ニートが頑張るブログ

ニートが現実逃避するために創作活動など色々とカオスに頑張ってみる
ニートが頑張るブログ TOP  >  駄文 >  人間は死なない

人間は死なない

なんかこう,毎日少しずつ考えているちょっとしたことを
ちゃんとまとめていきたいんだけど難しいですね.

前からずっと考えてきたと言えるんだけど
「人間は死なないんじゃないか」という結論に達したのですが
いきなりそれを言っても阿呆にしか思われません.

その結論に達するまでに
考えたいろんな屁理屈が積み重なっているわけですが
それを全部ぶちまけるととんでもなく長い長文になります.



それに全部ぶちまけるというのも難しい話で,
どれだけ長文を書いたところで不完全です.
自分が考えていることを完全に伝えるには
最悪自分と同じ人生を最初から追体験するしかありません.
更に自分の脳から何から全て同じ状態にして
自分が生まれてから今に至るまでの脳の状態遷移を全て
同じに辿れば納得できます.
そしてそんなことをするということは,
それはもう完全に今の自分と同じになるということなので,
「今の自分が今の自分の理屈に同意・納得している」
という時点で,全ての人間がこの過程を辿れば
この理屈に同意してしまうということです.

これは当たり前すぎて意味がない主張ですかね.


しかたないので不完全ですがぼそぼそと
書いてみまふ.





まだ書きかけです.
永遠に書きかけかもしれません.


普段息を吐くように自殺自殺と連呼しているこのブログとしては
相反するようですが,
自分にはなんか「死なない感」があったりします.
「死なないんじゃないか感」

( 例えばこの「死なない感」という,今でっち上げた造語についても
 1個記事を書いてちゃんと説明しておくべきなんですよね.
 そしてここにはそのリンク貼っておく,と.
 本来そんな感じに綺麗に纏めていきたいということです.)

「全ての人間は死ぬということになっているし,
 他人の死をこの目で見てきたこともあるけど,
 ひょっとしたら自分だけは死なないんじゃないか」
この感覚を持っちゃっている人は結構多いと思うんだけどどうなんだろう.
この感覚に説明を付けようと思ったところから始まりました.


他にも,
「自分が生まれてから今まで連続しているのが信じられない感」

例えば小学生の頃の自分は,人格的にも肉体的にも
完全に死んでいると思うんだけど,今もこうして自分は生きています.
逆に言うと今も自分は死に続けているのかもしれません.
それなのに意識は連続して自分の意識を見続けています.



全ての人間は自分の意識だけを見ることができます.
(正確には,自分がそうだから他人もそうだろうと思いこんでいる)
それなのに自分が見ているのが
よりにもよって「自分」であることの説明がつかない感
もあります.
(60億人以上も人間がいて,他の誰であったとしても
何の変化も無かったはずであるのに)

更に,「別に自分の意識が「自分」に見えていなくても
問題なく物体としての自分は意識を持って
動き続けることが出来るはずである」
という考えもあります.
(他人が他人の意識を自分だけで観測していて,
 それを「自分」は見ることが出来ないけど
 それでも他人は他人として動き続けることが出来るのと同様に)
(そもそも,誰にも意識が見えていない人間のようなモノがいたとしても
 その人間はやっぱり動き続けることが出来る)

更に,全ての人間にとって全ての人間が「他人」であったとしても
物体としての人間は動き続けることが出来るはずである.
(全ての人間の意識が自分自身に見えていないタイプの
意識だったとしても人類はこれからも今まで通り動き続けることが出来る)
(ゲームで例えるならNPCか.全人類がNPCであったとしても人類は
 何の問題もなく動き続けることができる)
(ここで気持ち悪いのはNPCも「自分だけはNPCではない」と
 考えているということ)


それなのに,自分の意識は自分に見え続けている.
これはかなりイミフな現象です.
(もちろん,「自分の意識が自分に見えている」というのは
全ての意識が当然に持っている感覚といえばそうなんだけど
この疑問はそういうレベルの疑問ではないと思いたいです.
この辺が全く上手く説明できない><)

もっと簡単に言えないかなこれ.
とにかく
「主観が存在して,さらに主観が存在しているということが
存在している世界が存在しているということが理解不能すぎる」

って感じです.



これに説明をつける為に
自分がでっち上げた理屈が幾つかあって,
またそれについても説明しないといけない.

いつからか自分は,
人間の意識を見ている「何か」があって,
それは人間の意識から来ているのではない.ということ.
それは人間の意識に何の影響も与えない.ということ.
(これが特に大事)
全ての人間の意識自体は物理現象として宇宙上に記述されているが
それが本当の意味で見えて,存在するためには
この「何か」によって意識を観測されないといけない.
それが為されていない意識も,当然本人だけには見えていることには
なっているが,本当の意味では誰にも見えていないし,
そのような意識は「存在しない」と言ってよい.

みたいに考えるようになりました.


例えるなら漫画の登場人物が持っている
スピーチバルーン・スピーチバブル
。oO( )

こういう奴
「これを漫画の登場人物が持っている」ということと,
「それを読者が読んでいる」ということは,
どちらも「登場人物が意識を持っている」ということに必要な条件だけど
次元とか意味が全く異なる,ということ.


これと同じような構図が,この宇宙でもあるんじゃないのか
という仮定をでっちあげてから
自分が自分であるという意味不明な現象に
とりあえずの説明を付けることが出来ました.
人間の意識を見ている「何か」は,とりあえず「バルーン観測者」とでも名付けておきます.


(ここで言っておきますが.自分はロクに哲学のお勉強とかをしてません.
だから自分の言っていることは当然過去の誰かが思いついていているかもしれません.
とっくに古くさくなっている考えを再思いつきしているだけかもしれません.
でもあんまり調べないことにしました.
その理由についてもちゃんと説明しないといけないけど)


この考え方によって
人間に意識が存在しているという世界が存在できるということに
とりあえず納得することにします.

(漫画の登場人物が漫画の読者について考えるようなモノ.
いくら考えたとしても,その思考は漫画の作者によって
記述されたモノにすぎないんだから不完全.
バルーン観測者は神とかとは違う.
既存の宗教が作り出した全神は漫画の登場人物と同じ低次元の存在.
神は漫画の読者にも作者にもなれない)




では,自分が死んだ場合はどうなるか.
自分の意識とその意識を見ている意識は消え去るのは当然分かる.
では今でっち上げた「バルーン観測者」はどうなるか?どうするか?
あと自分が生まれる前はどうなっていた?
見るべきバルーンが存在しないときはどうなっていた?

この辺に関してバルーンで説明を付けていきます.


しかし本当にややこしいのが
「バルーンを見られていない意識でもこのようなことを考えることが出来る」
ということです.
真の意味で意識が存在していない人間ですら
意識を持っている人間と同様に,
「我思う故に我あり」と”思う”ことが出来る
のと
同じ事です.デカルトのせい.
この辺をちゃんと考えておかないとかなり自己中心的になってヤバイ.



で,こんくらい考えるネタを作った状態でようやく
「人間は死なないんじゃないか」という結論を
ひねり出せるようになってきます.


とりあえずこの宇宙はパラレルワールド設定オンになっていると
信じます. (この時点でほとんど宗教なのかも)

無限に分岐し続けるパラレルワールドでなぜ人間の意識は
一意に決まっているのか.
(もちろん物体としての人間も,
誰にも意識が見ていない人間も,このような疑問を同じように
持つことができるのでタダそのことだけで結論を引き出してはいけない)


バルーン観測者はパラレルワールド上の人間のバルーンを
どのようなルールで追いかけるのか?

こっからは仮定で決めつけまくりですが
・観測者は追いかけている意識を持った人間が死んだパラレルワールドは
 辿らないだろう.


これですよ.これ.

これによって
自分が事故死とかするパラレルワールドは自分には絶対見えない.
(自分は絶対に事故死しない.ギリギリ助かる事故には遭う)
自分が辿るのは常に自分が生きている世界.

でもこれ自体は普通の認識の話でもたどり着ける結論かもしれない.
「自分にとって自分は絶対に死なない」っての.
でもやっぱりそれにパラレルワールドとバルーンを組み合わせないと
「死んだら主観が終わり」って結論に達するだけか.



他にも自分が死んだときのバルーン観測者の動きを
仮定してみましょう.


・バルーン観測者は死んだ自分の最近傍のパラレルワールドの
自分の意識を辿る.

こう仮定するとします.
この辺の解釈によって自殺への評価ががらりと変わってきます.

例えば「人間は主観的には絶対死なないんだ」
「死んだ場合は自分が自殺しなかったパラレルワールドに
飛ばされるんだ」
「そのような世界はこの世界よりもマシなハズだ」
「というか失敗した人生で自殺しつづけていればかならず成功した人生へ到達できるじゃないか」


と,解釈すれば自殺を全肯定できます.
自分はちょっと前までこんな感じに考えていました.
この宇宙では自殺すれば主観的には確率操作ができる,と.
この理屈は今までも何回か書いてきました.


どうなんでしょうね.
それはもうバルーン観測者がどう動いてくれるか.
どう動くと信じるかにかかっています.

(ちなみにここで言っている「意識が飛ぶ」とかいうのは,
映画バタフライエフェクトとかひぐらしみたいのではありません.
あんな風に記憶を保ったまま他の世界に飛んだりはありえません.
バルーン観測者の意識ジャンプに主観は何も気づけません.←これ重要.
今だって自分の意識が連続していると思っているのは
そう思っているだけなのかもしれません.
こういっている今だって,別のパラレルワールドから
事故死した自分のバルーン観測者が飛んできているかもしれませんが.
主観はそのことには全く気づけません)





もし最近傍のパラレルワールドにいる自分の意識を
観測するのなら,自殺は結構危険です.

自殺すると決意してから分岐した全てのパラレルワールドで
全ての自分を100%殺しきれるのなら問題ありませんが
そんなことは難しい.

だからこの構造を利用して
「自殺することでより環境のよい主観に飛ぼう」
「自分はそのことには気づけないけど自殺するほど不幸な今の主観が
存在するよりは絶対マシだ」

とか考えて自殺するとどうなるか.
例えば確率99%の自殺方を採用したとします.
すると主観は必ず失敗する1%を引きます.
今までのことを全部考えに入れるとそうなりますよね.
「人間は死なない=自殺は必ず失敗する」ですから.

つまり目の前に広がるのは
自殺の後遺症に苦しむ自分だけです.


ちょっと前まで,自殺することで確率操作ができると考えていたのに,
もう自殺は危険な操作だということになってしまいました.
考え続けることで結論がコロコロ変わるのは大好きです.



だからもうちょっと考え続ければその結論も変わります.
自殺失敗確率が1%で
実行すると主観的には必ず失敗する1%を引く.

問題ありません失敗したあとももう一回試行すればいいんです.
n回自殺すれば0.01^n.
パラレルワールドの分岐とか濃度とかがどうなってるかは知りません.
勝手に設定したり信じたりします.
いつか自分を殺し尽くせます.

これでとりあえず
「自殺をしよう」と決意してから
分岐した全てのパラレルワールドの自分は,全て殺し尽くさないと意味がないことが分かりました.

次に問題になるのは
自分を殺し尽くした後
飛んだ世界の自分も中途半端に不幸だと困るということ.
その自分は,記憶も主観も自殺決意前の自分とは別人なので
その自分が,「自殺してより幸福なパラレルワールドに移動できるってこと」を
思いついてなかったり知ってなかった場合は,
その世界の自分に囚われて,終了です.


ではどうすればいいか,何が大切か,となると
もっと早い段階で
自殺確率操作法を知っておかないと行けない.
少なくとも自殺をするほど追い詰められてから
思いついたのではロクなパラレルワールドに飛べずに自殺連鎖が終了します.
ニートになってからこんなこと思いついても駄目なんです.


だからモノゴコロが付いた頃が丁度良い.
自分の人生を自分で見つめて,
「この世界の自分は剪定すべきかどうか」を自分で判断する.
それが出来るようになるのが幼ければ幼いほどいい.
無限の可能性から成功した人生だけを抽出できる.
もちろん他の人間から見れば子どもが大量に自殺しまくってるだけなんだけど
本人にとっては絶対に死なないし,ものすごく幸せなんです.



工事中?




すると次は
その意識を持った人間が存在する全てのパラレルワールドでその人間が死に尽くしたらどうなるか.
という疑問が湧いてきますね.
(輪廻とか考えるのはこの辺まで考えてからにしてほしい)

で,どうなるか.

いくつか案がでてきます.


・他の人間にバルーン観測者が付く.
これが俗にいう輪廻ですね.
でも主観は輪廻したことに気付きません.
わかってるのはバルーン観測者だけです.

・過去の自分に接続し直す.
輪廻とか意識の接続は時系列を超越していいと思うのは自分だけ?
漫画の読者が,漫画の主人公が死んで終了したという漫画を
最初から読むようなもの.
これなら本当の意味で人間は死なないといえる.
無限ループというより
人間の人生というモノは,時間軸も含めて考えれば,
タダの4次元の固体のメディアなので
自分が今存在している時点で,自分は別の時間軸から見れば
永遠に存在しているのと同じ
みたいな感じ.

漫画の登場人物は
漫画の読者側の人間からすれば1次元低い存在であるかわりに,
漫画の読者からすればある意味不死身の存在である.

みたいな感じ.


そもそも分岐するパラレルワールドで
何が同一人物なのかって問題もあります.
(まぁ本人の主観にバルーンの観測は何の影響も与えないので
 どういう接続しようが関係ないんですが)


これも漫画のネタにはなりそう.
主人公が死ぬたびに別のちょっと違うパラレルワールドに飛ぶ.
主人公の容姿も正確も主観も少しずつズレていくけど
読者はあまり気にせず読むっていう.
主人公も自分の主観が不連続なのには気付かないっていう.


工事中?
関連記事
[ 2009/10/25 17:21 ] 駄文 | TB(0) | CM(7)
No title
>真の意味で意識が存在していない人間ですら
意識を持っている人間と同様に,「我思う故に我あり」と”思う”ことが出来る
哲学的ゾンビというやつですね。
クオリア同様、未来永劫証明される見込みのないものです。

>その意識を持った人間が存在する全てのパラレルワールドでその>人間が死に尽くしたらどうなるか.
必ずしも同一の個人に限定されるのでしょうか?
観測対象を判別するタグのようなものがあると仮定して、仮に同じタグをもった別人が存在したらその意識を観測することになるのではと愚考。いわゆる輪廻に相当するんでしょうか。
[ 2009/10/26 23:57 ] [ 編集 ]
No title
どもです.書きかけの記事にコメいただいて恐縮です><

「哲学的ゾンビ」という言葉について
調べてみました.
自分が考えていたのとかなり同じ感じですね.
自分が言ってるのは「神経的ゾンビ」ってほうらしいです.
やっぱり既にある考えなんですねー.


そしてやっぱ証明不可能なんですね.
そうなると宗教みたいに
自分で思いこんで信じるしかない感じなんですかね.


>必ずしも同一の個人に限定されるのでしょうか?
これも考えどころですよね.
第一パラレルワールドで分岐しまくる人間の
どこからどこまでが同一かなんてのも決めがたいと思いますし.
例えば受精卵から辿るとしてどれだけ同一人間が変化するかとか.

この辺についても記事を書き足したり書き直したりしたいと思いますー.
[ 2009/10/27 01:20 ] [ 編集 ]
No title
>>自分が過去にやった唯一の例外としては
   もはや産業廃棄物黒歴史と化してしまった,
   4コマ漫画の宇宙人の子ですね.
   あの子のデザイン”だけ”は今でも気に入ってたりしますw
   あの子をいつかちゃんと描いてあげようかなー,
   などと思ってみたりしました.

私は、逆にオリジナルしか描きません。二次創作に魅力を感じないからです。

オリジナルに魅力を感じる → オリジナルしか描かない。
二次創作に魅力を感じる  → 二次創作しか描かない。

ようするに脳みその回路の違いですね。結局描くのが好きで対象が違うだけですね。
でも、私がオリジナルと思って描いた絵は、世界で誰も描いた事のない絵とは限らないので、
まあ・・・。

そんなことよりも、本当に自殺するんですか?
[ 2009/10/27 12:20 ] [ 編集 ]
No title
まぁタダ単に自分がエヴァ大好きなだけかもしれません.
というか自分が二次創作ってるモノは全部自分が
好きなモノだけですね.
自分はリアルでも鉛筆を持つと
衝動的に弐号機とかを描いてしまいます.

>結局描くのが好きで対象が違うだけですね。
この通りですね.
でも自分はオリジナルに魅力を感じないってワケではないです.
自分の中にまだ自分の描きたいモノが無いから,
自分はオリジナルで絵を描かない・描けないんだと思います.


そういえばカマキリとかが好きで,
カマキリの絵を描くのは何次創作になるんでしょうかねw
自然をデザインした者を神だとするなら
やっぱり自然物を描くのも二次創作ですかね.


あと,自殺ですか.
自分はそんなに自殺をほのめかしてましたか?
ブログに変なことを書いていてもあんまり気にしないで下さいねw
なんちゃってメンヘラのボヤキだと思ってください.
[ 2009/10/28 19:03 ] [ 編集 ]
No title
>漫画の読者が,漫画の主人公が死んで終了したと漫画を
>最初から読むようなもの.
ニーチェの永劫回帰に似たものをかんじました。
あと観測者が意識に接続しないケースはあるんでしょうか。

[ 2009/11/16 00:54 ] [ 編集 ]
No title
ニーチェも永劫回帰もロクに知らないのでちょと調べてみました.
・・・
全然理解出来てないと思いますが
似てるところがあるのかもしれません.
でも違うとも言えます.

「現在と同じ世界の状態が過去にも,そして未来にも繰り返される可能性がある」って解釈でいいんでしょうかね.
ニーチェはどういうつもりで永劫回帰を考えたのでしょうかねえ.

「無理数の中には,ある有理数と同じ構造の数列が何度も見られるのと同様に,無限の時間の中では有限の粒子の組み合わせは必ず何度も見られる」
って感覚じゃないかと思いました.

でも自分の感覚としては
この世界自体では,そういうことは物理的に起きない&
確率はほぼ0.でいいんじゃないかと思いました.

無限ループが起きているのは,
別に漫画側の宇宙でループしているわけではなく
読者が,固体のメディアである漫画を
何度も読む可能性があるからって感じですね.
もちろん最近は,ループモノの物語も増えているので
「この世界でそんな物理現象は起きない」なんてことは
断言できないのですが.
主観では,ループが起きていることも起きていないことも気づけませんしね.
(この辺も考えるネタになりそうです)


あと永劫回帰的に考えると全ての現象や人生を無意味に捉えられる感じなのでしょうかね.
自分の考えとしては,「人間の人生は自分自身を含む全ての人間にとって無意味だが,バルーン観測者にとっては少なくともエンタメ的な意味があるかもしれない」って感じです.今は.



>あと観測者が意識に接続しないケースはあるんでしょうか。

漫画に例えるとこれが起こるケースはいくつか考えられますね.
(ずっと漫画と読者の関係で例えて考えていますが)
①読者がある漫画世界を読まない.
  そのせいである登場人物のバルーンが読まれない.
②作者がある登場人物のバルーンを記述しない.
③読者がある登場人物に感情移入しない.
④読者と登場人物が同じ生物ではない.
などなど

①はやっかいそうですがなんとかなります.
読者にとって,漫画は物体でありながら
変化しない固体のデータのようなモノと言えます.
だから漫画の登場人物はある意味不老不死の存在です.
一度存在してしまった世界は
絶対にいつか読者に読まれる可能性が残り続けます.
どんなに読まれない漫画も,存在してしまった時点で
誰かに鑑賞される機会を永遠に待つことができます.

登場人物も同様に,いつか誰かにバルーンを読んでもらえる
可能性があります.

多分こういう意味での質問だと思いますが
自分に主観があるなら自分のバルーンは
観測者に接続されていると信じてもいいんじゃないでしょうか.
「自分の主観が存在していると言うことは
自分の主観が存在するのに必要だから
バルーンが観測者に読まれるのは必然」と,考えることも出来るかもしれません.

(でも自分でそれを裏切る考えもしたいです)
(自分はいつか,誰にも読まれない漫画を描いて,その登場人物に
これらと同じセリフを吐かせてやりたいです.我ながらすごいヒネクレです)


②③④は結構似てますね.

②は,バルーンを記述されてない人間はゾンビ扱いでいいと思います.

③がやっかいそうです.
物理的には神経的ゾンビでないにも関わらず,読者によって
ゾンビ扱いされている人間はいるのかいないのか.

④はいろんなところに話が飛びそうです.
動物が登場人物の漫画もあります.
動物にバルーンが記述されている漫画もあります.
自分が人間であるからといって,
漠然とバルーン観測者も同じ人間だと思っていたら
全然違っているかもしれません.
人間みたいな下等生物にバルーンなんか記述されてないかもしれませんし
動物が漫画でモノを考えているのと同様に人間をある意味「擬神化」してバルーンを持たせているだけなのかもしれません.
(インテリジェント・デザインとかにも近い)
(自分はID理論の我田引水なトコロが好きですが,それを裏切る考えもしたいです)


なんか凄い長文になった割に不完全なコメ返信かもしれませんが
今はこんな感じに思っています.

[ 2009/11/16 21:39 ] [ 編集 ]
No title
こんにちは。今更かもしれませんが、気になったのでコメントします。

>自分が人間であるからといって,
漠然とバルーン観測者も同じ人間だと思っていたら
全然違っているかもしれません

とありますが、どうしても私なんぞは擬人化して考えてしまって、そうすると、人間である私が(あなたの意図するものと同じとは限りませんが)バルーン観測者のことを(知れないとしても)考えることができるように、バルーン観測者にとってのバルーン観測者もあるのかな、と思いました。仮にあるとすればバルーン観測者のバルーン観測者のバル……と無限後退してしまいます。すると、どのバルーン観測者も根拠の見つからない無意味なものになってしまいます。無限ですから、根拠など無い!と言ってしまうことはできませんし、実は無意味であるとすら言えません。逆にもしバルーン観測者は上位のバルーン観測者を持たないのだとしたら、何故でしょうか。私は、わざわざバルーン観測者を想定しなくともごく単純に、意識が身体を生み出したのではなくいつの間にか身体も意識もすでにあった、ということに気づいてしまう意識自体の錯綜や、身体が無いということがあり得ないという限界、ととりあえず考えています。これだけでは全然ポジティブな解決にはなりませんが……。

パラレルワールドとバルーン観測者が必ずセットになっているとすれば、私がパラレルワールド(無限のバルーン観測者にとって不可知で、有限のバルーン観測者にとって無いものと理解しています)という発想が全くできない(何故なら不可知か無いかだから)のと、あなたが

>とりあえずこの宇宙はパラレルワールド設定オンになっていると
信じます. (この時点でほとんど宗教なのかも)

と言われていることから(あとよく知りませんがクオリアの所為?)、恐らく平行線を辿る他ないのかもしれません。ただバルーン観測者的なものの性格がどういうものか気になるので!

ここまで書いて自分が何を言っているのか不安になってきましたが、それではコメント欄を汚させていただきます。
(あ、別の記事で宇宙人はいないと言われていましたが、もしかすると私がパラレルワールドを否定するのはそれと似ているのかもしれません。全然違うかもしれませんが。)


[ 2010/07/09 20:18 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

月別カレンダー
09 ≪│2017/10│≫ 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -