ニートが頑張るブログ

ニートが現実逃避するために創作活動など色々とカオスに頑張ってみる
ニートが頑張るブログ TOP  >  駄文 >  最近思っていること

最近思っていること

最近思っていることをダラダラと吐き出したりします。
マジ糞文です。
どうでもいいことばっかりです。


・足の事
・般若心経のこと
・アニメのこと
・バンビのこと
・ジュラシックパークのこと



↓あとこれは、FFⅧ関連のラクガキ。
FFⅧのPC版とかがまた出るらしいので。

アルテマウェポン

オメガウェポン

やっぱりⅧの敵モンスターデザインがブッチギリで好きすぎる。
ゲームはあれくらいのポリゴンとテクスチャで十分だったと思える。



 

最近思っていること


そもそも「思っていることを吐き出すのが面倒すぎる」というのがまずある。


twitterとかで何かを書き込もうとしても、
ギリギリその直前で「やっぱくだらねー」って思って、止めてしまうことばっかりである。

考えていることは山ほどあるはずなのに、
出力するのが億劫で仕方がない。

何故そんなふうになってしまうのか。
目の前で五月蝿い人を見ていると、そうなる。

うるさい人を目の当たりにすると、
こっちが呟く気力を失う。 ああはなりたくない、と思うからだ。

うるさい人に対しては、何か文句を言ったり、レスポンスをする気力すら、なくなるのだ。
もう、スルーしか出来ない。 相手したくない。

もう絶対、誰にも自分からは話しかけまい、と思ってしまう。



まぁどうでもいい。
こうやって定期的にブログの方に吐き出すしか無い。


最近はとにかく、動物の足の動きのことしか考えていない。


そんなだから、動画でもなんでもいいから
動いている動物を見ると、面白くて仕方がない


「目が開ける」とは、こういうことなのだろうと思う。



前に「水の波紋」を表現することについて考えていたときも、
実際の水たまりに雨の水滴が落ちた時に発生する波紋を見るのが、面白くて仕方が無くなった。
風呂場の中で反射し続ける波紋の連鎖を見るのも面白い。


まぁ、つまりはそういうこと。


実は、
「自分自身が今、どの程度、物事の有り様を再現できているか」は関係ない。
(水準は関係ない)

一度でもいいから「物事の有り様を自力で再現してみようと考えたことがあるかどうか」が重要なのだと思う。


そこに全力をかけたことがあるのなら、
世界の見え方が全く変わってくる。


何らか手段で世界を表現しようとしたその後に
あらためて世界を見ると、世界の見え方が全く変わってくる。


これを一言で表したのが「色即是空」なのだと思う。


そうして物事の見え方が変わってくると、
また、自分自身の物事の表現の仕方も、深みが変わってくる。

「頭の中にある理想形の切り出し方」
「宇宙の法則の切り取り方」
のコツがわかってくるのだ。


これを一言で表したのが「空即是色」なのだと思う。


電波なことを言っているように聞こえるだろうか?


「色即是空」とか「空即是色」と言っても、
宗教的な要素は全くない。 スピリチュアルな話では全くない。
 
全く普通なことを言っているつもりなのだ。


例えば、「万有引力」だとか、「跳ね返り係数」だとか、「ピタゴラスの定理」だとか、
「慣性の法則」だとか、「作用反作用の法則」だとか、そのレベルのことでいいんだ。

そういう「宇宙の法則」を見出し、理解し、「自作ゲームのキャラクターの挙動」に反映させようとする。


そして、なんとかプログラムが動くようになる。


その後で、現実の動物の挙動を見ると、
つくづくやっぱり絶対マジで「叶わない」と感じる。
現実は凄まじいと、心から感じる。



そして、自分がプログラムの中で組み合わせた「法則」の中で、
「フィットしている部分」や「足りてない部分」が、改めてわかってくる。


この、「観察」と「表現」のサイクルの有り様を一言で示したのが、色即是空と空即是色なのではないか。 

(少なくとも自分は、そう思っている)


さらに、この世にある芸術作品(つまり他人が行った空即是色)の中でも、
ガチな物と、そうでない物の区別が付くようになってくる。


例えば、こんなAMV。



目が開けていないウチは
全てがよく分からないママに凄く見えるだろうけど、
なんか不釣り合いな物が混じっていると、分かるようになってくる。

「空即是色力」の多寡が分かるようになってくるのだ。


例えば、最近見たアニメ 「バンビ」。


このアニメを、もっと自分がガキな頃に見ていたら、
「つまんねー」の一言で済ませていたかもしれない。

でも今は、手塚治虫がバンビを80回リピートした気持ちにも、
少しだけ触れられるような気がする。

ほんとに、足の動きが凄いから。
接地感。躍動感。

足フェチにも程があると思った。


ディズニーもそうだが、
ジブリアニメも見返したりする。

ジブリは、なんだかんだで
他のリミテッドなジャパニメーション()よりかは、よっぽど足に気合入れてると思う。


つくづく思うことなのだが、
アニメを見た時に「絵」について心が動かされない人は損だな、と思う。



なんというか、アニメ映画を見た時に
「キャラ」とか「お話」とか「整合性」とか、そういう「ガワ」の部分しか語れない人が多いではないか。

(絵が「ガワ」でなく、中身こそが「ガワ」であるという、変なことを言っているが)


アニメ映画を見たというのに、
「ストーリについて」とか「エンタメとしてどうか」とかの観点でしか論評出来ない人が、多すぎる。

(特に、映画評論家がアニメ映画を見た時、一番勘違いしているのがこの点だと思う)

