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MGS4の話 またはオセロットの頑張り物語

 
というわけでやっと、MGS4の話です。


まぁ自分でも、なんで突然ゲームについて語り出すのかってのは謎だけど、
やっぱり基本は「大量に時間をかけたというのに一人で消費しただけってのは嫌だから」
という事なんだと思う。


あと、「脳みその中で一度整理をつけた道筋」というのは
ちゃんと出力しておきたくなる。
でないと、ボーッとしてる時に、頭の中で同じ所を何度も通ってしまう。
それこそが、一番不毛だと思うからだ。


だから、自分が感じたことを、遺しておきたくなるのだ。

まぁその結果、ゴミ情報がまたしてもネット上にばら撒かれることになるんだけどね。
MGS2のミーム話




 
MGS4の感想やらなにやら
(書きかけ)
(無推敲)


で、今回もやっぱり語ることがあまりに多すぎる。
とりあえずACT1から、順に感想的なことを並べるところから始めよう



◆ ACT1について

さて、メタルギアもすっかり潜入ゲームではなくなってしまったわけで。
(戦争は変わった)
(NO PLACE TO HIDE)


キャッチコピーがそうだから~ってのは回答になってないかな?


でもまぁ、ゲームのコンセプト自体がシリーズを重ねる内に少しずつ変わっていく、
というのは仕方ないことだと思うんだ。


「シリーズファン」というものは、往々にして
「旧作のままで良かったのに~!!」という事を言うんだけど、
それはあくまで「ファン視点」であって、「クリエイター側の視点」には全く立っていない。

たとえば、まさにMGSシリーズで言えば
「ずっとソリトンレーダーで行けばいいのに~!」って奴だ。
自分も1ファンとして、これは分かる。 
MGS2のプレイのやりやすさ、気持ちよさは異常だからだ。
(あのグラフィック、操作性+ソリトンレーダーだから、鬼に金棒すぎたワケだ)

でも、クリエイター視点で見てみると、
「同じ事の繰り返し」というのは耐えられないんだろうなって、分かる。
自分たちが作っているからこそ、最初に飽きるし、
過去のシステムに胡座をかいているだけなのは危機感を感じるんだろう。

過去作のいいところは残し、新しいものを付け足していく・・・それが理想なのだろうが、そう簡単にはいかない。 
過去の良かった部分すら破壊したくなるのだ。
だから、クリエイターというのは自律的に進化してしまう。
クラッシュ、ミックス、バーン!



あ、序盤からもう既に能書きが長くなっている。


さてこのACT1、
民兵とPMCとの間の、不毛な代理戦争に介入しつつ、かくれんぼミッションを進めていく感じ。

自分は最初こそ戸惑ったけど、今ならハッキリ言える。

何週しようが、ACT1~2のこの「代理戦争介入ミッション」は飽きない。楽しい。


なんというか、
「民兵に感謝されながらPMCの頭を麻酔銃でヘッショしていく」というのが大体の流れになるわけだけど、
これがまた、何週しても楽しいのだ。 
多分、一番飽きないポイントなんだと思う。


そんな感じで毎回民兵と仲良くなっちゃってるモンだから、
例のBB初登場のムービーで民兵が全滅しちゃうシーンはとても悲しい。
でも転がってる武器を拾うとDPが美味しい。 嬉しい。 悲しい。



◆ ACT2について

で、まぁACT2。

ACT2の前半部分はACT1と同じですね。
民兵からハートマークを稼ぎつつ、PMCをモシンナガンでヘッショするだけの仕事です。
引き続き、楽しい。

ACT1の時は結局PMC側が勝っちゃうので、
プレイングマンティス社のCMが流れるのが不気味だったけど

ACT2に関しては、自分の場合何週やろうが民兵側を勝たせちゃうので
ピューブルアルメマン社のCMは未だに聞いたことがない。


そんな感じ。


それから、ACT2はナオミ追跡イベントがありますね。
後述のレジスタンス追跡から比べればこっちはまだ楽しいです。


あえて待ち伏せしてるPMCのボヤキとかを聞いたり、トラップに引っかかったり、
お馴染みのトイレ兵士を感電させたり、ミステリーサークルを見つけたり、
ネタがふんだんに散りばめられていると思う。


