ニートが頑張るブログ

ニートが現実逃避するために創作活動など色々とカオスに頑張ってみる
ニートが頑張るブログ TOP  >  駄文 >  頭痛が痛い

頭痛が痛い

 
最近「閃輝暗点」が酷い。

本当によく来る。

アイツが来ると、暫くパソコンのモニターを見つめられなくなる。

そしてアイツが去ると、数時間は作業なんかやってられないような頭痛が続くのだ。

アイツが来るだけで、午後がそっくりそのまま失われる。



頭痛というのは本当に酷い。
頭痛が痛いだけで、この世の全てを憎めるようになると思う。

例えもし
人生の全てが順調で、何不自由なく生きている人がいたとしても
突然「その人に頭痛を一個付け足す」だけで、その人が持つの幸せの全てが色褪せるようになると思う。 
ワインに泥水。



まぁそんな感じで頭痛が痛いので、
その間に色々考えていた妄想を書いてみる。

最近クソ文章書いてない気がするので、頭痛のせいにして
自分の頭のなかで渦巻くゴミみたいな思考をそのまま垂れ流してみる。




で、さっきから「頭痛が痛い」という表現を使っているが、ツッコミ待ちではない。

色々考えた結果、「頭痛が痛い」という日本語はそんなにおかしくないんじゃないかという結論に達したのだ。




 
頭痛が痛いについて


よく思うこと。

「言葉の乱れ」とはなんだろうか?

正しい日本語、正しくない日本語とはなんであろうか?と


日本人の過半数が誤用している日本語などは、
もはや間違っている方が正しいんじゃないか?
なんて思うことがある。
これはトークのプロ、痴豚様もよく言っていることだが。


これだけ言うと暴論のようだが、
次の2つのことを考えると腑に落ちると思う。


◆そもそも言葉とはなんなのか

言葉とは、道具である。
言葉とは、写像である。
言葉とは、対応である。

つまり
シニフィエ と シニフィアン にすぎない。


「りんご」という言葉自体は、ただのひらがなである。
そのひらがな3文字の響きを、
「例の赤い果物」と関連付けているだけの話である。

だから本当は、
ひらがな3文字と、赤い果物自体は別物。 

でも、大勢の人間が、それを使う人間が、 
「それとこれは対応している」と認識しているから、成立しているのだ。

だから本当は「ねぎ」「りんご」でもよかったんだ。
「納豆」「豆腐」がお互いひっくり返ってるみたいだけど成立しているように。


そして、意味と言葉のズレがあっても問題にならなかったりする。
ピーマンの肉詰め
肉のピーマン詰めのどちらが正しいのか問題。


◆そして語源について

よくよく語源をさかのぼっていくと、「実はもう元々の意味からはかけ離れた使われ方をしてる言葉」というのは
いっぱいある。 そんな例は山ほどある。


例えば「白羽の矢を立てる」という日本語。


これ、元々は
「生贄選び」とか、「犠牲者に選ばれる」とか
そんなの忌むべきことに選ばれる時に使われるべき言葉だった。 キジも鳴かずば撃たれまい。
語源からすれば。
(大神のあのイベントが大好きだ 本来あれくらい禍々しいシーンに使われるべきなのだ・・・)


でもいつの間にか、
「すっげえ特別な選抜」みたいなイメージの言葉になってしまっている。

なんかもう
神采配とか
大英断みたいな感じだ。


そしてもはや、
誰も「白羽の矢」を悪い意味で使わないし、
「白羽の矢」をいい意味で使っても、誰も「それ間違ってるよ」などとは指摘しないのである。

語源からすれば間違っているのに
皆が間違えているから、もう誰も指摘すらしなくなった例。


このコトをどう解釈するかだよ。


一方で、
未だに「役不足」とかの意味を間違えて使っていると指摘する人はいる。



「役不足」は、あくまで「当てられた役がショボすぎて自分には合わない」という意味の言葉。
「荷が重くて自分には務まらない」という意味で使うのは間違っている!と怒る人は、どこにでもいる。
(これも過半数の人が完全に間違えて使っている日本語なのだが)


それ自体は実はいい。


だが問題は、「怒るときのスタンス」が統一されているかということなのだ。

実際どうなのだ?

「役不足」の誤用に怒る人は、「白羽の矢」の誤用にも怒るのか?という問題。

もしくは

「白羽の矢」の誤用を見逃している人が、「役不足」の誤用に怒ることが出来るのか?という問題。


意味の転換と誤用の定着。
そして誤用の指摘。


マジでこの問題をどうクリアするのだ???、という話。
(まさか誤用率のパーセンテージで、怒るか怒らないか決めるとでもいうのか???)


「失笑」を普通の意味で使ってる人を、最近ワムゥ以外でみたことない。
みんな、あれが誤用だと分かっていても、吹き出した時にしか使えなくなってしまっていると思う。

「犬も歩けば棒に当たる」ということわざも、意味がいつの間にかひっくり返った。

「元々は『全然~肯定』は実は昔から使われていた正しい日本語だった」


こういうことが言えてしまうのなら・・・


・・・
そうやって考えると
「実は語源がこうですからこの日本語はおかしいんですよ~正しましょうね~」なんていう指摘には
もはやなんの説得力も無いんじゃないかと思えてくる。


本当によく思うこと。

最近新聞を読んでいると 
「本当は間違っている日本語」とか
「社会人のN割が間違えている日本語」みたいなタイトルの新書が出まくっている。

まことにアホらしいと思う。

ああいう本を書いている人達は、こういう問題について何かしら考えを持っているのだろうか。
ああいう本の冒頭には、こういう問題についての「著者の所見」をまずは書いておくべきだと思う。 指摘の意義について。

なんの大義名分もなく 何の主義主張もなく
とりあえず「揚げ足取り」みたいに意識高い系「間違い日本語刈り」をしたいというのであれば
つまりそれは「根拠なき優越感」を感じたいだけなのではないか?

日本人の殆どが間違えているような日本語を
自分一人だけで覚えたところで、それは本当に無意味な優越感にしかならないのではないか?

そんな本を買ってどうなるというのだ?

ああいう新書というのは、そんな優越感のためだけに売られ、買われているのではないか???



まぁそんな感じ。

・シニフィアン・シニフィエ 所詮使う人間側の了承の問題である ということ

・そもそも語源との整合性なんて考える必要性はあるのか? ということ


この2つのことは、ちょっと考えれば分かる。


んで、今度は
「頭痛が痛い」という表現について考える。


これは、語源がどうのとか、誤用がどうの、というのとはちょっと別の問題のように見える。
なんか、面白おかしく間違ってるように見える、ということだ。


だが、よくよく考えると、これは一体何がおかしいのだろうか。


問題は、頭痛の「痛」と 痛いの「痛」かぶっているということである。


でも、自分はいつもこの問題について考えるときに別の例を上げてみるのだ。

・馬から落馬する

・車に乗車する

・sing a song




「馬から落馬する」

これも、同パターンである。

だが例えば、ラクダに乗っている人がラクダから落ちたらどうだろうか?

そのことを
「ラクダから落馬する」と表現したとする。

これは特に問題なさそうだとすぐに分かる。 (ラクダから落ちることを落馬と言っていいかは置いといて)


では、ラクダ以外の動物だったら???

・ポニーから落馬する。

・サラブレッドから落馬する。

・道産子から落馬する。

・駄馬から落馬する。

・ジョセフが吸血馬から落馬したァーーッッ!!


・・・


とくに最後の、「吸血馬から落馬する」
これなんかになってくると、もはや全然問題が無いように感じられると思う。


その上で、「馬から落馬する」に立ち返ってみる。


なんかもう、いいじゃないか? という気分になっていることに気づくのだ。


つまり「落馬する」というのは 「ある種の家畜から落下することを表す動作」であって、
それがただの馬を含んだ二字熟語にすぎないってこと。

そして「〇〇から~」の部分は、なんの動物から落下したかを更に説明するためのパートってワケだ。

だから、
落馬した際に、
「普通の馬」から落ちたからって
その場合だけ途端に「馬」という言葉を使えなくなるのは、むしろ変じゃないか?
という気分になってくるのだ。


これは他にも言える


車に乗車する 

これがおかしいと言う人は、

電車に乗車する

これもおかしいと言うだろうか?
それをおかしいと言う人は、

リニアモーターカーに乗車する

これもおかしいと言うだろうか?


これは問題ないと分かるはずだ。

なら、電車に乗車するもおかしくないと分かるはずだ。

ならなら、車に乗車するもおかしくないと分かるはずだ。


漢字の二字熟語というのは略語にすぎない。 しょせん記号だ。
いってみれば、「頭文字だけの英単語」みたいなもんである。


例えば
「LHCで粒子を加速させて衝突実験をしました」というフレーズがあったとする。


LHCは、Large Hadron Colliderの略である。

だからこの時点で、本当は「粒子」も「衝突」も、ある意味で被っている。


ということは、
「馬から落馬する」
「車に乗車する」

とかの言葉にケチを付ける人は
「LHCで量子を衝突させた」という表現にもケチを付けないといけないのではないか????
みたいなことを考える。


でまあ、「頭痛が痛い」に戻ってくる。

閃輝暗点が酷い

肩こりが痛い

古傷が痛む

頭痛が痛む
・・・

「頭痛」は症状のカテゴライズだ。 種類を言っている。
「痛い」というのは症状の状態を説明しているだけだ。 容態を言っている。


だから両方揃っていても問題ないぞ。
もう別にいいじゃねぇか?という気分になっている。


もし「肩こり」が「肩痛」って日本語だったら、使えなくなっていたのか?
もし「頭痛」が「頭こり」って日本語だったら、問題なく使えていたのか?


つまりはそういうことだ。


こうやって考えだすと「重言」「重複表現」の何が問題だろうかという気分になってくる。

・あとで後悔するぞ

・過大評価しすぎ

・犯罪を犯す


・・・
この辺もなんだというのだ。
特に「犯罪を犯す」は普通すぎてヤバイ。

ラムサス


こんな風に
「言葉狩りへのカウンター」って色々あると思う。


「外来語を使うな!」みたいな主張をしている人は天ぷらとか
そもそも漢字のことをどう思っているのだろう?
ひらがなだって漢字由来だから使えないはずだ。


「じゅうばこ読み」だって、それを馬鹿にする人のほうが馬鹿にされる。
実況とか見てると良くある
実況者がなんかの漢字を重箱読みして、「間違ってるよバーカ」って指摘されて
そのコメントに対して「こっちでも合ってるんだよ馬鹿はお前だ」ってなるパターン、一体何回見てきたかわからない。
おもふく。


「ビバ=ノウレッジ」について
「ビバはイタリア語でノウレッジは英語だ!!」という名ゼリフが「スクライド」という神漫画にあるわけだが、
これにしたって、このような言葉は実はいっぱいあるのだ。
単に、「混種語」というカテゴリーがあるだけなのだ。
ビバ=ノウレッジに怒る人は、レーズンパンを食べれなくなってしまうのだ・・・
劉邦はレーズンパン食えないのだ・・・



「汚名挽回」は実は間違ってないという分析をしている人がいた。


・同様に痴豚様も、「疲労回復」があるから汚名挽回は問題ないとラジオで言っていた。


「ご冥福をお祈りします」という表現は正しくないと怒る人もいるが、
そうやって他人の追悼を叩こうとする人の方が邪悪だということは暴かれてしまった。


「的を射る」も、実は「的を得る」で構わんということになってきているらしい。
ある時期に辞書を作った人が、「的を得るは間違いである」という説をゴリ押しで流布しただけのことらしい。


wikipediaを「wiki」って略すと怒る人
携帯電話を「携帯」って略す行為には、ダブスタ以外でどう怒るのか。


「申し訳ございません」という日本語は間違っている、という指摘自体が間違っている気がする。


・・・
こんな風に
調べるといくらでもでてくる
「実は成立している例外」
「間違っていると言われてたけど実は合ってる説に覆された例」

とかについて知れば知るほど、
「本当に叩ける言葉の間違い」なんて、実は全然無いんじゃないか?という気分になってくる。


・・・
みたいなどうでもいいことを、
身動き取れず頭痛が痛い間、ずーっと考えてたりしました。



勿論、こういうことを考えた後には
逆のことも考える。


こんなふうに、
「言葉というのは変化していくもの」
「言葉というのは使う側の大多数の了承の問題」
「だから使う側の過半数が間違っていたらそっちが正解」

みたいなことを言い続けていたら、

「やりたい放題」になる可能性もあるよなぁ、という風にも考える。


例えばこれの悪い例。


しょこたんが最初に 「ギザ」という言葉を使った時、
おもいっくそ馬鹿にされていた。

2ちゃん用語の「ギガワロス」を、知ったかぶって使おうとして、間違えて「ギザワロス」とか言っちゃっていたのだ。

それが最初に見つかった時の、2chからの
「ネットスラング使おうとして間違えて滑ってるwwwこいつダセえwww」感
「情報量単位のギガすら知らねぇのかよwww」感
は凄かったのだ。


でも、そのあとしょこたんは開き直った。
そんで開き直って言い続けていたら、
それが定着して今では普通に「ギザカワユス」とか使われるようになってしまったのだ。
無理が通れば道理が引っ込む。


こういう風に、誤用しても非を認めずにゴリ押しで「新語」「珍語」を増やせるとしたら、
もはや何でもありではないか?
という気分になってくる。

だから、言葉の乱れを食い止めたい、という気持ちも分からんでもないのだ。
いつの間にか「壁ドン」が違う意味でゴリ押しされてるのとかも。


(でも、「情報量単位の言い間違え」があったからこそ)
(BTFの「1.21ジゴワット」という魅力ある謎用語も産まれたのだよなぁ)


で、結局なんなのか。

究極的な結論としては

トランジスタシス と ホメオスタシス

変化する力と 維持する力

その二つの力のせめぎあいの中で、勝手に言葉は進化していけばよいのだ。


というわけで実は
「捨て置けぃ」という結論にしかならない。


そして今回とりあえず言いたいこととして
これからも「頭痛が痛い」という表現は素で使っていくと思うけど、
別にツッコミ待ちじゃなくて確信犯で( 誤用の確信犯(誤用) )
言ってますよ、という話でした。


ところで
近未来SFで、登場人物が使う日本語が崩壊してる系のディストピアいいですよね。


「僕の妹は漢字が読める」とか、読んでないけど唯一興味のあるラノベだ。


なんか筒井康隆の短編でもそんなのあった気がする。


ネムエ (名前とnameが合成された、未来の日本語)


関連記事
[ 2015/04/22 17:32 ] 駄文 | TB(0) | CM(6)
これは私個人の意見ですが

・wikipediaを「wiki」って略すと怒る人は
携帯電話を「携帯」って略す行為には、ダブスタ以外でどう怒るのか。

これについてはwikiで指すサイトが多いから紛らわしいんですよ。
「ニキータ・フルシチョフについてwikiでは~と書いてあった」だったらwikipediaだなって当然分かりますが、
シレン2のwikiでは~とかポケモンのwikiでは~とかならどうします?
「攻略情報のまとめwikiだな^^」って思ったらwikipediaだったりして話が噛み合わない事があるんですよ!
まあ、後半の携帯の略し方についてはそもそも怒った事ありませんが。
とにかくwikipediaは@wikiやwikiwikiと混同しないために、きっちりwikipediaと読む事が増えるよう願います。
[ 2015/04/24 18:58 ] [ 編集 ]
私見ですが、某動画サイトの実況とかでよく目にする、
UP者の漢字の読み間違いを視聴者のコメでネタだと言い張り、
指摘や疑問に思った人のコメントを待っていたと言わんばかりに
罵り嘲る様は正視に耐えない。
また指摘する人のコメントでも、行き過ぎた罵倒をする人が居て
見るに耐えないような事を書いているのも目にしますが、
先のそれも同じ様な気持ちの悪い凶暴さがにじみ出ているように感じる。
[ 2015/04/26 07:13 ] [ 編集 ]
コメント返信
> メルモン さん


なるほど

「携帯」という略だと文脈で携帯電話のことだと一意に分かるけど
「wiki」という略だと一意にわからない場合がある。

やはりそんな感じですかね。


でもなんだかんだで文脈で分かる気もするんですよね。


まぁ、いちおう自分の場合は大体「ウィキペド」って略してる気がします。
一貫できてるかどうかは謎ですが。


[ 2015/04/27 20:08 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無し さん


> 私見ですが、某動画サイトの実況とかでよく目にする、
> UP者の漢字の読み間違いを視聴者のコメでネタだと言い張り、
> 指摘や疑問に思った人のコメントを待っていたと言わんばかりに
> 罵り嘲る様は正視に耐えない。


ですね。
いずれにせよ、そういう動画本来の話そっちのけになって
場外乱闘してるような流れはうんざりしますね。


更に実況者が
そういうのを狙って、米稼ぎでわざと言い間違いを多発しているとしたら、
なんかもう絶望的な釣り堀空間ですねw


もっとやんわりと
「伝わりゃいいんだよ」くらいのスルー力が必要、という感じでしょうか。

[ 2015/04/27 20:13 ] [ 編集 ]
本題とは違いますが、大学の先生に
「呼吸って字、おかしいだろ!生まれたとき、吸うことからはじまるんだから吸呼だろ!」って言う人がいました。ニートさんはこの先生の意見についてどのようにおもいますか?
[ 2015/05/03 23:31 ] [ 編集 ]
コメント返信
> くるす さん



> 「呼吸って字、おかしいだろ!生まれたとき、吸うことからはじまるんだから吸呼だろ!」


考えたこともなかったツッコミなので、面白いとは思いましたw

順番に拘っているのですね。

そうなってくると、
他にも引っかかりそうな例がありそうな気がしますけどね。


・・・と思いましたが案外スッとは思いつかないモンです。

そもそもこんな風に「二種類の別の動作を並べている二字熟語」というのがあんま思いつきません。
真っ先に思い浮かんだのは「屈伸」でしたが
これはまぁ、曲げてから伸ばすので、合ってますね。

こういうのの間違ってそうな例となると、本当に見つけるのは難しそうです。


・・・てなことを考えたので、
まぁ、
「順序は全てに優先するぜ」というスタンスであり、
かつ、他に間違ってそうな例があったら全て正してひっくり返していく勢いなら、
誰もその人の主張を止められないんじゃないかとは思います。



自分的にはどうかするかというと、
相変わらず「呼吸」を使うしかないなぁ、という感じです。
きゅうこじゃ変換もしてくれません。


なんか、七転び八起きにもツッコんでそうですねw
七回転んだなら七回しか起き上がれないだろうということで。
七転八倒

[ 2015/05/06 17:41 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

月別カレンダー
07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -