいるらしい。



だがこれも結局、
時間が映画の内容に対する印象を風化させてるだけかもしれないなぁと。


とにかく定期的に見直してさえいれば、
初代ゴジラが真剣な映画じゃないなんて考えは、消えて無くなるはずだと思うんだけどなぁ。


(勿論、本多猪四郎監督自身が、最初から反戦反核映画を取る目的でゴジラを作った訳じゃないと言ってるのは、事実だろう)
(だからといって、そのメッセージ性の部分が後付だから真剣じゃないという風にまで言い出すとしたら、)
(映画見直してみろよと言いたいのだ)


・・・ということでした。


というわけで「84ゴジラ」やら「ヘドラ」やら「初代」やら、

色んな所を回り回って、直接はそんなシンゴジラの話にはならんかったかもしれんけど、
一番言いたいのはそういう話。


映画の印象は、観ないでほうっておくと勝手に脳内で変化していく、

大体においては、「美化」にはならず、「風化」していく


ということでした。



定期的に観て、
それだけで「頑張ろう」という気分になれる映画、シンゴジラ、リピートすべし
、ということなのでした。


そんな感じでまぁ、
BD発売直前に繋がる話にはなったんでないのか。

関連記事
[ 2017/03/20 10:22 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

月別カレンダー
05 ≪│2017/06│≫ 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -