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人間は選挙に行かなくていい論

 
気づいたら相当の糞文を書いていた。
更に一日寝かせると、相当の糞だと分かる。 でも貼ってしまう。

ところでこの糞ブログでは、
今まで、一度たりとて「政治的な話題」をしてこなかったと思う。

それは何故か。 それもまぁ後で説明するとして
今回初めて、そういうポリティカル()なことを書いてみようと思う。


それがこれである。

「人間は、選挙に行かなくていい」
とんでもない結論であるが、これを固めていく。


ただ純粋に、人間は選挙に行かなくていいということを、
その理由を、延々と並べていきます。


たぶん下に行けばいくほど、強い理由になります。


全てを倒さない限り、このニートを選挙に行かせることは出来ません。



 

何故人間は選挙に行かなくていいか


(ちなみに、これでも一応自分は成人しているので 一応選挙権はあります これで)
(信じられないことに)
(こ、この精神年齢で)

(記事内で多く「若者がどうの~」という表現があると思いますが)
(これで一応20代なので、一応その立場で言っている、ということです)

(架空の若者に意見を仮託させているワケではないと)


理由① 選挙に行った所で「結果」は変わらない。


まぁ基本中の基本はこれである。 (一番の雑魚でもある)
自分一人の「一票」では「結果」は動かない。

馬鹿げているが、真実であるだけにどうしようもない。

自分一人で結果が変わらないのは当然として
投票率にも、白票率にも、1パーミルの変化も与えられないだろう。


だから、個人が行こうが行くまいが、実は自己満足にしかならないのである。
人間はどこまでいっても一人でしかない。


小一時間を消費して、
「何の変化も無いこと」に参加した気になれるのであれば
何かもっと有意義な時間の使い方を見いだせる筈である。

選挙には行かなくていい。


理由② 
例えどんな極端な状況を作りあげたとしても、
やはり選挙に行った所で「結果」は変わらない。


の強化版。

それでもなお、
「自分の一票に意味があった」と信じられるような状況はありえるだろうか?


仮に、1001 対 1000のような「超僅差」な結果の選挙があったら、どうだろうか?

そんな選挙があったなら、「1001側」に投票した人は
「今回ばかりは自分の投票にも意味があった」と思うかもしれない。


だがそれは、
「自分一人の一票が意味があったと思っている人間」が実は1001人蠢いているだけなのだ。

「全員が、自分の一票によって結果が変わったと信じている」

これはおかしいではないか。
そういう構図を想像してみればわかる。

たとえ一票の差で結果が決まったような選挙があったとしても
それは自分一人の票の影響では結果は変わらなかったのである。


「もし自分が逆の方に入れていたら、結果はひっくり返っていただろうか???」
こんなifを考えてしまうだろう。 そしたら、更におかしな気分になれるだろう。

そのおかしな気分の正体とはなにか?

もしそんな風に揺らぐことが出来たなら、他の誰かも揺らいでいたはずである。
2001人、全員が揺らいでいたはずだ。

つまりそれは、「自分一人だけ未来を見た上で過去に戻って票を変えることが出来た」という妄想なのだ。

そんな「特別な能力を持っているかのような妄想」をしているから、
「自分一人の力だけで結果を変えられた」かのように錯覚してしまうのだ。

そして、実際は誰もそんな能力なんか持っていない。
僅差は僅差でしかない。

どこまで行っても、自分の影響力は1/2001でしかない。
その僅かなブレのような物では、変化は起きない。


つまり、どうやったって、
そんな風な極端な状況だったとしても、結果は絶対に変わらないということ。


もし本当に「自分の一票のせいで結果が変わった」と信じれるような選挙があるとすれば
それは3人で選挙をして「1対2」になり、自分が2側に投票したような場合くらいなのではないか?

馬鹿げている。

選挙にいくのは意味が無い。


理由③ 選挙をよびかけるのは奴隷である

ではむしろ、「どんな人達」なら選挙に行くのに意味があるか。


例えばどっかの組合やら宗教団体やら業界やら・・・
そういう「団体がらみ」で選挙に参加している人達・・・

実は「そういう集団の票と票のぶつかり合い」 そのパワーバランスにすぎないのが、選挙なのである。


これだけでもやはり、「個人が選挙に行かないでいい理由」として十分だと思うのだが、
それに反論する人もいる。


つまりだ。

「そういう団体、そういう既得権益で動いている連中の思い通りにさせないためにも、
あなたのような”無所属の若者”の一票が重要なのです。 だから選挙に行きなさい!」

「選挙に行かないということは、そのような団体の思い通りにさせるということであり、
若者が搾取されていい、ブラック企業で低賃金で働けばいい、企業に使い捨てにされていいと、
そういう「強者による支配」が続くことを認めているということ!」

「つまり選挙に行かないということは、自分が奴隷だと認めているということだ!!」

・・・
みたいなことを言う人がいる。


一見、正論にみえる。
だがこれも、考えてみるとおかしいのである。

まず、個人票で団体票に勝とうとするのが無理であるということ。
それで影響を与えようとすることが無駄な努力であるということはで既に語った通り。


そして何より変なのは、
「どういう立場からそれ言ってるの?」という点。


「選挙に行かないのは奴隷」
・・・
その理屈が正しいということは
選挙というのは既得権益の団体によるパワーバランスにすぎないというのが前提である。

ということは、もしも団体側、業界側、強者側、「貴族側の人間」であるなら
若者に「選挙に行け」なんてこと、実は言う必要がないのである!!
自分たちの「団体の力」が弱まるから。


ということは
「特定の業界や団体にしがらみのない人こそ選挙に行って下さい!」なんてセリフを言っている時点で、
その人もまた、「しがらみのない1個人」であるということが分かってしまうということである。


つまり、そのセリフを吐くということは「同じ奴隷側」の人間なのである。


つまりつまり、奴隷同士で
「この体制をなんとかひっくり返そうぜ! まぁ俺達は組織票はやらないけどな!」みたいなことを
言っているだけ、ということである。


これはもう、本当に馬鹿げた、情けない構図である。
 

「奴隷側の一票」がいくら集まっても無駄なのである。
そして、それを呼びかけるのは「奴隷」でしかないのである。


この絶望的な構図に気づけば
選挙なんかもう行かなくていいことが分かるだろう。


理由④ 
むしろ選挙に行っている暇があれば
1票以上の活動が出来る可能性がある。



理由から産まれた亜種といった感じであろうか。


について考えたなら、次はこんな感覚になってくるはずである。


「じゃあ自分も団体に入ればいいかぁ?」
(元も子もないが) 
(そして強者側についたなら、もう「若者は選挙に行け」とか言う必要は無いのだからこの記事に食い下がる必要も無くなる)
とか、
「じゃあ自分も誰かに何かを訴えかけて、自分の票の力を1以上にしようかぁ?」という感覚である。


言ってしまえば、現代人は、これが出来る。

自分の一票以上の選挙活動を、やろうと思えば出来る (出来る気になれる)
それが、現代なのだ。


例えば、今まさに自分がここに、こんなクソ文章を書いている。
そんな風にして、他人の行動に何らかの影響力を与えればいい。

このクソ記事を読んで
「そっかー選挙には行かなくていいのかー 腑に落ちたよ~」と納得して、
実際に選挙に行かなくなる人が、一人以上存在すればいい


一人以上存在すれば、するならば、
それは、「自分一人の考えで行動したとき以上の行動力」を発揮したということだ。

つまり、わざわざ小一時間程の時間を消費して投票所に行ってくるのよりも
自身の政治に対する考えを、「より多く反映させることが出来た」と言えてしまうのである。

・・・
少なくとも、そのような「幻想」を、現代人は持つことが出来る。
(SNSや掲示板、つまり、大規模に「通信」が出来る時点で)


これは、ワリと何となく、ワリと真剣に、ワリとリアルに
現代人が投票に行く気にならない理由にならないだろうか?


