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スーパーミュータントカミカゼアターック!

 
すっごい今更な話なんだけど

フランスの自爆テロのことが海外で「KAMIKAZE」と打電されてることについて、何か思ったことを書く。

そっから派生して色々思うことについて。




 

まずこれに対して
「自爆テロと神風を同一視すんな!」と怒っている人がいる。

そういうこと言う気持ちも分からんでもないけど
やめさせることはもうムリだと思う。 完全に一般名詞として定着しているのだろう。


そしてこのことで自分が一番思うのは
「じゃあ自分たちは外国語を使うときに、その言葉の語源とか、経緯とか歴史とか
『そもそもその言葉が何語なのか』とか気にして使っているのか」
ということだったりする。


多分誰も気にしてない。


「パパラッチは何語だと思いますか?」と問われて、「はいイタリア語です」と即答できる人間が何割いるだろうか?


(まぁ語感からして英語では無いだろう)
(フランス、イタリアあたりかな?) とかのヤマカンで当てられる人間はいるだろうが、

じゃあさらにツッコんで
「パパラッチの語源まで知ってますか?」と問われて、「もともとはヤブ蚊が~」とか何も調べずに答えられる人間は
何%いるだろうか?


多分全くいないに決まっている。


つまりだ、人間が外来語を使うときの気分なんて「そんなモン」なのだ。

(だがなんで例が「パパラッチ」なんだ)
(もっと良い例があると思うんだが)
(でも国辱要素のある言葉って変なの多いじゃん)
(ダッチワイフとかトルコ風呂とか 死語だし)
(スチュワーデスが「豚の番人」とか もう言葉狩られたあとだし)


だから外国人が「KAMIKAZE」って言葉を使っている時に
それが日本語だということさえ意識していない可能性がある。

そもそも「神風特攻隊」のこと、歴史的経緯、それがどういうモノだったか、という事自体知らずに使っているかもしれない。


いやマジで、ゲームで自爆してくるタイプのエネミー、そういう敵が襲ってきたとき
あいつら必ず「kamikaze----!!!!」って絶叫してんじゃん。



まぁとにかく、自爆テロとカミカゼを同一視されて怒っている人は、
「Kamikaze Super Mutant」とか言いながら実況してるGAIJINとかにもイチイチ怒れよ?
と思ってしまうのだ。

(彼らにとっては完全に"kamikaze"イコール"suicidal"でしかないのだ)

・・・
そんなのは馬鹿らしいって気づくだろう。


彼らには、神風特攻隊を侮辱する悪意も糞も、最初から無いのだ。 イノセンス


じゃあ彼らの「無知」を怒るのか? 

というと、そんなもんイチイチ怒ったって仕方がないし、
自分たちだって外国語に対して無知だし無関心なのだから、
自分のときだけそんなこと主張するほうが恥ずかしいと思うのだ。


これが一つの結論。

(この話題に関して)
(こういうこと言ってる人をあまり見ない気がした)


大抵、
・神風特攻隊からくる神聖な言葉をそんな風に使うのは許せん!

 とかってブチ切れるか、

・海外でKAMIKAZEって言葉はそんなにポピュラーになってるのか!! いいじゃん! TSUNAMIもね!

 とかってなんか喜んでるかの二極だったりする。


もっと行くと

そもそも
「別に自爆テロと神風特攻隊を同一視してもいいじゃん」、という考え自体あるのだが
それを書くと流石にヤバイだろうか?


だって何が違うのだ?


自分たちはISISの連中が本当は何を主張して戦っているか、その大義名分とか調べているのか?


何となく、彼らはテロリストだからとにかく悪い。
悪いヤツの自爆テロと、日本が太平洋戦争でお国を守るためにやった自爆行為は違う!と、言い切れるのか?


みんな普段はアニメとかでも
「正しい戦争なんてない 両方の陣営に正義があるだけだ」みたいなこと言ってんじゃん。
それなのになんでテロだけはレッテル張りして思考停止してるんだ?



自分としては
自分の信じる信念のために、自分の命をすてて敵に大損害を与えようとする行為、それって結構凄いと思う。
・・・
こういう感覚しか無かったりする。


そんな覚悟を持てる人間がどれだけいるだろうか。


そこら辺をもっと言うと、

「そんなもん、彼らは宗教で洗脳されてるんだ!」とか

「宗教上、敵を殺して死んだら天国行けると信じてやってるだけだ!」とか

「あいつらに大義名分なんかねー命令されてしぶしぶやってるだけだ!」とか色々言えるのだろうが、

それだったら
「神風特攻隊で死んでいった末端の兵士達の本当の気持ちはどうだったのか?」ということにもなっている。


彼らだって上官から命令されて嫌々やっただけかもしれない。

上官の無能が、結果を出すために無理やり放り出した作戦だったかもしれない。

(いやこれはマジでそうだろう。 どう考えてもブラック企業の発想と同じ)


・・・
とか考えだすと、神風特攻隊ってそんなに誇らしいモノなのか? そんなに賛美するモノなのか?

むしろ元から、国辱的なモノだったんじゃないか? という気分になってこないだろうか。

「お国のために命を捨てろ」と洗脳するムードがあった。 それはそんなに褒められることなのか?

桜花とか人間魚雷とかやろうとしてたこと、本当に誇れますか?
竹槍でB29落そうとしてたこと、誇れますか?と


いやまぁ、結局のところ

「命を賭して戦う」「死を覚悟で突撃する」というのが超カッコいいというのはある。
それは思いっきり認める。


インデペンデンス・デイのラストとか、
グレンラガンのキタンとか、
ああいうの大好きだし。



だから神風特攻隊をカッコいいーと思ってしまうのもしかたがないのかもしれない。

あれにアメリカ人が畏怖した、ということをずっと誇らしく覚えていたい人の気持ちも分からんでもない。




じゃあテロリストがやる自爆テロはかっこ良くないのか?

彼らの主張については調べようとしないのか?


彼らの闘争の経緯、この「報復の連鎖」の根本的原因について、考えないのか?

ということになってくる。


ところで
こないだ「新・映像の世紀」見たけど、
今の世界の乱れというのは元を正せば
大体イギリスの三枚舌外交に行き着くんじゃないか?みたいな気分になってきたぞ?


前の「映像の世紀」のときはそんな印象はあまり受けなかった覚えがあるのだが、 (とにかく「人類全体が愚かしい」という気分)

今回の映像の世紀は、なんか見ると「だいたいイギリスがわるい」って気分になるような作りになっている気がします。


あれはどうなんでしょうか。
イギリス人に「映像の世紀」を見せたらなんて言うのか知りたい。


というのも
自分には「どの人種」にも、ある程度の「自虐史観」が備わっているべきだという感覚があるのです。


なんか、「ボーリング・フォー・コロンバイン」で、
作者アメリカ人なのにアメリカの歴史を物凄い自虐的カリカチュアにまとめてたネタがあるのだが、
あれが自分は凄い好きなのだ。

(ちなみにこれずーっと「サウスパーク」のネタだと記憶違いしていた)
(自分はボーリング・フォー・コロンバインも見てたはずなのだが)
(まぁ似てるのも当然だったのだ)





別にそれは「アメリカ人馬鹿っでーwww」と笑うんじゃなくて (いやそれもあるが)
自分たちの間違った歴史を、こういう風に自分で皮肉れるのは凄い余裕があるなという感じがするのだ。

普通は歴史の汚点について、あまり語りたがらなかったり、 (ドイツ)
逆に色々理論武装して、あれは正しかったんだ!とかふんぞり返ったり、いろんな反応があるだろうけど

こういう風にパロれるのはいいなぁと思うのだ。



「地球上の全ての人間に自虐史観が備わった時、その時世界が一番平和になるのではないか?」
みたいな変なこと考えるときがあるんだよ。



「映像の世紀をイギリス人に見せたいなぁ~」ってなんとなく思ってしまう感覚だって、
最終的にはそこに行き着くのだと思う。



なんのこっちゃ。
最終的にワケの分からん話。



やろうと思えばこういう糞コラムみたいなの毎日書けるんだぞ!?という脅しの話。
一個終わり。
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[ 2015/11/22 08:27 ] 駄文 | TB(0) | CM(0)
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