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ニートがドラクエについて語ってみる

 
自分自身
何かを叩くような記事を書いたりしなくなったものである。

基本的に自分が何かをレビューするときは「好きなモノ」について「何故好きなのか」ばかりです。


いや勿論、自分にも嫌いなモノはあるワケですが。
嫌いなアニメ、嫌いな漫画、嫌いなゲーム、嫌いな映画・・・そりゃ山ほどあります。

でもそれだけで、それらに執着したり、それらを叩くようなことを積極的にしようとは思わないです。

まぁ、そういうものである。 段々、そういう風になっていくものなのです。



ところが、
こないだコメントで
「あなたがドラクエを嫌ってそうなのは分かってますが、その上でドラクエについてレビューして下さい」
といった旨の要望を頂いたのです。

誠に不思議なリクエストです。 
嫌いだと分かった上で語ってほしいとは。  お、面白い・・・。
中々骨のあるリクエストなので、それならちょっと本気を出してみようかな、と思ってしまいました。


(ふと思ったが、ここまでの流れって凄い「自演臭く」見えるかもね)
(・・・でも自分は、そう気づくことが出来るほど、良く言えば客観的、悪く言えば自意識過剰なのだ)
(わざわざドラクエを叩きたいがためにコメントで自演したりなんかしない、ということは分かっておいて欲しい)
(いくらニートでもそこまで堕ちていない)
(大体文章書くのだってめんどいんだよ。それなりに)


という訳で、自分がドラクエのことどんな風に思っているか、
自分にとってドラクエはどんな立ち位置なのか
、等といった話をしてみます。

しょうもない話なのであまり入れ込まないように。

当然、ドラクエが大好きな人は読まないほうが、相手しない方が、寿命が伸びます。




 

ニートのドラクエばなし

そもそも自分がやったことのあるドラクエ自体が少ないです。

ドラクエ1 FC

ドラゴンクエストモンスターズ1 PS1

ドラクエ8 PS2

あとは
トルネコの大冒険 SFC


これくらいだと思います。


当然、これだけでドラクエについてあーだこーだ言うのは勉強不足だとは思う。

(でも、ドラクエ8が「世間一般で一番評価の高いドラクエ」と知った上で言っているのです)

だから言ってしまえば、これはドラクエ8についてのレビューだとも言えます。

8がドラクエ最高傑作だと思っている人にとっては、ドラクエ全否定になるかもしれません。
(でもまぁドラクエシリーズ好きでも8だけ毛嫌いしてる人いるではないか)
(ならまぁそういうこともありうるじゃないか? 良くないか)


よく、
「何かを持ち上げるために何かを貶すな」みたいな言い方しますね。

逆はどうだろうか?
「何かを貶すために何かを持ち上げるな」
まぁ、よくよく考えると違和感はあるが、同じようなものだろうか。


でも、やっぱりドラクエについて語るときは、どうしてもFFとの比較をしたくなってしまうのです。

で、結果的に同じナンバリングだということで、FF8との比較をしてたりします。
(むしろFF8はドラクエ8より6年近く先に発売されているので、それと比較してボロ負けしている時点でお察しなのですが)


勿論「比較したってしょーがない」「それぞれに別の良さがあるから比較には意味が無い」というのもあるでしょう。

でも、実際読んでもらえれば分かる通り
自分に言わせれば、「ドラクエがFFに比べて優れているユニークな点」というのが
全くもって思いつかなかったのですマジで。


ドラクエ8をやったときの感覚が、マジそんなでした。

このゲームをクリアしたことで何かを得られたような感触が無かった。

自分が初めてFF8をクリアした時とは大違いである。

時間の浪費以外何もなかった気がするのだ。 ・・・なんと空虚な。


実際、ゲームを構成する要素を分解してみて、何が可能性として考えられるか。

グラフィック、

背景・美術、

ストーリー、

戦闘システム、

成長システム、

世界観、


・・・これだけの観点でもう、すべてFFの完勝だと思うのです。

で、ここから個別の要素について、詳しく語っていきます。


◆グラフィック

グラフィックはよくも悪くもレトロ趣味。 (このレトロってのがそもそも自分にはダメなのだろうけど)

そんな退歩的姿勢なので、
やる気の無いフェイシャルモーションやキャラの挙動でも「許されるような雰囲気」がある。
人形劇のようなイベントシーンの作り込みでも、ドラクエなら許される。 許しちゃう。
全体的にテキトーに作っててもそれが「アリ」になるような感じがある。 自分はそれも嫌なのだ。


とにかくグラフィックにおいて、自分がドラクエで何か感じ入ったり
「ほーここ凄いなー」
「ここ気合いれてるなー」
「この景色凄いなー」
「この背景とか、建物の造形とか、美術センスすごいなー」
 みたいに感じることは、一切なかったように思います。

FFはそういうのの極みですけどね。
2Dの背景美術で言えば、FF9の背景などはその極地でしょう。


◆戦闘システム

もういい加減、あの手のランダムエンカウントのRPGをプレイするのは限界だと思う。
(コマンド入力も) (全てはARPGに移行する これは仕方がない)

FF8の時から、そのことは考えられていたはずです。

実際この点でFF8は凄かった。

G.F.ディアボロスの神アビリティ「エンカウント無し」
・そしてボスから経験値を得られない仕様
・初期レベでもクリア出来るような(むしろ初期レベのほうが楽なくらいの)デザイン
・戦闘要素以外から保証されているキャラクター強化要素
・つまりカードorアイテムからの魔法生成、アイテム精製、武器合成・・・


これらが見事に融合した結果、
FF8は戦闘を排除、いや完全に「演出」として作用させることに成功したゲームなのです。

完全にストーリー、世界観、キャラクター、ムービー、音楽を味わい尽くすためだけに特化したゲーム
(勿論「特化」しているだけあって、それらが超一流であることも前提なのだけれど)

RPGにおいて戦闘はもはや、それらを盛り上げるための「演出」にすぎない。 その立ち位置が分かっている。


そんなゲームをやったあとで、
この、何も考えずにブーメラン振り回してるだけのランダムエンカウントのドラクエ8の戦闘なんかをやってると、
自分なんかは「罪深く」感じてしまうのです。 時間の無駄感

この、ゲームをやってて「罪深く」感じるってのはホントに辛い。 時間をドブに捨てている感覚になるのです。


◆成長システム

ドラクエの成長システム、
特に言うことが何もないですね。 転職くらい? 


一方FFは凄いです。
毎回毎回、成長システムを丸ごと一新してるんだから。

FF7のマテリアシステム・・・

FF8のジャンクションシステム・・・

FF10のスフィア板・・・

FF12のガンビット・・・

そして何が重要かって、
その成長システムが世界観とも密接に繋がっていて、お互いを引き立て合っている点ですよ。 
それがFFの魅力です。

そういうのから比べると、
なんかよくも分からずに「すきるぽいんと」なるモノがただそこに存在して、
そこに何の指標も提示されずに、とりあえず振っていくと技を覚えるシステムとか、本当に下らんと思うのです。 


そもそも戦闘自体が面白くなければ、キャラの強化なんて何の有り難みもないですから余計に残念です。


◆ストーリー

ドラクエ8のストーリーは、言っちゃ悪いけど、ホントに下らなかったと思います。

話の大筋は、
なんか過去に封印されてたラスボスが蘇りました。
倒しました。 めでたしめでたし。 です。
 マジで、これ、だけ。 

いつの時代のRPGだよと。

FFはもう、「ラスボスの行動原理」からして興味深すぎるぞ?

FF7の、物体Xを更に凶悪にしたかのようなジェノバの分裂・擬態・学習・リユニオン能力
そして「星のエネルギーを喰らい尽くす」という性質と、神羅がやっていることの皮肉な類似性。 
ラヴォスを更に深化させたような)

FF8のアルティミシアが凄まじいことはもはや言うまでもなく、

FF10のエボンジュのやろうとしていること。 
通常のラスボスと比べて行動があまりにも特殊。


ドラクエの主人公が強い理由なども、毎度毎度「血筋」とかで止まっている。
(FFは後天的要素が多い気がするなぁ 魔晄漬けのソルジャーとか、G.F.漬けのSEEDとか つまり強さにリスクが)

ドラクエ8も、なんかそういう血筋なので主人公だけ呪われませんって話でした。 デフォでそんな感じ。 空虚な・・・。


で、一番ひどいのが
行く先行く先で「悪役」によって無実の人々が殺されていくんだけど、
主人公は何もせずに指を咥えて見ているだけなことです。

この「後手後手感」は、本当に酷い。 
前半のストーリーは、ひたすらドルマゲスとか言う奴の尻の後を追いかけてるだけです。

「主人公が喋らないゲーム」の限界点がこういう所に現れてると思う。


(いや、FF7の前半だってひたすらセフィロスの後を追いかけているだけではあるのだが・・・何が違うか考えてみよう)

FFには、主人公にも仲間にも「意思」がある。 ちゃんとした、「成熟した脳みそ」がある。 (と自分は思っている)

だから、悪役が好き放題しようとしてても、対策をとる。 決して後手後手には回らない。 
なんとかしようとして、あがく。 その姿勢がプレイヤーをストーリーにのめり込ませるんじゃあないのか??


とにかく、ドラクエ8にはそれが全く感じられなかった。 
だから展開にフラストレーションしか溜まらないし、
悪役にも味方にも魅力も感じないし、
シナリオ全体を俯瞰で見た時、ホントに単純な馬鹿馬鹿しいオハナシにしか思えないワケです。


「操られ展開」について

ところで色々なRPGについて考えてみた結果、
自分が「しょうもない」と感じてしまうRPGのストーリーの共通点というのがなんか見えてきました。

それは「キャラクターが操られた時の事後処理」に全て現れていると思います。


ここで突然の「FFディス」になるけど、実は自分は「FF4のストーリー」も下らないと思っているのです。

FF4の何が下らないか

・唐突に現れる前後のない奇妙なボス敵達。

・毎回操られる仲間キャラ。

・悪役も、実は操られてただけでしたーで済まされる。

・お涙頂戴で死んだかと思ったら、普通に何度も蘇る仲間キャラ達。


あとはもう、奇抜なキャラクターが蠢いているだけで、
これも典型的な、俯瞰で見た時、何も得られないストーリーです。 (自分に言わせれば)


この中でも特に酷いのが、何度も敵に操られても反省しない某竜騎士さんです。 ガリ

何故、反省しない?

何故、対策しようとしない?

そして何故、他の仲間キャラも、そんな奴を簡単に許してしまうのか?



この「何故?」の答えは簡単です。

シナリオ考えている人が、深くそういう葛藤について考えたくない人だからでしょう。
だからキャラの脳みそが空っぽなのです。


「自分の行動が操られる」というのは、ある意味で、この世で一番恐ろしいことだと言ってもいいのではないでしょうか?

「ある瞬間から哲学的ゾンビに変換させられる」とかよりも、ずっとずっと恐ろしいことのはずです。

そんな目に遭っているのに何も考えないというのは、おかしすぎる。

それは、キャラクターが頭空っぽの藁人形ということです。

だから、自分はFF4の登場人物全員に感情移入できない。


他のFFの「操られ展開」について考えてみましょう。

・FF7

シナリオ前半、クラウドがせっかく手に入れた黒マテリアをセフィロスコピーに渡してしまうという「大失敗」をやらかします。

そのときのクラウドの超セリフ。

「ウヘヘヘヘ…俺は何をした!」

キャラクターが崩壊します。 馬乗り殴打。
そしてその後、自分自身が信じられなくなります。

本来、それくらい衝撃的な事のはずなのです。 自分の肉体が勝手に操られるということは。


そしてシナリオ中盤、クラウドが再び操られ、黒マテリアをセフィロスの本体に渡してしまい、メテオが発動してしまいます。 シナリオ中最大級の「大失敗」です。

この後、クラウドの自我は本当に崩壊してしまいます。

「特にティファ・・・さん。本当にごめんなさい。」

この展開の、プレイヤーへの衝撃はある意味凄いことです。

「エアリスの喪失」以上かもしれない。 何故ならこれは、「主人公像の喪失」だから。

(そして、今度はプレイヤーがクラウド像を「再獲得」するワケだが・・・)
(それは、本当に凄いことなのだが・・・)
(ああ、FF7について本気で語りたくなってきた・・・)

そして、まぁ、「何故クラウドはセフィロスに操られるか」というにも、ちゃんと深~い理由があるわけですよ。


・FF8

FF8は言ってみれば「操られの物語」かもしれません。

シナリオの最も根幹に関わる「ジャンクション」は、他人の脳みそにリンクする行為です。


ストーリー後半、
リノアがアルティミシアに操られ、アデル・セメタリーの封印を解除してしまう展開があります。


さて、そのあとリノアはどうしたか?

自分が再び未来の魔女に利用されることを恐れて、今度は自分自信を永遠に封印しようと決意するのです。

その時主人公はどうするか?

その上で、世界の全てを敵に回すとしても、魔女リノアを開放させることを決心するのです。

・・・
一回「操られた」だけでここまで深刻に考えられるからこそのキャラクターだと思うんですよ!

そして、単に無策で自分勝手に行動してるワケではありません。

FF8の主人公たちは
「未来から干渉してくるという魔女」という、通常打つ手の無さそうな強敵に対して、
「そのジャンクションの逆手を取る」ような対策をちゃんと講じるのです!



この展開が熱いんじゃねーか畜生! RPGかくあるべき、だよ。 

後手後手のアホしか集まってないようなRPGにはもううんざりだ!

悪役の悪事を追いかけるだけのRPGはうんざりだ!




ドラクエ8は何をした?

ドルマゲスの杖による、アホみたいな操られ展開をしばらく繰り返した後は、
結局過去の賢人の力を借りて、封じられていた過去の化物を倒したってだけじゃないか?

過去・・・過去・・・

そんな話から何を感じ取ればいいのか。 何もありゃしない。

過去形にされるのはごめんだ!


まぁとにかく

「操られ展開」で、そのRPGの登場人物の脳みそのレベルが測れると思うのです。 (ライターの脳みそもね)


いや、「操られ展開」自体は、RPGの王道でしょう。 それを「削れ」とか「禁じろ」とは言わない。

主人公級の登場人物が、大チョンボをやらかしてしまう。

それは衝撃的展開であり、
また悪役への畏怖を強める展開であり、絶望感であり、
または、敵にとって有利にシナリオを進めるための必殺カードであるかもしれません。

そんな「便利カード」であるからこそ、そのカード切ったあとの事後処理で
シナリオの「程度」が分かるというモノです。

・操られることに恐怖・絶望すること。
・操られる対象には理由があること。
 (誰でも彼でも操れていいワケじゃない)
・操られたことに対策を講じようとすること。 
・操られた仲間に対するフォロー、疑心暗鬼等、複雑な感情を抱くこと。 
(今度は誰が操られる?) (もうすでに誰かが操られて、紛れ込んでいるのでは・・・?)
(単純馬鹿のパーティーじゃつまんない)



そういうのが無いと、お話にならない。


にしてもドラクエの登場人物ってホント
人の良さそうな人が普通に人が良かったり、
性格の悪そうな人が普通に性格悪かったり、
意地悪な人が普通に意地悪なことをしたり、
人間の描き方が単純過ぎる気がする。 (良くも悪くも勧善懲悪ってことか?)


ドラクエ8には「胸糞展開」が多いです。


そりゃー自分は胸糞展開「好き」ですよ!??

でも、ああいう、「性格の悪い人が酷いことをするだけ」の最も単純な胸糞展開は、嫌いです。
質が悪いから。

自分は胸糞展開が好きだからこそ、好みにはうるさいんですよ!


もっとこう、性格いい人が仕方なく他人を傷つけてしまうとか、
何も悪い事してない人が無実の罪で良識ある人達から酷い目にあうとか、
何の悪意も無さそうな善人ぶった住民達が、実は裏でえげつないことに加担してるとか・・・
(FF9のダリの村で、住民全員が地下で黒魔道士を作って出荷してるのとかね)

そういうのがいいんじゃないか。
「狂四郎2030」のアルカディア編みたいな、見事な胸糞をやってみろよ、と)



なんだよ。 「犬の餌食べさせる」とか、面白くもなんともないよ。 どういうセンスだ?

ああいう単純な、あからさまな「ヘイト稼ぎ」みたいなイベントって、
実際にやられると、別に登場人物自体にヘイトは向かないんだよ。

たたただ、イベント製作者の「下品さ」に呆れるだけ。


登場人物以外の人間について考える


脇役に限らず、その世界に生きるモブの人々
そういう人々の描写にどれだけ力を入れているかが、その大作RPGの下限かもしれない。

・端々の人々がどれだけリアルに息づいているか。
・どれだけ下々の人間の生活感を、その世界観に寝付かせた上で、感じさせる事ができるか。


モブにこそ、そういう「マジ度」が試されているのだよ。


ここで、自分は「衛兵」に注目するのです。

例えばドラクエの衛兵なんかは一日中、定位置につっ立っていて、
同じセリフをロボットみたいに吐くだけでしょう。

つまりそこに命が宿っていないのです。 「ここはナパの村です」  「ハマジリの町へようこそ!」

用意する人が、モブなんて「記号」でいいと思っているのです。


この点で対極的なのが、前にも言った究極のアンチドラクエRPG「MOON」

このMOONというゲームの衛兵は、本当にものすごく良く作りこまれている。

・衛兵にも生活リズムがある。 寝起きする。 居眠りもする。

・衛兵にも巡回路がある。

・衛兵にも趣味がある。 夢がある。

・衛兵にも家族がいる。 離れて生活している子供がいる! 


モブにも人生の深みがあるんだ!!  モブは!! モブの命は!! 価値があるんだ!! (号泣しながら)

(これは本当に凄いことだと思う)
(スカイリムの衛兵にもいちおう生活リズムはあるが、
 それでもアイツラの人生には「どいつもこいつもヒザに矢を受けてしまっただけの過去」しかないのです)
(つまりMOONはスカイリムを超えた・・・!?)


まぁそういうことですよ。

下っ端の登場人物が「立て看板」と同じようにしか感じられないRPGなんか、やったって仕方がないのです。


なぜ仕方ないのかと言うと、
そんな「立て看板」しか並んでない街が、世界が、危機に瀕したとしたって、実の所どうでもいいではないですか。

ちゃんと個々人が人生を歩んでいるからこそ、その世界を守りたいと思うし、
その世界が崩壊した時に、心を動かされるワケですよ。

(七番街スラムの崩壊・・・)
(コレルの崩壊・・・)
(ニブルヘイムの全焼・・・)
(トラビアガーデンの崩壊・・・)
(ブルメシアの崩壊・・・)
(クレイラの崩壊・・・)
(アレクサンドリアの崩壊・・・)
(キーリカ島の崩壊・・・)
(ホームの崩壊・・・)


FFはちゃんと「世界観に密接した人々の生活」と、その「大規模な破壊」が、常に全力で描かれています。
更に場合によっては「復興しようとする姿」の描写にも力を入れている。 9は特にそこが良い!
(「復興」をキチンと描いているゲームは実はとても少ない、気がする)


一方、ドラクエは「都市の崩壊」とかちゃんと描けているか?
なんか、「ドムドーラ」みたいな、「最初から崩壊してる場所」みたいなのしか、お出しできていない気がする。
(まぁなまじ描けてたとしてもね 前述のとおり「看板」だからね)


自分がドラクエの展開に「緩急」を感じないのはこういうことだったのだと、これを書いていてよく分かりました。

構造的にディザスターが描けない、描く力量がない、描く気も無い、そんなのを大作RPGと言っていいのだろうか?


「看板」しか並んでないドラクエの世界なんて、本当にラスボスに支配されたって全く心が傷まないのです。 
世界の半分を貰っちゃっていいのです。
「こんな世界滅びちゃえばいいよ」 ~あにぃもそう言っている。 
そんな世界は救う意味が無い。 そんなRPGは遊ぶ意味が(ry



ちなみにFFの衛兵はどうかというと、
FF9の衛兵が結構巡回の交代とかしてたりして、実は細かいです。

脇役の討伐隊にも人生がある。 FF10のミヘンセッションですね。


それ以外の一般人について

モブについてもうちょっと言うと、
FFは一般人の「意識」も面白いですね。

例えばドラクエだと、他人んちの住居に入ってその家のタンスとか漁っても、家人は何も言わないワケです。 
未だにそんな作りで「いい」と思っているのです。


でもFFは、遅くとも7の頃から、その惰性的姿勢に対する「疑問」を発信し続けているのです。

例えば、
FF7ではミッドガル五番街スラムの少年の引き出しを勝手に開けて5ギル盗むと、少年はガッカリします。
でも、そこで取らないでおいてあげると、後でエーテルターボが貰えるのです。 (地味ですなおい)
他にも勝手に宝箱を開けようとするとプレイヤーを驚かせる反応をする箇所あり。


FF8では、とある民家の棚を勝手に開けると
老人が「あぁ……!! それは……わしの……へそくり……じゃ~」と絶望する。
それをやってしまうとHP回復のフクロウの涙を飲めなくなる。 (老人いじめて……ひどい奴じゃのぉ……)


FF9、多分これも色々あったはず。
あと他人の家に勝手に入ると怒られる場面も。



まぁこれも全部ドラクエの、
・主人公様以外は人間じゃねえ!
・主人公様以外は搾取されて当然!
・主人公様は強盗のような行為をしても許される!
・住民のものは主人公のもの、主人公のものも主人公のもの!みたいなジャイアニズム

に対するアンチテーゼですね。


主人公達以外には人権はないのかよと。 
主人公以外はゾンビなのかよと。
そんな人を人とも思わないような態度で
世界中で略奪を繰り返している集団が、世界を救って皆から感謝されるなんて、チャンチャラおかしいワケです。


そもそも、人々の「生活のリアリティ」というモノがドラクエには圧倒的に足りません。

もっというと世界観の詰め方

ファンタジー世界とはいえ、彼らがどのように生活しているのかにリアリティは必要です。

なんとなく「こういうもんだろ」で作っていてはいけません。
(なんでこんなに厳しく言うのか、その理由は後で話す)


・モンスターと人々の関係性


・モンスターはどれくらいの脅威で、人々はどれくらい虐げられて生活しているのか


・そもそもモンスターとは何なのか。 どのように現れるのかor繁殖しているのか
(FFはこの辺に綿密な設定アリ。 ドラクエはどうだか。 モンスターはそういう「記号」ありきとして用意されている)


・モンスターによって生活が虐げられているなら、
 人々の交通、移動手段、流通、通信手段はどのように成立しているのか



この辺、FFは特っっっに8が気合を入れています。 FF8は「移動」が、凄い。

モンスターは月から生み出される。
通信はある国家による妨害電波によって制限されている。 などの詰め方は元より。

そして、アルティマニアを見たら分かる通り、
各都市間で利用できる、電車、バス、レンタカー、船舶、などの設定がもの凄い細かいのです。 マニアか!


「プレイヤーの移動手段」というのは実はものすごく重要です。
「徒歩」についても。

シード試験の時にゼルが「空飛ぶボード」を使おうとしますが、教官に没収されてしまいます。
↑この、何気ない一連の流れが実はとても重要なのです!

つまり、世界観としては、人々は結構便利な移動手段を使っているけど、
まぁ今は大人の事情で使えないからガマンしてね
、という感じ。

で、それ以外のミッションで利用する車とか船とかシャトルとかの演出は本当に凄いです。

「移動手段のリアリティ」という点に注目して、FF8をやり直して下さい。 その偉大さを再発見できます。


・各都市の歴史、成り立ち、地理、自然、生産、外交、軍事・・・
同様に、このへんもFF8、FF9がその極みです。

アルティマニア見ると、本当に各都市の背景設定が滅茶苦茶細かく練られていることが分かります。

FF9は、南ゲートを冒険してるあたりかなぁ。
あのへんの車両の成り立ちだとか、誰が何年に建造しただとか、そういう設定がちゃんとあることに感動したよ。


とにかく、何となくそこにワールドマップがあって、
何となく各都市が色んなとこに散らばってる、じゃダメなのです。



何故、「プレイヤーの移動手段」にリアリティ・説得力が必要なのか。

その辺を疎かにすると、
「なんで世界を救おうとしている連中がノロノロと徒歩で移動してんだよ!!」ということになってしまうからです。
急ぐ気はないのかと。
全力出す気はないのかと。
みすぼらしくはないのかと。


それでも
人によっては、移動手段の設定を詰める必要性や、
実際にFF8等が成し遂げていることの凄さが認識出来ないかもしれません。

でも、一度このレベルのことを意識するようになってくると、
もう二度と、その辺が煮詰められていないRPGは出来なくなってしまうのです。


ところで、「徒歩」といえばFF10のユウナの旅は徒歩がメインでした。

あれは、どういうことか。

「巡礼の旅」をしているので、むしろ徒歩でなければいけないようにしているのです。

召喚獣を集めるために、各地を「お遍路参り」しているのです。



これは物凄い逆転の発想です。

徒歩による巡礼の旅自体を、序盤の目的にしてしまう。

そして、機械(マキナ)がご謹製であるという世界観・宗教観をしっかり構築しておく。

だから、召喚士様が乗り物にのって移動しちゃいけないのです!


FF10にワールドマップが無いのは必然ですね。
巡礼の旅をしている召喚士さまが、逆走したりしてたらバカバカしいのです。

勿論、旅の目的が一点して、全ての前提が崩壊したら、
むしろ飛空艇でワープしまくっていいようになるのです。


・・・
つまり、
もし本気で「徒歩の冒険」を描きたいのなら、それだけの設定を予め敷かなければならないということ。


一方ドラクエは?

姫様に馬車引かせてるんじゃないよ!

だいたい主人公以外の人間たちが、馬とか「キラーパンサー」をどのように利用しているかのビジョンが全く見えてきません。
(FFは「チョコボ」とかが馬の代わりに普遍的に利用されてるのが分かります) (チョコボ騎兵団とかいる 死ぬ)

つまりドラクエは、主人公以外の人間達があらゆる営みを、実のところ「していない」のです!!

物事の捉え方が自己中心的過ぎます。 そういうのはとてもダサい。 ガキの作るラノベです。


・ここでちょっと、『馬』について考えていきます。

もっというと主人公に限らず、
その世界の人間が「普段どういう乗り物に乗っているか」というのは本当に重要です。


この辺を疎かにするとどうなるかというと、「人間同士の闘争を描けなくなる」のです。


実はFF世界には、「馬」というモノが「不在」です。 いないのです
チョコボが、馬の代わりを全般的に担っているワケです。
(例外として、一部のモンスターや召喚獣に馬はいるが) (スレイプニル メズマライズ アムドゥシアス)

何故居ないのか?
それはもし居た場合、戦闘において騎乗しないのは不自然だからです。
(騎士といっておきながらね)

ですが、ファンタジー世界として騎乗メインの戦闘は、なんかヘタすると「時代劇」になってしまうのです。


この辺のことを考えると、恐らくチョコボは、ナウシカの「トリウマ」を上手くパクったのだと思います。


ナウシカの「トリウマ」は、この辺のことを考えぬいた結果、生み出された動物でしょう。
(安易な「時代劇」にはしたくない。 だから、馬はダメ)
(だから、アシタカも、架空の動物「ヤックル」に乗っているのです)

戦闘、移動、輸送、恐らく食用にも使える、その世界を成立させる『馬ならぬ馬』
これを用意しなければいけない。

その上で、絶滅した超巨大鳥類の「ディアトリマ」を復活させた。
天才的発想です。 (ネーミングすら天才的! ダブルミーニング!)


チョコボは、その「天才」を見習った。
そのおかげで、FFTやFF10で、チョコボ騎兵による戦闘や設定が、とても活きているのです。


一方のドラクエは、多分何も考えていなかったのでしょう。

馬とキラーパンサーが同居しています。

馬が存在するくせに、一般人は全然馬に乗る様子がありません。 キラーパンサーにも乗りません。

(だいたい肉食獣に乗るというのがナンセンス)

騎兵の戦闘なんか力量的に描けないので、ドラクエ世界には人間同士の大規模な戦闘というものが発生しません。

だから、毎回毎回、ドラクエの戦いというものは、
主人公御一行様と、魔物達の「なんとな~くの戦い」の連続だけになるのです。 しょうもない。



分かりましたか?

「その世界の普遍的な乗り物」について考えられないと、戦争を描けないのです。 
そうなると、あとは描けるのは「桃太郎」だけになるのです。 それはとてもダサい。


FF8の、ガーデン同士の戦争。

ガルバディア兵は、カタパルトで飛ぶバイクや、フライングプラットフォームみたいな兵器など、
色々な移動手段を利用してバラムガーデンに攻め込んできましたね。


そういうことです。
乗り物について深く考えることが出来ると、戦争をダイナミックに描けるようになるのです。


・エネルギーや生産、雇用体制等はどうなっているのか そもそも魔法とはなんぞや?召喚獣とはなんぞや?

FF7の魔晄エネルギー、ライフストリーム、マテリア、星命学、独占企業都市
(現実世界の石油問題と輪廻転生を繋げ合わせたような世界観は本当に凄いです)

FF8の擬似魔法システム、ジャンクション、月の涙、魔女と騎士、傭兵と学園都市の関係

FF9の霧機関、蒸気機関、黒魔道士とジェノム、イーファの樹、命の循環

FF10のスフィア、幻光虫、異界、機械と人間と宗教の関係
・・・


全て、世界の成り立ち、そこで人々が生活している事に説得力を与える為の緻密な設定が敷かれていることが分かります。


ドラクエ・・・なんかありましたか? 



「その世界の技術レベルがどのくらいなのか」、というのはとても重要です。


「エンジンを創る技は既に失われて久しい・・・」 
↑ 原作ナウシカのこういう語り口ってもんのすごいワクワクしてくると思いませんか?
それこそが「RPGの世界感に浸る楽しみ」に通じていると思うのです。 醍醐味です。

(FF10の「マキナ」、ゼノギアスの「ギア」とかまさにこれ)
(オーパーツ ロストテクノロジー)


なんとなくの生活水準、なんとなくの技術レベル、
なんとなくの石器時代で生きてる奴らの生活に触れたって、ピンと来ないのです。


ドラクエの世界に「カジノ」があるんだったら、じゃあ電気とかコンピュータがあるのかよ?となります。
(特に8のカジノのビンゴマシンとか完全にコンピュータ制御でないと無理)

でも、あの世界には発電機も電線も見つからない。 そんなテキトーさは、「子供だまし」というのです。

そんなにフリーダムなら核兵器でも作ってラスボスに撃ち込めよ、ということになってしまいます。

(いや、実際ドラクエ9に「スカッドミサイル」って技が出てくるわけですが・・・もうアホらしすぎてね)

(そもそも「ゲーム内ミニゲーム集としての面白さ」で競っても、
 ドラクエのカジノじゃゴールドソーサーには逆立ちしても敵わないワケですが)


本当に、ドラクエには世界観の構築というものが何もないのです。

もう「なんとなくの中世西洋ファンタジー感」「なんとなくのドラクエ感」しかそこには無いのです。 フワッフワです。 
なんかラノベの「異世界」っぽいですね。

こういう姿勢のモノに触れると、その「そこから何も得られなさそうな感じ」にクラクラくるのです。 自分は。、


ここで突然の宮﨑駿。 



「架空のファンタジー世界を構築すること」について考えるとき、
なんかこの辺の、宮﨑駿の意識・言葉が、ドラクエには全部突き刺さりまくる気がする。

ちゃんと出来てる世界の一部を切り取らなきゃダメ

・そういうことをしてないと「訳の分からないモノ」になる 

「訳の分かんない」ものは分かりやすいけど・・・
 (ああ、ドラクエ世界の分かり易さってそういうことかと腑に落ちる)

・そういうモノは「記号」になってすぐ出てくる (まさにドラクエは「記号の塊」だから)

・そこで生活してる人達がどこで昼飯食ってるかが見えてくるような世界を構築しないと


記号と脱記号。

自分は
FFには、宮﨑駿いうところの「大ウソ」を全力でつこうとしている意気込みを感じるのです。

ドラクエにはそれを微塵も感じないのです。 
最初から「この世界はゲーム用のつくりもんですから」「子供用のオモチャですからヘヘヘ」って開き直ってる感じがする。


えーそういうこと考えない?
考えるよ!
普通考えると思うけど



えー、という訳で

ストーリー、

戦闘システム、

成長システム、

世界観、

・・・
この辺りの観点で全力で比較した場合、ドラクエからは特に何も得られそうもない、という感じしかしないのです。 
悪い見本です。 子供の絵本です。 頭空っぽなのではないかと思ってしまいます。 
「想像の余地」とかそういうレベルではないです。


◆キャラクター

では次にキャラクターの魅力、 キャラデザ辺りに行ってみましょうか。

この辺になると、「好み」とか「個人の主観」とかの領域になってくるので、
いくらニートにボロクソ言われても最終的に無視すればいいだけなので、安心ですね。 (さて本当にそうだろうか)


FF 野村哲也 (天野喜孝) VS ドラクエ 鳥山明
なワケです。


これなら世間一般的には「ノムリッシュwww」とか「天野喜孝って実は絵下手くそだろwww」とかで叩かれがちですから、
まぁドラクエに軍配を上げる人も多いのではないでしょうか。

でも自分はそういうのどうでもいいんですよね。 (ズルい)

もっと重要なのは「内面としてのキャラデザ」です。


例えばFF7のクラウド

クラウドはパッと見、タダの「クール気取り」の「厨二キャラ」に見えます。 「興味ないね」

でもそこが見事な引っ掛けであって、野村哲也はそういうのお見通しでキャラデザしているワケです。

実際のクラウドは、まぁ紆余曲折ありまして、そういうのを「演じている」だけなのですね。

全て借り物の擬似人格だったということが明らかになった上で、「本当の自分」を見つけるのです。 
(これもよく言われる「自分探し」とかの次元ではない) 
(ティファ周りのこの伏線回収は本当に感動的なのです)

つまりクラウドというのは「厨二を2週くらい超えた先にあるようなキャラ」なワケです。
「中二病」なんて言葉が流行る数年前から、既にその地点をとっくに超えていたのです。



同様にFF8のスコール

これもまたクール気取りの無口キャラです。 「壁にでも話してろよ」

が、実際のスコールは他人の評価を気にするがあまりコミュ症になった結果のようなキャラなのです。 対人恐怖症。
「壁にでも話してろよ」が見事なカウンターで返されるのは素晴らしい。

これもコミュ症だとかKYだとかの言葉の無い時代にそのようなキャラを産み出し、
パッと見カッコいいけど、実は対人スキルの皆無なキャラが、色々挫折しつつ成長する姿が描かれているワケです。


FF10のティーダ

ティーダに関しては、まぁ性格に関しての二転三転はありませんが、
ストーリーに関する点で、どんでん返しがありますね。

もうネタバレ全開で書くけど、
まぁFF10は、初見なら「どうせユウナが死んで世界が救われるんだろwww」と高をくくっていたら、
実は「世界を救おうとするとティーダが消える」というどんでん返しになっているワケですが。

ティーダは「街全体の思い出を召喚し続けるラスボス」の残り香のような存在だと分かるのです。
分かりやすく言うと「夢の中の登場人物」みたいなもんですね。 凄い主人公が居たもんですね。
だからラスボスを倒すということはティーダも消えてしまうということなワケです。
凄いですね。 つまりラスボスに挑むティーダとは「夢を醒まさせる夢自身」なのです。

そうやって考え出すと、

「ファイナルファンタジー」→「最後の幻想」→『夢を終わらせる夢』みたいに連想されていき、

なんと「『ファイナルファンタジー』とはティーダ自身のことなのでは無いか」なーんて風に思えてきます。
この点で、自分は10以上に「タイトルがFFに相応しいFF」は無いんじゃないかとすら思っているのです。

ああ、なんと凄いキャラ作り。


・・・
・・・・・・
てなことを、気持ち悪くも考えるわけですよ。


自分がFFのキャラ、主人公像について思いを馳せる時、このような考えが頭を駆け巡るのです。
キャラの苦悩と成長、出自、成り立ち、その二転三転具合・・・。


一方ドラクエの主人公は何ですか?

勇者の末裔?
なんか強い? なんか呪われない?
なんか喋らない? なんかお人好し? (普段やってる事は強盗なのに?)

サザンビーク? エルトリオ? グルーノ? ウィニア? 竜神族のハーフ? 
(固有名詞でたらい回しにすれば、関係性に深みが出るとでも思ってるんですか、と)

ドラクエの主人公ってなんか精神的に成長しますか? (これもまた喋らない主人公の弊害ですか?)

そんなんでキャラクターに魅力があるとか言えるのでしょうか?

せいぜいが、表層の「勇者的行動」からくる魅力しか無いのではないでしょうか?



こういうことですよ。 「キャラクターデザインの深み」について考えるということは。

ということで、自分に言わせればドラクエも「キャラに魅力が無い」で一蹴なのです。 なんと。 なんとなんと。

「こいつの行動には信念と言うか説得力が感じられない」


◆音楽

次に音楽

これに関しては流石に黙っておこうか。

海外版のドラクエ8はオーケストラアレンジになっているのですが、
それが何を意味しているのか、そのことについて延々と語れる気がするけど、やっぱロクでもないのでやりません。




そんでもって言っとくけど
あくまで個人の嗜好として、自分は植松伸夫が断然大好きです。 プログレ。
(スクエニ系だと 崎元 仁 光田康典 伊藤賢治 浜渦 正志 下村陽子 とかが、好きです。 何並べてんだ)


まぁとにかく、ドラクエ8はすぎやんのBGMによる
「何となくのノスタルジー感」「何となくの旅情感」だけで成り立っていると思いますです。 (つまり雰囲気ゲ(ry)

あ、ワールドマップのBGMならFF7が最高ですね。




さて、ということで、
自分の中で
ゲームにまつわるありとあらゆる要素でドラクエはFFに及ばない、ということになってしまいましたが。


そしてなによりも
ある意味一番大事な「実際のプレイの触感」においても、
やはりドラクエ8には苦行な要素が多かったように思えます。

戦闘がつまんない、
フィールドのエンカウントがウザい、
ダンジョンの謎解き・マップ構造が幼稚・・・

それ以外にも、

人んちのタルを壊し続けたり、 (そして「盗賊の鼻」でまだ残っているタルの数に苛ついたり・・・)

人んちの本棚の本の「どれが読めてどれが読めないか」を一々調べるのが糞ダルかったり、


あとは錬金釜もダメダメでしたね。

あのバリエーションと、あのアイテムの希少性と、あの時間のかかりっぷりが組み合わさり、とてもダメです。
試行錯誤もクソも無くなります。

スキルポイントの振り分けに指針が出ないのと同様です。
そういう「ゲーム内情報」「ゲーム内ヒント」が貧困な状態で、プレイヤーの試行錯誤を妨げてしまったら、もうオシマイだと思うのです。

何故かと言うと、そういうのはプレイヤーを攻略wikiに走らせるからです。

だからこそ、ゲーム内ヒントはゲーム内で充足させるべきだし、 
(天の声ドルミンさん) (そしてデモンズのメッセージシステムは本当に画期的だった)
そうでないなら、試行錯誤を快適に保証させるべきなのです。


というような感じでした。 これにて要素ごとの分析は本当に終わりです。


ここから別の見方をしてみましょうか。

そもそも「何故自分はそんな風に嫌っているドラクエ8をやったのか」というキッカケの話あたりから。


あれは多分10年以上前、時はPS2全盛の時代
当時は自分もファミ通とかを偶に立ち読みしてたと思います。

で、そのファミ通の「読者ランキング」で、多分ドラクエ8はかなり長期間、ランキング上位の常連になっていたと思います。
(これは確か、ゼノギアスとかFF7とかもずーっと上位になってる、例の奴のことです)

だから流石の自分も気になって、やってみたワケですね。
そんなに面白いのならドラクエ、いっちょやってみようかと。 PS2フル稼働してるし。 で、中古で買ってきた。


んで、その結果がこれですよ。


いや、どういう結果なんだよ、これは。マジで。


読者アンケートでそれほどまでに評価の高いゲームをやった結果、
どう多角的・全面的に分析してみても、自分にとっては突き刺さる要素が微塵も無かった。 得られるモノがなかった。


これは本当に、一体どういうことなのだ?? 


自分はタダの「逆張りマン」なのか??? 自分のセンスが狂っているのか???


でも、自分は今まで書いてきた内容がそんなに間違っているとは思えません。
これでも自分は、自分の書いてきたことに確信を持っています。
そんなにひねくれたことを書いたつもりは無いのだ。



これまで間違った文章を書いてきたとは思いたくないので、
また別の視点から考えてみる。


海外から、インターナショナルな視点で見てみよう。

大別して、この世には「4種類のゲーム」がある ワケです。


1.日本で大人気で、海外でも大人気なゲームがある。 (FF バイオ メタルギア マリオ とか)

2.一方で、日本では売れなかったけど、海外で滅茶苦茶評価されてるゲームがある。 (大神 ICO とか)

3.そして、日本では大人気だけど、海外じゃ見向きもされないゲームがある。 (・・・・・・)

4.最後に、日本でも海外でも人気のないゲームがある。 (これはまぁ数に数えなくていいだろう)


要は、この3番目なのですよ。
モンハンとか、ドラクエとかがコレなのだと思います。 
(ドラゴンボールは世界的に人気だけどワンピースは誰も読まない、みたいな)
(ところで妖怪ウォッチはポケモンになれるかな?みたいな)


土壌的なモノが絡まない状況で、
客観的・普遍的・色眼鏡のない・曇りなき眼で見てみれば、
大して画期的でもない、そんなに面白く無い、中身の無いゲームということが分かってしまうのでしょう。

(でも本当に特殊な場合もあるから一概には言えないけどね)
海外で静岡は売れるけどSIRENは売れなかった
(自分としても、スタッフの事を考えても、SIRENの方がより洗練されてるし偉大なゲームだと思うのに、だ)



で、そんなものが「ある局所的な場所だけで妙に売れてしまっている現実」というのも、実際あるのです。

何故、そんなことが起きるのか。

それは、日本人がゲームの選択において、
「他の誰々がプレイしているから~」
「クラスの誰々がプレイして今話題になってるから~」
というのを重要視しているからでしょう。
(みんなやってるから艦これがどんなクソゲーでも文句言いながら、やる)


つまり、日本の中で一度「既存の流行ブランド」になってしまえば、あとはもう一定数売れるし、一定数評価されるのです。 
大して面白くなくても。 作業ゲーでも。 雰囲気ゲーでも。

そして、その意見がマジョリティになってしまう。

そうなると、人気アンケートというのは「質」ではなくて「量」なので、
プレイヤー数さえ多ければ、凡作でも傑作と同じ並びになってしまうのです。

(人気ランキングが必ずしも質で並んでないのはこういうことです)

(TVでやってる名作アニメのランキングって、見事にゴミが並んでましたよね)
(一方で、「海外のオタクが選ぶ名作アニメ100選」みたいなのって
 いい感じに質アニメをチョイスできてたりするんですよね)
海外アニヲタ達が選ぶ「見る価値のある日本アニメ」作品一覧
(↑数えてみたら、自分はこの63個のアニメの内53は見てました)


つまり「人気ランキングは衆愚・集合痴」ということです。 
「センスある個人の選出」のほうがよっぽど価値が有るのです。


・・・
まぁそういうことなのだと自分は本気で思っています。


だが変ではないか。

「ニワトリと卵」ではないが、
「元々そんなに面白くないゲーム」が突然「既存の人気」をいきなり得てしまう、なーんてことホントにあるのだろうか?


でもこれはまぁ、「ドラクエの歴史」を考えれば分かると思います。

あれは元々、「ウルティマ」をパクって日本向けにフランチャイズしたようなモノにすぎなかった。

時間をかけてレベリングすれば、馬鹿でも先に進むことができ、
「擬似的な達成感」を得ることが出来る、そんなロールプレイングゲーム。 

(だが一体何を"ロール"してるんだ?)

そのようなモノが物珍しかった日本では、そりゃー最初のドラクエは画期的なゲームだったことでしょう。 
(例えそれがタダのパチもん輸入品だったとしても)

で、結果ドラクエは社会現象になってしまった。
「既存の超人気作」になれた、ということです。

そうなれば、小学生のチョイスとしては、学校における「共通の話題」になりさえすれば、それでいいのです。 
ゲームとしての本当の良さも見極められずに、プレイ人口だけが無駄に増えていくのです。
(マクドナルドが一番うまいとか思ってしまうのです)

その結果「ビアンカとフローラどっち選んだ?」なーんていう何の価値もないミームだけが伝搬されていくのです。



勿論このような歴史は、FFにも共通している部分はあるでしょう。


だがFFは、自分自身を常に破壊し続ける革新的な性質があったのです。
(だからこそ自分はFFが好きなのですよ)
(それ故に、懐古信者がすぐに「こんなのFFじゃない!」と毎回騒ぐわけですが)

一方、ドラクエはあまりにも保守的すぎた。
 
(だから自分は下らんと思っているのですよ いつまでも「ひらがな」ばっかりで喋りやがって)
(それ故に、懐古信者には「これがドラクエだよ~」と安心感が得られるのでしょうが)


この差が、自分の中でのドラクエ8の評価とFF8の評価の、あまりにもな差に如実に現れているのだと思います。

FFとドラクエ、どうして差がついたのか… 慢心、環境の違い。




これが自分の思っている「ドラクエ像」です。

オワリ。

空虚なものです。


そんな感じなので、自分は本当にドラクエに興味が無いのです。 


あんなのが「日本の三大RPG」に並んでるのは国辱だとさえ思います。
(そもそも「日本の~」なんて背負って言うからには、「世界的な視点」が無ければイカンと思うのですが)
(前述の通りドラクエは世界から相手されて無いワケですから、別に蹴落としていいと思うのですよ)


(ちなみに鳥山RPGなら「クロノ・トリガー」はやってます。 あっちはまだ好きです)
(「ブルードラゴン」は知りません)


そして8以降のドラクエは9、10とネトゲの方向にシフトしてしまいましたね。
そのことが余計に無関心に加速をかけました。


でもどうなんでしょうね。 ドラクエ11はまたオフゲーに戻るらしいですね。 しかもPS4で。

自分はこんな風に言ってますが、
もしも未来においてドラクエ11が本当に名作だったのなら、別にプレイしてもいいとは思っているのですよ。

チャンスは常にある。
美味けりゃ食ってやる。


ところでホントにドラクエは海外の人ガン無視ですよね。

「超和ゲー好き」のAVGNもたまにFFの話題は出しますし、FFの旧作も大好きらしいですが、
ドラクエの話題なんか一度たりとても出したことありません。  

マザー2くらいなら遊んでるぞAVGNは シンボルエンカウントを評価している)
(あと、悪魔城ドラキュラとコントラの話はいつでも引き合いに出してるが)


外国人の人でドラクエやってるのなんて、自分はケニーくらいしか知りませんよ。


つまり、これだけ日本語ペラペラで、日本の通俗文化に精通していて、シレンジャーなら、
まぁトルネコもやるようになるか、ということですね。


あと最後にフォローですが、



自分的にドラクエ8は面白くなかったですが、あにぃのドラクエ8の実況は本当に面白いと思ってたります。 
これは「過保護実況」という一大ジャンルを築き上げましたね。 

自分はこの実況を、通しで何周か見ています。  
(だからこそ、ドラクエ8のストーリーの酷さも、人一倍痛感しているワケですが)

自分がやってもおもんないRPGを他人がやってると面白いことの理由についてはまた分析しないとね)
(そしてあにぃのFF9実況がドラクエ実況に比べて面白いかどうかについても)




最後の最後にもう全然関係ない話


ああ、
なんかRPG全般について語りたくなってきた。

ホントは山ほどしたい話はあるんだよ。 常に。

自分の思う、名作RPGの「鍵」になってるような要素とか。

それはまた、「原作ナウシカ」の話になるんだが。



自分は、原作ナウシカ7巻
「最初の神聖皇帝になった」の1コマが、死ぬっっっっっほど好きなんだよ。 アレは本当に芸術。



「200年ほど前にもそなたによく似た少年が訪れた」

「ある日少年はこの庭を出て行った 私に書き置きを残して・・・」

「『人間を救いたい』と書き残してあった。 それにヒドラを何匹か連れ出した」

「ヒドラを!? その人はまさか・・・・」

「最初の神聖皇帝になった」



・・・これこそホントの鳥肌ですよ。



自分の好きなFFって、「前任者」が出てくるんだよ。 必ず。

FF7のザックス。

FF8のシドとイデアは、ある意味スコールとリノアです。 
(ラグナだと思った? 違うんだなコレが 「魔女と騎士」としての前任者ね)

FF10のジェクト、アーロン、ブラスカの御一行ね。  
(更に言うと、ユウナレスカとゼイオン

とかとかね。


主人公が今辿っている道を、かつて辿った者が居た。

そして彼らは既に失敗・挫折したか、歪んだ存在になってしまっている。

それを知ってしまった上で、自分たちはどうするのか、みたいな。

果たして、歴史は繰り返すのか?



・・・
まぁお約束だけどね。

「神話級のお約束」ですよ。

それはもう、「集合的無意識に突き刺さるレベルのお約束」ですよ。



全てのRPGはナウシカを目指せ。

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[ 2014/10/18 13:28 ] ゲームプレイ話 | TB(0) | CM(21)
8とかいう駄作はどうでもいいので、DQ5をやってから出直してきなさい。
もっとも、ドラクエはクソだ、という色眼鏡を取っ払って素の状態でプレイすることはもはや不可能かもしれませんが。
[ 2014/10/18 15:27 ] [ 編集 ]
ドラクエファンとして一言だけ言わしてください。
ドラクエの評価は1~3(ロト系で話が繋がっている)、5(ストーリーが三世代、魔物仲間システムが始めて導入、嫁可愛いよ嫁)が高くてそれ以降は売れてるだけのゴミですよ。
ドラクエ8=ドラクエのすべてみたいな書き方はやめてほしかったですね。
FFの10以降に関しても語っていませんし、FF最高のやつ(これだけ熱く語っているのでそう感じました)とドラクエの駄作を比べて語られても…って感じです。

ただ8に関しては全文同意します。
ストーリー全クリしたあと放置したドラクエは初めてでした。
[ 2014/10/18 19:40 ] [ 編集 ]
よりによってなんで8なんだよw
[ 2014/10/18 20:50 ] [ 編集 ]
ここに書かれてることは過去のドラクエにも当て嵌まるから別にどれを遊んでも感想は変わらないと思うけどな。
ライトゲーマー目線だとリッチなコンテンツであることが重要で、
あの手の戦闘とかゲームとしてのお約束とかは、システムデザインやゲームとしてのバランスに拘る人でないともうわからないんだ。
ゲームを総合コンテンツとして楽しむ人とゲームの攻略自体が目的でそれが楽しい人の違いと言ってもいい。
日本人は総じてこの手のタイプ分類をしようとせずにみんな一緒にしようとしたがるが悪い癖。
[ 2014/10/18 21:55 ] [ 編集 ]
DQ1~3なんてそれこそウルティマだろ…
[ 2014/10/19 15:29 ] [ 編集 ]
とりあえずByNEETさんがFF大好きでドラクエが合わないってことはわかった。
ただなー、ドラクエはチュンソフトが作った1~5が評価されて国民的RPGと呼ばれるほど人気が出た作品なんだよ。
2~4を未プレイで8とかいう凡ゲーを歴代FFの人気どころと比べてシリーズ全体を扱き下ろすのはどうかと思う。
一応1はプレイしたらしいけど、
日本にRPGという概念が無かった時代に発売された1を今遊んでも面白いわけがないじゃん。
[ 2014/10/19 16:18 ] [ 編集 ]
リクエストしたものです。ありがとうございました。
僕はゲームを愛しています。もっともっとゲームを知りたいのです。なので、とても勉強になりました。

ドラクエは子供だまし。これに尽きると思いますね。これは僕も強く感じていました。中身がスカスカ。雰囲気ゲーですね。

そもそもドラクエは「一番売れているハードで出す」というスタンスの時点でお察しなのかもしれません。ゲーム作りに情熱のある人は「いい物を作るのに必要なハードで出して、結果売れたらいいよね」というスタンスでしょう。

僕までドラクエをぼろくそに言ってますが、ドラクエは好きなんですよ。でも、なんで好きなのか自分でもよくわからなかったのですが、雰囲気を楽しんでいたんだなと確信できました。

ドラクエは子供だましの雰囲気ゲーである。これが結論でいいのかなと。
[ 2014/10/20 07:15 ] [ 編集 ]
もんじ
こんにちは。
DQとFFの違いに関して、ニートさんの意見は面白かったです(私は一番人気は今でもファミコン版の3だと考えているのですけど、8なのですか……知らなかったです)。
確かに保守的というか悪い意味で手堅いのですよね。それと8に関してもう一つ私から付け加えるなら、海外版と国内版のインターフェイスの違いでしょうか。説明するより見れば分かるくらい違いますので、機会と興味があったら見比べてみてください。あの違いこそ今に連なるドラクエが持つ病魔の象徴ですから。

ただ、ドラクエもファミコンの3は文句無く先進的でした。
昼夜という概念を持ち出した事で世界観に生活臭を加味する事に成長しましたし、人々の営みをより臭く表現していた事には今でも関心しています。昼間は開いてる店が夜には閉まっていて、王様が寝てるから大臣が変わりにセーブポイントになったり、砂漠の街で夜は風俗が営業してたり、夜はお化けが出たり(笑)、そういった昼夜の違いによる『生臭さ』はFFにも引けを取らない出来だと考えています(ファミコン版なら賭博も設定考証としては分かる範囲です。スーファミ版のスゴロクはニートさんの言う通りですが)。それに成長システムも職業ができた事で差別化されていて、転職によってキャラメイキングの自由度が高かったのは今でも覚えています。山奥のダーマの神殿で行うというのも修験者みたいでよかったです(一度辿り着いたらルーラで台無しなのですが)。まぁストーリーはお小遣いのような手切れ金で鉄砲玉になってこいってのは相変わらずでしたけど、バラモスを倒した後にゾーマがまだ居たってのはいい感じで予想を裏切られた思い出があります(今ではそういう展開は当たり前ですが)。

しかしながら、ドラクエが先進的かつ考えられて作られていたのはそこまでだった気がします。それ以降は殆ど焼き回しか真似なのですよね。5の結婚にしてもファンタシースター3が既にやっていた(しかもファンタの方は結婚相手によってストーリーが全く違う)。6の職業システムも3の焼きまわしですし、かつては他のゲームに真似をされていたのが気が付くと他のゲームの真似ばかりをするようになっていった気がします(モンスターズは個人的には面白いですけど、どう考えてもアレの真似ですから)。FFとてドラクエの成功が無ければ誕生していたかわかりませんし、少なからずドラクエの影響は受けていますけど、2の時点でFFは飛行艇や後のサガに連なる新しい成長システムを開発していますし、今となってはニートさんが仰られたようにゲーム性は逆転していますからねぇ。

初めてなのに長々と駄文を書いてしまい申し訳ありません。
まぁ、祇園精舎の金の声(以下略みたいな事だと思います。何にだって終わりはありますから。
あと、ドラクエを外すならファイアーエムブレムを入れて欲しいと考えています。
一応海外でも話題になるゲームですし、生臭さはJRPGでも随一ですので「シミュレーションだろ?」とは言わずにシミュレーションRPGですのでご一考をと思います(ただニートさんはタクティクスオウガの方が好きそうな気はします)。
[ 2014/10/22 16:44 ] [ 編集 ]
私もドラクエはいくつもプレイしましたが、ストーリーを覚えているものはないですね。
ドラクエ8もストーリーは覚えていませんが、プレイ中は面白かった記憶はあります。
ドラクエ8の醍醐味は鳥山明ワールドを実際に自分の手で操作して歩けるところでしょうか。
観光地に行って物珍しさに満足して帰る感じです。
なので私の場合はストーリーとかキャラの人生がとかそんなことは考えませんでした。
観光地の政治事情やその国民の日々の暮らしに興味がないのと同じで、何か変わったものを見たり体験をするだけという楽しみ方です。


逆にFFはなんとなく嫌いです。(7と9をちょっとプレイしただけですが。)
攻撃するだけでキャラのリアクションが長くて、ザコ戦とのテンポの悪さは個人的にかなりストレスでした。
ストーリー面も大長編過ぎると、今度はザコ戦やお使いが煩わしくなってしまいイライラ・・・。(映画でやって欲しい)
そもそもゲームというのは毎日少しずつやるものなのでストーリーが複雑すぎると忘れてしまいます。
子供の頃はボスが倒せないでずっと修行しているうちに数日経ってしまい、やっとボスが倒せたら話が進むのですが、「何の話だったかな?」となってしまうことがけっこうありました。
(ゲームは本のように前のページに戻ってストーリーを確認できないので。)
なのでストーリー面でもドラクエの基本的に一つの街とダンジョンで話の区切りがつくお手軽な感じが結局ちょうどいいと思ってしまいます。

あとこれはFFに限った話ではないですが、グラフィックもリアルになればなるほど良いかと言われればそうではないと思っています。
ゲームキャラは所詮AIによって動く人形なので、めちゃくちゃリアルなのにAIっぽい動きをされると逆に不自然さが増してしまう感じが自分は嫌いです。
それならドラクエのようにマンガキャラの精巧な人形としてゲームの世界で突っ立ってもらったほうが「ああ、君はゲームのキャラだからね」という具合にある意味安心します。

総括するとドラクエはライトユーザー向けでFFはゲーマー向けって感じでしょうか。(スーファミはみんな持ってるけどPSは大人のゲームってイメージありませんでした?うちの近所だけ?)
そう考えると、外人でゲームをやる人はライト層は少ないのでドラクエをやらないのではないでしょうか?
あと海外=アメリカとヨーロッパなので、外人が作っためちゃくちゃな日本を描いた映画(47RONINとか)を日本人が見る気がしないように、日本人が作った中世風の世界に本場の人は馴染めないのかもしれませんね。



[ 2014/10/23 11:14 ] [ 編集 ]
DQは言うなれば子供向けの絵本をすごろくにした感じですから、FFみたいに海外で受けることもないし設定も舞台だけで留まるのも当然でしょう。日本で流行る子供向けのものに外国の大人が興味を示すでしょうか。キャラに魅力を感じないとされましたがすごろくの駒に感情移入できますか。DQは基本的にTRPGのキャラ設定だけを決めたようなキャラが進むたびに絵本のページがめくられるだけ。
まあ言うても私はDQ嫌いじゃないですしFFは5だけしかやったことありませんけど。(というか丁度それくらいで固定画面を見ながらのボタンぽちぽちするだけのRPGの作業感に飽きた)でもそれだけでも密度というかなにかが違うのがはっきり分かりました。子供ながらに「ぼくみたいなのがやるものじゃなくね?」のような感想を抱いたものです。アダルトというか何というか。

あ、でも5だけはプレイして見てください。
[ 2014/11/05 13:12 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 筑前煮 さん


ドラクエは子供向けのモノ。

そういうことも考えます。

つまり自分が過去に言った「ターゲット論」みたいなのが当てはまります。

「子供向けのモノを大人が批判するのはおかしい」


例えば、「少年ジャンプに載っている漫画を、いい年した大人が批判するのは恥ずかしい」
みたいなことも言えてしまうワケです。


それで言えば、「ドラクエは子供向け」という風にしてしまえば、自分の言ったようなドラクエ批判もまた、
恥ずかしい行為だったのかもしれません。


そんなことも思ったりします。


でも、

> 子供ながらに「ぼくみたいなのがやるものじゃなくね?」のような感想を抱いたものです。


これなのですよね。

小学生だった自分の昔の記憶でもそんなだった気がします。

ドラクエは、子供心にも、「子供だまし」だったように感じるのですね。


FFは、そのちょっとダークな感じ、SFな感じ、まぁ、厨二な感じが、
ちょっと背伸びしたい小学生以降にジャストミートする気がします。

ドラクエをプレイする精神年齢層ってよく見えてこないのですよね。

・・・というようなことを思ったりしました。



> あ、でも5だけはプレイして見てください。

で、やっぱり5だけは良いものなのですね。
でも今スーファミもPS2も無いので、プレイしづらいのです。

日本でももっと、PSNのPS2のアーカイブが充実するようになればいいのですけどね。

[ 2014/11/08 10:05 ] [ 編集 ]
>ニートさん

4〜6はDS、7は3DSで出てますよ。4も職業システムがない、固有のキャラを育成するというものなので、パーティ編成を考えたりするのは面白いですよ。ボスによってパーティ変えないといけないですし、4ならまだ楽しめるかもです。キャラ各々のストーリーも割と面白いですし雰囲気も別々ですので割とオススメ。
[ 2014/11/08 10:51 ] [ 編集 ]
数ヶ月前の記事にコメント返ってくるかわかりませんが、トルネコやモンスターズはやってみてどうでした?。
モンスターズは劣化ポケモンでオススメしませんが、トルネコ3は滅茶苦茶面白いですよ!。
ローグライクまったくやった事ない人にもオススメで、結果的に合わなかったとしても一度やってみる価値があると断言します(こんな薦め方は無責任ですけど)。

それと個人的な疑問ですが、>ところでホントにドラクエは海外の人ガン無視ですよね。
これはしばしば事実ですが、ドラクエ8は著名な賞を多く受賞してむしろシリーズでは海外評価が非常に高い方です。

そして同時期に海外で高評価を取ったRPGがFF12。こっちは典型的な国内で罵倒を浴びつつ海外で絶賛されたビデオゲーム。
疑問とは正にこの事で、ドラクエ8が良い点も悪い点もJRPGの極地といって良い作品なのに対し、FF12は外人にとってJRPGの保守的で受け入れがたい所がことごとく変わっていたので海外受けがとても良かったという作品。

この対照的な日本のゲームが、同時期異例の大絶賛を受けた事は本当謎です(異例というのはFFでさえ当時既に無視されつつあるシリーズだったため)。
[ 2015/03/20 22:00 ] [ 編集 ]
コメント返信
> メルモン さん


> 数ヶ月前の記事にコメント返ってくるかわかりませんが

どうもです。
この記事、コメントがつきすぎて嫌気が差して逃げてしまったのですが、
こんな風に時間差で付いたコメントには返信してしまうので自分はまったくフェアではないですね。


> モンスターズは劣化ポケモンでオススメしませんが、トルネコ3は滅茶苦茶面白いですよ!。

トルネコ3ですか。
これも、自分がやるとしたら
PS2のアーカイブとしてPSストアで配信してくれないことには遊べない感じですねぇ。


> これはしばしば事実ですが、ドラクエ8は著名な賞を多く受賞してむしろシリーズでは海外評価が非常に高い方です。

ほうそうなのですか。これは全然知らなかったですね。 
(「ドラクエ 海外」とかでチラッとググっても評価されてないことしか出てこない感じだったので)

自分はFF12が海外でバカ受けなのは知っていましたが
(なんかニューヨーク市がFF12記念日とかを作ってしまうくらい)

確かにここまで両極端なJRPGがどちらも海外で評価されているというのは
面白い現象ですね。 これは喜んでいいのでしょうか。

やはりオーケストラアレンジが効いたのでしょうかね。

[ 2015/03/27 17:01 ] [ 編集 ]
海外版ドラクエ8はオーケストラアレンジ、英語フルボイスに加えFF12の体験版がついてました。
それだけでヒット出来た訳でもないでしょうが、売り上げに大きく貢献したのは間違いないでしょう。
例えていえば、FF7の最強データ目当てにチョコボの不思議なダンジョンが売れた様に。
例えていえば、FF15の体験版目当てにFF零式HDが売れた様に。
例えていえば、バイオハザ(ry
[ 2015/04/01 06:31 ] [ 編集 ]
「最初の神聖皇帝になった」のコマ本当にいいですよね…!
「前任者」の行も非常に共感しました…!
いいですよね、主人公と対等以上の理想と力を持っていた人物が過去にその道を通り既に失敗していたの。
[ 2015/07/13 16:35 ] [ 編集 ]
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> No146 さん



> いいですよね、主人公と対等以上の理想と力を持っていた人物が過去にその道を通り既に失敗していたの。


ですね。

自分が好きなRPGの要素を分析すると、
本当にナウシカ的な要素が見つかることが多いです。

[ 2015/07/18 13:42 ] [ 編集 ]
まあドラクエなんて全作駄作だしね
FFなんとか比べては可哀想なのは分かる
何一つFFに買ってるところの無いシリーズ
それがドラクエシリーズ
5だの3だの持ち上げてる信者も8と大して変わらない駄作なのにほんと哀れ
[ 2016/02/22 18:54 ] [ 編集 ]
ドラクエについてではありませんが
スカイリムのどいつもこいつもヒザに矢を受けてしまった過去って
もはやギャグというか狂気にすら見えるというか世にも奇妙な物語に通ずるレベルで
そこはある意味じゃ面白いと思います
逆に
[ 2016/03/15 02:29 ] [ 編集 ]
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> 名無しさん


> スカイリムのどいつもこいつもヒザに矢を受けてしまった過去って
> もはやギャグというか狂気にすら見えるというか世にも奇妙な物語に通ずるレベルで
> そこはある意味じゃ面白いと思います


確かになんかホラーの領域ですよね。

もっと進んで、
こういうのを叙述トリック的に、逆手に取る演出も可能なんじゃないかと思ったりします。


どの街に言っても衛兵が同じようなことを言っている。

最初は違和感を感じるけどそのうち「まぁこういうモノか」と何も思わなくなり始める。

でも実は
それはセリフをコピペしてるということでは無くて「本当は同一人物であったのだ!」みたいな衝撃の事実につながってたりする。

そしてそれが推理要素になったりとか。

違和感を忘れたころにトリックに使うというのは手だと思います。


まぁ何言ってるか意味不明ですが。



あと「千夜一夜物語」だったかなぁ。


街の住民がどいつもコイツも片目を怪我している。
凄く不思議な風景。 でなんでそんなことになっているのか住民に尋ねると・・・

みたいな感じの強烈な「引き」の話があったと思います。


そういうことだって出来そうですよね。

[ 2016/03/17 08:28 ] [ 編集 ]
ドラクエって最初ほう以外クソです
製作側の自己満足です・・・・

・敵に知性を感じられない
 主人公「あの迷宮にボスが居るらしいぞ」
 仲 間「いってみよう」
 迷宮へ・・・・
 主人公「もうすぐ深層部だぞ」
 ボ ス「待っていたぞ」

 なんで待ってるんだ?逃げたり、罠ぐらいしかける知恵はないのか・・・・

・カジノで一攫千金させる気はさらさら無い
 ダブルアップ等の上限
 払い戻し枚数の不公平
 メダルをゴールドに換金できない

・プレイヤーに自由な進行や選択を与える気はさらさら無い
 DQ8のポイント付与で、「このレベルではこれ以上上げれません」
 「この用事やって」「いいえ」「そんなご冗談を」「この用事やて」・・・
 DQBにて「この先は不思議な力が働いて進めません」

・ドラクエ愛好者の怖さ
 信仰心過多判断力過小なので会話不能
 文化の墨守のみが正義で、代案やアンチテーゼはすべて悪口
 
[ 2016/04/17 18:51 ] [ 編集 ]
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