ニートが頑張るブログ

ニートが現実逃避するために創作活動など色々とカオスに頑張ってみる
ニートが頑張るブログ TOP  >  駄文 >  ニートもおだてりゃ木に登る

ニートもおだてりゃ木に登る



「絵」に関することで質問をもらいました。


どういう絵の練習をしてきたのか。
これまで絵にどれくらい時間を割かれてきたのか。
・・・


そういうことを質問されたので、
いちおう、真面目に真剣にちゃんと答えようと思った。


でも 気がついたらものすごい量の文章になりそうなことになったので、
到底 コメ返信でやれるようなことではない。


というわけで、結局記事一個用意しようということになったんだけど、
まぁ、駄文も駄文である。



大体、冷静に考えてみれば、
この文章はギャグにしかならない。

「自分みたいな雑魚が なーんか、絵について、グダグダ分かった風なことを語ってる」
という、そういう構図である。



だからもう、いっそこの文章は「そういうギャグ」として読んでほしい。



ていうか、もし、自分のブログを荒らそうと思ってる人がいるなら、まさにこういうコメントをして
「豚もおだてりゃ木に登る」的なことをさせて、そのあとからハシゴを外すのが1番効果的だと思う。

(分かってますか? 直接的な嫌味とか悪口を言ったって、あなたの品性が疑われるだけで、大したことにならんのですよ)
(1番効果的なのは、一旦騙してからの落下攻撃だということ)
(荒らしに塩を送る)





 


で、こっから本編。


>こんにちはです。
>唐突ですが、byneetさんって絵の練習ってどうやってるんですか?
>pixiv拝見させて頂きましたが、かなり達者ですよね。
>色々やっておられますが、やっぱり絵にも時間は割かれたのでしょうか?

>気が向いたらで良いんで教えて欲しいです。
>自分も絵を描きはじめたもので気になって(^_^;)



この質問に対する返信。
(だからこの文章は、私信ね)



でもやっぱかんがえてみると、
自分って 絵に関することで「努力」と呼ばれるようなことは 全然してこなかったような気がする。


なんか、ネット上で絵を始める人って

・何秒ドローイングとか、
・あの本買ったとか 
・あのサイト読んだとか
 (ヒトカクみたいなの)

・・・
そういうのから始める人が結構いるように思うんだけど、

自分はそういうことを一度もやったことがありません。
多分。


スピードペインティングとか、やらない。
ワンドロとかもやらない。
絵の本も買わない、読まない。
講座系とかも読まない、調べない。

・・・
で、普通に絵の練習、デッサンの練習とかも、やった記憶がありません。

そういう「努力系」のことは、マジでやらないんですね。


・・・でも、こういうことを言ってるとなんか逆に「自慢」っぽいよなーとか
自分でも思うので、特にそういうことを強調して言う必要も無い気がしてくるんですよ。 

 (じゃあ何を言えばいいんだ?)
 (努力してないアピールが駄目なら、嘘でも「努力しましたアピール」しろとでも言うのか??)
  (それはおかしくないか?)



じゃあそのかわりに自分がどういうことをしてきたか、ということを考えてみると、

やっぱ子供のころから、教科書とノートに「落書き」ばっか描いてたなぁ
ということなります。



自分は、学校の授業において「ノートを取るという行為」の意味が、全く分からなかったので、
授業中はノートと教科書に、落書きしかしてきませんでした。

(マジで、学校の授業とか、話だけ聞いてりゃいいじゃん、と思ってました)

(で、描くものはなんでもかんでも描く)
(先生の顔を、クロッキーとかもする)
(動き回る先生の一瞬を捉えるワケで、気分は法廷画家みたいなもんですよ)


(ノート提出とか言われるとマジでやばかったです)



・・・
そんなこんなで
マジで自分のノートは、完全にお絵かき帳にしかなってなかったです。
自分の教科書の汚さはマジで異常でした。 人に貸したりできない。



・・
まぁそういうのが結局は
「練習ならぬ練習」になってたんじゃないかとも思うんです。



じゃあ「量描いてきた」ということにおいて、
結局同じことじゃねーか!と
努力してないようでしてんじゃん!とか
練習してないようでしてんじゃん!とか
そのクロッキーが30秒ドローイングと同じじゃん!とか

そう思うかもしれませんが、


自分の思うこととしては
やっぱ「好きでやる」「好きだからやる」「気持ちいいから描いただけ」というのが重要なんじゃないかなぁと思うんです。





どうも自分が観てる観測範囲では、

ネット上に、「今日は何秒ドローイングをこれだけやりました~」とかいうのをわざわざ書く人とか、

「今日、コピー用紙にこんだけデッサンやりました!」とか、

大学ノートにシャーペンで描いた絵を写メで撮ったような「練習の成果」をアップしたがるタイプの人って、

最初のウチは頑張ってるかしらんけど、
その内に練習どころか、絵も全く描かなくなって、
結局なんもしない人になってるパターンが、凄く多い気がするんです。
(要出典)(独自研究)(誰?)


