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自分が好きな話とはどういう話か、という話

 
ほんとうに寝言注意!


結局寝言みたいなグダグダしか書けない。
(そんで自分の文章の文体もどんどんテキトーになっていくけど、これ、どこまでいくんだろうね)


ある、3回に分けて話そうとか思った話の内の1つ。



普段コメ要らないとか言いながら、
ある種のコメントには結局、物凄い答えてしまいたくなることがある。
 (そう思いながらも)
 (前に上手く答えられなかったコメントについてなのだが、)

「どういう本が好きなのですか?」みたいな質問があった。


自分は本を全然読まない奴なので、
その場では多分上手く答えられなかったけど、
考えようによっては、この話題は延々と語れるはずなのだ。


(勿論、「この類の質問に答えたくなっちゃう欲求」というのは、
 100の質問 ザ・インタビューズ ask.fm Miitomo・・・というような、
 世間で流行ったクソサービスの遍歴を見てても分かるように、実は「安易なリクエスト欲求」に過ぎなくて、
 そんなもんは「質問ポルノ」「インタビューポルノ」とでもいうような、しょうもない話でもあるのだがー)


それでもやはり、「どんな本が好きなのですか?」という質問にちゃんと答えられるかどうか、というのは
自分の問題として相当のモンだと思う。


よってちょっと考えてみたのでした。


 (そしてこういう話が、次と次の話に繋がることになる) 




 


好きな話とは


本を全然読まない自分には、好きなタイプの本、みたいな明確なジャンルというのはない、と思う。


・小説、
 まぁ読むが、「こういう小説が好き」というのもないような気がする。


・SF小説、
 全く読んでないも同然。
 自分なんかがSF好きを名乗るなんておこがましすぎると思う。 
 でも、「筒井康隆好き」だけはあると思う。


・推理小説
 読まんなぁ。

 子供の頃、江戸川乱歩を読みまくろうとして、
 物凄いしょうもない奴に引っかかってしまったんだ。
 なんか、指紋が3つある奴。  三重指紋?
 さんざん、指紋の偽装なんかできないとか言っておいて、
 結局オチが確か、「そういう指紋の形をした精巧なゴムかなんかがありましたー」みたいなトリックだった気がする。
 子供心に、「ばーーーーかじゃねぇの?」と思ってしまって、
 それ以来推理小説の楽しみ方分かってない。


・随筆? エッセイ? 
 自分がブログに垂れ流している文章というのはまぁエッセイに近いと思うが、
 じゃあ他の人のエッセイを読むかというと、読みもしない。

 それでクソ文章ばっか書いているのだ。

 (いや、大槻ケンヂのエッセイとか遠藤周作のエッセイとか筒井康隆のエッセイとか・・・色々読んできたような気もするが、)
 (内容を覚えてないので、自分の中の血肉になってるとは全く思えん)



その他、新書も読まない。

何も読まない。

最近読むのは青空文庫だけ。


結果、 中島敦とか坂口安吾とか夏目漱石とか芥川龍之介とか・・・
そういうのばっかになる。
 (今んトコ、中島敦は本当に明確に好きですね)



そんななので、「好きな本のタイプ」だとかジャンルだとか傾向だとかいうのは
自分でもよく分かってない。


・・・

が、考えてみると、

「本」
ではなくて

「話」
という風にすれば


「実はこういう話が自分は好きなのかも知れん」
というパターンがあることが、なんか分かってきた。


ていうかこれは前から意識しはじめていたことである。


それはどういうタイプの話かというと、


例えば、
九井諒子さんの短編で言えば、「ひきだしにテラリウム」の「遺恨を残す」だ。

宗教を植物に例えている話。 天才かと思った。


諸星大二郎の短編で言えば、
この、変な国?に旅行する話。

「遠い国から」シリーズ (遠い国からには第4信まである)


・・・
「自分は こういう話が好きだなぁ」ということになってきたのだ。



「諸星大二郎で何が好き?」なんて、本来、とてつもない質問の筈だ。


人生を問われているぞ。


暗黒神話?

孔子暗黒伝?

失楽園?

むかし死んだ男?

夢見る機械?

子供の王国?

蒼い群れ?

流砂?

・・・
・・・
本当に、何と答えるべきだろう。


まぁ自分的に、
諸星大二郎はなんか全部SFのような気がしてくるし、
「諸星大二郎というジャンルが好きだ」とか言えばいいだけのような気もするが、


でもなぜか、「諸星大二郎の中で好きな話」ということを考えた際
自分の頭の中に浮かぶ「絵」というのが、

あの
「遠い国から」の中の
名もない、顔もみえない主人公が、
地球だか外国だかなんだか分かりもしない世界を旅している姿 なのだ。



・・・
そのことに気づいた時に、
なんか凄い「わかった気がした」。


ああ自分は、こういうのが好きなんだなぁと。


すると俄然、
自分の好きなものが体系化出来るような気がしてきた。


・ガリバー旅行記とか?


さっきも言ったように、九井諒子さんの短編だと
「宗教を外来種から守るべき在来種のように捉えている星に旅行しにいく話」
みたいなのが一番「すげえいいわこれ」みたいな印象で残っているワケだ。

あれに特に注目している人はいないのだろうか・・・


「旅のラゴス」とか?

旅モノが好きなのか?


別に、
別の世界に触れてくることによる「風刺」が欲しい訳でもないんだよなぁ。


「ガリバー旅行記」にも風刺はあるし、 
 (つーか強烈だ) (「フウイヌム」なんていう猿の惑星みたいな話もあるし、そこでの人間の金のために争う姿の醜さときたら)


「遠い国から」にも風刺はあると思う。

延々と電柱をかき集めて
そこで発電機をキリキリ回して、電灯を一個だけ光らせる。
そんな仕事をしてるやつが一番尊敬されるという。

↑こういう一コマとか。
 (自分の思う、「仕事」の認識というのもこれに近い!)


でも、そうでもないんだよ。

もう単に、「別の世界を旅してくるだけで、もういい感」がある。


で、これをもっと突っ込んで分析していったのだが・・・


結論をぶっ飛ばして書くと、

つまりこれらの魅力の本質は、「問題解決に頼らない話づくり」
ということが見えてきた。




今、なんかこう、

異世界?
別のファンタジー世界? に飛ばされたり転生したりして、
そこでなんかモソモソする話が、世間に溢れているではないか?


なろう系ファンタジー

トラック転生系

俺の転生した異世界がどうのこうの・・・
・・・


異世界に行って、

現代人の知識程度のことで「賢い賢い」「すごいすごい」って褒められたり、
現代人の作る「料理うまいうまい」って褒めて貰ったり、

また一方で、逆に、凄い苦労したり、
それをゲームスキル的に解決したり、
・・・


でも、
自分はそういうのは案外しょうもないと思っているんだ。

 (まぁ「ドリフターズ」とかも結局そうなんだがー)


そしてそういう類の異世界の世界描写には、びっくりするほど何の魅力もないと思っている。
(そこに行ってみたいとか、そこに居る人と話をしてみたいと思える何かが、全くない)


んで
これらの話は、

異世界を扱ってはいるが、

「問題解決」しか見ていないような気がするのだ。


それのせいなのだろうか?
あの手のファンタジー世界に、何の魅力もないような気がするのは。


(異世界を、征服すべきもの、解決すべきもの、現代の知識で正してやるべきもの、のようにしか捉えてないから?)
  ((西洋人が自然を征服するべきモノとしか見れないだのなんだの・・・))

(ただの設定、ただの場所、ただの舞台装置
(「ここでないどこか」ならなんでも良かった? そんなだから、どうでもいい世界に見えてくる)

(つまり、無意識に「下」に見てるんだよ)
 (憧れているようでありながらら、ナメている
 (ファンタジー世界で生きてる奴らなんて、この辛い現実で生きてきた俺等より人生観ヌルいだろうとでも思ってるんだ)
 (だからそのような異世界住民は頭パッパラパーになり、現代人のしょうもない知識を褒め称えたりする
 そういう脳ミソの持ち主になる)


(こんなのは結局、外国のこと内心軽蔑しながら海外旅行行くようなもんだ)




てか、
主人公が、変な世界に飛ばされて、あたふたする。

なんかもう、その「あたふた」自体に、物凄く飽きてきているような気がする。


一方、

そうやって「問題解決」に主眼を置くんじゃなくて、

単に、
異世界そのものの 「別の価値観」「別の世界観」「別の世界の生き方」「別の文化」「別の風習」
・・・
そういうモノに、ちょっとだけ触れてくる。


そこで主人公はそんなに危ない目にあったり、
主人公がその世界の問題を解決してやろうとしたり、
主人公がなんかすごい人間的に成長したりとか、しない。

 (そんなのはもういらねー。 そんなのなくてもいい。 そんなのはもう飽き飽きだ)
 (むしろ、そういうテイストを排除するからこそ、異世界の価値観そのものにより浸れるんじゃないか???)

・・・


自分の中で、そういう嗜好になっていることに気づいたのだ。



(勿論、ガリバー旅行記なんかは章によっては「問題解決」「主人公あたふた」だらけだったような気もするんだが、 )

(でも、自分がガリバー旅行記の中で一番印象的だったのは、「小人の国」でも「巨人の国」でもなくって、「ラピュータ」と「ヤフー」の話だったのだよ)

(とくに「ラピュータ」の場合、)
(あそこでは ガリバーはたしか一番特に何もしない 何もトラブル起こらない その国になんの干渉もしない)
(単にその世界の価値観(特にぶっ飛んだ死生観)に触れてきたってだけなのだ)

(で、それを一番覚えてる) (一方小人や巨人の話はもはやしょーもない気がする)
(だからこそ、ガリバー旅行記について考えることが、「自分の好きな話」について分析する凄いキッカケにもなったのだ)

(「主人公アタフタ」なんか要らんかったんや!!!)


(一方、強烈な風刺も普通に好きだけどね。 どう考えてもガリバーの「ヤフー」「家畜人ヤプー」に繋がってると思う)



勿、論、 
「問題解決」というのは、「物語の面白さ」要素の一員としては
なんかもう、最強クラスだろう。




世の中の「面白いモノ」の味を分析すれば、その味覚構成の大半は、 

「問題解決」がくっそ面白いから面白い、
・・・
そういう風にできているだろう。


塩味
甘み
苦味
酸味
旨味
・・・
味の5味みたいなもんで。


多分、「問題解決あじ」というのは、物語のあじの中では
一番強烈で伝わりやすいあじなのかもしれん。



「どうやって倒すのコイツ?」ってレベルの、なんか物凄く強い敵が出て来るだけで、バトル漫画は、猛烈に面白くなってくるじゃろう)

(そんな強敵がいるだけで、もういいのだ)

(あとはソイツにちょいと因縁でも持たせれば、ポット出の奴らが次から次へと出てくるだけでも面白い筈だ)
(ラディッツからベジータから延々と・・・みたいな流れ)


(考えてみると、例えば、「シンゴジラ」なんかもまさに 「問題解決のおもしろさ」だけで一点突破してるような気がする。 そういう分析もできる)


・・・
それくらい、「問題解決あじ」というのは 面白い。 面白さの要と言える。


・・・
それなのに、その味に一切頼らないでもクソ面白い短編が、世界にはある。


それって凄いことじゃないかと?

なんか、そういうことが分かった。 分かってきた。


「自分の好きな話はなんだろう?」

「自分が本当に好きな話はどういうものだろう?」

なんかこういうことを自分で分析してて、見えてきたのだ。



「問題解決あじ」
こんな強烈な味覚を完全放棄して、

別の味、
「別の価値観に触れてくるあじ」だけで、もうクっソ面白い。

・・・
自分はそういうのが好きなんじゃねーか?と思うのだ。



だから結局、
「九井諒子さんの短編で一番印象深かったのなに?」ってことを考えた時、

真っ先に連想しちゃったのが「遺恨を残す」だったのだろう。


「諸星大二郎の短編で一番印象深かったのなに?」ってことを考えた時、

真っ先に連想しちゃったのが「遠い国から」だったのだろう。


別にこういうのは
ファンタジーじゃなくてもいい。



ねこぢるの夫婦(山野一)が、単にインド旅行してくるだけの漫画 とか、大好きだ。

「ぢるぢる旅行記」 インド編。


でも本当に思うのだ。


割りとなんかのファンタジー作品に触れてきて、そのファンタジー世界の世界観を見てきても、
案外、
なんの魅力もない、 
なんの新しい印象も、強烈な印象もなかったりするではないか。



それに対して、現実のインド旅行にいってくるだけの漫画。
それだけで、
なんかもう、ここに行くと 人生観・価値観変わるのが凄いよく分かる。 伝わってくる。


ぢるぢる旅行記

(いや、「なんの感情もわかない」とか、凄いこと言ってるけどさ・・・)



もしもファンタジー世界を描くのなら、
もしも架空の世界を描こうってのなら、
もしも、「架空の世界に生きるマジに架空の人種」を描こうってのなら、

人間は本来、
それくらいのことをやるべきなんじゃないか?




