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全ての自殺は他殺

結局、茶化したような事しか書けないけど
なんというか、例えばそれは
ある日突然網膜剥離になるような感じ。

もしなったとして自分はそのことを誰にも相談できないし
まぁ結局誰にも理解されないまま
自分一人だけ突然発狂している白けた感じになるんだろう。

人間は境遇だけでもそうだけど、病気とか
そういう面からでも何時だって壊れられる気がする。

人間なんて、ちょっと好くされれば精神的に安定するかも知れないけど
逆を返せばちょっとでも追い詰められると簡単に崩れるワケだ。


(あまりに発作的に糞記事をかいてしまったので、追記)

最近思っていること。

どんなに「自殺は駄目だ」だって主張している人だって、
然るべき状況に追い詰められたら必ず自殺をするようになる。


これはワリと本気で思っている。

「然るべき状況」
これについて、どの程度の仮定の話をしていいかにもよるけど、

・あらゆる状況、環境の変化
・肉体の変化、心理状態操作 (死にたくなるほど傷つく)
・人間関係の変化 (家族が死ぬとかもそうだし、)
 (「自殺しなければ家族が死ぬ状況」だって考えられる )

このレベルでも、ほとんどの人が自殺に至れると思う。

・もっと直接、何者かによる自殺の強要とかでもいい。
(遠藤周作の「沈黙」みたいなテイスト)


まぁ、「自殺をするまでいくらでも」とまで仮定していいとするなら、
そりゃトートロジーだ。 必ず全ての人間が自殺をする所まで至れるだろう。

(ここまでくると宗教的理由で自殺できないとかは消え去る)
(残るのは、植物人間とかで物理的に自殺が不可能な人だけど)
(そんなのは本質の話ではないし、やはり次の仮定で吹き飛ぶ)

無限の可能性を仮定していいなら、
自分が生まれてから分岐したありとあらゆるパラレルワールドで、
「自分が自殺している世界がたった一つでもあればいい」

これはそういう話。

「自分が生まれてから分岐した全てのパラレルワールド上でも
自分は絶対に自殺なんかしていない!」なんて言えるほど
想像力のない人なんて居るんだろうか。
いやない。はんご。


・・・まぁそんな感じで、
「どんな人間にも、必ず自殺に至れる可能性がある」
これが一つの前提。

もう一つはの前提は、これの逆バージョンの考え。
「今まで自殺をしてきた全ての人にも、必ず彼らが自殺をせずにすんだ可能性がある」

今度は、全ての「既・自殺者」について考える。
考え方はさっきと同様。

既・自殺者が生まれてから分岐したありとあらゆるパラレルワールド
彼らは必ず自殺しているか。
んなワケがないですね。
彼らは自殺をするルートを通っただけです。

それどころかこれはもう、
「自殺者が自殺を決心した時点からのパラレルワールドの分岐」に限定してもいいくらいだ。
それくらい厳しい縛りでも、
彼らには必ず、自殺をしなくなる状況に至れる可能性がある。


そんな感じで2つの前提が得られました。

「どんな人間にも、必ず自殺に至れる可能性がある」
「今まで自殺をしてきた全ての人にも、必ず彼らが自殺をせずにすんだ可能性がある」

この2つのことについてずっと考えてる。


その上で、「人に自殺を強いる状況とはなにか」について考える。
同時に、「他人に強要された自殺は他殺に等しいかどうか」についても考える。


あらゆる「自殺をしないでいる人」にも、自殺をするに至る状況が考えられる。

あらゆる自殺者は、「その人が自殺者では無かったパラレルワールド」に
「自殺をせざるを得ない状況」を付加されたに過ぎない。

そのような気分になってくる。

「自殺状況は付加できる」
自由意志を無視したパラレルワールドでばかりモノを考えていると、
そう表現できる気がする。

なら「その人」は、その「付加された状況」に「殺された」ってだけなんじゃないのか?
あらゆる自殺者は、元々は全て「自殺しない側の人」だった筈なんだから。

つまりそういうことだ。



・・・まぁうまく言えないけど、
「全ての自殺は他殺に等しい」

これが結論。


自分でも反論を考えようとしてみた。

これを覆すためには、
「苦痛や状況から逃れるためではなく、
純粋に興味本位や自らの知的好奇心のために自殺ができる人間」

になる必要がある ・・・みたいな事を考えたけど、

やっぱりその人がその事を全くの自力で思いつかなければダメだし、
(他人からの影響で思いついた考えなら、それは自殺に至る環境と見なす)

その人が生まれてから全てのパラレルワールドでその自殺法をしてなきゃダメですね。
(そんなのは無理だ。つまりこの程度では反論にならない)




◆最後にもっぺん追記。

発狂ついでに発作的に書いたクソ記事がこれなので
ロクでもないのは自分でも分かってる。
細かい部分を固める気なんて無いし
「自殺=他殺」という極論が言いたいだけだ。
その結果、ある程度何かが伝わればいい。


自分でも分かりきってる部分として、
この話の本質は
「人間の自由選択とか自由意志を無にする話」です。


だからこの話で争うなら、最終的には
「人間に自由意志はあるかないか」
「人間の人生に選択肢はあるかないか」

の部分でギャーギャー喧嘩することにしかならない。

自分は「人間にそんなモノは無い」と思ってる側の人間です。
(1ニートとして)
ニートを相手にして、この部分を覆せると思ってる方はどうぞ。
あとは疲れます。

ソレ以外の部分では、誰もが話せば一定の理解と納得ができると思う。



さらに突き詰めるなら、
こんなニートの発狂話の本当の目的は
「他人に何かを押し付けたい」とかですらない。
もっと別のところにあるのが分かる。

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[ 2011/01/22 23:18 ] ニートメソッド | TB(0) | CM(14)
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[ 2011/01/24 01:25 ] [ 編集 ]
No title
その論法が正しいとするなら、同じような論法で、「すべての成功は他者のおかげである」って言えそうですね

①あらゆるパラレルワールドで成功している人は存在しない
②成功には、「成功状況」の付加が必要である
③成功した人は、「付加された状況に成功させられた」だけである
④よって、全ての成功は他者のおかげである

でもこれは自分にはピンときません
当人の選択・決定が入り込む余地がないからです
というより、この論法を全面的に認めてしまうと、個人に自由と責任を求める基盤が失われてしまう気がします

ByNEETさんの自殺論法は、個人の選択・決定を、パラレルワールドの議論を経由することで、限りなく縮小しようとしているように思えます
モラル・ラックの議論と近しいものだと思いますが、ここまで徹底的に個人の選択を無化すると、
人が全て環境要因のみで行動しているビリヤード球になってしまう気がします


>その人がその事を全くの自力で思いつかなければダメ

反論としては、「全くの自力で」のこの100%を、緩く設定することがあるのではないか、と思います
(自殺は自分で自分を殺すことだから、他者に追い込まれていたかどうかは無関係で~といった話は本質的でないので無視します)

自発性99%の自殺や、55%の自殺、5%の「実質他殺の自殺」がある、と、割合の問題として捉えれば、
「全ての自殺は他殺に等しい」という議論を維持するのは、逆に困難になるかなと思いました
(自発性99%の自殺と、自発性1%の自殺を、ひとくくりに「他殺と等しい」と規定して良いのか?という疑問です)
[ 2011/01/24 15:46 ] [ 編集 ]
選挙
> その論法が正しいとするなら、同じような論法で、「すべての成功は他者のおかげである」って言えそうですね

すべての選挙において、自分が投票した候補が当選するのは、他者のおかげである……かもしれない。

ただし、選挙運動をしない限りにおいてだが。

ブログで発言していることは、この場合の「選挙運動」に相当するかどうか、が問題になりそうに思う。
[ 2011/01/24 19:10 ] [ 編集 ]
選挙2
> 自発性99%の自殺と、自発性1%の自殺を、ひとくくりに「他殺と等しい」と規定して良いのか?という疑問です

投票率が百%であり、与党の支持率が51%、野党の49%であり、この比率は全国で変わらないとする。

小選挙区制で、全国の選挙区(百個あるとする)がすべて二人区であるならば、与党の議席が百%、野党の議席は0パーセントだろう。
比例代表制なら、与党51議席、野党49議席となるだろう。

与党の議席数が絶対多数なら、与党は選挙制度を与党に有利なように変えようとするだろう。こういうのを俗にゲリマンダー(意味として正確ではないが)という。

これをひとくくりに「多数決だから民意を反映している」と規定していいのか、っちゅー話になる。

「一票の重み」みたいな話を始めると、さらにややこしいことになる。

「政治に関心があるから選挙が面白い」奴と、「選挙が面白いから政治に関心を持つ」奴と、日本には両方いそうな気がする。
[ 2011/01/24 20:51 ] [ 編集 ]
コメ返信
> 名無しさん
どもです。

> 自分で価値を貶めていると思う。反論されるのは悪いことでも何でもないでしょ。

価値を貶めるのは、まぁいつもの仕事ですw


> 例えば、以前あなたがどこかに書いてた気がするが、

こういうのが不思議なもので、
ブログって、書いた本人が一番、過去に書いたことを忘れてるんだと思います。
そんなの書いたこと完全に忘れてましたw
だから、おんなじようなことを形を変えて何度も言ってしまうんだと思います。

「自殺には多かれ少なかれ外部からの影響がある」
これの極論バージョンですね。まぁこれは当たり前ですがw

極論を言いたがるのは、スイマセン。


>あなたにとって、現象を区別する基準はどこにあるのか、という問題になると思う。

まさにそうです。
突き詰めると、そういうとこに行きますね。
自分は結局、全て外部の影響によるものだと思ってるんでしょう。


>「自殺は駄目だ」と言っている奴ら自身が、無意識に様々な人間を自殺に追い込んでることがあるんじゃないか、無責任な事言うなよ、っていうのが本音に見えるなー。間違ってたら悪いけど。

深読みはありがたいですw

自分的には、
「どんなに『自殺が駄目だ』って言ってる人であっても
 まさにその人が自殺をせざるを得なくなっている状況が用意できる」っていう図を
思い浮かべてしまった時点で 書きたくなってしまっただけの話ですよ。


少なくとも自分は、人に対して「自殺は駄目だ」なんて言葉は
絶対言えないですね。 こういうことばかり考えるのでw
[ 2011/01/24 22:57 ] [ 編集 ]
コメ返信
> BOX さん

> その論法が正しいとするなら、同じような論法で、「すべての成功は他者のおかげである」って言えそうですね

この話で発想が「成功の破壊」に行くのが面白いですね。
自分は「失敗の破壊」にしか行きませんよw

そして否定のニュアンスしか感じませんが。

> 当人の選択・決定が入り込む余地がないからです
> というより、この論法を全面的に認めてしまうと、個人に自由と責任を求める基盤が失われてしまう気がします
> 人が全て環境要因のみで行動しているビリヤード球になってしまう気がします

そもそもがそういう話だからです。
自分は人間を完全にビリヤード球にしか見ていませんので
そういうとこは問題にすら感じないのです。

「この考え方をすると人間はビリヤードになってしまう」
「人間はビリヤードではないのでこの考えは間違っている」
みたいには絶対になりませんよ。自分には2行目が通じません。


(考えてみると、本当に自由意志否定の話なので
 パラレルワールドとかは別に経由しなくてもいいんですよね)


ではどこまで読まれているかを逆に読んで話をします。

自分がこのような話をするのは、
人間から責任や罪を引き剥がすのが目的かというと
そうではありませんので。

「人間には自由意志がない。」
「だから全ての犯罪・失敗・自殺は外部からの影響。」
「だから人間のすべての行動には責任がない。」
「だから人間に罰を与える必要はない。」

こんなことを言いたいのではありません。
(実は3行目まではある意味正しいと思っていますがw)
4行目だけが間違っています。

警察機関や司法機関もまた、
「犯罪者と同様に物理的に動けばいい」だけなのですから。


・・・

自分みたいなニートがこんなことを考えるのは、
人生における失敗を破壊したいからか?

箱男さんがこれに食いつくのは、
人生における成功を破壊されたくないからか?


多分そうではないですよね?

まぁそんな感じです。


> 反論としては、「全くの自力で」のこの100%を、緩く設定することがあるのではないか、と思います

まぁ手法としては
「自分で出した反論を厳しく潰しておく」という
嫌なやり方なので、ここを緩くするワケにもいかんのでしょうねw


> (自発性99%の自殺と、自発性1%の自殺を、ひとくくりに「他殺と等しい」と規定して良いのか?という疑問です)

なんかそんな話もどっかでしたような気がしますw

殺人には責任の割合があり、
実は「自殺と他殺」にはその区別など無く
外部からの影響力のパーセンテージで区別すべきって感じですかね。


最初からそのような事を言えば良かったような気もしますが、
やっぱり自分には「全ての自殺は他殺」という暴論が相応しい気がします。
[ 2011/01/25 00:53 ] [ 編集 ]
Re: 選挙
> Mr.Moto さん

なぜここで選挙の話にww

と思いましたが、
確かに「外部からの影響力」とか「意思の反映」とかは
まさに選挙の問題に似ているのかも?


ちなみに自分は
「選挙に行くのも自由」
「選挙に行かないのも自由」
「選挙に行かないのも自由だと信じるくらいに愚かであるのも自由」
「自由と権利と義務を履き違えるのも自由」
「人の話に聞く耳持たないのも自由」

~みたいな感じのことを信じている上で
選挙に行く気が0な人間です。

(大体ニートが選挙に参加するなんておこがましい)


それに、
「自分が行っても行かなくても選挙の結果が変わらない」のはゆるぎ難い事実ですし。

さらに、
「仮に一票によって結果が変化するような選挙」があったとしても、
それでもやっぱり自分の票によって結果が変わったことにはならないと思っています。

(だって、誰もが自分の一票で結果が変わったと思ってる図なんておかしいから)


だから個人の一票は無駄です。
無駄なことは嫌いです。無駄無駄。



でも、このような考えを大勢の人間に広めたら、
それは選挙に行くのと同じくらいの影響力ですね。

つまり、
「他人の一人から選挙に行く気力を奪えば、
 それは自分一人が選挙に言ったのと同じレベルの選挙活動である。」

みたいな事も考えたりしますw


もし自分が選挙に参加するなら
そういう方向からだけです。
[ 2011/01/25 00:56 ] [ 編集 ]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2011/01/26 01:00 ] [ 編集 ]
はじめまして
外部要因による自殺(=他殺)を「頭に銃口を向けられ、高層ビルの屋上から飛び降りるよう言われる」ようなものとします。言われた通りに落ちれば自殺=他殺になるでしょうが、歯向かえば自殺「行為」ではありますが単なる他殺になります。また、眼下の車のボンネットや街路樹を目指して、助かるために落ちるという選択を選んで死んだ場合も、自殺に見えますが単なる他殺です。生を諦めてただ飛び降りる(自殺)か、戦って死ぬ(他殺)かという究極の選択を強いられても、本当に生きたい人というのは、こんな状況でも自殺しないと僕は思います。彼らを殺すのは他殺だけです。
[ 2011/01/26 01:27 ] [ 編集 ]
いえむ様へ
> 本当に生きたい人
「本当に生きたい」って、よく考えると、むつかしい話です。

マルを描いてください。それが、あなたの人生です。
あなたはマルの内側にいます。外に出ることもできませんし、外側を見ることもできません。
そのマルの中に、不快なものが入ってこないようにする。自殺というのも、そうした行為のひとつです。ですから、自殺というのが間違った行為だとは、一概には謂えないと思います。自殺と尊厳死と安楽死の境界は、不分明です。

自分の人生というマルの外にも、ほかのマルがいっぱいある、とフツーは考えます。それが正しいかどうかは検証不能です。
「私というマルと誰かのマルが、見えないけれど どこか心の奥底のあたりで つながっている」と信じる ひともいます。親子とか夫婦というのは、そういう“離れているけど つながっているマル”だと考えるひとは、多いと思います。

そういう、“離れているけど つながっているマル”のために死ぬことは、「自殺」とはいいません。
その「つながり」を断ち切ろうとする輩が、殺人者です。
そういう輩は、孤独のうちに殺されても問題なし、と、私は考えます。
私は、そういう輩とつながっていないので。

内側で つながっていそうなヒトに対しては、その“内側”が快適であってほしいと思います。

……うわぁ、オレっぽくねぇ。ぶるぶるぶる。
[ 2011/01/26 23:06 ] [ 編集 ]
コメ返信
> 名無し さん

> なんか成果を残さないといけないのにできない、って時には選択肢が多すぎってこともありますよ
> あと、何かやり込んで上手くいってる奴は、大抵他のことを上手く捨ててますよ。

そういうこともよく思います。

例えば、絵なら絵でこの2年ソレばっかりやってたらな、とか思います。

自分のpixivのページとか、アホですしね。
どう考えてもpixivは一点特化してる人のほうが有利です。

イラストでなくても、
ドット絵だったらドット絵だけに集中していた方がよかったと思います。

AAだって、
AAに一点特化してる人はなんかもう凄いです。

そんな感じで、自分は全てが日和見、
全てが疎かって感じですね。

> まあそういう感じで、やることを絞って、もう少し長いスパンで考えたほうがいいんじゃないっスか、5年とか…。
> それだと手遅れとか思ってるのかね。

自分がやることを絞れないのは
全てのことに自信が無いからだと思います。
「自分はこの道に全力尽くそう!」って、思えないんですよね。


かつての自分が本気で夢見ていたのは、
ゲームか漫画でしょうね。

「それらに数年スパンで時間かけて、なにか結果を出す」
・・・そういう夢を、考えられなくなってきているのを感じます。

というか殆ど諦めてます。

短い時間で出来る
変なことしかしてないですよね最近の自分は。

もう自分は手遅れだと思ってますよ。
[ 2011/01/27 17:48 ] [ 編集 ]
コメ返信
>いえむ さん

>生を諦めてただ飛び降りる(自殺)か、戦って死ぬ(他殺)かという究極の選択を強いられても、
>本当に生きたい人というのは、こんな状況でも自殺しないと僕は思います。
>彼らを殺すのは他殺だけです。

「ピストルの脅迫によっても自殺をしない人がいる」
というのは分かります。


でも「その状況ではその人は自殺しない」というだけのことです。


自分が言っているのは、
「あらゆる人生の可能性で、一つでも自殺するルートがあれば良い」
ということです。

例えば、
その人の家族を人質にとって
「人質を殺されたくなかったら自殺しろ」でもいいです。
どんなに勇敢で、ピストルで脅されても戦って死ぬことを選べる人でも、
その人が家族のために自殺することは、簡単に想像できるでしょう?

「それは自殺とは呼べないくらい卑怯だ」と思うなら、
その人とその人の家族が困窮している平行世界を持ってきて
「その人が家族のために保険金自殺をせざるを得ないと判断する状況」も
考えられます。
これなら、その人が「自分で自殺を考えた」ことにもなりますよね。

分かりますかね?

自殺をしない状況が一つでもあればいいのではなく、
自殺をする状況が一つでもあればいいのです。この論法では。


しかも、「その人が生まれてから分岐した全ての平行世界上で」です。

そうなると、「その人の人格」という「状況」まで弄ることが出来ます。
(さっきの例で「そもそも家族を人質にとるのが卑怯」と思ったかも知れませんが
 今度はそれをする必要すらなくなります)

その人がその人生に於いて培われてきた「勇敢さ」だって、
ちょっと平行世界をずらせば、
「全く違う人格」に育っていたことだってあるのです。
そこを付けば、その人が簡単に脅しに屈して自殺をしていた世界を見つけることが出来るでしょう。


「その人がそのような人格に育ったのは
 そのような平行世界のルートを辿っただけ」

つまり、そういう話です。

あらゆる人の人生で培われてきた
「立派な人格」まで破壊出来るのがこの考えです。


「本当に生きたい人」
「どんな状況でも絶対に自殺をしない人」
「ピストルで脅されても立ち向かうくらい勇敢な人」
「そんな立派な人だから他殺でしか殺すことが出来ない」

そのように考えられていた人であっても、
やっぱりその人が自殺をしている世界があるんですよ。


そういうことについて想像することで
なにかが見えてきてくれたらいいのです。
[ 2011/01/27 18:28 ] [ 編集 ]
Re: いえむ様へ
> Mr.Moto さん


>そういう、“離れているけど つながっているマル”のために死ぬことは、「自殺」とはいいません。

これは気になりますね。
言えないのでしょうか?

自分はまさに、
「家族を人質にされて自殺を強要される状況」とか
「家族のために保険金自殺をするほど困窮した状況」とかも、
「人間を自殺に追い込む状況」だと言っちゃってますからw


「自分の大切なもののためなら死ねる」
そういう人間がいるのは分かります。

その「自分の大切なもの」が
人によっては「家族」だったりするんでしょうが
自分はやっぱり「何であろうが同じこと」だと思ってしまいます。

やはりここは「本人の自殺の問題」なので、
本人以外は全てモノと同じように考えてしまうのです。


大切なものが「家族」だろうが「猫」だろうが「自分の作品」だろうが「プライド」だろうが
自分には同じ「自殺」に思えます。
(とくにプライドの為に自殺出来る人というのは多そうですねw)


自分の大切な物の為にとる自殺行為は
自殺と言えないのでしょうか?



そして自分はやっぱり、
「自分の大切なもののために死ねる」なんて思ってしまう状況もまた、
「人を自殺に追い詰める状況の一つ」みたいに考えてしまいます。

「家族がいなかったら自殺をしなかったであろう人」
というのも、想像できますしw


>その「つながり」を断ち切ろうとする輩が、殺人者です。

まさに今の自分は、
思考上の「殺人者」ですねw

[ 2011/01/27 18:49 ] [ 編集 ]
自殺
> 自分の大切な物の為にとる自殺行為は
> 自殺と言えないのでしょうか?

それは、
> そのマルの中に、不快なものが入ってこないようにする。自殺というのも、そうした行為のひとつです。
のほうですね。
「不快なものが入ってこないようにする」と「自分の大切な物の為にとる」の間に、それほどの違いはないと思います。

フランシスコ・ザビエルがキリスト教を伝えた当時、「愛」に相当する言葉は「御大切」だったそうです。
対象とのつながり、という点では、その対象が作品だろうが人間だろうが、あるいは作品を通しての誰かとの共感であろうが宗教を通じての神との共感であろうが、そうそう違いはないかと思われます。
[ 2011/01/27 19:46 ] [ 編集 ]
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