(彼らは「絵」について、全く評価が出来ない)
(アニメ映画は、最低、よく動いていればそれだけで及第点だと思うのだ)


その辺を勘違いしている人達が
いろんなアニメ映画の「動き」の素晴らしさに目を向けず、「ガワ」だけで叩いているワケだ。
(例えば何だろう。 ポニョ、ぽんぽこ、おおかみこども・・・、このラインか)


どれだけ、「人の動き」、「動物の動き」を生き生きと描けているか。

どれだけ「記号的な表現」に頼らずに
「深い観察に基づいた」「命を吹き込む行為」ができているか。


これが全てだ。


アニメ映画を評するときは、そういう観点が一番正しいと思った。
そう、決めつけた。

動きを見る「目」が開けていない人は口をつぐむべきだ。
そう決めつけた。


最近見返したもの。 「ジュラシックパーク」

自分の場合、恐竜の足の動きを見るためにはこれしかない。

これも、「恐竜」という
「殆ど想像でしか表現することが出来ない生物」
をガチでリアルに描いているから、傑作なのだ。


宮崎駿がよく言うような、分かるようで分からないセリフも、最近は分かる気がする。

全く架空のモノを描く時だって
「現実を全力で観察する目」
「自分の頭の中の理想を切り出す力」
によって描けば、それは最強にリアルなモノとなるのだ。


だから、全くの大嘘であっても、頭の中には常に本物がある。



そのような、ガチの「空即是色」(他人の創作物)を鑑賞するということは、
殆ど「リアル現実」を観察するのと同じくらいの力を持つと思うのだ。


あと、「ディノクライシス」のプレイ動画とかも見返したりする。

これは悲しいかな、今見ると恐竜の「接地感」が全くなかった。


特にティラノサウルスが酷い。
ヘリポートでレジーナを追い掛け回しているシーンのティラノの足の動きが酷すぎる。


「巨大なモンスターが主人公を注視で追いかけている時に、
 モンスターの走行中の足が注視の法線方向に相対的にスライドしてるのが見える」


自分がゲームをやってて一番「ダセェ」って思うのが、こういうポイントだ。

この問題は、最近のゲームだろうが普通に解決されてないことの方が多い。

用意したモーションを再生して、レールの上をキャラを滑らせるようにして歩かせているゲームならば、
巨大なモンスターが主人公に襲いかかるゲームならば、
いつもいつでも必ず起こること。


自分は、これを解決するために、今、全力をだそうとしているのだ。


まぁ何だろう。
最近思っていること。


ホントはTVアニメの話とかもしたいんだけどね。


ジョジョのアニメが終わったから、
感想文を山ほど書きたかったんだけど、結局、書けずじまいでいる。


・ジョジョアニメの感想

・3部以降のジョジョアニメ化の期待と不安の話

・何故ジョジョの中で2部と5部と6部が最高だと思っているかの話

・戦車の話

・巨人の話


・などなど


いつか長文書きたいネタはこのへん。

関連記事
[ 2013/05/21 09:45 ] 駄文 | TB(0) | CM(2)
手塚治虫のファンではないのだが
> つくづく思うことなのだが、
> アニメを見た時に「絵」について心が動かされない人は損だな、と思う。

 とはいえ手塚 治虫の『哀しみのベラドンナ』とかだとストーリーの方を追えなくて困ったりもするのだが(笑)。
 『ジャンピング』や『おんぼろフィルム』みたいな実験的な作品だと、絵のほうに集中できていいんですがね。
[ 2013/05/22 19:37 ] [ 編集 ]
Re: 手塚治虫のファンではないのだが
> Mr.Moto さん


>  とはいえ手塚 治虫の『哀しみのベラドンナ』とかだとストーリーの方を追えなくて困ったりもするのだが(笑)。
>  『ジャンピング』や『おんぼろフィルム』みたいな実験的な作品だと、絵のほうに集中できていいんですがね。



どう考えても自分の方がファンではありませんでした本当にありがとうございました。
全然知りませんでした。


と同時に、ググってトップに動画が転がっている時代もどうなのかなと思いつつ、
やはりコメントするためには見ておいたほうがいいだろうという言い訳にするのです。



『おんぼろフィルム』は今だと、むしろなかなか無い発想ですね。
「フィルムの汚れに苛立つ」ということが無い時代ですので。


いや、今だからこそ
逆にこういう発想が生きるのかもしれません。

今の動画サイト時代風に考えると、

・低画質なのを逆手に取る
・偽のシークバーを見せたりして、再生時間のトリックにする
・ミュートや一時停止更にニコ割だとか広告だとか、システムを勘違いさせる
・動画ジャンプしたときの画面効果、効果音を偽る
・マウスカーソル・画面構成を偽る

とかですかね。動画のメタネタは。
なんか、そういう動画があったような気もします。



あと、最後で綺麗になってダンスをしているシーンがむしろ気になりました。

横方向にクルクル回っているのが
急にパースが効いた構図になります。

この背景動画は、ある意味「美女と野獣」の先駆けだったりするのでしょうかね。

手塚治虫が1991年の当時生きていたら、美女と野獣を見てどう思ったのでしょう。
(喜んだんじゃないかと、自分は勝手に想像します)



『ジャンピング』は今風に言うなら
ハイジャンプMODを導入したFPSって感じですね。

これは労力にひたすらビビる作品でした。

[ 2013/05/27 14:44 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

月別カレンダー
06 ≪│2017/07│≫ 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -