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VSシリーズ至上主義者

 
あんなバカな文章書いてる場合じゃない。
川北紘一監督が亡くなってしまったのである。

正直にいいたいことを言う。

最近はホントに、口を開く度に碌でもないことばっか吐いてる気がするけど。 もう知らん。

バトラ

それにしても「ゴジラ60周年」とかでも特になんか描いたりするつもり無かったのに
人が死ぬと「なんかやらねば」って思ってなんぞ描いてしまうから、人間って勝手なものである。
なんでバトラの絵なのか。 まぁそれは後で。


レジェゴジのとき、まぁ自分でも「話の分かりそうなこと」を書いたけど、
ぶっちゃけ好みを言ってしまえば、自分は日本のゴジラなら「VSシリーズ」がぶっちぎりで好きだし、
ガメラだと「平成ガメラシリーズ」が超絶好きな、分かりやすい人間なんだよ。


でもだ、
カウンターでこれを叩く人も結構いる。 それは良く知っている。

「VSシリーズ至上主義者うぜえ」とか、
「VSシリーズが好きな奴は何も分かってない」だとか、そんな感じである。

でも、自分に言わせれば、
どうして「VSシリーズが一番好きだ」と思っているだけで、そんなに叩かれなきゃいかんのだ?とはよく思っているのです。

人が普通に「VSシリーズ」や「平成ガメラ」が好きなの知ってるくせに、
聞こえよがしに悪口を言ってくる人とかいる。 ツイッターとかで。 なんなのかと思う。 (・・・ブチ殺すぞ)

なんでこんなことで、阻害感や劣等感を感じなきゃならんのだ???


こちらから言わせて貰えば、
「何故VSシリーズが一番優れていると感じているか」根拠は、ハッキリあるんだよ。 
それでもVSシリーズをそんなに叩きたいのなら、
むしろ、「他を持ち上げる理由」と、「VSシリーズだけを貶す理由」の方を知りたいくらいである。

だから
まずは自分から、その「根拠」の話を延々としてみるのです。


そのことによって、
「単に自分が思い出補正だけで好きになっているような人間ではない」
ということを主張したいのです。

(というか、自分に言わせれば必要以上にVSシリーズを叩いている人が、むしろそれ)
(自分の世代を異常に美化している結果の、VS叩き)
(根拠がないのに、「反感」だけで叩いている印象がある)
(何故なら、大抵のVSシリーズのダメな部分は、他の昭和やミレニアムにも共通しているのだから)


というわけで、VSシリーズが傑出している点はどういうところなのか、ということを
具体的に、ちゃんと説明していきます。

これを説明された上で、それでも「VSシリーズは他のゴジラよりダメダメだ」とか言いたい人は
これ以上にハッキリした根拠を提示しやがれと、自分はそんなことを言いたい。

いや、もう構わんでくれ。 ツッコミも賛同もホントに要りません。 自分はもう、言いたいことを垂れ流すだけです。



 


VSシリーズの優れている所のお話 VSシリーズ讃頌


VSシリーズが他のゴジラに比べて優れている点。
まず最初。
それは、「空気感」です。  これね。もう。

他のゴジラには、これが圧倒的に足りてなかったりします。
そしてこのことは、「そういう視点」でもって物事を見てないと、分かりません。


だから
何となくの感覚で「VSシリーズの絵作りは良いな」と感じてるのなら、まぁよし。

でも
その「何となく」すら感覚として掴めずに、それ以外の想念の部分でVSシリーズを叩いているのなら、ダメダメ。

また、その感覚に気づけずにミレニアムとかの絵面に満足しているようなら、
その人達はゴジラを、なにかとても欠落した視点でもってしか見れていないというようなことになるのです。

(「画質」しかみてないとかもある)
(もしくは「彩度」が高くてクッキリしてりゃいいと思ってる人もいるかも知れない)
(全くの逆なんだよね)


ミレニアムの上陸シーン GMKの上陸シーン
↑例えばこういうのね。 (これはミレニアムシリーズの画像ですよ)

なんでこのシーンのゴジラが浮きまくっているのかというと、
ゴジラの「手前にあるはずの空気の層・厚み」を全く表現してないからです。
戦車と同じ厚みしかない。

せいぜいあるのは、後方からの光がちょっとだけゴジラのシルエットから漏れている要素だけです。
(右のには、それすらないけど)


ミレニアムシリーズは、このように合成が手抜きすぎて
「白さ」とか「色味」の点で見ると酷いシーンが多すぎます。


とてもではないけど「そこに怪獣がいる」というワンダーが感じられません。

多分子供も騙せません。

怪獣映画は、萎えてしまったらそこで終了なのです。


名古屋城を壊すバトラ様
↑一方、この、バトラが名古屋城をぶっ壊すシーンの「白さ」ね!


本来、怪獣がリアルにそこにいたなら、煙と埃と距離感で、これくらいは白っぽくなるだろうという、
そういうリアリズムが必要なのです。

キングギドラ来襲

100メートル級の生き物が、そこに居たら、
埃と煙でどれくらい白んで見えるのか。 

光と影は、どのように振る舞うのか。

拡散光。

それを遮る怪獣の輪郭。 

シルエットの外側で、光は弱まる。 ノックアウト効果。

シルエットの内側に、光は漏れている。 グロー効果。

そして、空気遠近感。 チンダル現象。 ディフュージョン効果。 
 


・・・こういうのが全て成り立ってはじめて、怪獣の巨大感が保証されるのです。


川北特撮はスモーク炊きまくってるから、そういうのがバッチシなのですね。


ゴジラをキャラクター性とかでしか見ていない人は、
そういう視点が抜け落ちていて、
単にあの怪獣が好きだとかこの感じが好きだとか
この時代のこの雰囲気が好きだとか、
そういう部分だけでしかゴジラの是非を語れないのではないかと思います。 (つまり主観要素だけしかないということ)



これのどこに巨大感がありますか、と。 キャラが並んどるだけやないかと。


でも、そういう人達がリアリティ度外視の文法でゴジラを見ているというのは、実際あると思う。

だって、本当に
「円谷ゴジラ・中野ゴジラに比べて川北ゴジラは巨大感がない」とか、本気で言ってる人がいるんだよ。

一体どういう視点でそんなことを言ってるのか、自分にはサッパリ分からない。


こんな質問がありました。

『ゴジラは平成のVSシリーズが1番リアルな感じで好きなんですが、
ミレニアムシリーズって、新しくて技術も進歩したはずなのになんか退化してないですか?』


↑これ、自分に言わせれば、この質問に適切に回答出来ている人は、ここには一人もいませんね。

「ミレニアムの方が後続なんだから映像は進歩している筈」とか言っている人すら居ます。 こういうのが思い込みです。

質問者の人も、なんとなく「リアルな感じ」としか言語化できてないから、まぁそうなっちゃうんだけど、

これはもう、今まで言ってきたことで分かるはず。
つまり純粋に川北特撮の力量の問題ということでいいのでは無いでしょうか。


他のジャンルでもこういう問題はあるよ。


例えば、エヴァの新劇の公開が発表されて、TVとかでもニュースが流れたころ、
↓こんな比較画像が作られて、新旧の画面作りについて、あーだこーだ議論された時期がありました。

エヴァ特番比較  エヴァ特番比較

エヴァ特番比較 エヴァ特番比較

↑この画像をみて、
「やっぱTV版の方が色がいいな」 とか
「やっぱセル画の方がクッキリしてていいな」 とか
「新劇の絵はダメだな」
「新劇の映像はボヤけてるな」 とか言ってた人達が、本当にいたんですよ。 本当に、大勢いたんです。

(ゴミ捨て場のデザインにすらケチつけてる人が居た)


そういう人達は、真に見るべきところが見えていないワケです。 それは言ってしまえば、目が「ガキ」だから。
(線の太さとか、彩度の高さとかしか、感じ取れない)


では「本当に見るべきところ」は何かというと、これもまた同じです。 「空気感」です。 (画力以前に)

「空気や光の拡散の自然さ」に着目して両者を比べてみると、圧倒的に進歩していることが分かります。
(だからこそ同じような例として、このエヴァ画像を持ってきたのだが)


庵野監督自身、こんな風なこと言っていました。

セルの撮影はカメラとセルの間の空気を撮ることが出来るけど、デジタルはそれが出来ない。

庵野監督はそういうことをよく分かっているからこそ、
その差を埋めるためにも、新劇の絵作りにおいて、「空気感」を全力で表現しようとしたに違いないのです。


新劇のエヴァは当然ながらセル画では無いわけですが、
だからこそセル画では足りなかった「白さ」を、つまり「空気の厚み」を、的確に取り込んでいるわけです。
(パンフレットとかでもそういうことは色々書いてある)

そういうことを踏まえた上で、このラミエルやシャムシエル、本当に巨大に見えるのはどっちなのかを、考えてみて欲しい。


んでも、
こういうことは、そういう視点が「無い」人間からすれば
「なーんか薄っぺらくなったね」とか「なーんか味気ないね」とか「なーんか白っぽいね」くらいの感想にしかならんのでしょう。


そういう人達は
「セル画」とか「デジタル作画」とか、そういう「01情報」でしか物事を判断できないから、
「昔のモノの方が良かった」とか「セル画は良かった」とかいう固定観念でしか物事を語ることが出来ないのです。

だから、こういうのを見ても
作り手側の努力とか、何がどう進歩したのかが受け取れないから、腐すばかりなのです。


そんなモノの見方しか出来ない人間の意見は、無視していいということですよ。



で、ゴジラも同じである。

円谷ゴジラや中野ゴジラを持ち上げて、川北特撮を叩いている人達には、
どうも自分は同じようなモノを感じるのです。


そういう人達の美的感覚は、とてもダサいと、言わせていただく。

そして、そういう人の二次創作は、大抵ゴミである。 (言ってしまった・・・)

まぁ、「作り手側の意識」に触れようという姿勢が無いのだから、当然なんだけど。


まだまだ続く。
VSシリーズは他にもどういう点が優れているか

他には、ミニチュアセットのクオリティーとか、規模とかですかね。

巨大ミニチュア

ホントバブリーですよね。 バブルの頃だからこそ出来たというか、もう二度と出来ないというか。
(東宝の特撮プールも無くなっちゃったしねーみたいな)


とにかく、VSシリーズでしか見られないような素晴らしいシーンが、こういう奴。

VSキングギドラ
空飛ぶメカキングギドラ視点からの、新都庁を見下ろすようなショット!
ぐわわわ~と迫って、ビルとビルの間からゴジラが見えた時の、高揚感!
VSキングギドラ

VSモスラ
みなとみらい21を一望するようなショット!
VSモスラ

VSメカゴジラ
幕張ベイエリアのショット!
VSメカゴジラ

で、もう最っ高に好きなのが、このシーン
VSデストロイア
VSデストロイアの
デストロイアと対峙したゴジラが体内放射をズバーっと決めたところを
手前にスーパーX3が横切っていくシーン。 本当に、最終決戦じゃあああ という気分になります。



巨大スケールミニチュア

このように、「大規模でハイクオリティなセットを一望」するような
たまらないショットが、VSシリーズには多々あるわけです。
そしてなにより、そういうシーンで「カメラが動いている」のがたまらないのです。 (ドリー撮影?)


他のシリーズには、ありません。 本当に、これが、皆無なのです。 


なぜかというと、そういうのに耐える巨大セットを作ってないから。

セットにミニチュアを配置しまくって一つの世界を構築してしまうようなやり方は、
VS以降は全然してないワケで、素材をコンピューター上で組み合わせるばかり。

例えば「GMK」も「VSモスラ」と同じく
横浜が舞台だけど、巨大なミニチュアは用意しておらず、実景をCGで合成するばかり。

だから、目を引くようなシーンが無いのです。

(平成ガメラは予算ないのに頑張ってミニチュアセット作ってるぞ)
(だからガメラ1でガメラが最初に上陸するシーンのクオリティすごいでしょ?)


一度そういうことに注意して、ゴジラ映画を全部見なおしてみてください。

本当にミレニアムシリーズからは「横からみたような固定視点」のシーンばっかりなことに気づくと思います。
横から、横から、ひたすら、横から。 構成に立体感がありません。
ミレニアムシリーズの「夜の市街戦」の絵面って、要は全部おんなじなのです。 


ミレニアムでよく見られる構図

ミレニアムでよく見られる構図

その理由は、そういうこと。 もう巨大ミニチュアセットを作れないから。
前後のレイヤーでデジタル合成して「雑多な建物郡」を増やすくらいしか出来ないから。 (ランドマークも糞もない)
だから、カメラもダイナミックに動けない。 立体感のない左右だけの構図。 だから、つまらない。
美的充足感を得られない。


ファイナルウォーズのメイキングとかみても、
なんか遠景にハリボテみたいなビル群がダラーッと配置されているばかりです。 空虚です。


VSシリーズのメイキングとは、見応えが全然違います。 



もちろんCGで良いモノが出来るならそれでもいいけど、
日本の技術じゃそういうのは全然手が届いていない。

ミレニアムで披露された「別撮りのゴジラ」と「移動する遠景」とかの合成は、酷いものです。

違和感が酷い。 

そんなトラッキング技術、ハリウッドじゃ、「ジュラシックパーク」で1993年には確立されてた。
10年遅れているというのに、クオリティが天と地の差。 本当に恥ずかしい。



自分は決してCGが悪いとは言いません。
むしろ、CGで通常では難しいシーンが楽に作れるのなら、それに越したことはない。 

ただ、技術や志が低くて出来の悪いものしか出来ないのなら、それは避けるべきってこと。


予算が無くてもCGで凄いシーンを見せられるのなら、そういうのは大歓迎です。
「平成ガメラ」が良い例です。

ガメラ2のモーキャプ初使用シーン
ていうか今、
BDの画質でガメラ2とかを見なおしてみると、
CGシーンで使われている「モデル」自体は、そこまでクオリティが高いモノじゃないのがよく分かります。


でも、当時映画館で見た時、ガメラのCGシーンに違和感は無かったのです。

これはなぜかというと、
・とにかく色味の合わせ方が適切だったこと。
・そして、CGモデルの使用は「夜のシーン」だけに留めていること。
・CGの粗さを、「黒」で「飛ばす」ことで、夜の闇に違和感なく溶けこましていること。

そういうことが見て取れます。

とにかくこういう合成とかCGの使用は、時と場合、使い方しだいなのですね。

ミレニアム
ミレニアムみたいに昼間のシーンで低品質のモデルを動かしたり、
色味も合わせられずに動いてる背景に合成しようとして完全に失敗しているのは、最悪です。
ミレニアム
技術も無いくせに、なんか披露しようとしてズッコケているのです。


(まぁVSシリーズにも酷いシーンはあるけどね)
(飛んでるキングギドラと空撮の合成や、飛んでるラドンと空撮の合成ね)
(昼間のシーンでCG使うと言えば、ガメラ1の「短SAMミサイル」みたいな残念なシーンもありましたね)

(共通してますね。 何が難しいのか。 何を避けるべきか。 いい加減に学んで欲しい)


他にもまだまだ川北特撮の素晴らしいところをどんどん挙げていく。

例えばこのような「後光の演出」

メカキングギドラの後光

本当に神々しいと思う。 ふつくしい・・・


こういう演出が見られるのもVSシリーズくらいのもんですね。
これも、川北特撮の特色です。
(あとはエイリアンクイーンくらいだ)

ビオランテに後光

メカゴジラに後光

ゴジラの最期の後光


ホントにこの、
ビオランテの後光、
メカキングギドラの後光、
メカゴジラの後光、
ゴジラの最期の後光
、などはたまらんではないか。 


たまらん… くう… すばらし…! うつくし…


まだまだどんどん出てきます。
金粉の演出

ハイパーウラニウム放射熱線

これも特色の一つ。
本当に、有無をいわさぬ勝ち確定!という感じがする。 ゴージャス。


つまりまぁ、何にせよ
このような「華」が沢山あるわけですね。 VSシリーズには。 川北特撮には。


ドックシーンへの拘りとかもね。


果たして他のシリーズには、このように明確な『何か』があるのだろうか。

アオイホノオ

つまりこういう、「出た!金田動き!」とか「やっぱ宮爆だよね」とか「白さんには参るね」みたいな、
「これがあるからこれは最高なんだよ!」と、確信できる何か。

そういう「トレードマーク的なモノ」が一体いくつありますかね?と、良く思うんだ。

ところでVSシリーズのポスターって最高ですよね。


で、そろそろ終わりにします。
他にも「VSシリーズ」はここが優れているというポイント。
「シリーズ感」


とまぁ、こんな風なことばかり書いていると、
「シリーズ全体で括って考えるなよ!」
「ひとつひとつの作品ごとの良し悪しで語れよ!」
と感じる人もいるでしょう。


でも、そもそも、
そんな風に「シリーズ全体で捉えることが出来る事」自体が、VSシリーズの優れた点でもあるのですよね。
シリーズ全体が一枚岩になっていて、全体で一つの大きな物語になっているような感じ。

サーガ感。

こういうのが一番ちゃんと感じられるのが、やはり「VSシリーズ」なのです。


「ミレニアムシリーズ」はアホみたいに毎回設定をリセットしてて、ほんと萎えます。 「まーたリセットかよ」と。

なんだか落ち着いて見れません。 

単品で作品が終了してるから単品のような小粒感があるかというと、それもありません。

むしろ「この作品のゴジラ世界で起こったことって、後の作品の何にも受け継がれないんだよなー」
という虚しさしかありません。


その一方で、
リセットしまくっているくせに、「初代から」だけは世界観が続いてるようにしてたりします。

これはなぜかというと、初代へのリスペクトというよりも
「怪獣がいない世界」をゼロから構築するのがめんどいからでしょうね。
つまりはそういうところも中途半端なのです。

本当にリブートするなら、全てリセットして「怪獣というものが居ないとされている所」からスタートするのが良いと思う。
それこそが「日常非日常」なのだから


レジェゴジはホントしっかりしてました。 

そういう意味ではエメゴジだって、そのラインには立てている。

ミレニアムは出来てません。 ひたすら「初代に乗っかかり」です。
だから、ミレニアムで最初にゴジラが現れようが、感慨もクソもないのです。


では「昭和シリーズ」はどうかというと、
これはもう一つのシリーズと言っていいのかというくらい、二転三転しています。

まぁ時代が長すぎた。

ゴジラのキャラクター性から、クオリティーから、
すべてがマチマチすぎて、どうもこれをまとめて好きとか嫌いとか語れないような代物の気がします。

ゴジラがいつの間にか正義の味方になってたり、
怪獣ランドだとかの設定があったりなかったり、
いつの間にか喋ったり、シェーしたり、空飛んだり・・・

ここまで来ると、自分でもどこまでをセーフラインにしたらいいのか分からなくなってきてしまう。
そういうのが、リアルタイムではない自分が昭和ゴジラを見ている時に感じる感覚です。
正直、手におえません。


勿論、初代ゴジラは素晴らしい。 別格。

でも、その人気に乗じて短期間で作られた「ゴジラの逆襲」からして、もう既に微妙だったと思うんですが、
あれを好きな人はあの作品をどう捉えているのだろう。

だって見れば分かるけど、あのアンギラスの動き、全然スローモーションがかかってないんだよ。

勿論、あのアンギラスの動き自体は円谷英二自身がゴーサインを出したから、没にされずに使われているワケだけど、
だからといって、あれを「是」としてしまったら、それはもう権威主義的だと思う。