そういう人が、いっぱい過ぎ去って行ったような気がします (遠い目)



・・・つまり、なんかこう、

「形から入る人」、
「努力や練習から入る人」、
「そしてその練習のアップで満足する人」
「練習してりゃ上手くなるだろと思ってる人」
・・・は、
「それ」が続かなかったら、終わりますよね。 (まぁ続きゃいいんだけど)



一方、ずっと絵を描いてる人、絵を描くのを止めない人ってのは、
単に
最初から「絵が好き」という「熱意だけ」「欲求だけ」で描いてて、
練習なんか知るか!?という感じ。
練習のアップだとかそういうことはしない、やらない。


どうもそういう人が、ずーっと絵を描いてる気がするんですね。
(自分の観測範囲では ですよ)


・・・
だから、そういうことなんじゃないかなぁと思うんです。

「絵を上手くなって絵師になろう」
「そのために練習を続けよう」

みたいな始めかた そういう動機から入ると、

毎日の練習の「成果」が、
「自分で実感しづらかったとき」とかに、
そういう人はすぐにやめちまうんじゃないかなぁと思うんです。


(それで、そういうタイプの人はすぐにネット上から消えてしまうことが多い、気がする)
(そして、そういうタイプの人が上達したところも、見たことがない、気がする 気がする)




「あれが好きだ!」
「カッコいいから描いてるだけだ!」

「気持ちいいから描いてるだけだ!」

「このネタ思いついたから、もったいなくてやっちまっただけだ!」


・・・
みたいに、発作的、衝動的にやるタイプの方が、
結局は 長続きするんじゃないかなぁと思うんです。
 (だってそういう人は、「上達が実感できなくなったから絵、止める」という思考回路にはならないから)
 (気持ちいい限りは絶対止めない)



要は「好きでやってる」のが1番いいし、
好きでやってりゃやめようもないだろう という感じですね。


・・・だから自分の意見としては、

実は
自分は絵に関しては、
努力とか練習とか、全然重視しないタイプ
のやつなんですね。

苦になるようなことやってもしかたねーじゃん タイプです。

自分はそういうやつなんです。 

(まぁ見りゃわかるか) (自分の絵とかめっちゃ雑だし)



そういうことを実は思ってる奴だから、
結局自分も「絵が上達しないタイプ」なのかもしれません。



てか、こんなこといってるけど、
別に自分自身もそんなにコンスタントに絵の完成品をネット上にアップするような奴でもないわけで、

自分みたいな奴は、逆に
「他事に目が移れば、それはそれで絵をやらなくなる」のですね。


・・・
というわけなので、

・義務感とかで絵の練習を頑張ろうと思うタイプの人と、

・そうではないタイプの人、

どっちがいいかとかいうことは 分かりませんねーみたいな感じのことでした。

でもまぁ、「前者は続きにくい」と、自分は勝手に思ってます。


なんでこんな話をしているんだ?


そりゃ、自分としては、
「私も絵、始めました!」みたいな人が現れたら、そら 続いてほしいですよ。


そういう人が、
ずっと続けて、そんで、勝手に「神絵師」になってくれたら、
自分の知り合いが勝手に自動的に神絵師になってくれたら
、そら、自分だって嬉しいワケですよ。 (ゲス)



でも、練習から入るタイプの人で、
伸びた人というのを自分は知らないので、
そういう人はみんな消えていくので、
そういう人は最初のモチベのところから考え直してほしいなぁとか、勝手に思ったりするわけですよ。



やっぱり、
>色々やっておられますが、やっぱり絵にも時間は割かれたのでしょうか?

という言い回しがあるから、
「時間をかけりゃ誰でもうまくなるだろう」という感覚を 質問者の人は持ってるんじゃないのかなぁ?


一方
自分はやっぱ、「時間かけて努力すればいつかは・・・」みたいな感覚で絵をやったことが無いので、 (超刹那的)
そういう感覚ではないなぁ、としか思わんのです。



そもそも、
「気がついたら子供の頃から紙と鉛筆があったらもう絶対に落書きしてました!」
くらいのことでないと駄目なんじゃないかなぁ?

(なんで今さら「絵をはじめました」とか言うのかなぁ?)
絵って、「はじめるもの」なのかなぁ?) (哲学)


(みたいな感覚も、あったりします)


「歌い手目指してます!」みたいなのと同じようなのを感じる。
歌った瞬間に、もう歌い手なんじゃないのか?というアレ。


・・・
でも、あんまこういうことを言い過ぎると、これはこれで絵に関してマッチョイズムっぽいので、
お前マッチョイズムなのかよ!!??ということになってしまうので、止める。 (もう手遅れ)



「練習」か、「好きでやる」か、論については、

こんだけ長々と書いてきたけど、まぁ この話は
自分の価値観についてグダグダ語っただけで、 特に何の役にも立たなかった気もするわけですが、


じゃあそれ以外の
よくある
「才能」「努力」か?

(いやはや、「努力できる才能」か?)
みたいな話を自分ができるかというと、やはりそんな話を自分ができようはずもないし



じゃあそれ以外で自分が「絵に関して役に立つようなこと」で、なんか言えることってなんだろうなぁと思ったら、

最終的には
小手先の話しかないような気がします。



すると、こんな感じの箇条書きになってきます。


・資料は集めよう
 集められるだけ集めよう


 といっても、別に自分は「何も見ずに描きましたアピール」を叩くつもりはありません。
 (むしろ自分も本当はそっち側、そういうのが好きな側の人間だったりするので)

 ですが、やっぱし資料集めは「クセ」になるくらいになっといたほうがいいと思います。

 まぁ「自分は下手なんだから、資料は集めまくらなきゃ酷いことになるぞ」という自覚ですね。


・色とかモニターとかは気をつけよう

 これも自分が言っても全く説得力がないのですが、
 ネット上で絵を描くんなら、

 やっぱ最後の最後のところでマジで重要なのが、モニターの設定による色の見え方。
 つまり「キャリブレーション」の話ですね。

 これに気をつけるか意識しないかでえらい差になる気はします。


 で、やっぱし自分もそんな大したことは出来てないので、大したことは言えません。
 ただ、気をつけよう。 考えたことがなかったなら一度は考えよう、という概念です。


・道具は揃えよう
 
 自分はもともとマウスで絵を描いてたアホでした。
 ペンタブも買わずにやってたのですね。

 で、その頃の絵は超ゴミもいいところでした。 (今もゴミだけど)

 で、自分がペンタブ買って最初に描いたカマキリの絵があれで、
 自分はその頃から全く成長してないような気もするんですが、

 まぁこの辺のことを一言で言えば、

 「弘法筆を選ばず」という言葉がありますが、
 自分は弘法ではないからこそ、筆を選びましょうね、ということになります。



・とにかく審美眼をあげよう


ものすげー漠然とした話だけど、
実は自分が1番大事だと思ってることが、これかと思います。



自分としては
「自分の絵は常にドヘタクソに見えている」というのがあります。



むしろ、
自分の絵がドヘタクソであるということは、常に分かってないといけないんじゃないかと思うんです。




どうも見ていると、
「この人、自分の絵が下手くそなの分かってないんじゃないかな実は・・・」というような人は、
一切、上達ということがないような気がします。 

(何の上達もない自分がこんなようなことを言っちゃうというのもおこがましいとは思うけど)
(その上で、「自分なんかがみても」、という話だと思ってくれい)
(あと、自分は自分の絵がドヘタクソなの、当然、わかってるからね 他の誰よりも)



で、これもなんというか、
「無意味に卑下しろ」とかいうつもりでもないんですよね。


考えてみると、
このブログでは、
いっつも自分は、自分が作ったものを自分で貶してばっかな気がしますが、

それは別に「ポーズ」じゃないのですよ。

(勿論、「自分がそういう性格のやつ」という事実はありますが)



でも1番重要なのは、「本当にそう思っている」「本当にそう見えている」ということだと思うのです。



そしてそれは「比較」した結果の事実なのです。


だって、自分がやってるのは常に、「本物との比較」なのだから、
本当に自分の作品が下手くそに思えているのは当然なのです。



(ここで、図を用意したかったんだけど、面倒なので用意してないです)
(そのかわり自分の好きなイラストを貼る)


「自分の作品を自分で卑下している奴」というのは、対外的には、一見このように(言ってるだけ)にしか見えないから、



「なんでこいつはいっつも自虐ばっかしてるんだ? 本当にそう思っているのか?」

「私からみたら全然下手くそに見えないんですけどー? 嫌味ですかー?」

構ってちゃんか? 自虐風自慢か?

「こいつ、自虐ばっかしてて、見ててイライラする」



などと思うかもしれませんが、


本当の構図は、こうです。  (図を用意してないけど、想像してくれ! 本人の中での脳内の比較がすべてなんだ!


・「自分の頭の中の理想の絵、理想のイメージ、理想の色とのギャップに、苦しんでいる」
 それを満足に表現できないから、苦しんでいる。

・「自分の思う理想の絵、理想の人、あこがれの人の作品、そういう本物との比較で、苦しんでいる」
 これは、資料をちゃんと集めるようになればなるほど、苦しむようになります。
 なんだってそうです。 でも、そうしなければならないのです。





つまり、意味もなく卑下してるのではなくて、

本当に「理想の作品」「理想のビジョン」と比較して、

(または)自分の中の審美眼に照らし合わせた結果、
自分の作品がドヘタクソなのが「分かっている」ということですから、何も間違っていないのです。


問題は、こういう自虐行為というのは、

大抵、対外的には、そのひとの作品と、その人のボヤキくらいしか「セット」でお出しされないので、
その人の苦しみをちゃんとわかる人は「その人自身しかいない」、ということです。



でも自分の場合は、ある程度それをわかりやすくしているつもりなのです。


例えば、「おにぎりの3DCG」を作るにしたって、

FF15のリヴァイアサン級のおにぎりの画像を ちゃんと「セット」で置いおくようにしている。

で、それを見れば、誰が見ても、「たしかに本物と比べれば劣っている」ということがわかるだろう。

意味なく自虐してるだけじゃないということがわかるだろう。



・・・で、自分としては、こういう姿勢が正しいだろうと、ずーっと漠然と思っています。
 (ここでの「正しい」って言葉は大した意味で使ってないですよ 一応)

こういう考え方を
誰に教わったとか、
こうあらねばならないとかどっかに書いてあったとかではなく、

もう、いつのころからか、
当たり前に

こういうもんだと、自分は思っています。


というわけで、自分は、
「自分の絵がドヘタクソなの 分かってる派」です。
もっというと、「自分の絵、嫌い派」です。


勿論、その一方で、
「自分の絵、サイコーだぜ! 派」という人達も、いるでしょう。

ところで、こういうアンケートがありました。


どっちがいいか。 どっちがより成長するか。
そういう話も 別に今回は、しません。
自分の絵が嫌いなくせになんで投稿とかしてんだよ、みたいな話も、別に掘り下げない。


(「自画自賛が大事だ」って話も、ある)
(「自分が感動してなくて、他人を感動させられるか!」みたいな話とか)
(「自分に自惚れること」の重要さを、若先生も言っている)



それでも、やっぱし自分は、
「自分の絵、嫌い派」だなぁ ということです。  

で、これも、単なる自分の価値観の表明でした。


で、自分について聞かれてるんだから、まぁこれだなぁということです。


だって、
もしも「絵の上達」ということに関して
自分が何かやってるとしたら、 これしかないですよ? 実は。


基本、何もしてない。

何もしないけど、そのかわり、
「常に、自分の目で、自分の絵がドヘタクソなのは、分かってるつもり」

それさえ分かってれば、努力とか練習とか、いいんじゃないの?


(なぜなら、それが分かってるということは、常に本番が向上の場になるわけでー)


みたいな感じでした。


で、次。
結局この話はどういう話に繋がってくるかというと、

「目」「手」の話かと思う。



ここで究極の質問。


絵を描く人間にとって、究極的に重要なのは、「目」「手」どっちか?

つったら、
自分は、「目」だと答える派、なのです。



手がなかったら絵なんか描けないじゃん、と思うかもしれないけど、
それでも自分は、目派なのです。


(これに関して、一ページだけで言いたいことをすべて表している漫画のページがあったと思うんだけど)
(見つけられなかったから、割愛)

(要は、人間は両手を失っても 口で絵を描けるようになる)
(時間さえかければ)

(じゃあそのとき、「時間さえかければ口でも上手い絵が描けるようになるために必要なのは何か?」っつったら)
(つまりそれが、「手じゃなくて目」、ということになってくる)



でもまぁ 最終的には、
目と手のセットで上達するのが1番ですよねー とは思う、そういうズルい結論なのです。



でも、ネット上だとか、絵のノウハウの話だとかで、結局語られるのは、「手の上達」に関する話ばかりだと思う。


・こうやったらいいですよ。

・こうやったら速く描けるようになりますよ。

で、結局
・コピー用紙に何枚デッサン描けとかなんとか~そういう話も、結局は「手の話」だと思う。

他にも、
・絵を描くときは 線を描くときは、「手首」で描くんじゃなくて、「肘」で描くようにするといいですねーとか、

・円をひたすら何回も描いて、練習しましょうねーとか、

そういう話もある。




だけど、
自分はそういうタイプの練習だとかも、したことがない!

そういうコツの話とかも真面目に聞いたことが無い!


自分は、未だに手首だけで絵、描いてますよ。
(悪いか?) (悪いんだろうな)


そんなふうに世界には手の上達に関する話が溢れてるような気がするけど、
その一方で、「目の上達」に関する話というのは、全くされてない、ような気がするのです。

(目と手、「両方の」上達が肝心であろうに)
(むしろ、どっちかというと、「目」のほうが重要なくらいであると思うのに、です)



そのくせ、ネット上にあふれる
「画力が高いと思う漫画家ランキング」とかいうのは 自分が思っているようなのとは全然違っているワケで、

「こういうのを"上手さ"だと思ってちゃ駄目だろ!」とか、自分は勝手に腹を立てていたりするわけです。


で、こういう話をしようかなぁ、 いつかしてやりたいなぁ~ とかも
思ってたりするんですが、 (それは前に恐竜の話をしたときにもそういう片鱗は出てたけど)

やっぱり自分がそれをやってもギャグにしかならないと思うので、それはまだやらない。


・・・
じゃあこの話題は結局なんだったんだよ、ということですが、


つまりは、
自分の中で確固たる美の基準、みたいなのがあったほうがいいですね、とかいう感じ、 かなぁ。




こないだものすごいショックを受けたことがあったんだけど、


どうも世の中には、
「「絵の巧拙」というのが全く分からない人」というのがいるらしい。


みんなが語っている
これが上手い、これが下手、というのが分からない。

この絵が上手い、この絵は下手、というのが分からない。

この漫画かは上手い、この漫画家は下手・・・

分からないといっても、自分のように「真逆の反論がある」とかいう訳でもなく、
ただ、「その是非自体がさっぱり分からない」らしいのです。





まぁとにかく、自分的に言えることとしては、
流石にそういう人は、絵を描くとか やらないほうがいいんじゃないかな、とは思った。



・・・というわけで、

何の話だかさっぱり分からなくて
こんなん延々と返事されて、無駄に長いだけで困るだろうけど


まぁ要点をいうと、


・絵に関して、
 時間とか練習とか成果とか上達とかは 重視するな、(と自分は思ってる) 

 
 (わざわざ「この自分に」質問したんだから、別にこれは言ってもいいだろう)


・それよかは、とにかくあなたが絵が好きかどうか だけだと思う。

 (そうでない人は、「私絵の練習はじめました!」つってもすぐ止める すぐ消えていく 気がする)
 
  (じゃあ好きな人は、子供の頃からとっくに絵を描きまくってきてるだろうから、そんな事は言わないわけで)
  (てことは最初から詰んでるんじゃないか?とも思うんだけど、まぁそういうことを自分に言ってきてしまったんだから仕方ない) 


・それでも絵を上達したいのなら、1番重要なのは、「手」の成長より「目」の成長だと、(自分は思ってる)


 (で、「目の成長」ってどうやるんだよ、という話が完全に抜け落ちてるんだけど)
 (そんな話は自分にはそんなに出来ない 出来る筈がない)


 出来ないが、それでも、

 「自分は下手くそだが、絵の巧拙くらい断ずることが出来る!」
 「自分は下手くそだが、自分の絵が下手くそなことだけは、この世の誰よりも分かってるつもりだ!」

・・・
 みたいな感覚さえ持ってれば、一応ダイジョブじゃないですか? 
 
 と、自分は思ってます。 (逆にいうとそう思えてない人は、絵を始めたってどうにもならん、ような気がする (と思います (思ってるだけ))) 



・・・やっぱ全然ためになる話にならんし
無駄に説教臭い気がする。

どうすればいいんだ。


もっとテキトーにコメ返信してりゃよかったんだ。


絵始めたんですか
そうですか
頑張ってください
以上。




で、結局全然できてない審美眼の話だけど、

まぁ普通に、絵を見まくってたらいいんじゃないでしょうか。  (テキトーすぎる)

で、それも「質」と「量」だなぁという話ですね。 (そして、これも別に自分も出来てない話なんだけど)



ところで、こういうことに関して、pixivとか見てたってしょうが無いと思う。

あそこは別に ゴミが99割だから。 
(もちろん自分もゴミ側です)
(つまり、自分の絵なんかを上手いと思ってるようじゃ 駄目です)
 (「コイツ、誤魔化してんな~」、というのが分からないと、駄目です)


そして、ここでしか言わない酷い話だけど、

pixivであなた(自分)をフォローしてくれる人というのは、

あなた(自分)の絵が通用する程度の人である可能性が高い訳で、

 そんな人は自分よりも「目」が育ってない人の可能性が高い訳で、
  そんな人は自分よりも「手」が育ってない人の可能性が高い訳で、

当然、そういう人がROM専じゃなくて描く側の人だったとしても、

そういう人は大した人ではなかったりするワケで(少なくともあなた(自分)にとって)

・・・

つまり、pixivだとかで相互フォローになったりしたところで、 そんな交流関係の中で
結果流れてくる 「お気に入りの新着絵の欄」というのは、 
殆どが、しょーもない絵の羅列、ということになってしまうのです。

 (「タダの新着」ではない、 「お気に入りの新着」だというのに、だ!)


相互的に発生した関係の中でのフォロー新着作品なんてものは、ほとんど、碌でもないです。


駄サイクルです。 ゴミばっか流れてきます。


そんなのを見てたって、「目」は一切成長しません。




だから、ここでも思うんだけど、やっぱ 「一方通行」の関係性が重要なんじゃないかなぁと、思う。


自分なんか相手するはずがないレベルの人、
自分程度の雑魚をいちいちフォロバなんかするはずもないようなレベルの人、

自分とは全く格が違うような人だけを、まぁ出来れば非公開だけでフォローしとけば、いいんじゃないか。


(滅多にしないことなんだけど)
(こないだ自分はものすごい上手い人をフォローしたら、すぐにフォロバされてしまって、逆にびびった)
(そんなつもりじゃなかったのに、相互になったら気使ってしまう・・・とか本気で思ったので)
(むしろ上手い人は、非公開でフォローすべきなんじゃないか・・・?とか、思い始めたのだ)



そういうのが、1番価値あるフォロー「自分のためになるフォロー」 なんじゃないかと、思ったりする。



で、その上で、pixivに流れてる絵なんて やっぱり999割がゴミだと思うので、

やっぱ本気で目の保養がしたかったら、もっと別の所みた方がいいですね。



で、自分がどういうところを見ているかというと、
例えば、ARTSTATIONのピックアップとかを見ていますよ。


pixivがゴミだらけという感覚が、正直わかるようになるかと思います。


(眺めてるだけでゾクゾクする)
そう、絵というものは本来これくらい感動するものなんだよ!!

(なーんか、見てるだけで頭のなかになんかが溜まってくる感じが、分かりませんか?)
ストレッチパワー


(こんな偉そうなこと言っといて、なんで自分はこんなに雑魚なんだろうなぁ)
(逆だ)

(自分はこんなに雑魚なのに、なんでこんな偉そうなこと言ってるんだろうなぁ)


という文章にしかならなかったけど、

まぁ、下手に自分に絵のことなんか尋ねたら、
これくらいのことを延々と喋り続けるし、
碌なことになりませんよ、ということがよく分かる案件でした。



完。

関連記事
[ 2017/10/19 12:22 ] 駄文 | TB(0) | CM(7)
あのー
前に、ダンジョン飯の作者さんが絵がうまいかどうか
で指摘した者なんですけど
あえて、本当の一番を言ってない気が

単純にいって置きにいってるというか、守りにいってるような答え
がしたんですよね
失礼なんですけど動物の絵が一番うまいと言われて、うんまあ、
うまいんだろうけど、一番でこれなのか…という落胆感
もっと上にいるだろという誰かへの、期待感があったんですよね

自分は絵が下手だし審美眼もない…だろうと思うんですが
[ 2017/10/20 00:00 ] [ 編集 ]
私も絵を始めた人間なので、この記事を読むのが面白かったです。
それと絵を描く人の考え方を知ることで自分でも色々考えることができました。
[ 2017/10/20 04:22 ] [ 編集 ]
質問への回答記事ありがとうございました。
byneetさんのファンとして嬉しかったです。

自分の中でbyneetさんの印象は、自頭がよく物事を深く考える人といった感じでした。
度し難い性格であるということは過去記事の中でご自身について言及されておりましたので、何度かコメントさせてもらっていますが、そのたびbyneetさんを称賛していいものかといつも迷ってしまいます(^_^;)

そして記事の方拝見させていただきました。
まさにbyneetさんならではといった感じで絵も描かれていたのですね。
具体的な絵の上達方法論とかあったら真似しようと思っていましたが、はやり小手先の方法論などではなく、byneetさん独自の視点で絵について語られており読み応えがありました。

審美眼あたりの認識は言われてみるとかなり薄かったです。
もっといろんな人の絵をよく観察していきたいと思いました。
宮崎駿なんかも画力=観察力と言ってましたね。
一方通行のフォローなんかやってみようと思いますw

そして自分の以前のコメントですが、一つ嘘があって、絵は一年~二年くらい(二十代半ばから)書いていたんです。
byneetさんの絵が達者に見えてしまうのは事実です。
つまりneetさんの記事内容にそくせば、自分は審美眼もなく、書く絵は下の下のゴミ。
pixivでもそういった客観的評価を受けております。

そして自分は記事中の内容に当てはめるなら、絵が好きという感情の前に、うまくなりたいという感情で絵を描いている、義務感タイプに類別されます。
練習として苦痛だけどルーミスや美術解剖図などの模写を行っております。

そもそも動機が仕事で絵コンテが書けるようになると得になる→どうせだったらうまくなりたいと言った感じでして。

実感としては下手なりに成長を感じていますが、やっぱり下手なんですよね。
そこでなにか現状を打破できそうな考えを教えてもらえればと思って質問させてもらったしだいです。
byneetさんだったら、記事でも言及されていた通り、巷に溢れている手の講座的なこととは違う視点をもたらしてくれるだろうと言う期待でです。
そして繰り返しになりますが、読み応えのある記事を書いてくれてありがたかったです!

一応まだ、苦しいけど(たまに楽しい)絵の練習は継続できているので、いつかはbyneetさんのこういうやつは伸びないという仮説を覆せるようがんばってみます。

長々とコメントしてすみませんでした。
それでは今後の創作活動や記事を楽しみにしております。
[ 2017/10/20 14:04 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 特になし さん


> 失礼なんですけど動物の絵が一番うまいと言われて、うんまあ、
> うまいんだろうけど、一番でこれなのか…という落胆感


???
動物の絵が上手い漫画家さんの「1位」とか「1番」として、
別に九井諒子さんを特別に挙げたというつもりではなかったと思うのですが。


どっかで、「1番」「最も上手い」「最も動物を描くのが上手い」
という文脈を、勝手に付加してしまって、誤解してるものと思われます。


確かに自分は漫画家さんを何人か並べて、
その最後に来たのが九井諒子さんだったかもしれないけど、

別にカウントダウンランキングを始めたつもりじゃないですからね。



ただ、
あの回では

自分がパっと思いつく範囲で、「『恐竜』を描かせてうまかったよなぁと思った人」を、

思いついた順番に並べただけでした。


というわけで、あれは真面目なランキングでもないし、カウントダウンでもないですし、
「恐竜縛り」も入ってます。



だから確かに、「動物を描かせて1番上手い漫画家さん」ではなかったですね。


「じゃあ誰だよ」ということに結局なるんですが、

本当に誰なのでしょうね。



すいません。

「今すぐに10秒以内に答えないと殺す」
って聞かれた場合は、
「白土三平」って答えちゃうと思います。

 (まぁ白土三平の話はあの記事でもしてましたね)



