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テンション操作能力

まぁああいう記事を書くと反動でムカツク人が出てくるんだろう。
「痛い記事だな」ということを言われてしまった。

それは分かる。自分でも読み返すとアレなのは分かる。


でもやっぱりブログに記事を書く時というのは
テンションが上がっている時に限られるし、
そもそもブログに長文を書いていると、それだけで精神の状態が変化していく気がする。

「ランナーズ・ハイ」ならぬ、「ブログ・ポスティング・ハイ」という現象があると思う。
(実際、そんな研究があった気がする)
(ブログに長文を書いているときは、性行為の何倍の快楽物質がなんたらかんたら~という)


だからそういう「アレなテンション」になってしまうのを気をつけなければならないんだが
やっぱり既に、今コレを書いている時点で
自分の精神は普段のモノとは全く異質のモノに変わっていると思う。

ではどうしようもないではないか。


ああいうコメントが付くと起こること。

どうしても「ああいうコメントをする人間は大した人間じゃないのだろう」と思ってしまう。 (防衛機制)
それはコメントを分析した時点でそうなんだが、

・名無しで、
・攻撃的で、
・否定から入るような、
・10を聞いて1しか読まないような、
・レッテル貼り、人格攻撃しか手段のないような、

そんなコメントをして去っていくタイプの人は
まぁそういう残念な人なんだろうと思うようにはしている。

・・・しているが、そういう防衛機制ばっかりしてても何も進歩はないので
結局今のようなことを考えているのだ。 やはり自分はイタかった、と。

だが反省だけなら猿でも出来る。
では開き直るか?
「オレ・・この青さはなくさない」(ティーダ)

それもどうだろう?


怖くなるのは
「今まで自分は一体、何人の人間に、知らない間に見放されて来ただろうか?」という疑問。

そう考えると
ああいうアレなコメントを残して去っていく人は
むしろ「有り難い存在」なんじゃないのか?とすら思えてくる。 
(二重の意味で) (It's hard to happen. )

氷山の一角。
その裏に、一体何人のROMさんがいるのだろうか。
一体何人のROMさんに呆れられてきたのだろう。 想像するだけで恐ろしい。

(つまりノイジーなマイノリティさんは貴重なのだよ)
(日本人は苦情も言わずに去っていくからな)


ネット上に、アホみたいなテンションの記事を放流していると、どういうことが起きているのか。
(今現在の自分が書く記事ですらイタイのだから)
(数年前の糞記事なんかもう目も当てられない)
(その糞の蓄積のことを考えると頭が痛い)


これは碌なことではないぞ。


死骸のようなゴーストがずっと生き残っていて、ソイツに足を引っ張られているような感じがする。


こういうことを感じだすと、記事を全削除とかしたくなるんだが
まぁそれも出来ないんだろう。


クソ記事はクソ記事らしく、何の結論も出せないまま、終わる。
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[ 2012/11/12 11:16 ] 駄文 | TB(0) | CM(2)
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[ 2012/11/24 00:07 ] [ 編集 ]
コメ返信
> アレな人 さん




> 少なくとも昔の◆ByNEETさんは受けたコメントに対して「アレなコメント」などとは絶対に仰らなかったように思います。

スマンことです。


しかし思うのですが
「昔の自分」とはどんなだったでしょうか。

ちょっと否定的なコメントが付いたらそれだけでふて寝したり、ずっと更新しなかったり、
不機嫌になったり、発狂したり、

割と昔っからそういう「アレなヤツ」だった気がするのですが・・・。


他人が見ている自分と自分で見ている自分は違うということでしょうか。
実際最近の自分は増長しているように見えるということでしょうか。



> ガッカリしました。それだけです。

ガッカリさせたことなら本当にすまないことです。


しかし、さらに思うことなのですが、
自分はそんな「人をガッカリさせるに足るような」人間なのでしょうか?


もとよりクズニート。
人格者?なわけがないですし、

なんかこう、自分では下がりようがないくらい性格最低なヤツだということは分かっているので、
あとはもう対外的にどう対応するかの差でしか無いと思っているのですよ。


だからそういうことを言われると、
「なんで勝手に失望されているんだろう・・・」という感覚になってしまうのです。
しかしこういう感覚もクズ特有のものでしょうか。



まぁこういうことを考えてもしかたがないので一応考えるのです。

どうやら最近の自分は色んな人を失望させているらしい、と。

それが嫌なら、立ち振る舞いを変えるしかないワケですが、
自分はそれもウソ臭いと思っているのです。

だからブログには好き放題のことを書きますし、
それでまた失望される、と。

実はそれでいいのではないかな、と。

つまり前提が間違っている
「それが嫌なら」の部分こそが間違っていたのでは無いでしょうか。


元より自分は人にガッカリされて当たり前な人間なんだから
「ガッカリしました」と言われたくらいで変化する必要なんかないんじゃないか、
という所に行ってしまうのです。


どうしようもない感じがしてくるのです。

[ 2012/11/24 17:51 ] [ 編集 ]
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