だって、怪獣映画なんだよ? 怪獣の質量感、巨大感、存在感、臨場感、全てが損なわれている、
スローモーションなしの映像なんだよ? せいぜい失敗のメイキング映像ではないか。

あれは、「撮影スタッフが失敗してしまった素材だけど、時間ないし仕方ないから使うようにした」ってことなのだと思う。

本当に「逆襲」は3ヶ月とかで作った映画らしいから。


で、VSキングコングも同様。 スローモーションがかかっていない。
そして、ゴジラはもう別のキャラクターと化していく・・・


まぁそんな感じで、とにかく他のシリーズは「良さ」が続かない。 連続性が無いのです。

全体の流れとか、シリーズで戦えるような体制が整っていないように思える。 (なんのこっちゃ)

この辺も、VSシリーズのファンが一枚岩になれる理由であり、強みなのかも知れません。


さてでは、
VSシリーズを嫌いな人がどういう点でVSシリーズを腐すのかというと、
それは一つには「怪獣が光線を打ちまくる所」のようですね。

「もっと取っ組み合いをしろ」と言いたいらしい。


でも
これはまぁ、川北監督に言わせれば
「怪獣が光線を使えるのならそれを使うだろう」というリアリズムなワケですし、

むしろVSシリーズは、光線の打ち合いで埒が明かなくなると、
噛み付き、首絞め、踏みつけ、などのガチ格闘戦に移行しますから、
むしろ「本気の殺し合い」に近い獰猛さでお互いを殺そうとしていることが伝わると思います。

だからその戦闘の姿勢は、とにかく「真剣」そのもの。

VSのゴジラからは、一番「本気で戦おう」という意思を感じます。


ミレニアムのゴジラには、信念というか説得力を感じない。 何故でしょうね。

「リベンジだ」とか言われたって、ピンと来なかった人、続出でしょう。

(実際、こないだミレニアムの実況スレを見てたけど
 「リベンジだ」「ゴジラは、俺たちの中にいるんだ」に関しては????なコメントが続出してました)


まぁそんな感じで「VSシリーズ」のゴジラはその名に恥じぬ通り、本気で戦う意思を感じられるワケです。
これに慣れてしまうと、むしろ他のシリーズでは

しっぽで石を投げてぶつけるだの、しっぽで支えてドロップキックするだの、木を引っこ抜いて剣みたいに使うだの、

妙にひねろうとした、
妙に奇抜さを狙ったような、
妙に擬人化された、変な動きの怪獣プロレスに拘っているワケですから、

VS好きに言わせればそっちの方がナンセンスで奇妙な戦闘に思われるわけですよ。


そういうのが、良かったの? 思い出補正なしで、今でもそう言える?

どうなんですかホントに。 

いや、別にいいんだよ。 好きなら好きで。


ただ、他のシリーズはそんな体たらくなのに、
どうして、川北監督の「光線バトル」をそこまでバカに出来るのか、自分には分からんのですよホントに。


まぁ、「格闘と光線」の両方のバランスが一番良いのは、結局、平成ガメラなんですけどね。

怪獣が都市部で暴れたらどんな風に建物が崩壊するか、「大怪獣空中決戦」はそのへんホント気合入ってます。
そしてプラズマ火球にはじまる、エフェクトの処理の気合い入りっぷりよ。


他には
「怪獣のデザイン」という点でも、自分はやっぱり「VSシリーズ」が好きなのですね。

まぁこれは完全に個人の好みなのでどうでもいいんだけれども。


いやそれでも、例えば「昭和中期」の東宝怪獣のデザインなどはどうなのでしょう。

エビラ、
ガニメ、
カメーバ、
ゲゾラ、
カマキラス、
クモンガ、
極めつけは「大コンドル」

・・・
あの辺りの怪獣は「単に既存の動物を巨大化しただけ」のように感じられてしまうのですが、
あの辺の怪獣を「好きだ」と言っている人達は、一体どういう観点であれらを愛しているのでしょうね。


みてりゃ分かるだろうけど、自分はカマキリ大好きですが、だからこそカマキラスとか嫌いですよ?
ダサいもん。 カマキリへの愛がないデザインだって一発で分かるもん。 操演技術しか、評価できない。
前にも言ったけど。


この辺のことだけは、純粋に疑問です。

「単に子供の頃見て好きだった怪獣だから好きだ」としか言えないのなら、
そういう人にはVSシリーズの怪獣をバカにしないで頂きたいものです。

スペゴジ馬鹿にする人には、ガバラぶつけんぞ! (非実在怪獣)


(自分でもなんでこんな攻撃的な文章書いてるのか謎だけど)
(本当にバカにしてくる人がいるから、こんなクソ文章書く羽目になっちゃうんだよ!)


一方で、
ガイガンとか、
ジェットジャガーとか、
昭和メカゴジラとかは、
妙に「キャラクター性」というか「人格」のようなモノを持ちすぎているように思えてしまって、
だから、「昭和後期」の怪獣もまた、自分の趣味ではありません。

キングギドラ、モスラ、ラドン、アンギラスとかの「昭和初期」の奴らは、
別に嫌いになる要素は無いんですけどね。 


で、最後にミレニアムシリーズのゴジラ怪獣はどうかというと、
これはオリジナルな怪獣が少なすぎて、なんとも言えません。


オルガ、メガギラスと、あとはモンスターXくらいしかおりません。 あといちおう機龍か。


「オルガ」は、なんかやられ方が完全にビオランテと同じなのが、どうにもこうにも。 
あとUFO形態と宇宙人形態のCGの印象が悪すぎました。


「メガギラス」に関しては、自分としてはバトラが完全に上位互換のかっこよさなので、やはりどうにもこうにも。
(あと、あの重量感のない羽ばたき方が嫌いです)


んで、「機龍」よりも「VSメカゴジラ」が好きなのです。 自分は。 誠に勝手ながら。

勿論、機龍をデザインした人とメカキングギドラをデザインした人は同じ人なワケだから、
「お前はメカキングギドラが好きなくせに機龍はどうでもいいのかよ!」って言われると困るけど
それはそれで属人的評価すぎる気がします。 

(同じ人のデザインと知ったら、全て手放しで賞賛するべきなのか?という問題)

自分は、VSメカゴジラの、あの流線型の、ムダのない、洗練されたフォルムが好きなのです。
機龍のゴテゴテ感と、顔が好みじゃないです。 あと青い部分があることによる統一感のなさ。
あとパイロット周りが嫌い。 (もう酷い)


デザイン性、キャラクター性、性格、設定・・・。

そういう風なことを総合的に考えていくと
やはりVSシリーズの怪獣が一番好きだなぁ、ということになるのです。

はぁ・・・バトラのデザインマジ大好き。

ゴジラ全員集合

ゴジラ自体のデザインでも、スペゴジの時とバーニングゴジラが好きですね自分は。


以上です。 やっと大体書き終わりました。


とにかく、「VS好き」には「VS好きの理由」というか「信念」がちゃんとあるので、
別に「マジョリティだから群れてるだけ」とか「皆が好きだと言ってるから好きなだけ」とかでは
決して無いということです。



そして、現在も好きである理由は「単に世代だから思い出補正だけで好きになっているわけじゃない」ということ。
むしろ、考えれば考える程、どう客観的に見ても「VSシリーズ最高だろが!」となってしまうということ。


そういうことを伝えたかったのです。


誰に対して? 何のためにそんなことを伝えたかったのか?

それは、なんか、自分の周りにVSシリーズをバカにする人がいる気がするから。
要は自分のツイッターの周りで、なんかそういう人が増えてきた気がするから。 (被害妄想)


スーパーチラシの裏

(こっから完全に愚痴なので誰も読まなくていいです)


ハッキリ言わせてもらうけど、
VSシリーズを内心バカにしているくせに二次創作とかしてる人をみると、正直腹が立つからやめて欲しいとすら思う。


バカにしているのは言葉の端々からちゃんと伝わってくるんだよ!!


VSシリーズの怪獣に対して何の愛着も拘りも無いくせに、なんか二次創作をしている人がいます。

愛・知識・造形が無いのは、作品を見れば一目瞭然です。 

他のに比べて、明らかにディティール間違ってたり、バランスおかしかったり、作りがおざなりだから。


何故そんなことをするのだろうか。

「VSシリーズの人気」にさえ便乗できれば、あとは知ったこっちゃない、ということなのでしょうか?

そんなのは、ものすごい侮辱だと思う。


自分は、「自分の好きじゃないモノ」には手を出しません。
自分が二次創作をするときは、「自分の好きなものだけ」と決めています。 
(ていうか普通そうだろう?)

(もっと当然のこと言うと「自分の知っているモノ」という最低限のラインもある)
(ゲーム本編をプレイしてないのに二次創作する人とか)
(映画本編を見てもいないのに二次創作する人とか)
(そういう信じられないような人達も、中にはいるみたいだけど) 


だから、ニコニ立体とかで「昭和のメカゴジラ作って」とか「機龍作って」とか言われても、自分は作りません。

悪いけど、作りません。

それは、そのほうが、良いと思っているから。


数さえ揃えればなんかなるとか、数さえ揃えれば壮観だろうとか、数さえ揃えれば評価されるだろうとか、
なんか、そんな風に思っている人がいるのかも知れないけど、
自分に言わせればそんなのは明らかに間違っています。


愛がない人による、粗製濫造、テキトーなライブラリ作りは、のちの人達に迷惑をかけます。

それは決して「偉業」なんかではない。 
(なんかこう、「偉業の反対語」とかがあればピッタリなのだが)

(結局別の人が作りなおすことになるんだから)


自分が昔、3DCGを覚えたての時に、EVAシリーズの物凄い出来の悪いモデルを作ってたことがあるけど、
結局、EVAのモデルは全部、自分自身で作りなおすことにしました。

そしてその際には、
「今度は他の誰が逆立ちしたって乗り越えられないようなクオリティのEVAモデルを用意しよう!」
という意気込みで臨みました。


だからこそ、痛感しているのです。

下手な内に数だけ揃えようとしたって、いいことなんて何もないと。

大量に作品を流してタグを汚染することは、ジャンルのブランドを損なうことにもなります。

ベルダンディーです。 タグの無意味化です。

全く。

そんな人達に信念はあるのか? 愛はあるのか? 矜持はあるのか?

何かを好きになったり、何かを作ろうとしたりするときに、

一体こういう人達は、どれくらいの本気度でやってるんだ?
 とつねづね疑問に思うのです。


以上。 愚痴も終わりました。


なんで川北監督がお亡くなりになったというのに
こんな話になっちまってるんだか。


単にVSシリーズだけ褒めてりゃいいのにね。
(ちなみに、平成ガメラなら、もっともっと褒められます)


まぁ、普段VSシリーズの悪口言ってる人は、こんな時くらいは黙ってて欲しいですよねと。


うどん食べてねちゃおう!



関連記事
[ 2014/12/18 18:35 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(7)
お久しぶりです♪
最後の方は私の事ですか?
[ 2014/12/19 07:04 ] [ 編集 ]
コメント返信
> mt さん


自分がここに書いてあることは
「こういう姿勢の人達は何考えてるか分からない」という『疑問』なので、

それに対して「これに自分は当てはまりますか?」とか聞かれても困ります。 何て答えて欲しいのか謎です。

そう思ったんならあとは自分で考えるべき問題だと思います。


それとも、
「どういうタイミングでどういう理由で、だんだん嫌気が差してきたか」の話とか、
そんなのを全部聞き出したいのでしょうか?

そういう覚悟があってツッコんでるんでしょうか?

[ 2014/12/19 16:41 ] [ 編集 ]
返答ありがとうございます~
あれだけ該当することが書いてあれば確認したくなりますよ♪

昭和物についてはたぶん理解できないと思いますのでちょっと書いておきますね。
最近見ない物の一つに映画館の捨て看板があります。
自分の場合は通学する時に1つあったのでゴジラやガメラの時期だと行きと帰りで2回は看板を拝めます^^

この時代の怪獣映画は対象が小学生までみたいな感じなので同級生で連れて行ってもらえる子は少なかったですね~
コテコテの子供向けの作品なので親は楽しめませんよね。
この辺はその時代じゃないと分からないところもあるので理解できないでしょうね~

あとVS至上主義は補足すればゴジラだけではありませんが
大人も対象にしているので子役がほとんど居なくなった事や
ある時期から自衛隊が出なくなった事なんかも触れてほしかったですね^^
ちょっと映像技術の方に偏っていたような感じです。





[ 2014/12/19 22:10 ] [ 編集 ]
お恥ずかしながらVSシリーズではビオランテしか観ていないので何とも言えませんが、ゴジラの眼に気合が入っていたと感じました。神話じみている芦ノ湖も印象に残っています。

空気遠近法というと、エイリアンの卵部屋と、ブレードランナーのビルの谷間を思い出します。
そしてスモークに頼れない2001年宇宙の旅のスケール感は何なんだ……。

TV版シンジくんのガタイの良さ……!

しょぼく見えてしまうCGって、だいたいコントラストの低さに起因しているような気がするのですが、何とかできないんですかね。そもそも実写背景と同じ光源を設定できていないのか?
ジュラシック・パークのCGはその点、今見ると粗くても、影がしっかり出ていて素晴らしいですね。

もはや違う話ですが、T-REXが懐中電灯で照らされて瞳孔が縮む所、あれでもう作り物だなんて思えません。本当にすごいアイディアです。(眼までアニマトロニクスなんでしょうか)

後光演出といいますと、影武者の夕日の中の行軍がたまらんです。
http://lounge.plaza.rakuten.co.jp/diary/CDDVD008/52935
[ 2014/12/19 22:43 ] [ 編集 ]
記事から読み返すと恐ろしくチラ裏なコメントでした、申し訳ありません。
[ 2014/12/19 23:22 ] [ 編集 ]
コメント返信
> mt さん


> 自分の場合は通学する時に1つあったのでゴジラやガメラの時期だと行きと帰りで2回は看板を拝めます^^
> この辺はその時代じゃないと分からないところもあるので理解できないでしょうね~


この辺、自分もギリギリ同じ所は同じですよ。

だって、ガメラ2とかも、通学路に看板あったの覚えてますもん。



自分がゴジラやガメラにハマったのも小学生低学年のころでしたが、
それでも、子供心に、ゴジラよりもガメラの「マジ度」の方が凄いと思いましたもん。
ギャオスを本気で怖いと思いましたし、本気で惹きつけられました。

で、VHSとか色々レンタルして過去の昭和ゴジラの作品を見たり、
TVで放送してた昭和ガメラを見てみたりしましたが、

そこで「子供心」に思ったのは、「なんじゃこの子供をなめてるような映画は」という感じでした。



特に嫌いだったのが、昭和ガメラの
子役が全面に押し出されている感じでしたね。 
(何故か外国人の子供まででてきて、これが異物感凄い)


そういうことを考えるに、
「子供向けだから良かった」という評価は怪しいものです。


自分が既に、小学生の頃から両者を比較して、
子供向けに「擦り寄っている」「媚を売っている」
つまりは「子供を舐めている」展開に、本気で腹が経ちました。

子供っていうのは、
子供だからこそ、
子供が活躍して、子供が主人公で、子供のお陰で物事が解決するようなストーリーを
毛嫌いするところあると思うんですけどね。


だから自分は子供ごころに「VSモスラ」だけは嫌いでした。 (あれも子供が活躍するから)
だから平成モスラも「うげえええ」となりました。 そしていま、「トト」も嫌いです。


やはり、
子供向けだから子供が楽しめるっていうのを、自分は信じてません。

子供は、大人向けのモノを与えた方が喜ぶし、成長するんです。



勿論、自分だって
もし子供の頃に「昭和ゴジラ」「しか」無かったら、
「それしかないから」昭和ゴジラだけを好きになっていたかもしれません。


でも、自分の時は「両方があった」から、子供心に比較ができたのです。


その「比較の感性」を、
子供の頃昭和ゴジラ「だけ」を見て育ち、
大人になってVSシリーズを見て、「VSシリーズは駄目だ」と言っている大人が否定できるのかどうか???

ここんところを考えて頂きたいものです。
どちらが正当なる子供の視点なのか。



そして、

>ちょっと映像技術の方に偏っていたような感じです。


なぜこうなっているかというと、

言ってしまえば
「ストーリ」だとか「設定」だとか「キャラ」だとか「子供向けか大人向け」だとかいう論点は、
最終的に「好み」「主観」で片付けられるからです。


そういうのばかり言ってしまうと、自分がレジェゴジの時に書いた
思い込みの文脈でもって「このゴジラはこうだから良い」「このゴジラはこうだからダメ」と決めつけるな、
という部分に、自分で抵触するからです。



でも、「特撮のクオリティ」の部分に関してだけは、主観は通用しません。


怪獣映画である以上、怪獣がリアルに見えるほうが、「絶対的な正義」だからです。

これに関しては、絶対に「子供だまし」は許されません。

「こっちよりこっちの方がリアル」「こっちよりこっちのほうが技術的に上」

主観ではなく、客観的に優劣を決めることができます。


つまり、最終的に主観を貫通して比較されるべきなのは、
「映像方面の話だけ」になることが分かっているから、
自分はそういう話を重点的にしているのです。


そういうことを差し置いて
「子供向けだからよかった~」なんてことをいくら言ったって、
なんにもならないし説得力がないからです。


[ 2014/12/22 19:44 ] [ 編集 ]
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> イル さん


> お恥ずかしながらVSシリーズではビオランテしか観ていないので何とも言えませんが、ゴジラの眼に気合が入っていたと感じました。神話じみている芦ノ湖も印象に残っています。


眼の要素はホント重要ですよね。

自分の好きなゴジラとか、言ってしまえば「眼が生きてるかどうか」で簡単に分類できる気がします。
昭和中期の「クッキーモンスター」みたいなゴジラは、何を思って造形していたのか問い詰めたいです。



> しょぼく見えてしまうCGって、だいたいコントラストの低さに起因しているような気がするのですが、何とかできないんですかね。そもそも実写背景と同じ光源を設定できていないのか?

光沢というかスペキュラが弱いんですかね。

この辺、例えばPS2時代のCGとPS3時代のCGの差みたいなモンかもしれません。

昔はテクスチャしかなかったけど、
PS3時代になってようやくノーマルマップが乗るようになって、
実写よりの模様に沿った強度の強い光沢を付けられるようになりました。

そして
今の技術なら、パノラマで取り込んだ背景を反射させることも、出来るでしょうね。



> もはや違う話ですが、T-REXが懐中電灯で照らされて瞳孔が縮む所、あれでもう作り物だなんて思えません。本当にすごいアイディアです。(眼までアニマトロニクスなんでしょうか)


ハリウッドの映画は、どこまでがCGでどこまでが実写か分からない感じがいいですよね。


メイキングを見て「これCGだったのかよ!」って驚いたり、
逆に「これCGじゃ無かったのかよ!」って驚いたり。


「ターミネーター2」とかが、特にそういう意外な逆転現象が多かったと思います。

T-2000に写り込んだ鏡面反射は、CGじゃなく全部手描きだという・・・。

(鏡面が全く描き込まれていないミレニアムのUFOには、ターミネーターの爪の垢を煎じて飲ませたいですね)



こういう現象は、CGがいいとか悪いとかで決めつけるのでなく、
また、難しいシーンをすぐにCG頼りにして投げてしまうのでもなく、
常に「その場その場で最善のソリューション」を選択しようとしている姿勢だからこそ、
産まれるのだと思います。


実写とCGの最適なハイブリッド。


そういうのに一番近い所にいたのが、やはり平成ガメラだったと思うのですね。

[ 2014/12/22 20:07 ] [ 編集 ]
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