あとACT2の終盤。

ドレビンの装甲車で駆け抜けるシーン。
MGS1の終盤を思い出しますが、やっぱり、ロードとプレススタートボタンがウザくて萎えてしまいます。
爽快感がない。

これは、何とかならんかったのかなぁと感じてしまう。



◆ リアルタイムムービーを再評価しよう
で、ACT2の最後。

「MGS4はムービーゲーである」・・・本当によく言われていることだと思う。

でも、この「雷電VSヴァンプ」を見りゃわかるけど、MGS4は「最っ高のムービーゲー」だと思う。


ていうか、もうちょっとみんな、リアルタイムレンダのムービーというものを
高く評価してもいいんじゃないか??



こういうムービーを、シッカリ作ってるゲームって、今日日、意外なほどに少ないんだぞ。


洋ゲーなんかは、むしろ全てをスクリプト処理にして、
ゲーム中とムービーの境を曖昧にすることに躍起になってるようだけど、
そのせいで却って、キャラが喋ってる説明シーンなんかは、
「突っ立ってるキャラとその周りをヒョコヒョコジャンプしてる主人公」みたいなシーンが増えちゃってると思う。


(例えばスカイリムなんかが、始終そんな感じ)
(「見るだけのムービーシーン」というものが存在しない)
(全てがゲームシーンであるが故に、却って退屈なことになる)


ではそうじゃないゲームは?

最近のゲームのイベントシーン、
キャラや背景は綺麗になったけど、
ではリアルタイムのムービーシーンで何をしているかというと、
単にカメラで背景舐めてるだけ、バストアップでキャラの表情と唇が動いてるだけ、
それだけのムービーが挿入されるだけ、


(例えばデモンズダクソのムービーとかがそんな感じか)
(何かというと、カメラ移動で遠巻きに主人公を映してるだけ、というムービーがとても多い)


・・・そんな風なゲーム、そんな風なムービーが増えている。
表面上のグラフィックは向上したけど
音声、モーション、エフェクト、演出、
「本当の意味で気合の入ったイベントムービー」
をキチンと作ってるゲームって稀有になっちゃってると思う。


そして、そういう所に力を入れてるゲームが正しく評価されることも少なくなっちゃってると思う。


なぜか、「ムービーゲー」の一言で切り捨てられてしまうのだ。




でも違うだろ?
↑例えばこういうメイキング見れば、考えが変わると思う。

カッコイイリアルタイムムービー作るのって、本当に大変なんだなぁって、分かるだろう?


ポリゴン、テクスチャ、ノーマルマップ、モーション、モーフィング、照り返し・・・
どこにグロー効果があふれているか・・・

ゲームCGのそういう所に注目しながら見ていれば、
リアルタイムムービー中に退屈するなんてこと、ありえないだろ!?


そして、ムービー中の全ての音響だって、フレーム単位でタイミングを定められて命を吹き込まれている。
(だからゲーム中に鳴っているSEとは、価値が違うんだ!)

そういうことを一度知ってしまえば、
ムービー中の音声をぼーっと聞き流しちゃうなんてこと、ありえないだろ!?



・・・自分はそういうことを訴えていきたい。


ムービーゲー万歳である。

そしてMGS4は、最高峰のムービーゲーである。


(MGS1の頃から培ってきた流れ、集大成だよね)



◆ ACT3について

さて、多分MGS4の評価で一番足を引っ張っているであろうACT3の尾行ミッションです。

ステルスゲーというのは、多分尾行ミッションの呪縛からは逃れられないんだろう。
「尾行型糞ミッション」というと、なんだろう。 天誅紅にもあったなぁ)



まぁやらされることのウザさはさておいて、
ACT3自体にも見所は結構あると思う。


まず背景美術が超綺麗。

東欧の建築美? なんかすごい。 
下手すりゃこのゲーム全体で一番気合が入っているのではないか?
(まぁこの辺はヒデラジ聞いてりゃ分かること)

道端のいたるところにさり気なく車とかも配置してあるけど、
こういう何気ないオブジェとかもそういう視点で見ると、
すげぇ凝ってるモデルだなぁと感じる。

一体、1ステージに、車を何種類、何台配置してあるのだろう。

そういう所まで見だすと、
やっぱ
ゲームというのはいつになってもメモリとの戦いであって、
「捨てる美学」と無縁な瞬間などないのだろうなぁと思う。
(一応、次世代マシン、最新ハードということになるのだろうが)


「ハードが進化して、ゲームクリエイターはやりたい放題になった」
「だから最近のゲームは取捨選択をしてないからつまらないンだ」

・・・みたいな事いう人がたまにいるけど、何もわかってないと思うよ。



あとACT3で目立つのは、「グロー効果」ですね。

かなり明度カット率の低い(つまり広範囲の)グロー効果を
画面全体にこれでもか!って感じでかけていることが分かります。

それで霧のモヤの感じ、光の乱反射・拡散を表しているわけですね。

しかもよく見ると、このグロー効果の中に小雨のようなエフェクトも入っていることが分かります。

そしてこのグロー効果による霧は、時間が経過する毎に少しずつ薄くなっていく。



そんな感じか。

こういう、「ゲームグラフィックスとしての見所」に注目しつつ
尾行していけば、なんとかACT3も許容できるのではないでしょうか?
(ロードバグで尾行時間を短縮しながら)



◆ ACT4について

さて、ついに突入しました。ACT4。

用意はいいですか?ここからもう絶賛しかしませんよ。


シャドーモセスに行く事になってもう期待感MAXですよ。


そしてMGS1の懐かしのヘリポート。
そのままPS1の画面がデデーンと映される。

この演出はホントにビックリした。
と同時に不安にもなった。

ま、まさかシャドーモセス編って、ひょっとしてMGS1からそのまま移植したステージをプレイしたりするのか?
それはそれで構わないけど・・・

みたいなことを本気で考えたりした。

まぁ夢オチで良かったですね、と。
ま、まぁ自分は全編これでも良かったんだけどね!



そしてついに、PS3のクオリティで再現されたシャドーモセスですよ。

そして流れる"The Best Is Yet To Come."ですよ


そしてぶっ壊れる監視カメラですよ(かつての憎っくきカメラが・・・)

そして至る所で流れるフィールドフラッシュバックですよ。


・・・最高すぎるでしょう。
この時点で自分はもうMGS4神ゲー認定ですよ。
本当にやってよかったと思った。 ここまでついてきて本当に良かったと。
ゲームやっててこんな感情があるだろうか。


で、ゲームプレイ自体ですが、
自分は未だにモセスに沸いてる「仔月光」が好きになれない。 (見た目は可愛いと思うけど)

コイツは、よく分からん。 
「目は悪いけど音には超反応する敵」って、本来好きな筈なのに、何故だろう。
「ぶっ壊しても無限湧きする」というのが好きじゃないからだろうか。

ノーアラートで進むことを考えると、戦略性が変わるのだろうか?
(でも、なんだかんだでチャフグレネードでスルー安定になってしまうと思うんだ)

つまり、この仔月光との駆け引きの楽しみ方が、わからないんだ。


シャドーモセスには無人兵器しかいないのは分かるけど、
なんか寂しいですね。 いや、寂しくて何も間違ってないけどね。



で、まぁ色々あって
「REX VS RAY」ですよ。


最高すぎますね。 
ついにメタルギアを自分で操作できる日が来ようとは。


何が素晴らしいって、多分ロボットゲーとしての出来が最高なことでしょう。

この接地感!
この重量感!
この駆動感!
この爽快感!



本当に、ロボットゲーで何が大切かというと、一にも二にも「接地感」だと思う。

「単にキャラがアナログスティックを押した分に応じて、設定された加速度で加速して、
それにあわせて歩きモーションを再生するだけ~」
みたいなのでは、この接地感は出せない。

本当に足が動いて、地面を踏みしめて、地面を蹴って、その結果、進むのだ。


自分がACVの体験版やって「なんじゃこりゃ」としか思わなかったのは
多分先にMGS4のコレを体験してしまったからだと思う。
接地感のせの字もない。 足の部分がふよふよしてる。 まだダクソの方がシッカリ接地してた。


しかしRAYは弱かったですね。
難易度上げるとカツカツになって緊迫感でるのかな?

オタコンのサポートやら制御プログラムのおかげやら、
RAYは本来無人機なので人が動かすと弱くなるやら。



◆ ACT5について

ようやく最後のACT。


スネーク電子レンジについて。

しかしMGS2の時からなんだけど
一体マイクロ波をなんだと思っているのだろう。

雷電がなんか言ってたけど
機械の体ならどうにかなるってもんじゃないとおもう。

機械ならどうとか、生身ならどうとかじゃなく
「マイクロ波は分子に極性があるならダメージを受ける」という事だと思う。

人間なら水分が誘導加熱されちゃうし、金属を含んでる電子機器なんかあっという間にパー。
だからMk.Ⅲやサイボーグの雷電が進めるはずはないのだ。


ところでここで現れるカエル兵、なぜか銃を捨てて白兵戦になるんだけど、
これは意味があるのか?
2に銃弾を弾き返す装置があったけど、あれと上手く繋げられなかったか?という気分になる。


・・・という理屈はもうどうでもいいや。

とにかくこのスネークが這いずりまわるシーンはかなり来るものがあったと思う。

こういうのは殆ど反則だと思うぞ。うむ。



そして本当に最後の話。
(ストーリーをなぞるだけにせよ、
 他にも色々と語るべきことが残っている気がするけど)

リキッドとスネークの殴り合い。

ここが、最高だと思う。

全て決着が付いた。
いや、まだ残っている。
最後に個人的な殴り合いをする。

こういうの最高。 スクライド精神。

何が凄いって、HPバーの表示が凄い。

この世に、HPバーだけで人を感動させることが出来るゲームが他にあるだろうか?


「なんで最後格ゲーなんだよ」って思う人はいるらしいけど、なにそれ、そんな人知らない。



で、まだ終わってない。

ここから各キャラについてちょろっと書いていきます。

最後の「リキッド・オセロットについての話」がメインです。

というかこの記事のメインがそれです。




◆ ドレビンとBBについて
かきかけ


◆ オタコンについて
かきかけ


◆ スネークについて
かきかけ






◆ リキッド=オセロットについて

前々から思っていることなんだけど、

やっぱりメタルギアシリーズって「オセロットの頑張り物語」だと思うんだ。


まじで、オセロット視点で見るとメタルギアシリーズは面白い!!

本当に、オセロット頑張りすぎなのである。
スネークの努力なんて、霞むくらいの裏工作をしている。
こっちこそが真のエージェント、真の主人公なのではないか。


メタルギア「ソリッド」は終わっちゃったけど、メタルギア自体は続くらしい、ならば
メタルギア「オセロット」とか、余裕で作れるんじゃないか?
まだまだ、ものすごく語れること残ってるんじゃないか? そんな気がする。

ソリッドも、ネイキッドも、もう語れること残ってないよ多分。



さて、そういうことなので、ちょっとシリーズをオセロット視点で振り返ってみようか。


ここで念頭に置いておきたいのが、オセロットの立ち位置。

スネーク視点からは「愛国者達サイド」に見えつつも、
実は「反愛国者達サイド」なのである。

しかも、2からはリキッドに取り込まれているので(それも演技というめんどくささ)
表面上は「反愛国者達サイド」に見えてたりする。

そしてスネーク側は、不本意ながら「愛国者達」を守ろうとして、
オセロットに挑んでいる。 
そして結果として、オセロットの愛国者達を潰す計画に加担してしまうのである。
(ああ、ややこしい)




・MGS1
ここでのオセロットは、リキッドに協力しているように見える。

リキッドがやりたい事というのは、まぁアウターヘブン云々~なので
やはりビッグボス側である。

つまり普通に見れば、オセロットの立ち位置は「反愛国者達サイド」で話が進む。


でもまぁエンディングで、それは偽装で、
「オセロットが大統領=ソリダスに通じてる」的なバレが入る。



・MGS2
で、ここでのオセロットは、ソリダスに協力しているように見える。

ソリダスがやりたいことというのは、
「愛国者達による支配の破壊」なので、普通に「反愛国者達サイド」である。
(まぁ本人は「私はリキッドとは違う」とか言ってたが)


で、普通にストーリー内で、オセロットは「愛国者達サイド」であり、
ソリダスの計画も全て手のひらの上の事、と明かされる。


オセロットはソリダスを出し抜き、アーセナルを奪って、勝ち組大勝利、ということである。
(でもそれすらやっぱり4で逆転する、という流れ)



つくづく1と2は類似点が多いですね。
(そりゃまぁ、「3S計画」がそういうモノだからなのだが)



・MGS3
ここでのオセロットは、GRUのヴォルギンに協力しているように見える。

でも実はKGBの二重スパイであって・・・
でも実は・・・(略)





こうやって振り返ってみると分かるのですが、
オセロットの立ち位置というのは
「反愛国達サイド」に見せかけて「愛国者達サイド」に見せかけて「反愛国達サイド」というスタンスを通しているのです。(ややこしい奴め。 このトリプルクロス!)



でも一応一貫しているので

何やらよく分からんビッグボス視点よりも
オセロット視点の方が分かりやすい気がしないでもない。



こうやってオセロットの頑張りに注目していると気になるのが、
「もしスネークが何もしなかったら世界の結末はどうなっていたのか?」ということです。


結局オセロットの思うままに進行させてやっても良かったんじゃないか、ということ。
(いや、実際そうなったと言えるのだが)


例えばMGS1の時点で、PALキー入力だけで終わるとする。

例えばMGS2の時点で、ソリダスの核発射計画だけで終わるとする。
(大気圏内の核爆発により、電子ネットワークを破壊し、愛国者達の支配を破壊するのがソリダスの目的)

それで、4の結末にショートカット出来なかったか?という疑問。



こういう事を考えていると、
つくづくスネークはタダの「運び屋」じゃんという気分になってくる。

(実際、FOXDIEとか、PALキーとか、そういうのの、運び屋)

(4だって、スネークはFOXALIVEの運び屋であり、ナオミとオセロットの大勝利に終わる訳だ)


スネークは何をしたのだろうか。

何を守ったのだろうか。

スネークの「意志」というものはあったのだろうか。 (2の雷電もそうだが)

全てオセロットの手のひらの上ではないか。

やはり、オセロットの頑張り物語である。


そんな気分になってくる。


(まぁ最後はまたスネークの新型FOXDIEで死んじゃうんだけど)
(これはまぁ、愛国者達の最後っ屁って感じだろうか)



という感じ。


結局何が言いたいのかよく分からん文章だけど

とにかく思いの丈をぶちまけたかったんだから仕方がないし
ぶちまけられたんだからこれで良しとする。


何度も言うけどMGS4は神ゲーでいいと思う。(シリーズ全部やってるのが前提だけど)


4は操作性もいい。洗練されてる。

4の操作性になれると、3が割と苦痛になります。

4は、中腰で走れるのがとても便利。 (中腰が嬉しいって、SIREN2かよ)
4は隠れながら移動するのがすごく極まったと思う。

CQCも、別に弱くなってないと思う。

主観と3人称視点の切り替え、主観での移動・・・
こういうこと関しても、4が一番洗練されてる。




今回トロフィーが付いたことで、
色々ネタもちゃんと含まれてることが分かってきた。

やりこみに足るやりこみ要素が十分あることも分かってきた。

(以前は、一括インストールがないから、何週もする気になれなかったのだ)
(しかし流石にトロコンのために最低8周というのは地味にキツイね)



以上、レポっした。
チラシの裏すんません。

関連記事
[ 2012/08/27 22:24 ] ゲームプレイ話 | TB(0) | CM(2)
ムービーが凄いのは分かるんですけど、ムービーが見たくてゲームの電源を入れる人は少ないと思う。
ムービーが凄いから何?って思ってしまいます。「おれはゲームがしたいんだ!」と。
ボス戦前に短いムービーが入るとか、効果的に使えばテンション上がるけど、長いムービーはいらないなぁと。
まぁ凄いと面白いは違うよねーって話です。
どう思いますか?
[ 2014/02/21 09:25 ] [ 編集 ]
コメント返信
> マロ さん


自分は、ムービーもゲームの価値の一つだと思っています。

そしてムービーに価値を見出す人も、一定数居ます。

この、「一定数居る」ということが重要だと思うのですよ。



例えば「ゲームのムービーなんかどうでもいいという人」と
「ゲームのムービーに価値を見いだせる人 良さが分かる人」がそれぞれいるとします。
(特に自分は、リアルタイムレンダリングで頑張ってるムービーには感動を禁じ得ないです)


この場合、ゲーム開発者はムービーを用意すべきかどうかというと、
したほうが有利なワケです。 注力すればよいのです。

ムービーどうでもいいと思ってる人はムービー飛ばせばいいし、
極論すれば、「ムービーゲーを買わなければいい」からです。


例えばそこんところをですね
「自分がムービーに価値を感じない」と思ったら
→即ち「ゲーム開発者はムービーをなくしやがれ」と訴えるのは違うと思うのですよ。

自分が不要だと思ったらすべての人にとっても不要だと決めつけ、
それを削っていけばゲームが良くなる、というのは独善だと思っています。


このような感覚は、
前に「トロフィー機能なんかなくしちまえ!」みたいなことを声高に訴えている人を見ていて、
思ったものですね。

「トロフィー機能が楽しいと思っている人」と、
「トロフィー機能どうでもいいと思っている人」がそれぞれいたとする。

ならば、トロフィー機能は『あるに越したことはない』ワケです。

そこに価値を感じている人は居るわけですから。


そこんところを考えない人は、

トロフィーの話をしている人の前で、「ゲームにトロフィーなんていらないよねー」と得意げに吹聴します。
ムービーの話をしている人の前で、「ゲームにムービーなんていらないよねー」と得意げに吹聴します。

本当に「馬鹿にされ返す側」はどちらなのか、ということを考えないといけません。


・・・
とまぁかなり話が逸れましたが、
自分はムービーが長いゲームもそれでいいと思っています。

MGS4とかも好きです。
大体、メタルギアからムービー取ったらもはやメタルギアじゃないです。

ああいうゲームをやってすぐに「説教臭い」とか言いだす人は
本当にメッセージ性を受け取れているのか怪しいもんです。


周回時に飛ばせなきゃ問題だとは思いますが、実際飛ばせますしね。


むしろ自分が気になるのは、洋ゲーによくあるような
「大して意味もないのにプレイアブルにしてるせいで飛ばせないムービーシーン」ですね。

アサクリの1とかをやってるときに凄く感じました。

キャラが会話してるだけのシーンなのに、
そこでは「主人公が歩けるということになっている」ので会話シーンがスキップできないのです。

こういうゲームは周回をする気が失せます。 遊ぶ気が失せます。



自分としては、このような「勘違いしたプレイアブル性」のほうが問題だと思いますね。

まさに『おれはゲームがしたいんだ!』に対しての間違った回答だと思っています。

いつでもどこでも動かせることが本当に求められているのか。
他のキャラがしゃべっている時にジャンプができるからってなんだというのかという感じです。

どこでもジャンプが出来るゲームというのを作ってしまうと、
人間は貧乏揺すりのようにストレス緩和としてその行動を続けてしまいます。
だからスカイリムの主人公はヘコヘコジャンプしてばっかりになるのです。


そんな感じで、同じステルスゲーで考えても、
・長いムービーに関して
・ムービ中のプレイアブル性に関して
比較した場合、自分はメタルギアとアサクリなら、メタルギアを取りますね。


本当に『遊べる』ゲームとは、どちらなのやら。


まぁ、結論としては
買う側が選べばいいんじゃないのか、ということになってしまいますね。

せっかく多様化しているゲームを、一つの価値観に擦り合わせる必要性なんか無いワケです。


・・・
なんの話だったのやら。


とにかく、
自分はムービーの凄さもゲームの面白さの内だと思いますよ。


初めてMGS1をやったときだって、
ムービー込み、ストーリー込み、演出込みで、面白くて仕方がなかったですしね。
あの体験を考えると「ムービーゲー無くせ」なんて絶対言えません。


・・・こうなると今度は「面白さ」という言葉の定義の問題になってきてしまいますが。

[ 2014/02/22 13:23 ] [ 編集 ]
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