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「ぼくらの」について延々と語る



(この文章もだいぶ前に書いたやつをようやく編集できた)

「ぼくらの オルタナティブ」という小説を読んだのです 今さら。
で 傑作だと思った、今さら。 

これについて語ってもいいとは思うけど、
ちょっと別の話になると思う。

ぼくらのオルタナティブはなんだろう まぁ
「まさにオルタナティブ」って感じだった。 なんだそれ。

要は別のキャラ構成でぼくらのの勝ち抜き戦をやっていくのだ。
ちょっと違ってて、ちょっとだけ同じ。
それがスッゴイ面白いんです。

(とくに自分はコダマの精神的成長に痺れた)
(これだけについて延々と語れる気がする)

(つまり、「ぼくらの」とは、死に直面した際の、人間の、「態度価値」についての作品なのだ)



でも今回自分がやりたいのは ぼくらの世界の「ルール」とか、そこから派生する話だったりする。



 

ぼくらのには非常に過酷なルールがある。

でも、いくつかの裏ルールみたいなのもある気がする。

そして、ルールとルールが矛盾しそうなところも見え隠れしないでもない。
これは漫画版でもちょっとは気になってたところである。



例えば、原作漫画でのキリエ戦。

キリエ戦でわかることは、 
パイロットが戦闘中に「自分をコックピット外に移動させてくれ」と希望した場合、
案外コエムシはその要望を聞いてやれる、ということである。

つまり、「戦闘が始まったらパイロットはコックピット内に絶対にいなければならない」などというルールは実はないし、
無視できるのである。

(これは小説版のキリエ編でも確認できたことである。 またそのアレンジがいい)



またウシロの戦闘時、
敵パイロット、というか敵のコエムシが、ブラフをしかけてくる。

ウシロが気になって、敵のコクピットをこじあけてしまう。
そこから、敵パイロットがアウェイ世界に逃亡、という流れである。


じゃあここで思ってしまう。

なら、負けそうになったら、「そうやって逃げたらいいんじゃないのか」と。



だがここで、微妙なルールが追加される。
負けてる側のパイロットは、コックピット内に「拘束」されるらしいのだ。
(これはコエムシが言っている)


でもこれはすごく微妙な問題だ。
「勝ち負け」ってなんだよ、と。

勝敗なんてのはギリギリまで決まってないじゃないか。それこそ、決着がつくまで。
負けてる、勝ってる、押してるなんてのは、誰が見て、決めてるんだ?と。


例えば、原作のことを考えてみよう。

原作のモジの戦闘。 ゴンタ戦。
万力のような敵に締め付けられ、もうあとは潰されるだけ、となった。

そこで自ら頭部~コックピットを切り離し、敵の上手をとり、ギリギリ勝利したのだ。
どっちが勝ってる負けてる、どっちのパイロットが拘束される、とか、決められるだろうか。

というかモジのように自分で自分のぬいぐるみを壊せばいい。
負けてる最中に、コックピットに自分で傷をつけて、外の空間と「繋げる」。
そしてそこから逃げ出したらどうなんだと。


まぁそういう
「ルールの穴」というか、そこすり抜けるのどうなってるの?といいうのを延々考えていると
なんか見えてくる戦法というのもある。


たとえば原作コモ戦や、小説版のコモ戦。
敵コックピット内に侵入して、パイロットを直接攻撃しようというぬいぐるみもいる。

じゃあ、
そういうタイプの敵に侵入されそうになったら、すぐにパイロットを外に逃がしたらいいんじゃないか?とか思ってしまう。
ダメだろうか。ダメだろうな。


どうでもいい話した。


もっとメインの話は別なのだ。


この、ぼくらの世界というのは、何をやっているのだろうか?


最終的には、やはり、基本、このヌイグルミバトルにおいて、「強い世界」ばかりが残っていくのだと思う。


その行き着く果てとはなんだろうか、とか考えてしまう。



こんな過酷なルールの中で、勝っていける世界、

それなりにヌイグルミが強いとか、

世界全体とパイロット達の連携が上手く取れてるとか、

物凄い卑怯な戦法をとるとか、

そういうのが求められてくる。

そういうのの極まった先、究極とはなんだろうか?


そんなことを考えたりする。


ここで、
ぼくらののルールにおいて「一番疑問が残る部分」の話をしてみる。


それは、最後まで勝ち残った世界だけが
引き継ぎ戦、チュートリアルをやることができる
、という点。


約14勝、全勝する世界、というのは、
どれくらいの率で発生すると思うだろうか。

15分の一? いやいやそんな訳はない。

15ずつの組で世界を固めて、「リーグ戦」をしたとして、
全勝なんてまず起きるわけがない。 (てか負けたら死ぬのにリーグ戦て)

全連勝する世界を確実に発生させられる戦いの決め方としては、
トーナメント方式があるけど、
その場合、全勝する世界というのは
2の14乘の一の世界だけだ。

16384の1である。

どれほどか細い道か、どれほど多く世界の世界の剪定が必要か、ということがよくわかる。



だが、どうも、この世界はトーナメント形式でもないはずなのだ。

「敵の光点」の数が、こちら側の数とあまりにも無関係であることを考えると、

今生き残ってる世界同士をテキトーに合わせて、その場その場で潰しあってる、
というのが実態のように見える。

すると、トーナメント形式以上に
イレギュラー、ばらつき、不安定に
全勝世界は発生しずらいということが想像できる。
(そもそもこのぼくらの世界のルールでは、時間切れで両方負けだってありうる)


それほどまでに。
このぼくらのルールでの平行世界の潰しあいというのは
勝ち残りにくいのだ。



となってくると、
そんな、万分の一のような世界にしかチュートリアルができない。
引き継ぎ戦ができないというのは
あまりにもおかしいのではないか。


元々
15の世界では、みなチュートリアルの説明をされ戦っている。
15の世界ですべて、引き継ぎの結果、ぬいぐるみを渡され、戦っている。

でも、勝てるのは 万分の一。
次のチュートリアルを引き継げるのは、万分の1。

おかしい。

どうやっても尻すぼみにしかならなそうだ。
どう考えてもココペリ役が足りない。



だが
逆に考えれば、万分の1しか平行世界を残すつもりがないほど
世界の剪定を進めなければならない、そんな宇宙の構造というのを
考えれた場合、これはもう、最終的に殆どすべての平行世界で
このヌイグルミバトルをやることになる、
とか考えてもいいのではないか?


そして、そんなにも世界のキャパシティ?のようなモノがカツカツだというのなら、
いずれ、
一度勝ちのこった世界でも、再びヌイグルミバトルが
発生する
というのは、大いにに起こりうるようなことのように思えるのだ。


自分はこれについて考えていきたいのだ。


そのような世界ではどのようなことが起こるか?
ということである、

一度勝ち残ったような世界である。


世界全体が、

ヌイグルミについて、
敵について、
自分達がどうして生き残れたかについて、
完全に知り尽くしているような世界が多いのではないか。

敵はなにをしてくるか、
自分達はどう備えるべきか、
アウェイで、ホームで、どんな戦法が有効か、
約14戦分のノウハウの蓄積がある。

そのような世界は、きっと、またありえるかもしれない次の勝ち抜き戦に、
世界全体をかけて、備える筈だ。




そのような世界はどれほどつよいか。



つまりこれは、「バトル・ロワイアル」でいうところの、川田である。






(一度勝ち残ったようなメチャクチャ強い奴が、何故かもう一度バトルに選ばれてしまう
(これがいいのだ)
 ((そもそもこのようなデスゲームモノの全ての根っこが、バトロワだろう))



そういうやつら同士の戦闘とは、
どこまで行ってしまうのか???

そういうことについて、いっぺん
考えてみたいのだ


まず、
そのような世界は、その世界の住民ごと、だいたいの事情を理解しているだろう。

するとどうなるか。

たとえば、コエムシ役は、子供達を選ぶのに特に困らない気がする。
こっそり、子供がいっぱい集まるようなところで騙して契約、みたいな手間を取る必要はないのだ。



世界全体が仕組みを考えるだろう。

対ヌイグルミ戦のための、子供を養成する学校、みたいなのを作るだろうし、
そこで志願者を募り、メンタルトレーニングをし、
戦闘での立ち回りを教育しまくる。

子供の戦闘を補佐するための仕組みも、万全を期して用意するだろう。



「なるべく若い子供がパイロットのほうが強い」という裏ルールもある。
それに気づけば、幼少期からの子供の訓練は確実に始める筈。

そして、そういう志願兵の精鋭部隊の子供を100人ほど、
世界が、コエムシに自分から提供するようになる。



一度にマガジンに、100人装填される。
そうすれば、子供達にしたって、当たる確率は100分の14だとかになり、気が楽だ。
万一当たったとしても、そこは既に覚悟完了した子供である。



ちなみに、原作の コエムシ、ココペリの世界では、
バカが一度に子供を大勢契約しすぎたせいで、争いが発生したらしい。
(それでコエムシもココペリも、顔に怪我をしているらしいのだが)

考えようによっては、このように大量に契約するのは、やはり、アリなはずだ。

むしろ、普通その方がいいだろう。


そら、14人しか契約しなけりゃ、そりゃ、そこにいる仲間は「全員いずれ死ぬ」という点で、
一蓮托生感がでて、団結できるかもしれない。
その中に、「契約していない裏切り者」が一人とか混じると、ギスギスするかもしれない。

だが、
死なないかも知れない人間というのを90人クラスで
紛れ込ませてしまえば、逆にギスギスとかもうないだろう。


・・・
で、パイロットは小学生くらい。

それも英才教育されたようなのの中から選ばれる。、

だからすごく強い。 (原作のカナが強いように)

小学生として色々足りない部分は、同乗した大人の軍人達が補佐する。

これで問題なく、くっそ強いはずであある。

それでももし
土壇場で泣き出したり
イレギュラーなことが起きて戦えなくなったら、
その場で射殺して、
パイロットの「交換」を迅速に行う。

そんなことも躊躇せずやれる世界こそがクソ強い筈である。


パイロット回り「以外」でも
限界まで連携が強まった世界
といいうのはきっと凄いことになるはず。


たとえば、コエムシと軍隊の連携


小説版のマリア戦、(大鷲戦)でわかることだが、
実は、コエムシはアウェイの場合でも、ホームの世界から
「後からいくらでも」モノを転送して持ってきていいらしい
のだ。


それで、あの大鷲戦の、「ケンネル星人」のような敵は、
自分のホームから、カビミサイルの発射装置を少しずつ分解して持ってきて、
こちらの世界で組み立てたわけである。



では、そんな風にアウェイ世界でも転送量に限界がないことを
知ることで、どう戦略が変わるか?


勿論コックピット内に収まる大きさのものしか一度には運べないけど、
たとえば、戦闘機なんかは持ってき放題なのだ。 実は。

すると、原作のカナ戦なんかで、
「田中さんが無駄死にだった」ことが、わかってしまう。



「最初にアウェイ世界に飛ぶ際、
あらかじめコックピットに入れておいた1機しか運べないんじゃないか」

という思い込みが、田中さんを死なせたようなモノである。

本当はもっといっぱい戦闘機運べるのである。

つまり、ホームだろうが
アウェイだろうが、自国軍隊による連携、支援というのは、やろうと思えばやれる筈。


戦闘機による支援。


ヌイグルミ戦において、そんなものが何の役にたつだろうと
思うかもしれない。

せいぜい、カナ戦のときの敵地球人のように
「煙幕」を張るくらいか?と。

いやそうではない。

これも小説版で可能性が示唆されていたこと。

ヌイグルミはヌイグルミでしか傷付けることができない。
現行兵器じゃ完全に無力である。

なら
逆に考えれば、「ヌイグルミの破片」をつかえば、
現行兵器でもヌイグルミを傷つけることは可能なのではないか
と、その可能性が考察されている。



すると、究極的に強まった戦法はこうである。

まず、
戦闘が始まったら、
とにかく戦闘機をホームから転送しまくる。

そして、ヌイグルミは、できるだけ体の装甲を「自切」する。

(早い段階で自切しておけば、ぬいぐるみには再生能力があるので、特に問題ない)
(つまり、問題なく「弾」を入手できる戦法である)

そして、
弾頭にその「ヌイグルミの破片」を装着したミサイルを用意する。
そのミサイルを装填する。


敵のヌイグルミを、そんなミサイルを装備した戦闘機で囲んで、叩いてボコる。


敵は、この波状攻撃に耐えられず、
ズタボロになって、身ぐるみ剥がれる。

そんでコア露出。 そのまま、戦闘機戦だけで勝ててしまう可能性もある
・・・
という感じである。



・・・・
・・・・
まぁそんな感じ。



これまでのぼくらの世界の
結局は「ロボット同士でインファイトで殴り合うような戦い方」とは一線を画す、

凄まじいほどのズルさ、
凄まじいほどの圧倒的勝利となる。


一度、ヌイグルミバトルでの完全勝ち抜きを体験した世界なら、
こういう戦法にたどり着くことにも、そんなに時間はかからないのではないか?


で、そっから先は、
「お互いに」このようなことをやり始めたとしたら、
そのような世界の潰しあいというのはどのようなものだろうか、ということではある。


つまりこれは、

全員が川田とか桐山みたいなオールスターのバトル・ロワイアルとは、
どのようなものになるのだろうか、ということである。



恐ろしい。




そのような、

究極に強まった世界と究極に強まった世界同士の
本気の戦いの行き着くはて、

卑怯の限界とは、
ズルの限界とは、
電撃戦の限界とは、
物量戦の限界とは、



ルール解釈を逆手にとって展開される
限界まで姑息な、勝ちしか考えないムーブというのは
どのようなところまでいくのか というのは、見てみたい。


卑怯さの限界。
こざかしさの限界。
ブラフの限界。
喧嘩商売の十兵衛みたいな戦い。


そういう
ぼくらのの派生物語とかがあってもいいんじゃないかとかおもった。


そのようなものから考えれば、

原作ぼくらのですら、
まだまだ、
素人と素人同士の戦い。
「わからん殺しがお互いに通用する程度の戦い」だったということになるまいか。



どんなんだろうね。

お互いにパイロットが
小学生とかなのでめちゃ強い。

事前のブリーフィング、
イメージトレーニングも十分、
英才教育しているので
動きも無駄がない。


お互いに戦闘機による支援をやろうとするのは当然。
ヌイグルミ破片ミサイルとかを全力で作り出そうとしてくる。

だから、逆にお互いに「それ」を潰そうとしてくる。


で、一周して、結局普通にとっくみあいが始まるのだろうか?


で、どっちかが負けそうになる。


負けそうになってどうするか?

コックピット内で、 補佐する大人の軍人が、
子供パイロットをその場で殺害して、パイロットを「交換」しようとする?
いやそれfでは根本的解決にならない。
(「交換」は、それ以前にパイロットが戦闘放棄しようとした時しか起こらないと思う)



だから、負けそうになると、
すぐにパイロットを「逃がしにかかる」という動きになるはず。


負けてる側はパイロットをワープできない?
コックピット内に拘束される?
(この話を最初にしたわけだが)


なら最初から、自分のコックピットに
ちょっとだけ穴を開けておくようにしておく、というのも
当然の戦略に入ってくるだろう。

そうすれば 負けそうになったとき、
原作ウシロ戦のときのように、敵に変なブラフをかまして
コックピットを開けてもらう なんてこともしなくてよくなる。


負けそうになったら、
すぐに逃げる。

逃げて、また機会を待つとか、
ヌイグルミの自動修復を待ったりすることができる。

例えばだ、原作ウシロ戦では、
「全てのアウェイの地球人を殺せばいい」という天才的アイディアに気づけたけど、
でも本当は、敵がそれをやりはじめたら、今度はまたすーぐにヌイグルミの中に戻ればいいのだ。
それで戦闘再開である。
 (もちろんあの時の場合は、彼らは自分たちの地球人を全滅させて欲しかったからそんなことする必要がない)


うわーずるい!


なんかこう、ひたすらクリンチに逃げまくるボクサーみたいだ。



では、
「そこをさらに潰そうとしてくる戦略」も、でてくる。


コックピットに事前にちょっとだけ
穴をあけておこうとするような敵の周辺には、
致命的な毒ガスを散布するとか。

絶対に外の空気は吸えないようにしとく とか。



敵世界のパイロットをが、
自分達のホーム世界に逃げた場合、

そのような人物を速攻で特定するための
システムくらい、全力で 世界をあげて開発するべきではないだろうか?



あとまたこれは別に思ったこと。

原作のコモ編・ウシロ編のように
敵のパイロットが逃げて、このままでは両方の世界の地球が消滅、というときになった際、
それ以外の者たちはどうするべきなのだろうか?


自分の考えとしては、
まずそれを仕掛けた側のぬいぐるみ陣営は、ぬいぐるみのコアの中で、
待っておけばいいんじゃないかと思うのだ。


もしも対策が完全にないということになったら、
一つのことに気づくはず。


本当にやるべきことは、逃げたパイロット探しではない。

ホームの世界に敵性地球人が逃げられたら、本当は手の打ちようなどない
(原作コモ編では、本当に「運」でなんとかなったようなものである)
 (さらに、コモのピアノが下手だったら終わっていたという点でも、運)


このままでは200億人の人間が死ぬ


自分たちがなんとかして逃げたパイロットを見つけ出せば100億で済む。
だがそれは不可能だ。



でも、もう一つだけ、100億人の人間を救う方法があるのである。



それが、パイロット自らが
放置した敵のコクピットの中に赴いていって、そこに待機している敵性地球人に、
殺してもらう
という方法である。



「なぜ、そんな逃げた卑怯者の地球のためにわざわざ自殺をしなきゃならないのか???」と驚くだろうか?


でも、自分としてはこの方法は、結構、功利主義的に正しいと思うのだ。



パイロットが逃げたのは、そのパイロット個人の人格の問題だとする。

残った奴らには、どうしようもない。 責めようもない。

勿論、それに従った敵チームのコエムシには、責任がある。
だがコエムシ役なんて、殺すことも責めることもできない。 やはりどうしようもない。

そして、その敵性地球人の裏にいる、100億人の人達、 彼らも、何の罪も責任も無いはずではある。



では、どうするか?


このまま、逃げた卑怯者と張り合って、200億人をむざむざ死なせるか、

それとも、自分の死、自分たちの地球の敗北の代わりに、100億人をせめて生き残らせるか

って言ったら、一応は後者のほうが正しいはずだ。



・・・
そのことに相手パイロット側が気づくまで、
敵性地球人たちは、放置されたぬいぐるみの中で、待っていればいい。

(負けてる側が自分でこれを提案するのは、流石にセコすぎる)
(そこで心象が最悪になる)
(だから、穴の空いたコックピットの中で、じっと待っているのが、正しいのだ)


この考えに至れば、パイロットは敵ぬいぐるみの中に行くしか無い。


相手地球人によるパイロット殺害だけが、このゲームの、勝利条件だからである。



100億を救うために、自ら負けてる相手に殺されにいく話。


・・・わりと、こういう展開だって考えられる。


まぁそんな感じ。

お互いにズルを尽くそうとしたらどうなるか?
どういう最悪なドロドロが発生するか?
という点だけで考えても、ぼくらのの1戦闘のプロットとか、割りといくらでも思いつくのだ。


まさに
ぼくらの オルタナティブ



ぼくらのというコンテンツは、こんな風に、実はいくらでも展開できたんじゃないかとすら思うのだ。



なんなら、ぼくらの は、ハリウッド映画化されようが、映画化されようが、
さほど問題無いように思う。
「完全に別の平行世界での出来事」として、新規ストーリーをやればいいからだ。


そういう意味では、アニメのぼくらのだって、中途半端な原作レイプをするくらいなら、
完全に別の話をやったほうがよかったんじゃないかと思うほどだ。


まぁそういうことですよ。

ぼくらのという作品には、「無限の可能性」がある気がするんです。

あのすんばらしい小説版を読んで、自分は、今更ながらそんな風なことを痛感した。
 (あと当たり前だけど、原作漫画ぼくらのも傑作なのだぞ)
 (ただの悪趣味な漫画だと思ってないか???)



そんな傑作コンテンツ、

無限に派生作品を生み出しても問題ないような仕組み。

無限に終わらないコンテンツ。

そういう存在になりえたのに、
結局は、ショボいアニメ化だけで忘れ去られているのが、ぼくらのな気がする。



(ちなみにこれ、「うみねこ」も似たような所があると思う)

(うみねこの中にある、「ボトルメール」「偽書の執筆」という概念とか、)
黄金の真実に至った者は自らGMになって物語を紡げるようになるだとか、そういう概念)

(あれによって、うみねこの派生作品、派生した推理短編モノ)
うみねこの登場人物と、シチュエーションを使った、ウミガメのスープのような水平思考ゲーム・・・)
(そういうモノが無限に、ファンによって執筆され増殖する、ということだって、考えられた)



なんとかならんだろうか。
皆、傑作を見落としているんだよ。


傑作がそこにあるのに、コンテンツ不足だとか原作不足だとか言ってる。
どういうことだ。
誰かぼくらのを再アニメ化しろ。




・・・とか思いつつ、
今自分は ジアースのモデリングをしているのです。





あー原作ぼくらのの話がしたい。

てかオルタナティブの話もしてない。

あとうみねこの話しもしたい。


関連記事
[ 2018/04/29 13:51 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(7)
こうして色々考えるとアウェイ戦メチャクチャ有利ですね。
パイロット以外の協力の有無を問わず、
レーザー持ちなら、相手のヌイグルミを無視して地球を真っ二つ(カンジ編やウシロ編の描写的にその気になれば簡単にできるはず)にしてしまえば戦闘の意味を無くせてしまいます。
[ 2018/04/29 20:25 ] [ 編集 ]
そういえば新型Ipadがタッチペン対応になりました。
goodnote4ってソフト入れたら手書き文字をテキストデータ化できるので
いつかの寝ながら文章打つのに便利なタブレットになったかもしれませんよ
[ 2018/05/01 05:22 ] [ 編集 ]
コメント返信

> 灰田 さん


> レーザー持ちなら、相手のヌイグルミを無視して地球を真っ二つ(カンジ編やウシロ編の描写的にその気になれば簡単にできるはず)にしてしまえば戦闘の意味を無くせてしまいます。

ヤバイですよね。

てかあのレーザーってどうなってるんでしょうね。

「質量兵器」だとは言われていますが、どういうことなのだろう???


間にある地球の物質なんか無視できるレベルで強力らしいけど、
じゃあそんな物で、ホームの地球で、日本からハワイまで貫通しちゃったわけだけど、
あれは大丈夫だったのでしょうかね?w

マグマとかプレートとかそういうの大丈夫だったんでしょうか。


それとも、
本当に貫通しちゃうような感じなのか?


地球真っ二つが可能かどうかは謎ですが、

相手の地球をぶっ壊しまくって、相手のモチベごと破壊する、という
動きをしてくる敵は出てきますよね。

(まぁドラムなんかがそれだったのかなと思いますが、今思うとドラムは小規模な敵だったように思えますねw)




とにかく本当にアウェイが有利です。


ホーム・アウェイの選ばれる基準とか確率も謎ですよね。

ぼくらの原作では、7割くらいがホームでした。
普通に考えると5割になるのが公平な気がします。



[ 2018/05/04 13:40 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無し さん


> そういえば新型Ipadがタッチペン対応になりました。

ほうそうですか。

> goodnote4ってソフト入れたら手書き文字をテキストデータ化できるので
> いつかの寝ながら文章打つのに便利なタブレットになったかもしれませんよ


ところで、結局最近は、kindlefireにATOK入れて、
それで普通に指で入力しているのですよね。
結局キーボードもあまり使わなくなってしまいました。

そういうのより手書きで早く文章を書ける気は、しませんね。
手書きはおそそうです。

一番はやいのは何なんでしょうねー。



まぁ自分としては、どこでも絵がかけたら良いなぁという感覚なので
その点はIpadは気になっています。


[ 2018/05/04 13:48 ] [ 編集 ]
レス記事書きました
レス記事書いたので、よければごらんください
https://ch.nicovideo.jp/ampersand/blomaga/ar1464055
[ 2019/05/10 08:56 ] [ 編集 ]
Re: レス記事書きました
> アンパサンド さん

> レス記事書いたので、よければごらんください
> https://ch.nicovideo.jp/ampersand/blomaga/ar1464055


どもですー。読みました。 レス記事、こんなのがあるのですね。
(なんというか、トラックバック(死語)という文化が昔ありましたが)


まぁとにかく、本当ホームは辛いなぁということですねw



あとは、やっぱぬいぐるみ自体の能力差。
とにかく移動能力に優れているぬいぐるみが有利です。


ジャベリンにせよ、大鷲にせよ、初手でまず距離を取って、そっから自分の有利に組み立てられる。

時間を稼ぎつつ、核発射ミサイルを組み立てたりできる。

アウェイの地球を荒らすにしても、まずは初手で逃げられるぬいぐるみの性能が欲しいなぁと。




あと、月で戦うってのは、出来るのでしょうかね。

(そもそもどこで戦いが始まるんだっけ?)

自分側がホームであるとして、
パイロットがいる街の近くにぬいぐるみがワープされていました。 

(それはコエムシが決めれたんだっけ?)
(どちらのコエムシが?と考え出すと、やっぱこの辺も、語られてないルールがありそうです)


それ以外の時のワープ自体は、コエムシの管轄でどこにでもやれるような感じはありました。 (海の中だしたり)
だから月でやるってのも、やろうと思えばありなのかなぁと。



つくづく。
コエムシに与えられた能力がどの程度なのかってのは、結構謎ですよね。
だからその辺も、後付設定で膨らませられるのなら、やっぱぼくらのの派生話はいくらでも出来るよなぁって思います。


[ 2019/05/17 21:31 ] [ 編集 ]
劇場版ぼくらの
初めまして。福井市在住の王島将春(おうしままさはる)と言います。間もなく、エゼキエル書38章に書かれている通り、ロシア・トルコ・イランがイスラエルを攻撃します。そして、マタイの福音書24章に書かれている通り、世界中からクリスチャンが消えます。その前に、キリストに悔い改めてください。

管理人様が悔い改めたら、「ぼくらの」の作者・鬼頭莫宏さんに、キリストを伝えてください。鬼頭さんには、ぼくらのを劇場版アニメで全国上映できるように業界に働き掛けてほしいとも伝えてほしいです。原作やアニメ版とは違う、劇場版のオリジナルストーリーで。

ぼくらのの設定は教会(=クリスチャン)の人生と似ているところがあります。クリスチャンというのは地上の人生の最期の瞬間まで、神の御心を行うために生かされる存在です。この終末期に限って言えば、教会全員にとっての最期の瞬間として、教会の携挙(Rapture of the Church)が迫っているわけです。原作の描写であれ、アニメの描写であれ、パイロットが戦闘後にコエムシによって消えるシーンがありますよね。管理人様もいつか理解する日が来ると思いますが、あのシーンは、教会の携挙と重なるシーンです。教会の携挙と重なるだけでなく、獣の刻印の試練(666)によってキリストにあって処刑されるクリスチャンとも重なりました。とにかく、この漫画は、キリスト教的で、設定も残酷ですが秀逸だと思います。このまま過去の遺産として埋もれていくのが勿体ないと思う作品です。

そのように思ったので、劇場版アニメを作ることが面白いのではないかと思いました。原作を忠実に再現するのではなく、キリスト教をベースとしたオリジナルストーリーで書ければ、視聴者をキリストに近づけたり、励ましたりすることができるのではないかと思いました。

返信不要です。私は通りすがりで、再びこのブログを訪れることはないと思います。読んでくださり、ありがとうございました。ただ私のコメントだけは、私の思いが実現する・しないに関わらず、記憶に刻んでほしいと思います。最後に、私達からの心からのお願いです。

イエス・キリストのみが唯一の道であり、唯一の真理であり、唯一の命です。
彼を通らなければ、誰一人として、父なる神のもとに行くことはできません。
キリストに悔い改めて、永遠の命を受け取ってください。
[ 2019/06/23 18:42 ] [ 編集 ]
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