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女媧の気分



「封神演義」の新アニメが、妙に全く酷い。 
本当に酷い。 まだ1話しか見てないのに、酷い


ので、その話でもします。
デビルマンを「絶賛」した後に、「絶不評」の話をすることになります。


女媧



これも別に「だからどーした?」って感じの
全く意味のない、長いだけの文章なんだけど、やっぱ書いてしまったので置いておく。
(てか不快な貶し文章なので、読まないほうがよい)

「封神演義再アニメ化!」と去年聞いたときは、ほんと喜んでたのに、
それがもうこれですよ。 天国から地獄。





「覇穹 封神演義」について 一話で大反省会



まぁ当たり前の部分はそんなに細かく語りません。
みんなもう分かってるでしょう。

要は何が不評なのかというと、物凄いカットカット、ダイジェストダイジェストで、
何が何やら分からんイミフ展開のアニメ
になってるということです。



石琵琶要らないので王貴人戦カット

石琵琶持たずに宮廷音楽家になりまーす。
何も作戦無しで紂王を誘拐しようとしまーす。

そんで速攻で蠆盆イベントを発生させます。

・・・
そんな訳の分からない展開のアニメになってるんです。



ただのダイジェスト、ただの勇み足ならまぁまだ許せたのでしょうが、

いろんな間、間の展開をなかったことにした「まま」、
最終的な行動自体は同じようなアクションを起こしたりするので、
「ひたすら太公望が馬鹿主人公みたいに見えるという点が、物凄くガッカリですね。


太公望が馬鹿に見えるってどういうことだ???


原作では、太公望は
おとぼけ間抜け主人公の体でありながらも、
実際は裏では様々な策を練った上で、超知的に動いているのです。 
マジで「策士系主人公」な訳です。 (ジャンプの中の策士系主人公としてはジョセフ以上だと思ってる)


ちんとう戦にしても、知略で勝ち、且つ村人を無傷で助ける。
王貴人戦にしても、知略で勝ち、人質を得る。

・・・
そうやって「知略で実力以上の敵を倒してきた」という積み重ねがあった上で、
ようやく禁城に攻め込む訳です。 
(それも、人質がいるからこそ、イキナリ妲己の懐に入り込める)


その上で、ここで初めて太公望は 妲己に「策で」上を行かれて、敗北し、
挫折を味わうわけです。

今度は蠆盆で、子供、助けようとした少数民族たちも、殺されてしまう訳です。

・・・
この流れのことを考えれば、
ちんとう戦だって王貴人戦だって全部必要なことが分かるはずです。
雑魚戦だって疎かにはできない。

結局、これらは太公望の主人公の格、賢さ、そして同時に、妲己が策士としても超一流であるということを
強調するために、必要な展開なわけです。


そこんとこを、武器いらねー楽器いらねー
どうせ負けイベントだしさっさと負けようぜー
「きゃー!あなたまさか紂王様を誘拐するおつもりなのではー?青ざめましたねー」 (根拠ゼロの言いがかり)
・・・
というような展開では、本当に虚しくなる。


マジで、無策で敵の根城に突っ込んで、紂王誘拐しようとして失敗したアホにしか見えない。




大体、「紂王を誘拐する」という行為だって、一見短絡的なようで、ちゃんと「意味」がある。
妲己のけいせいげんじょうから出る「匂い」によるテンプテーションであると看破した上で、
その匂いから遠ざければ紂王は正気に戻るのではないか?という考えの下での誘拐であって、

「いきなり王様ゲットすれば解決するだろー?」という誘拐ではないのです。

(大体「それ」していいんだったら、それは「人間界の政治をめちゃくちゃにしてでも妲己を倒せばいい」ってことになる)
(そういうことじゃないってことは、最初に元始天尊が言ってただろーがと!!)


ブツブツ・・・
ブツブツ・・・

(とかなんとか、結局こういうことを延々とブツブツ文句垂れることが出来る)
(マジで出来るんです。 永久に・・・)


火竜ひょう要らないのでちんとうカット (全世界のちんとうさんすみません)

火竜ひょういらないの? セミ戦どうするの? セミ戦自体もカットすれば問題ないのか? 
それとも、天化 加入時に、最初から持ってるのか? (ほんとRTAじみているな・・・)




OPに写ってないキャラは出てこない可能性が高い・・・

蝉玉も、土行孫も、
あのへんのキャラ、
出てこなさそう。

雷震子は・・・原作でも、仙界大戦で・・・何故か出番なしで、
楊戩の羽パーツ扱い・・・

どうなることやら

それにしてもこういう文章を書こうとしてて思うんだが、
中々漢字の自動変換がうまくいかないので腹が立つ。


「かりゅうひょう」とか、
「とうせんぎょく」
「たいぼん」とか、読み方自体は分かってるけど、変換の方が上手くいってくれないので、
結局、グーグルでググってコピペして持ってくるしかない。


グーグルに 「たいぼん 封神演義」っていちいち入れて、「蠆盆」をコピペしてきている。
物凄いアホみたいな二度手間をやってる感じがする。


面倒くさいからひらがなで行こうかなとか思ったりする。


敵もどれくらいカットするんだろうね。


ほうひつ ほうそう、カットしそう。 かりゅうひょうないし。
(殷の太子とかそもそもいらねーとかやりそう)
 (つまり、番天印も出てこない?) (あのめっちゃアニメ映えしそうな宝貝が・・・)



パンダカットしそう。
(あっさり天化仲間になってそう)


ちょうけいほう、風林、カットしそう。
秘湯混浴刑事エバラ、カットしそう)


魔家四将とかカットしそう。ガチで。


四聖は、流石にカットできないよな??? 聞仲との初エンカウントだぞ?



趙公明戦の一連の流れ、マジで全カットしそうで怖い。
アンニュイ学園はもう、ネタでも期待できない。

趙公明イベントカットしたら、流石に色々失うと思うが、どうなんだ????


趙公明をカットして失うもの

・楊ゼンの精神的成長
・ナタクの精神的成長
・せんぎょくのパワーアップ

・竜吉公主の顔出しイベント

・太公望の服装変更とか、打神鞭パワーアップとか、ほんと色々な成長イベント
・スープーの変身能力

・ビーナス三姉妹 きんせんこう

・喋る剣ゲット
・天下の死亡フラグ


・・・要所要所だけピックアップしても、趙公明戦で、これくらいのモノを得ているのです。


全部カットしても、仙界大戦に、さほど影響ないと言える????




・・・なんかもう、何がカットされて、何戦がスルーされて、誰がいなかったことにされて、
その上でどういうつじつま合わせをしてくるか
を予想するのが
逆にメインの楽しみになってるんじゃないかってくらい、

まともな楽しみ方が出来ないアニメになってしまっています。



どうしてこうなった。


まぁ勿論ね、フジリュー版封神演義だって、更に原作の封神演義からしたら全然別モンの「メタ封神演義」なので、
それが「メタメタ封神演義」になっただけじゃないか、という考えもできるんだろうが、 (それはフジリュー自身がそういうこと書いてる)

それで諦めがつくか??


(じゃあ原作そっくりの封神演義やるか?)

「頭蓋骨から脳髄がこぼれおちた」 そんなんばっかだぞ?)


で、なんかそんな感じで
「封神演義RTA」とか言われてますが、


なんかもう、 女媧みたいな気分になってきますよね。


女媧



出来の悪いアニメ化が二回も発生、
原作に程遠い、別モノの世界が生まれてしまった。

今度こそ、
今度こそ、このアニメ化は上手くいきそう、と期待をかけたのに、まーた失敗してしまった。

この気持ち、物凄い女媧ソックリだと思うんです!!!


なんかひたすら、「女媧のセリフ」が、今の封神ファンの気持ちにピッタリ当てはまる気がする。


そんで今度は、セリフネタをいっぱい考えたりする。


全ては順調にいくはずだった
このままゆけばわらわの原作と同じ展開をたどるはずの所まで・・・

しかしアニメスタッフはいつもわらわを裏切った!!!



少しずつ微妙にズレたアニメは
遠い未来になればなるほど大きくなり・・・

最終的にはわらわの原作とは全くの別物になってしまうのだ!!!



そのようなアニメはいらぬ!
わらわは再び最初からやり直さざるを得なかった。



アニメスタッフは幾度も作り直しそして壊した
完全なるアニメ化を目指して・・・



そんな・・・
では僕達のこのクソアニメ化は何度目なんだ!? 
歴史は何度繰り返した!!?



・・・細かな物よ
「何度か」、などという大きな数は問題ではない!!

重要なのは
「原作通り」「原作レイプ」
この2つ・・・・

2という数だけよ!!!




---ーでも、原作そっくりのコピーが完成したからって、それであなたは何を得るの?



あのミスをおかさなかったなら、
原作通りのアニメはどうなっていたか・・・

原作通りのアニメが見たい・・・
それだけじゃ・・・・




そんな事はもう繰り返させないぞ!
アニメスタッフ!!
お前の原作レイプに黙って付き合うほど我らはお人好しではない!!
原作ファンの見たい方向を指し示さぬアニメなどいらぬわ!!!



私は万が一封神演義が再レイプされる時のために一人残った最後のクレーマー
アニメスタッフの身勝手を食い止めるために・・・



そなたらに必要なのは選択する事
アニメスタッフの造る滅びの歴史を受け入れるか
それとも・・・



女媧

本当に、二度も微妙なアニメ化をされて

大好きな漫画が、コンテンツが、完全に死のうとしているこの感じ、
ものすご女媧っぽい気分になると思う。

それと同時に、アニメスタッフを女媧に例えるセリフネタも出来る。
ネタには困らない。


でこっから別の話。


で、こういうとき、ファンは本当にどうしたらいいの?
泣き寝入るしかないの?



よく思ってしまうんだが、 

愛の無いスタッフによる、テキトーな過去のコンテンツ漁り、死体に鞭打つ行為、

話題性先行で無茶な企画、

テキトーなアニメ化、
テキトーな映画化、
テキトーなドラマ化、

・・・そういうのって、「罰すること」って出来ないんだろうか?



あまりに怒りや落胆が酷いと、こういうこと考えちゃうんだよ。


「クソアニメ化罪」

「クソ映画化罪」

「クソ実写化罪」


何か罰することは出来ないのだろうか?
(ユーチューバー罪で死刑)


何か罰 リスクがあれば、みんなもっと真剣に作るだろうし、無茶な企画だってやらないだろう。
・・・
そんなことを考えてしまう。


(そりゃ、こういうことを考えるのは良くないのは重々わかってるよ)
(クリエイターをそういうので「萎縮」させて、良いわけ無いだろ?って)
(でもなぁ・・・)


自分が思ってしまうのは、
彼らはきっと「反省」なんかしてないってことだ。


今回の封神演義の糞アニメ化、 大体ネットでやり玉に上げられているのは、
構成の、「高橋 ナツコ」という人だ。 (高橋邦子の爪の垢を飲ませたい あの構成力・・・)


だがこの人、今回のアニメ評を聞いて、反省とかするのだろうか?


自分は、しない気がする。


どうせ、
「原作23巻の漫画をアニメ化するのが、2クールで出来るわけないじゃん」
「それも仙界大戦をメインにするのなら、そこまでのあらすじはダイジェストでやるしかないじゃん」
「どのみち最初から企画が間違ってるんだよ」
「私は悪くない」
「むしろベストを尽くしていると言えよう」

・・・
みたいな感覚で、仕事してるんじゃなかろうか?




つまり、「構成」「企画」のせいにする。


「企画」は、「予算」のせいにする。
「今時、こんな古い原作、1、2クール分しか予算とれねーよ 採算あわねーよ」とか、そんな感じ。



じゃあなんだ?
結局最後は、「原作人気」「ファンの規模」のせいにするのか?



じゃあ、一体なんのためにアニメ化してるんだ?
ファンを喜ばせたいということでは無いのか?



コンテンツが無いから、
「原作不足」の時代だから、

テキトーに、昔流行った漫画の中から、そこそこまだ根強い人気がありそうな原作を見繕ってきて、

テキトーな予算とテキトーな企画とテキトーな構成で、
アニメやっつけて作れば、そこそこ儲けが出るだろうという、

それくらいの感覚で、アニメ作ってるってことか?????



そんで、スタッフの全員が、この無茶な企画に対して、
皆「自分は悪くない」と罪をなすりつけながら、
テキトーな仕事をしている ということなのか?


この構図は地獄か??


・・・という感想しかでてこないんですよねー。


どうして、心底良いものを作れば、最終的にはきっと返ってくる、という考えが出来ないんだろうね。
 (この考え方はナイーヴだろうか?)



封神演義は、原作漫画がクソオモロイというのもあるが、
いうて、中国が舞台のアニメじゃん。

ちゃんとオモロイ物作ったら、「世界で一番人口の多い海外ファン」だって、付くだろうに。

 (いやそれがすぐに金になるかどうかでもなくてさ、)((海外ファンは金落とさない、云々))
 (つまり封神人気というものがここからまた全世界的に再燃するとかさぁ)




自分はこういうこと考えちゃうよ。

例えば
ジブリは、宮﨑駿は、↓こういう哲学でアニメ作ってたワケじゃん。

ジブリ


その場限りの物の見方をする人間には、
「ジブリのあの映画コケたね」
「ジブリのあれ爆死したね」
「ジブリももうそろそろ終わりだよね」
(←魔女宅前によくあったらしい意見)とか、そういう風に映っただろう。 

(実際ラピュタだってトトロだって、興行収入的には爆死だった筈)
(でもジブリは、最終的に「ソフトで回収する」という方針を打ち出した)
(今じゃ当たり前だろうが)

で結局、高クオリティで勝負しつづけて、ジブリはあのネームバリューの位置にいるわけじゃん。



ソレに対して・・・

「はいはい封神演義? そんな古い漫画の人気じゃ、これくらいが限界だね」
「まぁとりあえず20話、仙界大戦で様子みてみ? そんで売れそうだったら、続きもやれば?」

「はいはいキャストはこんな感じね 声があってるかどうかより、声優人気とかイベント性で選んでね」
「スタッフはこんな感じでいいっしょ」

・・・そういうみみっちい企画でやるから、こういうことになっちまうんでないのか。


(まぁ、ここで自分が語ってることは、ケースバイケースですよ)

もし仮に、今回の封神演義のアニメ、最終的にこのダイジェスト方針が実は成功し、
「いやー、最初の数話はどうなることかと思ったけど、実は終盤すっごく面白かったから結果よかったね!!」って評価になるかもしれませんよ。
こ、これから。


そしたらこの企画は「結果正しかった」ってことになるわけでー
・・・


いやそら、自分だって、そういう風になるってんなら、そうなってほしいですよ!

今からでも、「手のひら返したい」ですよ! 返せるもんなら。



だからこういうこと書いてるんですよ!!


・・・で何の話だったっけ。


とにかく、
クソアニメを作ってしまっても

現場は、スタッフは、企画者は、そして出資者 スポンサーすらも、

実は、
「誰も本質的には反省しないのではないか?」という考えの途中だった。


こういう、大勢の人間の中で、何か無茶な企画が生み出されて、動き出してしまった中で、
彼ら全体を反省させることって出来ないんだろうか?

何か、「教訓」のようなモノは生まれないんだろうか?

本当に、何故、業界全体が成長しないんだろうか?


最初から無かったほうが良かったレベルのアニメなんか、
本当に、「最初から作らなければよかった」んだから。



で、糞アニメ化罪、
「刑事罰」を用意するなんてのはまぁ無理として、


まぁ、ありえるアイディアとしては、
アニメにおける「ラジー賞」みたいなのを作るしかないよねーとは思う。


きちっと、糞アニメ化を受賞させる。
クソ構成賞とか作って、名前を出して、スタッフ全員受賞させる。
そういうのしかないかなぁと思う。


(まぁ、日本人の趣味ではないかもね)
 (日本人の場合、「何がどうクソか?」を延々と考えちゃうからね)

ポプテピピックは糞アニメなのか?糞アニメじゃないのか・・・?
覇穹封神演義は糞アニメなのか?糞アニメじゃないのか・・・?


で、ノミネートも厳しくなって、KOTYみたいに、全然すっぱり決められなくなってくる。


海外じゃ、そんなことあんま意識しないだろう。
皮肉は皮肉。 クソはクソ。 有名税は有名税。 ガッカリはガッカリ。
あんま気にせず、バンバンラジー賞出していくだろう。


段々別の話になってくるけど、

他にも、
"現場"は絶対に反省してないんだろうなぁ」ということを感じる例はある。




クソアニメ化賞、もとい、クソアニメ化罪、

クソ映画化賞、もとい、クソ映画化罪

・・・そういうことについて考えてると、

そら、樋口監督のことだって連想してしまうわけだ。



もしそういう「ラジー賞」みたいなのが日本にあったなら、続いてたなら、
樋口監督は、結構ノミネートするほうだと思う。

進撃の巨人の実写化とか、絶対ボロクソあつかいだし。



じゃあそういうのできっちり反省させる必要があるのか?

結局、その後シンゴジラで才能を見せつけてくれたクリエイターを、

そういうのでちょくちょく「萎縮」させる必要はあったのか? みたいなことだって、考えてしまうのだ。



もっというと、こういう現場の雰囲気を見てしまうと、考えなおしてしまうことがある。

(進撃の巨人のメイキング映像 そこでの樋口監督の様子)


彼らは、糞映画を作ってる自覚とか 全くないはずだよ。
本当に楽しそうに作ってるから


もっというと、彼らは「サンダ対ガイラ」がやりたかっただけなんだな、というのがよく分かる。



ホントにその通りなんだ。


仲間同士、スタッフ同士で、和気藹々と、

今の技術で「サンダ対ガイラ」をやったらどうなるか、試行錯誤する・・・
色々頑張る・・・

その過程が楽しくて仕方がなかったに違いない。


その結果、最終的に出来た映画がクソかどうか、
日本人キャストで進撃の巨人やってどれだけ奇妙かどうか、
そんなところは、 気にもしていない部分なのだろう。


とにかく、仲間内で、特撮的な挑戦をやって、楽しみたかった。


いやぁ、あの撮影は大変だったね。

いやぁ、あのカットは良いものが出来たね。

いやぁ、巨人感、出せた、出せた。

・・・
そういう達成感、充実感、試行錯誤感・・・そういうのが「全て」なんじゃなかろうか?



すると、やはりそこにもまた、「反省」は一切ない。



いくら外野から、
いくら一般観客から、

「あの映画クソ」

「なんでこんな実写化をした?」

「なんでこんな企画を通した?馬鹿か?」


・・・
と叩かれようが、
実は全く堪えないのではないだろうか?




そんな一般客からの罵声なんかよりも、

仲間内の気のしれた特撮スタッフ間同士で、
お互いのセンスを認めあった戦友同士
で「現代版サンダ対ガイラ」をどうやって蘇らせるかを頑張って達成した、という事実。

その熱意だけで映画作ってるんじゃないかと 思ってしまったりはするんだ。


仲間からの賞賛と、
一般人の罵声なら、そら、一般人の罵声なんか届かない。

(勿論これは、「駄サイクル」的かもしれないけど、
 でも、あそこまでのレベルに到達してしまったクリエイターに、駄サイクルもないよなぁ)



で、もう何の話だか全く分からんだろうけど、
これもまた別の「絶対に反省しないだろう人」についての考え方。




でもこの場合、

やっぱ「封神演義」の高橋 ナツコと、

「進撃の巨人」の樋口監督じゃ、全然意味が違ってるよな とも思う。



すると、クソアニメ化、クソ映画化、無理のある企画
・・・その中においても、

重要なのは挑戦しようとする気概があるかどうか、ってことになってくるような気もする。


真に叩くべきなのはどういう人なのか。


なんのこっちゃ。


最後にまた別の話。



この「高橋 ナツコ」という人、物凄く評判の悪い構成作家の人らしいけど、

じゃあなんでそういう人がクビにならないのか、
なんでそういう人が自ら辞めないのかについても、考えてみる。


これは多分、業界内の需要と供給のバランスのせいなのだと思う。




3DCG界ではよくある言い草なんだけど、こういうのがある。

「モデリング出来る人間なんか掃いて捨てるほどいるから、何の価値もないよね~」

「そんな能力より、ちょっとでもモーション打てる人、カメラモーション作れる人の方が、引く手あまただよ~」

・・・
みたいな考え方だ。



じゃあ、そういう意見を聞いて、
モデリングを捨てて、モーション屋に転向するのか? それが正しい選択なのか?という考え方。


自分は、そういうのは馬鹿げた考え方だと思う。

自分は「そういう考え方」に興味を示さない。



こっちゃ結局、「気持ちよさ」でやってるんだよ。


モデリングは、クッソ楽しい。
モーション作りは、(多分)楽しくない。


だから自分は、3DCGにおいて、モデリングしかやらない。

それが仕事に繋がらない とか 繋がるとか、知ったこっちゃない。


そんな打算で、気持ちよさを捨ててたまるか、と思ってる。


「モデリング能力なんか珍しくないから、価値がない」
「モーション打てる人は珍しいから、価値がある。すぐに仕事にありつけるよ?」

みたいな考え方で、やることやらないことを決めたくない。


自分はそういう考えで趣味をやっているんです。


だが、当然、そうは思わない人もいるはずで。



じゃあアニメ業界ではどうか?



アニメの仕事でいえば、

結局 潰しがきいて、使い捨てにされてしまうのは、「アニメーター」だろう。

そして、一方で 志望する人が少なく、売り手市場なのが、「構成」とか「脚本」なのだろう。
(多分)



だがそれでもなお、
自分で「気持ちの良い線」「気持ちの良い動き」を生み出すこと、それを至上の喜びだと感じている人は、
絶対にアニメーターしかやりたくないはずだ。




いくら、アニメ業界内で、
「アニメーターは食えないよ~?」
「でも、構成とか脚本なら、あんまやる人いないから食うには困らないよ~?」

とか言われようが、
それでもアニメーターを目指したいものなのだろう。


それが「好きなことで飯を食う」ということではないかと思う。




で、その一方で、
単に人が少ないから、競争が少ないから、というだけのことで、
人気の無い構成とか脚本とかの仕事にしがみつこうとする人種も、いるのだろう。


で、そういう人は案外、才能がなくても、生き残れてしまうのだろう。


そういう人の中に、この、「高橋 ナツコ」という人も、いるのではないだろうか?


才能あるアニメーターが食えなくて苦しくて、
才能のない構成作家がのうのうと生きていけたりするのは、こういう構図からなのだろうなと、自分なんかは解釈する。



で、こういう人は、やっぱり反省はしないのだろう。
自分は引く手あまたの仕事をしている、求められている人材なのだと、思っているんじゃなかろうか。


・・・まぁそんな感じ。



よく、ネット上には、
「3DCGの趣味で、モデリングなんか誰にでも出来るんだよ! 
 そんなスキル、価値がねーんだよ」
みたいなことを言ってくる人がいる。


だが、そういう話も、究極的には「こういうこと」になってくるのではないだろうか?


そこを越えた、気持ちよさとか、
そこを越えてもやり続ける熱意とかが、あるんじゃないか?



「業界内の需要と供給」だけを目ざとく見極めて、自分の向き不向きを無視してやること選んで、
それで自分は仕事にありつけたとしても、
実はそれは、碌なことに繋がらないんじゃないのか?



・・・
これが、
「失職しない・反省しない構成作家」
また一種の「憎まれっ子世にはばかる」 について考えてて、見えてきたことです。


関連記事
[ 2018/01/17 18:23 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(3)
脚本家、構成作家が人気ないってわけではないと思いますけどね。
自分自身学生時代に、ドラマや映画の世界目指して、でもうだつの上がらない弱小劇団の脚本家をたくさん見てきましたし…

ただアニメーター以上に、才能のあるなしを見極めるのが難しい職種ではあるでしょうねぇ…
[ 2018/01/17 20:42 ] [ 編集 ]
自分は去年、封神再アニメ化をByNEETさんの記事で知り、
それ以外は特に情報を仕入れなかったので、
「経緯やキャラ説明等序盤をカットして漫画原作読んだよ勢に思いっきり照準絞ったアニメ」
になるのかなーなんて超勝手すぎる先入観を持っての視聴だったので、
ガッカリダイジェスト感は複雑極まりなく・・・
(自分は漫画全巻手放して久しく欠片ほどの記憶で語るにわかであり、文句を垂れる資格は
無いが連載当時は絵を描いたりして読んでいたからか、モヤモヤだけは面倒にも抱えてしまう)
自業自得のがっかり感だけど宮廷音楽家のはしょられ方が残念な感じで・・・
妲己三姉妹好きとしては貴人ちゃんと喜媚がただの置物になりそうで怖ひ・・・

太公望、妲己、聞仲をざっくりやった(聞仲は顔出しみたいなものだが)後で
次回の那託が丁寧に描写されてたら複雑倍率ドンだなぁとか
(というか序盤でキャラ単体話を他キャラ分もやるとするなら・・・仙界大戦の話数配分不安)
展開カットとはまた別にしても妲己ちゃんの腸咥えて恍惚シーンが
アニメはなんかこう、血生臭さが抜けちゃって(自分比)
「そんな余計なオサレ小綺麗さ要らんねん!」と思えて、
好きなシーンやってくれてありがとーみたいな気持ちになれなかったのが悲しかったり。
まだただの第一話だけなのに様々な小言が頭を過る中、今回の絶不評記事で
大分溜飲が下げられた気がします。

突然長々と失礼致しました。
ついでに久々にWILLでも聴いてきますw
[ 2018/01/18 01:44 ] [ 編集 ]
コメント返信

> いわし さん


> 自分自身学生時代に、ドラマや映画の世界目指して、でもうだつの上がらない弱小劇団の脚本家をたくさん見てきましたし…

なるほど、その辺は自分テキトー書きましたかね。



> ただアニメーター以上に、才能のあるなしを見極めるのが難しい職種ではあるでしょうねぇ…


どうもこの高橋という人は、手が早い、筆が早い、仕事が早い らしいです。 (いや、逆に筆が遅いという噂もあるんですが)

あと、条件があえば、いい作品も手がけてるっぽいです。
ただ、悪評のほうが多い感じですね。



「個人」の仕事ぶりに関しても、こんな風に出来の良し悪しが激しいとなると、
評価というものも難しいですねー。


まぁ、「ハズレ無し」の人が1番いいわけですが。




> かに さん


>自分は漫画全巻手放して久しく欠片ほどの記憶で語るにわかであり


そういや 今、ジャンプ+で原作漫画の封神演義が読めますよー。

https://shonenjumpplus.com/episode/10833519556325029889

40話以上無料配信とのこと。
まぁこれを機に?原作を読み直してもいいかと。 (余計にアニメにガッカリするかも)



>次回の那託が丁寧に描写されてたら複雑倍率ドンだなぁとか

二話のタイトルが「哪吒」まんま、だったので、自分もそれ考えてたんですが、
更に斜め上でしたね。 まさか余計に意味不明のアニメになっていくとは・・・



>大分溜飲が下げられた気がします。

それなら良かったです。



>ついでに久々にWILLでも聴いてきますw

ほんとその曲はよかったですからねー。

あと、今となると、「屍鬼」のアニメが神アニメだったような気がしてきますね。
屍鬼のOPEDも、どれも好きです。

[ 2018/01/20 13:57 ] [ 編集 ]
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