FC2ブログ

ニートが頑張るブログ

ニートが現実逃避するために創作活動など色々とカオスに頑張ってみる
ニートが頑張るブログ TOP  >  駄文 >  ボツ文章貼り逃げ (ニート保険)

ボツ文章貼り逃げ (ニート保険)

 
(3週間くらい自己嫌悪が凄まじくて、自分のブログみれませんでした)
(自分の中でも結構長い)
(毎回言ってるけど これ本当なんだよ)

(しばらくコメント返信できませんでした)
(まぁ戻ってきてもテキトーだけど)


ボツ文章が3つくらい溜まってるけど どうしようこれ。
そのまま貼って逃げよう。



  

久しぶりにブログに戻ってきた。


人と喋りたくないモードがすごい。
でもそういう時に限ってアホみたいなことで文章書きたくなるから困る。



てか、こういうことに関しても、もう過去に何度も何度も書いてる。
もう何回繰り返すんだって感じで。


とにかく
・コミュニケーションに皮肉を混ぜる人とは喋りたくない。
・ちゃんと読んでない癖に反論したがってくる人とも喋りたくない。
相手もしたくない。


反論に対する返信コメを書いても、アホらしくなって自分で消してしまう。
本当に嫌になる。

だからこうなる。
無視モードになる。


コメントに「不要な皮肉」を混ぜる人とはなんなのか?
いやこれはもうわかってる。 
そういうのは相手しなくていい。



じゃあもうコメント禁止にしろよと思うかもしれないけど、

・・・
はいこの話題も100万回ループしてるからどうでもいい。



とにかくちゃんと読んでない人は相手したくない。
そういうのが多く混じってくると、ちゃんとした人とも喋りたくなくなってくる。


で、こっから真面目に語る。


今回の一連の文章はなんだったのか?


自給自足否定

自立否定

経済否定

一人暮らし否定

まともな大人のなり方、否定



まぁ実のところ、
究極的には 最後の最後まで「言い訳」だったような気がしないでもない。



過去の発言とあの発言でなにか食い違いはあるだろうか?
その都度勝手なこと言ってるからなぁ。



とにかくわかってることとしては
「あんなこと書かなけりゃ良かった」ってのはあります。 (なんじゃそりゃ)


たとえ自分の中に 「一般から見て異常な信念」というのがあったとして、
そんなのは、実は黙ってればいいわけです。


そこんところを「ああいう文章」をマジで書いてしまうと、まぁ全部パーになるといっていい。
人に嫌われるだけになる。



ちなみに、ああいう

自給自足否定
自立否定
経済否定
一人暮らし否定

みたいな価値観、 そもそも「いつ形成されたのか」っていうと、
ニートになってからああいう価値観ってのは固まっていくわけです。
「後付け」なのですね。



つまり、分かることとして
「一度ニートになって 自分で理論武装し始めるとどうしようもなくなる」ってのはある。

更生不可能


(それに、実際誰にも反論できないような価値観ではあるとは思っている)
 (やっぱり更生不可能じゃないか)


で、なんでそういう

「言ったら不利になること」

「言ったら嫌わるだけになること」

「それを言ったらおしまいだろうが」

みたいなことを自分は書いてしまうんだろうね。
あとで後悔することわかってるくせに。




で、つくづく思うことは
自分は人生において「最善手」を打ってない。
「これをやっとけばいいだろう」みたいな「近道」をどうしてもやれない。

そういうことになってくる。

多分ここが、「人生の大前提」として人と全く違うのだろう。


なんか、そういうようなことを言ってくる人はいるんです。

↓こういうメチャクチャ失礼なメールを送ってきた人がいた。

「ネットで金稼いで、あとは全部、趣味に全力投球?」

「そういうのがやりたかったら、もっと効率よく稼がないと駄目」
「で、そうとなったら、エロです」
「エロゲーCG集とか作って、得ればいいんです」

「自分はそうしてますよ」
「あなたもそうすりゃいいじゃないですか?」
「それが出来ない奴やろうとしない奴は効率が悪いだけです 馬鹿です」

「エロとか、プライド捨てて効率のいいことやればいいんですよ」
「それが出来ないやつは真剣じゃないってことです」

「依頼で金稼ぐなんて効率悪すぎです ありえません」
「FANBXOで金稼ぐなんて効率悪すぎです ありえません」



・・・
みたいなことを言ってきた人がいた。


で、その人は前にも言ったように
「24時間以内にメールの返事しないと、仕事やらねーぞ」みたいなことも言ってきた。
「それが出来ないやつは真剣じゃないから駄目だ」と。


どんだけなんだよと思った。



そういう人に言わせれば、自分は効率のいい生き方が出来ないアホ ということらしい。


本当に、趣味の個人ゲーム制作に全力投球したいのだったら

もっと効率のいい金稼ぎをやるべきで、
自分みたいに結局そういう効率の悪い事をしてるのはアホであると。

そんな奴のゲーム制作なんかうまくいくわけがないと。



・・・まぁそういうことなのだろう。


で、「多分そのとおりなんだろう」とも思ったりする。
(メールの言い方が失礼過ぎたので自分はブチ切れているが)
(もう一生敵認定だよ)


自分はそういうプライド捨てたようなことができんのだろうな。

いや、「プライド」はある意味、いろんな方向で捨てまくっているような気がする。
(そもそも「ニートであると名乗る」という時点で)



だから、プライド云々というより、 

「やりたくないことはどんなに有利であってもやりたくない」
「それをやらないとどんだけ不利になるということだろうが、やりたくないことは絶対やりたくない」

みたいなのがメチャクチャ強固なんじゃないかとも思う。


そういうのが、面接だとか就職活動みたいなのを完全に無視できるのとかにも繋がってくるんだろうと思う。

もっと細かいことだと「挨拶」とかにも繋がってくる。


挨拶しないことがどんだけ人生で不利かということが分かってても、
やりたくないんだから絶対やらない。

それで不利になっても知らん。

それで不利になる世界の形のほうが間違っている。

世界のルールの方が間違ってるってことだし、
自分を殺しにかかってる世界ってことなら、知らん。


そういうことなのだろう。




このままだと絶対長期的に見て不利。

このままだと絶対うまくいかない。

このままだと絶対詰む、死ぬ。



・・・
そういう状態なのに、
絶対に打開策を打てない、打つ気がない、
真剣に考える気がない。

なんとかしようと思わない。



どうして
「そういう気質」になってしまうのだろう? ということを自分で考えたりもする。




で、多分それは「人生を真剣に生きてない」ということになる。



ああいうアドバイス
普通のアドバイス というのは
「自分の人生をより良くしたい」
「自分の人生を真剣に生きたい」
 というビジョンがある人のものであって、

自分とはもうその時点で「前提が違う」のだろう。

もうどっかで、人生の大前提がズレてしまっているのだ。



どうしてそういうことになるのか?


「学習性無気力」という言葉もあるけど、

どうも自分的に一番この辺を的確に説明できているのが、
↓カイジのこれな気がする。


これ。


「自分の人生が仮のモノであるという感覚」
マジでこれなんだと思う。



で、これも人に言わせれば「バイアス」だろうし、で、実際バイアスなのだろうけど、
でも生まれてきたときからこんなバイアスにかかってる人間なんかいないわけですよ。


自分だって、あるタイミング(高校の途中ら辺)までは、どう考えても優等生だったように思うが
突然あらゆることが嫌になることがあるのだ。

どっかで、こうなる。

「どっかのタイミングで」、ある種の人間はこの感覚に囚われて、身動きとれなくなる。

それが心の折れるタイミングであって、人間の人生にはそれが多すぎる、と。



つまり、一種の事故みたいなもんじゃないだろうかと思ったりした。


今、人間界には「生命保険」というアイディアはあるけど、

もっと広範囲の、「心が折れてダメ人間のコースに落ちて戻ってこれなくなる保険」というのがあった方が
正しいんじゃないかと思ったりする。




「保険の理念」というのは結局はそういうことでしょ。


ある日突然怪我や病気で動けなくなった人に、何らかの保証があるべきだと。
それくらい、この世界は車やらなにやら、突然の事故というのがある。
そういう外力をすべて自己責任で片付けるほうが不合理であると。

突然人生が破綻しかけた人にもセーフティがあるべきだと。

広い目で見れば、結局はそのようなセーフティがあったほうが、社会は安定すると。

(あとは、実際の保険料とリスクの期待値で、不安を煽ってビジネスがしたい、というのが本音だろうが)


まぁ多分、そういう発想で、保険というものがある。


だけど実際は、人生において「致命的な交通事故に遭う確率」よりも、「ニートになる確率」の方が何倍も高い筈なんだよ。



大卒だろうが、9%でニートになるという。


親の育て方というのもあるだろうけど、
自分としてはやはり 人生の関門の多さや複雑性などの問題だと思っている。


どれだけちゃんと育てようが、きっとあなたの子供も、将来 運でニートになるリスクをはらんでいる。




今の保険の考え方は、

病気、事故、
フィジカルの面ばかり。

そら
精神病みたいなのもあるだろうけど、それだって限定的。


こういう、
人生において少しずつ 
メンタルが削られて無気力になって、ダメ人間ルートに入って、戻ってこれなくなるような
実は一番致命的な病理のリスクには、保険がおりないよなぁ?



これは、むしろおかしくないか?

みたいなことを考えたりする。


・・・
どうなんだろうか?


「ニート保険」みたいなのをつくったら、、売れると思うんだが??



子供がニートになるのは親の問題だけではありません!

ある日突然 なんらかの出来事で、事故のように 心が折れたりするんです!

いじめが、本人に責任が無いのと同様。
ましてや、いじめが親に責任がないのと同様!

もらい事故のように、いじめに逢い、
人間不信・不登校・人生失敗コースに転落することは、考えられます!

いじめだけに限らず、
それともっと広範囲のリスクが、学校では起きてしまうわけです!

これを「自己責任」と断ずるのは、「交通事故で動けなくなるのは体が弱い!」と言い張るのと同じくらいの暴論です。

だからこそ、このようなリスクにも保険の概念が必要なのです!




あらためて言おう、
「どれだけちゃんと育てたつもりでも、きっとあなたの子供も、将来、運で、確率で、ニートになるリスクをはらんでいる!!」




・・・そういう風に親を不安にさせて煽ったら、なんか、売れそうな気がする。


(いつの間になんでこんな話になったんだろう)


「人生が落語者ルートに入りました」

「手塩にかけた我が子が、一回の大学受験の失敗で、無気力ニートになりました!」

「手塩にかけた我が子が、一回の圧迫面接で心が折られて、無気力ニートになりました!」


そういうのに保険がおりないってのはなんなのだろうとか思うんだよ。
「失業保険」みたいなのはあるワケなのに。

無いんだったら、新しくつくって、不安を煽ればいいんじゃないのか?




今回の話は、最終的に
自分を擁護するんじゃなくて、

「こういうビジネス、誰か始めたら儲かるんじゃないの?」みたいな話になりました。

誰かやって。
そんでうまくいったらアイディア料ください。


・・・
まぁ穴だらけ、ツッコミだらけだけど、こんなこと考えるんです。

(ツッコミというのは、「ニートは自分で選択してるようなとこあるだろ」 とか)
(「自分の子供に保険かけて、就職先決まらなかったら、わざとニートにする親が出てくるだろ」 とか、そういうレベル)

(でもそういうのは、あくまで「新ビジネス」として考えた場合は、ツッコミではなくなるんだよ)

(まぁ大卒で9%で子供がニートになるってんなら あつめた保険金の10倍くらいしかリターンできないと思うが)
(そういうので儲かるのか? そういうのでお得感が出るのか?というツッコミはある)

(そういうツッコミは正当)




「ニート保険」

「人生失敗保険」

「受験失敗保険」

「ダメ人間保険」

「心が折れた保険」


・・・
何故か自分の性質について考えていたら、こんなのを思いついた。


完。


最近思ってること 書きたい文章のネタリスト


・セミの味と寿命の関係について

・不謹慎なVチューバーとはどういうことか?という疑問


・またたびに後遺症はないというが、じゃあ一日中猫にまたたび与えてることが最大の幸福なんじゃないか?それでいいのか?という疑問

「カメラを止めるな」の感想


・見た映画の感想を書けるのは当然として、
 考えてみると、自分は見てもいない映画を、タイトルだけで30分くらい語ることができるなぁという話。

「万引き家族」について延々と語れる。見たことも聞いたことも無いのに。


・「人命は地球より重い」について、つっこんだり 逆に擁護したり、色々こねくりまわす

・いいかげんにポルポトの話を本格的にしたい (なんで自分はこんなにもポルポトに興味があるんだろう)

・さくらももこについて。






関連記事
[ 2018/08/31 13:52 ] 駄文 | TB(0) | CM(-)
トラックバック
この記事のトラックバックURL

月別カレンダー
10 ≪│2018/11│≫ 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -