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駄文へのモチベ

最近、あまり酷い文章を垂れ流してない気がする。
そのことに対しての自分への苦言。みたいな話。
完全に意味のない文章です。



 


最近の自分は、昼と夜で性格が別人格みたいになっている。

とくに寝る前が最強に、酷い。
寝る前に頭の中で考えていることはものすごく酷い。
しかもそれを、割と躁な状態で考えている。

そしてその時は、その酷い内容の事を
記事を書こうと本気で思っているし、
いくらでも、何でも、書ける気分になっている。

というか、「書かねばならないし、書いたら面白いことになるだろう」
という確信めいたモノまで持っている。

でも、我慢してしまう。
今の自分が、ほとんど多重人格みたいになっている自覚があるから。


そしてそのまま寝る。
布団の中でも、ずーっと「アレ書きたいコレ書きたい」とか思い続けてる。

でも朝起きると、昨日あれだけ
「書かねばならない」と思っていた内容が、ゴミみたいに幼稚に思えてくる。
「昨日の自分は、どれだけガキだったんだ、アホか、死ねよ」と、
本気で軽蔑する。

完全に自分が自分とは思えなくなる。


とまぁ、このサイクルを毎日毎日繰り返せるんだから
マジでお脳が終わっている。


で、今この糞文章を書けている自分は、
幼稚で躁な時の自分なワケだ。


というか、これに類する全く似たような文章を
前にも書いたことがあるんだけど。

その時との違いは、
「やはり、後でどれだけ痛いことを書いたと後悔したとしても、
 自分はニートなんだし、それも含めてアリなのではないか」
という開き直りのような思いが徐々に強くなっていること。

今の自分は、
「『後でどうせ後悔するから痛い文章を書きたくない』
という気持ちがあるせいで何も出来なくなっているけど、
そういうことを気にせずに思うがままに垂れ流したほうが、
実は良かったりするのではないか」
 (何に対して!?)
という考えが少しずつ強まってきています。


「何に対して?」という言葉に関してだけど、
自分が書く発狂系の文章って、ある種の需要があったりするのだろうか。
自分の中で「ある」と確信が持てればいいんだけど。

まぁ最高に気色の悪い表現をあえてするなら、
「楽しみにしてくれている人がいれば」いいんだけど。


具体的に言うと、
今の自分は二つほど小さなネタがある。

一つは、「芸術を全否定する話」

もう一つは、「戦争を全肯定する話」


まぁ、こういうレベルのことを一日中考えてたりします。
実にニートらしいですね。 誠におめでたいですね。

そして「そのことをブログに書くべきかどうか」という
それにまた輪をかけて下らないレベルのことで、
これまた一日中悩むことができて、
結局そのこと自体をこうしてブログに書いてしまっている。


この文章を読んだ「明日の自分」は、きっと
「昨日の自分は死んどけばよかったのに」
と感じることでしょう。

関連記事
[ 2010/08/12 21:16 ] 駄文 | TB(0) | CM(5)
PoP!
> 一つは、「芸術を全否定する話」
> もう一つは、「戦争を全肯定する話」
わはははははは。痛ぇなぁ。
もう一つ、「人を殺してはいけない理由なんてない」っつーのを付け加えてくれると有難い。

公表(パブリッシュ)するためには、まず書かなければならないワケです。この時点で、「読み手」というものを意識せざるを得ない仕掛になっているト。しかる後に公表することを考えると、ツッコミが入ることを想定せざるを得ないことになっているト。そうなると、書いた自分とツッコミを入れた奴は当事者ということになり、結果として第三者の視線というものを意識させられることになるんだト。

これって、“考える”っていう行為に際してはものすげぇ重要なコトなんだが、そういう訓練ができてない馬鹿が多いワケで、いわゆる「ブログ」なるものの 99.7 % はそういう馬鹿が、「ワタシ、馬鹿どぇーす」と口を半開きにして喋ってるようなシロモノだったりするわけだ。そういう馬鹿連中のブログに真面目にツッコミを入れるくらいアホなことはない。そういう連中は、自分をヨイショしてくれることしか期待していないわけだから。

このブログは私にとって貴重な(そしてツッコミを入れるに値する) 0.3 %なわけで、本人がどう思おうと個人的には読みたいと思う。

そして個人的には、
「自称『クリエイター』は全部死んでもらって構わない。つーか、さっさと氏ね」
「“戦争を起こすこと” を全面的に肯定したほうが、たぶん平和のためには有効である」
「“人を殺すこと”を禁止する理由は、人が“人を殺すこと”を禁止してほしいからである」
とか思っていたりする。