同じ地球の、インドにも勝てないような
なんのカルチャーショックも起きないような、 

冷静に考えてみると到底「異世界」とは呼べないような、
テンプレみたいなしょーもない別世界が、ちょっと多すぎるんじゃないか?



同じ地球のインドでさえ、
これくらいのインパクト、これくらいの価値観の相容れなさを持っているんだから、

「本当の異世界」
「本当の異世界の住民」
「本当の異世界の住民の価値観」
というものを本気で構築したなら、

そんなものを垣間見てきた時の価値観のぶん殴られっぷりというのは、相当凄いことになるべきだと思われるのだが????





なんかエルフが居れば、

なんか剣の魔法のRPG世界みたいな雰囲気になってれば、

なんかドラクエのやっすいファンタジー世界みたいなのを用意すれば、

「ハイこれで舞台設定はもう十分!!」

みたいな態度のシロモノが溢れすぎているのではないか。

(そしてそういうゴミみたいのが溢れすぎているから、要求水準 ハードルがまた下がり続けるのだ)



でも本当に、インドは凄そうだよなぁ~。

バックパッカーパラダイス 旅人楽園

(↑この漫画は画像掲示板で見かけたこの1Pしかしらないが、)
「バックパッカーパラダイス 旅人楽園」というタイトルなのは調べてて突き止めた干し芋のリストにはいってる)


(ま、昔のインドに限るのかもしれんけどね)
(今、どんな後進国でもみんなスマホとか持ってたりして、そしたらあんま変わらんだろ、みたいな感覚、ある)





そんな、なんの新鮮味もないテンプレみたいな異世界に触れてきて、

ゲーム感覚でなんかやったり、

馬鹿みたいな異世界住民に、現代人知識を褒めてもらったり、

現代人の料理を馬鹿みたいに褒めてもらったり、

・・・
そういうのは本当しょーもないって、段々分かってくるはずだ。


なんかそれは、
日本に旅行しにきた外国人に、
日本のこと褒めてもらうようなインタビューばっかしてるのと同じくらい、しょーもない。



つまり「愛国ポルノ」と同じだ。


同じ外国人に「触れる」なら、
外国人の価値観に触れるために外国に「行く」のが筋だろう?
外国人に「褒めてもらう」ことを目的にしてどうすんだよ!!!



触れに「行く」のか?
触れてもらいに「来る」のか?


「行く」のが道理だ。

「行ってない」作品が多すぎ。


(こないだ、異世界住民を現代社会に召喚して、そこで居酒屋メニューを絶賛するだけの漫画を見た)
(それって、「何の取材も」「何の世界観構築も」しなくていいじゃん。 自分の知ってるものを間接的に褒めるだけなんだから)
(つまり表現として安易すぎ)



・・・まぁだいたいそんな話。

自分はこういうのが好きなんだなぁ、というのが見えてきましたね、という話でした。

話ソレまくってるけど。


(最近、「異世界異世界」言われすぎてて辟易する!)
(じゃあ自分はファンタジー嫌いなのかというと、そうでもないはずだ)
(てことは良い異世界出来の悪い異世界があるだけだということが分かり、)
(良質なファンタジーを好むということは低品質のファンタジーを嫌う嗜好にもなってくるということだ)
(で、この話はFF8VSドラクエ8のときの話にも似ている・・・)




まぁこんなのは、
「塩あじ」に対して、「こういうスイーツも好きですね」、みたいなだけの話かもしれん。
時と場合によって好き勝手なこと言ってるだけかもしれん。


問題解決一切なし、トラブル一切なし、主人公の成長一切なし、
・・・
「いやそんなの、読み切りや短編でしか通用しない手法だろ!!」
と言われれば、それだけの嗜好かもしれん。



なら自分は、そういう読み切りや短編の方が好きなのだろう、ということだ。




で他にも、
「感情移入あじ」だとか、

「謎解きあじ」だとか、

「完璧にシミュレートされた現実の中に大嘘を一個混ぜるだけでクソ面白いあじ」とか、色々ある筈なんだ。



寝言、完

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[ 2017/05/06 22:54 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(0)
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