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金とはなんなのか

 
なんか久しぶりに珍言妄言です。

『金』 について、このニートが思っていることを書きました。

割りと長文。 糞文注意です。 



 


自分はずーっとこのブログでやっている風に
数週間、数ヶ月単位で作ってきたモノでも無料で配布とかしているので、
完全に金銭感覚がおかしくなっているらしい。


例えば、人によっては
何か素材を作ったら、どっかのサイトで数十ドルとかで売ってたりするわけだ。

そういうのを見て
羨ましいなぁと思わないわけでもない。


別に自分は「嫌儲」なことが言いたいわけではない。
自分はそういうニート仲間も応援するし、本当はソッチのほうが健全なんだろう。

そうやってネット上で自分の作ったものを配って、その対価を得て生きていけるのなら
まぁ、喜ばしいことなのだろう。


でも、どうしても自分は、そういうことについて真剣に考えられないんだ。


まず、自分が作ったものにカネを払う価値があるとはどうしても思えない。

やっぱり、こんなもん、タダで配布するべきだろうと思ってしまう。


一方、時給で考えれば、金に換算出来るのも確かではあるのだ。
いくら無能な自分だって、実際に時間をかけてモノを作っているんだから。

だが、ネットで配布するデータに対して時給で値段を計算するのがおかしいのも、事実なのだ。

例えば自分が100時間ほど捧げて作った3DCGのモデルがあったとする。

仮にニートの時給が500円だとして、5万円で売れるか?

たった一個だけをオーダーメイドするってのなら、それでいいんだろうが、配布なんだから話が違う。
そんな値段で売っていい筈がない。 (当たり前の話だけどさ、でもそういうことを言ってる人がいるんだよ)

じゃあいくらかというと、もう分からない。

だって、自分が作ったものを有償で配布なんかするようにしたら、
途端に一個もDLされなくなるという未来しか、自分には想像できないからだ。


百個売れると思うのなら、時給換算した値段を百で割ればいいだろう。

だが、0で割るとエラーだ。 だから、分からない。


どっかのサイトを利用して売ればいいという考えもあるだろう。

「クリエイター推奨プログラム」とか言って、
サイト内で作ったものが売れると、
そのマージンの何割かが頂けるようなシステムとかがある。


そういうのを利用して口に糊しているニートの方々もおられるだろう。
だが、自分はそういうのをする気にもならないんだ。

何故かと言うと、そういうサービスは物凄い分配が少ないんだ。
搾取されてる感じが凄い。


例えば売上の「二割」が自分に入ってくるサービスだったとする。

そんななら、最初から二割の値段で自分で売れば、
お客さんは5分の1の値段で買うことが出来たということではないか。

つまりそんなサービスを使うということは、
自分の儲けも減るし、買ってくれる人の負担も大きくしているということじゃないか。


間に仲介しているだけで8割も持っていくのは一体どういうことなのだろう。
よく分からなくなってくる。


そんな風なサービスを利用して(利用されて?)モノを売るくらいなら、
自分のサイトで直接売ったほうが、自分にもお客さんにも得だろう
、という発想。

こういうのは、
今までは本屋や流通や出版社や卸売に搾取されてたけど、
これからは電子書籍を売って、著作者に直接金を支払うようにしたほうが
皆のためにいいだろう
という発想に近いだろう。 C to C


結局
「流通業」とはなんなのか、
「広告業」とはなんなのか、
「卸売業」とはなんなのか、

そういうことを考えだすと、「過去の亡霊」のように思えてくる。
「才能のないその他大勢の人間に仕事を与えるためのシステム」のようにも思える。


自分の書いた本を読んでもらう。
そのような「ミームの伝搬欲の解消」のために、
森林を伐採して、紙の本をわざわざ印刷して、店に並べて大量に売る必要はなかったのだ。

印刷屋、本屋の店員、広告会社・・・

色んな所で無駄に搾取されて
創造性と関係のないところにばかりに金が落とされていたけど
これからの時代は直接データのやりとりして
消費者とクリエイターだけが得するようにすればいいではないか。


電子書籍が発達することで
それまで食っていけた人達が食っていけなくなるということは
それ即ち「必要のない労働」「必要のない搾取」「必要のないエネルギー」だったというだけの話だ。


「千歯こき(後家殺し)」は後家を殺せばいいのだ。
それは必要のない労働力に対価を支払っていたという証拠だ。
「無駄に水増しされた労働時間」に従事していた人間がいたという証拠だ。

それらを効率化することが文明の進歩なのだ。

そういう発想は断じてディストピアに向かうモノではない。

そうやっても成り立つ世界を目指すということは即ち、
「人間はもっと労働時間を短くしても良い」ということなのだ。



・・・ということを考えれば、

結局「クリエイター推奨プログラム」だとかいって
データのやりとりをしているサービスなのに
中間で搾取されまくっているのは本末転倒な話に思えてくるというわけだ。


もっと突き詰めてしまうと、
結局、労働の報酬というのは
社会全体からうまく金をかすめ取っていくための方便なのだ。



それならそんなのは、お互いにとって最小限にしたほうがいい。
そんな関係性は、できるだけシンプルにしたほうがいい。


では自分はどこから搾取すればいい?

自分は何に寄生すればいい?


あれ?
答えは分かっているではないか。
自分はニートなんだから。



そうやって考えるとだ。

社会人社会全体寄生して生きているのなら、

ニートというのはそれを「寄生する対象を家族に一本化して生きている」といえるのではないか。

結局どんな人間も、他にり添ってきていくしか無いワケである。
ならば、その対象くらい自分で選ぶ自由があってもいいではないか。


・・・
そうやって考えると自分が、
自分の作ったものをタダで配布しているのも理にかなうというものだ。

自分は、自分の創作の対価を
社会全体から搾取する必要はなかったのだ。

搾取されるのは自分の憎むべき親だけでいい。


そういう風に解釈できないか???


なーんて風なことを考えたりもするのだが、この考え方はなにか間違っているだろうか??

「食っていけない自称芸術家気取り」と何が違うのだろうか? 少なくともそれとは同じなはずだ)
(結果的にパトロンが毒親になっているというだけではないか)


珍しく、ニートらしいクズなことを書いただろうか?

いやだが、この考えのどこがクズいのだろうか??

本の喩え話で完全に理解できるはずだ。


本を売るのに中間に創造性と関係のない人間を色々挟むから面倒になる。
それは必要のない労働だったし必要のない搾取だった。


関係性を消費者と創作者だけに一本化すれば、
本はもっと安く売れるし、木を伐採する必要もなくなるわけだ。
最低限のエネルギーのやりとりだけで成立するようになっていく。
それが皆のためになるということだ。


ならニートだって、この関係性を「親とニート」に一本化すれば
皆のためになるというものだ。


仮に、
自分が今まで作ってきたものを全て有料で配布していたとする。 仮にね。
エヴァの3DCGモデルとかがウケがいいだろう)
(結局それは、「既存のモノの人気に便乗している」ということなのだが)

で、仮に、それがそこそこ売れていたとする。
それで自分が、親に寄生せずに生きていけたとする。

でもそれは、「社会全体に寄生するか」か「親に寄生するか」の違いにすぎなかったってことが分かるだろう。
(結果的に何が違うというんだ?)

そのどっちかを選択するなら、自分は後者のほうが気が楽だったというだけの話だ。
(自分は、自分の家族がどれだけ不幸になろうが創作を続ける。 それだけのことだ)


そんな風に考えられないだろうか。


広く浅く搾取して生きて行くか、
憎むべき対象から搾取を一本化して生きていくか、そのどちらを選ぶかだ。


そういうことではないのか?


まぁ久しぶりにこういう文章を書いてみたので変なテンションになってるけど。

実際どの辺が間違っているんだろうね、この考えは。


こういう風に考えると、
ニート「親が死んだ後はどうすんの?」と尋ねるということは
サラリーマン「会社をクビになった後はどうすんの?」と尋ねているのと同じということなんじゃなかろうか。
ノマド「そんな生き方で不安じゃないの?」と尋ねているのと同じなんじゃなかろうか。

結局、生き方の違いは価値観の違いでしか無い。

だからそういうのは割りとナンセンスな質問なのだ。

つまり、「今はそれで生計を立てているのだからそれでいいではないか」
「どうせ真の安定など、この世にはないのだから」

ということになる。


とにかく、搾取は一本化すればいいという考えなんだ自分は。
そのほうが皆のためになる。


まぁ他にも変なことばっかり考えてる。


そもそも「労働の対価」ってなんだ?


地球上の全ての活動は、突き詰めれば「太陽エネルギーの余波」じゃないか。

太陽は無償で照ってくれているのに、いつの間にかその全ての副産物が有償になっている。

太陽は無償のモノだったはずなのに、いつの間にか日照権なんてモノが出来てる。
土地は誰のモノでもなかったはずなのに・・・
資源は誰のモノでもなかったはずなのに・・・



凄く馬鹿げていると思う。

全てのものをタダで提供するようには出来ないのか?

(そんな世界は成立するわけないって思うだろうか?)
(映画「TIME」はディストピアだったけど、あれのユートピア版を想像できないか?)

(全ての人間に、太陽光を総人口で割った量に基づく「基本時間給」を提供するのだ)
(それを使えば、生活するのに必要最低限のサービスを得られるわけだ)
(そしてそれ以上のサービスや贅沢をしたければ、自分の時間を割いて創造的な行動をするのだ)
(そんな未来の生活形態を想像できないか?)
(人類はその状態へ向かって進んでいくべきだと思わないか??)



「金」という概念がなくなったら、本当に人間はモノを生産しなくなるだろうか?
自分はそうは思わない。

多分、必要のない労働やサービスが縮小されていって、
最後に残るのはシステム化された生産施設と、娯楽と創造と研究の世界になるだろう。


それにさっきの太陽の話、
「太陽」を「親」に置き換えるならば、実際にこのニートは自分が作ったものをタダで配っているではないか。

それが証明にならないか?

「無償」から生まれたモノは「無償」でいいのだ。

対価がなくったって、人間は自発的にモノを作っていけるのだ。


そういうことではないのか?


・・・以上のようなことを実はよく考えるんだけど、本当に実際のところどうなんだろう。


こないだも、ある人に3DCGモデルを作ることを頼まれたのだ。
多分自分は、それも無償でやると思う。



もしその人にこの文章を読ませたら、なんて思うだろうか? なんて言うだろうか?
この理屈に納得してくれるだろうか。

仮にその人が自分に反論するからには、
その人は自分に金を払わないとおかしくなる気がするのだが、どうだろう。


でも、そういうことにはならないと思う。
結局みんな、目の前の無償の方がいいのだ。


太陽は、全ての地球人が生きていくことを保証出来るほどのエネルギーを地球に提供している筈だ。

「それでもエネルギーが足りない」とか抜かすなら、自殺して人工調節するか、「ダイソン球」でも作ればいい)
(究極はその二方向だ)


それなのに、地球人は働かないと生きることすら保証されないというのは、どういうことなんだろう。
何故、そんなのを自らに課し続けているんだ? 動物以下か?

生きるために必要なエネルギーは用意されているはずなのに、
「働かないと餓死するぞ」という風に脅されない限り働かないというのは
逆にそっちのほうが異常なんじゃないのか?

こんなのをいつまで続けるんだろう?



いや本当に。


アマ公(太陽神)万歳! 

関連記事
[ 2014/05/25 09:25 ] ニート生活 | TB(0) | CM(15)
寄付を募るような形式はどうでしょう?
(そういうウェブフォームを提供することで対価を得てる会社もあって苦笑しますが)
自分の創作物に自分で値段を決める必要もなく、
中間搾取も存在せず、直接消費者への搾取度も限りなく小さいのでは
(というか寄付で金を渡す人は搾取だとも思ってないでしょうけど)

ウェブ托鉢
[ 2014/05/26 12:01 ] [ 編集 ]
まぁ働くなんて遊びみたいなもんですよね。
食べ物が毎日大量にロストされまくってる今の時代、生きるために働くというのはちょっと違うのかなって思います。
昔の人たちは朝から晩まで狩りなどをして、本当の意味で生きるために働いていたわけですが。
スポーツなんか、ほとんどイギリス発祥な気がしますね。
あそこで産業革命が起こったからだと思います。
要は、みんな暇なんだよね。
[ 2014/05/29 22:42 ] [ 編集 ]
コメント返信
> h さん


> 寄付を募るような形式はどうでしょう?


確かにそういうのやってる人もいるような気がします。

一番シンプルなのは、自分の銀行口座の番号を晒して
カンパしてくれーってやつですね。
http://gigazine.net/news/20101112_kanekure/

何故か、ニコニコの実況者さんに結構そういうのがいるような気がしますw


もしも自分が本当に困窮したとき
そのやり方に手を出したとして、一体どれだけのお金が入ってくるのでしょうね。
やっぱり300円くらいが自分の関の山だとしか想像できませんが。



> ウェブ托鉢

なんかいい表現ですね。確かに托鉢ですw
[ 2014/06/01 08:35 ] [ 編集 ]
コメント返信
> マロ さん


> まぁ働くなんて遊びみたいなもんですよね。


いつか"労働"も
「達成感」「充実感」「適度な疲労感」を感じるための"娯楽"と区別がつかなくなる日が来るのでしょうか。

確かにそう考えるとスポーツと労働は似ている気がします。
そうなると良いですね。


> 昔の人たちは朝から晩まで狩りなどをして、本当の意味で生きるために働いていたわけですが。

「狩り」について思うことも結構あります。
自分で即食べるために生き物を狩るのはまっとうでしょうが、
それを大量に行って売りさばく行為は、果たしてどれほど立派な行為だと言えるのか。

大地のめぐみをかっさらって横流ししているだけの行為ですからね。

「銀河鉄道の夜」に出てくる「鳥捕り」の扱いを見ると、
そういうことを考えざるをえません。
自分で魚を育てない漁師さんにも同じことを感じます。

で、突き詰めると、やっぱり全ては太陽から来ているだけなので、
「全ての生産者は鳥捕りにすぎない」のだと思うようになりました。


この世に本当に生産的な活動など無いワケですから、全ては暇つぶしですよね。
[ 2014/06/01 09:03 ] [ 編集 ]
Second Lifeってゲームでモデルをアバターとして販売はどうでしょうか?
売り上げはリアルマネーに還元出来るので、上手く行けばそれなりにお金を稼げるかもしれませんよ。

知り合いは銃のモデリングをして、リアルマネーに換算すると15万円程稼いでいますー
こんな感じのゲームです(画像の加工無し)
ttps://www.flickr.com/photos/123299437@N08/13958288020/
[ 2014/06/01 21:14 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 景喜 さん


セカンドライフって、なんか聞いたことはあっても
実態はさっぱり分からない感じがありますね。

どういうゲームなのか、やっぱりよく分かりませんw

自分も本当に困窮したらこういうのに手を出したりするのでしょうかね。
[ 2014/06/06 19:48 ] [ 編集 ]
う~ん・・・残念ながらほとんど共感できません。
突然ですが、夏目漱石の『道楽と職業』という公演から一部を抜粋します。
これを読んでから、私の書く文章を読むと多少は分かりやすいと思います。
(よければ全文読んでみてください。公演なのでそんなに長くないですhttp://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/757_14957.html

『それで前申した己のためにするとか人のためにするとかいう見地からして職業を観察すると、職業というものは要するに人のためにするものだという事に、どうしても根本義を置かなければなりません。人のためにする結果が己のためになるのだから、元はどうしても他人本位である。すでに他人本位であるからには種類の選択分量の多少すべて他を目安(めやす)にして働かなければならない。要するに取捨興廃の権威共に自己の手中にはない事になる。したがって自分が最上と思う製作を世間に勧(すす)めて世間はいっこう顧(かえり)みなかったり自分は心持が好くないので休みたくても世間は平日のごとく要求を恣(ほしいまま)にしたりすべて己を曲げて人に従わなくては商売にはならない。この自己を曲げるという事は成功には大切であるが心理的にははなはだ厭(いや)なものである。就中(なかんずく)最も厭なものはどんな好な道でもある程度以上に強(し)いられてその性質がしだいに嫌悪(けんお)に変化する時にある。ところが職業とか専門とかいうものは前(ぜん)申す通り自分の需用以上その方面に働いてそうしてその自分に不要な部分を挙(あ)げて他の使用に供するのが目的であるから、自己を本位にして云えば当初から不必要でもあり、厭でもある事を強(し)いてやるという意味である。よく人が商売となると何でも厭になるものだと云いますがその厭になる理由は全くこれがためなのです。いやしくも道楽である間は自分に勝手な仕事を自分の適宜な分量でやるのだから面白いに違ないが、その道楽が職業と変化する刹那(せつな)に今まで自己にあった権威が突然他人の手に移るから快楽がたちまち苦痛になるのはやむをえない。打ち明けた御話が己のためにすればこそ好なので人のためにしなければならない義務を括(くく)りつけられればどうしたって面白くは行かないにきまっています。』


ニートさんが3Dモデルを作っているのは他人本位の商売ではなく、自分本位の道楽なので、お金にならないこともあって当然です。
たまたま道楽がお金になる人もいるでしょうが、それはそいういう社会に自分が生まれたという単なるラッキーでしょう。(もしくはクリエイター奨励プログラムのように社会を作る側の人であるか)
そもそも自給で値段を計ろうとすることも変です。ニートさんは雇われて3Dモデルを作っていない以上は自営業という扱いになります。
自営業は自身の労働サービスや生産物からの売り上げがそのまま収入になるので、自給という概念で考えることが間違いです。
価格は3Dモデル市場の値段と製作コストを照らし合わせて、採算が取れる値段設定に自分でするしかないのです。


あと、社会に寄生するか親に寄生するかという話は成り立たないと思います。
なぜなら親は結局社会に寄生してるので、ニートさんは社会に寄生してる親に寄生してるというだけだからです。
にも関わらず、ニートさんは太陽光を総人口で割った量に基づく「基本時間給]というもので最低限のサービスを受けれる社会を目指すと言っています。これも結局最低限のサービスをしてくれる社会に寄生しようとしているだけです。(ベーシックインカムのような社会制度を想定しているのでしょうか?)
しかも文明社会において必要最低限なものは、医療、福祉、電気、水道、ガス、物流(道路や湾港の維持も含む)、エネルギー資源の調達、食料の生産と確保、国防安全保障etc・・・、とたくさんあります。
これらを休むことなく絶えず行うことで、我々は文明的な生活ができるわけです。
これらのものをニートさんが3Dモデルを配布するように絶えずタダで配ってくれるお人よしなんているのでしょうか?
漁師の人に対して「お前がやっていることは太陽エネルギーを簒奪してるに過ぎない。だから俺に魚をタダでよこせ」と言ったらぶん殴られるでしょう。
本当に社会に寄生せずに、真の意味で家族だけに寄生するのであれば、江戸時代の農村のような生活をしなければいけないと思います。



[ 2014/06/23 08:17 ] [ 編集 ]
コメント返信
> N/T さん



なんというか、
反論しているようで、
良く良く読んでみると自分のクソ記事に既に答えは書いてあるような部分へのツッコミばかりなので、
なんかよく読まれてないだけなのではないか、という感じがします。

夏目漱石の当たり前のことしか書いてない文章のコピペ・・・権威主義的ですね。

スイマセンが全然推敲しない文章で返信します。


> ニートさんが3Dモデルを作っているのは他人本位の商売ではなく、自分本位の道楽なので、お金にならないこともあって当然です。

分かりきってることですね。
その点を「金にならない芸術家気取り以下」と表現しています。



> たまたま道楽がお金になる人もいるでしょうが、それはそいういう社会に自分が生まれたという単なるラッキーでしょう。(もしくはクリエイター奨励プログラムのように社会を作る側の人であるか)
> そもそも自給で値段を計ろうとすることも変です。ニートさんは雇われて3Dモデルを作っていない以上は自営業という扱いになります。
> 自営業は自身の労働サービスや生産物からの売り上げがそのまま収入になるので、自給という概念で考えることが間違いです。
> 価格は3Dモデル市場の値段と製作コストを照らし合わせて、採算が取れる値段設定に自分でするしかないのです。


時給換算することがおかしいことは自分でも書いてあるので、
この部分の当たり前なツッコミが、すごくなんか、はぁ、という感じがします。



> 漁師の人に対して「お前がやっていることは太陽エネルギーを簒奪してるに過ぎない。だから俺に魚をタダでよこせ」と言ったらぶん殴られるでしょう。


なーんかこういう、喩えになっているようで
実は都合よく曲げているというか、全然前提が間違ってるモノを持ってくる感じは、
はぁまぁいいですね。どうでも。


BI成立後の世界で
魚を必要以上に獲ってる人がいたら、その人は基本給以上の金が目当てで獲っているのだろうから、
その人の魚が欲しいのなら金を払わないといけません。 んなことは当たり前じゃないですか。

ですが、BI成立後の世界で
わざわざ対人で人と交渉して魚を買ったりなんかしないはずです。
基本給で買える炊き出しでも食ってるはずです。 これおちゃんと想像すれば分かることです。


BI成立前の世界なら、
なおさら漁師さんにタダで魚よこせなんて言うわけがないでしょう。 藁人形ですね。


つまりあなたの喩えは完全にデタラメなのです。



>社会に寄生するか親に寄生するか

そもそも自分がこの2つを明確に分けていないということは
自分の文章を読めば分かることだと思うのですが・・・

親が社会に含まれていることとかは分かりきっているし、それ自体はどうでもいいことです。 
その上で「親のほうが気が楽だ」と書いているだけです。




ちゃんとした喩え話をします。

自分が言う「社会に寄生する」とはどういうことか。

例えば自分の親戚に出版社に努めている人がいるのですが、
その人には本の売上のノルマがあって、
そのノルマをクリアするために親戚に本を配ったりして、裏で大量に本を買ってもらったりしているのですね。

だからウチにもどうでもいい雑誌とか教材とかが大量に山積みになってたりします。
誰も読まない本を親戚で買い支えて、その人は昇格したり、会社から給料をもらってたりするのです。
そうやって成立している業種がいっぱいあるのですね。

(じゃあ親戚から金もらって生きてるのと会社から金もらってるのの何が違うのか?という話ですよ)
(構図が見えてきましたか?)


「社会で生きる」
「会社に勤めて給料をもらう」というのは、ある意味こういうことだと思うのです。

どこかで人を騙しながら・・・ (営業だとか面接だとか、そういうのは全部人を騙してるようなもんです)
本当に必要な労働や創造性と関係のないところで・・・
実は需要のないものをお互いに交換しあうことで・・・
決まりきったルールに従うことで・・・
どういうワケだか金が出てきて、それで食っていっているのです。


今の時代に、本当に必要な仕事を出来ている人がどれだけいるのでしょう。
胸に手を当てて考えてみれば、かなりの割合の人が、無価値な労働に従事していることに気づくはずです。
自分はそう思っています。

多くの人が、交換の効く、やろうと思えばもっと短縮可能な、
本来必要のない量の、無駄に水増しされた仕事をして、金を得ているのです。


本当は、社会を成立するのに必要な労働時間は物凄い勢いで減っていっている筈なのです。

『電灯を一時間点灯させるために必要な労働時間のグラフ』というのを見たことがあります。
昔は数時間かかっていたモノでも技術の進歩によって一分で済ませるようになっていくのです。
それでも「人間は8時間働かなければいけない」という習慣にとらわれて、
皆が無駄に人生を浪費しているのです。


どうでもいい本を売り続けている人が山ほどいるのです。


・・・というようなことを考えれば
BI成立後にどれだけの労働力があまるか、
どれだけのエネルギーが正しい方向に向くか、

むしろ、金にとらわれている今の世界では、どれだけ無駄なエネルギーと時間が浪費されているか
というのが見えてきそうなものです。


>しかも文明社会において必要最低限なものは、医療、福祉、電気、水道、ガス、物流(道路や湾港の維持も含む)、エネルギー資源の調達、食料の生産と確保、国防安全保障etc・・・、とたくさんあります。
>これらを休むことなく絶えず行うことで、我々は文明的な生活ができるわけです。


だから↑そんな風な羅列をして、無駄にビビらせる必要はないワケです。
それらのインフラを成立する仕事をする人だって、基本給で生きているワケです。
太陽が照ってる限り生きていけるというのはそういうことです。

そういう「大変なんだぞー」アピールは結局なんなのかというと、
反進歩主義なのですね。


>江戸時代の農村のような生活をしなければいけないと思います。


同様にこれもなんか違うんですよね。

逆ですよ。
過去に目を向けさせるんじゃなくて、未来を想像するのです。


この手の返しをしてくる人は、
自分が過去に書いた「マンモス刈り理論」を読めばいいかもしれません。
あれもクソ記事ですが。




例えば未来においてベーシックインカムが導入された先進国があったとする。 (今にもありそうですが)

「その未来人の視点で現代人の活動を顧みるとしたら」
これを想像するのです。


すると、エネルギー自体は足りているはずなのに、
人間は本来もっと自由に精神活動を行えるだけの余裕があるはずなのに、
仲間内どうしで「働け」「社会がこうなってるのだから働け」と
言い合っているだけの構図が浮かび上がってきます。

原始人がいう
「お前がやってることは道楽なのだから金にならなくて当然」
「金が欲しけりゃ社会が求めていることをしろ」
という説教にしかならないわけですよ。

「マンモスの肉を狩る以外に価値のあることなんかねーんだから黙ってマンモス狩りやがれ!」
という原始人の説教ですね。


こういう説教に対して、
ベーシックインカムなどが実現できると想定している脳みその持ち主(つまり未来人など)が
聞く耳を持つのか、という話です。



「あなたは原始時代に生まれたら、そこで大人しくマンモス狩りますか?狩りませんか?」

「もしも今の日本人の脳みそを持ったままで
 発展途上国の子供に転生したら、あなたはそこで他の子供と同じように働けますか?」
こう想像してもいいかもしれません。

バカバカしくてそこでのルーチンワークなんて従事したくなくなるかもしれません。

「社会がそうなってるんだから子供でも働かなきゃ」
「みんな仕方なく働いてるんだから子供でも働かなきゃ」と考えますか?

要はそういうことです。




・・・で、ここまで来たら、もう反論の手は「ないものねだり」認定しかないと思うのですが、
どうなのでしょうね。




例えば、
今のこの地球において「先進国以外に生まれたら自殺する」というのは結構アリな選択だと思うのですよ。


もしも原始時代に生まれたら、
マンモスを狩るか狩らないかの二択だけなのか?

そこで「自殺をする」という選択が、実は一番賢いのかもしれません。
(現代人の脳を持っている人間としては)



その延長で考えてみると、
「もしもベーシックインカムが実現していない現代の地球に生まれたら自殺する」
というのも中々正しい選択になってきます。


ニートというのは、それに近いのではないでしょうか。
まぁ今はギリギリ自殺せずに生きているという猶予期間にあるだけということです。



つまり「ないものねだり」でもないのですよね。
「その時代で生きていられる間だけ、生きているだけ」です。


そこで全ての原始人が「お前は役に立ってないのだからマンモスを狩れ」と圧力をかけてきたら
まぁ死ぬしか無いわけです。



・・・クソ記事にクソ返信をしてしまったワケですがどうしようもないですね。

[ 2014/06/28 19:43 ] [ 編集 ]
>BI成立後の世界で
魚を必要以上に獲ってる人がいたら、その人は基本給以上の金が目当てで獲っているのだろうから、
その人の魚が欲しいのなら金を払わないといけません。 んなことは当たり前じゃないですか。

>ですが、BI成立後の世界で
わざわざ対人で人と交渉して魚を買ったりなんかしないはずです。
基本給で買える炊き出しでも食ってるはずです。 これおちゃんと想像すれば分かることです。


ちゃんと想像すれば分かるとお書きですが、申し訳ないですが、私には想像することができません。
漁師はお金が欲しくて魚を獲っているけれども、BI成立後の人は炊き出しを食べるはずだから魚を買うはずがないとはどういう状況ですか?
漁師が獲った魚は政府が買い取って、炊き出しとして配給しているから誰も買わないということでしょうか?
炊き出しでは満足できない人は普通に魚を買いに行くと思うのですが。


[ 2014/06/30 07:15 ] [ 編集 ]
コメント返信
> N/T さん

しかし思うのですが、そういう所をブチブチつつくしかやることはないのでしょうか?
(煽りとかでなく、自分のやる気がなくなるので、こんなクソ記事にコメント書かなくてもいいんですよ)
(別に逃げたとか思わないし)
(そして別に自分もコメント返す義務なんてないのですが)

そしてやっぱり、何を突っ込んでいるのかよく分かりません。



自分は「漁師さんにタダで魚よこせといってぶん殴られるシチュ」がナンセンスだと言っているだけです。


本屋みたいな部類の流通は縮小されるべきだと自分は言いましたが、
BI成立後でも結局、相変わらず流通は動いているでしょう。 (一次産業に近いものほど)

その状況で漁師さんは対人で一々個人と取引なんてしないということです。 面倒だし非効率だから。

築地的なところでまとめて魚を売るはずです。
それか政府に炊き出し用として売る。 そうやって金を得ているでしょう。
(政府からは金が出ますが、炊き出しはタダで配られます)
(だからこれも「買う」とは違いますね)



だから「炊き出し以外でも魚が欲しい」と思う個人は、
小売のスーパーや魚屋に行けばいいわけです。 これまで通りに。

わざわざ漁師さんが魚釣ってるところの隣に行って「タダで魚よこせ」と言ってぶん殴られる必要はないのです。
本当にありえんですが。

勿論スーパーに行ってそこで「タダで魚よこせ」と言うはずもないし。




こうなると次は「結局買ってるんじゃねーか」「BI後でも金が必要じゃねーか」と来る感じでしょうか。

重要なのは人間の欲やエネルギーが抑えられていることです。


BI前の世界では
無駄に魚を捕ること、
そうやって集められた魚も、最終的に大半のパックとして廃棄されること、
食材を大量に捨てることを前提にして食べ物が確保されていました。

そういうのが炊き出し制になることで無駄が最小限に済むこと。
(給食の残飯の量はおぞましいが、自由選択の結果発生する残飯はさらに酷いということ)
(豊作になると野菜を大量に破棄する農家の人も同様)


「なんとなく金を稼ぐために漁師になる」という職業選択をする人間、
金・職のために無駄に魚を捕り続ける人間も
最適なバランスにまで、自然と減るでしょう。


やはりそうやって資源の無駄、エネルギーの無駄がなくなって
「ほかごと」をやって生きていけるようになるということですね。

[ 2014/07/05 09:47 ] [ 編集 ]
>しかし思うのですが、そういう所をブチブチつつくしかやることはないのでしょうか?
>(煽りとかでなく、自分のやる気がなくなるので、こんなクソ記事にコメント書かなくてもいいんですよ)
>(別に逃げたとか思わないし)

それはこちらがが言いたいことです。
毎回コメントが遅いからいっつも逃げたと勘違いしてしまいます。
逃げてるのはそっちなのに「お前は論破されちゃったけど別に気にしないから、もう書かなくていいよ。」ってどれだけ上から目線なんだ。
それにこちらが正当性を持って書いたことをデタラメとかどうでもいいこととか言われたら反論をして当然でしょう?
しかも「よく読めば分かることで~」と何度も書くくせにクソ文だと認めている始末。あなたの書いた文章がクソだからこちらが誤読してしまったという自省の念はないんですか?
こっちはあなたの読みにくい文章読むのに毎回大変苦労してます。
また、私はあなたのように煽り耐性はないので、あなたのやる気をなくしてでも、コメントは書かせてもらいます。嫌なら私がコメントを書けないように処理して下さい。(もちろんコメントを返す義務はありませんが。)


本題ですが、あなたの返信内容は、「対人で一々個人と取引なんてしない」という論点のすり替えに近いものです。
私の例えはあくまで『仮に漁師と個人の取引があって』ということであって、最終的にそれが国家単位で本当に動くのかどうかという現実的なビジョンをあなたが持っているのかということが聞きたかったのです。
私だって、BIのない現代ですら個人商店より大型スーパーや市場の方がたくさん商品の取引がなされてることぐらい知ってます。そんなバカ正直に、例えにある状況だけを引っ張ってきて揚げ足取りのコメントしたわけではありません。(小学生じゃないんだから)
というか、BIが成立したら個人商店のような売買がなくなることもやはり意味不明です。
別に需要があるなら個人でも店を開けば儲かるでしょう。田舎なら普通にありそうです。

議論をいくらか積み重ねたいと思っていましたが、細かいところをブチブチつつくようなイライラするレスばかりなので私が思っていた結論を書かせてもらいます。
あなたが書いていることはソ連の共産主義型計画経済とよく似ているのではないかということです。

>太陽は無償のモノだったはずなのに、いつの間にか日照権なんてモノが出来てる。
>土地は誰のモノでもなかったはずなのに・・・
>資源は誰のモノでもなかったはずなのに・・・
こういう発想は共産主義者が支持したブルジョワジー否定、資本家否定そのもので、「資本家を殺して富を平等に分ければ、全体が良くなる」というスローガンと本質が同じなんです。


そもそも『大量に食料が廃棄されているから無駄』という発想が幼稚です。
豊作になったら処分する農家も無駄な労働をしていると書いていますが、自分の畑では豊作でも余所の地域では不作の場合があります。こうなると不作だった地域に出荷すれば値段が下がらずに作った分も無駄にはなりません。結果的に無駄になってしまったから処分するのであって、農作物を作ってるあいだは無駄になるかどうか分からないから作っているのです。

しかも政府が炊き出し分の食料を買い取ると言っていますが、そもそも政府が提示した値段で売りたくなければどうするのでしょうか?
ソ連時代のように勝手に収穫して売れば逮捕でもするのでしょうか?これも太陽エネルギーの副産物だから国民に分けないのは逮捕されて当然ですか?
(ちなみに私は未だに太陽エネルギー理論は理解不能です。太陽が照ってるだけでは生まれない文化的なものを創り、それを有償で譲ることの何がおかしいのでしょうか。本気で知りたいです。)


そもそも無駄な状態というのは誰がどのように決めるのでしょうか?
現在、土木建設業の人手不足が深刻なようですが、ほんの少し前までは『無駄な公共事業で土建屋が潤ってる』とバッシングの的でした。
無駄かどうかは、そのときの状況によります。無駄だからといって現在の必要最低限まで切り詰めると、いざ『大地震からの復興』や『老朽化したインフラの強化』という人の命と安全に関わる需要がでてきたときの事態は深刻です。
だからあなたが基本的なインフラについて
>そういう「大変なんだぞー」アピールは結局なんなのかというと、
>反進歩主義なのですね。
とかいう軽いノリと基本給で働いてるからという意味不明の理論を言ってのけることに本気で怒りを感じます。


漁師の例えから、あなたは食料を国家が管理することは認めているようですが、食料の国家管理の結果、ソ連は大規模な飢餓が発生するほどにもなりました。
これも「労働者は資本家のために無駄に働かされている」という考えから計画経済を実行したからです。
しかし現実の経済(最低限の需要と供給ですらどこにどれだけ必要なのか)は複雑で計算できるようなものではなかったのです。
私はこういう『人間が理性を働かせれば現実を思う通りに機能させられる』という思い上がった設計主義の思想は死ぬほど嫌いなので、あなたにしつこくコメントしているのです。



あとは付け足しになりますが、CGモデルを売ることの拒否と、対価がなくったって、人間は自発的にモノを作っていけるという意見はやはり賛同しかねます。

あなたはお金は人を騙して掠め取るものだと言っていますが、お金は感謝のしるしにもらうものだと私は考えています。(掠め取ってる人も多いですが)
だからCGモデルだってそれに感謝する人がお金を払うだけなので、それで良いのではないですか?

二つ目の対価についてですが、対価がないとやはり良いものはできないと思います。
事実あなたは、CGモデルこそたくさん作っていますが、アニメやゲームなどの作品と呼べるものは作っていません。
仕事としてアニメやゲームを作るのは、締め切りや人間関係など、辛いこともたくさんありますが、それがあるから質の高い良い作品を大勢の人達で一つ完成させることができるのではないでしょうか?
個人で好きに作る分には自由で楽ですが、その分質は劣るし、時間がかかりすぎるのではないでしょうか?


[ 2014/07/14 12:22 ] [ 編集 ]
コメント返信
> N/T さん


>毎回コメントが遅いからいっつも逃げたと勘違いしてしまいます。
>逃げてるのはそっちなのに


それは自分がコメ返信をまとめてするスタイルを取っているからです。

これはブログを始めてからずーっとそうです。
それについての説明記事もどっかに書いたはずですが、まぁいいでしょう。


本当はコミュ症である自分の性格を考えれば
面倒臭いコメなんて全部無視してもいいのですが、
一応最低限の誠意として、なるべくコメは返そうとしているだけです。

だから「相手をしてもらっているだけ~」ということになるのですが、
これはあなた風にいうと「どれだけ上から目線なんだ」なるのでしょうね。
(でも、「相手してもらって当然」というのもおかしくないですか?)




自分は自己嫌悪が凄いので、ブログの管理画面を開くのは一週間に一回くらいに限っているのです。
これは贔屓とかではなく皆平等です。

(とにかくブログの管理画面を毎日開くというのは精神的に悪いものですよ)
(あなたみたいな人もたまに来ますしね)



人間皆、何かしら事情があってすぐにはコメ返したり出来ないワケですよ。
皆が皆コメントして「すぐ返ってくるかな~」と首を長くして待っているワケではないのですよ。
相手がニートだからって一日以内にコメ返すとは限らないワケです。



あなただって今回のコメントをつけるのに9日かかっているではないですか。

それは「一々いつ来るか分からないレスポンスを待つのが面倒になったからだ」と思うのでしょうが、
それはあなたが自分主観でしかモノを見ていないということです。
自分の場合、常にそれが発生しているということです。

こちらはブログを管理していて、誰がいつ自分のどのコメントに返信したかとか
把握しないといけないワケです。


あなたのように、
「ふらっと訪れた一個の記事にいちゃもん付けて反応を逐一待っている状態」を
ずーっと維持し続けるワケにはいかないのですよ、


分かりますか?

なんというか、
「先生には生徒は大勢いるけど
 生徒には先生が一人しかいない」という構図ですね。

つまり、どうあっても、
あなたがいくら「すぐコメ返しやがれ! でないと逃げた認定してやる!」と言ったところで
このスタイルはもう直しようが無いワケです。 残念ながら。


嫌ならもっとレスポンスの良い場所を探すべきです。
こんなニートのブログで管を巻いてないで。

(大体ブログのコメ返信速度なんてこんなもんでは無いのでしょうか)




でもあなたは「そっちが逃げているくせに」と逃げた認定をしてしまいました。 
自分はしてませんよ。 しかも「しない」ということしか言っていません。


なんか急に言葉遣いが荒くなった時点でお里が知れる感じがしますが
まぁそれでも一応コメントは返しますよ。



で、あなたのコメントですが、

>『人間が理性を働かせれば現実を思う通りに機能させられる』という思い上がった設計主義の思想は死ぬほど嫌いなので、


これに集約されていますね。


自分のコメかマンモス刈り理論を読んでもらえれば、
「永遠の未来」を想定して「良い」ことがわかると思います。


過去の共産主義国の失敗例を挙げれば
BIが永遠に実現不可能だと決めつけられるのでしょうか?

どんどん技術は発達しているし、どんどん作業能率は上がっているのに。

現在のアメリカとかの大規模計画農業とかについては考えずに
「大昔のソ連のような寒い国での失敗」が未来にも起こり続けると考えているのでしょうか。

やっぱり反進歩主義ではないですか。



無駄は省けますし計画は立てられます。 それが人間です。



それに、例えどんな原始時代の人間であっても、
未来においてBIが実現している世界を想定していいのです。

どう細かいことを言ったところで、
未来から見れば今の人間のやっている営みなんて「無駄の極み」ですよ。


あなたはこれに対して「そんなに上手くいく世界の成立は無理だ」「永遠に無理だ」と言うのでしょうか?

要はそういうことですよ。

そしてこれがないものねだりで無いことも既に説明しました。




その上で最終的にあなたが言ったことは
「設計主義の思想は死ぬほど嫌いなので」ということでした。


もはや「未来において実現可能かどうか」とか、
「どういう生き方を理想として模索していくべきかどうか」とか、ですらなくて
「好きか嫌いか」でしかないのですね。




つまり「なんかムカつくから突っかかっているだけ」にすぎない訳ですよ。



人間はそんなの出来ないと決めつけている。

人間の人生はマンモスが上手く狩れるか狩れないかに一喜一憂するしかないと思っている。

「メンドクセー出来るわけない!」

「現状に我慢してマンモス狩り続けるしかねーべ!」

「驕り高ぶった人間どもよ! マンモスが生きていることに感謝せよ!」(人間のくせに)

そんな感じですね。



自分はそんなの嫌です(主観)


それで終わりではないですか。





あと付け足しについてですが、

>「やはり賛同しかねます」

なぜ自分はあなたに賛同されないといけないのでしょうか、ということになります。

あなたが賛同しないと自分は働かなければいけなくなるのでしょうか。 謎です。

そうやって考えてみると、
別に自分は自分の文章があなた一人に賛同されるかどうかなんて「どうでもいい」と
思っていることに気づきます。

でもあなたは違うようです。

こんなブログ相手にせずに立ち去ればいいのに、相手を曲げられると思っているのでしょうか。
でも、そのためには何かが足りていないようです。




やはり自分は大勢の人間が「金を掠め取って生きている」と思っています。
こないだも議員さんが捕まっていましたね。

あんな感じで、既存のシステムに「乗っかかって」、不労所得で生きているのです。
そういう意味じゃ、ある種ニートと同じなのですが、実際に人を騙しているか騙していないかが違いますね。
ニートは人を騙してまでして生きている訳ではないのです。


[ 2014/07/18 13:35 ] [ 編集 ]
春先によく来てたニートですw
ツイッターの方と合わせてニートその3にしましたよ!
途中で読むのやめちゃったけどヘンなのに絡まれてますなwww
[ 2014/08/14 16:18 ] [ 編集 ]
コメント返信
> ニートその3 さん

どうもです。

> 途中で読むのやめちゃったけどヘンなのに絡まれてますなwww


多分これは、自分もヘンな奴なのです。


偶に思います。

議論において必要なのはなんなのか?

「お互いの尊重ではないだろうか?」 そう、議論の相手に尋ねてみる。

もし相手がそれに同意したなら
「自分はあなたを個人的に尊敬できそうにないので議論は無理ですね」と打ち切れる気がします。

もし相手がそれに同意しなかったなら、
「議論においてお互いの尊重を守れないような人となんて議論は出来ませんね」と打ち切れる気がします。


・・・
まぁこれはどうでもいいとして、

やっぱりボタンの掛け違いが一度発生してしまうと
人間、分かり合ったり、議論したりするのはもう無理なのでしょうね。

[ 2014/08/26 14:53 ] [ 編集 ]
お前かっこ良すぎ
これが学説を発表している学者なら応援してたけどニートだからなぁ...
やはり人間を評価する上で肩書きは気になるな
というよりニートを肯定してる時点で頭の中だけで満足してる仙人
そんなおじいちゃんに期待なんて出来ない
でも、お前はかっこいいよ
否、お前の頭の中の理論はかっこいい
[ 2015/03/11 02:08 ] [ 編集 ]
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