FC2ブログ

ニートが頑張るブログ

ニートが現実逃避するために創作活動など色々とカオスに頑張ってみる
ニートが頑張るブログ TOP  >  駄文 >  現代版 神曲

現代版 神曲


(この文章自体は、随分前にメモ帳に書いたままほったらかしにしてた奴です)




「現代版 神曲」というのを考えてしまう。


そういう話をやったら面白いのではないか、という、アイディアの提案話である。
自分では膨らませないので、これも「誰かやってくれ」系の話である。


(ところで、漫画のアシスタントしませんかという話も出たのだが、)
(自分にあってるのは実は、漫画のブレーンとかなんじゃないか、とか思ったりする。)
(だが、「ブレーン」というのは職業たりうるのだろうか?)
(漠然と、アイディアを出すだけの人 )

(スクリプトドクターが必要重要というのは分かるが)
 (この話はまぁいいや とにかく今は、過去のメモ帳を貼り付けたいだけ)




概要

現代人、
無宗教、無信仰の、極めて醒めた日本人が、「ダンテ」の代わりに、あの地獄めぐりをしたら、
地獄の各名所において、どんな感じのコメントをしていくか・・・というのを追っていく話。


そういうのをやったら面白いんじゃないかなーと思ったのだ。

そのワンアイデアを、ちょっとだけ膨らましかけていったのが、このメモである。



ダンテはいない。
でもヴィルギリウスは、そのまま案内人である。 

つまり大体 ヴィルと、日本人主人公の、地獄の二人旅である。

地獄の各名所を、ヴィルが説明する。
そこに、日本人主人公が、「ツッコミ」を入れていく。 これが定番の展開になる。


ベアトリーチェをどうするかは謎。

なぜならヒロインというのはこの話に 不要な気がするから。
なぜなら、この話、主人公は少女にするのが無難な気がするから。


過去の地獄、過去の宗教観、価値観、異文化を茶化しまくる、馬鹿にしまくる、否定しまくる、という展開になるので、
そういうのをいわゆる 髪ボサボサ系のラノベ系男主人公がやるのは、 不快すぎる。

なろう系無双主人公、
または、オリ主が、勝手に他の創作のキャラに説教していく、糞ださい二次創作SSみたいな、不快なことになるから。

それを回避するためには、主人公は、見た目だけは無害そうな少女にするのがセオリーだと思うが、(みーたん的な発想)
そのかわり、ヒロインとしてのベアトリーチェの位置付けがようわからんことになる。



そして、地獄の各スポットでやられている地獄の刑罰、地獄の種類、罪人、罪状、そういうの自体は、ダンテの神曲における地獄と同じものとする。

いや、現代風アレンジをやってもいいかもしれん。そこを考えていく。
罪人に、現代日本人(有名人)をぶっこむのはアリ。面白いはず。



辺獄
地獄
煉獄
そして天国へ至る。

そして最後は、神やキリストにすら、ツッコミを入れていく。
そんなことしてると、まさに地獄に落とされそうだが、そういう「脅し」すらも、完全論破してしまう。

・・・
そんな感じ

そういう「超バチあたりな、現代解釈の神曲」というのをやってみたら、面白い気がするのだ。

・・・

というわけで、ちょっと具体的に、各地獄の名所めぐりをやっていく。



 
現代版 ダンテ神曲



大体どんな感じのことを突っ込んで行くかという感触だけ見ていく。



主人公は現代日本人。

名前はどうするか

まぁ、有木 エリ (アリギエリ) (ダンテ・アリギエーリから)
とかだろう。

(蟻木、阿里木、有城・・・色々)

つまりエリちゃんである。




さて、その現代人のえりちゃんがどういう経緯で生きたまま地獄巡りをする流れにしようか。
(ダンテは、「黒き森」のなかで道に迷ってしまうのだが)

自分が今思いつくのは、ちょうどローガン・ポールがやったような行為だ。

つまり、えりちゃんはネタに飢えているユーチューバーであり、 
二匹目のドジョウを狙って、または炎上商法を狙って、 富士の樹海で自殺者の撮影をしようとしてたのだが、
道に迷い、本当に地獄に迷い込んでしまうという、そういう導入でいいんじゃなかろうか?


富士の樹海をさまよっていると、

犬とライオンと豹に襲われる。
が、別にえりちゃんはそれらが何を暗喩しているかわかりゃしない。

スルー。


で、なんやかんやあって、ヴィルギリウスに出会い、地獄めぐりをすることになる、と。
(ここが本当になんやかんやすぎる)


(そもそもなんでダンテは地獄めぐりをするのか?)
(ヴィルが導いたから)

(ヴィルはなんでダンテを導いたのか?)
(ベアトがそうしろって願ったから)

(じゃあなんでベアトはそんなことを考えたのか?)

(・・・突き詰めるとよーわからなくなってくる)
(でもそういうところを「おおおおおベアトリーチェええええええ」とか、金蔵みたいに絶叫している内に、なんか有耶無耶になってしまうのだ)


つまりそういうことだ。 なんとなくの有耶無耶の内に、勢いで押し切ってしまって、

とりあえず現代時日本人が地獄めぐりすることになりました、でいいと思うのだ。


地獄の入り口付近で
ハチの大群に刺されまくってる人たち。


神に仕えるのでも背くでもなく
唯自分だけ良ければいいと自堕落に人生を無駄に生きてきた者ども

ぶっちゃけ現代人って殆どここに当てはまると思うんですが大丈夫か?


◆第一圏 辺獄(リンボ)

別に罪人ではないが
洗礼を受けなかった人間がそこでたむろっている。

やはり日本人もここに当てはまる気がするのだが、
じゃあさっきのとの扱いの差が気になって仕方がない。

まずはそこをツッコむべきだろう。


地獄の裁判官ミノス


これがどうにも閻魔大王に重なって仕方がない。
で、閻魔大王といえば、自分は閻魔大王という存在にあったら逆にあらゆることを問い詰めてやりたくて仕方がないわけだ。

ここでいきなりピークがくる。 (いきなりピークなので、 これは最後の神との対話で後回しにしてもいい)


(ここで、1番長い部分があったのだが、 最後の神との対決の部分にカットアンドペーストしました)


それにしても、いきなりこんな理屈を展開しはじめるエリちゃんって何なんだよ?ってなってしまうので、
やっぱりこの話は、
地獄めぐりを延々とやって、最後にえりちゃんが悟った末での結論として、

やはりラストに神に叩きつける結論にしたほうがいいと思う。



そんでまぁえりちゃんは罪人ではないので別にミノスと張り合うことはないし。


地獄第二の谷
◆第二圏 愛欲者の地獄


次、地獄の暴風の中で、人間が吹き飛ばされている。


その中で
「パオロとフランチェスカ」の話がある。

兄、ジェンチオットというブサイクがいる。

フランチェスカと結婚したいが、顔にコンプレックスがある。

仕方ないので、弟のイケメン、パオロを身代わりにお見合いをする。

そのお見合いで、パオロとフランチェスカは恋に落ちてしまう。

で、婚約成立。

フランチェスカはジェンチオットと結婚することになってしまう。

パオロは兄を裏切れない。
フランチェスカも、決まってしまった結婚をやめられない。

しょうがないので、パオロとフランチェスカは不倫をすることになる。
バレる。

怒ったジュンチオットが、二人を殺してしまう。

そんでこの二人が地獄に堕ちて、地獄の暴風にさらされているらしい。

(ここ現代アレンジしてもいい)


なんなのこれはと思う。


・・・てかなんか、こういう話ってよくある気がする。

どこでよくあるのかというと、「心理クイズ」である。

この中の登場人物を、「罪が重い順に並べなさい」って感じの、心理クイズだ。




だから、えりちゃんの感想もまた、そういう風になってくるはず。


「よくある心理クイズみたーい」

「どう考えてもジュンチオットが1番悪いし」

「イケメン無罪 マジで」

「てかどうでもいい」

「「時代が悪い」の一言で済むんじゃね?」
「今ならどう考えても婚約破棄できるけど、それが出来ないのは時代のせいだよね?」

「つまり、地獄に堕ちるようなことじゃ全然なくね?」



ダンテの場合は、涙を流しながらこの二人の悲劇を見ていたが、
えりちゃんは全然なんとも思わんはず。


地獄第3の谷
◆第三圏 貪食者の地獄

ドロの中に蠢く人間、罪人を食べる三つ首の地獄の番犬、ケルベロス。

強欲だった人間がここに落とされてケルベロスに食い殺され、
死んだ後 泥になり、泥から再生したらまたケルベロスに食われる という地獄。


ちなみに、「大食が大罪」だというのはぶっちゃけ自分もそう思う。

この価値観は、しばらくは消滅しないはず。


あと、メシをいっぱい食っておいて「このままじゃ太っちゃーう」とか言って、エクササイズ、ダイエットする行為も、
自分に言わせれば広義の大食の罪と同じである。


それは食べ物を、カロリーを、資源を、エネルギーを、「分かち合うべき太陽光」を、他人の分まで奪い、
無駄に捨てている行為にほかならないからである。


だから、「私ダイエットしてます! こんなに運動してます! 痩せました!」 とかいうアピールをしているやつも、
実は自分に言わせれば七つの大罪のグラトニーと同じなのである。 

人間は、最初からガリガリであり、少食であり、 
そしてまた、食べたエネルギーは一切無駄な行為で発散すべきではないのである。

無駄に食うな、無駄に動くな、無駄に燃やすな!


本来の流れなら、地獄の価値観をボロクソに貶していく筈なのだが、
ぶっちゃけ、大食の罪だけは、よく分かってしまうのだ。


ほんとうに普遍的だと思う。

エネルギー、
生きる糧、

究極的には、地球に降り注ぐ太陽光を、如何に分け与えるか、
そのための効率化の話である。


そのエネルギー資源を、無駄に食うやつ、他人から奪うやつ、無駄に捨てるやつは、そのまま、
他人の命を捨ててるのと同じであり、それは罪である。


だから、大食というのはこの世でもっとも普遍的な罪だと自分は思うのだ。


この辺りをえりちゃんにどう言わせるか???


◆第四圏 貪欲者の地獄
第4の谷
金袋の地獄

地獄の坂を、金をパンパンに詰めた袋を転がしながら登ろうとしている亡者達。


ここで結構気になること。


このキャッシュレスの時代、もしも現代人で 金の亡者のような奴らが、この貪欲の地獄に落とされたら、
どうなるんだろうか?という疑問。

例えば今で言えば、てるみくらぶ社長とか、コインチェックの和田社長なんかは、ここ行きだろう。

(まんま和田社長を登場させてもいい気がする)


だがそこで、この社長らは金袋を転がすのだろうか?
そこんところが気になるのだ。

まさに仮想通貨、「物理的に存在しない金」の亡者だったのに、
地獄では、「硬貨を詰めた袋」を押していかなければならないのだろうか?


つまりこれは究極的な問い。

現実で価値観が変わった時、地獄の刑罰は変化するのか? という問題に繋がってくる。



もしもこの世から「硬貨」というモノが消滅し、
誰も「金」と言うモノを意識するときに あのコインの形状を連想できなくなったとき、
そのような時代の人間が地獄に堕ちても、 相変わらずこの地獄の刑は同じなのだろうか?


それは、奇妙な気がする。


今から数十年後はともかく、
数百年後になれば、貨幣という概念そのものが消滅しているだろう。

BIなんてことすら考える必要がなくなっているかもしれない。

基本給、太陽給、時間給
、そういうシステムに置き換わって、
人間は時間基準で「生きる保証」を与えられる、そういうシステムになっていくのではないか?

そういう時代の人間が、 (そういう時代の人間がどうやって「強欲の罪」を犯すのかは謎だが)
この地獄に堕ちたら、「硬貨」というものを全く知りもしないのに、
ここに来た途端に、硬貨を詰めた袋を押さないといけなくなるんだろうか????




だからこうなってくる、
「今の人間の価値観が変化した時、地獄の刑の内容も 変化するのだろうか?」


仮想通貨を転がして金を稼ぐことばかり考えていた人間は、地獄の坂でパソコンを転がさないといけないのだろうか?
それとも、ハードウェアウォレットを転がさないといけないのだろうか?


つまりこれも自作パラドックスだ。


審判の日まで、
数千年単位で、永久のような時間感覚で、地獄の刑は続く筈なのに、

その地獄の刑が、まるで現在の人間の価値観、倫理観によって、
数十年単位で変化、簡単に左右されるような気がするが、
それはおかしいような気もするし、
されないような気もする、 それはそれでおかしいような気がする。

どっちに転んでも、奇妙な感覚があるのだ。




とにかく、和田社長みたいな人種の人間が、この第四圏 貪欲者の地獄で、
ハードウェアウォレットをせっせと転がしている図を、ギュスターヴ・ドレ風に描く、 そういう絵が必要。


◆第五圏 憤怒者の地獄

まぁ 怒って不平不満で殴り合ってる者達の地獄

ここはあんまネタにするのが思いつかないんだよなぁ。


◆第六圏 異端者の地獄

異教徒が 暴かれた墓の中で永遠に燃やされている地獄である。


ある意味3回目な気がするんだが、
いや、一応、現代日本人というモノは、はっきりとここに当てはまるのだろう。


日本人は、この地獄行きでしょう。


だがその傲慢をね、はっきりとえりちゃんにボロクソに批判して欲しいところなんだよ。


キリスト教だけが正しい!
自分達の宗教こそ正しい!
異教徒は地獄行き!


この思い込みは何なんだよと。


この世に宗教が100あって、
それが地球上に散らばっていたとして、

正しい宗教が一つしかなくて、
そんでその全ての宗教が「異教徒は地獄行きじゃー」と脅すなら、

これは一体どういうことなの?

地球で、死後に地獄の責め苦に遭わずに済む人間が産まれてくるのは、1%の運ゲーということになる。


南の国に生まれ
生涯正しい教えに出会えず
その土地の教えを素直に信仰した者も
罪人なのだろうか? これほどの苦しみを受けねばならぬのか?


つまり、この地球は99%の人間を無駄に苦しませるための地獄のようなシステムってことになっている。
それでいいのか? という疑問だ。 この世界全体が地獄ではないか。
どう考えてもシステムそのものが間違ってるだろ、と。

(一応、キリスト教徒は33.4%らしい。 3分の2の人間は地獄行き



「自分達の教えだけが正しい!」
「異教徒は正さなければ!」


この傲慢が間違ってるんだ。

自分が映画「沈黙」を見たときも、こういう考えが湧き上がってしまって仕方が無かった。
自分はあの映画の中では、「井上様」に1番近い価値観の持ち主だと思う。

で、言わせてもらえば、全ての宗教は間違っていて、
この世に神もあの世も幽霊も地獄も、ないんだよ。


◆第七圏 暴力者の地獄

環がいっぱいある。

・第一の環 隣人に対する暴力
「憤怒者の地獄」となんか被ってないですか?というツッコミ



・第二の環 自己に対する暴力
自殺者の森

ここは結構広げられるし、広げるべきな気がする。

だいたいこの主人公のえりちゃん、 ユーチューバーとして、富士の樹海に撮影に来て、今こうしているんだから。
つまり、「自殺者」というものに興味関心を持たねばならない。

自殺者はこのように
枯れ木に変形させられて、
そこを通る動物や鳥に枝を折られるたびに激痛に苦しまなければいけないわけだけど。
どうなのよそれはと。


フェデリーコ二世とピエールの話
(これを現代アレンジしていい)

例え事件が「濡れ衣」であっても自殺者は
もはや木の根から身を離すことはできない。

おかしいだろがと!