なお、表題の“PoP”は、顔文字ではなく「発表セザルモノ滅ビヨ」という、研究者の間に伝わる格言であります。

まあ、私が挙げた三つのネタ(NEET氏が考えているネタと一致するかどうかは別問題)については、私が引っ掛かって延々悩み、それなりの結論は得たものの、それぞれ古代ギリシャ、古代ローマ、十八世紀の日本においてそれぞれ大雑把な結論が出ちゃってたということを後から知って「ああ、なるほど」と思った経緯があります。

正直、この手の「真面目に生きてこうと思うと大抵引っ掛かるネタ」というのは、どっかにFQAとして書いといてもらいたい。つーか中学校の教科書に載せとけ。そう思います。
[ 2010/08/12 23:05 ] [ 編集 ]
余計なことですが
> 「人を殺してはいけない理由なんてない」
病院でスパゲティ状態で死線をさまよった経験からいうと(「これが本当のスパゲティ・プログラマ(ロジックがぐちゃぐちゃにこんがらがったプログラムを書くプログラマ、という意味です。念のため)」っていうネタを病床で吐いたあげく、あとで「写真撮っときゃよかった」とホザいて軽蔑されました)、精神力あるいは気力というのは体力に裏打ちされており、体力が落ちると「苦しい」「死にたくない」だけになっちゃって非常に悲惨な状態になります。だったら体力の残っているうちに楽に死にたい、っつーのが「尊厳死」という考え方なわけですよ。

日本の江戸時代みたいに長期に安定した社会が続いた例というのは世界的にみても珍しく、その結果、「死」に関する思想もようやく成熟することができたとワタシは見るわけです。
殺人の禁止とか自殺の禁止とかは、わりと分かりやすい。だけど、殉死とか情死になると、はたして善なのか悪なのかっつーところで悩まざるを得ないわけです。このあたり、いわゆる「忠臣蔵」の事件も影響してると思うんですが。

で、この問題は、「人が人を食うことは善か悪か」っつー問題に置きかえられて論じられた、とワタシは考えるわけなのね。

ここからは個人的な調査の結果になってしまうんですが、若い(おおむね二十歳以上五十歳未満とお考えください)妻を亡くした夫の過半数が、妻の遺骨を食べた(母数は回答者)、とのことでした。また、「治癒の見込みのない病気に罹患し、そろそろ体力が尽きて精神状態が怪しくなってきたときに、延命治療を徹底するか、旦那に殺されるか、どっちを選ぶ?」との質問に、「旦那に殺されたいけど、迷惑かけたくないなぁ」と回答された既婚女性がけっこういたりします。ああ、そうですか、お幸せにね、としか言いようがありませんが。くそ。

人は殺していいんですが、人を殺したことを“引き受ける”ための公的な制度がないと、殺す側の精神がもたない、っつーのが健全なありかただと思うんですよ。「引き受けなくていい公的な制度」を作っちゃうと大量虐殺になってしまい、「べつに、引き受けてくれる公的な制度なんかなくても平気だよーん」というのはキ○ガイなわけです。

正直、「愛してないから殺せない」っつーのが悩ましい(笑)。自分最低。

現代人も、「心中の美学」っつーのを学んでほしいと思います。本当に。
[ 2010/08/13 00:01 ] [ 編集 ]
No title
記事とは全然関係ないコメントですいませんが、大勢の
一般市民が電磁波兵器で攻撃されて洗脳させられた上に
頭も見た目もおかしくさせられてます。電磁波犯罪集団
ストーカー、電磁波兵器という言葉で調べてみてくださ
い。この犯罪はとてつもなく悪質な犯罪です。世界中に
この犯罪の被害者が大勢います。自分もこの犯罪の被害
者です。自分達被害者をこの犯罪から助けてください。
お願いします。
[ 2010/08/14 12:05 ] [ 編集 ]
コメ返信
> Mr.Moto さん

最近、コメ返信すら滞りがちですが、ホントありがとうございますね。


>そういう馬鹿が、「ワタシ、馬鹿どぇーす」と口を半開きにして喋ってるようなシロモノだったりするわけだ。

自分のブログも割とそうだと思うんですけどね。
ここに書いてある文章なんか、まさにそのとおりの「自虐を盾にした言い訳」ですし。


>第三者の視線というものを意識

今の自分は逆にこればっか気にしている状態ですかね。
何も考えずに自分の言いたいことをテキトーに垂れ流していた時期の
自分のほうが活発だったし、いろんな意味で面白かったと思います。
どっちにせよ自分は自意識過剰すぎるのでしょうね。


あと、「人を殺してはいけない理由なんてない」ですか。
これはなんか、自分が言わなくても
十分多くの人が、一度は考えたことがあるはずです。
書いてもいいんですが、タダの殺人肯定だと、自分にとって難易度も低いです。
一言で言えば、
「リスク覚悟(例えば逮捕や死刑)で行われる殺人は、誰にも止められない(やってもいい)」とか、
「物理的に必然ならやってもいい(当然その後の逮捕も物理的必然)」とかになります。

かなり当たり前っちゃ当たり前のところにたどり着きます。

>「“人を殺すこと”を禁止する理由は、人が“人を殺すこと”を禁止してほしいからである」
これも真理ですね。
そしてこれもまた、当たり前っちゃ当たり前のことです。


自分が書こうとした「戦争肯定の話」も、
もし、自分が言いたいことを100%伝えることができたら(それはありえないけど)
割と誰でも納得出来るし、当たり前のところに落ち着くと思います。


問題はそのレベルの駄文をブログに書くためのモチベですね。
これが時間帯によってブレまくる。
「なんでこんな誰でも一度は考えたような当たり前のことを自分が書かねばならぬ」
と思ったり、
「これを今書かずして何時書くのだ」
と思ったりします。


>「発表セザルモノ滅ビヨ」
いい言葉ですね。Publish or Perish!
最近の自分の、「なんか恥ずかしいから恥ずかしい文章書くのやめよう」
とかの思いを打ち破りそうな勢いです。

記事書かないブロガーは死んだも同じですよね。
糞みたいな文章書いて訪問者さんに切られる以前の問題でしたね。


>つーか中学校の教科書に載せとけ。

そういうことはよく思います。
学校で教えられた道徳とか、なんかズレています。
「なぜ勉強を頑張らないといけないのか」の本当の意味や
しないと何が有利で何が不利になるかとか、
一度も教えられなかった気がします。

もしも自分が親だったら、
自分の子供には、「勉強の意味」について自分が考えてきたことは
全て教えてやりますけどね。


---------------------------------

>病院でスパゲティ状態で死線をさまよった経験

ほんとにすごい人生体験してますねw
自分の人生にはこういう要素が少なくて、我ながら詰まらな過ぎると思います。


>「旦那に殺されたいけど、迷惑かけたくないなぁ」
よく分かりませんがこういうの自分は好きですね。

というかどういう話なのか。
自分は割と真剣に、人間の肉とか食べてみたいと思っています。
他のどんなゲテモノ食材にもあまり興味はないのですが、人肉への興味だけは別格ですね。

「自分の肉は食べていいよ」等と言って差し出された肉を食べるのは違法なのでしょうかね。
まぁそういうことを気にしているのなら
自分で自分の足でも切り落として自分で自分に許可を出して食べてみればいいんですが。
(これも違法ならお手上げですがw)


そうして考えてみると、
やはり自殺は誰にも止められない完璧な行為ですね。

自分で自分に自分を殺す許可を与え、自分が自分で自分を殺す。
更に死んだあとは、誰にもとやかく言われない。

最強です。

[ 2010/08/16 15:24 ] [ 編集 ]
電波返信
> 匿名希望 さん

えーと、大丈夫でしょうか。

>大勢の一般市民が電磁波兵器で攻撃されて洗脳させられた上に

洗脳というと、何らかの思想を押し付けられたりするのでしょうか、
その洗脳の内容が知りたいです。

ひょっとすると自分も洗脳されているかもしれません。
でも、もし自分が洗脳されているのなら、自分が洗脳されていることには
気づけないんじゃないか、とも思います。

匿名希望さんはどのようにして自分が洗脳されていることに気づけたのでしょうか。
それは普通に、物凄いことだと思うのですが。
というか、それに気づけた時点で勝ち、ですよね。


>自分達被害者をこの犯罪から助けてください。

えーと、自分はタダのしがないニートですし、
どちらかというと普通に洗脳される類の人間だと思います。

だから、もしそんな凶悪犯罪集団がいたとしても
自分にはどうすることも出来ません。
本当にスイマセン><


いえ、うそですね。

というかむしろ自分は、
その電波を発信している側の人間でしたね。
というワケで、二重の意味でスイマセンでした。
[ 2010/08/16 15:46 ] [ 編集 ]
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