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ニートが頑張るブログ TOP  >  痛感想文系 >  デビルマンについて延々語る

デビルマンについて延々語る


最近長文をかくだけ書いて、全部捨てたい。

単に、夜中眠れなくなってるから書いてるだけで、
こんなもんに特に意味はないんだ。


つまり不眠症につき合わせてるだけなんだ。

自分の文章は無駄に長いし
もう一切推敲しないし
しょーもないし、支離滅裂なんで、恥ずかしいのでやっぱり本当は全部コメ禁止にしたい。


基本「無」だと思ってるんだ。

こんな記事は、最初から無かったのと同じ。
眠れないから書いた、意味はない。 でも一応置いとく。それだけのこと。



「湯浅デビルマン」 みてから眠れなくなったので、
やっぱなんか色々吐き出しておきたいのです。 それくらいの作品だと思う。


でも何を語るべきか。 あまりに多い。
そしてどうせ一度喋り始めたら止まらなくなってめちゃくちゃになってしまうのだ。



 

◆もやもや感想

あんまりハッキリ書きません。 モヤモヤした感想を書きなぐっていきます。



「クライベイビー」 「泣き虫」

「他人のために泣くことが出来る能力」
 感受性 共感力
 これが、今作の 人間が悪魔にとりつかれずに「デビルマンになれる条件?」 なのだろう

明は、人一倍この能力が強かったと 
だから泣き虫の明こそがアモンに乗っ取られないと なるほどなるほど


原作では、「精神力の強さ」が条件だった筈 だから最後に「ヒンドゥーの修行僧」とかがデビルマン軍団に加わるのだが、

この設定変更により、部活の顧問の先生とかでも、デビルマン軍団に加われるような展開になった。

つまりこれは、美樹ちゃんのSNSの呼びかけに共感した人なら皆デビルマンなれる、ということなのだろう?

じゃあお前はなんなんだよやっぱしヒンドゥー修行僧じゃねーか。デビルメン



バトンの意味

今作のサタンは、愛を知らない 愛が分からない悪魔?
「愛なんてない」
そのサタンが最後に気づいたものが、明から渡されたバトン?ということでよろしかったでしょうか?


考えてみると、漫画版のデビルマンでは、サタンは、愛を知っていた。普通に明を愛していた。
が、そのわりには、ラスト、死んでいる明に対しての反応は、「醒めていた」ようにも思う。(それもまたいいんだろうけど)

その点、今作のサタンは、愛を知らないというにもかかわらず、
明が死んでいることに対する反応、うろたえようというのはむしろ強まっているほどだった。

そこがグッときてしまう。 なんかもう、サタンがヒロインなくらい。 
明が生きていたら、サタンのかわりに泣いてあげたのだろう。



もっとテキトーに
一行レベルの感想を連打していきたい。


一行感想の連打


・「人間の醜さ」の表現という意味では 1番キツかったのが「SNSでの罵詈雑言」だと思う
 これをまざまざと見せられる

美樹ちゃんがSNSに美しい言葉を書く
そこに同時にネット特有の罵倒が並ぶ これがもう普通にキツイ!

なんでこんなにキツイんだろう? よくある表現のような気はする。 
GANTZとか犬屋敷とか、あのへんの作品でも、よくあるやつだ。

でもなんか、それらの作品より何倍もキツかった気がする。

フィルターかかってない、マジモンの、「ネット上の罵詈雑言」って感じがした。
多分、普通じゃ使えないような用語を、そのまま使ってるからだろう。




・牧村家の末路は本当にキツイ

・タレチャンが隈取りメイクしてるのを見ても自分は何も感じなかった 疑わなかった そこが凄い 上手い
 だってタレちゃんが死ぬのはもっと別のとこだと思ってたから・・・
 まさか本当に悪魔化しているとは・・・



・不動家もキツイ
 思えば漫画版では不動明の家族ってどうなってたっけ?
 その辺きちんとまとめたアレンジと言える


・ジンメン
 ところで自分は、原作のジンメンの「殺さずに食ったのさ!」ってセリフが好きなのだ。
 これは、悪魔が自己正当化してるということでもあるし、

 今で言えば、食肉論者が、菜食主義者を馬鹿にするときに言う言葉の感じがするのだ。

 「命は同じだ!」
 「食うために殺すならいいんだ!」
 「お前らだって植物を殺してるだろうが!」 →だから家畜はいい
 「お前らだって家畜を殺して食ってるだろうが」 →だから悪魔が人間を殺して食うのはいい

 みたいなのが、なんとなく読み取れる。

 つまりこういう「開き直り」をする悪魔的醜さが、ジンメンのあのセリフからは読み取れるのだ。

 だから好きだったのだが、 まぁ本題から外れますね。



・ラッパーは必要だったのか?
 色々考えられるはず。 ミーコをデビルマンにするために、ミーコにも「共感する他者」が必要だった それがラッパーなのだろう。

 もしくは、原作では最後、牧村家に籠城する「不良仲間」がいたわけだけど、 今時「不良グループ」を出すのもなんか時代感覚が違う。
 そのための代わりの人間が、ラッパーだったのだろう。

  →いやだからさ、じゃあなんでそれがよりによって「ラッパー」なの?という無限ループにはなる
   (今の時代の、反社会的な人間、 今の時代の烏合の衆 ってこと? 現代版不良はラッパー?)

 いずれにせよ長いよ、ラップパート



・ホモ陸上デビルマン
 「お前は俺が守る!」という明のセリフは、自分はPVで何度も聞いていた。
 だから、このクソカッコイイセリフは、きっと美樹ちゃんに対してのセリフなのだろうと思っていた。
 まさかホモに向かって言っているセリフだったとは・・・
 しかもこのホモ、結局裏切るし・・・ お前なぁ
 



・サイコジェニーの死に様 急
 あの鉛の兵器は何? 特攻っぽい

・ゼノン いつの間にやられた? 

 でも考えてみると、原作では、サイコジェニーとかゼノンとかいつやられたのか覚えてない。
 むしろやられたりしてなかった気がする。 その辺を始末したのはスッキリしたはず。



このBGMが強力すぎる
 この曲(D.V.M.N. -Theme From _DEVILMAN )が流れれば大体オッケー 大体鳥肌立つ。 そんくらい便利。


◆「今の時代にデビルマンをやる意味」
これについて、ちょっとだけ考えてしまう。


いや、自分は2014年にやってた「寄生獣アニメ」のことを思い出してしまうのだ。


あれは、極一部のアレンジ(主に君嶋加奈、関連)は上手く機能していたと思うけど、
それ以外のアレンジは大体空回りしていて、
 (自分は未だに、なんで後藤さんを老けさせたのか理解できないよ)

まぁ微妙なアニメ化 微妙な、寄生獣の現代アレンジだったんだけど
・・・

それに比べれば、この湯浅デビルマンは、 見事なデビルマンの映像化、
納得の デビルマン現代アレンジだったと思う。


大体のアレンジ部分が、納得できる。
なるほどあれがこうなってこれがこうなって、最後こうするために、今回ああなってるんだなぁ~と (ふわふわ) 


例えば「皆が陸上やってる」というアレンジだってそう。
これにはオマージュというのもあるだろうけど、

「何故走る?」という了の疑問がある。
その上で、9話がある。 走ることに答えが提示される。
これも、愛が分からない了と、ラスト、 そこに繋がる感じがある。

だから、必然的アレンジだと納得できるわけだ。
 (自分が良く分からんのはラッパーだけ)


そして現代アレンジといえば、

SNSでの呼びかけとか、SNSの罵詈雑言とか、SNSでの共感という部分。
これはめちゃくちゃ強烈に作用していた。
あと、明の変身動画が流出するかしないかなんかもまぁ現代的か。


