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ニートが頑張るブログ TOP  >  痛感想文系 >  ヒメアノ~ルについて

ヒメアノ~ルについて


前回のような、
好き勝手なことを書くだけの記事を書いておいて
コメ禁止にするとはどういうことだと思うだろう。 自分でもそう思う。
 (単に「人と喋りたくないモード」が酷くなるとそうするだけなんだが)


まぁ、本気で反論とかしたかったら、他のコメ可能な記事に乗り込んででも、文句を言ってくれればいいんですよ。
「本気」とはそういうことだろう。
それほどまでに文句があるのなら、聞いて良いと思う。
(「そういうハードル」というのには何事にも必要だとも思う)


(かといってねぇ、普段比較的普通のコメントをしていた人が、突然罵倒コメントを残すだけの人間に豹変すると、流石に怖いよ)
(そんなにおかしな事書いたかなぁ?)


(あと、そんなに間違ってること書いたってんなら、それってそんなに腹が立つか?
「馬鹿が書いた、間違ってるだけの文章」って、腹も立たないと思うんだよ)
「あー馬鹿が馬鹿なこと書いてるなー」って思うだけじゃん)

 (勿論、「その馬鹿が社会的な悪影響を多大に持っている」ってのなら、義憤もあるだろうけど)
 (ここ、単なるニートのクソブログだよ? 本当に)




大体、前回の記事は差別主義・排他主義のような話なのだろうか?
「真逆」では無いだろうか?

「LGBTへの理解を深めよう」と言うのなら
「生まれながらの殺人鬼にも理解を深めてみてはどうだろうか?」
「そういう人間へのケアがないからリスクになっている」
と、そういう事を言ってるわけなんだから。 割りと本気で。



まぁいいや。


で、今回は「ヒメアノ~ル」の話をします。

今更だけど、したいからするだけ。

あと映画みて不満だらけなので書いてる。


ヒメアノ~ルの 漫画版のネタバレを当たり前のように含んでいます。




 

「ヒメアノ~ル」という漫画がある。


どういう漫画だろうか?

なんつーか本当の、等身大の日本人を書いている感じがする。

(セリフはクッソ長くて面倒くさいが)

(古谷実の漫画には、そういうのを感じる)
(自分は大して詳しくないけど)(全作品を読んでいるわけではないし)
 (そもそも「稲中」みたいな初期作品こそ読んでない)
 (元々は、痴豚様がラジオで「わにとかげぎす」の話をしてたのがきっかけだったかも)



どういうとこが等身大か?


「ヒメアノ~ル」の主人公の、
糞みたいな職場でテキトーに清掃作業してる感じ。
なにもない毎日がくそつまらん。



「わにとかげぎす」の主人公の、
警備員のバイトしてるけど、職場で限界までサボったり遊んだりしてる感じ。
誰もいない夜間の警備で、ずっと筋トレしている主人公。



そういう描写が、ものすげー「リアルな人間!」って感じがするのだ。


現代人の職業意識なんてそんなもんだし、そんなもんで別にいいと思うのだ。
(自分もそんなである)


「そういう主人公像」から入るので、古谷実の漫画というのは、入りがものすごいスムーズな気がする。
主人公像に、ものすごい共感を覚える。

(それはまぁ、単に自分が「ド底辺の人間」だから、そう思うだけかもしれない)
(カイジのバイトの話とかが刺さるのも、そういうことである)



で、そういう 「うだつの上がらない、将来の希望も展望もなにもない リアルな 底辺人間の主人公」が、
恋愛やら殺人やらに巻き込まれていくのが、ヒメアノ~ルという漫画である。 

そう思う。


で、この「恋愛部分」は 自分は興味がないのだ。


(いや、そんなこれも悪くはないとも思う)

(むしろ、非常に正しい、「現代日本人にあるべき恋愛観」というのを一つ、提示しているように思う)
(これは、「安藤さん」に関わる部分で)


安藤さんが、職場の「山田さん」という同僚に、好きでもないのに告白したら、
なんか変な雰囲気になる。
「それまでなんでも無かった山田さんが、妙に可愛く見える~」みたいな、そういう部分である。


その部分はよかったし、その部分を続けていくべきだったように思うのだが、
何故か、この山田さんの部分はフェードアウトしていってしまうのだ。


そして結局、このヒメアノ~ルという漫画も、 
「安藤さんパート」において、 そのあと
「ジムのインストラクターの年下の織田さんに、セクハラまがいの発言をしたら、なぜか逆にいきなり惚れられる
という展開をやってしまっている。
ヒメアノ~ル 織田さん


主人公の恋愛模様も、同じようなものである。
「職場の先輩のしょうもない恋愛成就の手伝いに突き合わされてたら、なぜかその相手(阿部ユカさん)にいきなり惚れられる
という展開である。
ヒメアノ~ル 阿部ユカ


結局、こういう「棚ぼた恋愛話」になってしまっているのだ。



自分は、「こういう恋愛描写」からは「何も生まれない」と思っている。
(「少子化」や「草食化」だのは、 あらゆるフィクションからふりまかれる 「こういうイメージ」から産まれると思っている)
(あ、「わにとかげぎす」だってこれだ)

(ヒミズもこれじゃないか?)




ここには、

・ものすごい美人から、

・年下から、

「向こうから」、勝手に、「自動的に」好きになってもらいたい、

・自分にはものすごい嫌われるようなマイナス要素が山程あるのに、

そのマイナスを全て超越して、無条件で好かれまくりたい


・・・

みたいな、「そういう願望」しかないわけで、
まぁそんなことを全人類が勝手に思ってたら、滅びるわけである。



そんなんよりかは、「職場の山田さん」との、嘘の告白から始まる恋愛話をちゃんとやった方が、よっぽど
現代日本にとって有益な恋愛観を提示できると思うのだ。



・・・
まぁそういう感じ。



この点で、「ヒメアノ~ル」の「恋愛パート」というものは、 
自分にとっては
単なるボーイミーツガール、
「どうでもいい類のモノ」に過ぎなかったわけです。

(むしろ、美男美女の恋愛よりもタチが悪い)
(何も持ってない人間がいきなり美女に好かれる、という展開だから)


(で、この安藤さんパートは、映画版では大幅に削られている)
(それは正しいと思う)


で、前置きどうでもよかった。 
今回いいたいこと。


この「ヒメアノ~ル」という漫画が 自分的に (傑作とまではいかなくても)
素晴らしいと思っているポイントは、 とにかく
「殺人鬼 の 描写」なのです。


これに尽き申す。


どういいのか?


とにかく、 殺人鬼サイドに感情移入してしまう。
「殺人鬼に生まれてきてしまった者の苦しみ」 これについて考えさせられてしまうのである。




普通、殺人犯、それも 快楽殺人鬼なんてものは、 「理解できない存在」のように描くだろう。
同情出来ないように描く。

それはまぁそうなのだ。

ヒメアノ~ルの 「森田くん」も、 基本的には
「何考えてるか分からない系の人間」として描かれている。

同情の余地のないような言動をする、超身勝手な人間である。



よくあるような
「お涙頂戴の要素があって、仕方なく殺人をしている」とか、そういうことは一切ない
(「過去にいじめられてた」ということはあるが)


・・・
それなのに、

こんな、
何考えてるかわからないようなサイコ快楽連続殺人鬼なのに、

なぜか、 感情移入してしまうのである。



その部分。

その部分が、ヒメアノ~ルの一番優れている部分だと思う。


殺人鬼に感情移入たって、
本当に、なんか お涙頂戴の理由があって感情移入するとかじゃない。 「同情」とはなんか違う。


ヒメアノ~ルという漫画において、

この「森田くん」という殺人鬼は、

ほんとうに、 無計画に、犯行を重ねている。
何も考えてない。
マジで超、短絡的。 行き当たりばったり。


で、その間に、モノローグで色んなことを呟いていく。

その内面の呟きを聞いている内に、 こんな滅茶苦茶な殺人鬼の生き方
ただひたすらにうまく生きれないという部分に、感情移入してしまうのである。


で、色んなことが分かってくる。



森田くんは、 快楽殺人鬼である。

中学の頃に自分が「普通じゃない」ことに気付いた。

人間の、首とかを締めると、超気持ちがいい。
そういう人間に生まれてきた。


高校時代にいじめられてて
卒業する前に、いじめてたヤツをぶっ殺してやった。

それを一緒にやった同級生を恐喝して、これまで生活費を得て、生きてきた。

別に自分はいつ警察に捕まってもいいと思ってるけど、
その同級生は捕まりたくないというのなら、 じゃあ金をくれよ、というわけである。

そういうメンタルで生きてきた。

だから、そいつが金をくれなくなりゃー、そいつも殺す。

邪魔するやつは殺す。
ムカつくやつは殺す。
殺したい女がいたら殺す。

警察に捕まる前にやりたいことは全部やっておきたいだけ。

何が悪いのか?

ああ頭が痛い。
ストレスだ。


森田くんは 色んなことを考える。


「女の下着が好きな奴とかいるだろう?」
「女の靴とかウンコとか」
「ひどい奴なんか 人をバラバラにしたり 食べちゃったりするだろう?」
「なぜ そんな事をするか分かるか?」


「人の首を絞めると最高に気持ちいいから」
「多分 お前らのセックスなんかより はるかにいいと思うよ」
「すごいんだぞ? ず~~~~っと気持ちいいんだから」


「罪悪感か そんなの考えたことも無いな オレの頭の中はいつもあの首を絞める感触でいっぱいだ」
「ガマンしてる奴はガマンできるからしてんだろ? オレはもう無理なんだって」


「おい聞いてくれよ」
「この地球様を ほぼ完全に支配したと とんでもないカン違いをしているサル共がいるだろう」
「実はこの世のほとんどの事を自分自身のことすらよく分かってない連中だ」

「そんなもんがギュッと集まって暮らしてるもんだから 怖すぎて一応ルールを作ったんだけど」
「それがまたザックリとしたクソみてぇなルールでさ まいったよ」
「オレみたいな変態ザル完全に無視だ」



・・・
こんなことを考えるのは、許して欲しいからか?
いや違うはず。
「まさか 許すとか許さないとか そんなこと 一度も考えたこと無いよ」



なんで人を殺したらいけないんだ? みたいなことを自分の脳内の、殺したおまわりさんに聞いてみたりする。
「ダメなものはダメなんだよ」という回答しかでてこない。

「なんだそりゃ?」


病気なのか
病気じゃないのか?
 という問題もでてくる。



「オレはこの世に「病気」って言葉自体いらないと思うんだよ?」
「だって意味ないだろ? 何か歩いてる人に「歩いてますね」って言ってるみたいだ」

「運悪く普通じゃなくなった人もいっぱいいるのに そんな人に病気って言ったら可愛そうだろ?」
「オレはそのバカみたいな簡単さとクソ共の残酷さに超ムカついてんだな」




オレは病気だ

でも
この森田くん、 自分のことを自分で「病気なんだ」と言っているシーンもあるのだ。
それなのに、他人から「病気だ」と言われると、「病気だとか言うな!」とムカつくのである。


オレは病気じゃない


つまり、そういうことなのだ。


前回の記事で書いた、

「病気か」「病気じゃないか」
「異常か」「異常じゃないか」
「倒錯か」「倒錯じゃないか」


ってのは、こういうこと。



「人を殺したくて仕方ないないような脳みそに生まれてきてしまったこと」

これは、「病気」だろうか?
病気だから、仕方がないのか?

こんな風な異常に生まれてしまった自分なんだから仕方がないのか?
だから許してくださいってか?

いやそうじゃない。




「病気」じゃないのか?

こんなの、ちょっとした「差」だろ?
色鉛筆に長いのと短いのがあるくらいの、「個性」だろ? と

それなのに、社会のルールとかで「人を殺してはいけません」ってなってるだけだろ?
じゃあ、こんなふうに生まれてきてしまったヤツのことを完全に無視してるルールに、なんで俺が従わなきゃいけないわけ?
人間の病理の何も分かってないくせに。
全てはストレスだ。


・・・とまぁだいたい、こんな感じの叫びが聞こえてくるわけ。


つまり、

「俺は病気だ」って言うのも
「俺は病気じゃない」って言うのも、

真逆のことを言っているようで
結局は同じことに向かっている。


究極的には、やっぱり 
「殺人鬼に生まれてしまった自分の不運」
「まったく社会と相いれられない自分」

そこにひたすら苦しんでいる訳だ。


 
「ヒミズ」においても、「病気」はキーワードだった気がする)


・・・
まぁ意味のないこと、読めば分かることを延々と書いてしまっているけど、
んで、このヒメアノ~ルという漫画は、 唐突に終わります。


森田くんの逃避行はどこまで行くのか?
最終目的は達成できるのか?
ってところで、

突然、警察官が森田くんに声をかけて、オワリ。




自分は、最初読んだとき、
なんなのかと思ってしまいました。


え?ここで終わり?

主人公は何をしたの? 
(いや、「主人公の通報」が逮捕に繋がってはいるんだろうけど、いやだがそんな漫画あるか?)

(終盤、主人公マジで空気だし、主人公の恋愛話とかマジで脇道にしか見えなくなっていた)
(まぁそれくらい、この漫画は「森田くんのモノ」になってしまっていた)


自分はこの漫画、「打ち切り」くらったのかと思ったよ。


でも、そこで改めて、ちゃんと読み返してみて、感じたこと。


ヒメアノ~ルの全て

多分、作者は、この「見開き」を描けたから、もう言いたいことは全部言ったんだろうな、と、そう思った。
それがこの「見開き」なのです。




何考えてるか全く分からないサイコ殺人鬼。

自分がやってることを全く反省しない殺人鬼。

罪の意識とか全く見せない殺人鬼。

ものすごい短絡的で、思いつきのような滅茶苦茶な殺人を繰り返す殺人鬼。


・・・そんな森田くんなんだけど、


とにかく、
自分が「普通じゃない」ことに 最初に気付いたその瞬間には、
もう悔しくて悔しくて泣いてしまってたと。

そんなときがあったのだと 明かされる。


ただそういうことがわかる。


(「いやだからなんなの?」)
(「何が言いたいの?」と思われるかもしれない)
 (「結局同情しろってこと?」)


まぁ結局 この話、この見開きから伝わってくる何かは、 ヒメアノ~ルの漫画を通して読んだ人にしか分からないのかもしれない。


とにかく、
殺人鬼に生まれてしまった苦しみだよ。
「異常」に生まれてしまった苦しみ。



どうなんだ実際?

想像がつくだろうか?


頭の中で、「性欲」と「殺人欲」がひっくり返って繋がって生まれてきてしまった人間の苦しみが、想像できるだろうか?

あんたはそれが我慢できるのか?

それで、殺人を我慢出来ない人間の苦しみが、理解できるのか?



「猟奇殺人なんて犯す人間の気持ちが分からない」と普通の人は言う。

でも、だったら、
「自分がやりたくもないような」 「分からない行為」を「やりたい人間」のことをなんて、
「そんなに分からないのに」、 なんで「断罪」することができるワケ???




・・・
そんな感じである。


そう産まれてきたモノにしか理解できない苦しみがそこにある筈。



今、
何の罪の意識もないように人を殺している森田くんの中にだって、
かつては、いや、今も、そういう苦しみは続いていたわけだ。
(だから泣いていた)


それでも、快楽殺人鬼は快楽殺人鬼だから、同情の余地なしで死刑でいいんだろうか?


・・・
あの見開きだけで、まぁこれくらいのことは感じる事ができる。


まぁそういうことでした。


「ヒメアノ~ル」は、そういう漫画。


そういう漫画を読んでしまったら、前回のような記事を書くような人間にもなるわけ。
(LGBTに理解を示すのと全く同じように、殺人鬼にも理解を示すようになってしまうわけ)



で、一方、「映画版」である。



ヒメアノ~ルは映画になっていて、 これが「結構出来が良い」と評判であった。

「邦画の、漫画の映画化にはロクなのがないけど、
 こういうサイコホラーだと、良作になるよね」 
「ヒミズは糞だったけど、こっちは良かったね」
 みたいな、まぁ そんな感じの評判だったと思う。



でも自分に言わせれば、
ヒメアノ~ルの映画版は、
ここまで自分が書いてきたような部分「こそ」が 「弱い」です。



確かに、映画版の森田くんの演技とかは悪くなかった。
 (「もう、吸ってないんで」連呼のシーン好き)
何考えてるかわからん殺人鬼感はでてた。



でも「そんだけ」であって、
漫画版にあったような

「何考えてるか分からない殺人鬼の視点」

「何考えてるか分からない殺人鬼のモノローグ」

「何考えてるか分からない殺人鬼の、無軌道な行動の行く末に、没入してしまう」

「何考えてるか分からない殺人鬼に感情移入してしまう」!

・・・
そういう部分は、全然弱いです。



映画の森田くんは、単なる 何考えてるか分からないサイコ殺人鬼でしかありませんでした。

(最後、麦茶のノスタルジーにつなげる部分はあった)
(あと、ラストに主人公の活躍要素を付け足したのはまぁエンタメとして正しい改変であるとは思った)

(それと、映画版だと、まるでいじめのせいで殺人鬼になったかのように誤解するかもしれない
(その「同情」は、なんか違うように思う)
 (原作の森田くんは、「ずっと前から自分は異常だった」と言っている)



まぁ、そういうとこ。
これが、ものすごい不満点でした。 自分はそうでした。



そらたしかにね、 漫画でやってたような
「殺人鬼視点のモノローグ」ってのを延々とやるってのは、映画としては難しいのかもしれない。


でも、それをやらないんじゃ、ヒメアノ~ルじゃないじゃん!とも思うのだ。


あの映画は、 原作漫画を知らん人が見たら、
まぁ「一つのサイコホラー」として面白いのかもしれないけど、

原作漫画ファンがみたら「これではあの漫画を映画化する意味がない」くらいのことを思っても仕方がないんじゃないのかと。


そんな感じだったのですよ。


そのような感想を持った上で、今度は逆に 園子温監督の 「ヒミズ」の映画版のことを考えてみると、
まだこっちのほうがマシだったんじゃないか?という気がしてくるのです。


(が、これについてまで語りだしたら、流石に長くなりすぎる)
(これについて書くか書かないかは、まぁ知らん)


(「ヒミズ」という漫画は、自分の死生観に相当影響を与えている)
(そういう作品というのは非常にレア)
「死生観に影響を与えた作品リスト」ってのをいっぺん作ってみたい)



・・・
とまぁ、 映画版を見て以来、 ずっと書いてみたかっった内容だった筈なんだけど、
結局あんまし意味の無い内容だったかもしれない。


まぁとにかく原作漫画を読んで欲しい。
原作読んでないのにここまで読んでしまった人はネタバレもいいとこだけど。

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[ 2018/10/05 21:49 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(5)
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[ 2018/10/06 06:12 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし

> 果糖 さん



どうもです。
ゲイの方にブチ切れられなくてよかったです。

(じゃああの人は何にブチ切れていたんだろう)



> 現実的にはVRで発散するようになっていくんでしょうね)

そうですね。
それも一つの道ですよね。

VR上でTSすること、そういうことが当たり前になっていくことが、LGBTへの理解につながる
みたいな意見もありました。


他人の人権を侵害しないと気がすまないような異常性欲に関しても、
VRが色々と解決できるでしょうね。
で、この場合は、 究極的には「AIの人権」みたいなことが問題になってきそうですw



> 異常かどうか
> これはリスペクトのお話ですね ニートさんもおわかりの上でと思いますが、

そうですね。

だからこのような話は、絶対に他人には面と向かっては言いませんね。
言う必要もありません。


「自虐前提」であります。

そして、この自分だって、山程の異常や障害、病気を抱えている人間だと思います。
だからこういうこと言っちゃうんですね。



> カミングアウトについて、

> 確かニートさんも自殺するほど苦しんだ人が最期に人を巻き込んでもいいじゃん?みたいなお話をされていた気がするので、分かっていただけると思います…


そうでしたね。
この辺は自分も考えをアップデートさせないといけません。

ていうか自分で書いてたことなのですねー。


[ 2018/10/14 10:43 ] [ 編集 ]
思い込み
 LGBTは一応は実在するらしい人たちですよね。
 (知り合いがLGBTというような人もいるかもしれません)
 一方、この森田くん(?)は空想上の人物じゃないですか。
 ならば「それって空想上の人物がソースですよね?」というようなツッコミぐらいなら入っても仕方ないのでは。
 (「実体験主義」とでもいうような指標でしょうか?)

 殺人鬼を引き合いに出すなら、せめて実在の殺人鬼を参考にしなければならないでしょう。
 ようは「ナチュラルボーン快楽殺人鬼」のような概念のリアリティの話ですよ。
 遺伝と性格の関連は、大雑把なレベルでなら恐らくあるでしょう(セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなど)。
 ただ「殺人で快楽を感じる」というのは複雑過ぎかと思われます(高級言語的な意味で)。

 「生まれつき」の快楽殺人鬼だというなら無垢の新生児の段階ですでに快楽殺人鬼だということになります。
 たとえば産まれて以来、五感を含めあらゆる情報を遮断して生きてきたと仮定して「殺人欲求」までたどり着けると思いますか?
 意識以外の情報が存在しない世界で「人」「他人」「生」「死」「殺す」といった概念を自力発見できると思いますか?
 予備知識ゼロから「殺人したいなぁ」という段階まで至るのは、ほぼ間違いなく無理でしょう。
 (そんな「環境」でも「生まれつき=人体改造なし」なら、空腹感を感じたりはするはずなので、そのようなものが生まれつきでしょう)

 わりと普通の人間が社会生活の中で殺人欲求を獲得したのが実際の殺人鬼なのだと思います。
 人の死とは重大事であり、忌避されており、だからこそ社会に恨みを持ったなら、人を殺すのでしょう。
 そう考えると「社会への恨み」で殺人してるものが「誰にも迷惑をかけずに殺人できるようなサービス」ができたとして利用するわけがないと思います。
 (それよりも合法的に社会に嫌がらせできるような(気分になる)システムがあったほうが殺人回避という点だけで見れば効果的に思えます)
 (そう考えると「民度の悪い」とされるサービスのほうが、殺人回避という観点では世の中のためなのかもしれませんね)