小一時間かけてリアルに行動する以上に、
ネットでバーチャルに妄言を吐き散らした方が意義がある場合がある・・・かもしれないのだ。

だから、わざわざ自分の足で選挙に行く気分になどならないのである。


選挙には行かなくていい。


理由⑤ 標本調査であるから行かなくていい


選挙とは、大規模な「アンケート」のようなモノである。

募金や、署名とは違う。 
「絶対的な数」が問題なのではない。 あくまで「相対的な数」をみているのである。

そして、その相対的な割合の「正確さ」が重要だと言いたいのだろう?
だから、「投票率が低い」だのと喚くのだろう?


だが、「標本調査」という概念がある。
統計である。


昔、「トリビアの泉」という番組でも良く言っていただろう?
「n人程で調査をすれば十分な統計結果が分かるでしょう」と。(笑い声)


この数値は、意外なほど小さい。

投票率って本当に重要なのか?について考えてみた
↑同じようなことを考えていた人がいたので、リンクを貼る。
( 「標本調査 投票率」でググっても、同じようなこと考えてる人が意外と少なかった 謎)

・・・
2400人も調べれば、信頼度95%の結果が出るらしい。


でまぁ、より正確に民意を反映させたいのなら、「ランダムな選出」をするのが重要ということだ。

そうすれば、「全数調査とほぼ変わらない結果」が、「超低コスト」で得られる。


そもそも、「年代別で投票率が違っている"歪な"実際の選挙」よりも、
よっぽど全数調査に近い結果が得られるのだ。 統計的に! 低コストで!



つまり「選挙なんてものは標本調査みたいなモンでいい」ということが理解できれば、
「投票率がどうの~」なんてこと気にする必要ないってことが分かりそうなものである。


むしろ、より正確な標本調査をしたいのであれば、
みんなランダムに投票をサボるべきだ。


それが嫌なら、ランダムに投票権を配るような新しいシステムを考えるべき。

選挙は「建前上は全数調査」ということになっているが、明らかに間違っている。
皆がランダムにサボったような標本調査にも「劣る」ような結果しか、出せないのだ。


とにかく、そんな選挙には無理して行かなくていい。
あれを「義務」や「美徳」だと思い込んだり、他人に強要したり、
選挙に行かない人を馬鹿にしたり、投票率の低さを嘆くのは、ただただ「脳ミソが古い」



もはや選挙という惰性のシステムは、
大勢の人間にとって「労力の無駄」以外の何物でもない。


何故投票率を上げなければならないのか、謎である。 (これに関しても後に正確に語る)


理由⑥ 理由⑤に対する反論への反論 (ややこしいが)


理由に対する反論は、いちおう簡単である。


理由が重要なのは、
ランダムな標本調査こそがより正確な民意の反映に繋がるからである。


その上で理由に反論するとしたら、次のようなパターンが考えられる。


つまり、
「標本調査と、選挙に意識のある層による投票による調査とで、差が明確にでるほうが、むしろ望ましい」
という反論をする場合である。


分かりやすくいうと、
「ランダムな標本調査の方が全体の民意が正確に分かるかも知れないが、それが何だというのだ!」
「それよりも、ちゃんと選挙に行くような意識の高い人のみで構成された人員で選挙をするべきだ!」
「そこで全数調査と"差"が出るのであれば、その"差"にこそ意味がある!!」
「だからランダムなんて駄目だ!!!」

みたいな意見を言う人がいるだろう、ということだ。


だが、よく考えてみて欲しい。


実はそれこそが、「選挙に行かなくていい」理由そのものとなるのだ。


つまり「選挙に行きたくないと思う程度の意識の低い人」は、選挙に行かないことこそが
「意識の高い民意」の反映に繋がる
ということである!!!



今回の大阪都構想の選挙に関して、
「もう、お年寄りは自発的に投票を自粛すべきでは?」みたいな極論を言っている人が、大勢いた。

そんな意見に納得してしまう人もいたのではないだろうか?

つまりそういう、
自分の年金生活のことしか考えないような人、
自分の生活保護のことしか考えないような人、
・・・
そういう自己の利益しか考えないような人、
そういう自己中心的な人の意見は

民意から除外するべきである、と。

そして
耄碌したお年寄りのような人、つまり頭も悪く、
未成年以上に判断力のないような人、
もう政治に対してロクに知識も判断力もないような人
・・・
そのような人達は、

未成年に投票権が無いのと同じように、投票をするべきはない、と。

そういう人達は、選挙に参加するべきではない!

それこそが、未来のための選挙である!



・・・
ということが分かるのであれば、
「選挙に行きたくなーい」という風に思っちゃうような意識の低い、自己中心的な人、政治に関心の低い人は、
そのまま、選挙に行かなくていいということにならないだろうか?


そう、
選挙に行きたくないような人は、選挙に行かなくていいのだ!
(そういう人を、わざわざ「教育」したり「啓蒙」したりするコストすらも、必要ない)
(ただただ、行かせなくていい 行かないことが「善」なのだ)


・・・
このトートロジーは、ヤバイ。
バカの開き直りは恐ろしいということである。


そして何よりも、⑤と⑥のコンボがヤバイ。


を否定しようとすると、
ランダム性・全体性を排除した、選挙に対する意識に重みをつけた、のような選挙が望ましくなる。

だが今度は
を否定しようとすると、
より正確に全体の民意を反映できるのようなランダム選挙制が望ましくなる。


つまり、どっちを否定しようと思ったところで、選挙には行かなくていいのだ。


理由⑦ シルバーデモクラシー等について

⑤⑥のコンボはヤバイ。
その上で
まだ「投票率を上げろ」という意見が出るとしたら、それは何を示しているのか?


それは、「若者の投票率が低いから若者の意見が通らない」ということである。
もっと言うと、「若者の投票率が低くて若者が苦しむのなら若者が悪い」ということだ。

標本調査について知った上で
未だに投票率の低さに嘆く人がいるとするなら、これしかない。

つまり、「投票率を嘆きたい=若者を叩きたい」の図式が成り立つ。
暗にそういうことが言いたいに等しい。


だがこれは酷ではないか?


少子化で、
最初から「数の暴力」で不利にしておいて、ジワジワとやる気を失わせておいて、
後から、「お前らの投票率が低いのが悪い」と言ってみせる。

その構図には何の意味があるのだろうか。

イジメか?

学習性無気力。

低い投票率、それ自体には意味がある。


やる気を出さないのが悪いのか?
やる気を出させないのが悪いんじゃないのか?。


汚職、
不正選挙、
政治不信、
政治的無関心、
そして少子化、
ネット投票も進まない
・・・
原因を正さずに、結果だけを変化させようとするのは傲慢である。

そんなのは
「北風と太陽」で言えば、完全に「北風」である。


実際どうなのだ?


今回の大阪都構想の選挙の結果を見て、
あれがシルバーデモクラシーだと嘆いている人は大勢いる。
(その認識が正しいかどうかは置いといて、これからも似たようなことは起きてくる筈だ)
その上で、次の行動はどうする? どうなる?

若者は「これはもうバカバカしい」と完全に意気消沈して、ますます選挙に行かなくなるか?
それとも「これではヤバイ」と一念発起して、ちゃんと選挙に行くようになるか?

多分、前者だろう。

でもそれは、若者が悪いんじゃない。

単に、やる気を伸ばせない、負のスパイラル構造になっているだけ、ということである。


世界が、北風なのが、悪い。


だから、選挙には、行かなくて、いい。


理由⑧ システムが気に入らない

もうちょっとだけ続くんじゃ。

まぁとにかく今回の大阪都構想の選挙結果はなかなか興味深かったので、
それがこんなクソ記事を突然書いた間接的理由ではある。

大阪都構想

反対しているのは70歳台だけで
他の年齢層は全て賛成多数なのに、
結果は反対多数になってしまった
、ということが声高に叫ばれている。

この歪は何なのか。

シルバーデモクラシーだと言う人もいる。
だが、人口比率と投票率を見れば実はシルバーデモクラシーでは無かったと言う人もいる。


こんなのはおかしいから
「若者の票を二倍にしろ」とか
「老人の票にはバイアスをかけろ」という意見をマジに言っている人もいる。

だが
今回の大阪の選挙、
70歳以上に0.5の倍率をかけた所で結果はひっくり返らなかっただろうという意見もある。


そもそも、バイアスでなんとかなるのであれば
その倍率は誰がどのように定めるのか、という問題になる。
その倍率次第で結果が変わってしまうではないか。 (なんとかなるとは、何がなんとかなるのだ?)


0.5で駄目なら0.3にするか? 
・・・
そこで気づくだろう。

その数値は何なんだ?と どこから来たんだ?その「0.3」というナンバーは? 
誰の都合だ? 自分の都合か?


では、そのように「マジックナンバー的なモノ」を用意せずに、
より優れた民主主義を実現したいなら、どういう方法があるだろうか?


年収をそのままかける?

収めた税金をそのままかける?


・・・
駄目だ。そういうことを言い出す人は必ずいるだろうが、
そういうやり方は、それこそ「強者の都合」で進むだけ。 
ますます格差と搾取が加速するだけだと分かるだろう。


自分としては
IQをそのままかけるのがいいんじゃないか?みたいなことを妄想したりするが、
まぁめんどくさいよね。 選挙の度にイチイチIQテストするのかよと。 余計面倒になるわい。


つまり現状はクソだが、クソな現状を変えるのも現実的ではないということ。

のようなランダム制が一番良い気がするが)
(それか、現状のように「行きたい人が行く」というのが、実はちょうどよいバランスになっているのかもしれない)


とにかく、
無気力になるのが正しい。


選挙には行かなくていい。


理由⑨ つまり多数決がもうダメという意見

こうなってくると、「もう多数決が駄目なんだーウギャ~」という気分になってこないだろうか?

デモクラシーは駄目だ! アナーキズムだ!

ポケットモンスター ~ democracy vs. anarchy ~

議会制民主主義が崩壊した瞬間である。


まぁそれは置いといて、

多数決で何が決まる?
大勢の意見ってそんなに重要か?
考えてもみろ、人間の半数は「IQが100以下のバカ」ばっかりなんだぞ?

なんで大勢の意見が大切なんだ?
そんな半数に踊らされていいのか?

ネット上に転がってるアンケート系のランキング記事の結果、全部ゴミじゃないか!


あと、大衆には、「自分の票が死に票になるのを恐れる」という習性がある。 これ重要。

だから事前調査とか、
マスコミで印象的な報道をされると、わりとそのとおりに投票してしまう。
つまり、単に「勝ちそうなところ」に入れてるだけなのだ。 あほらし。

これは、民意がよく雪崩式に一方的に流れていく現象からも分かること。
(支持率が最初だけ高くて、後から徐々に減っていく、いつものパターンとかね)

つまり、そういう「付和雷同」「日和見主義」が、大衆の民意の正体なのだ。


実際問題、
今の橋下氏の心境はどのようなモノだろうか?

口には出さなくても「衆愚」という言葉が頭の中を支配しているのではないだろうか?

「正しいことを為そうとしたのに、バカ共に、老人共に足を引っ張られた」・・・そんな想いを一生抱えていくのではないか?
大阪都構想 賛否大阪都構想 賛否

生活保護と賛成反対を関連付けた、こんなマップすらある。 学歴によるマップすらある。

結局、生活保護という既得権益にしがみつきたい人間の自己保存欲が勝ったということである。
正義は負けたのである。

・・・
そんな風なことを、考えてはいないだろうか? (妄想)


自分はそういうことを想像すると、ゾクゾクしてくるのだ。

まるで、「ナウシカ」じゃないか。
ナウシカ ナムリス

弟は
若い頃本物の
慈悲深い
名君だったよ
土民の平安を
心から願っていた

だがそれも
せいぜい最初の二十年さ

やがて
いつまでも
愚かな土民を
憎むようになった



民衆を導こうとして、民衆の愚かしさに躓いた人。 自分はそういうのを見るとタマラナイ。

「悪堕ち」して欲しいと思う。 ダークサイドに。


民主主義は駄目だ!
衆愚政治は駄目だ!

行き着く果ては、「独裁」である。

でも独裁ってのも悪くないと思うよ。 ダースヴェイダーさんもそう言っている。


自分の独断で勝手に墓所を滅ぼしたナウシカだって、言ってみれば一種の独裁者だ。
だが、独裁だからって必ずしも間違っているとか悪いとかではない。


大衆の民意がゴミだというのなら、
大衆の民意では、善悪も何も、正しく决められないとするならば、
その民衆が好まないことをやったとして、その行為の善悪を決めるのは、一体誰なんだ? 
いや本当に、誰なんだ?


(羊たちを導いてやらねばならない)
(たとえそれを羊たち自身が望んでいなかったとしても・・・)



理由⑩ 不参加も意思表示である

そもそも何故選挙に参加する気にならないか。

・民主主義が気に入らない。
・バカや老人達と、自分の票の重みが同じなのが気に入らない。
・・・
まぁ色々あるだろうが、
既に勝手に定められたシステムの上で動かされるから、ということもあるだろう。

気に入らないし、何より自分たちで決めたシステムじゃない。


A「はーいクラスのことは多数決で决めましょうねー」
B「いや待て、なんで多数決で決めるということは前提になってるんだ?」
B「まずは多数決を採用するかどうかを決める議論をするべきだろう」
A「こいつめんどくせえ・・・」


・・・みたいな感じである。


まぁそういうのは置いといて
実際どうなの? 一回ぶっ壊せないの?

もうこれからは年寄りに引きずられる、衆愚の決定ばっかりになるって、皆、諦めムードにならないの?

システム自体を改善していこうとは考えないの?


・・・
実は、
「選挙に行かない」という決意は、そのような既存のシステムに対する「反逆」なのではないだろうか?



選挙に行かない。 これもまた一つのサイレントテロ活動なのだ!


「不満があるなら白票を出せ」という人もいるだろうが、同じことだろう。

いや、むしろ白票は「マトモな投票先が無い」という意思表示であって、
「マトモな政治システムではない」という意思表示をしたいのであれば、そこは「不参加」が正しいのではないか?


つまり、選挙に行かないのは、これもまた一つの「正しい意思表示」なのである。


若者の投票率は
もうずっと半分を切っている。
つまり多数決で「多数決が下らない」ということが証明されているパラドックスなのだ!!

これはもう、怠惰だとか、政治的無関心だけで説明が付くような問題なのだろうか?

選挙に行かない若者の意識を叩いたり馬鹿にしてすむような問題なのだろうか?

実は若者はもうとっくに、「アレはボイコットするべき」ということに「気づいて」しまったのではないだろうか?

その結果、「若者の票を二倍にしてはどうか?」みたいな意見がリアルに出てくるのであれば、
これはもう、サイレントテロ活動をした成果だと言える。

ようやく、システムの歪みとその是正が、真剣に考えられはじめて来たということだ。
つまり「ゴネ得」だったのだ。 みんなサボってきて、良かったのだ。


昨日のサボりが報われるためにも、今日もまた、サボろうではないか。


選挙には、行かなくていい。


理由⑪ 自分たちで勝ち得たシステムじゃない

こういうことを言っていると、「過去の人間の功績」を持ちだして来る人間が、必ず出てくるのである。


つまり、
「我々の選挙権というのは、先人たちの血と汗と涙の努力の末に勝ち取った権利なのだ!」
「それなのに選挙に行かないというのはどういうことだ! この先祖不幸モノめらが!!」
「清教徒革命、フランス革命、大正デモクラシー、自由民権運動、板垣退助、田中正造・・・ブツブツ・・・ブツブツ・・・」

みたいな意見である。


実はこんな意見は瞬殺できる。


その先人が言うのならともかく、あんたはその先人じゃない、というのがまずある。
勝手に虎の威を借るなと。
(まぁこれはあまり良くないか)


先人が築いてきたシステムなら、それが時代遅れのモノに成り果てたとしても
それを維持すべきである、という点で間違っているのである。


何故過去を持ち出す?
むしろ未来を想像するべきだ!


もしも未来において、
未来の子供達が選挙から開放されていたら、どんなにいいだろう。
どんなに羨ましいだろう。

Imagine there’s no election.

優れた人工知能によって決定される市政に間違いはないのだ! (ちとディストピアっぽい)

もう、選挙権がどうのとか、投票率がどうのとか、
先人の努力がどうのとか、民意の反映がどうのとか、
そんなことに未来の子供達はイチイチ煩わされる必要はない。

未来の子供達の人生は、きっとそのような旧式のシステムから開放されている
開放されるべき、そういうことが、想像出来るはずだ。


つまり、徐々にこのようなシステムは取り替えて行かなければならないということが見えてくる。


そういう風に考えることが出来るようになれば
「先人たちの血と涙の努力の末に勝ち取った権利なのだからありがたく選挙に行け!」
などという盲目的意見はどうでもいいということが、ハッキリと分かるようになるだろう。


未来を思え。

古臭い、ダサい、間違っていると思ったなら、捨て去っていいのだ。

「自由選挙」を勝ち取ってきた歴史がどんなに偉大であっても、
それは自由選挙自体の偉大さとは関係がないのだ。

むしろそのようにして勝ち取ってきたからといって自由選挙を過大にありがたがることこそが、
未来を阻害しているということに気がつくはずだ。


自由選挙は、優れたシステムではない。

選挙は、偉大じゃない。 

行かなくていい。


理由⑫ そもそもニートは選挙に行くべきではない

これは、自分だけに限った理由です。

ニートは義務を果たしていないので、選挙権を行使するべきではない。

なんという正論! 以上。


ところで
当然だけど
「選挙に行かない奴は政治について不平不満を言うなよ」ってのは分かるよ。
まぁそれもすぐ潰せるだろうけど、一応は弁えてる。

だからこそ、自分は政治について語らない、というのがあるのだが。


だが、
「選挙」について語るのも、一応は「政治」について語ることではある。


だから、これらを変に組み合わせてしまって、
「選挙に行かない奴は、選挙について不平不満を言うなよ」ってな事を言ってくる人がいそうだ。
こうやって分析すればすぐにおかしいって分かるだろうけどね。


不満があるから行かないのに、不満について何も言っちゃいけないのか?
それはなんか変じゃないか?


だから、
例外的に、選挙についてのグダグダだけは書いてもいいはずだ。

そういうので、今回の糞記事は存在しているのです。


理由⑬ 政治的無関心 アパシーについて

まぁそんなワケで、
直接的ではないが、こんな風に「政治」について語るのはこのブログ初めての事だったと思う。


それは何故か。


この政治的無関心(アパシー)とはなんなのか、それ自体について、いつか記事をちゃんと書きたいと思う。


言ってしまえば、
「政治についてツイッターだのブログだのでアツく語っている人は、どうしてこうも頭が悪そうに見えるのか」
という、「大問題」についてだ。


今まさに自分も、こうやって「選挙」について延々と語っているが、
その内容の如何にかかわらず、
その姿は、かつて無いほどに「糞馬鹿」に映っているだろう。 普段の、何倍以上も。


他にも色々ある。

・デモとかロビー活動をしている人達の「自分の人生を生きてない感」は何なのか

・プロ市民 暇そうな主婦がやってそうな感じ 人生の脇役っぽい あれは何か

・ヘイトスピーチにかぎらず、あらゆるデモ活動、
 あのヒステリックな感じが、ヤンキーの暴走族の集会と同じにしか見えないのは何故なのか

・もっとずっと根深く、どこに行っても政治について語っている人間は煙たがられているような、気がする
 なぜそうなっているのか

・こんな風な政治的「無関心」以上の、
 政治的「嫌悪感」のようなモノとは何なのか? どこから来るのか?

・このようなアパシーの分類からは何も見えてこない もっと進んでしまった現象のモノのように感じる。

・これは「反知性主義」なのか? ルサンチマンなのか? そのような態度に向かうこと自体は、正しいのか?

・むしろ、自分の人生に不満を持っている人こそが、政治だとか、デカイことに言及したがるのではないか?

「自分のことすらままならない人ほど言うことの規模がでかい問題について」

・だがだが、「満足な豚よりも不満足なソクラテス」なのではないのか!?

・一体どっちが、正しいのか!!


・・・
・・・
・・・
こういうこと全般について、いつか書いてみたい。 
(むしろそっちから先に書かなければならなかったような気がする)


(番外 フィクションからのアパシーについて)

アオイホノオ4巻

例えば、子供の頃からある種のラブコメ、ある種の主人公像に触れ続けていると、
自分自身も現実世界で、恋愛に関してそのように振る舞うようになってしまうのではないか?みたいな考え方がある。

つまり、主人公(自分)はヒロインが寄ってきても「ぶっきらぼう」に振る舞わなければならないのだ。
そう、思い込んでしまう。

現在の若者の「草食化」とは、そういう風にも解釈できる。

フィクションの現実への侵食である。


・・・で、
ワリとこのようなことの「政治版」もあると思う。



今やってるアニメだと、「シドニアの騎士」とかが、正にそんな感じ。
あのアニメで、デモ抗議活動している一般市民達の主張は、必ず空回りしちゃうのだ。

・ガウナへの無防備派 (現実の九条問題に似ている) (無防備マン)
・移民派
・融合個体反対派 (現実のオスプレイ問題に)

・・・
シドニアの騎士 プロ市民 シドニアの騎士 プロ市民

こんな風に、ヒステリックにデモ活動している民衆サイドをある種リアルに描いているけど、
劇中でのそういう人達というのは大抵「間違った認識をしている脇役」でしかないのだ。

・ガウナは武器を捨てても問答無用で襲ってくる
・移民船はガウナに乗っ取られました
・つむぎは正ヒロイン!



結局のところ、
ワリとこういう作品は多いと思う。
(まぁ仕方がない)
「現地で戦っている主人公よりも、戦わない民衆側のデモのほうが正しかった」なんて展開、むしろ出来るのか?)


「ガチな架空戦記モノ」であればあるほど、このような問題がでてくる。

そして、そのようなフィクションに幼いころから触れ続けてきた人間は、
政治活動に熱を上げる人を見ると「人生の脇役みたい・・・」のようにしか認識できなくなるのではないか?


ツイッターとかブログとかで、政治について知った風なことを語っている人を見かけると「クソダセェ・・・」と感じてしまうのは、
このためもあるだろう。


好きな漫画家さんのブログを見に行ったら、
政治についての不平不満を延々とぶちまけてて、「うわぁ・・・」って思う。 幻滅する。
その「幻滅」とはなんなのか? 

「一生懸命モノを考えているなぁ」
「正しいかどうかはおいといて、日本について真剣に考える姿勢は見習わなくてはなぁ」

とは、決してならない、「あの感じ」とは、なんなのか?


なぜ某掲示板では政治の話題は当然のようにNGになっているのか。
なぜ某画像掲示板で「いましろたかしさん」の漫画の1ページが貼られると、
小馬鹿にしながら読むのが前提で話が進むのか。


なぜ、政治的に(真剣に)パラノイアになっている人を、政治に無関心なだけの人間が、指さして笑うことが出来るのか。
その「笑い」の正体とは、何なのか?


・・・
まぁそういうことについて、いつかちゃんと書きたいと思っています。


何の話だったのだ。


まぁ「政治的無関心」はそんな風にして根深く広まっている。
自分自身もまた、それに感染している。 


そんな感じで、選挙に行かなくていい理由がまぁ、ざっと⑬個ほど並びましたかね。
本当に、ぱっと思いつくだけで、こんくらいはスラスラと出てきます。

この自分を選挙に行かせたければ、この13人の刺客のすべてを倒さないといけません。

誰が雑魚かな? 誰が最強かな?
(自分としては、⑫がラスボス⑬が裏ボスって感じかなぁ)

(でもは雑魚でもあるんだよ 人によっちゃ「はたらけ」で瞬殺だと思えるだろうから)
は、倒し方すら分からんボスですね)



いずれにせよ、全員を同時に倒さないと駄目。


(別にこの記事に長文で反論しろって言ってるんじゃないよ)
(むしろめんどくさいから、そんなことはやらなくていい)

(というかこんなクソ記事でも、「真意」を読み取って欲しい)
(そんな「真意」なんて、実は存在しなかったとしても)


もう一度言うけど
若者の投票率は半分を切っている。 もうそれが、当然であるかのように。


だがそれは、本当に自堕落だからか? 無責任だからか?

本当は、このように「言語化」してないだけであって
実はここに並べたような多くの理由が複雑に絡み合った結果、
「行かなくていい」という結論に達したから、そうなっているだけなんじゃないか?


行かないほうが、悟っているのではないか?


若者の〇〇離れ。

自分は
「若者が離れているモノ」というのは、すべて
合理的で、「意味のある離れ」だと思っている。


酒とか飲まない。 タバコとか吸わない。 

最初から、そんな合法ドラッグ(一周して正しい使い方)の味なんか、覚える必要がないということを知っている。

ゴルフもスキーもやらない。 その程度の娯楽のために大規模に環境を破壊しなくていいことを知っている。

パチンコも、競馬も、TOTOも、宝くじもやらない。 ギャンブルはしょうもない。
たとえ勝ったとしても、そんな「社会的意義ゼロの儲け」なんかしょうもないということを知っている。

フルーツなんか有難がらない。 値段のワリに大したことがない、「味のコスパ」というモノを分かっている。

車も乗らない。 一時の移動手段やレジャーやステータスなんかのために、ガソリンを消費したりしない。

恋愛もやらない。 
ジーンのコピペよりも、ミームのコピペのほうが、進化した人間のやるべきことだと分かってしまったから。



・・・
こんな風にして、
選挙に関しても、「何か」を悟ってしまったのだろう。

だから、離れる。

やらないほうが、正しいのだ。


ところで、ディベートってこういうこと。
どっちのサイドについても、
どんな不利なサイドについても、理屈をひり出して、それで戦う。

「選挙には行った方がいい」

「選挙には行かないでいい」


どっち側で戦うのが有利かって言ったら、
そりゃ正論の方が楽だろうよ。 

でも、そんなの面白くない。


だから、人間は極論を言いたくなる。
不利な側で戦いたいと思うのが知性なのだ。

「人間は殺していい」って記事も、いつか書きたい。

すべての価値観を破壊していきたい。 (そして能動的ニヒリズムへ・・・)


痴豚様だって、いつも「穿った見方」ばかりしている(誤用)
でもそれは逆張りマンとかではないと思うのだ。


更に思うことだが
「逆張り」という言葉は本当に「ツマラナイ」と思う。


「逆張り」という言葉を使うのであれば、
その反対に、

・正論はみんな分かりきっているので、今更いう必要がないということ

・正論には思考的跳躍がない ロマンがない

・正論は強いが面白くない 強武器・厨武器のようなモノである


・・・という概念を一言でまとめたような二字熟語が欲しい所だよ。

じゃないと、フェアじゃない。


「順張り」のママでいいのだろうか?
でも「順張り」じゃあ、レッテル貼りして思考停止している感じが出ないからなぁ。



結局何が言いたかったの? この糞文章。

だが最後に残る真実は一つ。


馬を水辺に連れて行くことはできても、
水を飲ませることはできない



オワリ


 
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[ 2015/05/20 19:47 ] ニートメソッド | TB(0) | CM(21)
読んでいて我々団、というか外山恒一氏の思想を思い出しました。
[ 2015/05/20 20:46 ] [ 編集 ]
若者の○○離れ、って言葉はジジイどもがよく得意気におっしゃってますが(ある意味懐古主義なんだろうか)、こっちからしてみれば元々興味がない、必要性を感じないだけのことなんだよね。なのにまるでこっちが悪いように言われるのはなんか腹立たしいとは思いませんか。
若者の○○離れってのはあちら側の視点なんだから、受動態にしてしまえばいい。若者に見捨てられた選挙。若者に必要とされなくなった酒・タバコ。若者には魅力的でなくなったクルマ・腕時計、などなど。本当はどっちが問題なのか、見える気がする。
だいたい選挙に行かなかったからなんだってんだ。行けばそれでエライのか。どうせ行ったところでニートさんの言うとおり何にも変わりゃしないのにね。
[ 2015/05/21 00:08 ] [ 編集 ]
>みたいなことを言う人がいる。
>みたいな意見を言う人がいるだろう、ということだ。
言うほどいるか?

社会学に本気で興味あるなら、立憲民主主義やソ連型社会主義(東欧型社会主義)についての本を読むと選挙の意味と必要性が分かりますよ。
そこまでする義理も意欲もないだろうけど。一応。

ただこういう知識を踏まえると、投票するにしてもしないにしても、周りに流されてる人とか、良くてwikipedia止まりのネット知識で政治討論をする人よりは、
自分の主張に意義と正義を感じられると思います。
感じる必要ないけどw
[ 2015/05/21 07:09 ] [ 編集 ]
>ぜぶら
たしかに、最初っから取っ付てた訳でもないのに勝手にギャーギャー喚かれるのはウザいよなぁ
かつて若者だったやつが歳とって時代に流されただけっていうね。
もしそうじゃないってんなら、赤ん坊は老化離れしてんじゃねえかっていう
[ 2015/05/24 01:28 ] [ 編集 ]
はじめまして
頭いいんですね。すごい文章だ。
自分で「くそ記事」とかおっしゃらないほうがいいんじゃないですか。
おもしろかったですよ。
単純に若い人らが「投票したい」と思える連中がいないってことだとぼくは思う。
そうなら行く必要はまったくないよね。
投票しろ、というなら、投票したいと思わせるようになってみろ、と。
でもあぶらぎった豚どもが死んで、
いつかぼくらに順番まわってくるよ。
そのときはどうする?
それまでに民主主義をぶち壊すなら賛同するよ。
どうやって壊す?
それがほんとに聞いてみたい。
[ 2015/05/24 11:36 ] [ 編集 ]
独裁が云々のくだりは銀河英雄伝説を読むと結構ひっくり帰ります

ちなみに私も小さい時は善君が独裁したほうがいいのでは?と考えておりました
ただしどんな善君も支配者としてすべてを押し付けられると狂ってしまうので
民主主義が必要らしいです

あと選挙が行かなくていい理由ですが
組織票も個人票もひっくるめて”民意”です
組織票が勝ったらそれが”民意”ということになります

偉そうに垂れましたが銀英伝読んでみてください! 面白いですよ
[ 2015/05/25 00:12 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無し さん


> 読んでいて我々団、というか外山恒一氏の思想を思い出しました。

ネタじゃないですかw 
まぁこの文章もネタでいいですね。

でもああいうネタみたいな政見放送好きですよ。
破壊的ですよね。




> ぜぶら さん

どうもです。
なんかかなり賛同頂けたようで。


>なのにまるでこっちが悪いように言われるのはなんか腹立たしいとは思いませんか。

ですね。こちらからの反撃が欲しい所ですね。
それが、〇〇離れ、ということなのでしょう。

[ 2015/05/25 14:43 ] [ 編集 ]
コメント返信
> メルモン さん


> 社会学に本気で興味あるなら、立憲民主主義やソ連型社会主義(東欧型社会主義)についての本を読むと選挙の意味と必要性が分かりますよ。

> そこまでする義理も意欲もないだろうけど。一応。

> 感じる必要ないけどw


どうも
そういうふうな言い方をされると、
なんか意味のないひけらかしのように感じられてしまうので、
(そして仰るとおりどうせ自分は読まないだろうし、本のタイトルも分からないので)


「その本から学びとれるエッセンス」を
要約して選挙にいく意義を説明してくれたらいいのに、などと思ってしまいます。


この本を読めばうんたらかんたら~と言っている数行の間に
その本の大意くらい伝えられるはずだろう、と思ってしまうのは怠慢でしょうか。怠慢でしょうね。

(どうも数行あればなんだって要約して伝えられるはずだと思っているところがある)



しかしそれが出来ないというのはどういうことなんだろう。


「本とは何か」

イチイチ知識をロードする同じ手続きを、同じ労力を、各個人が各々行わなければならないってのは
本当にそれは、あるべき知識伝達の方法なんだろうか? それはいつしか「労力の押し売り」になってないだろうか?


本当の本の目的とは、
大規模に、簡単に、ミームを伝えるということだったのではないだろうか。
(イチイチ演説して回らなくていいように)

もっと
母親が乳児に飯を与えるように。
噛み砕いたものをペっと吐き与えるように。

そんなやり方があってもいいのではないかと思ってしまいます。


(まぁそれをやるから虫歯というものがこの世に産まれるらしいけど)

[ 2015/05/25 15:15 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 偕誠 さん


どうもです。

> 自分で「くそ記事」とかおっしゃらないほうがいいんじゃないですか。

これはやめられないですし、本当に思っていることです。
この記事かいた後だって、恥ずかしくて怖くて、自分のブログ数日見れなくなります。
毎回毎回、そういう気分で糞ブログやってるのです。 本気で。


> でもあぶらぎった豚どもが死んで、
> いつかぼくらに順番まわってくるよ。
> そのときはどうする?


すごい表現ですねw
実は何も考えてないと思います。

というか「あと30年耐えればいい」という感覚で生きています。

そうすればシンギュラリティの到来です。

本当に、民主主義がどうの選挙のシステムがどうのなんて
そんな次元のことでやきもきするような時代は勝手に終了しているだろうと、期待しているのです。




>名無し さん


> 独裁が云々のくだりは銀河英雄伝説を読むと結構ひっくり帰ります

> 偉そうに垂れましたが銀英伝読んでみてください! 面白いですよ


自分の中で何故かそれは「ものすっごく長いアニメ」という認識になっていました。
アニメで見ちゃ駄目でしょうか?w

あと何故か自分はガンダムと関係があるのかと思い込んでましたが、
ぜんぜん関係ないみたいですね。


しかしどうなのでしょうね。

フィクションの中での「独裁が駄目だと分かるパターン」とは。

暴君が好き勝手して自滅する描写だと、しょうもないと思いますが、

善君だったのに大きすぎる権限を与えられてしまったことにより狂ってしまって崩壊する、
そういう描写なら、とても魅力的だと思います。


というわけで「銀河英雄伝説」のオススメ、ありがとうございます。

[ 2015/05/25 15:30 ] [ 編集 ]
理由11
こういうのは前から思ってました。中途半端な仕組みを定着させてしまうのは
先の世代に対する罪みたいなもんじゃないかと。

理由13
最近「みんな自分の人生を生きるべき」とよく思います。

ニートさん「愛と幻想のファシズム」って小説読んだことありますか?
庵野監督が強い影響を受けたという。まさにこの記事に書かれてるような独裁や
衆愚が重要なテーマとして書かれてて、胸糞悪くて痛快で面白いです。
[ 2015/05/26 19:41 ] [ 編集 ]
選挙カーうるさいんでやめてほしいです(´・ω・`)
[ 2015/05/26 23:03 ] [ 編集 ]
「選挙に行かない奴は政治について不平不満を言うなよ」ってのは分かる、というのが引っかかったので一つ。
そもそもあらゆるルールあるいは制度はそれを作った側を利するためのものな訳で、だからルールに不満がある場合に「ルールに従ったやり方で」その意を表明しなければならない理由など全く無いのです。
寧ろ公然とそれを破った上で主張を行うべき。勿論完全に潰されてしまわないように戦略的に。
おそらくこの、「不満があるなら(あっても)まずは違反するな」という色んなところで見られるおかしなレトリック自体、近代以降の権力者である民主主義者たちが捻り出したものなのでしょう。

折角なので千坂恭二氏のツイートからの引用を(うろ覚えで不正確ですが)載せておきます。
「政治的無関心についての言及があれこれとなされるが、選挙が恐れるのは無関心などではなく「選挙の外の政治」なのである。だから選挙は選挙以外には政治はないかのように振る舞い人々に認識させようとする。一度、完全に投票をボイコットして投票率を限りなくゼロに近付けてみよ」
[ 2015/05/29 19:01 ] [ 編集 ]
コメント返信
> バイオ好き さん


> ニートさん「愛と幻想のファシズム」って小説読んだことありますか?
> 庵野監督が強い影響を受けたという。まさにこの記事に書かれてるような独裁や
> 衆愚が重要なテーマとして書かれてて、胸糞悪くて痛快で面白いです。


どうもです。
多分、読んでないと思います。

でも何故か、タイトルに妙に覚えがあります。
「聞いたことがある」以上の感じなので、ヘタすると読んで忘れているのかも??

でも自分は村上龍と村上春樹の区別が付かないレベルの人間ですからw

自分が「殆ど読んだ」と思っているのは筒井康隆くらいです。

(だけど読んだはずの長編の内容を全然覚えてないことに愕然とするんですよね)
(子供の頃本を読みまくるのは意味が無いんじゃないかと最近思っています)


とりあえずオススメいただいたものは
アマゾンでメモってはいます。

いつか時間的、金銭的に余裕ができたら把握したいとは思います。


[ 2015/06/05 11:14 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 前想 さん


> だからルールに不満がある場合に「ルールに従ったやり方で」その意を表明しなければならない理由など全く無いのです。

なるほどやはりそこはハナから無視してよいのですね。
自分が「ってのは分かる」って書いたのは何なんでしょうね。 ポーズですね。

> 「不満があるなら(あっても)まずは違反するな」という色んなところで見られるおかしなレトリック


まぁ法律自体がそれの究極みたいなものですよね。
産まれた時点で適用って、なんなのかという感じもします。

(本人が望んでいないのに)「子供を勝手に産んで、
その子供に強制的にルールを押し付けて良い」というのと変わらんですからね。



>「一度、完全に投票をボイコットして投票率を限りなくゼロに近付けてみよ」

流石の自分もそこまでのことは言えませんでしたw
限りなくゼロって、それはもう実現出来る気がしませんし。
[ 2015/06/05 18:06 ] [ 編集 ]
将来的にもニートであるならいずれ公的扶助に頼ることになるでしょうが、その時点でも政治なんて知らないと言えるかどうか。
言えればたいしたもんだと思います。人としてはどうかと思いますが。
[ 2015/06/09 13:25 ] [ 編集 ]
コメント返信
> (・(エ)・) さん



> 将来的にもニートであるならいずれ公的扶助に頼ることになるでしょうが、その時点でも政治なんて知らないと言えるかどうか。
> 言えればたいしたもんだと思います。人としてはどうかと思いますが。



何がいいたいのかよく考えると謎です。


例えば今回の選挙で、現時点での公的扶助、つまり生活保護を受けている人達が
都市構想反対派に回った可能性についてのことをここにも書いていますが、
それでも
そういう人にも「政治なんて知らない」って言わせたくない、ということでしょうか。


(そもそも「政治なんて知らない」なんて、この記事のどこにも、実は書いてないわけですが)
(つまりこの時点で
 「選挙に行かない」ということと「政治なんて知ったこっちゃない」ということを無理やり同一化している)


つまり最初から言いたいことは
「選挙に行かない」
 ↓
「政治について考えない」
 ↓
「人としてはどうかと思います」という結論ありきで、他のことは何も考えていないということ。
この文章をちゃんと読んだとは思えないコメです。


とかなんとかそんな感じが伝わってきます。
嫌味が言いたいだけなのでしょうか。


それならば最初から
「ニートである時点で人としてどうかと思います」って言えばいいんじゃないでしょうか?

[ 2015/06/13 14:02 ] [ 編集 ]
ありがとう!良〜い記事です!
未成年です。たまに「国がほしいな〜」とか「日本の代替にする国ならどこなんだろう」とラリった妄想をして遊びます。妄想の中なら飛べます。
僕は何がどうなったって、はっきり言ってどうでもいい、自分さえ良ければ(ゲス
だから投票なんてしたくありません。僕はマクロにはいずれ殺されるでしょうが、自分を殺す奴に時間を割いてやる義理はないです(厨二
植物のような安心を得たいです><

 少し前、選挙権の年齢引き下げで私達にも一応回ってきたわけなのですが、新聞などに取り上げられるで同世代の声を見ても「投票できる!うれしい!」「しっかりと吟味して投票先を選びたい」のような物しかなく、それを見て抱いていた胸中の「もやもや」が兄さんの記事を眺めていると分かったような気になれました。とっても気持ちいいです。ありがとうございます。

 新聞で感じた、誇張して言えば、対応する否定的な意見のない気色悪さは、格別でした。
(一紙しか読んでいないので、その新聞だけかもしれませんし、一人の人間の主観という以上にバイアスかかってますが)

 多様な意見があるべきで、そこから発生する「うねり」が、頭数が揃っていてこそできる政治の魅力なのに、それが弱くなるのはとってもがっかりです。(抽象的にしか書けず、すみません…お察しの通り頭は良くないのです)

 こうやってニーさんの意見にくっついている僕はただ便乗しているだけです。理由⑨でおっしゃったように自分の脳で考えない便乗は悪です。私達は心の中にしっかりと己が納得できる己のための正義を保つべきなのです。でも便乗は便乗です。コバンザメを決め込んでいます。悲しいところです。
 何が言いたいのかわからない文章ですみません。

 確かなことは、あなたのような人は必要だと私が思うことです。ついつい読んでしまいました。このページを発見してから1時間以上経過しようとしています。何をしているんでしょう。私は。
 あなたには魅力があります。


 真に人類に共感してくれるAIによる政治と、そのAIが病まないように支えてくれる人かAIが存在する……そんな世界まで頑張りたいですね。いや、丸投げなんですが。まあ丸投げは今も変わりません。


でも、ぼくたち、やっぱり、働いてるふり、学業してるふり、ぐらいはするべきなんでしょうか……
( ゚д゚)ハッ!いけません。信念()が揺らぎます。「ニートはニートの中へ」です。

偕誠さんもおっしゃっていましたが、先輩はそんなにご自分の生成物を卑下しなくとも良いと思います。
と、言っても「ご機嫌取りか?ふざけんな!舐めんじゃねぇ!」と内心思われるかもしれませんw舐められるのは性に合わない方だと妄想します。
よろしければまたここを見に来てかまいませんか?


ʕ̡̢̡ʘ̅͟͜͡ʘ̲̅ʔ̢̡̢夢の中でなら飛べる!(クソ文失礼しました)


[ 2015/06/28 12:12 ] [ 編集 ]
コメント返信
> ニートときどきアルバイター さん


どうもです。


それにしてもこんな文章を書いておきながら、
いざ実際に自分より若い「若者」の人にそんな風にご賛同いただけると、
「なんか深刻な悪影響をあたえてしまったのではないか」とか思ってビビってしまうのが自分なのです。
スイマセン。


この文章は何なのか。

自己弁護なのか?
賛同が欲しいのか?
若者に悪影響をあたえたいのか?

そもそもここに書いてあることが「確信犯的」であるなら
「若者が選挙に行かなくなるように啓蒙すること」を「悪」だと思う必要自体無いわけで、

それなのに自分で
「悪影響を受けたならスイマセン」みたいなことを書いてしまうこと自体やはり
言い訳がましいような気がしてきたので、もうそういうことを言うのはやめようと思いました。

(これで自分も何が言いたいのかわからない文章が出来ました)



> でも、ぼくたち、やっぱり、働いてるふり、学業してるふり、ぐらいはするべきなんでしょうか……

というかアルバイターなら全然いいんじゃないでしょうか。
それで生きていけているのなら。


学業・・・
というかネットでなんかググるだけの行為だって、普通に学業だと自分は思っていますが。


何故なら未来になれば記憶をロードするだけの学習装置とかきっとできているワケですから、
そのような未来からしてみれば、
「いちいちキーボードを動かして調べ物をしている現代人のやっている苦労」なんてものは
十分フィールドワークと読んで良いレベルの徒労に思えるからです。

つまりネットみて何ごとかを考えるだけで、多分人間は何か高まっているはずです。 原始人なりに。

ちょっと自分でも意味が分からなくなってきましたね。




> と、言っても「ご機嫌取りか?ふざけんな!舐めんじゃねぇ!」と内心思われるかもしれませんw舐められるのは性に合わない方だと妄想します。


確かに。 自分は褒められるのも苦手だけど、舐められるのも嫌いなのですよね。
どうせいっちゅーんですよね。

まぁ言ってしまうと、否定も肯定もされずに黙って聞いて貰えることを望んでいるのでしょう。



> よろしければまたここを見に来てかまいませんか?


勿論このブログは許可など必要なくて自由に読んでもらって結構です。

それはもう「絶対に読むな」って言われても読んでいいくらい、完全に自由なのです。
ニコ動とかでよく見る、「続きを読む」のに有料のブロマガとかとは違うのです。


というわけで読んでくれて構わんのですが、

もし仮にあなたがこのブログを読んでニートをこじらせ人生が悪化したとしても
自分のせいにはしないで欲しい、とか思ったりはします。


(でもこういう考え方はニート的には正しくない気がする)
(全て周りのせいにするのがニート的には正しい気がする)

(自分は、自己責任論を破壊するためなら自由意志を捨てることすら出来るのだから)

[ 2015/06/29 22:19 ] [ 編集 ]
 
政治について関心が高い人をなぜか気持ち悪く感じてしまうのは本当になんでなんですかね。不思議ですよね。
自分がなぜ関心が高くないのかモヤモヤしてた部分を代弁していただいたような気持ちです。

記憶をロードするだけで調べものをしなくていい装置はぜひ欲しいですね。マトリックスみたいな感じかな?

いつも考えさせられるこのブログを楽しみにしてますよ。
[ 2015/07/25 12:28 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無しさん



> 記憶をロードするだけで調べものをしなくていい装置はぜひ欲しいですね。マトリックスみたいな感じかな?

まぁそんな感じですね。
むしろああいうトレーニングの演出や時間すら必要なくなるのでしょう。
(つまり、蜘蛛が生まれながらにアミの張り方をしっているような感じで学習してしまう)


でもこういうの
今でこそSF的に妄想してられますが、
実際に人間の脳をHDDみたいに弄れるようになったら
教育のコストが0になるどころじゃなく凄いことが起きますね。
そもそも人間をもう産む必要がなくなってしまいます。


> いつも考えさせられるこのブログを楽しみにしてますよ。

どうもです。
なんか今月は2回しか更新できてないですが
別に書くことがなくなったとかではないのです。


一回に書く文章の量が妙に長くなってしまって
逆に億劫になってしまっている感じですね。

[ 2015/07/28 10:48 ] [ 編集 ]
政治的無関心
過去記事ですがコメント失礼します

選挙ってそもそも必要か?という部分も
確かに考えてなかったな~と見て感じましたが、
政治的無関心、嫌悪感についてハッとさせられました
確かに、そういう政治的話題をする人には近づくとめんどくさそうで
ちょっと関わりたくないかな~と思ってしまいます
話題がそれしかない、つまらない人間に見えることもあるなぁと

日本特有のものなんでしょうかね 
海外とかだとよくデモも議論もされてるイメージがありますが
テレビで北欧かどっかの国では若いうちから、
ディベートや政治的議論が学生時代に活発に行われていますよ~
と、えがかれていた記憶があります

自分達の学生時代と比べてその点が違うのかな?と
現実の政治的なモノや議論に触れさせるのを、
めんどくさいという理由から子供から遠ざけているような、
勝手な印象ですが。

子供の頃から政治的なモノにあまり深く触れなかった所為で、政治に関して
あまり関わろうとしない、関わりたくないという国民性に育ったんでしょうか

そういう意味ではエ.ロも一緒なのかもと思いました
普段からエ.ロに触れてない人が持つようなエ.ロに対する忌避や嫌悪の感情
それと多少近いものがあるのかなと
[ 2016/11/10 17:57 ] [ 編集 ]
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