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LGBTK

 
気がついたら今月、たった二回しかブログ更新してない。
なんもサボってるつもりないのに。 (むしろ忙しいから?)


しょうがないのでボツギリギリの話をする。
(あまりにもセンシティブな話題を扱っているのでボツ記事にするかギリギリのラインだった)
(おとなしくボツにしときゃ良かったんだ)


LGBTKという話をしたい。


もしもLGBTに「あと一個」追加するとしたら、なんだろうか?


人によってはLGBTPとか言うのだろう。 (ロリコンだから)
(で、まぁそういう人は一瞬で論破されて、相手されない訳だ)




ここで自分が提唱してみたいのが、LGBT「K」なのである。



「K」とは何か? Killer 殺人鬼のKである。


この時点で、ブチ切れる人はもうブチ切れてるだろう。

お前は、性的マイノリティと、殺人鬼を同一視するのか!?と。

だがそういう人ほど、冷静になって続きの話をじっくり読んで考えてみてほしいのだ。


マクバク族の女王




 
LGBTK



ちなみに、なんとなく語感だけで「K」と言っているが、
自分がここで追加する殺人鬼には制限がある。


殺人に対して異常性欲を感じているタイプの殺人鬼である。


人を殺したい、生き物を殺したい、
そういう行為をしているときだけ、満たされるタイプの脳みそに、なってしまっている人である。

手っ取り早く言うと、「快楽殺人鬼」の人である。
(この言葉が、安くなりすぎてしまったのも問題)
(本当はものすごく恐ろしく悲しい存在ではないか?)



「そんなロクでも無い奴らを 性的マイノリティとして認知して、なんになるのか?」
そう思うだろう。

だが考えれば考えるほど、そっちのほうが正しい気がしてくるのだ。


今現在、 異常な性欲倒錯(それも殺人衝動)を持った人というのには、
全く「カミングアウトの機会」というものが無いだろう。


それを言った瞬間、社会的にアウトである。
犯罪者予備軍である。


実はそれが一番問題なのではないかと思うのだ。



ところで、
殺人殺害欲求と、性欲が 「連結した状態で生まれてしまった人」というのは、実際どれくらいの率でいるのだろうか?
自分の考えとしては、実は想像以上に多く「潜伏」しているんじゃないかと思っているんです。



世の中の猟奇殺人なんかを考えてみよう。


普通、あんな風に人を殺したいと、思うだろうか?
金払われたって、普通は、人をわざわざ残忍に殺したいとは思わないだろう。


恨みとかで殺すにしたって、まぁ普通相手が死んだら終わりだ。

その後もいじり続けるとか、
またはなんの恨みもないのに「無差別殺人をやろう」とか、 思いついたって、普通の人間はやれない

たとえ「無敵の人間」の立場になったって、
普通は、だからといって「人を殺す」なんてことは、やろうと思っても「出来ない」ものなのだ。



だが、 案外世の中にはそれが「出来る」人間が一定数いる。



これの「出来る・出来ない」は何で決まるのかというと、 
それはもう生まれ持った「脳の才能」のようなモノだと思う。



人間には「キラーインスティンクト」というモノがある人間とない人間の二種類がいて、
ない人間にはどうしても殺人行為なんて出来ないが、ある人間は訓練ナシでそれが出来てしまう。
キラーインスティンクト


それくらいの、生まれ持った 先天的 「脳の差」なのだ。




そのように「脳レベルの差」が見えないところにあって、
見えないところで 「殺人が出来る人間」と「出来ない人間」に、こっそり別れているのが、人間社会なのだ。



なんでそんな「殺人遺伝子」「殺人本能」のようなモノがあって、
それが現代にも残っているのかというと、


自分の考えでは、
多分、これはもともとは「英雄の遺伝子」だったのだろう。


人間の歴史は戦争の歴史である。

ずっと、同種族を 殺し合いながら繁栄してきた。


だから、「同種の生物を殺すことにストッパーを持たない脳の持ち主」であるということが、明らかに「アドバンテージ」であった
そんな時代が、本来、ずーっと続いてきたはずなのだ。


そういう「血」、そういう特性を持った人間が、戦場では英雄・豪傑として讃えられて、
繁栄してきた時代を、ずっとやってきたのだろう。




それが今になって急に、 

「残忍な衝動を持つヤツは碌でもない」
「あいつ、影で小動物いじめてた」
「あいつ、ネコにエアガン撃ってた」
「あいつ躊躇ナシで顔面にバットフルスイングできる…こわ…近寄らんとこ…)」


という価値観の方が、メインになってしまったと・・・、そういうことなのだろう。



人間の中に
残忍な性質を持っている人間と、そうじゃない人間が、脳レベルで 見えないところで別れている、
というのは、 多分「そういう成り立ち」なのだと 自分は解釈している。



・・・
でまぁそういうことである。


人間の中には、
人を殺す、同種を殺す ということが明らかに脳の報酬系に連結していて、殺すと気持ちよくて仕方がない
そういう人種さんが混じっているのだ。



そういう人は、日々、自分の中の異常な性欲をどう抑え込むか苦しんでいて、

そういう人が、いざ「無敵の人」のような立場になったとき、
その欲望が爆発して、 それで 「無差別通り魔殺人」なんかが起きるのだろう。

(普通の人は、単に「無敵の人」になっただけでは、無差別殺人なんか やろうと思っても、やれない)
(この2つが組み合わさったとき、爆発する)


世の、表に出ている

「シリアルキラー」
「猟奇殺人」
「通り魔殺人」

の一部は、そういうことだと思う。


(今まで言ってきたのは先天的な話だったけど)
(まぁ後天的におかしくなったん人間も多いと思う)
(むしろそっちがメインだろうなぁ シリアルキラーの生い立ちとか調べてて、親がクズじゃないパターンのほうが少ない)



・・・
つまりそういうことなんだよ。


世の中には、脳レベルでの 少数の「隠れ殺人鬼」がいて、案外それがいつ爆発してもおかしくない、
そういう構図になっている。


そういうリスクがある。



さて、「そのリスクをどう解決するのが一番文化的か?」ということである。




今現在の主流がどうなっているかというと、 「無視・拒絶」である。



そういう頭のおかしいやつのことは、知らん。
なんかやらかしたら、その後で捕まえて、死刑にすればいい。
人に迷惑かけるなよ糞変態が。

・・・
・・・
「そういう方針」でやってきた。



だがそれが本当にベストなのだろうか?


こんな、「後手後手」の対応で??



「生き物を殺したくて仕方がない脳」に産まれてしまった人は、
ずーっとその欲求を押し殺して、隠し通すか、
いつか爆発して犯罪者になるしかないのだろうか?


これは、リスクを黙認している状態である。



もっと、「お互い穏便にすむやり方」があるんじゃないだろうか?



それが、 LGBTK である。


もう、「単なる性的マイノリティ」として カミングアウトしてしまうのだ。

私は生き物を殺したくて仕方がありません。
あなた達の性衝動と同じように、そういう欲求があるだけなのです。


そういうことを あえて「カミングアウト」してしまう。


カミングアウトといっても、LGBTみたいに職場とかでカミングアウトして、なんか同僚に褒められるとか、
なんか芸能人がカミングアウトして、美談ニュースになって「勇気がありますね」みたいに報道される・・・みたいなことはしなくていい。

ここでカミングアウトするのは、行政とかに対してである。



行政に対して、

「私は動物を殺したくて仕方がありません」
「生き物の首を締めたくて仕方がありません」
「どうも、そういう脳みそに生まれてきてしまった人種らしいです」


ということを、申し出る。



すると、生きた動物とかを送ってもらえるようになるのだ。
屠殺前のニワトリとか、まぁそういうの?)



つまり、これからの時代は
異常性欲の殺人鬼は、 黙ってこっそり自分の中に欲求を溜め込んでるんじゃなくて、

ちゃんと行政に対してカミングアウトして、 まぁ動物でも絞め殺して、それで発散して、我慢してもらう、
そういう風になるわけである。





こうすることによって、 

今まで 闇から闇で行われていた猟奇殺人、
ある日突然「無敵の人」になったことで爆発する、無差別通り魔殺人、
・・・
その手の犯罪が、
相当数減少するんじゃないかと、自分は思っているんです。



快楽殺人鬼の脳みそに産まれて来てしまった人も、社会全体の安全性も、どっちも得をする訳です。


この、
LGBTKという考え方が当たり前のように普及して、安全になった社会を想像してみよう。



そのような社会で起きる殺人事件などというものは、
まぁ、「恨みつらみ」によって個人間で起きる、まぁお互いになんか明確な動機のある、
「小規模で分かりやすい殺人事件」ばかりになる筈です。
「快楽殺人鬼が、こっそり人を殺しまくっていた」みたいな事件が激減するでしょうから。

でてくる殺人事件ニュースというのは、
「まぁそれだけ恨みを買ってたら殺されて当然だわな」という、
個人間の、「納得できる」、「まぁしゃーない殺人事件」ばかりになる。

「まぁ、他人の恨みは買わないようにしましょうね」という教訓だけで、納得できる社会になる。


相当、人が死ににくい安全な社会になると言えないでしょうか?


「ある日突然、自分の子供が通り魔に殺された」みたいな、
理不尽、
納得できない、
許せない、
ニュース見るほうも、やりきれないような
そういう事件が起きる確率は、激減するのです。



LGBTK。


このような考えから比べてみれば、今現在の

「快楽殺人鬼のことなんか知らん!」
「そんなやつが事件起こしたら、死刑じゃ! 許さん!」
・・・
という考え方のほうが、よっぽど前時代的で効率の悪い考え方だったと言えるのではないでしょうか?



「持って生まれた異常性欲に理解の無い社会」
そういう排他的な考え方が、結局は社会全体の利益を損なっていたと、そんなことにあとから気づくわけですね、と。

めでたしめでたし


・・・
さてそんな感じでした。


ここまで読んた時点で、どんな風に感じたでしょうか。


「一種の皮肉」だと思ってくれていいです。 むしろ、それくらいの「深読み」をしてくれる人じゃないと面白くない。


LGBT?
性的マイノリティ?
そんな気色悪いことをカミングアウトして、 なんか凄い「いい事」のように称える文化ってなんなの?

そんなのをありがたがるくらいなら、むしろ、異常性欲殺人鬼とかの気持ちとかも考えてみたらどうなの?

ゲイが職場でカミングアウトして何のメリットがあるんだよ。
困るだけじゃねーか。 自己満がひどい。

殺人鬼がカミングアウトするほうが、よっぽど勇気がある。 社会的意義があるわ。


そういうことかもしれん。


ここでちょっと話が変わる。


それにしても
「異常」というのはなんなんだろうね。


「性的倒錯」という言葉がある。



「異常性欲」みたいなもんであるが、
今現在、この「性的倒錯」の中に、 LGBTは「並べない」ようになっているわけですよ。

LGBTというのはそういうポジションにある。

同性が同性を好きになることは、もはや「異常」だと言ってはいけないらしい。



でも自分としては、 LGBTも性的倒錯であると、ハッキリと思っています。
ここを区別したって、なんの意味もないと思っているのです。


自分の考えとして、 「異常」な物は「異常」だと思っています。


よく、 「自然界にもホモがいるからホモは自然」みたいなことを言う人がいますが、
それは詭弁だと思う。


自然界にそれがあるからそれは自然。
自然界にそれがあるからそれやっていい、
・・・
みたいなことをもしも言って良いのなら、 


パンダの母親の多くが育児放棄をするからって
人間の母親も育児放棄をしていいってことになるのでしょうか?

自然界にレイプがあるからレイプは自然な行為だと?


ライオンのオスが、他のメスを寝取るとき、前の子供を噛み殺したりします。
自分の子供が殺されるのを見ることで、ライオンのメスも、母親モードからメスモードに戻って、それでうまくいったりします。
はい合理的ですね。


↑それと同じようなことを、人間のくせにやるヤツ」が、後を絶たないわけじゃないですか?
そういうニュースは絶えない。


もしも、人間の中にも「ライオンのような本能」が 実はあったとしよう。

クズ男が連れ子を虐待死させて、
クズ女もそれを傍観してた、みたいな糞ニュースは、 「ライオンと構図がそっくり」だけど、
じゃあそれは「自然の摂理」で「合理的」だからやっていい! みたいなことを言えるでしょうか?


クズはクズ、
育児放棄は育児放棄なのですよ。


自然界にあるから、自然。
動物もやってるから、は通用しません。


ホモとは何か?

先天的なホモとは、
「生まれてくる時のホルモンバランスの"異常"によって、そういう脳みそになってしまった、"異常な個体"」と言えるでしょう。


だから、自然界にもいるし、人間界にもいる。
それだけのこと。


「異常」は、「異常」なのです。

「常じゃない」のだから、「異常」と呼ぶだけのこと)
(「マイノリティ」とあまり意味は変わらない)
(「マイノリティ」と呼ばれると喜ぶのに、「異常」と言われると怒るのは、おかしいではないか)



異常な物を異常じゃないと言っても仕方がない。
そういう部分を言葉狩りしたって仕方がない。

同性愛を「性的倒錯」から外したって、仕方がない。

(勿論、だからって「異常だから迫害していい」とかそういうことを言いたいわけではないですよ)


・・・
・・・このような考えの行き着くところ。


ここで、自分の究極的な考えなんだけど

「異常ではない」
「病気ではない」
「障害ではない」
 という言葉の本質は 「諦め」である。

というのがあります。


これが結論なのです。



何か異常を指して、「それは異常じゃないんだよ」と言う。
その行為の本質は、「それが絶対に直せないことを諦めている」からやってしまう行為なのです。



今回自分がしたように、 異常性欲とか殺人衝動とか 、LGBTとか、この世の性的倒錯の全てについて考えていると、
そういう気分になってきます。


何について考えるとこうなるか。


キーワードは、 マクバク族の女王です。


もしも、 異常なホルモンバランスによって生まれてきてしまった、 「全ての異常」
「全ての遺伝疾患」
「全ての性的倒錯」
を、 完全に治せてしまう存在がいたとしたら、 どうでしょうか?




ここで自分が連想してしまうのが、 「レベルE」に出てきた マクバク族の女王なんです。

マクバク族の女王



レベルEには、 今で言う「性同一性障害」のような人が出てきます。

心は男なのに、体は女なので、 女(同性)を好きになって、フラれまくって、苦しんでいる人です。


マクバク族の女王は、
彼女に遺伝的欠陥があることを見抜き、
「なーんだそんな風に間違って産まれてきちゃっただけなんだ」
「私がなおしてあげる」

てな感じのチョー軽いノリで、 肉体を完全に改造してしまって、 その人を男に「治して」しまいます。


それで、長年の悩みを解決しちゃうんです。

(そのあと王子がもっと酷いことをするのだが)
 (つまり あの話は何が言いたいんだ? 大事の前の小事か? コラテラル・ダメージか?)


もしも この世に 「マクバク族の女王」のような存在がいたとしたら、

すべての性的倒錯を あっという間に 簡単に「治せてしまうような存在」がいたとしたら、

そのような存在の前では  全ての病気が 病気であることを隠せません。
そのような存在の前で、「トランスジェンダーは異常なんかじゃない」なんて言っても、無駄です。 無駄なごまかしです。


「全ての異常を完全に問題なく治せてしまえる」存在の前では、 「異常」とは、 やはり「異常」以外の何者でもなかったのです。


・・・
それなのに、なぜ 人間は、「異常」を「異常じゃない」と言いたがってしまうのかというと、
それは「直せないから」
「直せないことを諦めているから」ということになるのですね。


そうそう簡単に、一瞬で性転換なんて出来ない。

出来たとしても、これから先ずっと、結局どこか違和感を感じ続けて生きていくことになる。

やっぱりホルモンバランスがおかしくなるだろうし、 そういうのをずっと飲んでいったりして、維持も大変だろう。


性転換してずっと女として生きてきたけど、やっぱりおかしい気がするからまた元に戻したい、
みたいな人も出てきます。
(こないだ探偵ナイトスクープでやってた。 サウスパークのギャリソン先生もそんなん)



「人の身」で、 性同一性障害を 治そうとしても、 限界がある。

生まれながらの異常を、治せない。

癒やすに癒せない。

どうやっても無理がでてくる。

故に、その難易度に、ひれ伏す。

諦める。


そして、 「それは異常なことなんかじゃないんですよ~」という言葉が、でてくる。



でもそれは、
「マクバク族の女王」のような、「全てを癒せる存在」からすれば 「諦め」「誤魔化し」だったということです。


むちゃくちゃなことを言ってるように思えるでしょうか?

ありもしない、「マクバク族の女王」という存在を引用して、暴論を言っているように思うでしょうか?



でもこれは、
「無限の未来」を考えたとき、必然的にそこにたどり着くのです。

逆に
「昔の人類」のことを考えてみましょう。

昔は、性転換の技術なんてなかった。
故に、性同一性障害は、その肉体のまま、苦しむしかなかった。

それが、技術の発展によって、少しはマシになってきている筈なのです。


・・・
では、その行き着く果ては?


性同一性障害に生まれてきた人が、自分の心と体のギャップに苦しむ
そのあらゆる苦しみを、取り去ろうとする治療技術が、「どんどん確立されていく」としたら?


