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シン・エヴァ所信表明


一週間ほど黙ってました。 (初見感想文はまだ編集していません あーめんどい)


まぁ、なんとなく大体の世論は 肌感覚で分かってきてるつもり。
その上で まずは 自分のスタンスの話をしておきます。 すっげーグダグダと。

さて自分はこのシン・エヴァを絶賛するのかしないのか、みたいな話。


自分が思ってることを正直に言うと、こうなります。



自分は、 誰かがシン・エヴァを絶賛してる反応を見ると、 ホクホクします。 

が! それと同時に

自分は、 誰かが「シン・エヴァ微妙だったかも」と言っている反応を見ても 割とホクホクできます。

そういう気分なのです。


ガチ両刀ホク波スタイル



割とどっちの気持ちも分かる。本気でそういう気分。


「そんなんおかしいだろ!」「ズルいだろ!」
「最後の最後で日和見主義かよ!」

そう思うかもしれん。 



でも、分かる人は分かるはず。 てか、「こういう気分の人」が増えることさえ、期待している。


こういうスタンスの「逆」は、あれだよね。
「シン・エヴァ最高! 絶賛しないとダメ!」とか または「シン・エヴァ全然ダメあれを褒めてるなんて何も分かってねー」みたいな奴です。
自分はその対極行っちゃったってことで。



もちろん自分は、Qの時は「あの調子」だったと思う。 「いつまでもQ貶してんなよ」というスタンスでした。
「Qつまんねーとか言ってるやつはさ~」というスタンスでした。




(まぁ、まだそれ、やれるんだけどね)

(だって、元々Qとシンは一心同体だったんだよ? Qひっくるめてのシンじゃん。 「序破」 「Qシン」で、セットが別れてるように思いませんか? 
 だから 「Qをさんざ貶しておいてシン絶賛してる人はさぁ~」 みたいな話だって、今更出来るっちゃできる  
 でもそれはもういいや)


 (そういう意味じゃ、自分は一貫してるといえば一貫してる。 Q咀嚼できてる人が一番シン楽しめる、みたいな考えも)
 (まぁ「真逆」なのだろうな。 Qは「タメ回」なのだから Qでギャーってなってればなってるほどシン楽しめる、みたいな考え方も出来るわけで・・・ 「力みと開放理論」 )




まぁとにかく自分はああいうヤツだったわけだが、
それが、こういうスタンスになった。
「別にシン・エヴァに関しては、賛否両論、どっちも分かるよ。 誰がどっちサイドでも別にいいよ」 と なってしまった。

これは マジの気持ちです。
そうなっちまってたことに気づいた。


むしろ「こういう話」こそを 真っ先に言っとかないとダメだと思った。 ネットの「風潮」をみてて。 あんな記事がバズってるのをみて。
シンに至って、 「これを褒めなきゃダメ」 or 「これを褒めてる奴は分かってない」 とか、やってちゃダメだと、なった。

 (ある種この発言がやってんじゃん) (拒絶系感想書いてる奴に対して)



これは何か? どういうことか? どうしてこうなったんだろうか?

自分のこの気分の変化だけで、一個語れると思った。  スタンスの表明。 スタンス変化。 それだけで語れる。
そしてこれはネタバレ抜きで、語れる話だと思った。



まぁ 何が原因か考えてみると、 それはまぁ、あれです ゲンドウの発言です。
(こういう言及だけで、ネタバレになる?)


一切ネタバレの無い状態での「スタンス表明だけ」の記事のつもりなんだが、それでも、まぁこの辺から ネタバレ気にする人は読むな となります。





ところで話脱線のついでに
ネタバレについての所信表明 もしておくけど、

自分はエヴァに関してはもうむしろネタバレとか気にしないでいいんじゃないかとさえ思ってる。

(まぁ一週間我慢しておいてなんなんだけど)


てか信じられなかったんだけど、自分がファンボックスにまず置いといたエヴァの感想文を、「映画見る前に全部読んできました!」みたいに言ってくれる人がいて 
なんかもうカルチャーショックだったんですけど? そんなん、する?



自分の感覚では、 エヴァを見れてない状態なら、「ネット断ち」基本です。 言われる必要もなく当然です。
ツイッター絶ちます。 掲示板近づきません。 youtubeも危険です。 それが当たり前です。

「映画見にいく直前に ひとの感想文を全部読む」 ・・・それはちょっと分かりません。



自衛が当然だと思っているので、
「ネタバレ厳禁」 みたいな注意書きを、 エヴァの感想文につける必要も、本当は無いはずです。



「これはネタバレ要素を抜いた上での感想文なのでどなたも気にせず読むことが出来ますよ~」 そんな配慮さえ、なんかおかしいだろと思います。



自分だったら、 エヴァ見る前だったら、そんな「ネタバレ配慮の感想文」すら、 
読みません触れません開きません絶対に立ち寄りません。

 (ネタバレ抜きと言っておいて、どっから情報が入ってくるか分かったもんじゃない)
 (絶対に何か、フィーリングは入ってくる)




大体、なんでそんなのを読む必要があるの?


「ネタバレ抜きですが すっごく良かったです! 絶対にオススメです」 みたいなことが書いてあるワケでしょ?
(それか「ネタバレ抜きですが シン・エヴァは意味不明でした オススメしません」みたいなことが)


そういうの見てから、観に行くかどうか、決めるの??


そんなん関係ないわけですよ。


エヴァは、見るのが絶対決定事項で、 「どれだけ早くか」 だけが 問題です。

ネタバレ抜きの感想文で 他人がオススメしてあるかどうかなんか、 全く関係ありません。  そんなことでは何も左右されません。


むしろ、勝手にハードル上げたり、 勝手に「あー駄作だったのかー」「あー〇〇さんは合わなかったのかー」 なんて思いながら映画を見ること自体が、ノイズになっちゃいます。


そんなノイズを入れてから映画見るなんて、エヴァと向き合うなんて、 したくありません。 要らない。




だから、

とにかく
「エヴァは、 すべてシャットアウトして 己の身一つで 突撃しにいく」
そういうモノなのですね。


光波、電磁波、粒子も遮断しています!何もモニターできません!

・・・
それ 当たり前だと思っているので、  それが普通のスタンスだと思っているので、
つまり、 
ネタバレなんてものを気にしたりする必要が むしろ無いもんだと思っていました。

(今、pixivに来ているエヴァファンの人は、覚悟してる人ですよね? くらいの気分)



『シン・エヴァ』、ネタバレ配慮の独特な雰囲気

こういう記事をみても、 は?そんななってるかな? そもそも自衛は限界までしろよ、という気分だったりします。

(もちろん自分も結局ツイッターで一週間エヴァのこと呟かない「行」を やっていましたが)
 (このブログを10日くらい封印してたのは、いつものことだけど)



・・・
ということでした。 

だから、ネタバレ注意! みたいなことは、 エヴァの場合はむしろ不要になってきてんじゃないかとすら思っています。

普通、 すべてを遮断するよなぁ??? 未見なら???


(未見なのに、ツイッター見てて、 「ミュートワードすり抜けるー」「ネタバレがー」 とか言ってるの、おかしくない? ツイッター見てるのが おかしくない?
その程度の覚悟かよ?  と、思っています) 
 (もちろん仕事でツイッター必須な人はしゃーないと思うが) (いやリストかアカウントでなんとかするだろう)



ネタバレについて、自分が思っているスタンスは、こういう感じです。
(結局トゲトゲしてんのかな、こういう部分は)



で、やっとゲンドウの話に戻ってくる。


自分のあの辺のスタンスの変化がどこからくるのか。



それはすべて、 「そういうしんどさ」を ゲンドウが劇中で吐露してくれたからです。

人間が、他人の意見の間で疲れてしまう、現象。 そういうしんどさ。


それがあんまりにも良かったから、 自分も 「もういっかー」となったということです。


自分も「もういっかー」となったし、 他人に対しても 「もういっかー」となったということ。 めっちゃ簡単に言うとそういうことです。



こういうのもあります。


うんこちゃん、
2年前、Qはそうとう褒め目で語ってた筈ですよね。  だから自分はその雑談のことはずーっと覚えていました。




ああ、ネットではQ叩くヤツの声の方が大きいのは分かってたけど、

うんこちゃんは「そういう風潮」にも流されずに 「話はぶっちゃけ分かってなくても」「自分が映画館で感じた通りの面白さ」を ちゃんと主張できる人なんだなぁ、 やっぱ、そういうところがいいよなぁ。

そう、思っていました。



それが今、 この時の雑談では ↓こういう風に言っています。



まぁ見なくてもいいけど、 言ってることが微妙に変わってるんです。




でも これに対して、

「言うこと変わってんじゃん」
「真逆になってんじゃん」

「おい、結局 うんこちゃんも Qダメだったって意見に、鞍替えしてんじゃん」

「お前の祭り上げてた神輿は死んだぞ」



・・・
って言うの、思うの、 違うんです。



もう、そういうことを 「矛盾」 とか 「掌返した」 とか 「本音が出た」 とか 「逆張り・順張り」 とか
言ってる場合じゃない。



そういうことは、 す べ て、 ゲンドウが語ってくれました。
(あえてこういうノリですけど)


これこそが、現代人の抱えるしんどさの根源なんです。





人間は、その時々で 勝手なことを言う。 真逆に捉えられるようなことさえ言う。


そして 言われた人間もそれに流されたり、翻弄されたり、困惑したりする。


何が真実で何が嘘なのか分からない。 いや多分、 全部真実で全部嘘なんだろう・・・


ああしんどい、他人の意見しんどい。 自分の気持ちもよく分からなくなってくる。


・・・
・・・ そういうしんどさ 苦しさ 難しさ を、 全部、 あの ゲンドウが 語ってくれました。




それが すっごくよく分かったし、 自分もそういうこと言うし、 他人を振り回すことがあったかもだし、
自分も他人のそういうところに 振り回されてきたように思う。


・・・
・・・
・・・

じゃあ、 もう、 いいんじゃないか?


「そういうこと」ですよ。  (付いてこれてる?こういう文章)




結局、 人間 どっちにだってつけるんですよ。   (「主語がデカイ」みたいな無意味なバズワードにも、流されるなよ? 使っていいんだよこういう表現は)



シン・エヴァ、絶賛サイドで 感想を書くことだって出来る。 その気持ちは本当。

シン・エヴァ、微妙サイド、絶不評サイドで 感想を書くことだって出来る。 その気持ちも、本当なのです。




大体、 自分だって、かけるっちゃかけるからね。 「否側」の意見で。

(どういう点で書くかだけど、それはまぁ 「絵の力」とか、そういう話。 「シルエット論」とか 「地と天」とか
「画面の情報量操作」とか、 そういう話も出来るかもしれない)


(まぁ基本、今シン・エヴァ「うーん」の人は、
・設定で「うーん」
・話の流れで「うーん」
・カップリングで「うーん」
・話が結局Q並に難しくて「うーん」 
なんだとは思う。 それも分かる)





どっちのサイドでどういう発言するかなんて、 割とその程度のことかもしれない。
そしてその気持だって、すぐに揺らいで変わってくる程度のことかもしれない。



大体、 割と自分自身、 映画館でた「直後」は、 かなり混乱してた気がするんですよ。


フラフラで、なんとか帰るだけのことしか出来なかった。


そんで帰ってきて、 とりあえず感想文書くか、と思って まずはガーッと書いてみた。


書いている内に、気持ちがだんだん整理されて、 
あれ? なんだか好きな所 面白かった所しか無かったんじゃないか? 
なんであんなモヤッとしてたんだろう?
 ・・・みたいな気分になってきたんです。


だから、結果的に書いた文章は 賛側になってるとは思うけど、
本当は 「なんだかモヤッとしてますー」 って意見だって 全然アリだと思ってる。
むしろその人はとても正直だ。



そして、 ネット上の感想に触れている内に、 人間の思ってる気持ちなんてまた、簡単に揺らいで、方向性が決められていってしまうのを、感じました。 

その程度のモンなんです。



今、ソレこそ 「シン・エヴァは褒めなきゃダメ」「これ楽しめないヤツは分かってない」って意見に当てられすぎたら、 そういう掲示板ばっかみてたら、 なんだか凄い みんなが楽しめる映画だったような気がしてくるし

「シン・エヴァはクソ」「こんなの褒めてる奴はニワカ」「なんも分かってない」 って意見に当てられすぎたら、そういう感想文ばっか読んでたら、 なんだか褒めてることが恥ずかしいような気がしてくるだろう。  



人の意見なんて 人の感想なんて、 「そういうモノ」 だってことです。 


作品の評価、 作品の立ち位置さえ、 「そういうモノ」 かもしれない。



今、「さよならジュピター」って映画について、ちょっと調べています。 (脱線)

自分はこの映画を知らないし、アマプラでこれをレンタルする気はないけど。


元々この映画はボロクソ評価の映画だったようですね。  当時流行ってた映画の要素を寄せ集めただけのごった煮のような映画だったようです。 
でも、今はなんだか、それを好意的に受け止めている人も 多いようです。


じゃあ、どっちが正しいの? 当時ボロクソ言ってた人の意見は、間違ってたの?  
「今改めて見たら悪くないよね」って後から言ってる人が、正しいの?


後世に固まっていく評価だけが、絶対的に正しいの??



・・・
そういうことではない。 まじで、 どっちの気持ちも「本当」なんです。

(なんかヌルーい 多様性 「どちらの意見もわかるよねー」なんてことを言いたい筈はなかったし)
(自分はそういうことを言うようなヤツでは無かった筈なんだが、 結局結論としてそういう所に行かざるを得ない)



この話は、ありとあらゆることで言えるかもしれない。 どんどん脱線します。


自分的には 「ゴジラFW」とかですかね。


今、あの映画を肯定的に捉えている人は、結構増えているかもしれない。


じゃあ、当時ボロクソに怒ってた人は、間違ってたの? 
いや、そんなことないと思うわけです。


当時映画館に行って 「こ、これが、これがゴジラ映画の最後なのかよーー!!?」って 落胆したり激怒してた人の気持ちは、「本当」だと思うわけですよ。


だって、もうゴジラ映画は「本当にこれで最後」だと思ってたわけじゃん。
今でこそ結局ゴジラはずーーーーっと続いていますから、FWも 「色々あるゴジラ映画のなかの一つ」と受け入れられています。 でも、当時は、そうじゃなかった。


だから、受け止め方が変わるのは当然。


そこんところを、 「ゴジラFWの楽しさが分からんようじゃダメ」 「あれ貶しとけばいいと思ってるようなヤツは分かってない」 みたいなことを言ってたら、
それはそれでむしろそっちの方が間違ってるように思えてくるわけですよ。


つまり、 状況を考えれば どっちの意見もまっとうなのです。  
(そして、それを言い出せば、すべての人間の脳みその前提から違うので、すべての意見は違ってて当たり前なのですが)


(ゴジラ界隈にもこういう「しんどさ」、あるからね)
(全てのゴジラを褒めなきゃ 愛さなきゃいけなさそうな風潮、 同調圧力)
 (自分はそういうのちげーと思ってますけど)



・・・
まぁそんな感じ。


うんこちゃんが Qに対して あの時は褒めてたのに 今はなんか下げてる 言ってることが真逆になってる ことだって、
まさに「そういうこと」の一例 と考えられます。

むしろ非常に良い例を示してくれたとさえ思います。


この2、3年の間に ネット全体の風潮みたいなのに当てられて、
「あ、Qって下げ目に語ってたほうがいいのかな・・・」と、どこかで思ったのかもしれない。
そうして、自分でも無意識レベルの内に、 意見が変わっていく。




つまり、 人間なんてそんなモン、 感想なんて、そんなモン。


「どっちサイドついてるか」 だって、 そんなモン。


「敵と味方」も、そんなモン。 


「賛否のどっち寄りで感想文書いておくか」 なんて そんなモン。



・・・
「そういうモノ」 なので、 あんまり他人の言葉に揺らいだり、 怒ったり、 惑ったり する必要、ないんじゃないか?



そういうことを、自分はあのゲンドウの発言から感じました。



「そんなモン」
「そんなモン」とばかり言ってるから

どうでもよくなったとか 軽んじてるのか って思われるかもしれないけど、 そういうわけでもない。


「人間の心って 人の意見って そういう風にできちゃってるよね」 ということを 自他ともに確認していく感じなのです。


そうすれば、あんまりブレたり苦しんだりしなくなる そういうことではないかと思ったのです。



(てかこういう話、 TVの最終回でも言ってたよなぁ?)


「晴れの日は気分良く」

「雨の日は憂鬱」

「・・・と教えられたら そう思い込んでしまう」

「雨の日だって 楽しいことはあるのに」

「受け取り方一つで まるで別物になってしまう脆弱なものだ 人の中の真実とはな」


・・・


つくづく、エヴァには全てが入っている。

(結局新劇も旧劇も、 テイスト「すらも」同じなのではないかと思っていますが)
今更気づくべきことでもなかったかもしれない。







というわけで、
改めて自分のスタンスは とにかく 「こういう感じ」


シン・エヴァ褒めてる人の気持ちも分かっちゃうし、
シン・エヴァ貶してる人の気持ちも分かっちゃう。


なんか、どちらのサイドもオッケーなヤツになってしまった。 そもそもサイドなんて言う必要がない。


都合いいよなと思うかも知れんが、 全ては ゲンドウくんの発言がめちゃくちゃ良かったから。 あれでこうなっちまいました。
とにかくそれです。




・・・ 浄化されたってことでいいんだろうか?
これがATフィールドを失った世界か。


いや
じゃあ「なんでもオールオッケー」で ATフィールドなくなって 全てを許容するかというと、 「全て」ではないよな。



そういう意味じゃ どういうのがむしろダメかと言うと、

「シン・エヴァは絶賛意見しか許さない風潮」とか。
また真逆で
「シン・エヴァを褒めてる奴はなんも分かってない にわか」とか 言ってしまう人ですね。 


そういうのは、それこそ、 ゲンドウの発言を 受け取められてないでしょ、 で吹き飛ばせられる。




ほんとうは、 「どっちでもいられるはず」だよ。
(メチャクチャ極論いってるようだけど、これ重要)



自分だって、 5万円貰えれば、シン・エヴァ貶す文章書けるよ。 書こうと思えば。

逆に今、
シン・エヴァを貶してる人だって、本当は、 10万円も貰えれば シン・エヴァ褒めるスタンスでレビューすることだって出来るでしょ? 
書こうと思えばなんだって書けるはず。
「褒められる部分」はもってるはずだよ。 その面を見ようとしてないだけで。 


お金で、
汚い卑近な言い方をすれば、そういうことになる。

でも、「ある種」 すべては、そういうことでしょ?

(こっからマジ大事)



「ここはエヴァの考察ブログだから、シン・エヴァは絶賛のテンションであげていこう」


「ここはエヴァの考察チャンネルだから シン・エヴァは絶賛目にレビューしておこう」


「自分はこういう小説を書いているから~」


「この掲示板は、エヴァ絶賛めの空気感だから、褒めるように追従しとこう でないと爪弾きにされる」



「自分はこういう性格のやつだから、 これくらい過激なことを言っとこう 言ってやる!」 
(シン・エヴァ貶してる人の心情なんてつまりこれですよ)
 (そして自分にもそういうところはある)




・・・
みんな あらゆることで、こういうムーブをしている筈ですよ。


みんな「自分のスタンス」の中で、 自分の仮面を作って 
自分にとって都合のいい方向性の話を 話してるんですよ。


すると内面内心は大して変わらなくても、表面上は 真逆のことを言うようになったりする。


「そういうこと」なんです。 その程度のことなんです。



そういうことを 今回、 全部ゲンドウ君が明らかにしてくれました。 

それ大変ですね。 しんどいですね。 よくわかんないですね。 でもみんなそうなんです。

分かったんだから、 安心しよう、 ということです。





・・・

というわけで、 ネタバレ抜き(のつもり) 「スタンス表明」 だけでも これだけのことを 語れました。


これだけのことを導いてくれた、 あのゲンドウ君の告白があるからこそ、  
やっぱ、 シン・エヴァは傑作ってことで 結局いいんでないか? とも思うわけです。


(最終的に自分のスタンスはここかね、と)



そして
「こんな意見」だって、変わっていくかもしれないし、流されていくかもしれないし、
自分で言ったことだって、いつか忘れていくかもしれない。


だからこそ、思ったことそのまま書いておく というのも大事だと思うわけですね。



(そもそもその上で、 「エヴァは無色だ」とか 「エヴァは玉虫色だ」みたいな話もできるんだよね)

(だからこそ、人の中でこんなにも意見が分かれるわけです)
(それは見る人間そのものを反射してしまう鏡みたいなもんだから) (これはみんな分かってることだと思うけど)
 (だから、 「エヴァ見たけど何が面白いか全然わかんなかった」とか殊更に言う人は・・・みたいなことも)





いや、その上で自分が一番考えないといけないのは、 ゲンドウの発言のもっと別の部分だったりする。 
最終的にはそこを語っていきたい。


自分は「一方通行」しか望んでないんだなぁという話。


関連記事
[ 2021/03/15 14:26 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(4)
色んな感想記事を読み漁りましたがNEETさんの文章は読みやすいです。

シン面白かったです。Qの時は破で期待してたほどじゃなかったですが、
今回は期待以上でした。

見終わった後、色んな感情が溢れ出した映像作品は初めてです。

個人的面白さランキング
Q+シン>破>シン=EOE>序>TV>Q (シト新生は見てない)
[ 2021/03/15 21:11 ] [ 編集 ]
ネタバレの件に共感します
ネタバレ、何の感想も読まずに自衛しまっさらな状態で自分の感想を持つべき。というものに共感しましたし、本来興味があるものなら公式の事前情報以外は見ないようにするのが当たり前だと思います。
しかし、「中途半端に興味がない人」はその意志は無いですね。
これはいわゆるあまりこだわりのない「一般の人」に言えることかもしれませんが、僕の兄の行動に驚愕したことがあります。
スターウォーズep9が公開されたとき、兄は「ep8は観てないけど ep9観に行って面白かった」と言ったのです。
続編と分かっていて途中の話を観ないのってあります??
僕としてはかなりおかしいと思いましたが、「一般の人」はそういうスタンスなんだと痛感しショックを受けました。
そういうもの なんでしょうね
[ 2021/03/16 09:53 ] [ 編集 ]
Re: ネタバレの件に共感します
> シン男 さん

> スターウォーズep9が公開されたとき、兄は「ep8は観てないけど ep9観に行って面白かった」と言ったのです。
> 続編と分かっていて途中の話を観ないのってあります??
> 僕としてはかなりおかしいと思いましたが、「一般の人」はそういうスタンスなんだと痛感しショックを受けました。
> そういうもの なんでしょうね


その見方は変だと自分も思いますが、
スターウォーズの場合は、実はありだったりしないかな、なんて思ったりしますw

もちろん最終的に全部みるのであれば、ということですが。
全部みるのであれば、それは「時系列シャッフル」を自分でやって見た、ということになりますからね。


「あの人物が急にこんなんなってこんなことしてるけど、これは何があったんだろう?」

そうやって自分で勝手に伏線を増やして回収することができる感じでしょうか?


スターウォーズを、あえてEP1から見てみるというのも、普通におもしろいらしいですね。

[ 2021/03/18 18:07 ] [ 編集 ]
コメ返信
> えゔぁふぁん さん


どもです。
シンよかったですよねー。



ちなみに自分は、やっぱそれでもTV版も大好きで仕方がない!のですよね。
今見たら、今のアニメからしたら、「作画ヘボいやん」となるのかもしれませんが、その辺はもう、思い出補正でやってるようです。


というわけでなかなか順列は付けられない となってしまいます。

いや、そういうのも逃げなのかなと。 実は「序が割と一番普通」、みたいなことにはなるのですよね。
そしてそれ以外は、並のアニメじゃねーですよね、エヴァは。
[ 2021/03/18 18:14 ] [ 編集 ]
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