子供の頃、白土三平が「バッコス」で描いてたカラカルが、
もう上手すぎて、上手すぎて、見惚れてた思い出があるんです。


その思い出が強烈すぎるから、「即答しろ」と迫られたら、
自分は白土三平になっちゃうだけです。 そんだけです。 理性的な解ではないです。



それも今見てどう思うかも分かりませんし、
バッコスの単行本なんて見つからないし。


今、真剣に
動物を描かせて1番上手い漫画家さんを決めろつったら、

答えを決めるのは相当難しいとおもいます。

[ 2017/10/24 11:13 ] [ 編集 ]
コメント返信

> じるじる さん



どうもです。

こんな文章に腹を立てないどころか、
参考になったとまで言ってもらえるとは・・・
ありがとうございます。


なんで自分はファンだと言ってくれてる人に対して
あんな文章を書いてしまうんでしょうね。 



> そして自分の以前のコメントですが、一つ嘘があって、絵は一年~二年くらい(二十代半ばから)書いていたんです。

そうなのですか。
で、それにしてもやはり子供の頃から、という訳にはいかんのですね。

(仕事で絵をうまくなる必要が出てくる可能性、というのは完全に自分的に抜け落ちていました)
(そういうこともありますかね)



ところで、
よくネット上で見る噂ですけど、
「画力の成長は25才で止まる」という噂がありますね。

別に自分はそれは信じてるわけでもないんですが、
偶然ちょうど連想させる数字だったので、気になりました。



だからこそ、

> こういうやつは伸びないという仮説を覆せるようがんばってみます。

そういうモチベーションで頑張ってもらえると嬉しいですねー。


[ 2017/10/24 11:34 ] [ 編集 ]
1〜2年ぐらい前からニートさんのブログや作品を見て、絵がうまいなと思っていたので、今回の絵の記事はとても参考になり、興味深く読ませていただきました。

横ですが、上のニートさんのコメントにあった画力の成長は25歳で止まるというネットの噂の存在に驚きました。自分はそんな噂見たことも聞いたこともなかったので。

絵は練習時間の総量で決まるので、遊びとして子供の頃から描いてきた人はもちろん有利ですが、それはどの分野でも同じで、ある一定の年齢から成長が止まるなんてあるはずがありません。(スポーツでプロを目指すというのなら話は別ですが、スポーツですら、いくら年をとってから初めて運動しても上達はは必ずしますし。)

ある意味、絵は語学と似ているところがあるかもしれません。知り合いに、3DCG業界の人で30後半から絵の練習を1から始めた方がいますが、彼は今ではとても上手になっていますよ。将来自分の造形したキャラクターで作品が作りたい、と毎日一生懸命絵の練習や努力を楽しく積み重ねています。

やはり、日本のネットには「年齢」で思考停止、努力の放棄、そして「勇気くじき」にもつながる言論が満ちあふれているな、と感じる次第です。人生は年齢で割りきれるほど単純じゃないと言うのに…。

話はそれましたが、今回記事はとても良いと思ったのでコメントしました。
ニートさんは才能があると思うので、これからも陰ながら応援しています。
[ 2017/11/14 11:29 ] [ 編集 ]
コメント返信
> hiro さん

>1〜2年ぐらい前からニートさんのブログや作品を見て、絵がうまいなと思っていたので、今回の絵の記事はとても参考になり、興味深く読ませていただきました。

>話はそれましたが、今回記事はとても良いと思ったのでコメントしました。


それはどうもです。
こんなタイトルから内容が全く推し量れない記事を、



そうですねー。
画力の成長と年齢に関係はない。
その方がいいですよね。
実際、「こういうことを言って新人を潰すんじゃw」みたいなことを言っている人がいました。
怖いもんです。



ところで、これはまたちょっと「25才うんぬん」とは変わるんですが、

じゃあ「鳥山明の絵が劣化した劣化した」とか言われるのは何なのか、みたいなことも考えたりもします。


自分の考えとしては
実はこういう問題、「老眼」「老い」とかが結構重要なんじゃないかなぁと思ってますね。


やはり手元がよく見えなくなったり、

乱視でモノがそもそもまっすぐに見えなくなったり、

手を動かすことそのものに熱意を感じられなくなったり、
・・・

そうなってくると、やはり全盛期の画力を維持するということは難しくなってくるんじゃないか、
とか思ってるんです。



で、自分も乱視がひどくって、
モニター上の正方形が正方形に見えてない気がするんですね。

じゃあだめじゃんって感じです。

だから自分は雑な絵しか描けないんですねーと。
[ 2017/11/15 13:26 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

月別カレンダー
10 ≪│2017/11│≫ 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -