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質問を質問で返す または 「迷う」意味について


頭の中に渦巻く寝言みたいな文章を、ノー推敲・無編集で貼るってやつ
久々にやります。



「質問されたときに逆に質問攻めにしてやりたいような質問」が世界には多いと思う。



よくある
「究極の質問系のやつ」は、大抵そうである。



質問に答えるための、前提となる部分が曖昧すぎるので、
答える条件が整ってないように感じてしまうのだ。





例えば
「もし好きな国に生まれ変われるならどの国で生まれ直したい?」

みたいな質問。


自分はこういう質問が来た場合、
真っ先に考えてしまうのが、「宇宙人について」なのだ。






本当に、特に捻くれてるつもりもなく、
こんな質問されたら、
まず、地球外知的生命体について、考えてしまう。



つまりだ、そんな風に好きな場所、好きな環境の中から、いくらでも自由に選んで
勝手に生まれ直すことが出来るというのならばだ、


別にそれは地球内に限定する理由が全くないだろうと。


「無限に良い環境」の他人の中に飛ぶ能力を持ってるとするならば、
自分はこう考えるワケだ。


この宇宙の中にある、文字通り天文学的な数の惑星の中で、

最も環境がよく、
最も進歩した知的生命体が繁栄している場所があるなら、
(そしてそれは確率的にあるうるだろう)

自分はその惑星の宇宙人として、生まれ直したい。

それが、1番賢い答えだろう。



てか、もし、
「今現在、そのような惑星がこの宇宙全体に、1つも存在せず、
この地球こそがもっともマシな知的生命体が繁栄している惑星です。」

と、根拠なく限定するなら、そう思い込むとしても、

だったら自分は宇宙の次元を超越するだけだ。

この宇宙に「限らない」。

別の次元の宇宙の中で探せばいい。



・・・とまぁそういうことになる。



「もしも好きな県の中で生まれ変わるならどこがいい?」
 →「県に限定する理由を言え」
 →「でなけりゃ世界中から選ぶだけだ 好きに生まれ変わる能力があるんだから」

「もしも好きな動物で生まれ変わるなら何が良い?」
 →「動物に限定する理由を言え」
 →「でなけりゃ宇宙人の中から選ぶだけだ 好きに生まれ変わる能力があるんだから」

・・・というワケだ。




だからこんな質問に対しては
「なんで無意識の内に地球に限るの?」
「なんで無意識の内に人間に限るの?」という質問を返したくて仕方が無くなる。



すると質問者自体も、なんか気づいてくるだろう。

自分は、ただ単に、「地球の国の中で1番マシな国はどこだと思うか」、聞いてみたかっただけだということ。


だがやはり、そんな風に自由に、(空間的制限なく)
他の生命の中に自分の意識を飛ばすことができる能力があったなら、
それを地球に限定する理由もない。



だから、やっぱり、地球に限定するなら「限定する理由」をはっきり言っておけと思うわけだ。

それもないのに、

空間を超越して
他の生命の意識を乗っ取れる能力があるというのに、地球内で生まれ直す理由がないのだから、

やっぱりその質問は答えるのに十分な条件を全部提示してないように思う。

だから、逆に質問を質問で返したくなるわけだ。



それでも、
「ああ、わかったよ 結局は 今の地球で1番マシな国はどこか聞きたかっただけだよ」

といって開き直るなら、「最初からそう訊け」という話なんだけど、

まぁ、それに関しては、
どっか北欧のどっかの国について「きちんと調べてから」、答えようと思う。



つまりこっちはこっちで、自分の中で、「他の国と日本についてのちゃんとした比較・検討」を 「まだしていない」わけだから、
答える体制が整ってないと思う。


こたえる体制が整ってない状態で、テキトーに答えようとすると、
それは 無知であるがゆえに、 他の国について何もしらないくせに、

「日本が最高!」
「日本が1番気楽でいいよ」
「別に日本に生まれ直して構わんよ」

という風なことになってしまうと思う。


そんなのは、北朝鮮の子供が 「生まれなおしても北朝鮮に生まれ直したいです」と答えるのと同じくらいの愚かさだと思うので、
やめておく。



というわけだ。





で、なぜ他の国との比較というのを真剣にやらないか、
他の国は日本と比べでどこがどのくらい良いかということを 何故ほんきで勉強しないかというと、

それは当然、

人間には、自由に他の国に生まれ変われる能力が「無い」ことを「知っている」からだ。


だから、真剣に学習しない。 だから、考えないということだ。



でもここで堂々巡りになる。



その上で、その上でだ。

どの程度、「他所の国が自分の国よりも優れているか」という 「見聞」があるか、 今現在持っているか、

そういうことを、この質問は問うているのではないか と思う。





だからやっぱり、

「もしも自由に生まれ変われるならどの国に生まれ変わりたい?」

という質問に、

「日本でいいよ」

と答えるのは、つまらない。



つまらないし、これは、「知識のなさ」を晒すことになる答え方なんじゃないかと思う。

これはそういうテストなんだと思う。 一種のフェルミ推定ってワケだ(死語)



ちなみに、最近

他所の国を引き合いにして、日本の体制を批判する人を見かけると、
すぐに
「まーた海外を引き合いにする馬鹿が出たぞー」

「よそはよそ、ウチはウチ」

「留学したての馬鹿はすーぐこうなるから良くない」

「そんなに欧米がいいなら欧米に行けよ」


みたいな「テンプレ返し」をする人が、ネット上に多いような気がする。




こういう返しの態度だけで生きていくというのは、何の反省も進歩もないと思う。

自分はああいう返ししか出来ない人間にはなりたくないなぁと思う。



他所の国のことは、常に参考にして、
いいとこは取り入れる、悪いとこは取り入れない。
それだけのことだというのに、

なんかもう

「他所の国を引き合いに出すやつは叩け!」みたいな思考停止の風潮が、何故かネットには広まってると思う。


これは潰すべき悪習だと思うが、何故このような思考形態が世にはびこっているのかなぁ。


これも、バイアスの一種だと思うんだよね。


「海外と比べて日本を貶す奴がいる!」「そんな奴は非国民だ!潰せ!」みたいな思考で固まってて、


「この日本をよくしよう」とか、「この日本という環境を客観的に捉えてみよう」、みたいな風には考えられないようだ。



そういう人たちもまた、こういう質問をされたときに、「日本」と即答しそうな気がする。



「もしも人生を、好きなタイミングで一回だけやり直せるとしたら、いつからやり直す?」


この質問も、自分には質問自体が穴だらけのような気がしてしまって、
これだけでは答える条件が整ってないように思えてしまう。




まず、「この好きなタイミングでやり直す」って言ってるってことは、

「現在の記憶を持ったままで子供の頃からやり直せる」ということを、暗に示しているとは思う。


ここは一応確認が必要。

もしも記憶の引き継ぎがないのなら、過去に戻ったところで同じことを繰り返すだけだし、
そもそも過去に戻ったことに気づきもしないわけだから。



だからこの質問は言いかえると
「未来の記憶を持ちこめるならどのタイミングに戻る?」

みたいな「戦略」を問われているように思えてくる。



だが、他にもこの質問は疑問がてんこ盛りなのだ。


例えば、2017年に、自分に対して、
「過去に戻れる能力」が発現するとしよう。


で、自由に過去に戻って、無双して、
また2017年に戻ってくるわけだけど、

そこで、その自分には、また「過去に戻れる能力」は発言しないワケ?


一回だけしか過去に戻れないと言ってるから、発現しないってことなんだろうけど、
それはそれでおかしくないか?


だって同じ2017年であり、自分の知識だけが変化するワケでしょ?

「自分だけが変化する」というのがミソなので、
それ以外なにも世界は変わらないわけではないか。



何か、「別のところから能力が与えられる」みたいな認識をするから変なのであって、


例えば、「2017年にある人物に遭うことができて、その人物によって過去に戻される」という条件なら、

やはり2017年からいくらでも過去に戻れるべきだと思うし、


「2017年にタイムマシンと若返り機が出来るから、そっからやり直せる」という条件なら、

じゃあそのタイムマシンを作る知識と若返り機を使って無双すればいいだけじゃねーかと思うし、

・・・

どう考えても、過去に戻れる、(+若返ることも出来る)ということは、
その過去に戻れるという機会もまた、何度も使えるべきだと思う。


で、
実質何度も過去に戻れるってんだから、
次第に戦略性なんてどうでもよくなってくるだろうし、


もう、ある程度何度も人生で無双したなら、富も名誉も、飽きてくるだろうし、

次第に、人間不信になってくるというのが、よくあるオチではないだろうか。

(つまり、「成功している人間に擦り寄ってくる人種」というのを何度も目の当たりにすることになるわけで)

(そういう「ゴマすり人間」を何度も目にする内に、人間というものが心底嫌いになってくるだろう)

(だから絶対に、人生を何度もやり直して成功を味わう人間は、その過程で、人間というものにほとほと呆れ返るようになるはず)

(で、最終的に人生をやり直しても何かデカイことやってやろうとは思わなくなるはず)



(「人生やり直して人生成功させる」のが目的だった筈なのに、最終的に「成功を追う気も無くなる」わけだ これは興味深い)


(・・・実はこの辺のことについて考えるのが1番面白いような気はする 後述)



(やっと戻ってくる)

・・・それなのに、
なぜだか、この質問者は、「一回だけしか出来ない」と、漠然と定めている。


まるで、別の時間軸というのがあって、そこにフラグが書き込まれているかのように。

むしろ、その意味がわからない。



いや、言いたいことは分かる。


だからこの質問というのは、
「一回しか過去に戻れない」という条件のなかで、
自分は今の知識を使ってどう立ち回ることが出来るか、その戦略性を聞いてみたい。


(で、つまらん人間は株がどうとか馬券がどう宝くじ覚えてどうとか答えるんだろう)
(まぁそういうところが見れる質問)


もしくは、ある人物にとっての、人生における重要なターニングポイント、

「そういう面白い人生話」を引き出せるような質問っぽいから、こういう質問をしているんだろう。




だからこの質問というのも、相手から何が引き出せるか、というテストに過ぎない。



今回は、自分はその部分については全く触れないまま終わる。


てか、人生やり直しという話題は 、無限に語れるネタだと思う。


で、余談。


こういう人生やり直す系の質問というのは、
結構自分にとっても面白い質問なのだ。



実際、小学生の頃から人生やり直したら、どうなるだろうか? 真剣に。



自分がまず考えてしまうのは、「友達が作れなくなる」ということだ。

(これにはまず、精神年齢が合わないという大問題もあるが)



それはもう、自分が素で友達を作れないということ以前に、

「前の人生で友達だった人間と、同じようにまた友達になれるか?」という究極の質問を孕んでいるからだ。


自分はこの質問のほうが面白いと思う。



「いや、前の人生で良い奴ってわかってるんなら、やり直しても友達になればいいだけじゃん」


と思う人は、真剣にこの大問題について考えてないと思う。



だって、前の人生で友達だったんだよ。

同じことの繰り返しになる。

同じ友人と、同じようなことをして遊べるか?



例えばこのようなことが起こる。

その友人は、きっと、「前の世界でやったのと同じようなジョークをかましてくる」ことがあるはずだ。


その時に、あなたは同じようなテンションで、その友人と笑えあえるか?

絶対に無理。 出来たらサイコだよ。




そんなことをしていたら、
それは、その友人との前の人生での遊びを、何か「冒涜」しているような気分になるはずだ。

これは絶対になるはずだよ。


だから、自分の予測の中では、
もしも人生をやり直すことになった場合、

人間というのは、「付き合う人間を毎回変えていってしまう」ような気がするんだが、どうなんだろうか?


特に、「深く」付き合う人間であればあるほど
もう次の周回では、深い関係の友人にはなりたくないように思うはずだ。



前の世界と、「同じ親友」と、「同じ親友」になることは、無理。



じゃあ、それを避けるためには、「友人をとっかえひっかえ」変えなければならないことにもなるんだが、
それはそれでおかしい気がするし、前の友人を裏切っているような気もする。

(これは恋愛に置き換えたらもっと分かりやすい気もする)
(例えば前の世界で結婚してた相手と、人生やり直してまた結婚したいか?という問題)
(するのが誠実というのなら、やってみればいい。 絶対に病むから)

(だが、人生やり直して別の人間と結婚するというのも、これは「広義の不倫」ではないか?という大問題がここで浮上するだろう)
(この問題も、考えてみると面白い問題である筈だ)



この問題について突っ込んでいる「ループもの」というのはあるんだろうか?


いっぺん考えてくれ。 マジで興味深いと思うから。


他にも、例えば人生をやり直して、都合良く恋人を作りたいとか思ったとする。

手塚治虫の 「ザ・クレータ」にはそういう短編がある。


だが自分はこう思うんだが、

そんな風に無限ループの中で他人を操って、

その他人に都合いいように何度も何度もやり直して、

なんとかギリギリ失敗を回避して恋人になったとして、

「それでいいのか」という疑問がある?



そんな風に、何度もロードして実った恋というのはなんなんだ?という疑問がある。

それで相手に対して申し訳ないとか、

自分は相手も騙しているんじゃないか?とか、

これは単なる「所有欲」だけの感情であって、まったく高度な恋愛ではないんじゃないか?とか、

そういうことを思わないのだろうか?




・・・で、これは完全に恋愛ゲームにも言えることである。


恋愛ゲームでうまくいかないときにセーブデータをロードする行為はこれであると言えるし、

恋愛ゲームで、キャラを攻略してエンディングを迎えて、
また別のキャラを攻略するというのは、
これも上記で言ったような不倫行為であるはずだ。



自分は恋愛ゲームというのをやったことがない。

(もしやったことがあるとしたらダンガンロンパ2くらいだ)
(あれはパンツを集めるゲームだったから)

あとは実況動画でしかしらない。



だが、恋愛ゲームの中で、このような問題について、メタでもいいから踏み込んだ作品が一個くらいあってもいいんじゃないかとは思っている。


「アンチRPG」のmoon、undertaleのように、

「アンチ恋愛ゲームである恋愛ゲーム」を、いっぺん作ってみたらどうだろうか?

時間を戻したり、
選択肢を変えたり、
ヒロインをとっかえひっかえする主人公は、その時点で不倫野郎であり、人生の冒涜者であり、恋愛ゲームの主人公たりえない
・・・
という大いなる矛盾。


前に自分が、自分が恋愛ゲーム企画させたら滅茶苦茶面白いことになるみたいな話してたと思うけど、
これはそのアイディアの中のほんの1つである。
本当はもっと滅茶苦茶ある。 これはハッタリではなく。




今回は、究極の質問についてのリスト記事なので、この話題は大して掘り下げず、ここまで。


うんこ味のカレーとカレー味のうんこ どっち食べる?という究極の質問。


この定番の質問についても、えんえんと語ることが出来るけど、汚い話なので手短にすます。

これもまた、質問者を逆に質問攻めにしてやりたいような穴だらけの質問である。


まずこの質問者に問いたいことは

・なぜその両方から選ばないといけないのか (勝手に二択にするな)(ヴィンランド・サガ or ウシジマくん)
・普通は選ばない

・それでもこの二択を選ばないとならないということは、「まだ条件が隠れている」はずだ

 それは、
 ・どっちかを選ぶと賞金が出る (飴)
 ・どっちかを選ばないと殺す (ムチ)
 のような条件があるということだ。

 そうでない限り、うんこ味のカレーとカレー味のうんこなんか絶対選ばないし、
 選ぶと決めつけているということは、そういう条件があるということだ。


だからその条件を言えよと。


もしも金額による賞金制なら、
これは、「プライス オブ プライド」を問うているということだろう。


人によっちゃぁ、1000万円積まれてもうんこ味のカレーなんか食わない人もいるだろうが、
自分の場合、まぁ、10万くらいでも揺らぐかもしれん。

人毎の、プライドの値段。
「そういうラインを見たい」というだけなら、「最初からそう言え」という話である。



または、命に関わるというのなら、

それはそれで問い返したい。
(賞金制ならまだわかる。 そういう人間や企画も、一応は、考えられる、だが)


この世の誰が、人がうんこ味のカレーを食う食わないで、他人を殺せるというのか。
それはどのような立場の人間か。

やはり、どのように考えても、こんな問題で命がかかる状況が考えられない。
質問者には、リアリティのある設定を構築する義務がある。

うんこを選ばないと死ぬような状況があると答えたなら、
さらなる質問攻めの地獄に落ちることになるが、よろしいか?ということである。


で、また「賞金制」の場合に帰ってくる。


それにしたって、まだ疑問は山積みなのだ。


2つ、問いたい事がある。


まず、カレー味のうんこは、「臭いはどうなっているのか」、という疑問。

ここでもし、「臭いもカレー」だというのなら、自分の結論は一歩進む。

もしも、臭いもうんこだというのなら、自分は選択を放棄する可能性が高まる。


・・・
だが、カレー味なのに臭いがカレーじゃないうんこというのはありえるのだろうか?


カレー味ということは、その時点で、そのうんこの成分というのは相当改造されているという事がわかる。

「味」と「臭い」、相当の部分で化学物質との共通項があるはずだ。

アンモニア成分、
インドール成分、
スカトール成分、
胆汁成分・・・

そういうモノが取り除かれ、

その代わり、
カレー味の成分が入れられたことによって、カレー味のうんこになっているのだろう。


だから、自分の考えでは、カレー味のうんこというのは臭いもカレーだと、ほぼ断定しているのだ。



よって、自分の中では、
このような究極の選択を問われた際、金額が相当に納得行った場合、
  (命がかかっている場合は相手が質問攻めで死んでいる)


 (次の最後の質問を問うた後に、)
「できればカレー味の方を選びたい」というのがある。

目さえつぶれば、いや、別に目もつぶらなくても、それはもはやカレーとなんら変わらないモノだからだ。




で、ここで、

「いや、カレー味のカレーは、臭いはうんこです」と答える質問者がいるとしたら、
それはもう先程のことをえんえんと問い詰める。

それはどのような作り方で作るのかと。


それはファンタジーだと逃げるのなら、自分はもう知らんと答える。



で、カレー味のカレーがカレーの臭いであることを質問者に確かめた後、

最後に訊くべきこととしては、
「カレー味のうんこを食べた時に、病気になる可能性はあるか?」
という質問である。


これもまぁ、「臭いの問題」と繰り返しのようなことが起きる。


健康に問題ないのなら、自分の中で、これが最終的な条件である。  賞金に納得がいけば食うだけだろう。

だがもしも、健康に問題があるのなら、両方食べない方向に進む。



・・・まぁ大体こういう感じである。


勿論、この質問が「ファンタジー」なのはわかる。


そこまで、見た目、臭い、味をバラバラにしたような食べ物というのは作れないはずだからだ。



その上でこの質問は、 回答者のプライドの値段とか、

または

「体験」を取るか、「実質」を取るか、みたいな傾向を知りたいというだけのことだろう。



で、自分としては、カレー味であればそっちを選ぶ。 (臭いと健康に問題がなければ)

という答えの傾向があるってだけのことだ。

(自分は夢が面白ければ、それで良いと思っている)
(夢の中で飲み食いした後、目が醒めて損をしたように感じる人がいるが、自分にはそれが分からない)
(夢の中で美味しい思いして、目が醒めたら太ることもない、それでいいじゃないかと)

(そんな風に自分は、「体験」を重視してるわけだ)



・・・そんなに面白い話だろうか?



だが手短にするはずだったのにこんなに長くなってしまった。

この程度のことに。


最後に、


とにかく、この手の 「究極の質問」という奴は、

質問者側に、設定してない穴の部分が多すぎるということがわかる。



「そこが明確になっていなければ、答えられるわけないだろう?」という部分について、
「質問者自身も大して考えてねー」というパターンが多すぎる。




質問者が真剣に考えてないというのに、回答者に、こんな馬鹿な質問に真剣に答えることを期待するというのは、

それが1番馬鹿げているように思う。



だから、こんな馬鹿な質問をする人間は、

馬鹿な質問であるからこそ、 外堀を完っっっっっっっっっ全に固めつくした後に、質問をしやがれと思うのです。




そして、それでもなお、人間は、 難しい問題に 即答というのは出来ないものである。


そのことについて語り始めてみる。


実はこれがメインの話だったのだ。




世の中、難問に「即答」することが「知性」だと思われていたり、

悩んでいる間の時間は「無駄」だとするような風潮がはびこりすぎなのではないか?

(自分もそういうことを言ったりはするが) (今回は、それとは逆の話をするだけのこと)



人間は、難問に悩む。

だがそれどころか、どんな「自明な結論」にだって、実際に行動するまえには時間を「かけたがる」。



この、「時間をかけて選択をしたがる」という習性には、実は意味があるのではないか?

(意味がある行動でなければ、習性や本能として残っていかないだろう)
(即答できる性質だけが残っていくことになる)


・・・
そんなことを前に思ったことがある。

その話。



キッカケは、映画「ミスト」のエンディングである。


この映画のオチについてあらためて考えていて、このことに気づいた。



この映画のオチには、色々考えさせられる。



それは、

キリスト教的に、
人間が人間の尺度で人間を裁こうとするとこういうことになる、

とか、

・・・
つまり「審判の日」に、上に裁かれる以前に
人が人を裁こうとすると、こういう大間違いが起きるんですよ?みたいな


とか、


新興宗教信じてたクソBBAが生き残って、
真面目に真剣に頑張ってた家族がこんな目に遭うなんて、どんな胸糞だよ!
(だからこそ自分は最高の胸糞映画として、ミストが大好きなんだけど)

とか、



とかまぁそんな感じだ。



だが、あらためて考えていて、自分はこう思った。



ここで、もし主人公が、

最後の結論を下す際、 本気で迷って、迷って、苦しんで、苦しんで・・・

あと1時間でも、結論を「先延ばし」にしていたら、あの悲劇は回避されたわけじゃないか。 と。





つまりそういうことである。




難題。

究極の選択。

そういうモノに迫られた際、

即断即決

「すぐに結論を下せること」が知性だと、優秀さだと、正しい行為だと・・・
「すぐに答えを出せること」ばかりが求められているけど、


実は、「まだ結論は下せない」と逡巡する行為にだって、
実は相当の意味があるんじゃないか?と。



そして実際、今までも
無駄に時間稼ぎをしていて、何か有利にことが運んだ、ということが、

先祖代々、実はあったりしたんじゃなかろうか?




人生の重要な分岐点で、

答えがたき難しい結論を迫られた際、

先延ばし先延ばしにしてきたご先祖様が、

案外、その先延ばし性によって、ひょっこり事がうまく運ぶことがあったりして、
最終的に成功したりした。


そういうご先祖様があんがい繁栄したりしたから、

人間の脳ミソの中には、

「無駄に悩む」

「難問に直面したとき、最終的な結論を下す際に、物凄い迷う」

「物凄い時間をかける」

「機会を待ち続ける」

「何か判断を覆すような材料が飛び込んでくることを期待しつづける」


・・・そういう形質が残っているんじゃないだろうか?




今、「断捨離ブーム」だとか、 (必要か必要じゃないか迷ってるようなモノは迷ってる時点で無駄なんだから捨てろ!みたいな考え)

迷ってる間の時間は何もしないと結論付けてるのと同じような「無駄な時間」だから、さっさと決めろ!

みたいな考えがあったりするけど、


それと真逆の考え。

真逆の形質というのも、意味があるから、人間の脳ミソの中にこんな風に残ってるんじゃないだろうか?


・・・
そんなことを何も調べずに考えたりする。





迷うという行為は、別に脳ミソがCPU的にハングしているのとは、違う筈だ。

(フリーズするというより、「材料を待っている」感覚に近い)


人間が何かに迷っている時間というのは、案外重要かもしれんぞ、
みたいなことが言えてしまったりするんじゃなかろうか。


で、こういう話を最終的に

「悩み力」
「迷い力」とか言って、


人間が無駄に悩むのを肯定するような話にして売り出せば、
それは前に言った無気力肯定ビジネス同様に、案外ウケるんじゃないだろうか?

なーんてことを考えたりした。

(こうやってオチを付ける)


・・・大体こういうことを前から考えていた。


前に、「トロッコ問題に対する結論が大きく変わった」

みたいなことを、メモか思考ログに書いてたと思うけど、それが大体、こういう話。




例えば、仮にサンデル教授を捕まえて、 壮大なドッキリを仕掛けて、
本当にサンデル教授自身に、トロッコ問題のような 命の洗濯を迫ったとしよう。



サンデル教授は、命のかかった選択に関して、即断即決できるだろうか?

普段からそういう問題について考えている人は、
いざ、「その時」が迫った時に、普段結論づけているような行動が、即、取れるだろうか?


自分は案外、みんな、ギリギリまで悩むんじゃないかと思う。



そしてそれが正しいと思う。



「こんなの、最終的に死ぬ人数が少なくなるようにすればいいじゃーん」
「それが功利主義ってもんじゃーん」

と、頭の中では完全に自明に分かっていても、

実際に目の前のレバーをすぐには操作はできまい。



「何故、すぐに操作出来ないのか」



・・・
そこで、今まで言ってきたような事がある。



「自分が悩んでいる間にトロッコが勝手に止まるかもしれない」

「脱線するかもしれない」

「これは誤報かもしれない」

「早合点で勝手に操作すると偉いことになるかもしれない」

・・・


別にそういうことを直接考えているわけでもないが、

なんとなく、人間の頭の中では、 

「難問に直面したら時間をかけろ」 という命令が備わっているんじゃなかろうか?



勿論これらは、根拠の無い楽観主義のように見える。 これを正常性バイアスというのかもしれん。


だが
そういう気がするのだ。


そういうのが、人間の脳には組み込まれているのではないか。



そしてなんで「そんな機能」が人間の脳の中でまだ生きているのかというと、
それは案外、人生において オプティミストが、生き残ってこれた実績があったりするからなんじゃないのかなぁとか

そんなことを思ったりするのでした。





そういう話でした。

なにこれ。


関連記事
[ 2017/09/19 15:59 ] 駄文 | TB(0) | CM(4)
雑コメ
>「他所の国を引き合いに出すやつは叩け!」みたいな思考停止の風潮が、何故かネットには広まってると思う。

「何だかんだで日本が一番いいという論調」は、教養が無いまま簡単に堂々と言えるそれが真理なんだよーという具合に
考えないこと学ばないことを肯定しているという意味でニートさんが提案していた無気力肯定ビジネスと同じ線上にあるように思いました。
――――

>実際、小学生の頃から人生やり直したら、どうなるだろうか? 真剣に。

タイムリープ先での人付き合いという話だと「自分の立ち位置どうするか問題」と「周りとの意識熱量の差」に苦労しそうだなーと。
同年代からは「スカしてる」と嫌われ、大人からは「大人びて面倒くさいガキ」と避けられ、何だかんだで自分より先に親が病みそう。

あと、幼少期から身体を鍛えようと意気込んでタイムリープしても自分の本来の幼少時代より運動量は確実に減るだろうなーと、ふと思いました。 怠け癖には勝てない。
――――

>だが、人生やり直して別の人間と結婚するというのも、これは「広義の不倫」ではないか?という大問題がここで浮上するだろう

自分と相手どちらの中の感情の問題と考えるかで意見が違ってきそう。「傷付く人がいないのに何が問題なの?」と思う人もきっと少なくないのでしょうね。
――――

>馬鹿な質問であるからこそ、 外堀を完っっっっっっっっっ全に固めつくした後に、質問をしやがれと思うのです。

この手の漠然としたif質問をしちゃう人は細かい条件や設定を他者と一緒に考える(又は聞かれて答える)過程で「自分自身が何を重視してるか」を引き出すということを楽しんでいる気もします。
かく言う私もそういうのが結構好きだったりする。 自分から切り出すことは絶対に無いけど振られたら相手以上にノリノリに喋る筈。 リアルではそもそもやる相手がいないけど。
――――

>この、「時間をかけて選択をしたがる」という習性には、実は意味があるのではないか?

例えば人間同士の知識の共有がまだ発達していなかった時代に、森で見つけた果実を食べられるか判断できないというシチュエーションで
食べる/食べない(諦める)を直感で瞬時に決定するよりも、判断を保留して群れに持ち帰り、長生きしていて知識を持っている個体に尋ねてみるということができたら、変な物を食べて死ぬリスクは減り、安全な食物を得る機会は増えるかなぁと妄想。 妄想。



オチはないです。
[ 2017/09/22 00:55 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 新顔 さん

このような愚考に付き合ってくださってどうもです。




> あと、幼少期から身体を鍛えようと意気込んでタイムリープしても自分の本来の幼少時代より運動量は確実に減るだろうなーと、ふと思いました。 怠け癖には勝てない。


何故か自分は逆に、体育の授業は真剣にやり直せるような気がしてるんですよね。
なぜだか。 前の世界で上手く行かなかったことはやりなおしたいような。




> 自分と相手どちらの中の感情の問題と考えるかで意見が違ってきそう。「傷付く人がいないのに何が問題なの?」と思う人もきっと少なくないのでしょうね。


もっと削ぎ落として問題をわかりやすくすると、
「誰かを殴ってから時間をもどしたら、罪は消えるのか消えないのか」
という究極の質門が生まれそうですよね。

これ自作パラドックスに入れたいくらいですね。



> 自分から切り出すことは絶対に無いけど振られたら相手以上にノリノリに喋る筈。 リアルではそもそもやる相手がいないけど。

その感じわかりますw
結局ツッコミどころ含めて答えたくなっちゃうから、この手の質問は流行るんでしょうねー。



[ 2017/09/22 16:13 ] [ 編集 ]
>馬鹿な質問であるからこそ、 外堀を完っっっっっっっっっ全に固めつくした後に、質問をしやがれと思うのです。

何かこう既視感のある考えだと思ったんですが、2ch(恐らくは現実でも)ではマジでこれを実行する人間が結構いる事に気づきました。
何でもない思考でもブログとかで吐き出すのは重要な事だと思えます。
こういう事って誰が思いついても不思議じゃないんですが人対人でやらかしちゃう奴が案外いるんですよね。
[ 2017/09/24 08:01 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無しさん


>2ch(恐らくは現実でも)ではマジでこれを実行する人間が結構いる事に気づきました。

てか自分のこの文章、
実は2chとかのスレッドが影響してたりします。

割りとよくあるんですよね
「一回だけ人生やりなおせるならいつからやりなおす?」とか

そのスレッドの流れを見てると、
本当にムズムズして仕方がないんです。

何故、戻り方のルールについてちゃんと確認をしないのかと
そこを固めないと答えようがないだろうと。

そんでムズムズした結果、こういう文章を書いてしまうんです。
[ 2017/09/28 19:12 ] [ 編集 ]
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