「自殺」たって色々ある。


じゃあ、例えば ターミナルケアで、末期がんの患者が尊厳死を選んだとして、
それも自殺か?

その患者もこの地獄行きなのかと? えりちゃんはヴィルに問い詰めるべきなのである。


そしてこれもさっきのパラドックスと同様。

現実で尊厳死が認められだしたなら、昔の自殺者はどうなるのか?
現在の自殺者は無実でスルーなのか?

現実の価値観が変わると、その瞬間に地獄の量刑までもが変わるんか?という疑問に再び繋がる。


現実のローマ法王が、その場の思いつきでテキトーなことを認めたり認めなかったりしただけで、
あの世の法則が直ちに何故変わると言える??


・第三の環 神と自然と技術に対する暴力


不自然な快楽
ソドミー(男色)に耽った者たちに隕石が降り注ぐ地獄。

これも同様。

最近は、「LGBT」とかいうことがやたら言われるようになってきた。

ほんの数十年前まで「気色悪い」「こっそりやってろ」な扱いだった存在が、
今となっては、もはや「保護」「賞賛」「推奨」されるレベルになってきた。 

(賞賛しはじめたらおかしいでしょ 「不自然」は「不自然」なんだよ)
 (「自然界にホモがいるからホモは自然」という理屈はおかしいと自分は考える)
  (染色体異常は染色体異常)

(NHKが「妹の夫」を実写ドラマ化だってよ)
(数年前じゃ、NHKがホモドラマ放送なんて、考えられなかったでしょ?)

(でもそれが今じゃ「良識」「理解ある」「多様性を認めよう」「お利口さん」ということになっている)
(この反転は何か?) (人間の価値観とは一体・・・)


このように、
数十年単位で反転する価値観に合わせて、悠久の時間感覚の地獄の刑を適宜変えなきゃならないのか?

じゃあ、地獄は性差別者ってことか?

(こういうネタはサウスパークがやるべきな気がしてきたが、意外とまだやってないよなぁ)


ちなみに、なんでこういうことを言ってるかというと、
もう一回くらい揺り戻しで、「生理的に気持ち悪いモノは気持ち悪いんだよ!」って素直に言っていい、
という価値観が来るんじゃないか?と思ってるからです。


すぐに「差別だ!」「迫害だ!」「もっと公平に!」と騒ぐ連中自身が異常なこと、
そういう人間が、逆に世界を息苦しい場所にしていることは、皆、薄々感じているでしょう。
(男女共同便所を作れとか言う活動家)


「皆が異常だと薄々感じているモノ」が適宜 正されていくのが世の常なら、 

(例えば昔は「セクハラ」「モラハラ」なんて言葉は無かった)
(言葉ができたから、そういう問題を認識し、立ち向かえるようになった)

そういう異常な人間も、いつかは正されるはず。

まぁ既に「ポリコレ棒」「ソーシャルジャスティスウォリアー」などという言葉があるのは良いことです。

「差別ハラスメント」という言葉も、これから来るかもしれない。

(古い価値観の人に、それは差別です!っていって、肩身の狭い思いを不当にさせようという圧力も、)
(それすらもまた差別である、という考え)


◆第八圏 悪意者の地獄

「マルボルジェ」っていうと、エヴァ思い出すね!!


・第一の嚢 女衒
女を騙して売った罪。

これを曲解して、アイドルのプロデューサーとかもこの地獄にいかないだろうかとか、思ったりする。
秋元康とかこの地獄に堕ちたりしませんかね?


・第二の嚢 阿諛者
おべっかを使うやつはここに堕ちるらしい。 厳しすぎない?


・第三の嚢 沽聖者
聖職者のくせに金儲けばかり考えてたやつがここに堕ちる。

まぁ、日本の坊さんとかかなりここに来るんじゃないかな? 戒名 何十万だとか、そういうやつ。 生臭坊主。
正直ここはかなり皮肉れるネタだらけな筈。



・第四の嚢 魔術師
デタラメの占いで未来を占って、人心を惑わし 金を儲けてきた人間が、ここに堕ちる。

とにかく絶対に 細木数子をこの地獄に叩き落とすべし!

細木数子が、この第4のマルボルジェで、クビを180度拗じられている図を、ギュスターヴ・ドレ風の版画にするべきなんだ!


・第五の嚢 汚職者
汚職、賄賂、そういうやつが堕ちる地獄

まぁこれもネタに出来る有名人が多すぎですね。


・第六の嚢 偽善者
偽善者はこの地獄で金メッキの糞重いマントを着ての歩かないといけないらしい。

「偽善者」というのも難しいね。


・第七の嚢 盗賊
・第八の嚢 謀略者
・第九の嚢 離間者
・第十の嚢 詐欺師



盗賊も詐欺師も、同じようなことじゃないか?
謀略者も離間者も、同じようなことじゃないかと思ったりする。


(錬金術師とか偽金作りとかしてたやつがここなんだが)


もっと言えば、先の汚職者も、魔術師だって、全部広義で言えば「詐欺師で盗人」だと思う。
そして結局全ては、「強欲の罪」で統一できる気がするんだが、どうなんだろうか?

もうちょっとスリムにできなかったのか? 地獄よ。



第八圏
◆最下層の地獄、コキュートス


氷漬けの巨人族とかいるんだが、まぁネタにはならんかな。



ここで色々考える。



何故地獄は必要なのか?

何故人間はこれほどまでに罪を犯すのか。

何故兄弟同士殺し合うのか・・・。




第一の円は「肉親に対する裏切り」
旧約聖書のカインとアベルが由来らしいが、

そんなにカインが悪いのか?


究極的には、カインの供物を「黙って」受け取らなかった神がどう考えても悪い気がする。

カインは頑張って作物を作って捧げた
アベルは羊を殺して捧げた
神はアベルのしか受け取らなかった (流血が必要とかなんとか)
それでカインは嫉妬してしまった

一言言えばいいんだよ! 「作法が間違ってるよ」

神がコミュ障だったから、兄弟が殺し合うことになったんじゃねーかと。
神のコミュ障が悪い、 無知なカインは悪くない。 そういうことではないのか。


・・・そんなこんなでとうとうルシファーのとこまで来る。

で、なんかよじ登りアクションやってるといつのまにか地獄から出ていましたとさ。


でこっから煉獄篇 プルガトリオ


やることは七つの大罪についてまた考えていくことになる。


PPPPPPP

第一冠 高慢

第二冠 嫉妬

第三冠 憤怒

第四冠 怠惰

第五冠 貪欲

第六冠 暴食

第七冠 愛欲



この部分も、ある程度は今までの地獄の部分と被っている。

だからどうせなら別の話をしたいよなぁ。

これらの7つの大罪って、度を超えてなければ、むしろ人にとっては良いモチベーションになる要素ばかりなのだよなぁ。



・プライド

「自分には人より優れている才能がある!」と思うことって、そんなに悪くないことだろうし。
ダンテだって自分に詩才があると思ってるわけだ。
ダンテ自身、自分は死んだら「高慢の罪」でここに来るだろうなと思ってるワケだ。


・エンヴィー

これも同じこと。
他人を「羨ましい」と思うことが、自分を伸ばすキッカケになる


・スロース

「怠けたい」「楽をしたい」ということも、
実は改善改革、発明の元である。

大体の発明は、「もっと楽に同じことができないだろうか?」という考えから起きているはず。
(だからプログラマの3大美徳に、「怠惰」は入ってる)

そこんところを、怠けちゃだめだ! と愚直な努力を推奨することの方が、よっぽど罪なのではなかろうか。

エクセルでマクロ使って仕事を効率化しようとしたら上司から怒られた、みたいな話は定番だよなぁ)


・グリードもグラトニーもまぁ、経済活動のモチベになる。


・ラスト

「恋愛は情欲と同じなんだよ」、ということを、むしろはっきり言ってやったらどうなんだろうか?
そして、それは別に悪いことでもない。


産めよ増やせよと言っておいて、こんなのを罪に設定するのは勝手ではないか?

ただ単に、キリスト教が一夫多妻制ではないだけのことではないか?


・・・まぁそんな感じで

「七つの大罪」というのは全て、ひっくり返せば人間に必要な要素な気がしてくる。


じゃあ、それこそ、その罪で地獄に堕ちる人間と、その罪で煉獄にいる人間の違いってなんだよってことになる。
自分の罪に気づいていたか、悔い改める余地があるかどうかということなのだが、
そうなのか? やはり程度問題じゃないのか?とも思うのだ。

微妙なグラデーションな問題なのに、煉獄と地獄で両極端である。


あと、
もっと別な、
時代が変わっても変化しない、
普遍的に絶対的に邪悪な、
「本当の七つの大罪」というのを考えてみたくなる。


これも一つの更新ネタになる。
まぁいいや


そんなこんなで
ついに天国篇である。


月星天
水星天
金星天
太陽天
火星天
木星天
土星天
恒星天
原動天
至高天



まぁ「天動説」基準で並べてるのがまずツッコミどころなワケだけど、
どうなんだろうか。

天国界の十天、これが人間の科学的知識のアップデートに合わせて順番を変えていいのか、いけないのか、これもまた何度も言っている問題。



ここで特にムカつくのが火星天だ。

「信仰のために戦った魂がここにくる」とか抜かしてる。

じゃあISISで自爆テロした人たちもここに来るのかと問いたい。
当然、そんな奴らは地獄行きだと言うのだろう。

じゃあ何が違うのかと。



つまり天使たちはこう言ってるのだ

自分たちキリスト教は正義、聖戦。
他は邪教。

異教徒が戦争で死ねば地獄行き。 
だが自分たちは戦争しても火星天行き
、だと言っているのだ。 

なんと自分勝手なのか。 やっぱしジハードとかいってるイスラム過激派と同じじゃないかと。


まぁそんな感じで、穏やかな天国で、逆にどんどん怒りのボルテージを高めていく ということも出来るはず。


そしてついに
至高天で 神との対決である。


ここで、地獄の裁判官ミノスにも言いたかったことを、ぶちまけよう。



何を根拠に、どのような存在が、人間を裁くことができるというのか。


お前だって自分の人生にぶちこまれたら、自分と全く変わらない人生を送っていた筈だ。

例え神だろうが、閻魔大王だろうが、人間の肉体と人間の脳味噌の中に叩き落されたら、
「その人間と同じ行為」しか出来ないはずだ。

自分と寸分変わらない行為、罪とされる行為、罪とされない行為・・・をやってきた筈だ。

それで、死んだ後に裁かれるという。

「この全体のサイクル」に何の意味があるというのか、と。


人間は関数である。 代入された変数と、出力される戻り値があるだけ。 

それが、生まれ落ちた環境であり、持って生まれた肉体であり、遺伝子であり、頭脳である。
全て用意された初期値である。 決められた初期値を入力したら決められた値を出力する。 だから関数なのである。


「そのように動いた」それだけである。

ゆらぎなどというモノは一切ないはずだ。

あったとしても、その変化は、自分で選択できるようなものではなかった筈だ。
「人は自分の意志さえ 自由には出来ない」


故に、この世に「罪」などというものはない。


そして「罰」というものが必要だとしても、それは 現世での裁判、警察力・・・
つまり「同じ人間」「同じ条件で蠢いている物理現象としての人間同士」だからこそ裁けるワケだ。

だからこそ、閻魔大王だとか、神だとか、「人間を超越した存在」であればこそ、
絶対に人間を裁いたりは出来ないはずだ!!



(これも一種の自作パラドックスだなぁ)

(人間の全てのウソ、人間の全ての行為、罪を見通すことが出来る、超越した存だからこそ、正確に人間を裁けるはずだが、
 人間を超越している存在であるからこそ人間を裁いてはいけない)
(ウソすら見抜くことができない不完全な人間同士だからこそ、人間を裁くことが出来る、というパラドックス)

(つまり、人間は絶対に正しく裁かれることはない)



これが結論である筈だ。


・・・
で、これに反論しようとした際に出てくるのは、結局
「自由意志の有無」「自由に選択出来る能力」だとかいうことになってくる。 宗教でも哲学でもお決まりのパータンになっている。



「それではお前たち人間に自由意志がないではないか」
・・・とかなんとか、言ってくる。


生きている者たちは一切の原因を「天」にあると考える
万物が全てその影響で動くと思っている
もしそうだとすると諸君に判断の自由が無くなるではないか!?

天は世界の運動の初動を与えるが全ての運動に関与することはない
しかし人間には善悪の判断の理性の光が与えられているのだ


自由意志は本能と戦いながら初めは苦闘したとしても
やがて来たられあらゆる障害に打ち勝つはずだ
そうでなければ人が世に生まれる意味がない

もし今日の世界が道を誤っているのなら
その原因は諸君にあり諸君の中から探さなければならない

乱れは諸君の中にある!



・・・とかいう話だ。


自分は宗教特有のこういうはぐらかしが馬鹿のように思える。

やはり押し付け すり替え 責任転嫁のようにも思えるし、
「自由な判断」とは何なのかということになる。



自分に言わせれば、
究極的には、「他生物の肉を喰らわないと生きていけない」という、生物の構造そのものが邪悪であり、
そのような生物に生まれた時点で罪が発生するのは不可避のように思える。

それなのにそのような構造に生まれた側の生物のせいにするのかと。


「邪悪な生態をしている生物ランキング」って、結構作れると思う)
(これも一つのネタストックだなぁ)
(でも、その生物を責めているワケではないのだ)

(例えば、ユーカリの木とか、カッコウとか、希少糖をばらまく植物とか、結構邪悪)

(つまり、「利己的な生物」と、「利他的な生物」というのは、あらかじめ組み込まれて存在しているだけということが分かる)

(それなのに、お互いに助け合うアリとかアブラムシは天国行きで、 カッコウは邪悪だから地獄行きだったりするのか?)
(誰がそんなことを決められる? 神が? あんたがそう設計したことになってるのに?????)




(・・・各人間を、その行為で死後裁くというのは、そういうことではないのか?)

(「毒麦の例え」? アホか)
(ユーカリの木が邪悪だとして、 毒麦が邪悪だとして、)
(毒麦を存在させた存在が悪いだけでしょ )


で、話がズレた。

そもそも人間に自由意志があるのか?
そんなものは無い、という考えで自分はこう言っているのだから、相容れない。
永遠に水掛け論だ。 (自由意志って取り出して見せることできる?)

(あと哲学的ソンビ同様に、自由意志のある人間とない人間の区別だってつかないはずだ)

(だったら完全に理性的なNPCくらい混ぜておけと思う)


じゃあ、一万歩譲って、「人間には自由意志がある」と認めてやろう。

ではなんだ?

「人間には自由意志があるから罪を犯せます」と、シンプルに言えるわけだ。


じゃあこう言い返してやる。

「人間に自由意志を与えた上で罰しているのなら、そんなことをしている神が悪い」
「最初から与えなければいい」

「そんなことをするくらいなら、最初から罪を行えるように自由意志を与えた神が悪い」
「勝手に与え、勝手に罰しているだけだ」

「その構図の何が面白い?」
「そんなシムアースをやってて、面白いか?」 ((面白いんだろうなぁ))

「つまりこの世とは、神の娯楽や気まぐれのために、人間を罰している世界な訳だ」

「それこそが「地獄」じゃないか」
「もしも、この世が地獄のように思えるのなら、それは神の初期パラメータ設定が悪い!


「天は世界の運動の初動を与えるが・・・」と言っているのだから初期パラメータを責める説は絶対に否定できない)
(例えば、人間が今の二倍腹が減らない生物だったなら、今より犯罪は半分になっているだろう。 超雑に言って)
(つまりこれだけ世界が罪人で溢れているのは、人間にとって「こんなにも空腹が辛い!」という事実が、ひたすらに悪い)

ARKというゲームでは、腹の減り方とか喉の乾き方をプレイヤー自身が最初にいじれたりするぞ)


・・・
「このゲイのサディストが!!」


・・・
・・・という風に捻って返せば、「自由意志を与えた神そのもの」を、やはり糾弾することが出来る。
子供の罪は親の責任ってわけだ。(なんのこっちゃ)




仮に人間に自由意志があったとしても、
その人間が産まれる際に、「自由意志が欲しい」なんて自分から言ったか? 欲しいかどうかちゃんと訊いたか?


そんなの訊かれた覚えがないぞ? 
(「生まれる前に自由意志がほしいと確かに自分は答えた」 そういう記憶をもたせてない時点で、ダメだ)


言ってないのなら、記憶がないのなら、その人間には罪がない。


人間が生まれる前に「生まれたい」なんて言ったか? 質門したか?
生まれたくないって答えた子供を、ちゃんと堕胎させたか? (芥川龍之介の河童)

「生まれたくない」と答えた子供を堕胎させてこななかったということはだ、

生まれた後、一度でも「生まれてこなければよかった」と後悔した全ての人間には罪がないということになるし、
そのような人間が自殺をしたとしても、その自殺は完全に無罪である。



自由意志が欲しいと自ら生まれる前に望んだという記憶を持たない人間には、
神が罪を問えるような自由意志は、無いに等しいのです!!!
 (これ、我ながら物凄い証明だと思う。)



・・・
・・・というわけだ。


この理屈により、

人間には自由意志があろうが、なかろうが、
人間には罪がないということが言えてしまう。





キリスト教観的には、人間は最後の審判で裁かれるのだから、
「人間が人間を裁くべきではない」という価値観があるはず。

(人間同士による裁きなど、どのような間違いをするか分からないから、と)
(審判の日に、人間以上の存在が確かな裁きを行ってくれるのだから、と)


だがこのように考えると、それが完全に逆転するのだ。


人間を裁けるのは、あくまで人間だけである。
人間以上の存在だからこそ、人間を裁いてはいけないのだと。


もし、一億歩譲って、人間に罪があったとしても、
それを天上の神や地獄の裁判官が裁くことはできないのだ。


・・・という話である。


この完全なる護身
完全なる理論武装を、地獄の裁判官ミノス、閻魔大王とか に突きつけてやったら、
ソイツはなんと反論するだろうか?

「うっさい黙れ! そんなことを言うやつは地獄行きじゃ!!」
「お前の理屈は神への暴力じゃ! その罪は、どこどこ行きじゃ!」

「何の力があってお前は神を批判しようというのか? 神の御心のすべてを知らないというのに」
 
・・・みたいなことしか言えないだろう。


そしたら、自分に言わせりゃそれは、実質、神の敗北である。 地獄行きになったとしても、勝利は人間側にある。


まぁそんな感じで、

現代人がダンテのように地獄めぐりをし、

各場所でツッコミをしていき、

地獄とはなんぞや 罪とはなんぞや 罰とはなんぞや 信仰とはなんぞや
・・・
ということを考えていく。


自分勝手な思い込みなだけじゃないかと気づいていく。
そして最後は神すら糾弾、天国地獄というシステムそのものを論破してしまって終わり、というお話である。



こんな感じの漫画を、「永井豪版ダンテ神曲」みたいな感じで、誰か漫画化してくれ、みたいな話である。


勿論こんな行為は大問題であろう。



「ダンテの宇宙観を今日の宇宙観と比較して云々することは、実にナンセンスである」

という話がそのままある。


そう、
過去の地獄観・宗教観・価値観を捕まえて、現代人がどうこういって茶化すことは、全く無意味である、という批判が、真っ先に来るだろう。

時間を隔てたマウンティングとも言えよう。



だがやるのである。 これはやりたいのである。



これにはそもそも、
何度も言っている疑問、

「現代人の価値観の変化に合わせて、 地獄の刑罰というのは変化するのか?」

という究極の疑問が根っこにあるからだ。


最後の審判の日まで、 数千年単位で地獄の責め苦というのは続いているのだろう?

それなのに、人間界の数年で、価値観というのは簡単に反転する。


ほんの数十年前、お国のために命を捨てるのは美徳だっただろう。 
その価値観がもう完全に引っくりかえり、そのような考えは間違いだったといい始める。
(実写版「火垂るの墓」のドラマがクソだったのはこの点である)
(何故か、現代人の倫理観を持った女が現れて、説教を始めるのである ほんと最悪)


天国や地獄を信じている人間にこの部分のあやふやさを問い詰めてみたいのである。


そういう人間に限って、
本当に痛いところをつかれると、


「ま、まぁ地獄なんて人間の想念のモノだから」とか、そういう「あやふやなこと」を言い出すに決まっているのである。


じゃあ過去の人の刑罰はどうなるんだよと。


過去に罪人として死んでいった者が、今では聖人扱いになったりする。 (ジャンヌなんかが極端な例)
当事は英雄英霊として死んでいった人間が、今では戦犯になってたりする。


じゃあ、ローマ法王が撤回したら、 ローマ法王が謝罪したら、
その瞬間に地獄にいたジャンヌは、天国に瞬間移動したのかと、その辺のことをどう思っているのかと。


どの人間がどういう地獄に行ってるか、天国にいっているかが、
後の人間の価値観で常に変化していいのかと。


するととにかく見えてくるのは、
そんなものはない、ということだ。


永遠の地獄などない。


何故なら、未来人は、現代人の全ての「無明」をきっと許してくれるだろうからだ。


未来人が現代人を見つめる眼差しというのは、
現代人が原始人を見つめるのと、同じだろう。



原始人が、ウホウホで 腹減って兄弟殺しあってたって、
親子の原始人が親子だと気づくこともなく、頭蓋骨叩き割って殺し合ったとしても (筒井康隆 原始人)
「そらまぁそういう時代ならしょがなかったかもなぁ~」くらいのことしか考えない筈。

何故なら「当事はメシを調達するのも命がけで大変だっただろうしなぁ~」と考えるからだ。


原始人は、馬鹿だっただろうから、許されるのだ。



そう遠くない未来、

人間が「時間給」などで無条件で生きていくことがでるシステムが固まり、無条件でメシを食えるようになれば、
現代人が起こしているような、「突き詰めればメシ・金のためにの犯罪行為・詐欺行為」というモノは、ほぼ消滅していくだろう。

(最後まで残るのは、名誉欲のための犯罪くらいになるだろう)


そんな時代の未来人の視点であれば、
現代人がやっている犯罪行為なんて、

「まぁ、あの時代の人間が金のため、メシのために、それくらいのことをしたのは、当事は仕方なかったんじゃないかな?
 よくわかんないけど」

みたいな捉え方をするようになるだろう。



金のための犯罪、メシのための犯罪、
貪欲者の地獄なんて、考えられない。 そんな発想自体がありえなくなる。
だからこそ、赦す。 

そんなことをしなけれえばならなかったってことは、当事はしょうがなかっただろうなぁと、気にも留めない。

それが罪にも思われない時代が来るはず。


未来人からすれば、現代人はそれほどまでの無明に生きているように思えるだろうからだ。


じゃあ、異端者扱いだったジャンヌ・ダルクが地獄から天国行きになるように、
全ての現代人の罪もいつかは帳消しになるってことが考えられる。


・・・まぁグダグダ言ってるけど、馬鹿らしいよね。


真剣に考えれば考えるほど、あり得ないってことがはっきり分かってくるんだよ。


天国とか地獄とかを漠然と信じている人っていうのは、 まさに「漠然」としかこういう問題について考えてないから、
「まぁ、死後そういうこもあるんやろなぁ」って具合で、漠然と信じてるだけなんだ。 考えてないから。



・・・じゃあそんな風に「バチ」を消滅させてどういうことになるかということだけど、
てか段々話がズレてきてるけど、この辺の話については過去に宗教全否定の話で完全に決着つけてるからもう良いはず。



つまり、すべて不要だということが見えてくる。

天国や地獄や、バチ、宗教の概念を全てなくしても、人間はやっていける。

むしろそのほうがよっぽど良い。


そういう感覚に至れないだろうか?

関連記事
[ 2018/02/18 14:28 ] 駄文 | TB(0) | CM(2)
大変楽しい記事でした。そもそも日本人にはキリスト教的地獄に馴染みがないんで、仏教版でやるべきかもしれません。

きっと今時ほんまもんの聖職者でも天国や地獄を本気で信じてる人は少ないでしょうねぇ。
まあだからこそ、死後の世界とかお墓とかのシステムアップデートが必要だと思うんです。地獄2.0って感じで。
集団で、ある程度画一化された価値観で生きていくのが今の人類にとっての最適解である以上、やっぱすぐにはなくならないと思います。
[ 2018/02/20 06:54 ] [ 編集 ]
コメント返信
> いわし さん


> きっと今時ほんまもんの聖職者でも天国や地獄を本気で信じてる人は少ないでしょうねぇ。


海外ではどうなんでしょうねぇ。
なんだかんだでアメリカ人が末恐ろしいのはこの辺だと思うんです。

生物の授業を捻じ曲げて来ますからねー。


「地獄2.0」面白いですね。
本当に地獄の内容をアップデートしてしまうという。

これ、ある意味、「自作宗教」として、凄くいいネタかもしれません。


より良く、正しく、
子供に良い影響を与えるための 「バチ」「地獄」を考え直そう、作り直そう、とは。


[ 2018/02/20 20:06 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

月別カレンダー
08 ≪│2018/09│≫ 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -