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戦争の申し子

ドロッセルお嬢様

ごああああ書くことが何もない。
世間一般では夏休みだというのに。
こういう時に何がしか頑張るべきなのに。



でも本当は書きたいことはあるにはあるんだ。

・一つ、スポーツを馬鹿にする文章。

・二つ、戦争を再評価する文章。



オリンピック中とか、終戦記念日とかに
この2つを書きたくて仕方なかったんだけど、
何故か自分の中でブレーキがかかってしまい、すぐやめてしまう。


すっごくつまらない気がする。


でも世界にあふれている
スポーツは素晴らしいとか、
戦争は悲惨だとか、
そういうメッセージの方が、よっぽどくだらない気がする。
(そういう厨二なマインドは、ずっと持ち続けているらしい)


だからやっぱり、自分の気分を糞文にして、簡潔に書く。


今回は、「戦争についてなんとなく思うこと」です。


(ちなみに自分は、左翼とか右翼とか、そういう思想には全く染まってないと思う)
(なぜなら、何も考えてないから)



 
ニートが戦争について思うこと


◆ 戦争が与えてくれたもの


一言で言うと、
過去の戦争ってそんなに卑下するようなものなのか?という気分なんだ。


特に「第二次世界大戦」。


「戦争はただ悲惨でしかない」
「戦争は何も産まない」
「戦争は人類の過ち」
「戦争は二度と繰り返してはならない」


なんで、そんなことを言えるんだ? 想像力が欠如してるのか?



「戦争をしたメリット」
「過去の戦争で人類が得た、反省以外のかけがえの無いモノ」
について、
なんで誰も語らないんだ?


戦争があったからこそ生まれたものって、いっぱいあるではないか。


戦争音楽、戦争映画、戦争文学・・・
戦争で産まれ、また戦争をモチーフにした芸術
は素晴らしいものばっかりだ。

特に「敗戦国視点」の戦争映画がいい!
(ベトナム戦争に名画が多いのは、そういうことだと思うぞ)


戦争がなけりゃ存在しなかったゲーム、漫画、アニメだって山ほどある。

(それはもう、山ほどだよ)
(架空の戦争を扱ったモノでもいいなら、殆どのRPGが入ってしまうだろう)
(結局、人間は戦争にあこがれているんだ)


これらは、「戦争による収穫」じゃないのか?



◆ 人間自体が収穫


そもそも、戦後に生まれた人間は、全て、「戦争の影響で生まれた人間」だ。
(「戦争がなけりゃ生まれて来なかった人間」だ。)
(バタフライ・エフェクト的に考えて)


自分自身、「戦後に生まれた人間」だし、
自分自身、「戦争の収穫」だと自分は思っている。


そんな人間が、過去の戦争を否定できるわけがないじゃないか。
(無かったほうが良かったなんて、死んでも言えない)
(言った瞬間に死んでる)



そんな気分なので、
自分は子供の頃から、なぜテレビや新聞や学校教育では
過去の戦争を「過ち」でしかないようにしか伝えないのか、疑問で仕方がなかった。





あと、戦争は「人類の発展」にも相当貢献してるはずだ。

ミサイル技術=ロケット技術=宇宙開発技術 (冷戦のおかげで宇宙開発は発展してきた)
科学技術、
医療技術、
エネルギー技術、
暗号解読技術→コンピューター技術・AI開発
通信技術、
(まさにインターネッツだって、戦争のお陰で出来たといっていいくらいだろう)



戦争がなかったら、どれだけ人類の発展は遅れていただろう。



◆ 進化の加速 収穫加速

そんなわけで、なんというのか、
人類全体を、「一つの生き物」として見た場合、
「戦争」というのは、一種の「エクササイズ」みたいなモノだと思う。

(それも、かなりハードな全身運動)


そのハードな運動によって
「人間個人」という、個々の「細胞」はいっぱい死んだりする。


でも、
筋肉は破壊されることによって成長するのとおんなじで、
人類だって、戦争という破壊によって「超成長」できた部分があるんじゃないのか?


戦争経済、軍需産業、特需、
日本の高度経済成長とか、まさにそういうことなんじゃないのか。
なぜ感謝しない?
日本みたいな成り上がり国家こそ戦争に感謝すべきだ。



一つ一つの細胞が死ぬからといって、筋トレしないで何になる。
そんな気分だ。



人類という人間は、
過去に二回ほど、死ぬほどの全身筋力トレーニングをした。
それによって、現在のたくましい筋肉を得た。


(まぁこれから先はソフトなトレーニングしかしませんけど
 基礎体力は2度の大戦のお陰で付きましたからw、みたいな)



「戦争がなかったら、今ごろ君たちはまだ、洞穴の中で暮らしていたんじゃないかな?」



・・・そんな気分に、なれないのだろうか?

豚を飢餓状態にさせて闘争させることで、豚が急速に進化させる
 そんな漫画もあったはずだ。 誰か詳細を教えてください)



◆ 未来に起こるかもしれない戦争について

まぁそんな感じなので、
自分は過去の戦争に関して、「人類の過ち」とは全く思えない。


「よくそんなのやってくれたなぁ」「すごいなぁ」「こんなことが本当にあったのか!」
という、驚嘆、感動、謎の感謝、謎の憧れ、・・・そんな気分が的確だ。



ではそんな風に過去の戦争を礼賛している人間にとって
問題となるのは、「未来の戦争」についてだ。



過去の戦争を肯定するからって、未来の戦争も肯定するか?
それとも否定するか?



これは意外と結構難しい。


「否定」するのは単純だ。

「戦争はいけません。
過去の過ちに学んで、二度と繰り返してはいけません」


そう言うのは簡単だ。

でもダサい気がする。

「過去の戦争をマンセーするくせに、
 これから自分に戦火が振りかかるのは嫌」
みたいな感じではないか。

とてもダブスタ臭い。



では、未来の戦争も「肯定」するか?

「きっとまた、大規模な破壊と創造を産んでくれるから」
「平和状態では考えられないスピードで、人類の発展を加速させてくれるから」


そんなことが言えるだろうか?


それは、自分にはわからない。


人類はもう既に、「二度の大戦でそれなりに熟した」といえるかもしれない。

これ以上は特に、またしても世界大戦をしてまで
進化を加速させる必要は、もうないのかもしれない。



◆ 核抑止

というか
もし仮に、これから未来に世界大戦が起こるなら、それはもう「核戦争」だろう。

そして、「この先もう、第三次世界大戦は起きないんじゃないか」って感覚を、
なんとなく誰もが持っている気がする。


つまりそれは、核抑止のおかげだと思うんだ。

逆に、大戦が起こらないつまらない世界なのは、核のせいでもある。




つまり、平和を望む人達は、核に感謝すべきだし、
自分のような戦争に憧れる人間は、核を憎むべきなんだ。



それなのに実際は逆転している。

「平和を望む人間」が「反核」だったりする。

それはおかしいではないか。



◆ 「人類の敵」視点

もっと変なことを考える。


今日本人が言っている
「戦争の放棄」って、どの程度のことだ?



これは、「対地球人」に限った話なのだろうか?


例えば、「人類の共通の敵」となる宇宙人が攻めてきたとする。
(馬鹿馬鹿しいが、落ち着こう)


そして、世界中で
「地球人VSエイリアン」という構図の戦争が始まったとする。



そうしたら、
日本人の自衛隊だって喜んで戦争に参加すると思うんだ。




みんな、「自衛隊ガンバレ~」って感じで
自衛隊がエイリアンをやっつける様を
TV中継で喜んで観戦して、応援しまくると思うんだ。


オリンピックみたいに!



なんだ、それは。

戦争放棄の精神はどこにいったんだろう。

結局、想定外の敵が生まれたら、やるんではないか。



宇宙人についての空想をすると、こういう所に行ってしまう。

(話がズレた。 普通はこういう所は添削するべきなのだ)



◆ 個人の生活を犠牲にしてもいいモノがこの世にはある

まぁとにかく
今回の自分の糞話のなかでポイントになってる部分を短くまとめると、


人類を「一人の人間」として見たとき

世界大戦は人類にとっての全身運動のようなモノ。

筋トレは、筋肉を壊して再生することが本質だということ。

だから、人類の発展のために個人の生活が脅かされても、それは

大事の前の小事であって、実は構わないんじゃないか。


みたいな話でした。



でも本当は、「人類の発展」よりももっと大事なものがあると思っているのです。

それのためなら、な お さ ら 個人の生活は破綻してもいいと。



◆ 人類を物語として見る

それは、「悲劇性」

今度は人類を「一つの物語」として見るのです。 (一人の人間としてではなく)



最初にちょっと言ったけど、

なぜ戦争映画は素晴らしいのか、それも、敗戦国視点。

それも、一般市民の生活が脅かされているような視点の映画こそ、素晴らしい。

例えば、「火垂るの墓」のような映画。

火垂るの墓は断じて反戦映画ではない!
(そのようなメッセージは含まれていないと高畑勲自身が言っている)

戦争で脅かされている一般人の生活のありのままを描いているだけだからこそ

素晴らしい映画なんだ!



・・・こういうことについて考えると分かる。



人間の生活に真に意味を与えるモノはなんなのか。

人間の生活を真に価値あるモノに変えるのはなんなのか。

人間の人生を名作にするモノはなんなのか。


誰が人生に価値を与え、誰が人生の価値を決めている? そこを考えろ。
それは決して「自分自身ではない」のだ。



平和ボケした人間の人生なんて、上位存在の誰も鑑賞したがらない。
そんなものは誰も見ない。


この世のありとあらゆるメディアの中で
戦争モノがほぼ最上位にいるのなら、 (自分はそんな気がしている)
人類は自らの平和を代償にしてでも、それを演じなければならない。


でなければ、「面白くない」からだ。



人々の生活が危機に貧しなければ、世界は面白くない!

(だから一発で終わってしまう核戦争はつまらない!)
(だから世界を平和にしてしまう核抑止はつまらない!)


人間の命は不幸の中にあってはじめて輝くんだ!


生命は「闇の中に瞬く光」だからだ! (ナウシカ)


だから、生命は闇の中に置かなければいけない!


だから、世界を闇で覆わなければいけない!!


だから、戦争だ!!!




・・・みたいな気分なんですが、

こういうことをラスボスに言わせるのはどうでしょうか。


これ、ラスボスが世界を戦乱に巻き込む動機としては最高だと思うんですが。



やっぱり、「作者が本当に言いたいこと」ってラスボスが言ってることですよね。




関連記事
[ 2012/08/19 15:34 ] 駄文 | TB(0) | CM(8)
ところでゲーム買ったりするための収入ってどうやって得てるんですか?
[ 2012/09/16 04:51 ] [ 編集 ]
コメ返信
> 名無し さん


> ところでゲーム買ったりするための収入ってどうやって得てるんですか?


ちょっと色々あって、発狂しようかなと思いました。



こういうコメントは定期的に来る気がします。

なんと答えればいいのでしょう。

・納得できるような答えを返すことも出来る。
・都合のいいウソを付くことも出来る。 
・あえてデタラメの、実際以上に酷いことを言って、ピ エ ロになることも出来る。


でもどれも、違う気がするのです。



そもそも
「疑問を投げられる」ということは
その疑問を投げた人自身への疑問にも返ってくるのです。


つまり、「このコメントをしたあなたは、どういう人なのだろう?」という考察。


なぜ、ゲームの記事ではなく、戦争についての記事に、このコメントをつけたのか。

自分はこれが気になります。
(もしも、ゲームの記事に着いたコメントなら、自分は普通に対応していたと思います)


一体何が「ところで」なのか。

この「ところで」はどこにかかっているのか。 謎です。


---------------------------------
つまり自分が分析するに、
あなたは、どういうワケか、ふらっとこのブログに立ち寄り、
この「戦争についての糞記事」に辿り着いた。

そこではニートが、何やらよく分からない論をまくし立てていた。
だが反論するのも面倒くさい。

でも何かがムカツク。
他の記事をみると、このニートはニートのくせにゲームをやって遊び呆けているようだ。

そんなニートのくせに、戦争について、なにやら語っていやがるのだ。
無性にムカツク。

そんなヤツの糞記事には、テキトーなコメントを付けて有耶無耶にしてやろう。

何故、ニートのくせにゲームをやる金があるのか。

このあたりの外堀から攻めていけば、どこかでボロを出すかもしれない。

そこから人格攻撃を仕掛けてやろう・・・


---------------------------------
・・・そんな浅はかな思惑を感じるのです。
このコメントには。


やはり理由としては、

・全然関係のない記事へのコメントである

・常連の人なら付けないようなコメントである

・随分あけすけな質問である


という方向からです。


---------------------------------
邪推にも程があるでしょうか?

普通に答えればよかった問題でしょうか。



でもやはり基本は「質問すれば答えが返ってくるのが当たり前か・・・・?」の姿勢です。


         __,,,.... -――‐- .._         そりゃあ…かまわない
       /vV///∠∠彡:ニニヽ  おまえらの質問に答えること それ自体は容易い 簡単だ
      {/`ー-‐'''"´   二二ニニl   負けた時の処遇はこれこれこう こういう施設行き
     /ー--‐''''"´    二二ニニ|       食事は…?就寝時間は?
    ,/ー---‐'''"´__   ニニ二二|     そんな話は いくらでもできる
    〈べヽ l. ヾニ-‐'''ヾ> =r-、ニニ|
    },-o->  ヽPニニ  ミ ス.|ニ二|  しかし 今 オレが そんな話を 仮にしたとしても
.     |二/,'   ー― '  `に!|二ニト、        その真偽はどうする…?
    |/,' __ ヽ\    r<二ニ| \
      | 「r---一ァ'!   | \ニ|   |`'ー-、__ 真偽など どうでもいいから
       | !` 三 ̄  l    |    \!  |      聞きたいと言うのか…?
        \       _.. -''"    /|    |
    _,.. ‐'''"`ー <´       / |  |       ククク……


---------------------------------
勿論自分はブログをやっている立場であり、
そこで訪問者様が付けたコメントを無下に扱うというのは論外な訳です。


でもやはり、この利根川さんのテンションになってしまうのです。
そしてあなた自身にも、この利根川さんのテンションを理解して頂きたい。


質問をして、それに回答する。

この関係性には何が必要なのか。 

片方に「何か」が欠けていると、それは途端に無価値な応酬に成り下がるのです。


---------------------------------
で、まぁいい加減にウザイと思うので、ある程度答えていこうと思います。

(勿論、この回答の裏を取る手段は無いですし、
 自分もまたこの回答が真であると証明する手段はありません)
(だから、このやり取りがどれだけ無価値か分かりますかね?)


そもそも、なぜ「ゲームだけ」に注目するのか。


自分はニートです。 (少なくともそう名乗っている)

食費、光熱費、家賃、税金・・・などなど
それらの金の出処は???

疑問を抱くのなら、まずはそこでは無いでしょうか。

でもそれ自体は、「なぜニートがニートなのか」という根源的な疑問に行き着きます。

それらを完全に糾弾するなら、
「ニートをやめろ」「働け」「ニートブログをやめろ」という所に行き着きます。
あなたはそれがしたいのでしょうか?

ニートブログのコメント欄で、ニートに、ブログをやめろと、説教したいのでしょうか?
それならそうと、ハッキリ言っていただけたほうが、プロレスがやりやすいと思います。




いや、そうではなく、ゲームの「娯楽性」に注目しているのでしょうか?

それにしたって、ゲーム以外の娯楽はどうなのでしょうか? 
自分は映画も偶に観に行っていますし、本も買っています。 (そもそもネット料金は??)
それらはどうなっているのか?
(これが、あなたのコメントの「とか」に現れているのでしょうか??)


これを突き詰めるなら
「ニートは娯楽を漁るな」という所に行き着きます。

あなたが暗に言いたいのは、こういうことでしょうか?
(それならそうと、ハッキリ言っていただけたほうが(ry)


---------------------------------
で、気がついたら、また全然ちゃんと答えて無いことに気が付きましたので、
ゲームについて答えようと思います。


このブログを端から端まで読めば分かると思いますが、

実は自分が今年に入ってから購入した新規パッケージのコンシューマゲームって、
「ドラゴンズドグマ」と「DMCコレクション」だけですよ。

色々やっているように見えて、実はこの2本だけです。
(それ以前、2008年以前のゲームに関しては、それ自体が昔の貯金のようなモノです)


で、この2本だって、速攻で買って、速攻でトロコンして、速攻で売れば、
差分1000円程度で、元は採れるのです。


つまり、何が言いたいかというと
「ゲームというのは意外と低所得者向けの娯楽なのではないか」ということです。
コスパは良いです。

これを叩くのであれば、やはりニートの他の趣味を叩くべきです。 (漫画とかね)
(そして、ニートの娯楽趣味自体を叩くのであれば、
 直接そういっていただけたほうが、プロレスしやすいでしょう)


一つのゲームをトロコンするのを前提にやり込んでいれば
そんなにゲームを次から次へと買う必要は無いのです。


---------------------------------
で、これでもやはり根源的な疑問の解決にはなってないでしょうか?


例え半年に1000円程度の支出であっても、
相手がニートであれば許されないし、納得できないでしょうか?

そのルートを明かさなければならないのでしょうか。


でも、そこから先は、やはり先程の「利根川さんのテンション」になるのですよ。


自分はいくらでも嘘がつける。
あなたにその裏を取る手段はないし、
また、自分があなたにそれを真だと証明することも出来ない。
そんな不毛な納得が欲しいのでしょうか。


何故、自分のアイデンティティに関わるこの部分を、
ふらっと、冷やかしで現れただけのような人に、赤裸々に告白しなければならないのか。

ブログの主というのは、そこまでの義務を負うのでしょうか。
さもなくば炎上して閉鎖でしょうか。



それが自分には疑問なのです。

全てが、割に合わない気がするのです。



これらの困難をすべて乗り越えて、
このニートに回答させることが、あなたには出来るでしょうか?

[ 2012/09/18 11:27 ] [ 編集 ]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2012/09/21 06:51 ] [ 編集 ]
CANDY
戦争のメリット・デメリットをきちんと計算した

「戦争の経済学」ポール・ポスト著

があります。
経済学の枠組みを使っていて、面白い。
昔は戦争は儲かったかも知れないが、現在では通常経済の規模が大きくて戦争による経済効果は限定的だし、コストの割に利益は少ないので、だめらしい
[ 2012/09/29 08:32 ] [ 編集 ]
Re: 大丈夫ですか?
> 774 さん

すいません返信遅れました。


>以前から似たような発狂芸は何度か拝見してますし、真偽とかはどうでもいいんですけど、

真偽、
発狂芸、
我ながらこれは何なのでしょうね。

でも多分、正直に、なにか腹がたったり、カチンと来たからこうなっちゃったんだと思います。



それに本当に気になるんです。
「なんでこの人は、こんなコメントを、この記事につけたのか???」

「そして何故この人は、このコメントに返してくれないのか」

利根川さんのテンションが、伝わってくれたらいいのですが。



>SNSの毒気に当てられてソーシャル糞野郎にならないためにも
>少しSNSなどから離れられた方が良いように思うのですが如何でしょうか。


割と凄い表現ですねw 「ソーシャル糞野郎」。

特区の昔になってると思いますよ。

中身が糞ですから、
表面を偽るか、偽るのに疲れたか、の違いでしか無いと思います。

[ 2012/09/30 19:01 ] [ 編集 ]
Re: CANDY
> 名無し さん


> 昔は戦争は儲かったかも知れないが、現在では通常経済の規模が大きくて戦争による経済効果は限定的だし、コストの割に利益は少ないので、だめらしい


にゃるほどです。


そういえば、まさにMGS4の世界観の中では
新たな戦争経済によって世界が回るようになってたのですが
やっぱ現実的ではないんですかね。


しかしこう、戦争のメリットが否定されたといっても、「経済面」だけですからね。


その辺を否定されたなら、
自分はもっとこう、精神面とか、文化面での発展とか、
簡単には否定出来ないそっち方面に逃げていきたいです。


個人の人生は、もっと抑圧されたり、過酷な逆境に晒されなければならない、と。

戦争によって個人の人生がもっと不幸になって波瀾万丈になったほうが、
実は別の視点ではとても素晴らしいことが起きているのではないか、と。

[ 2012/09/30 19:08 ] [ 編集 ]
楽しく読みました。
内容のない文が「くそ」であり、内容がある文は「くそ」ではないですよ。
(世にあまりないエントロピーが小さい文)
社長が書こうが、ニートが書こうが関係ありません。

戦争はよいとも言えるし悪いとも言える。
神はいるとも言えるしいないとも言える。
自己は一人ともいえるし複数とも言える。
世界はひとつとも言えるし複数とも言える。
永遠はあるようでない。ないようである。

片方の真実だけを声高に言う人は生理的に無理ですね。
ちなみにポケ戦と銀英伝が好きです。
反戦派ですが、思えば戦争芸術が大好きですね。。。
おっしゃるとおりです。
[ 2012/12/12 11:31 ] [ 編集 ]
コメ返信
> hige さん


> 楽しく読みました。
> 内容のない文が「くそ」であり、内容がある文は「くそ」ではないですよ。

どうもです。
でもやっぱり、改めて見てみると精神的に不安定な時に書いた文だなぁというのが分かりますね。


> 永遠はあるようでない。ないようである。

この中だと自分は永遠が気になりますね~。

永遠がもしあるなら、それはパラレルワールドが保証されたような物だと思いますから。

例えるなら、
「無限に数列が続く超越数の中にはあらゆる有理数が含まれている(かもしれない?)」
的な感覚です。


> ちなみにポケ戦と銀英伝が好きです。

やばいですねどちらも見たことがありません。
この世はいつか見たいモノであふれていますね。


> 反戦派ですが、思えば戦争芸術が大好きですね。。。

逆にいうと、自分なんかは戦争大好き人間ですが、
もっと反戦メッセージの作品も好きになって然るべき、という事ですね。


でもあんまり思いつかないような。

メタルギアは反戦、ゴジラは反核でしょうかね。
そうでもあるようだし、そうでもないようだし。

「テーマやメッセージ」と「興味の対象」は違う。
サルまんにも書かれていたことですね。


[ 2012/12/15 13:05 ] [ 編集 ]
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