でも自分に言わせれば、最後の部分で
現在の世界の流れ 自国優先主義 自民族中心主義、 そういうのが人間の疑心暗鬼に拍車をかけるとかがあってもよかったような気はした。
がまぁいいや。
 (アメリカがロシアのせいにするみたいな流れはあった)



・・・とかなんとか思ったので、
「今の時代にデビルマンをやる意味」というのは普通に果たしていると思った。
(てか、漫画版デビルマンの全体の流れをちゃんと最初から最後まで映像化通したことって
 初めて?なんだからそれだけで意味あるじゃんとは思うが)


いや、

というか、湯浅デビルマン、
本当に面白いし、
本当にゾクゾクするし、
本当に感動するし、
本当に悲しかった。

それが凄い。

なんつーか、デビルマンというテーマの、普遍性を感じる。

「今の時代にデビルマンをやる意味」とか問う必要もなく、デビルマンはいつだって時代を超えて面白いんじゃないのかと、
そんな風に思いましたとさ。


その上で気になったこと。

ある意味、1番気になる「アレンジ」がこれ。

「デビルマン」という作品が「既にある」世界


この世界、「デビルマン」という作品が「既にある」世界なんだよね。



例えば「シンゴジラ」のときとか、 
シンゴジラの世界には「怪獣」という概念、言葉すらない。という世界観になってるのを 自分は褒めた。 (誰だって褒める)

他にはそれは、
「平成ガメラ」では「亀」という生物が絶滅している、誰もガメラを見て「デカイ亀」とは感じない世界観になっているのにも通じる。


自分が賞賛する、「そういうリブート」のやり方からすれば、
今回のこの湯浅デビルマンのスタイルは特殊だ。



普通、二択だろう。

・「デビルマン」「悪魔」なんて誰も知らない そんなアニメはかつて放送されなかった世界である という設定にする

・もしくは、そこんとこは深く考えない。 現代アレンジだけど、この世界にデビルマンのアニメがあったかどうかは考えない。表現しない。触れない。

普通、この二択だろう。



でも、湯浅デビルマンは、普通考えられない3択目をやったのですね。


この世界の人間は、デビルマンというアニメを知っている。

ジャガーマン


知っている。 知っている上で、こうなるの?


これは、どういうこと?

ぶっちゃけ自分はよく分かってないのに今これ書いてるよ。
すっげー気になったから。


◆「否」について

自分はもう基本褒めるしかないんだが、
まぁ「否」の意見もあるんだろうなぁ。


1番よく見るのは、こういうPVとかについてる外国人のコメント、

アニメがヘボいと、
なんだこの線はと、
フラッシュアニメかよ
と (ある意味「フラッシュ技術」というのはあってるんだが)

そういうやつ。


自分は湯浅信者なのでもはや慣れて当たり前になってしまっていたけど、
まぁ、思い入れがなければ、 「なんだこの絵は」ということになるのかもしれん。


しかしなぁ、自分のイメージでは、
外国人こそ、四畳半神話大系を評価してたり、カイバを評価してたり、ピンポンを絶賛してたりするもんだと思ってたよ。
(まぁ外国人と言っても一枚岩ではないからな)
(だが自分は、アクエリオンの宇都宮パートを作画崩壊wwwとかいうような人間にはなりたくないのだ)


それに、デビルマン映像化で通常求められているであろう荒々しいタッチからすれば、
湯浅監督の線のスタイルというのはマッチしてないように見えるのかもしれん。



コレに関して一応自分が言えること。


自分も最初のPV見たときは多少不安になったよ。

「湯浅監督がデビルマン?どういう組み合わせ?」
「いやそら、最高の原作に、最高のアニメ監督、 絶対面白いのは間違いないけどさ。 なんでこの組み合わせ?」

「あ、ケモノヅメか。 あれ確かにデビルマンっぽかった。 ああ、湯浅監督デビルマン好きなのか。納得」

となった。 これが最初の印象。



で、実際に見た。
見てる間に、絵に違和感も何も感じなくなる。 うんうんカッコイイ面白い燃える。



で、9話の生首。

あそこで心底ゾッとするんだよ。

そういう効果も結果あったんじゃないかと思う。 ああいう絵でずっと来てたところで、あれだから。

はいそんだけ。


あとはまぁこういう「スタイル」だよね。


アニメにおいて、
「もう影を塗らない。 そこにコストをかけない。
絵柄自体も極力シンプルにして、その代わり、動かしまくることに徹する」
・・・
こういうスタイルは、誰がやり始めたんだろう?


ある意味、「ポニョ」がそうだよね。 ジブリにおいては、ポニョ。 
影つけない、そのかわり、線を動かしまくる。


なんでそういうことをするのか?


究極的には、
「日本人は、ボリューム(量・影)でモノを捉える民族じゃなくて、線でモノを捉える民族なんだよ!昔から!」
ってことなのかもしれん。


まぁ
そういうスタイルなんだから としか言いようがないね。


また別の話。
これはずっと別の時に書いてた文章。

デビルマンの系譜
例えば↑こういう広告がある


いくつか、良くわからない物も混じってる気がするけど、 (うる星やつらとか、自分は分からん)
大体納得できるんだ。


でもこういうの、人によっては全く分からなくて「こじつけ」に感じてしまうんだろう。


自分としては、こういうのを「こじつける側」の人間なので、どっちかというとこういうのを自分で勝手に説明しはじめたくなってしまうのだ。
(「すべての道はベルセルクに通ず」とか)
(「すべての道はナウシカに通ず」←今年はこれをまとめたい)



例えば、エヴァのどの辺がデビルマンか?


エヴァに確かこんな感じのセリフがある
「使徒に対抗出来るのは、使徒と同じ力を持つ エヴァンゲリオンだけだ」

これとかね。
悪魔に対抗出来るのは悪魔の力だ、

「デーモンと戦う方法それは!」
「自分自身がデーモンになることだ!」




後は、アスカがああいう目に遭うのとか、

EoEのラスト、
最後世界がメッタメタになって、浜辺にアスカとシンジだけで寝そべってる感じとか。


大体一話の
「真っ暗ですよ?」
カシャ
「顔・・・巨大ロボット?」

の下りだって、デビルマンまんまなんだから。


・・・
まぁそういう要所要所だけでも、エヴァの中にデビルマン成分が色々入ってるのは分かるのですが、

(こんな調子で、案外「すべての道はデビルマンに通ず」もやれそうだけど、コレに関しては、自分はそこまでまとめる資格ない気がする)
(だって、いうて自分そんなにデビルマンに詳しくないし 全然 派生作品読んでないから)
(だから、もっと詳しい人がまとめればいいよ)


あとエヴァからの引用もあったね、湯浅デビルマンには。
湯浅デビルマンのエヴァ成分
もう一個あった。 が、汚いので触れない。


後はまぁ神話モチーフとかもそうかもしれんが、
もっと別の、面白さの根っこの部分とかにも注目したりする。


例えば、「ATフィールド」にしたって、そうだ。 (「何言ってるの?」と思うだろうけど)


そういう発想がどういうところから生まれるのかというと、
ロボットモノというお約束そのモノに疑問を投げかける所からだと思うんだ。


なんでこんなデカイ鉄の塊が動くんだろう? 立ってられるんだろう? 何故人型なんだろう? →そこにも設定、謎を用意しよう。
何故、ロボット物で、敵は日本に攻めてくるんだろう? →そこにも設定、謎を用意しよう。


・・・
・・・
エヴァの企画の面白さとは、こういうのの積み重ねだと思うのだ。


再解釈。

で、そういうのはデビルマンにも通じるものがある。


悪魔とは何か?

各国に伝わる伝承、悪魔、狼男、魔女、鬼・・・
それら全てを統一して説明してしまえる先住民族を考えてしまったのだ。


「寄生獣」がデビルマンなのはまぁ言わずもがな。
これ、説明しないと納得出来ない人間とかいるんだろうか?


