ニートが頑張るブログ

ニートが現実逃避するために創作活動など色々とカオスに頑張ってみる
ニートが頑張るブログ TOP  >  ゲーアイディアor理想のゲーム >  ダイイングメッセージゲー

ダイイングメッセージゲー


今日も今日とて
どうでもいいクソ文章を書きます。

・なんか思いついたゲームのシステムの話
・SIRENについて
・10年について


です。



 

これは前にも言ったことだけど、
「こんなゲームのアイディア思いついたよ!」 ほど下らない話はないんだ。

・誰かに作ってもらうことでも期待しているのか?
・自分のアイディアがそんなに大したものだと思っているのか??
・テメーの脳内お花畑の中では、お前は有能なゲーム監督なのか???

と、いうことだからね。 (自分で言ってて凹むわ)
そんなの言ってるヒマがあったら、自分でゲーム作れってね。


だから、「他人のゲームのアイディア話」ほど価値の無い話はない。


でもまぁ、ホントにする話がないし、
どうせチラシの裏ブログなんだから、
一体何を構うことがあるのかってことで、今日は書いてみる。


そもそも思いついたゲームのアイディアなんて山ほどあるんだけど、
今回はその中の一つの話。


ゲームをプレイしていて、
「没入感が薄れる瞬間」というのがあります。 いろんな理由で。


「ゲーム内の主人公キャラ=自分自身」という風に
自分自身を投影してロールプレイが出来るようなことになっているゲームであっても、
その瞬間は訪れてしまうのです。

どんなに主人公が淡白なキャラ付けをされていても、
どんなに主人公が喋らないRPGでも、
どんなにキャラメイクが自由に出来るゲームでも、
投影が崩壊する瞬間があるのです。

それはどういう瞬間に強制的に起こるのかというと
「死んでロードしたあと」なのです。



例えば、あるゲーム内に「悪い奴」がいたとします。

悪い奴だ

プレイヤーキャラは、そいつが「悪い奴」だと知りません。
そして、プレイヤーであるあなた自身も、そいつが「悪い奴」であるとは、同様に知りません。

この時点では、プレイヤキャラとあなた自身は、シンクロしています。

まだ正体が分からないソイツに対して、どういう態度に出たものか、
探りながら、ゲーム内世界で生きていくしかありません。

(そのような状態で、他人への態度を「自分の性格に応じて変化させること」
 それこそが「真のロールプレイ」であり、楽しいわけですね)


悪い奴だ

で、そうこうしている間に、
その「悪い奴」に親切にしてあげた結果、
恩を仇で返されるような仕打ちに遭ったとします。


その結果、あなたのプレイヤーキャラが死んでしまったとします



で、死んでしまったので、ロードしてやり直したりするワケです。

すると、次からは「そいつが悪い奴だということ」を、「あなただけ」が知っているのです。


このことによって、プレイヤーキャラとあなたの間に「どうしようもない剥離」が生まれます。

プレイヤーキャラはもはやあなたの分身ではないですし、
あなたは「知るはずのない情報」を知ってしまっている謎の存在なのです。


そして、プレイヤーキャラ自身はソイツが悪い奴だと知るはずがないくせに、
あなたはいきなりソイツに襲いかかって、先制して殺したりするようになるのです。

悪い奴だ


デモンズやダクソの2周目でユルトをいきなり殺した人・・・
ロートレクを殺した人・・・ペトルスをペトッた人・・・
FFTでガフガリオンを全裸アイテム士にジョブチェンジさせた人・・・

そういう人達は山ほど存在するでしょう



そのような瞬間に、
人間は無意識にの内に、キャラへの投影感、ひいてはゲーム内世界への没入感が失せてしまっているのです。


そこには無意識に「罪悪感」があるはずです。

まるで、初見のゲームなのに攻略サイトを見てしまったかのような、
「知るべきでない情報」を得てしまったような、そんな罪の意識があるはずです。


このようなことは、
ゲームをやっているとよくあることのようですが
当たり前のように起こりすぎているが故に無視されているような問題のような気がします。

ゲームのロールプレイ感を、地味に最も奪っているような大問題だと思うのですが。


この問題はどうしようもないように思われます。


例え全てがオートセーブのゲームであっても、
周回すれば、やはり次からは「悪い奴」に先制が取れるのです。

(例え周回の無いゲームであっても、ニューゲ―ムは防げない)
(例えニューゲームが無いゲームがあったとしても、攻略を見て「知りえない情報」を得ることは防げない)
(それすらも防ごうと思ったら、全てが自動生成でランダムなゲームを作るしか無い・・・?)

(逆に、どんな分岐をしてもゲームオーバーの存在しないゲームを作るしか無い・・・?)
(「ヘビーレイン」の初見はそれに近いかもしれない)


そもそも、人間の人生は「死ねば終わり」且つ「オートセーブ」

それゆえに、「死んでも終わりでない」ゲームキャラの人生との間に
如何ともし難いギャップが生まれてしまうのは仕方が無いのかもしれません


あまりにどうしようもない問題であるがゆえに、未だに放置されている問題なのかもしれない・・・


ですが、この問題を「解消」するアイディアを、一個思いついたのです。


というかシステムの一つの話なので
あらゆる「死とリスポンが存在するゲーム」に使える話ではないのです。


で、これ以上もったいぶったところで
前書きがクッソ長くなってしまったのでもう言うのですが、そのシステムは、
「ジョジョ6部のミューミュー戦」みたいなことになります。
または、映画の「メメント」みたいなものです。


詳しく言うと、

◆死んだ時に、プレイヤーキャラの肉体に、
 「直前の自分の死に関するメッセージ」を書き残すことが出来ます。

◆そしてプレイヤーキャラが蘇った時、
 キャラは自分の体に記されたメッセージを読んで、これからどうするかを「自分で」判断するのです。


言ってしまうと、それだけのことです。


ですが、このことによって
プレイヤーが知っている事とプレイヤーキャラの知っていることの差が埋まるのです。
埋まるというか、そこに差があるという事自体がゲーム性になるゲームなのです。


「キャラが知りえない筈のゲームの情報を知ってしまっている」という事実が、
これまでは「ゲームの没入への阻害」になっていたワケですが、
ここではその逆手をとって、そのギャップをゲーム性に積極的に取り入れてしまおうというワケです。

だから、「解消」なのです。


キャラクターの体に一度に記せるメッセージ数には上限があることにするでしょうから、
プレイヤーは、死ぬ前に覚えていたことの中でも、特に重要なモノだけを選んで、
自分のキャラクターに伝えようとするでしょう。
状況に応じてメッセージのカスタマイズも必要でしょう。

そして、手に入るメッセージというのは、
そのキャラクターが過去に体験したことに関することしか手に入りません。
死んだ時のメッセージしか手に入らないのだから当たり前ですが。

具体的に言うと上記の「悪い奴」のような奴がいたとしても、
一度はソイツ自身に殺されないと、ソイツが悪い奴であるということは知ることが出来ないのです。

このことによって、このゲームは周回プレイをしたところで、攻略ウィキを見たところで、
キャラクターに「ネタバレをしっているかのような行動」を取らせることが出来ないのです。
(これがマジで重要だと思う)


で、ここから派生でいろんなアイディアが出てきます。

・主人公に死因をミスリードさせようとしてくる敵

叙述トリックだろうと何だろうと全力で
「主人公が別の犯人に殺された」とプレイヤーに勘違いさせた上で主人公を死なせ、
間違ったダイイングメッセージを書かせてしまう。
主人公はそのメッセージにしたがって、「他の無害なキャラクター」を殺してしまう。

・・・これが最後の最後に決まれば、いいどんでん返しだと思うけど、
ある意味で「どんでん返し」というのは一度しか通用しない、普通の展開ですね。
一度分かってしまえば、二周目にもどんでん返しに引っかかる人はいませんから。


・主人公を死なない程度に妨害してくる敵

「主人公を死ぬほどの目に合わせると絶対に回避してカウンターしてくる」ということを学習してきた「敵」は
一体どういう手に出てくるか。

気付かれないように、じわじわと嫌がらせをしてくるはず。

最悪、最後にロードした所からはどうしようもないような八方ふさがりの状況に追い詰めることもありえます。


そうやって、気付かれないように「詰み要素」を全てのセーブポイントに持たせていき、
全てのセーブポイントが汚染された時、
それが本当の主人公の敗北なのかもしれません。


・主人公以外にも、死ぬと記憶を保ったままリスポンしてくる敵が現れる

はい、「主人公と同じ力を持った敵」とか最高ですね。
「無限の残機ロード」を駆使してくるD4Cのような敵をどうやって倒すのでしょう?
(逆に考えれば、ゲームの主人公というのはそういう恐ろしい存在なのだ)

まるでこちらが魔王になったかのような絶望的な気分ですね。
でもそういうラノベ増えてきたから食傷ですね。
「勇なま」は好きですけど。


で、考えれば考えるほど、いい効果が生まれそうなシステムなワケですが、
実際にどんなゲームが作れるかというと頭を抱えます。

まず、アクションゲームで作るのは難しそうですね。
(主人公がいつ、どのように武器を振るかなんて自由自在でなければいけない)
(よって、どんな相手にも殴りかかれるようになるものなのだ)
(非戦闘モード、そこでのロックを外すようなシステムか?)
(なんかそれは、急に地味なシステムになったような気がする)


ではアドベンチャーでやるかというと、それもそれで中々分岐が難しそうですね。
(すっごくヤキモキしそう)
(それが面白そうなところでもあるんだけど)


主人公に伝えるメッセージは、
キーワードを組み合わせて作るタイプのモノにしてもいいですね。
「〇〇」は「悪い奴」だから「気をつけろ」みたいにして意味を紡いでいくのです。
でもそうやって自由度を増やしていくと
最初から誰が怪しいか決めつけてしまえるかもしれない。
そうなるとまた堂々巡りだ。

とにかく主人公が一度死んで体験したこと以上のニュアンスは持ち込めないようにしないといけないのだ。



まぁ今回も、アイディアだけ思いついてもどうにもならない例ですね。


そしてこのようなアイディアは、
システムを世界観でデコレーションすることがとても重要になると思うのです。


・なぜ主人公は死んでも蘇るのか

・そしてなぜその際に時間が戻るのか

・なぜ主人公は自分の死の直前の記憶を保持することができるのか

・セーブとはなんなのか ロードとはなんなのか メッセージとは何なのか



この辺の事実については
「ゲームだからそうなってるんだろ」ではなくて、
キチンとゲーム内に「説得力のある設定」を持たせていなければいけません。


そしてこれは、セーブポイント=タイプライターレベルの
単に「システムを小道具に置き換えた程度のガジェット」ではダメなのです。

もっと深い所に行かなければいけない。


こういうことを考える時は、
先人たち、過去の名作ゲームが参考になるのです。

・デモンズソウル
 Q.何故主人公は死んでも蘇るのか
 A.かぼたんが魂を束縛してるから

・ダークソウル
 Q.何故主人公は死んでも蘇るのか
 A.主人公は呪われた不死者だから

・サイレントヒル3
 Q.何故ヘザーは死んでも蘇るのか
 A.輪廻転生を司る天使ヴァルティエルさんが、神を宿した母胎であるヘザーを全力で蘇らせているから

・ドラゴンズドグマ
 主人公はドラゴンに心臓を奪われてるから
 「周回とはなんぞや」にも回答あり

・ゼノギアス
 「セーブポイントとはなんぞや」への回答あり
 「何故シナリオは主人公の都合のいいように進むのか」に回答あり

 「何故ヒロインはヒロインなのか」
 「何故エリーは母性と自己犠牲の塊のような存在なのか」に回答あり
 ゾハルに囚われた波動存在が「接触者」=アベル(フェイの前世)の
 「優しい母親が欲しい」という思いを読み取り、産みだした存在がエレハイム=「対存在」であるから


・ベイグラントストーリー
・ラストオブアス

 「何故終盤になるほど敵が強くなるのか」への回答あり


などなど。


こういうのをまとめていて、つくづく思うのですが、

やはり「何故ここはこうなっているのか?」という疑問に対して
「そこはゲームなんだから、そうなってるのはお約束じゃん!」ではなくて、
ちゃんと明確な設定、世界観を持たせられているゲームは、
「それ自体が優れたゲームである」ことが多い気がします。


やはり自分的に、『コンティニュー』という、最もゲームゲームしている部分に対して
一番丁寧に回答を用意しているゲームは、サイレントヒル3のように思えます。


この辺をリスペクトしていきたい所。


で、こういう事を考えていると
いっちばん世界観によるゲームシステムのデコレーションが巧みだったゲームは
やっぱり「SIREN」だったなぁと、つくづく思うのです。


・何故主人公たちはちょっとやそっとの傷では死なないのか
・何故主人公たちが死んでもそこで終わりではないのか
・視界ジャックとはなんぞや


・・・主人公たちが無限のループの中で何気なく装置に触って起動させる、
そんな偶然すら、プレイヤーがそんな偶然を起こすということすら、
システムと世界観の中に包含されているのです。

更に、
竹内が必ず攻撃を喰らう場所が存在するとか、
(どんなにノーダメプレイをしようとしても、シナリオ上必ず竹内は半屍人状態になるので)
逆にシュンカイ殿が攻撃を喰らうループは絶対に存在しないとか、
(シュンカイ殿は必ず助かる 故に敵に殴られることすら許されない)
そういう方面でのケアも完璧なのです。


はぁ、考えれば考えるほどSIRENは凄い。


こないだSIRENの10周年記念放送をやっていたのですが、
やっぱり10年間も愛されて、語りぐさになるゲームって、そうそう無いと思う。




例えば逆に、今年発売されたゲームで、
「10年後も語られているようなゲーム」って、あると思うだろうか?
(自分は、殆どが時代の流れの中で色あせていくような気がする)


自分は、メディア毎に「時間の流れるスピード」って違ってると思っている。

例えば、「アニメ界の10年」や、「漫画界の10年」は、時間の歩みが遅い。

だから、
10年前のアニメの名作と、今期放送しているアニメのどっちが面白いかっていったら、
「10年前のアニメの方が見れるよ」ってことは、普通に考えられる。 
(それは覇権アニメと名作アニメのトップを比べてもだ)
漫画も同様。

それはもう、メディア自体が進化の袋小路に突入しているから
現行のモノを追いかけるよりも過去の名作を漁ったほうが効率がいいからだと思う。


でも、「ゲーム界の10年」は凄い。 凄く濃密で、速い。
10年前のゲームを引っ張りだして遊ぶというのは中々ハードルが高い。

昔やって面白いと思ってたゲームだって、
実は時代の流れの中で、今遊ぶのは結構キツイことになっているということが多いはずだ。
何だかんだでゲームというメディアは常に進化し続けているから。


その激しい流れの中にあって
10年前のゲームで評価され愛され続けているSIRENはやっぱり凄い。 ほんとに凄い。 それしか言ってない。

自分はラストオブアスやった後に、「SIRENは10年前のゲームだけど全然劣ってない」と本気で思った。


何故時代の中でも色褪せないのか、ってのを考えると
色んな所で「逆行」しているからではないか。 そんな風なことを感じる。


例えば、ゲームプレイの中で「快適さ」「楽さ」「気持よさ」ばかり追い求めて開発していったとする。
そうなると、そうやって作られたゲームは、結局未来の「より快適なゲーム」に叶わないのだ。
ロードはどんどん短くなる。 操作性はどんどん良くなる。 グラフィックはどんどん良くなる。
未来のインフレには敵うはずが無いからだ。


一方、SIRENは、主人公の動きにリアルなもたつきを持たせている。
普通のアクションゲームじゃ考えられないほどの、硬直や遅延を表現している。
操作性が快適なゲームでないのは確かだ。

でも、「リアルの人間を動かしているかのようなもたついた操作性」であることが、面白さと怖さに直結しているんだ。
操作性の悪さをウリに変えたのだ。

そして、そんな風に「逆行」しているゲームは、この10年殆ど現れなかった。
だから、今でもSIRENは輝いているのではないか。

(操作の「煩わしさ」に面白さを見出させたゲームというと、
 やはりSIREN以降だと、「ヘビーレイン」くらいしか無かった気がする)


「逆行」というと言い方が悪いかもしれない。

既存の価値観の破壊と、創造とでも言おうか。
とにかく、そういうスタンスでないと10年スパンで名の残るゲームなんて作れないのだろう。


という訳で今回は
「ゲーム中に冷める瞬間」とか
「ゲームのキャラとプレイヤー自身の認識に差が産まれる瞬間」とか
そういう、「意外と見逃されている瞬間」を逆手に取れるような仕組みについて考えてみた、という話でした。


クソバナシでした。


でもホントはこんなフワフワした概念じゃなくて
もっと具体的なことを考えているんだ。

関連記事
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

月別カレンダー
09 ≪│2017/10│≫ 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -