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フォールアウト3いまさら感想文

 
リバティープライム

こないだちょっと「フォールアウト3」ってゲームをトロコンしてきました。
なんか物凄く色々と思ったことがあるので、そのことについて書いておこうと思います。

感想やらなんやかや。


でも
何故か出来上がった文章はほんとに
「何が言いたいんだテメーぶっ殺すぞ」って感じの糞長文になってしまって (いつものこと)
大勢に敵を作る感じになっていると思う。


やはり、
誰も読むべきではない。



 

Fallout 3感想文


まずなんで今更フォールアウト3をやったのかということの説明から。

(やるならとっくの昔にやっててしかるべきゲームではあるが)
(ちなみにフォールアウト3自体はずっと前から積んでたゲームでもあります)


ところで自分は4ヶ月くらい前に、
「PS4をあと半年我慢する」って言って
「あと半年以内にPS3のめぼしいゲームをなるだけ消化するぞ」と意気込んでいたわけです。


でも結局、最近は全然ゲームができてない。


そんな中
「フォールアウト4」の発表があって、
ファンの人達がなんか物凄いテンションで狂喜乱舞してました。

その狂喜乱舞っぷりをみて
「ああ、いいなぁ」と思ってしまった。

それがまぁ積んでたのを今更やる気になったキッカケです。
そんだけの話。


で、一度開けたら最後トロコンまでワリとあっという間にやってしまったワケだけど
何から話せばいいやら。

(そもそもこの手のゲームをトロコンした位で、一体全体の何割を把握できたんだという話だけど)


まぁ、
いろんなことを考えたよ。


・随分思ってたのと違うゲームだった事

・核の扱いとはどうあるべきか

・元ネタばなし

・自由度とはなんぞや

・ゲームは右も左も分からない頃が一番おもしろい事

・ロールプレイとはなんぞや




うむ。 この辺について語っていこう。


◆イメージギャップについて

自分はこのゲームについて、全然予備知識なかったです。
予備知識があるとしたら

・「フォールアウト」とは放射性降下物のことである。

・デカいゴキブリが出てくるゲームなので覚悟しとけ。

・コーラのキャップが通貨の世界である。


これくらいだった気がする。 マジで。この3つくらいしか情報入ってなかった。


で、自分が勝手に思っていたゲームのイメージとしては、
核戦争後の世界で
放射能汚染を回避しながら生き残る、結構過酷なサバイバルなゲーム・・・を想像していました。


でも実際やったゲームの印象としては
ワリと皆余裕そうでお馬鹿やってんな、という感じでした。


まず最初のG.O.A.T.の試験の時点で、なんか変だなという感じはしましたが、
核汚染の扱いというのがこんなに軽くていいのか?というイメージのギャップがかなりありましたね。

まさか
ノーリスクで、上昇してしまった体内の放射能汚染を取り除けるゲームだとは思ってもいませんでした。


「ラッドアウェイ」「RAD-X」なるアイテムがワリと簡単にいくらでも手に入るので
汚染に対する緊張感なんてものは全然感じませんでした。


で、この辺からもう「自分の主観」から好き勝手言わせて貰うけど、
この辺もっとシビアなゲームだったら、もっともっと自分の好みだったと思うのです。


本当に、
ちょっとでもガイガーカウンターがビリっとなったらもう「うひゃああ」とビビりまくって
元の場所に逃げ帰らないと行けないくらいの勢いで放射能汚染からは逃げなければならないような、

一度上昇してしまった汚染は
ちょっとやそっとじゃ戻せないような、
それこそ、ドラゴンクォーター「D-カウンター」みたいなレベルで
プレイを通して絶対に下げられないくらいでもよかった。


もう自分の汚染とは一生付き合っていかなければならないのだ。

一杯の水、一切れのパンのために殺人すら犯してしまうような渇望感が欲しかった。

こういうこと思い出すと、本当にドラクォの世界観は素晴らしかったなぁ。。。とか
そういうことばっか考えてしまう。

(宿屋の無いRPG・・・)
(回復魔法の無いRPG・・・)
(セーブにレアアイテムが必要なRPG・・・)
(それ以外は中断セーブなので、ヒリヒリ感がヤバイRPG・・・)

(歩いているだけで侵食され続ける「D-カウンター」)
(絶対に後戻りできない感のある「D-ダイブ」という超ハイリスク・ハイリターン)


実際
本当に放射能に対する真摯さというのはこのゲーム、無いと思う。

メインシナリオ自体でいえばまぁシリアスなはずなんだけど、
その周りで起きることは結局、

放射能で巨大化したバケモンやら
放射能でグールになったNPCやら
やっぱギャグだよこのゲーム!ってなる。

メガトンを爆破したあとのモイラの反応とか、完全にギャグ)
(ていうか日本人なら絶対にあんなの作れない) (悪い意味で)
(ふざけすぎ)

本当におちゃらけてると思ってしまうのだ。

このへんがもっとシビアだったなら、
核戦争後の何もない世界での過酷なサバイバル感に没入できたと思うのだが・・・。



なんでこんなにのっけからダメ出しみたいな滑り出しになってしまっているんだろう。

「イメージしていたゲームとのギャップ」
まぁこれが問題なわけですな。


◆理想の「核戦争後像」について


多分、
「マッドマックス」とか、
「北斗の拳」とか、

あの辺の
「核戦争後」という設定だけど、やりたいことは「マッポー」「ヒャッハー」世界観な作品っていうのを
最初から想定できていたなら、
そういうのを最初からお求めしているのなら、
「フォールアウト」は理想のゲームになったでしょう。

アッパー系。


でもなんというか、
自分が求めていた「核戦争後」というのは、
「渚にて」とか、
「ナウシカ」とか、
「ドラクォ」とか、
そういう、救いのなさそうな 閉塞感 詰んでしまった世界観なのだなぁ、ということです。

ダウナー系。


自分はダウナー系の方が好きだなぁ。 (主観)
まぁ本当に勝手な主観ばなしよ。


◆元ネタについて

ここで、元ネタ認定ばなしをしていく。


フォールアウトの元ネタはやはり
今話題の映画「マッドマックス」ということになっている。 多分。


でも、
自分的には、本当は
映画「スポンティニアス・コンバッション」じゃないのかなぁと睨んでいるのです。



(なんでそんな映画を知っているのかというと、
 これまた好きなゲーム「パラサイト・イヴ」の元ネタであるということで、
 別口で自分は既に見たことがあったのでした)

(だからフォールアウトの序盤をやったとき、自分は真っ先にこの映画のことが思い出された)


これ、気づいている人は案外少ないと思う。
「スポンティニアス・コンバッション フォールアウト」でググっても
指摘している人をロクにみた試しがない。



で、ガチでこっちの映画もマッドマックス以上に「元ネタ」してると思うんだよ。



・冒頭に流れる曲がマジで「I Don't Want To Set The World On Fire」

・「世界に火を灯したくない」 これがこの計画の、この映画のテーマ曲だろう。

・核戦争を想定したシェルター内で実験をしていた夫婦から産まれた子供が主人公

・ミュータントやらなんやら

・・・


この映画は一応ホラー映画なんだけど
「人体発火現象」という怪異の根源が主人公にあるのは観客視点では最初から分かりきっているワケで、
普通に考えればそんな映画、怖くなる筈がない。

でも、
核への恐怖、政府の陰謀への恐怖、
「自分の体がどうしようもなく変異していく恐怖」という点で、ちゃんとホラーしているのです!


その点で、
通常のホラー映画とは結構テイストが違うのではないかと思う。


やっぱりこの映画は変な映画なのだけど、
核に対する深刻さ、真面目な恐怖というのはヒシヒシと伝わってくるのです。

主人公の誕生日が8月6日とかね。

あと、冒頭のネヴァダの実験の映像はアメリカがマジでやってたことだから。




ゲームの序盤をやって、
いきなりこの映画が元ネタだと思ってしまった(今でも思っている)自分としては
やはり、フォールアウトにはもっと核への恐怖、政府への恐怖、ミュータントへの恐怖みたいなのを重点して欲しかった。
そんなことを思うのです。

(知らん人からすれば知った事かって話なんだが)


でも本当に思うんだ。
このゲームは「世界観が素晴らしいゲーム」ということになっている、と思う。 (世間一般の評価としては)

でも自分は「どこがやねん」と思ってしまうのだ。

こんなおふざけの核戦争後の世界で、本当に荒涼感・サバイバル感を感じられますか?と問いたい。 問い詰めたい。

「見た目の廃墟感」だけでは無いか!

