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「プロフェッショナル仕事の流儀」の感想



色んなことがどんどん後手後手になってる気がする。
感想もそう、何事もそう、 全部周回遅れになっていく。


で書くことは山積みになっていく。
↓この画像一枚からでも膨らませて、記事一個書けますよ。 なんでなのかって。



そんでこないだのプロフェッショナル。あの番組の感想だって書きたくなってる。
というか書こう。

あの番組によって色々吹き飛んだ話題もあるんだ。




画の話
監督の方法論
式日の話
なんかが入っています







それにしても、環境の変化が凄まじいと言うか。

例えばちょっとした感想なんて、書かないでいるウチにどんどん旬が冷めてしまう。

自分で思いついたつもりの、自分では新鮮だと思ってた ネタのような感想だって、
放っておくといつの間にかネット上の 「よくある感想の一部」みたいなモノになってしまう。
おそかれはやかれ、誰かが言い出すから。

「これって京大VS東大だよね」 とか、そんな感想は、言う必要もなくなってしまう。



「あのシーンはロトスコかモーキャプか」 (レーションのシーン) みたいなことでもなんか書こうかと思ってたけど、
そんなことすら全部吹き飛ぶくらいの内容だった気がする。 プロフェッショナルは。



自分が書こうと思ってたことに (誰でも書けると思ってることだけど) 

「結局、 旧劇のはすごかったよな」 「旧劇のアングルはすごかったよな」 
「旧劇のレイアウトは~」 「結局~、」 
みたいな話も、あったわけです。


例えばこういう動画をみてると、なんだかそんな気分がしてくる。






もちろん絵のクオリティとしては新劇の方が時間も金もかかってる絵だとは思うけど、
「なんかが違うよな」という気持ちがある。



実際、何が決定的に違うんでしょうか?と












これはなんだ? この感じは。


外国人が「シネマトグラフィー」みたいな言葉を使って称賛するような 画だ。



こういう画は、本当は新劇と旧劇でどっちのほうが多く摂取できただろうか? みたいなことも考えたし、
山程書けると思ってたわけですよ。





あとは、庵野秀明みたいなショットってなんだろう?みたいな話。


一つはキューブリックみたいなシンメトリーの構図とかあるけど、もう一個特色があると思ってる。
シン・ゴジラでは結構ありましたよね。 あれとか、これとか。 ラブアンドポップにも。


つまり、カメラに対して 客に対して ギョッとさせるような演出が特徴だと思ってた。 驚かせてくれる。
先端恐怖症を煽るようなことだ。 変なところにカメラつけるのも結局はそういうことだろう。


でもそういうの、シン・エヴァでは何箇所あっただろうか?
一升瓶置くシーンと、障子開けるシーン・・・ その2箇所くらいしか、ぱっと思い浮かばないのではないだろうか? みたいな話。

・・・


つまり前に言ったとおり。
シン・エヴァ、 賛も否も、 自分はどっちも書けるけど、
まぁ否を書くなら 自分ならひたすら、「画」についてのことだよね、みたいな話だ。



旧劇が持つ、 どうしようもない 美しさ、 あれは何だったのか?




誰の功績だ? 誰の成果だ? 何の才能だ?

やはり絵コンテ?

摩砂雪の絵コンテが、凄かったのか?



もう失われたセンスなのか? シンにはないのか?


・・・いや、シンにだって美しい絵はあったはずだ? 見逃しているのか? 見ようとしていないだけなのか?





だが、やっぱりもう何かが違うような気もするのだ。


・・・
そんな話だって延々と出来るはずだった。



ところでこの世で一番面白いナウシカは、庵野カントクがオーディオコメンタリーしてるナウシカだと思ってるんだけど、
あれって今どこで見れるんだろうか? 

(昔DVDレンタルしたら聞けて、すごい得した気分になれた)
(あれのためだけにBD買うのもめんどうだ)
(アマプラでオーディオコメンタリーだけ聞く、とかやりたいんだが、そんなのは無い)



で、多分そこか、別の所で言ってたと思うんだけど、

「(自分的に)もののけ姫はダメでした 昔の宮崎駿はもっとアングルすごかったのに 才能は枯渇してくなぁ~」 みたいなことを庵野監督が言ってたと思うのですよ。


んで、 まさに!じゃんと。 
まさに同じことが自分に巡ってきてんじゃんと、 それと同じことを書いてやろうかと、自分も思ってたワケです。


・・・・
でも、「そんな話」は、 あのプロフェッショナルで 全部吹き飛んだワケです。



「あー書かなくてよかった」、と、なっちゃうワケです。


もう、庵野カントクは 「そういう意識」で 映画作ってない、ということですね。



あの番組みて自分が感じた気分は、 ひたすら「監督は全てに飽きてる」って感覚でした。

多分庵野秀明は飽き飽きしてる。

それは、本人の脳の中の結果やアングルにさえ、もう飽き飽きしてる。




多分、昔と同じような感覚、昔と同じ方法論でエヴァを作ることだって、やろうと思えば出来るんだろう。

絵コンテ切って、同じようにやる。 全部 「設計図」を作って、下に指示していく。

強烈な才能で牽引する 上から下に流していくやり方。



そういう方法論でやったなら、 多分、 旧ファンが望んでるような、 ああいう画、ああいうアングル、
「そういうの」がたっぷり摂取できるような、かつてのようなすげー映画になっただろう。



でも、本人が一番それに飽きてるんだろうな、というのがひしひしと伝わってきた。

「もうそれは前にやったから良いや」、ということなんだろう。




自分のような 下々の一般人からしてみれば、それでも どう考えても庵野カントクがコンテ切ったシーンの絵は凄いに決まってるだろう。



シン・エヴァのいいシーンは結局あれコンテ書いてるんじゃんということになる 破のあれはコンテがこうなって・・・

「ほらあそこああじゃん、 あれのアレのあのシーンはああじゃん! ああ指示してるから凄いんじゃん!」
 とか、言い続けることができる。




「バーチャルカメラ?」
「プレビズ?」
「絵コンテ作らない?」「設計図決めないアニメ作り?」 そんなことしてるから、あんな感じなんだろ?

下のスタッフに丸投げして、ちょっと指示してるだけだからだろ? と

・・・
「そういうこと」は無限に言える。



でももうそういうことは、もう当の本人には、 「通じない」


本人が飽きてるからもうやらない ってことになってしまっている。

本人が楽しくないことは もうやりたくないんだろう。

同じことの繰り返しはもう、つまんないからやらない。


(まぁだからこそ、「プロフェッショナルじゃない」とも言える)
究極のアマチュア 自分が楽しいことしかやらないやりたくない。 それで、ここまで来てしまった人)



「お客さんも喜ばないでしょう」とか本人は繰り返し言ってるんだけど、多分そこは違う。  
客はカントクよりずっとバカだからこそ、同じことの繰り返しを、むしろ望んでる


つまり見えてくることはひたすらそういうこと。


「庵野カントクの脳みそ」というのは、 本人ひとりだけ数歩先に行き過ぎちゃってるので、 もう旧ファンがこだわってる所なんか 飽きてるし置いてけぼりにしているわけだ。



じゃあもう、「旧劇がー旧劇はー」とか言い続けてたら、そういうことじゃん!


あの番組みてて、自分はそういうことをひたすら感じてしまいましたとさ、ということなんです。
だから、画の話題はもう書けなくなった。


これで一応、あの番組の感想の一部。 本気で氷山の一角です。
本当は当然、もっと山程書ける。



「監督としてはどういうタイプだろうか?」 とか。


宮崎駿タイプとは違う。


ジブリは強力なトップダウン方式だから「ジブリじゃ育たない」と、庵野カントク自身がよく言っていたことだろう。

(ものすごすぎる絵コンテを、全部一人で作ってしまう。 あげく絵コンテに「色」まで塗り始める始末)
 (その代わり絵コンテが遅れるとみんな先が分からなくて困るんだがー)



じゃあ、それとは真逆のような今のカラーは、育つんだろうか? 


番組みるかぎり、
あれはあれで育たんだろうと思ってしまうが。


ものすごいアバウトなニュアンスで下に丸投げしておいて、 でも期待に添えないと 結局 全部本人が塗りつぶしてしまう。

そういう方式に見えた。 (メチャクチャだよね) (他の誰も許されないような作り方だと思う)



現場の雰囲気「自体」としては、 「厳しさ」は全然みられなかったと思う。

あの番組の中で、庵野カントクが部下に腹立ててたり怒ってたり不満そうな表情したり というのはゼロだったように思う。
(ただ、全てに飽きてるような 退屈そうな感じはある)



宮崎駿の場合は、 そら厳しい。 

でもあれは、「優しい厳しさ」なんだ。

絵コンテという全部の設計図があるという点では「優しい」。

実際の要求やダメ出しはメチャクチャ厳しいだろう。  
(それは本人が一番出来る人間だから、 部下が出来ない気持ちが理解できないから、 すごい厳しくなってしまう)

指示は厳しいだろうけど、それは全部「具体的」で「適切」だとは思う。
「お前はここの観察眼が無いからダメなんだ!」みたいなことバリバリ言うだろう。言ってくれるだろう。




庵野カントクはその「真逆」のように思えた。


指示も却下も、全部ものすごいアバウトなフィーリングでやってる感じだった。 丸投げ。


(部下が作ってきた成果物を一瞥して)
「なんかよく分からないけど、これではないということが分かりました」 → 全ボツ


これはひどすぎるw


部下に対する物腰自体は柔らかいけど、やってることはアバウトであるがゆえに厳しすぎる。 
やられる側は溜まったもんじゃないだろう。



・・・てなことを考えると、

庵野カントクは「ジブリでは育ちません」てなこと言ってたけど、 あれもあれでどうなん? とは思った。
みたいなこと。



いや、どっちも千尋の谷なのではないかとも思う。

ジブリとカラー、 どっちが地獄だろうか?

宮崎駿の下で働くのと、庵野秀明の下で働くの、どっちがキツイか問題


究極の選択。




本人が一番できる。
なんでも出来るが故に厳しい宮崎駿。


本人は絵もかけない。
一見優しそうだけど、やっぱり人の心がない高畑勲。


庵野秀明はどうだろうか?
絵が描ける高畑勲?


・・・まぁこんな分類意味ないと思うけど





とにかく 人の成果物に対して「思いやり」なんて持ってない、 持ってちゃ監督なんてやってられない、
ということは見えてきたかと思います。


まぁそうだよね。


「〇〇クンがこんだけ頑張って作ってくれたんだから、もうこのカットはこれで良しとしましょうか~」
・・・こんな気分で映画作ってる人は、大したこたないでしょう。


物分りの良い先生みたいな人格者じゃ、ロクな監督にはなれない。



傑作映画のメイキングとかみてると、どれでも必ずいつも感じること。

「ボツシーン」というのが本当に、なんでボツにしたのか分からなかったり、 無茶苦茶「もったいなく」見えるんですよね。
(だからこそそれが、映画の「下限」を高めてるんです)


そこで貧乏性働かせるようなやつは、 偉大な監督にはなれない訳だ。


で、そのためにはもう、人の心捨てるしかないよなぁと。
他人の成果物に対して、ダメなものはダメ とハッキリ下せる人間じゃなきゃいけない。


そんなことも見えてきた。


・・・
他人の才能を搾取してる ものすごく残酷な環境、というのはどこも一緒なのかもしれん。
どこまで行っても、ピラミッド




結局書いてんじゃん。


他に思ったこと。


今プロフェッショナルを受けて、 みたくなるのは ガメラ3のメイキングだなぁ みたいな話。


あれはスタッフのギスギスシーンばかりを集めた超露悪的なメイキングで、 「庵野秀明性格悪すぎ」 と言われているが、


こういうのを見ると、 それは「性格が悪いからギスギスを暴きたくてやった」とかそういうことじゃなくて

なんかもう そういう趣味・性癖なんだ、 ということが見えてきたかもしれない。

自分が見たいモノを、お客もみたいと思ってるんだろう。

みんな喧嘩すればいいんだ。



インタビュアーがくそツマラン。
庵野秀明を前にして、よくそんなつまらない質問できるなぁ?? 代われ! みたいなことを凄い思ったりする。


あの手の番組、本当に考えなしの質問してるなぁと腹が立つ時がある。
自分だったら、こういうこと聞くのに とか。


なんかもう、登山家を前にして、今更、「あなたはどうして山に登るのですか?」みたいな質問をやってるような調子だった。
その程度の意識の質問ばかりだった。 もうちょっとなんかあるだろ。
お前らにこそプロ意識はあるのかと、逆に問い詰めてやりたい。



本当、「鐘がなるか撞木がなるか」だと思う。 鳴る側は凄いが、叩く側の意識が低すぎる。
相手が天才だから結果的に面白くなってるだけなんだ。


インタビューする人間は、回答がつまらんかどうかよりも、自分の質問が良いボール投げてるかどうかを考えないといけない。



他にも話題が無限にある。

自殺の話もあるし、
加持シンジの話もあるし、


あとは普通に、 鷺巣詩郎のさの字も出てこなかったのは不思議です。
(だって、ジブリのドキュメンタリーやって、久石譲の話題を微塵も出さないようなもんじゃん)


・・・
なんだあの番組は。 というわけでいちいち、無限に話題が止まらない。


4年取材して二時間番組というのはもったいなさすぎる。
ポニョの時みたいに、もっと長編のやつを後からお出しして欲しい。


大体、「式日」の話をしてもいいんだ。
あの結果、数万年ぶりに式日をみてきたんだけど、感想。



自分としては式日の感想は多分だいぶ違うと思う。



まずいいたいことだけど、ウチに来ればああいう景色 (後半の家族会議みたいなの) はいつでもみられる
自分の姉はああいう感じだからだ。 うちの家族にそっくり。




つまり、統合失調症でヒステリーの女というのは、ああいう感じで、周りにブチ切れる。



あの映画の「驚きどころ」というのはどこだろう?


女の主張を鵜呑みにしていると、
「こんなやべー女をやべー女に育てあげたという毒親がついに現れて、面談をするらしい。 一体、どんなラスボスが出てくるのやら・・・」
と思っているところに、出てくるのは普通のおどおどしたおばさんなので、「アレッ?」と思うのが ビックリポイントなのではないかと思う。



つまりそういうことなのだ。 「ひどい目にあった」「ひどいことを言われた」「あいつのせいで私の人生は~」 と言いまくる人間が居て同情しちゃっても、
もう一方の人間の主張も聞いてみないと、わかったもんじゃない ということだ。



統合失調症の人間は認知が崩壊してるんだから、その被害妄想 被害者意識はとんでもないことになっている。

母親がもう「ごめんねぇごめんねぇ」しか言えない感じなんか、もうそっくりだ。



・・・まぁそういう感じ。


でも案外、
”式日” ”統合失調症”でググってもそういう感想を持ってる人は実はあんまいない気がする。


かといって別に、あの映画を↓こういう風に貶したいわけでもない。



とにかく、草薙浅黄の演技は凄いし正しいと、自分は思うわけです。
キチガイはああいうキレ方泣き方するわ、と。

セガールの娘なのにめちゃくちゃ!キチガイの演技がうまい!と、自分は驚いてしまうわけです。




もちろん、実際あんな人間がリアルにいたら、なんかそれっぽいことを言って分析するとか、
なんか無理やり家族に合わせて感動っぽく解決するとかでないことは分かる。 イシャを呼べ!ということだと思う。

でも別にそういう気分ではないってことですね。


式日は別にキライじゃないです。 でもラブアンドポップの方が好きです。


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[ 2021/03/26 19:21 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(0)
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