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ひぐらしについてなんか思うこと

痛い長文を垂れ流していた頃の自分を取り戻すため?にも
ちょっとひぐらしについて語ってみます。

まぁ結局最後はうみねこにつなげるんだけど。




ちょっと
ひぐらしの各EPの謎の提示とその回収などに
ついて最低限のエッセンスだけまとめてみようかと思ったりしました。
(なぜか)



鬼隠し編
この村はおかしい
レナが怪しいというフリ
(実際は、圭一がL5になった話)

綿流し編
世界が繰り返している謎
園崎家が怪しいというフリ
(実際は、詩音がL5になった話)

祟殺し編
大石が怪しいというフリ
死体が動きまわる謎
雛見沢大災害
(実際は、沙都子がL5になった話)

暇潰し編
梨花ちゃまが特殊な存在であることのフリ
未来を知っていること、死にまくっていること
(実際は、赤坂召喚のためのフラグ)

こっから解答編
目明し編
詩音がL5になった話
綿流し編の犯行や伏線が明らかにされる

罪滅し編
レナがL5になった話
鬼隠し、祟殺しの謎がかなり明らかにされる
寄生虫説、宇宙人説が出てくる

皆殺し編
ラスボス、真犯人が分かる
梨花ちゃまがスタンドを出す
ギリギリで全滅する

祭囃し編
ハッピーエンド
あとラスボスへのフォローがすごい



まぁこんな感じですかね。

ひぐらしはいろいろ言われていますが
自分は大好きなのですよ。
当然アニメじゃなくて原作の方ね。(こういうのがキモイんだよ)

こうして見ると、
謎の提示とその回収されていく感じ、
全体の流れ、なかなかエレガントだと思うんだけど。(これが信者脳か)



この、謎って言葉が問題なんだろうけど
ひぐらしはミステリーじゃなくてエンタメだとすれば
相当楽しめると思うのです。


そもそも、「ミステリーとしての面白さ」というモノが
自分にはよくわからない。

ミステリーって、
人が出てきて、謎のある殺され方をして、
それを探偵が解決するって感じですか。
これの、どこのタイミングで、どう楽しめばいいのか、
自分にはよく分からんのです。
その謎が途中で読者に分かるようなモノなら詰まらないし。


というのも、
自分がひぐらしで一番面白いと感じた部分は、
やっぱり「綿流し→目明し」のリンクと伏線の明かされっぷりです。
それは、言ってみれば、「あーそういうことだったの」
という面白がりであって、自分は何か推理をしたわけではない。
実際自分が「綿流し編」をやったときは、
「え?これどういうこと?
 まぁよく分からないけど、魅音ってヤバい奴だったんだな」

ぐらいのことしか考えていなかったと思います。

そんな感じで、なんの推理もしてなかった自分だけど、
目明しをやったときは、それはもう面白くて仕方がなかったのです。
それだけでもうひぐらし信者になったと言っていい。
(ちなみにアニメの目明しは、グロさしかなくて酷すぎた記憶も)

自分がここで感じた面白さの本質は、プレイヤーが推理をするという
能動的なモノではなく、「あーそういうことだったの」
という、完全に受身な面白さだと思います。

だから、ひぐらしはミステリーじゃなくてエンタメなんでしょう。
で、それでいいと思っています。

というか自分は、ミステリーとかそういうの以外の、
いろんな要素からひぐらしを好きになってるわけで。


自分はひぐらしをリアルタイムで楽しんだ層ではないです。
だからこんな感じなんでしょうね。
リアルタイムで、最初からミステリーとして
謎に挑んでいた人にとっては、色々と許せないんでしょうが。


というか、ひぐらしの謎は解けるように出来ていたのだろか。
こうして全てがわかった状態で眺めてみると、
本当に、真犯人も、真犯人じゃない人も、全てが怪しく
ミスリードされている感じ。

もし今、自分が完全にひぐらしについての記憶を消して
最初からプレイした場合、
自分は一体、誰を怪しいと推理するんだろうか。
レナ、魅音、園崎家、大石、入江
ホント、ドイツを犯人だと目星をつけて推理を始めても
おかしくないし、それなりの自説を作れてしまいそう。
自分なんかは、多分梨花ちゃま辺りを黒幕だと思いそう。
でも今、全てがわかった状態で、
全てが分からなかった状態のことを想像したりしてみると、
なんか変なテンションになる。

そんな自説なんか作らなくて良かったんじゃないの?
別に、本気で推理しなくても十分面白いのではないのか?
どうせ記憶を消して最初からやったとしても、
自分が一番おもしろがるのは綿流し→目明しのリンクだろう。


そしてこの感じのテンションが、
自分にうみねこを最初からプレイさせる気にならない。

続く
関連記事
[ 2010/08/17 15:18 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(4)
創作の自由度
> ミステリーじゃなくてエンタメだとすれば
これはゲーム性よりエンタメ性を重視してる、ってことでいいんじゃないですかね?
私はゲームに興味があるので、そういう見方をするのですが。

個人的には、創作(創作物)を
1)推理(ミステリー、謎、世界観、お約束)
2)文学性(人間描写、人物造形)
3)エンタテイメント性(ドラマ性)
4)公平性(フェアであること)
の四つの側面から考えておるわけですが、創作の自由度というのは三以下だったりする ― というか、四つ全部を満たすことはたぶん不可能だと考えます。

(1)の推理、という点だと、秘密の通路だとか未知の病原体だとかパラレルワールドだとか出てきちゃうと推理もへったくれもないだろう、ということになるわけです。もちろんファンタジーやSFで優れたミステリーを書く作家もいるので、そのあたりの“お約束”をしっかり踏まえているかどうか、が「推理が成り立つ」条件だとは思うんですが。

(2)の「人間が描けている/いない」とかいう話は「萌え」「泣き」にも通じるわけですが、ここを追求しようと思うと場面設定(状況設定)に力を入れることになり、御都合主義に陥りかねません。
(3)のエンタテイメント性というのはこうした場面・状況・ストーリーといったものに大きく依存するので、世にいう「小説」というものは「文学+エンタメ」の極にあると考えられるわけです。

これに対して、ゲームというものは「推理」(読み、推論、ルール)がまずあって、そこに「文学」(人間)を放りこんでどんなドラマが出てくるかを鑑賞するものであって、そこにドラマ性を意図的に持ち込もうと思うと、(4)の公平性が損なわれて「それってズルだろ」ということになってしまう。コンピュータ・ゲームは詰みこみや後出しジャンケンのようなズルがいくらでも可能なので、選択肢よりドラマ性(エンタメ)を追求する、というアプローチも基本的にはアリだと思います。もちろんゲームじゃなくなっちゃうわけですが。

なお、ミステリー(謎)というと、「疑問/問題」的なものと「怪異/神秘」的なものがあり、前者は「手持ちの材料を積みあげていって論証できるもの」なので「推理」の範疇ですが、後者は「説明」であっても「それは本当に説明になっとんのか?」みたいなものでしかないので、「推理」ではなく「エンタメ」における「落ち」に分類したほうがすっきりする場合が(残念ながら)多いように思います。

日本のSFとかファンタジーは安易にエンタメに逃げてしまいがちのように思います。筒井康隆さんはその点、SF出身で自称エンタメ作家でありながらエンタメに“逃げる”ことがないのでイイ。そう思います。
[ 2010/08/19 10:03 ] [ 編集 ]
コメ返信
にゃるほどー。

綺麗に分類して分析出来ているのですね。
自分のようなまとまってない妄言吐きは死にたくなりまする。

(1)のお約束
「ひぐらし」の時点では、お約束を守られているとは、
信者の自分でもなかなか言えませんね。
だからこそ「うみねこ」は多分、その辺の反省が凄いんだと思います。
あまりにも反省が凄すぎて、一周してわざとファンタジー描写を入れて
読者を逆に引っ掛けようとしています。
そしてその実、ファンタジー要素が皆無だったというオチがついたなら、
「うみねこ」はやはり最高だったと思いたいです。


(2)の文学性
これも、うみねこではメタ的に言及されまくっていますね。
「犯人のホワイダニットを説明しまくることは、
 タダのお涙頂戴になりかねない」その辺をどうするか。
そのことすら、キャラクターに喋らせまくっています。

ぶっちゃけ、「泣き度」で言えば、
ひぐらし>うみねこ ですね。(文学性は分かりませんがw)
うみねこは、演出による燃え度は高いですが、
ひぐらしの目明しレベルの、泣けるドラマ性は無いようです。


>コンピュータ・ゲームは詰みこみや後出しジャンケンのようなズルがいくらでも可能なので

ひぐらしうみねこはもう、構造的にそういうことがやり放題ではあります。
各EPが小出しであることや、ネット上であらゆる推理がされていてまとめられていること。

下手すれば、作者さんがネット上の推理の中で、上位の推理をピックアップして
それが真相だったと、解答編で明かすこともできますし、
作者がそういうことをしていると疑うことも可能です。
(全ての伏線やトリックを破壊できますね)
(この辺は愛の問題ですかね)

(でももし、実際にそんなことをやっていたとしても、
 それはそれで、ミステリーにおける大発明な気もします)


>選択肢よりドラマ性(エンタメ)を追求する、というアプローチも基本的にはアリだと思います。もちろんゲームじゃなくなっちゃうわけですが。

ひぐらしうみねこは選択肢がないノベルゲームなんですよね。
これをゲームと言って良いのかどうか、その辺もよく議論されていると思います。
自分はよくわかりませんが。


>「推理」ではなく「エンタメ」における「落ち」に分類したほうがすっきりする場合が(残念ながら)多いように思います。

自分がひぐらしに感じた面白さのほとんどは、ここなのでしょうね。
ひぐらしに対する推理可能性は、まぁあまりフェアではなかったということで。


>筒井康隆さん
そうなのでしょうか。

自分も筒井康隆大好きで、短編も長編も相当読んでるつもりです。
自分が筒井康隆の短編なんかを楽しんでる時の脳内は、
面白いギャグ漫画を鑑賞している時と殆ど同じだと思いますけど。
(「ドタバタ」とは、なんなのか)


「筒井康隆」で「推理」というと「富豪刑事」を思い出しますね。
でもさっぱり内容を覚えていないので語れませんw
なんか実写ドラマの主人公が、何故か深田恭子だったことしか覚えてないですね。


あの辺ですよ。
あの辺の、日本の出来の悪いミステリードラマ。
一体どのタイミングで犯人を推理したらいいのか、
ミステリーとしてどう楽しんだらいいのかが、ひたすら分かりません。

推理可能なのは簡単すぎて、新聞に載ってるキャストの時点で犯人が分かる。
分からないものは、説明不足でさっぱり分からない。
そんなこんなで探偵が説明しているのを聞いても、さっぱり面白く感じない。



「ちゃんとした推理小説を読め」、という結論ですね。
[ 2010/08/22 16:02 ] [ 編集 ]
富豪刑事
> 一体どのタイミングで犯人を推理したらいいのか、
筒井さんも同じことを考えたらしく、『富豪刑事』の『富豪刑事の密室』では、「まだミステリーというものに慣れていないので」と言い訳をしつつ、主人公が “読者の方を向いて” 推理に必要なすべてが提示されています、と宣言して謎解きを促す場面があります。
で、このスタイルを踏襲したと思われるのが田村正和主演の『古畑任三郎』。

ファンタジーでミステリーでなおかつ成功しているほぼ唯一の作品と思われるのが、フレドリック・ブラウンの『ミミズ天使』。これも主人公が精神病院を退院する場面で一区切りついて、オチで納得する、というわかりやすい構成になっています。
ライノタイプが登場する怪奇物(or ファンタジー)はブラウン自身によるものも含めていくつかあるわけですが、ネタとしてはこれがいちばん秀逸でした。『フレドリック・ブラウンは二度死ぬ』という文庫コミックスにも収録されていて、これがけっこうお奨め。
[ 2010/08/23 08:53 ] [ 編集 ]
推理小説
> 「ちゃんとした推理小説を読め」、という結論ですね。

佐野洋さんの『推理日記』で、『富豪刑事』シリーズは絶賛されていました。元ホテルマンの森村誠一さんも、よく下調べしてあるのが判ると感心されていたとか。
小松左京さんの『日本沈没』も、日本推理作家協会賞(第27回、1974年)を受賞しています。そういえば中島らもさんの『ガダラの豚』も入ってたな(第47回、1994年)。
あと、忘れちゃならない広瀬正。『ツィス』とかね。
海外に目を向ければ、フレッド・ホイルの『暗黒星雲』があります。SFとしても一級、ミステリーとしても一級。この作品があるもんだから、フレドリック・ブラウンもアイザック・アシモフもマイケル・クライトンも、なんとなく二流扱いになってしまうという悩ましい作品。

「推理小説」と名がついてないだけで、けっこう本物は読んでらっしゃるんじゃないでしょうか。小説以外でも、諸星大二郎とか(たがみよしひさも悪くないけど)ありますし。
[ 2010/08/23 17:10 ] [ 編集 ]
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