目指す先に、マクバク族の女王があるはずです。


なんの後遺症もなく性転換できる技術。

今まで生きてきた思い出に問題があるというのなら、
記憶ごと書き換えてしまって、新しい性になんの違和感も感じなくて済むような、そんなレベルの手術技術

・・・そういう物を人類がいつか手に入れることが出来たなら、
誰も、その手術をすることを躊躇しないでしょう。


技術で簡単に癒せるようになったのだから、
もう
「性同一性障害は"異常じゃない"から、手術なんてしなくていい」なんて"誤魔化し"も、必要ないということです。


「全てを治せる技術」の前では、ごまかしは通用しない。

これは面白い考え方だと思う。


今現在、人間が「病気」だと思ってないことも、病気になるかもしれない。
(別の話になるので今はカット)


・・・
まぁ今回の話は、 前にした 
「キラークイーン VS パール・ジャム」って話にも通じるところがあるね。



もしも、パール・ジャムACT2が、吉良吉影の 異常性欲を完全に治すことが出来たとしたら、
もはや吉良吉影は敵ですら無い


そのように「相手の心ごと治してしまえるようなスタンド使い」がいたとしたら、それこそが「真の最強」であるし、
そのような「真の最強」から比べれば、 「相手を殴って決着」なんてのは、野蛮もいいとこだということが見えてきます。


全てを癒せる未来人
全てを許せる未来人の視点
からしたら、  吉良吉影もまた、やっぱり「単なる被害者」です。

生まれ持った、性欲の被害者。
吉良吉影


旧時代で迫害されていたLGBTと違いはありません。


故に、 LGBT「K」なのです。


で、もしも、 そんな「パールジャム・レクイエム」なんていうありもしないスタンドを使って吉良吉影を解決するとかじゃなく、
または、殴って救急車に轢かせて解決するのも駄目だとしたら、

どのようにしたら、吉良吉影を止めることが出来たと思うでしょうか?


で、やはりそれも、 「カミングアウト制度」なのです。


もう、吉良吉影のような異常性欲に生まれてしまった人は、カミングアウトしてもらう。

「私は女性の腕を切り落とさないと我慢できないときがあるんです」
「そういう月があるんですー」
「このままじゃ犯罪やっちゃいそうです」
「どうしたらいいでしょうか?」

・・・ということをもう、カミングアウトしてもらう。


そんでもう、検死とか死体解剖とかに参加してもらう。

もっと都合がよければ、なんかそういう外科手術とかにも参加してもらう。
ドカっと切断するところだけ、やってもらう。

・・・
まぁそういうことが考がえられる。


一つの街を恐怖のドン底に叩き落とすような連続殺人事件を起こされる代わりに、
そういうのをあてがって、それで満足してもらうのである。




これが、
「パールジャムレクイエム」だとかいう超能力や、 
「マクバク族の女王」のような未来を先取りしたような技術を
使わないで、

社会に潜む異常性欲殺人鬼を 最も穏便に解決できる方法だと思うのです。



・・・という話でした。


こういう話ってさ、 滅茶苦茶だと思うけど、 案外、致命的な反論もないと思うんだよね。

(いや、単純な反論はあるだろうけどさ)
(結局それはロリコンがどうのとか、「他人の権利を害している・害して無い」とか)
(「何がガス抜きで何がガス抜きじゃない」とか、そういうレベルの話)



でもそういうことじゃないんだよなぁ。



ああああ 「ヒメアノ~ル」の話がしたい!!!


今回の話からヒメアノ~ルの話に繋げられる筈だったんだよ!
なんでこんな話の流れになったんだ???


「映画のヒメアノ~ル」がなぜ駄目だったのかの話がしたい!!!!!


とにかく、今回のこの記事の 一番の副読本は、

「レベルE」でも、
「ジョジョ4部」でもありません。

実は
「ヒメアノ~ル」なんです。



ヒメアノ~ル読んでない人が、この記事に反論したって 意味ないですよ。


ヒメアノ~ルを読めば、全てが分かります。




「異常性欲」
「性的倒錯」
「快楽殺人鬼に生まれてしまった人間の苦痛」
・・・
そういうのの全てが、あの漫画で、分かります。  (映画では分かりません)


ヒメアノ~ルの全て



だから、あの漫画を読めばいいだけなんです。

それが言いたかった。

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[ 2018/09/28 19:09 ] 駄文 | TB(0) | CM(-)
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