両方を読めば、分かる。ひたすら分かる。 寄生獣はデビルマンなんだ。
デビルマンの3巻よめば、ほんと分かる。





寄生獣の中のデビルマン成分をピックアップしていくと、


・学校とか、日常の舞台の中で展開される、異常とか、戦闘、とか?

・異常な力を身に着けて心身共に変化していく主人公とか?

・人間の中に混じっていく敵 人間を欺き掌握していく敵勢力・・・とか?

・主人公の母親だろうが容赦なく殺す無慈悲な展開・・・とか?

・敵が人間を理解していく感じ(寄生獣で言えば教師 田村玲子であり、デビルマンでいえばサタンが全体でやってたこと)

・・・
・・・
とかとか、山ほどあるなぁ


・・・みたいなことを漠然と、ずーっと考えてたんだ。
ちゃんとまとめる気もなく。

これはもう、膨大すぎる。


世の中の、デビルマンの影響とか余波とか考え始めると、そら、一晩中眠れなくなるくらい考えたって、考え終わらんよ。


自分が知っている漫画アニメゲーム、全てに関して、

デビルマンの影響とか、デビルマンの引用、孫引きとか探し始めたりした場合、
食ってるものが多けりゃ多いだけその処理に時間がかかるようになるから。

まぁそういうののせいで、自分は今デビルマンのせいで 夜眠れなくなってる。


・ベルセルク
・エヴァ
・寄生獣
まぁこの辺はガチ、「デビルマンチルドレン」と言っていい気がする。 
「孫」とかじゃなく、「直接の子」って感じがする。



しょうが無いので考えを切り上げるしかない


デビルマンの中の、「デビルマン性」とでも呼べる要素を、抽出して、
それを表にして、縦横のテーブルにして、そこにチェックを入れていくようなスタイルにしたほうが、
まだ脳を休めることができるんじゃないかと思った。


というわけで、デビルマンのデビルマン性のような部分を考えてみる。
さっき言ってたようなことと重なるが、こういうとこがデビルマンだよなぁと。



・神話モチーフ
山ほど


・人間の中に潜む敵 人間を食う敵 人間を家畜とする敵 人間の天敵
(寄生獣)
(進撃の巨人)
 

・敵を学習する人間 人間を学習する敵
(寄生獣)
(エヴァで言えばアルミとかアラエルとか)

あと、「敵を分析する人間」の方がえげつないことをやってるとイイね!
(デビルマンではミーコに酷いことする人間側とか)
SIRENの宮田とか、屍鬼の尾崎先生とかもそう)


・主人公の力が結局は敵の力 敵の力を得なければ敵に勝てない
(寄生獣のミギーだってそう)
(エヴァだって使徒の力)
 

・実は敵のほうが先住民であるとか、実は敵は人間と同種であるとか
冷静に考えたら案外敵にも理があるんじゃないかと思わせる設定

(エヴァの使徒なんかは元々人間と同じ生命の元だとか)

(デビルマンの悪魔は人間より先にこの地球に生まれた)
(ジョジョの「柱の一族」は、人間より先に地球で反映していたのに~とか)

 (「墓場鬼太郎」の「幽霊族」なんかもこれではある つーことは、デビルマンのルーツに、鬼太郎ある?)


・敵と人間(or主人公)の行動価値の反転

敵が愛を知る 
敵のほうが、主人公みたいなことをする (これはシレーヌとカインの合体とか)

主人公がやってることの方がもはや敵みたい
(暴走したエヴァとか、ガッツさんとか)


・人間が悪魔のような行動に走る 疑心暗鬼 魔女狩り
(寄生獣)


・ヒロインが物凄い酷い目に遭う 最悪死ぬ
・主人公の家族だろうが、ヒロインの家族だろうが、殺されるときは殺される

(ベルセルクのキャスカ)
(エヴァのアスカ レイ)
(寄生獣では母親死ぬとか)


・最初は学校くらいの日常から始まるが、次第にスケールが 街規模、国規模、世界規模の混乱となっていく。
 警察、軍、戦争・・・とスケールアップしていく。

 (寄生獣もまぁ世界規模まではいかんが、これ)
 (「なるたる」も、こういうのが面白いんじゃー!!)


・主人公の親友が最大の仇敵になる
 (まぁベルセルクのグリフィスとガッツ これは皆言ってる)


・人間みんな死にましたエンド
 エヴァの旧劇 (まぁ違うっちゃ違うんだが、パット見の衝撃としては皆溶けてる)

まぁこれをいいだすと 全滅エンドの物語全部デビルマンかよってなるけど。


・・・みたいな調子でね、

「こういう要素があったらデビルマンっぽいですかねー」みたいなエッセンスを抽出して、

それをテーブルの横欄に入れていって、

「デビルマン度チェック表」みたいなの作って、
いろんな作品縦にならべて、チェック入れまくっていったら、楽しいんじゃないか、とか そういうことを考えていました。


一生終わらん遊び。


こういう事ばっか考えてると、だんだん なんかデビルマンって、本当に「線」のように感じてくる。

ゲッター線みたいな。


漫画家とかクリエイターに「デビルマン線」を照射すると、化学反応が起きる。


庵野秀明に「デビルマン線」を当てると、エヴァになる。
岩明均に「デビルマン線」を当てると、寄生獣が生まれる。
三浦建太郎に「デビルマン線」を当てると、ベルセルクが生まれる。


・・・なんかそういう
クリエイターの進化を加速させる宇宙線のように思えてしまうのだ。

で、案外、それがその人にとっての最高傑作になっちまう ようにも思う。


ところで「デビルマン」と「ザ・ムーン」ってほんと同じ時期の漫画なのが凄い。
どっちも、1972年~1973年の漫画。 (何があった?公害による「世も末感」か? 冷戦か?)

これもまた、同じ線にでも貫かれたのかってくらい、テイストが似てる気がする。


自分的に、
「鬼頭莫宏版デビルマン」が、「なるたる」で、
「鬼頭莫宏版ザ・ムーン」が、「ぼくらの」って感じがする。

じゃあ、鬼頭莫宏版「何」が、「なにかもちがってますか」なのだろうか?
(「デスノート」とかを連想する人もいるんだろうが)

自分は、手塚治虫の 「ユフラテの樹」という漫画が、凄い「なにかもちがってますか」に似てる気がしたんだ。


いくつか、凄く似ているシーンがある。

海の中で、二人の学生が、能力の実験をするのだ。 テレポーテーションの。

「なにかもちがってますか」の場合のテレポーテーションは「交換」だから、石と海水が瞬間移動する。
「ユフラテの樹」の場合のテレポーテーションは、多分核融合が起きて、大爆発になる。

で、この爆発を利用して世界を脅そうとか そういう話になってくるんだ。


能力を使って、学生が世直ししようとしたりもする。
最終的には全然違うんだけど、なーんか、いくつかのポイントで凄く似たものを感じるんだ。


ああ、こういう話だけでも一個記事かける気がする。
あたまおかしくなる。


まぁ多分偶然なんだろうけど。


「ゲーテは全てを言った」みたいなもんで、
手塚治虫も多分、すべてを描いたと言っていいレベルなのだろう。

何をやっても多分、手塚治虫の作品にどっかでひっかかるよ。


まぁそんな感じ。
自分はそんな風に、強力なパワーを持った作品には「線」を勝手に感じる時がある。


(何言ってるんだ)

まぁいいや。

自分的に、物凄い デビルマン線を浴びたんだなってのがクッソわかりやすいのが、
江川達也の「ラストマン」 な気がする。


自分的には、江川達也の最高傑作ってラストマンな気がするんです。
(まぁ、今ネットじゃ江川達也なんてゴミ漫画家の代名詞だけど)
(あと、ラストマンも別に、「下劣極まるしょーもない漫画」みたいな評価だろうけど)


でもなんか、ラストマンはやりたいこと全開な感じがして、正直気持ちいいんですね。

作者がやりたいこと。
読者が読みたいこと。
あの、エログロバイオレンス全開なところとかね。

人間の欲望、
破壊衝動、肉体改造、変身願望・・・そういうのの行き着くはて のような感じがある。
 (ラブアンドピースの本拠地で、最終的にハエ女になっちゃうとこらへんとか)


人間の欲望というのを限界まで叶え続けていったら、その果てはどうなるか?というのが、チト垣間見える。

(その感じというのが、「ドラえもん」や「タルるートくん」よりも更に正直で、限界まで突き抜けてる)
(そこんとこが正直スカッとする)


◆もう完全に別の話

・・・別にこれくらい、めちゃくちゃにデビルマンから連想することダラダラ語ってますが、
それでも全く語り尽くせる気がしない。


大体、本当は今年は、自分は「ナウシカの話」をしまくりたいと思ってたんだ。

別にデビルマンの話とかするつもりなかったのに。
なんでこんなことに?


ああそれは、そら年明けからイキナリ、
アニメオブジイヤー2018みたいな作品にぶつかったからでしょうね。



そういえば、「糞アニメオブジイヤー」も来ましたね。 ポプテピピック


ポプテピピックについても、ちょっとだけ語れる。

あれのリアクションとかですら、外国人のリアクターは撮ってたりするけど、
大抵、「前半の15分までしか」愛想笑いできてない と思う。

そこで思うのだが、
所詮、外国人アニメオタクなんてものも、結局は「字幕を追ってるだけ」なんだなと分かってしまう感じがある。


芳忠ボイスいいよね~とか、
日高ボイスいいよね~とか、結局そういうことわかっとらんのでないのか。


日本人なら、ぎりぎり、声のレパートリーだけで、あの糞アニメをなんとか二週は出来るのだが、
外国人には、もうそれは不可能なのだ。 彼らには、100%、時間をドブに捨てる行為になってしまう。


そこんところ「こそ」を、外国人に教えてやりたい気がする。
お前らはアニメの良さを、せいぜい
映像とテキストの、7割くらいしか味わってないぞということを。

音声ニュアンスが全く入ってないぞっと。
大体、日本語を英語に翻訳する際にどれほどの情報が抜け落ちているかっと。
 (いやこういう話はお互い様だろうけどさ)
 (日本人だって、海外ドラマや海外の映画を、英語音声日本語字幕でみたところで、)
 (そこでどれだけの情報が耳から抜け落ちているか・・・)
 (でも今回の話はこっから発展するから)



アニメで日本語覚えた気になっても、ポプテピアニメを二週出来ない時点で、(しなくていいけど)
実は全然わかったとはいえないのだぞっと。



あと、ミーム的にも3割も理解してないだろう。 (日本人でも知らんよこんなの いつの不正だよ)
(スカイリムは皆わかっただろうけど)


で、こういうのは、「ドリフターズ」のときにも強く思った。


「ドリフターズの面白さ」というのは、いや、
「ドリフターズの主人公の魅力」というのは、
物凄く簡単に言ってしまえば、

薩摩弁バリバリなところに尽き申すと思う。


日本人でも、何いってんだか分からんような、ギリギリ分かるような、方言まるだしの主人公。
普通に考えれば、田舎っぺ丸出しで かっこいい筈がない。

・・・
筈がないのだが、その方言バリバリの主人公が、「一周して」カッコイイのだ。

この、「一周まわったところ」が必要なのだ。

そのギャップなのだ。


だが、「方言」を英語に翻訳できるはずもなく、 (あずまんがの大阪みたいなことする? 南部訛り翻訳?)
ニュアンスから聞き取ることが出来るはずのない外国人に、

この豊久のカッコよさ、魅力が、分かるわけがない。

彼らにとっては、豊久とは、 
CV:中村悠一の、 「普通に」カッコイイ、特攻魂のお侍でしかないだろう。

「一周」まわってないのだ。



そこんところの認識が全然違うのではないか?

全然わかっとらんのじゃないのか?

外国人アニメオタクは、アニメを全く正しく受け止められていないのではないか?


・・・で、
こういうこと。


「こういうこと」を、外国人のアニメオタク向けに、

「お前らはこういうのを全く読み取れてなかっただろ?」
「お前らはこういうの全然知らなかっただろ?」
っていう情報を、

ユーチューブ上とかで、英語で解説してやるチャンネルとかあったら、バカウケするんじゃないの?

・・・
みたいなことを自分は漠然と思ってたりするんだけど、
どうなんだろうね。 既に「ある程度」のは、ある筈だとは思うけど。

(勿論自分はやらないしやれないよ。英語しゃべれないから)
(だからこれは単なる妄想企画話なんだ)


外国人むけのかなりハードコアな、アニメ講座のユーチューブチャンネル。

必要な人員は二人。



・日本に来てる(ある程度日本語喋れる)外国人のヲタ。 (コイツが実際に英語で喋って、動画にする)
・日本人の、ある程度のヲタ (要はソイツがブレーンで、↑のやつに色々教える)

この二人で協力するだけで、
この企画は成立すると思うのだが。


まだそういうガチな企画をやってるチャンネルというのは、あんまない気がするんだよなぁ。
あったらバカウケすると思うんだがなぁ。


二人のスタッフ見繕ってきたらバカウケするんだぞ?
誰かやればいいのに。


「これを知ったことで更にヲタとして1段上のレベルに上がれただろ?」という感情を刺激できると思うんだが。
・・・
という妄想企画。


今ユーチューブ上にあるアニメ解説的な動画というモノは、


・外国人ヲタが外国人ヲタに、ある程度のヲタ知識を解説するようなチャンネルと、

・あとは↓カップルっぽいのがイチャイチャしながら多少の解説をするようなのくらいしかないと思うんだよね。まだ



(↑コレの場合、男の方も女の方も、別にオタクじゃない 単にアドバンテージは、「男の方がバイリンガル」ってだけだ)
(でもね、知識を提供するブレーンの側がバイリンガルである必要はないんだよ)
(逆だよ逆) 
(そして、彼らは、ガチオタクでもないので、別にこのアニメ解説ネタは一発だけで、シリーズにならない)



どっちも限界があって、ヌルい。
そこんところをガチにしていって、ガチオタク啓蒙みたいなチャンネル作ったら、ウケると思うんだけどなぁ。



いや、結構ガチな人はきっといるよなぁ。 そらいる。

いやいや、でも、コレくらいガチでデビルマンについて語ってる人にしたって、

結局は、「海外向けに英語に翻訳されたデビルマン」を読んで、「それで語ってる程度」ではあるわけじゃん。

原書読みはできてない。
(そら自分だって、海外小説原語で読んだりしないよ)
(でも、もし二人の国籍の人間が協力したら、そこで物凄い価値が産まれるってことを 自分は言いたい)




例えば、
日本版のオリジナルのデビルマンでは、美樹ちゃんの二人称は「おヌシ」になったり、一人称が「セッシャ」になったりする。
それがすっごい可愛いということを、これくらいガチなヲタだって、わかってないはずだ。


その辺の部分がどうなっているのか、それだけだって一つのネタになる。
湯浅デビルマンではこういう美樹ちゃんのおちゃらけた可愛さの要素はなくなっていた。 (「オレ」は一回使ったか)



でも他の作品だと、「高遠るい」の「デビルマンG」だと、こんな感じでおヌシをやっぱり使う。上手いこと使う。
そんで可愛い。



・・・みたいなことが、まだまだ語れるし、解説できる筈なんだよ。

例えば美樹ちゃんの魅力にについてにせよ、7割くらいしか伝わってない外国人に、
なにか伝えることが出来る気がするんだよ。


海外のガチオタクな漫画アニメ解説者でも出来ないようなことを、
バイリンガルの伝達者と、日本人のブレイン一人さえ用意すれば、解説できるようになると思うのだよ。


そういうことを誰かやればいいのになーとか、思ってるんです。

これもまた、一つの、企画話。

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