 そもそもモノローグはキャラクター表現であり作者の主張とイコールでないので、本当に作者の意図が読み取れているのかという疑問も生じます。
 もしも『殺人鬼に生まれてきてしまった』ではなく「『殺人鬼に生まれてきてしまった』と思い込んでしまった」なら……。
 もしかしたら「思い込みの力」のようなものを表現したかったのかもしれません。

 「殺人鬼のカミングアウトだって? 馬鹿らしい……。」
 「そんな紛い物による誤魔化しで俺の中の獣性を飼いならせるとでも思っているのか?」
 「そんな“ゴッコ遊び”で満足できるなら、それこそ人殺しのゲームなりで発散できたハズだ……」
 「俺をファッション殺人鬼なんかと一緒にするな。“真性”なんだ」
 「よしんば心の誤魔化しが利いたとして、将来のことまで考えてみれば安心できる保障がない」
 「どうせ最初のうちは調子の良いことを言っておきながら、しばらくしたら危険人物として扱われて、あらゆる自由が制限されるようになる」
 「見え透いた疑似餌に食いついたが最後、手のひらを返されるのがオチだ」
 「世間の風潮を見るに、殺人願望を持つことが知られれば将来的には逆に殺される可能性さえある」
 「『人を殺したいのであれば、自分が殺されても文句は言えない』とかいう身勝手な理屈だ」
 「冗談じゃない。俺は殺したいのであって、殺されたいワケじゃない」
 「だったら肉食主義者はブタに食われても納得できるのか?」
 「ブーメランとでも言っておけば、なんでも論破できると思うんじゃないぞ……」
 「やはり他人なんかには頼るべきじゃない」
 「自分だけの手ですべてを成し遂げなければならない」
 自分を生まれつきの殺人鬼だと思い込んでいる設定なら、これぐらいのことは考えるのでは?
 思い込みを正当化することに人生のすべてを捧げている相手なら沈静化させることは困難でしょう。

 しかも、思い込みをしてるっぽい人に「思い込みでは?」と指摘するとキレる現象の存在ですよ。
 たとえ思い込みにしても本人の主観では絶対的な真実ですからね。
 さらに、思い込みだと自覚できたとして、それを解消できるかはまた別の話ですからね。
 思い込みにより発生する殺人をなくすには、一体どうしたらいいんでしょうね?
 (自己認識の思い込み以外には迷信や冤罪、逆恨み、幻聴などの思い込みが原因のパターンもあります)
 (自己認識の思い込みでなら殺人願望じゃなく「カニバリズム」「自分は特別な存在」「多重人格」とかいうパターンもあるのでは?)

 生まれつきで決まるのは「思い込みしやすいか?」「怒りっぽいか?」「忘れっぽいか?」という気質の有無程度だと思います。
 (思い込みしやすいと同時に、時として妙に疑り深かったりも……?)
 獲得する思い込みの種類がどうなるかは、なんらかのエピソードがあるのでしょうが、そのエピソードが幼少期のことでほぼ忘れているとすれば、自己認識上では「生まれつき」ということになるのでしょう。
 経験・記憶が即効でなく遅効、また意識下でなく無意識下という組み合わせで「生まれつきの~」という自己認識が生じるのかもしれません。

 LGBTといえばトランスジェンダーも性別適合手術したり戸籍変更した後で「やっぱり思い込みだったぜ」と戻すパターンがあるそうですね。
 ですがLGBTに対しては思い込みの可能性を指摘するだけでも無粋であるみたいな風潮……、あると思います。
 (LGBTは「生まれつき」なので「一時の気の迷い」を疑うことは「無理解」なのだそうです)
 LGBTの後押しをしてる人たちは一時的な思い込みで性別適合手術のような大きな決断をして後悔した人たちのことはどう解釈しているんでしょうね?

 (「思い込み」は自信や拘りにも繋がることがあるので、なくせば世の中が良くなるとも限らないのでしょうが)
 (思い込みは「社会的には益」「社会的には悪」「どちらでもない」に分類できそうですね(人類にそれができるかは別として))
 (あるいは「思い込みで~」という考えが思い込みかもしれないですが)
[ 2018/10/14 20:18 ] [ 編集 ]
Re: 思い込み

>丁 さん


どうもです。
自分も多少頑張って返信しないといけません。


>  一方、この森田くん(?)は空想上の人物じゃないですか。
>  ならば「それって空想上の人物がソースですよね?」というようなツッコミぐらいなら入っても仕方ないのでは。

>  殺人鬼を引き合いに出すなら、せめて実在の殺人鬼を参考にしなければならないでしょう。


まぁそうなんですよね。

でも一応自分の考えでは、この森田くんは、
まぁ現実の酒鬼薔薇聖斗なんかが入ってるんじゃないかなぁと思っています。
殺人行為中にまぁ〇〇○ーやってるところなんかがそうなワケでして、
つまりそういう欲求を止められないから、ああいう人間にとっては猟奇殺人のモチベになっている、と実例です。


自分は「吉良吉影」なんかも引き合いに出しています。
じゃあ吉良吉影がフィクションのキャラだから完全にリアリティがないデタラメかというと、
そうでもないと思っているのですね。
実際に
アクロトモフィリア(欠損状態自体への)
アポテムノフィリア(四肢切断することへの)
みたいな性的嗜好はあるわけで。



>  「生まれつき」の快楽殺人鬼だというなら無垢の新生児の段階ですでに快楽殺人鬼だということになります。
>  たとえば産まれて以来、五感を含めあらゆる情報を遮断して生きてきたと仮定して「殺人欲求」までたどり着けると思いますか?
>  意識以外の情報が存在しない世界で「人」「他人」「生」「死」「殺す」といった概念を自力発見できると思いますか?
>  予備知識ゼロから「殺人したいなぁ」という段階まで至るのは、ほぼ間違いなく無理でしょう。


そうですねー。
そのへんは自分も生まれつきとか「本能」とか言う言葉をテキトーに使いすぎてたかもしれません。
(遺伝子記憶とかそういうことにして)


ところでそういう思考って、
生殖行為に置き換えても同じようなことを言えると思うのですよね。

「全く性教育をされなかった人間が、自動的にそのような行為を行えるようになるだろうか?」という

で、多分これ無理なのでしょうね。
(そんな人体実験も無理でしょうが)

すると、「人間は生殖行為の本能が壊れている」という風に言えてしまうと思います。


でも、やっぱり、そういう欲動はあるはずなわけです。


じゃあそれの「同種殺し版」というモノはあるのだろうか? ないのだろうか?
というところが気になってきます。

動物には同種殺しの本能があって、
人間にも壊れていながら、実はそのようなものが残っていて、
それがちょっとした後押しで発現されたりするんじゃないか、みたいな。



>  わりと普通の人間が社会生活の中で殺人欲求を獲得したのが実際の殺人鬼なのだと思います。

で、結局色々突き詰めていくと大体全ては後天的ということになってしまうのかもしれません。

そうなってくると、
そもそも自分が記事内で「生まれつきの殺人鬼」みたいな表現に拘ったこと自体にあんま意味がなかったのかもしれません。


(じゃあ「後天的に殺人鬼になった人間」全員に理解を示せとなると、何か範囲が広すぎるなぁとも思うのです)



>  (それよりも合法的に社会に嫌がらせできるような(気分になる)システムがあったほうが殺人回避という点だけで見れば効果的に思えます)

ちょっと面白いですね。
今回は殺人鬼の話でしたが、

例えば「放火犯」というリスクをどうやって解決するか?という話なら、そういうのもあるかと思いました。


>  もしも『殺人鬼に生まれてきてしまった』ではなく「『殺人鬼に生まれてきてしまった』と思い込んでしまった」なら……。
>  もしかしたら「思い込みの力」のようなものを表現したかったのかもしれません。

「自己正当化」とか「確信犯」とかそういうことかもしれません。

でもやっぱり、森田くんに関しては、性衝動とストレスに尽きると思います。 
これはもう本当に漫画を読んでもらうしかないかなと思いまず
まじでガマンできないんだなということが伝わってくると思いますので。 頭痛にしても。




ところで酒鬼薔薇聖斗もこんなことを言っていました。 (14歳でこれを書いてます)


> しかし今となっても何故ボクが殺しが好きなのかは分からない。持って生まれた自然の性さがとしか言いようがないのである。
> 殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである。


こういうのが
思い込みなのか、真実なのか、
先天なのか 後天なのか
本能なのか そんなモノはないのか。


ただまぁ、現状は、人間は何も殺人鬼について分かってない分かろうとしてないって感じ、ありますよね。


[ 2018/10/16 22:32 ] [ 編集 ]
雄鶏=人間
>>酒鬼薔薇聖斗

 「神戸新聞社宛ての手紙」についてはキャラクター設定の部分もあるのでは?
 (『犯人像をイメージして書いた』そうなので言わばロールプレイングゲーム)

 酒鬼薔薇聖斗は「エキサイティング」等と供述しているので「禁忌」ありきに思えます。
 シリアルキラーは殺人を行う以前に動物虐待を行う傾向があるのだと言います。
 これを禁忌破りという軸に従って考えてみると、比較的禁忌度の小さい動物虐待から初めて、最終的にとても禁忌度の大きい殺人に至るのでしょう。
 こういうタイプは恐らく殺人が禁忌でなければ興味を持たないのでしょうが、それでは本末転倒ですね。

>>吉良吉影

 シリアルキラーは被害者の身体の一部を持ち帰る傾向があるらしいですね(戦利品、記念品)。

>>フィクションのキャラだから完全にリアリティがないデタラメか

 実在の人間が描いているのなら現実と無関係ではないでしょうし創作がなんらかの考えの出発点となってもいいのではないかと個人的には思います。
 ただ憶測ですが世の中にはそういうのを嫌がる人もいるのではないかとは思いました。

>>「人間は生殖行為の本能が壊れている」

 少子化、晩婚化の流れを見るに、その可能性も否定できないかと思います。
 本能よりも知性で将来どうなるかまで想像するから子供を産めなくなるのかと。

>>じゃあそれの「同種殺し版」というモノはあるのだろうか? ないのだろうか?

 ふと思ったのですが、この「同種」だという判断は絶対的なものなのでしょうか?
 自然界でも「サムライアリの乗っ取り」や「カッコウの托卵」のように同種と判断できていない例もあります。
 人間でもチューリングテストのような状況では人間と機械を判断できない場合はあります。

 果たして人間は同種だとうまく判断できているのでしょうか?
 ひょっとして「同種判定」は本能レベルでは結構いい加減なのでは?
 知識でもって人間は同種だと分かっていても、それが実感できるかですね。

 「殺人鬼」という名前から殺人を目的としていると思われがちですが、逆に名前に印象を決定付けられる可能性です。
 生まれつき「殺人願望がある」というよりも「同種判断能力(で生じるリミッター)がない」人種がいるのでは?(哲学的ゾンビ的な?)

 人間を同種と思わないのは、思い込みがあるからかもしれませんし、逆に思い込みがないからかもしれません。
 そもそも、全ての人間が生まれつきの状態では同種を判断する能力を持たない(あるいは不正確な)可能性もあります。
 逆に普通の人間の方が「同種である人間を攻撃してはいけない」という思い込み(社会常識)を得るのかもしれません。

 殺人と狩猟本能の関係のようなものも、あるのかもしれません。
 普通の人間にも狩猟本能はあり、現代なら「お金」だとか「いいね」などがその対象なのでしょう。
 殺人鬼となるのは狩猟の対象として「人間」が入ってしまうタイプの人間なのでは?
 (被害者の体の一部を持ち帰るのも狩猟で牙や角を保存するのと同種の行為に思えます)
 その原因としては「人間を同種と思わない」から狩猟の対象としてしまうのかもしれません。

 (場合によっては人種や性別、年齢、障がい者などの属性次第で「同種じゃない」と判断するのかもしれません)

 もしも現代にネアンデルタール人がいたとして、ネアンデルタール人を殺す行為は「殺人罪」となるでしょう。
 では、なぜ現代にネアンデルタール人がいないのかというと当時は同種だと判断されなかったのかもしれません(遺伝子を見分けた?)。
 昔の人に現代的な価値観があったのなら土地や食料を分け与えるなどされてネアンデルタール人は絶滅しなかったんじゃないか?とも思えます。

 ところで、現代人も一部ネアンデルタール人のDNAを持つという説があるらしいです。
 そう考えると交流はあったわけで、同種判断はあるような気もしますし、ないような気もします(あるけれど、さほど正確ではない?)。
 実は人間は遺伝子の違いを案外細かく判断することができて「同種殺し」というよりは「異種殺し」のような本能を持つパターンもあるかもしれません(言うなれば「人種差別」の本能?)。
 (さらに言えば、こういうふうな文章を読んだ人々が「俺はネアンデルタール人の血が強いんだ」と思い込むパターンもありそうです)

●まとめ

・本能で同種を判断できる説
 ・稀に本能で同種を判断できない固体が発生する(「同種判断困難」説)
 ・遺伝子の細かな違いさえ判断できる(「異種殺しの本能」説)

・本能で同種を判断できない説
 ・人間は思い込み(社会常識)によって同種攻撃を避けるがそれをもたない(「非常識」説)

>>ただまぁ、現状は、人間は何も殺人鬼について分かってない分かろうとしてないって感じ、ありますよね。

 直接的な殺人ならすべて犯人の責任にできる気分になるので「犯人が悪い」論の無敵感というのはあるかもしれません。
 しかし改めて考えてみると「不思議な力で死ぬ事になる」とでもいうべき現象が現代には多すぎますね。
 (例えば「交通事故死」なんかも冷静に考えると相当シュールなものです)
[ 2018/10/21 18:57 ] [ 編集 ]
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