それなんでは、荒廃した道をダバダバ歩いているだけでは、何も感じられないのだよ!

本当に「ドラクォやれや」と言いたくなってしまう。

そして
フォールアウト4にはそういうのを期待してしまう。 (ニワカのくせに)

ダメでしょうか?
やっぱ皆、「ヒャッハー」のほうがいいのでしょうか。


で、なんでこんな調子の文章になってしまうのかの説明もそろそろしなければならない。

実際遊んでみて、
一日中プレイしてた時もあったし、
十分面白いゲームだったと思うのだが、
どうしても手放しで絶賛にはならない感じがある。

これ、スカイリムの時も同様。


そもそもなんで自分がこのゲームを積んでいたのか。
買ったのは相当昔だったはずだ。


そもそも最初にこのゲーム、
「あるリアル知人」に進められたのがキッカケだったのだけど、
その時の論調というのが、

「お前もこういう本物のゲームをやれよ!」
「こういう自由度の高い海外ゲームこそが本当のRPGなんだよな!」
「こういうのから比べれば日本のJRPGは・・・」

みたいなテンプレみたいな調子で進められたのです。 マジで。 マジで。

そのことへの反発があって、ずっと放置していました。


更に、そのあと別口でやったスカイリムのプレイ後の「後味」。
(やってる時はいいのだが、あとから振り返って「アレ?そこまで面白い体験だったか?何も残ってない」と思う感じ)

そしてどう考えてもスカイリムよりもダクソやドラゴンズドグマの方が面白かったという感覚。
(もっというとルナティックドーンとかジルオールをやってた時のほうが自分だけの冒険を自由にしている感じがあった)
どう考えてもアサクリよりも忍道戒、
どう考えてもGOWよりもDMC、
どう考えてもデドスペよりもバイオ4、
いやむしろ、どう考えてもデドスペよりもパラサイトイヴ2!

・・・
みたいなのが自分の中にはあるのです。 

「本当にエポックな作品は何だと思ってるんだ!?」という感覚)
(だからラスアスの感想文で延々とSIREN褒めたり)
(風の旅ビトの感想文で延々とICO褒めたりするんだよ、自分は)
(だからこそフォールアウトの感想文で延々とドラクォ褒めたいというのがある)


元々自分は小学生の頃からディアブロとかクェイクをやってたようなヤツなので、
海外ゲームへの「信仰心」「エキゾチシズムな補正」みたいなのは「逆に」無かったりする。

まぁそういう所から来ているワケですよ。
自分の、海外ゲーム絶賛に対する懐疑的な目線というのは。


例えば、
「ストーリーテリング」について考えよう。


このフォールアウト3というゲーム、ストーリー素晴らしいと思いますか?

思いますか? そうですか。


では、ストーリー中に心を撃たれたシーン、感動するシーンはありましたか?

ありましたか? そうですか。


自分は特に無かったです。


このゲームにおいて、
一番心を動かされるべきシーンは、
父親が浄化装置の中で死んでしまう、例のシーンだと思います。


でも、実際問題、具体的に思い出して、あのシーンどうでしたか?

イベントの最中、
横に立っているDr.リーとかいうヤツが完全に棒立ち。

そしてノーリアクション。

目の前で人が無理心中したり、それ以前に射殺されたりしてるのに、
話しかけても「何をしているのかしら?」とかズレまくったコメントを繰り返すだけ。

そして時間差で、
抑揚のないテンションで説明口調を始め、勝手に納得して走り去っていく・・・

・・・

このゲームのイベントシーンというのは、大体こんな調子です。
一番盛り上がるべきシーンで、こんなです。

主人公はノーリアクションでボーっとみてるだけ。

周りの人間もどうも生気がない。 動きがロボットのよう。

(とうかこのゲームのキャラクターって感情表現が薄いよね)
(「喜怒哀楽」でいうと、かろうじて「怒」が選択肢によってたまに出るくらい)
(なんでこんなにキャラクターに生気がないのだろう)


まぁ、言ってしまえば、そういう部分に関する作りが「雑」。
この辺、スカイリムになっても大して変わっていません。


勿論、この手のゲームのシステム的に
イベントシーンの見せ方として出来ることって限界があるとは思う。

でもさ、こういうのを前にして、
「素晴らしいストーリーテリング!」
「これこそ次世代RPGのあり方!」

みたいな褒め方ってちょっと違うと思うんだ。

でも、そういう褒め方をしている人はよくいる。 それが分からん。
なんか間違った褒め方してないか?


◆「自由度」とはなんぞや

結局この手のゲームには実は自由度が無いのではないか?
みたいなことをよく考える。


自由度とはなにか・・・ ロールプレイとはなにか・・・

そういうことをやたらと考えさせられてしまうのだ。
(ていうか、プレイ中にずっとそんなことばっか考えてしまうのって)
(絶対よくないことだと思う)


実際、「自由度」ってなんだろうか。

用意されている行動の選択肢の多さのことだろうか。
それはなんか、違うと思う。

そして
この点を疑いだしている人は、結構多いと思う。


本当によく思うことだが、
自分はクライム系のフリーダムなゲームも、
大して面白そうだと思えないところがある。

「通行人をいつでも殴ろうと思えば殴れる」という選択肢が常にあるということが
実はそんなに面白さに直結してるとは思えないタイプの人間なのだ。


そして自分は、どうしてもこの手の
・どこに行くのも自由!
・何をするのも自由!
・膨大なクエスト!
・膨大なイベント!!
・膨大なロケーション!
・膨大なダンジョン!
・膨大なキャラクター!
・これこそ自由度!

とされているゲームをやって、
「うっひゃ~自由だ~最高~~」みたいな、良い感情になった試しがない気がする。

大抵は、
「あーここのイベントも消化したな~次どこ探すかな~ あ~めんど」みたいな感情が満ち溢れているだけな気がするのだ。


そう
結局のところ、

「見かけの上の選択肢の多さ」というのは大して重要じゃないのではないかとよく思う。

そんなのはむしろ途方にくれる。

それよりは、ゲームプレイを大半をしめている
「実際によくやる行動」に、どれだけの生理的快感が伴っているかのほうが重要なのではないかと思うのだ。



ではこのフォールアウト3というゲームのプレイの大半、
どんなことをしていたか思い出してみよう。


自分としては、
「金属の箱」という箱を眺めて、それが空いているかどうかを確認して、
 中のアイテムをあさっている。

「救急箱」という箱を眺めて、その中に入っているスティムパックきれいな水
 取り出している。

という行為をやってるのが、このゲームのゲーム体験の大半だったような気がするのだ。 


そう。
殆ど「箱を漁るのがメインのゲーム」だった気がする。 本当に。
(それ以外が、まぁ、戦闘とか。 あとは、延々と移動とか)


でまぁ、そういう「アイテム漁り行為」「窃盗行為」に生理的快感があったかというと
そういうのが自分的に最高に嬉しく楽しかったゲームは忍道戒とかになってくるわけで、
やはりなんやら分からん。


だから、この手のゲームは後から思い返した時に
「あの体験は本当に面白かったのか?」みたいな懐疑的な気分になってくるのだろう。

(それか、極端なネタっぽいイベントのことしか思い返せない)
((やはりゲームは刹那的な快感・触感が全てなのか??))


そもそも自分はこのゲームにおいて、
そんなにスティムパックが欲しかったのだろうか?
そんなにキャップ(金)が欲しかったのだろうか?

このゲーム、金を集めてて何も嬉しく感じなかったのが本当に自分でも不思議なのだ。
この渇望の無さ。

これは恐らく突き詰めると
結局「カツカツ感」の無さのせいだと思う。

このゲーム、アイテムが足りなくて苦労するというよりは
常にゴチャゴチャアイテム持ちすぎで重量オーバーになる方を気にするゲームでした。 飽和。

で、それは結局、戦闘がヌルいとか、敵が馬鹿だとか、戦闘が単調とか、やることがワンパターンとか
そういうことのせいなことも見えてくる。


やっぱり、もっとドシビアなゲームだった方が
アイテム漁りも面白かったはずだ。 そんなことを思ってしまう。


◆ナラティブさについて

結局「ナラティブさ」というモノが足りてないんじゃないかと思う。

(まぁ、「ナラティブ」って言葉もいい加減バズワードだけど)
(まぁ、「バズワード」って言葉もいい加減バズワードだけど)
(でも「言語化しづらい何か」を上手く表してる言葉だとは思うんだよ)


このゲームをやってて
「自分は自分だけの冒険をしている!」って思えるだろうか?


自分は全く思えませんでした。


結局、自分みたいなプレイヤーは
トロコン目当てに全ての「サブミッション」をこなそうとしたりするので、
最終的に「全てのイベントを終わらせてしまったキャラクター」みたいなのが出来上がるだけで

そうなってくると何が自分にとって独自の道筋だったか分からなくなってくるし、
「二周目とかをする気が全く沸いてこない」ことに気づくのです。



「ナラティブさが無い」ということはどういうことになるか。

それは例えば、「実況動画がつまらない」みたいなことがあると思う。

自分でやってるときはともかく
他人に見せる際の「クエストの消化」というのが全く面白みに繋がらないワケですね。

これは他の「TESのゲームとかの実況動画が意外とつまらない」ということでも言えると思う。


幾つかの伸びてるTES実況というのを見てみるとわかると思うけど、

・なんかやたら下ネタに走ってるだけのヤツとか、 (裸MODをとか入れてるだけとか)
・なんかやたらキャラクター性を付随させたヤツとか、
・なんかやたら虐殺プレイに走る過激なヤツとか、


そういうので「濃ゆい変な味付け」したモノばっかりなことに気づくと思います。

(一方、普通にプレーンに、初見でダラダラやってるのを見て面白いモノというのは少ないと思う)
(これが、ソウルシリーズとかとの圧倒的な差)


ゲームの実況、それも初見実況というのは
最もそのゲームのナラティブさが試されるところだと思うけど、

結局この手のゲームの初見実況の「ナラティブさ」且つ「見所」というのは
「このプレイヤーさんが次にどのクエストを見つけるか」という「順番」でしか無いわけですが、
「実はその部分に全く意味が無い」ということが見えてくると思います。


やはり、自分は全てのサブイベントを既に知っているワケですから、
そこはもう「順番の違い」でしかない。

あと、サブイベントの中でのちょっとした選択肢による変化というのも、
ワリと何も感じない気がする。


このゲームのイベントの選択肢に感じる虚しさというのは
メインクエスト最後の選択肢について考えるとわかると思う。

皆さん、このゲームクリアしたあと何をしましたか?
セーブデータを読み込みなおして、とりあえず別の選択肢のエンディングのパターンを試してみたと思う。
で、「こんなもんか」と思う。 それだけ。 クリアの余韻も糞もない。


このことについて考えれば見えてくると思う。

「ナラティブさ」というのは、会話やサブイベントの選択肢をむやみに増やしたところで
実は産まれないのだ。


産まれないどころか、むしろ阻害される可能性のほうが大きい。

「ナラティブさ」というのは「プレイヤーが自発的に見出す筋道」のようなモノでもあるのだから、
そりゃ「文字で選ぶような選択肢がダバダバ提示されるだけ」というのは阻害以外の何物でもないワケですね。


だから、サブイベントの分岐がチマチマあるゲームよりも、
決定的に重大な選択肢と大きなシナリオ分岐があるゲームの方が
「自分で自分のシナリオを進んでいる感じ」が感じられるワケですね。



「タクティクスオウガ」バルマムッサの選択。 ああいうのが最たるもの。
(このことについてはいつか個別に記事書きたい)



こういうことが最終的にどういう結論になるか。

まぁ「用意されてる感」「やらされてる感」であるということになる、と思う。

・膨大なクエスト!
・膨大なイベント!!
・膨大なロケーション!
・膨大なダンジョン!
・・・

全部ひと通りやらなければ気が済まないプレイヤーにとっては、

それらの膨大な要素というのは結局「埋没した何か」「順番待ち」でしかなく、

その「膨大さ」と「パターンの少なさ」「やらされてる感」に繋がってしまうということですね。


膨大さがアダとなる。


じゃあどうすればいいのか。


めちゃくちゃ強引な解法としては、
「もうニューゲーム毎にどのイベントが起きるか起きないかをランダムにしてしまう」というのもアリだと思うのです。


例えば、「ディアブロ1」というゲームはそういうことをしていました。

「ブッチャーイベントが起きるか起きないか」というのは
完全にセーブデータ毎にランダムなのです。 fresh meat~

だからそのイベントを知らない人もいるし、
その思い出が初見プレイに組み込まれていない人もいる。 
(でもそれが逆説的にナラティブさにつながる)

そんで、どうしても「ブッチャーズクリーバー」とかいうアイテムが欲しい人は、周回すればいい。
そういう感じになっているのです。


あえてサブイベントにトロフィーとか課すのはやめて、
イベントの発生フラグを完全ランダムにしてしまう。

そういうゲームがあったなら、
逆に没入感出ると思うんだけどなぁ。

これだけ膨大にいろいろ用意してあるゲームなんだから、別に許されると思うんだが。


真の「一期一会感」を表現できているゲームを探したいものである。

この世界は自分だけの、今回だけの世界でしか無いのだという「幻想」を、信じさせてくれるゲームはないものか・・・


◆戦闘について

じゃあ戦闘について感じたことを書いてみる。

自分はこのゲーム、ほぼ「近接殴りだけ」でクリアしました。
(ちなみに、当然だけど難易度はノーマル以下に下げたことは一度もありません)
(あと当然だけど攻略wikiとかも最後まで見てません)
(自分は最後まで「犬の連れ方」がわかりませんでした パッケージの裏では犬がいるのに・・・)


なんかしらんけど、気づいたらそういうプレイになってました。
近接のほうが強いじゃんと。
(スパイクナックル拾って、そればっか使ってました)


実際殴りだけで敵を倒せるかというと、倒せます。

このゲームの敵、敵の射界から隠れていると
敵が勝手に近づいてくるので、それを3人称カメラで確認して
そこんところをカウンター気味に殴れば余裕で勝利、とかいうそんな感じでした。


「ファイアーアント」みたいなワリと強敵に対しても、
車を盾にしたり、周りをグルグルまわりながら殴る、みたいな戦い方で倒してました。


下手すりゃ近接プレイのほうが被ダメも少なくなります。

結局、「撃ち合い」をするということは
敵からも自分が見えてるということなのでどうしても「喰らい合い」になりますが
隠れて近づいてきた敵をワンパン、みたいなことをするワケですからね。


で、キャラ育成も殴りメインのビルドに近づいて行き、
そういうパークを取りまくっていくワケです。

難易度も下げないしコンパニオンも全く連れなかったので
レベルもすぐに上がります。

というかこのゲーム、
メインクエストをやってるだけで経験値がドバドバ入ってあっという間にレベルが上がります。
(それもあって結局、メインクエストを追うだけのゲームになっちまうのですね)
(寄り道をしたいと自発的に思えない感じがありました)


本当に文字通りレベルを上げて物理で殴るプレイをしてしまいました。

じゃあ次はビルドを変えて2周目をやりたいかというと
どうもそんな気にはなりません。 なんだかなぁ。


いかんいかん
こんなテンションのこというつもりで書き始めたはずじゃなかったのに。

ドラクエの時とは違うんだよ!

自分はこのゲームのこと全然嫌いじゃないんだよ!


でもなんか知らんけどあんま褒める方向性が見えてこないんのだよ。 不思議だ。

ドラクォのことなら今からでもいくらでも全方向から絶賛できる自信があるのに。


◆最大瞬間風速

じゃあどういう所が楽しかったかというと、
最初のウチは本当に楽しかったのですよ!

「最初」といっても最初のVaultの施設ではありません。

Vaultから出て、
自分はなんか小学校を見つけました。

その小学校に、何の脈絡もなく入り、

何の脈絡もなくそこにいたレイダーと戦い、

右も左も分からずアイテムを物色し、

なんか知らんけど小学校の地下にアリの巣が広がっていることを発見し、

そこにいるアリを全滅させ、

なんか知らんけど「やったぜ!」とひとり満足して、学校をあとにしました。



この時です。

この時が、一番「フォールアウト3」ってゲームを面白い!と感じた最大瞬間風速でした。




やはり、
「右も左も分からない時」というのが一番ゲームが面白い時なのだと思う。

言ってしまえば画面の見方すら分かってないころが一番面白かったんじゃないだろうか。

アイテムの何が価値があって何がガラクタなのか分からない時。

そんなときにとりあえず拾ってみた「手術用チューブ」。 プライスレス。

そして何をしたらいいか、どこにいったらいいか、

クエストの追い方、目的地表示の仕方すら分からなかった時だからこそ感じる「手探り感」というのは

最初期にしか味わえないのです。



そういう時にやった
「理由もなく小学校に突入して、気づいたらアリ退治してた」という行為こそが
実は自分の中から自発的に溢れてきた選択的行為であって、
そういう時こそ、まさに「ナラティブさ」というのを感じられたのだと思います。



だから、自分にとっては
最初期の右も左も分からなかったときの
この意味不明なアリ退治こそが、もっとも「自分らしい自分だけの冒険」だったのです。
(たとえ、多くのプレイヤーが実は同じような道をたどっていたとしても!)


つまり、自分だけの判断でそれを選んだと「確信を持てる」というが、一番重要なのです!
(↑多分この一行が、この駄文の中で一番大事なこと)



で、そのあとからメガトンを見つけて、
なんとなく「メインクエストの追い方」みたいなモノが分かってきてからは
一気に没入感が薄れていきます。

あとはもうダメです。 消化試合です。

クエストの追い方、
マップの見方、
ロケーションの見つけ方、 (とくにこれが問題 周り見ながら近くの△探すだけになっちゃう)
敵の楽な倒し方、
レベルの簡単な上げ方、
価値のあるアイテムと価値のないアイテム、
・・・

そんな風に「最適プレイの輪郭」みたいなモノが見えてくると、一気にダメでした。 色褪せます。


世の中には最適プレイが見えてきてからが燃えるゲームと
最適プレイが見えたらもう一気に作業感が出てくるゲームがあると思います。

まぁ、不幸にも自分にとっては後者だったということでしょう。

あらゆる最適解がヴェールに包まれたままのゲームは無いだろうか?
「現実」



◆ロールプレイとは何か

あとは「ロールプレイとはなんぞや」ということについて考えていきます。


「画面の向こうにいるキャラクターのことを自分の分身、自分の延長のように感じられるかどうか」ということだとしよう。


そういう風に考えた場合も、
この手のゲームは「実は」ロールプレイング度、低いと思うのだ。


なんでも自分の自由にやっていいはずのゲーム、

なんでも自分の思い通りに演じていいはずのゲーム、

普通に考えるとこういう「自由度が高い」ということになっているRPGの方が、
やることなすこと定められている昔のRPGよりも
ロールプレイ感が高くなりそうなものなのだが、

実は凄く疑わしい。



このゲームは「カルマ値」というモノがあって、悪人ロール善人ロールというのが出来るようになっている筈、なのだが

実際どうだろうか?

初見の日本人なら結局、ほとんどの人が「ただのお人よしプレイ」をするだけになるのではないかと思う。

で、クリアしてから後になってトロフィー目当てとかで、「メガトンのNPC全員殺す滅茶苦茶なプレイ」とかしてみて、

「はぁ、極悪人って所詮こんなもんか・・・」ってなって、やめる・・・というのが殆どではないかと思うのだ。
(なんか決めつけが凄いが)



でもやっぱり、いきなり友好なNPCをぶん殴ったりとかはなかなか出来ないものだ。

それがリアルで自分が一番やりたいことだったとしても、

「こいつ殺したらクエスト進まなくなるかもしれない」とか
「こいつ殺したらなんか知らんけど周りのNPCも全員襲ってきて面倒になるかもしれない」とか
そういうことを考えてしまって、当り障りのないプレイングしかできないのではないか。

(ていうかこいつどうせ「不死属性持ち」だろうから殴ったらややこしいことになるだけだろ・・・)


このゲームはNPCと話している時の選択肢でも、
「ワリと悪人プレイ用の汚い言葉」
「善人プレイ用のお世辞みたいな言葉」が用意されている。

だが、その選択肢の差が両極端すぎるのです。

だから結局、当り障りのない善人用のお世辞のセリフを選ぶばかりになってしまうのだ。
(こういうののしょうもなさはグローランサーでも感じた気がする)


こういうことを繰り返していると、
「自分が本当にこいつに言ってやりたいことはこんなセリフなのだろうか」
「ロールプレイって一体なんだろう??」
みたいなことについて
やたら考えこんでしまうのだ。



勿論そういうのは実は「人生ソノモノのありかた」にソックリだから、
それこそがリアルなロールプレイじゃないかと
言ってしまえば、まぁそれまでなのだが。


だがどうだろうか。

そんな風に人の顔色ばかり伺いながら善人プレイを続けていると、

「画面の中央にいるヤツ」がどんどん自分の分身とは思えない「かけ離れたナニモノか」

変貌していくように感じられると思う。


「別に自分はそんなに親切でもないくせにゲームの中では面倒毎をひたすら請け負っている、なんかよく分からん便利屋」
そういう得体のしれない親切野郎が画面の真ん中でフワフワしているだけの感覚になってくるのだ。


それはJRPGでも同じ?
いや、違うと思うのだ。


やることやセリフや目的が定められている
「古き好きJRPG」の場合、このような「自分との乖離感」というのは逆に感じなかったと思う。

いくらJRPGの主人公が「正義感あふれるいいヤツ」だったとしても
「こいつは最初からそういうヤツだったじゃん」と分かっているワケだ。

ある意味、最初から自分とその主人公が別人だという感覚を前提にしてから入っていくからだ。

「全くの別人に感情移入していく」という方向のロールプレイだからだ。

だが、一度完全にハマってしまえば、JRPGというのものは
その主人公の痛みや悲しみや苦しみに、ワリとマジで共感するようになってくる。


だから主人公の行動とかに感動したりするのだと思う。

で、いつの間にか完全にソイツになりきっていることに気づくのだ。


・自分の分身をキャラクリした筈なのに、いつの間にか良く分からないヤツになっている、この手のゲーム。
・自分と全く別の人間の人生を演じさせられていた筈なのに、いつの間にかソイツにのめり込んでいる、JRPG。



・ロールプレイするのか
・ロールプレイさせられるのか


全く真逆のアプローチなのだが、
面白いことに「感情移入度」は、役割を演じさせられている方が高くなるのだ。 (自分調べ)


・・・
みたいなことについて
ずーっと考えてしまうゲームでした。



ところで、
こういう批判をしている人は他にもいるようですね。 安心した。

んで、続編の「フォールアウトニューベガス」の方だと

ちゃんとワリとロールプレイが捗るという噂を聞きました。 ならよいことよ。


まぁそんな感じ。


やはりこの手のゲームに関して評価すべき点というのは
「膨大である」という一点に尽きるのじゃないかと思う。


とにかく「膨大である」ということが凄いのであって、

なにかシステムが凄いとか、
ストーリーが凄いとか、
世界観が凄いとか、
これこそ次世代RPGのあり方だとか、

そういう褒め方はなんかが違うと思うのだ。


ちなみに自分は「過大評価」って言葉は嫌いなので使わない。


でも、バランサーであろうとは思う。


だからこんな感じの文章書いちまったのだろう。


ていうか素晴らしい部分は、他の誰かが既に褒め尽くしてくれているはずだよ。

今更プレイしたような自分が語る必要がない。

点数つけるならどう考えて90点以上の神ゲーです。 本当にありがとうございました。


関連記事
[ 2015/07/18 15:37 ] ゲームプレイ話 | TB(0) | CM(16)
PS3版でプレイした人に聞くのもなんですが、この手のゲームのいわゆるMODについてはどう思いますか?
物資が多すぎるとか経験値が多すぎるとかの数字的な問題ならほとんどMODで調整できますし、その他のファッキンな部分もある程度改善できるから超ハードコアなゲームプレイにだってできます(PCだから敷居は少し高いけど)
FalloutやTESシリーズはMODと共に成長してきたっていうと言い過ぎかもしれないけどMODの要素を次の作品に取り入れてたりして、割とそういう側面もあるので
ただMODを入れるということはそれだけ開発者の意図から外れていくということで、ゲーム本来の体験とはまた変わってしまいますが・・・
でもいくらMODでもゲームの根幹の部分まではさすがにどうしようもないので素の状態で遊んでみてそういう風に思ったってことはまあそういうことなんでしょう
あとマッドマックスは余裕があるならぜひ映画館で観て欲しいです
今世紀最高の映画と言ってもいいです、マジでパーフェクトにすごい映画です、全人類に観て欲しい
少なくとも自分はそう思いました
あ、それと今PS4を買えばブラボがついてくるらしいですよー
[ 2015/07/18 18:24 ] [ 編集 ]
コメント返信
> うま さん

>この手のゲームのいわゆるMODについてはどう思いますか?


これは色々思っています。
これはもう一言では言えないくらい大変な問題ですよね。


自分の中も、
CS版でやっている「引け目」みたいなモノは確実にあります。

と同時に、「CS版で楽しめなかったらそれはそれでダメだろ」と跳ね返っている部分もあります。


MODを導入したり、PC版でやることで良くなる部分はいくらでもあるでしょう。



でも確かに、
MODで良くなること自体が「完全に良い事」と、
MODで良くなること自体が「必ずしも良くない事」って、ある気がしますね


「あるMOD製作者さんが頑張って」
「超ハイレゾのテクスチャを用意しまくりました」
「これ入れてやると臨場感が凄いです」

こういうのは、まぁいいことでしょう。 頑張ればいいことです。


でも、
「MOD入れなきゃ基本操作からしてストレスフル」
「MOD入れなきゃ戦闘が楽しめない」とかまで言われるようになりだしたら、
それはもう、ヴァニラを作った製作者さんの「恥」みたいなことになってしまいます。


だからこの辺の事に関して、PC版のプレイヤーがCS版のプレイヤーに対して、

「お前はPC版でMOD入れてから文句言えよ!このゲーム弱者!」と言ってきたとしても、

CS版のプレイヤーはこれを無視してもいい。と思っているところがあります。



でまぁ
そういうのもあるので、自分はこの記事で別にグラフィックとかに文句を言うことはありませんでした。
でも戦闘には言ってます。

おそらくMODでどうこうする部分じゃない、ゲームデザインの根幹に関わる部分について、
なんか書いていることがわかると思います。

(つまり無意識にそういうことまで考えて感想文書かないといけないワケですな)


(ちなみに、「CS版ならではの文句」というのもありますよね。)
(このゲームは「フリーズが多発する」というのがよくある不満点のようです。)
(でも何故か、幸運にも自分はフリーズが一度しか起きなかったので、)
(この辺は不満点にもならなかったのです。)



で、さらに分類が進みます。

MOD文化が盛況しているゲームも、いろいろあるでしょう。

そういうゲームの大体で上記のようなことが当てはまると思いますが、

やはり「ベセスダ」に関してはさらに特殊ケースな気がするのです。



これはまぁ、
「ベセスダは優秀なMOD製作者さんを正式に社員に取り込んでしまって、
次回作に反映してしまう」というところまで行ってしまってるからですね。


こうなってくると、MOD文化を「非公式な、勝手な盛り上がり」と、無視することも出来ません。

こりゃもう「公式・非公式ともども頑張っていえばええやん!」と、応援するしかありません。

ある意味すさまじいことです。


こうなってくると、CS版プレイヤーは上記のように「跳ねっ返る」ことも出来ません。
指くわえて見てるだけです。


パッチみたいな感覚で
CS版でもMODを導入できるようになったら、
こういう問題も消えてなくなるとは思うんですけどね、


ていうかスカイリムの時点で、「今度はCS版でもMOD入れられるぞ!」みたいな謳い文句があったような気がするんですが、
別にそんなことはなかったですね。





> あ、それと今PS4を買えばブラボがついてくるらしいですよー

自分はMGSVの同梱版をほしいと思ってしまってるんですよね
こういうのは逆に悔しいですね。 どうしよう

[ 2015/07/19 06:27 ] [ 編集 ]
俺最近コメントしすぎな気がする。できるだけ短くまとめます。
でも多分長くなる。反論ジャナイヨ!(たぶん、世間話)

Falloutダメでしたか!意外です。じゃあ村上龍もだめかなぁ、まぁ確かに読んでて
「バカみてぇ」とか思うかもダウナー系じゃないし...わかんないもんです。

多分ニートさんは海外版でやってたんでしょうけど、これの日本語吹き替えいいですよ。
もうゲラゲラ笑った。最高でした。(でもそういうのは求めてたのと違うのか...)

キャラビルドは、自分は暗殺・奇襲特化のキャラでやってました。
なんでそんなのを作ったのかというと、一週目とは全然違うキャラにしたかったから。
シーフ・忍者・アサシン・スカウト...そのラインのキャラです。
(サイボーグ忍者、雷電、あいつら好き)
敵より早く敵に気づき、罠を見破り、バレずに盗み...
で、そんなキャラで普通に正面から戦ったりします。これが面白かった。
meleeとexplosiveの隙間をgunsで埋める感じ。銃は極力(まぁ、弱い意味で)使わない。
(敵にもちょくちょくそんな奴はいたし、M&Eスタイルと勝手に呼んでます)
ノーダメージかつテンポよくってのを心がける。相手や状況に応じた戦術や使用武器の
取捨選択感は4以降のバイオと似たものを感じたんだけど....戦闘が単調って意見は
よく聞きますね。みんなつまんないのかなぁFalloutの戦闘。

このゲームに関してはwiki見るのもある程度仕方ないと思います。少なくとも
FAQ、危ないバグ、ステータスの項目には目を通してもバチあたらないでしょう。

アイテムに関してはもうほんとにその通りでこの辺洗練されればプレイ時間半分に
削れるんじゃないかってくらい。かといって物漁りを適当に済ましたくない。
(だって見逃したその箱にステルスボーイが入ってるかもしれないじゃないか!!!)
リアル×自由×最大利益を求める=果てしない作業
10個の箱に10ずつ入ってるなら、1個の箱に100入ってた方がいいのに!!後は空でいい。
多様な選択肢、否、多様な「世界そのもの」を用意したい開発者とベストを求める
プレイヤーの意思がかみ合ってない。
(合理性以外の判断基準による取捨選択が必要なんでしょうねこういうゲーム)

何かを選ぶ=別の何かを捨てるの度合いを濃くしちゃってもいいのかもしれませんね。

あんまり洋ゲー和ゲー2極論は好きじゃないけど、洋ゲーは現在地を理想に近づけるのが
得意で、和ゲーは現在地を面白おかしくするのがうまい、ってちょっと考えたり

案外ベガスのDLC第一弾とか気にいるかも。でもあれだけやるわけにはいかないしなぁ
[ 2015/07/21 13:06 ] [ 編集 ]
「膨大である」
これはフォールアウトやTESシリーズなどベセスダのゲームを評するのにふさわしい言葉である様に思いますね。
褒め言葉でもあるし揶揄でもある。
他の追従を許さないその膨大さと引き換えに結構色々と杜撰だったり不具合が多かったりと、
決して完成度が高いとは言い切れない程に(あらゆる面でかなり高いクォリティでは有るのは間違いないけど)
結構な頻度でとんちきな場面に遭遇するような、自分にとってはへんてこなゲームだったと言う感じですかね。
少々盛りつけは雑だけどサービス精神が旺盛なラーメンみたいな。
自分はFO3もTESシリーズも結構途中で満足しちゃうんですよね。うんざりするのでなく興味が無くなるのでもなく
自然に箸を置く様にもう満足だとプレイしなくなる。(一応どれも数百時間はプレイしてる)
(FOの方はクリアまではしたけどTES4,5は未クリア。トロフィーや実績等は元々興味の対象外)
個人的にクリアしなくていいゲームと言う変な位置づけでは有ります。クリアしたくない症候群の変形とでも言うか。


あと、友人から進められた時の言い分は酷いの一言。
他の物の価値観を否定する様な切り口でのプレゼンはどーにもならんです。
言い方悪いけど、新興宗教にハマった人が他人にあれこれ布教するのや、
その宗教にハマった人を周囲が目を覚ませと詰め寄るのと全く同じ論調ですから。

追記:ブラボはモニタ前で罵詈雑言を喚きながら夢中でプレイしております。
[ 2015/07/21 19:29 ] [ 編集 ]
コメント返信
> バイオ好き さん



> Falloutダメでしたか!意外です。

いや、全然ダメってワケではなかったですよ!

と思ったけどおもいっきり地の文で「ダメ」って書いてあるとこありましたね。
まぁあそこは、序盤の右も左も分からなかった時の感じがずっと続けばなぁ~みたいなニュアンスです。


でもこれは物凄く難しいことのはずですね。

何が最適が全く分からないように設計されたゲーム、
一切のパラメータを隠したようなファジーなゲーム、
そういうのがあったらいいのか・・・それとも・・・・
みたいなややこしい話になりそうですが。



> キャラビルドは、自分は暗殺・奇襲特化のキャラでやってました。

スニーク系は自分もある程度はあげてたと思います、
おもいっきり上げて完全に隠密キャラにするのも楽しいかもしれませんね。

ていうか自分がスカイリムやったときは
本当に暗殺、スニーク、スリ、解錠、
そういうのにガン振りのドロボーキャラを作りましたね。



> アイテムに関してはもうほんとにその通りでこの辺洗練されればプレイ時間半分に
> 削れるんじゃないかってくらい。かといって物漁りを適当に済ましたくない。

ホント難しいですよねー。

崩壊後の廃墟を漁ってるんだから、
もっとアイテムは「どこ開けてもすっからかん」みたいな感じでもいいような気もするんですよね。


ラスアスとか引き出しとか開けてもアイテムが入ってる場合のほうが少なくなってます。

でも、別にその「スカり」が不快ではないんですよね。


この辺は、UIでなんとかなる問題なのかもしれません。

ベセスダのゲームは
ロッカーといい、引き出しといい、死体といい、
「全てが箱扱い」になっているから、イチイチインベントリのメニューが開かれてしまうので
妙に気になるというか、テンポが阻害されるというか・・・
そういうのがあるのかもしれません。

[ 2015/07/28 10:29 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無し さん


> 決して完成度が高いとは言い切れない程に(あらゆる面でかなり高いクォリティでは有るのは間違いないけど)
> 結構な頻度でとんちきな場面に遭遇するような、自分にとってはへんてこなゲームだったと言う感じですかね。
> 少々盛りつけは雑だけどサービス精神が旺盛なラーメンみたいな。



ああこれはとてもいい例えですねw



> 自分はFO3もTESシリーズも結構途中で満足しちゃうんですよね。うんざりするのでなく興味が無くなるのでもなく
> 自然に箸を置く様にもう満足だとプレイしなくなる。(一応どれも数百時間はプレイしてる)


そういう風に自然に放置するのが一番楽しい遊び方なのかもしれませんね。


まさに、ラーメンの例えで言うなら「腹八分目」というか。


そこんところで、自分みたいに
とにかくトロフィーとか実績を100%にしないと気がすまないみたいな性質の人間の場合、
もう満腹になったというのに食べ続けちゃうのが問題なのでしょう。


そのせいで「もう満腹で美味しくなくなったのに食べ続けたときの味」のような経験ばかりが強烈に残ってしまって、
こういう感想文を書いてしまうのかもしれません。


そうやって考えると、この自分の文章は
満腹になったのに食べ続けた「自分の罪」なのかもしれません。


[ 2015/07/28 10:37 ] [ 編集 ]
 Falloutは1950年代、60年代の放射能に対するイメージ、未来感を元に作られています。
 RADアウェイやRADーXというのは、この時代の人々、特にアメリカ人の各万能論に対する皮肉とある程度のカジュアルさを両立させているのではないでしょうか。

 映像にもありますが、若い兵士の近くで核爆弾を使って人体への影響や核戦争での前線の研究、対爆撃機用の核ロケット、原子力飛行機や原子力自動車は実際にありましたし、ゲームで よく目にするヌカコーラは、実際に放射能入りの清涼飲料が発売されていて、しかも健康に良いとされていました。
 そして現在でも、核の有用性と危険性はアメリカではそれほど理解されていません。放射能の半減期を知っている人もそんなに沢山いないんじゃないかと思います。

 さて、本文でも述べられておりますように、期待感、要求するものの相違が世間一般の評価との違いであると言うのはまさにその通りだと思います。1,2その他スピンオフをプレイしていたわけではありませんが、事前情報で「1950、60年代の人々が思い描いた未来が終わった世界」というのが分かっていたので、当時の冷戦、核戦争へ現実感を設定として用いた”だけ”という程度。主なところはレトロな未来感、古き良きアメリカと未来のテクノロジーが、荒廃した世界にあるという舞台装置なだけで、実際に核兵器を使った終末戦争とその恐怖感への真摯さは足りないと、見方によっては言えるかもしれません。
 ただ、全体的には1997年のFalloutの「魅力的な」世界観を踏襲したに過ぎず、3では開発会社が変わっていたこと、望まれたFalloutブランドである必要があったことを考えると、Bthesdaを責め立てることはしずらいですね。一応爆心地や一部地域は濃厚な放射線によって普通には立ち入れないという点で、一定の放射能の恐怖感を煽っているようには感じました。
 余談ですが、ヌカランチャーという武器がありますよね?個人的には名訳だと思うのですが、原文ではファットマンでした。これは不謹慎ではありますが、製作者が戦後世界、戦中のアラスカで米国人が(小型とは言え)核兵器を使う皮肉でもあるのではないでしょうか。

 個人的には、ゲームのエンドロール後や公式サイトで放射能がゲーム内とは乖離したもっと手に負えないものであるということを示したり、RADアウェイやRAD-Xがあるにしても、滅多に放射能を除去できない、非常に厄介なものになるゲームモードなどがあっても良かったと思います。MODなどではあるのですがCSではなかなか目にする機会はないですよね。

 ロールプレイに関しては、これが自由度の限界というか、システム面でアシストできるプレイスタイルの想定はある程度大まかにならざるを得ないのではなでしょうか。
 カルマとは別に、スキルとパークがありましたよね。この二つも細かな点で、完璧とは言えませんが、プレイスタイルを選択する幅を持たせています。
 なにより2009年当時、stalkerなどもありましたが特に家庭用ゲーム機で、自由度が高く、往年の根強いファンのいるゲームが復活する。というのがとても大きな売りだったので、今見てしまうと見劣りする部分も沢山あるんじゃないでしょうか。
 ただ残念のは、JRPGにも触れられておりますように、自分が楽しめたから日本もこのスタイルを作らなければならない。日本のゲーム会社は終わりだ。という風潮です。
 昨今では所謂「萌」を意識したゲームやJスタイルゲームがよく叩かれますが、クリエイターが作りたいもの、プレイヤーが楽しみたいものを互いに尊重すべきところを、自分の範疇でないものを否定するばかりではなく、そのものそのものの楽しめる点を見つけていってほしいところです。

 管理人様が期待されていた、核戦争後の世界を突き詰めたゲーム、私はやりたいのですが、シミュレーターに片足踏み込んだものは、やはり万人受けしないでしょうね。
 私もシミュレーター系好きなんですが、やはりなかなか多くないところを見ると、すくなくとも「新生」Falloutはマーケティング面、多くの人が楽しめた点を考えれば一種成功であったと思います。


 長文失礼しました。最後に、もしまだFalloutに興味がございましたら、新しい視点で4もプレイしてみると、また楽しいかも知れません。お布施お願いします(笑)
[ 2015/08/26 15:15 ] [ 編集 ]
コメント返信
> WWWWW さん



>  Falloutは1950年代、60年代の放射能に対するイメージ、未来感を元に作られています。

たしかにあの「ズレた時代のまま未来になってしまった感」というのは
Falloutの魅力ですね。


>ゲームで よく目にするヌカコーラは、実際に放射能入りの清涼飲料が発売されていて、しかも健康に良いとされていました。

これマジですかw 凄いですね。
ヌカ・コーラ・クアンタムなんてギャグかなんかかと思ってたんですが
本当にそんな飲み物を売っていたなんてw そういうのに対する皮肉だったのですね。

でもまぁ、日本でも
ラジウム温泉ラドン温泉とかに入ったり、その温泉を飲んだりする人はいそうだから、
そういう感覚なのかもしれませんね。

いや、自分も放射能温泉のことよく知ってるわけではないのですが、
でもなんかああいうものを健康によいと信じるのは「疑似科学」的なモノを感じてしまいます。



>  そして現在でも、核の有用性と危険性はアメリカではそれほど理解されていません。放射能の半減期を知っている人もそんなに沢山いないんじゃないかと思います。


これはそう感じます。

ドラマや映画でも
核の扱いというか、核が爆発したあとのフォローみたいなのが凄いテキトーだというのを良く見ますね。

こないだの新しい方のハリウッド版ゴジラでも、
核が都内で爆発したというのに、そんな扱いでいいのか?みたいな終わり方だったと批判されてたりしますね。

(まぁゴジラが核を吸収する設定があるからそれでセーフになった、とかになるのかもしれませんが)



>  余談ですが、ヌカランチャーという武器がありますよね?個人的には名訳だと思うのですが、原文ではファットマンでした。これは不謹慎ではありますが、製作者が戦後世界、戦中のアラスカで米国人が(小型とは言え)核兵器を使う皮肉でもあるのではないでしょうか。

これはちょっと洒落になってないですねw



>  ロールプレイに関しては、これが自由度の限界というか、システム面でアシストできるプレイスタイルの想定はある程度大まかにならざるを得ないのではなでしょうか。
>  カルマとは別に、スキルとパークがありましたよね。この二つも細かな点で、完璧とは言えませんが、プレイスタイルを選択する幅を持たせています。


そうですね。
スキルとパークによる成長要素、そしてその成長っぷりによって
進める場所、開けられるドア、開けられない箱、倒せしやすい敵、などが変わってきますから、
そういう意味ではナラティブは発生してたかもしれません。


そういや4ではスキルとパークがなんか統一されるとか何とか聞きました。



>  私もシミュレーター系好きなんですが、やはりなかなか多くないところを見ると、すくなくとも「新生」Falloutはマーケティング面、多くの人が楽しめた点を考えれば一種成功であったと思います。
>  長文失礼しました。最後に、もしまだFalloutに興味がございましたら、新しい視点で4もプレイしてみると、また楽しいかも知れません。お布施お願いします(笑)


そうですね。
自分もこのシリーズに興味が持てたわけですし。


Fallout4、多分やると思いますよ。 
PS4に来たら、それでやっちゃうと思います。

本当に、いろんな要素詰め込んで、おもちゃ箱みたいなゲームになっちゃえばいいとも思ったりします。


[ 2015/08/28 17:28 ] [ 編集 ]

イメージとのギャップは、別に作品に落ち度があるわけじゃありませんよね。当人の問題なわけで。





>メガトンを爆破したあとのモイラの反応とか、完全にギャグ


そういう感情も考慮して日本版では削除という形になったのでは?






FALLOUTは元ネタの宝庫なので、仮にそれが元ネタの一つだったとしても、全体的にその1つのイメージと違うからといって感情論で批判してもどうにもならない。


A Boy and His Dog なんてのも元ネタの一つ。




>「通行人をいつでも殴ろうと思えば殴れる」という選択肢が常にあるということが
実はそんなに面白さに直結してるとは思えないタイプの人間なのだ。



言いたいことわからないでもないけど変な先入観持ちすぎじゃないですか?






>殆ど「箱を漁るのがメインのゲーム」だった気がする。 本当に。



冒険が進むにつれて徐々に持たない・開けない・取らないを意識していかないとしんどいと思う。






ナラティブさを感じられないのはプレイヤー・受け手の方にも問題があるのではないか(ちょっとナラティブさのところ読み返してみて欲しい)






>自分はこのゲーム、ほぼ「近接殴りだけ」でクリアしました。



他のビルドでやる気がしないという気持ちはよくわかる。それはunarmedのVATSが「ほぼ確実にきまる発動中無敵に近い強力な速攻」だから。unarmedは強い。(まあ極めればどのスキルも強いのだが)






ロールプレイの部分、まあ言いたいことはわかるけど(予想される利益・不利益のために行動、言動をコントロールしてしまうプレイヤーがでてくる。選択肢に選びたいものがない場合がある。)


・自分の分身をキャラクリした筈なのに、いつの間にか良く分からないヤツになっている、この手のゲーム。
・自分と全く別の人間の人生を演じさせられていた筈なのに、いつの間にかソイツにのめり込んでいる、JRPG。



まったくの別人をクリエイトしてソイツにのめり込むという選択肢もあることを知ってほしい。




ロールプレイとは何かについてはほとんどのゲーマーが勉強不足だと思う(自分も含めて)。






あと全体的に文体どうにかなんなかったのかなと思う。最後に「90点以上の神ゲーです本当にありがとうございました」なんて言っても馬鹿にしてるようにしか聞こえない。



[ 2016/02/17 00:36 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無し さん



> イメージとのギャップは、別に作品に落ち度があるわけじゃありませんよね。当人の問題なわけで。

それは分かってますよ、だからこれはタダの感想文なのです。
どこにも「落ち度がある」とは書いてませんよね。 読み返してないですが。

あるのは「こういう方が自分の好みだった」とか「こういう世界観の作品のほうが自分は好き」という提示だけで、
それは自分の好みの話です。




あとはまぁツッコミ系・茶々系の短文なのですが。
そういうのにまたツッコミ返していくのもあれなのですが。


> 冒険が進むにつれて徐々に持たない・開けない・取らないを意識していかないとしんどいと思う。


といいつつ結局みんなは箱あさってると思います。 

そういう取捨選択は出来ないはずです。 (周回で箱の中身を覚えてRTA的に動くのでない限り)

要は中身が何なのかわからない、「空か空じゃないかしか」情報が分からんんからやってられんということですね。




> まったくの別人をクリエイトしてソイツにのめり込むという選択肢もあることを知ってほしい。

それ書いてる気がしますけどね。



> ロールプレイとは何かについてはほとんどのゲーマーが勉強不足だと思う(自分も含めて)。

なんか「同じ土台」に引きずり落とされてる感じの流し方ですよね。




> ナラティブさを感じられないのはプレイヤー・受け手の方にも問題があるのではないか


そういうことは書かなくても分かってますけどね。

でも
「にも」ということなら、やはりゲームの方「にも」問題があるのではないかってことですよね。

自分はそこを書いてるだけです。





なんかこう全体的に「このゲームの良さが分からんお前には問題がある」と言いたげなコメントさんでしたが、
これはなんつーか今更やってみてのタダの個人の感想ですからねぇ。 

こんなんで作品の価値が左右されるはずもないし。

全部が全部絶賛する気にもいかんし、

納得いただいてる部分は納得いただけてるみたいだし。ならそれでいいのではないかと思いますし。




あとこんなコメント返しでスイマセンね、
意味もなく突っかかってきてる系のコメントには意味もなく突っかかってきてる系の反応になっちまいます。


[ 2016/02/20 09:57 ] [ 編集 ]
軽く読んだだけなんだけど、なんで他のゲームと比べてんの?
それだけ気になるから教えて下さい
[ 2016/02/21 22:08 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無し さん



> なんで他のゲームと比べてんの?




これは簡単なようで、究極的な質問である気がしますね。

だからちょっと長くなりますよ。

まぁ究極的な質問に究極的な答えで返すとするなら

「この世が有限だから」です。



なぜAのゲームとBのゲームを比べるのか?

なぜAのゲームとBのゲームの優れた所や劣っている所を探してしまうのか?



どちらのゲームもそれぞれ違った良さがある。

どちらのゲームも両方愉しめばそれでいいじゃないか。


まぁそういう考えもあるでしょう。


でもそんな簡単にはいかない場合もあります。


例えば予算が有限である。

5000円しか持ってない。 片方のゲームしか買うことが出来ない。

暇がない。 片方のゲームしか遊ぶ余裕が無い。


そして脳の記憶というのも問題になってきます。

これは、「過去に遊んだ名作がちらつく」という点において。

つまり、ゲームを遊んだ順番というのは実は物凄く重要です。

(寿司を食べる順番が重要であるように)

(より感動的なモノを経験したあとにはそれより弱い刺激では感動できなくなるように)

(ソウルシリーズを遊んだらモンハンには戻ってこれないように)



これらの様々の理由により
「AとB両方楽しめばいいじゃん」「AとB両方愛でればいいじゃん」という理想論は打ち砕かれる場合があるのです。


究極の原因はどこにあるか

ハードが限られている
予算が限られている
時間が限られている
人生の体験の順番も限られている

・・・

つまり究極的には、

「人生も地球も、全てのリソースは限られているので、人間はモノを比較しないと生きていけない」ということになってきます。


まぁ本当によくあることです。


ニコニコで
ダークソウル系の生放送を見ていると こんな典型的コメントをしてくるリスナーさんがよく居ます。

「主は、デモンズとダークソウルドッチがすきなの?」


こういう質問にサラっと答える方法は

「お前は カツ丼と カレー のドッチが好きか答えろと言われて、即答できるのか?」

みたいな風に返すことです。


これで大抵の奴はだまります。



が、自分の場合はもうちょっと色々考えてしまいます。


もっと突っ込んだこんなコメントがありえます。


「じゃあ、無人島にデモンズとダークソウルのどっちかしか持って行けないとした場合、主はどっちを選びますか?」と。



さて、こうなってくると カレーとかつ丼の 例えで スタイリッシュにスルーした生主さんも、答えざるを得ません。


つまりはそういうことです。



「どっちでもいいじゃん」

「両方好きでいいじゃん」

「作品を比較する必要なんてないじゃん」

「別の作品を比較するなんてナンセンス!」

・・
という理想論は、 「無人島」という『有限』を連想させる例え話の前に、簡単に崩れ去るのです。



結局、人生というのも一種の無人島に過ぎません。



遊べる時間は有限。
一生の間に遊べるゲームの数も種類も有限。

そんな中では、あれもこれも、全てを平等に愛でるなんてことはむしろ愚かしいということになってしまいます。



だからこそ、限られた中で、チョイスしていく作品の「傾向」というモノが出てきます。

つまり「嗜好」です。



ここまでは当然ですよね。



で、そんなふうにして生きていると、


結局また質問される時がくるのです。



「アンタ、ゲーム好きっぽいけど、なんでドラクエとかは全然やらないの?」

「アンタ、ドラクエのことが なんか嫌いっぽいけど、なんで嫌いなの?」

という風な質問が来る時があります。




そんな質問に答えたのが、この記事なワケです。



自分のなかで、

当時みんなが面白いと評価していたDQ8は、どう考えても

自分が過去に遊んだFF8よりも劣っていました。 RPGとして、あらゆる面で劣っていたと感じたのです。


やってて罪深い気分になったのです。


するとまぁ、次のゲームチョイスからはドラクエを避けるようになるのは当然だとは思いませんか?

9も、10も、オンゲーになりました。 やる気にはなりませんわな?

またビルダーズのように、恥ずかしげもなくマイクラをパクって小学生を釣ろうとしています。 創造性がないですわな?
(まぁ、ウィザードリィをパクり、ローグをパクリ、ポケモンをパクリ、無双をパクリしてきたドラクエが
 次にマイクラを標的にしたところで それはそれで「ドラクエらしい」フランチャイズ化戦略なのかもしれませんが)



だから、自分はドラクエに手を出さないのです。


ナンバリングタイトルで、PS4で、オフラインで、
「今度はちゃんとストーリーで勝負をしてるんだな」と思えるようなドラクエを出してこない限り

もうドラクエをチョイスしようとは思わないのです。



そして
その理由も究極的には「有限だから」ということになります。



ここまで、身勝手ではあるかも知れませんが
全て必然的な思考の流れによって行われていると思います。





で、
今度は逆に

あなたが「なんで他のゲームと比べてんの? 」などというという質問を なぜしてしまったのか、

ということについて考えていこうと思います。



これはもう 「比べられるのが嫌だったから」ということになるのでしょう。


だから 「作品を比べるのはナンセンスだ」ということにしたかったのでしょう。


だから 遠回しに質問の体を装ったのでしょう。


でもそんなこと、質問しなければ良かったのですよ。
下手に質問するから、こんなことを答えてしまったのですよ。理論武装が固まってしまいましたよ。





ていうか自分だって、テキトーな基準で作品を比べてる奴は嫌いですよ。

例えば

「ダクソ1では敵が枯れなかったのにダクソ2では敵が枯れる」
「だからダクソ2は糞だ」

みたいなことを言ってる奴がいたら、むかつきます。


でもそれはよくよく考えてみると

本当は、比較していること「自体」が問題なのではなくて、

その「結論の導出方法」が自分に言わせれば間違っているから、ムカついているわけです。




つまりはそういうことです。



多分、世界が有限である以上、「作品を比較すること自体」は、間違いではない。

ありえる間違いがあるとすれば、その比較の結論の出し方だ、ということです。




だから、もしもあなたがこのクソブログの

「FF8とドラクエ8を比べてドラクエをボロクソに書いている文章」を読んでムカついたのなら、


本当にムカつくべきは 「比較をしていること」自体ではなくて、 

その各要素を比較している時の文章の「内容自体」に反論しないといけなかったのです。



それなのにあなたは

「軽く読んだだけなんだけど」

という逃げるための前置きまでして、 「比べている」こと自体を問題にしようとしました。


その時点で、
「ドラクエとFFを実際に比較されて何も言い返すことがなかった」ということを認めてしまったような物です。




本当なら、

比較には比較で返すのが一番なはずです。


例えば、 自分のこんなクソブログなんかよりもっと高等な ドラクエ8の素晴らしいレビュー文章を持ってくるとか

もっと素晴らしいFF8のレビュー文章を持ってくるとか・・・
(それならそっちの素晴らしい文章を読んでおけばイイという話でもあるが・・・)


FF8よりもドラクエ8が素晴らしい点を上げてみるとか、
(まぁそれをやると何故10年くらい前の作品と比べてるのかということになっちまうが・・・)



とにかくそういうことが出来たはずです。



そこんところで
「比べる意味が分からん」では こういうことになっちまうのです。



最後に

「なぜ他のコメントには返事しないのに この仁行の短文にはこんな長文を書いてしまったのか?」



それは多分、短いながらも「究極の質問」が書かれていたからかもしれません。

ここらでこの部分については答えておいたほうが良いと判断したからかもしれません。



2行の投げ捨て系コメントに全力で返事してみることを面白いと思ってしまったからかもしれません。


まぁ大体そんな感じです。

次も返事するかどうかは不明です。


[ 2016/02/26 12:38 ] [ 編集 ]
シリアスならメトロが楽しめるかもね
私は最近久々にオブリビオンしてるよ
[ 2016/03/30 03:28 ] [ 編集 ]
なんだ
結局オ〇ニーか…
[ 2016/09/13 21:19 ] [ 編集 ]
おおー私はフォールアウト3と4とスカイリム大好きなのですが!筆者さんの閉塞感が半端ないフォールアウトなんてのもゲームとして楽しそうだなーと思いました。
私がフォールアウトを好きなのはこの世界がどう退廃してきたかとか核が落ちる前まで普通に生きてた人達の痕跡を見て何があったのかを想像する余地を残してる部分なんです。
戦前大切にされてたものが今では全く価値をもたないものになってるのにホロテープには大切に扱うように注意してたり。
記録に残ってなくても置いてある小物が意味深であったりするのが好き。
自分がどう生きるかよりどう生きてたか見たいって感じですね
[ 2016/10/28 07:37 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無しさん



> おおー私はフォールアウト3と4とスカイリム大好きなのですが!
> 筆者さんの閉塞感が半端ないフォールアウトなんてのもゲームとして楽しそうだなーと思いました。

どうもです。 そういや、今更Metro Reduxってゲームが気になってきましたよと。


スカイリムはリマスター版が話題になってますね。
でも一度かなりやったゲームなので、気になるとしたらフォールアウト4ですかね。(自分はいつやるのだろう)



> 私がフォールアウトを好きなのはこの世界がどう退廃してきたかとか核が落ちる前まで普通に生きてた人達の痕跡を見て何があったのかを想像する余地を残してる部分なんです。


確かにそういう描写はいたるところでありましたねー。

こんなところに寝床みたいなのがあるぞ感。
ここに居た人は死んだんだろうか感。

こういうのはラスアスや、ソウルシリーズにも見られるところですねー。


> 戦前大切にされてたものが今では全く価値をもたないものになってるのにホロテープには大切に扱うように注意してたり。
> 記録に残ってなくても置いてある小物が意味深であったりするのが好き。


そこはかとない無常観を感じられますね。

今じゃケツをふく紙にもなりゃしねってのによぉ!(モヒカン)

[ 2016/10/31 16:47 ] [ 編集 ]
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