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スターウォーズ・ドロップアウト宣言


スターウォーズについて延々と考えなおしてみた結果、
「自分には観に行く資格が無い」ということが分かりました、という話。



スターウォーズについて。
というかまた「ファン度」、「ファンレベル」の話になる。



一部の人がブチ切れそうなことも書いてある。



 
スターウォーズについて現状思うこと

何から話せば良いのやら。


まぁ、もうすぐで「スターウォーズの新作」が来るワケですよ。


が、それに関して、自分の中で妙な葛藤がある。
気になるような気もするし、もはや別にどうでもいいのでは?という気分もある。
自分はあれを観に行くべきなのだろうか?
自分の中でなにか楽しみになっているか?


なんなのだろう。これは。


この、「枯れている感じ」は何なのだろうか?という疑問。


そもそも、自分はスターウォーズ好きだったのか?


いや、好きな時期は明確にあったはずだ。


自分がスターウォーズを最初に見たのは、ビデオからである。

親から、「これだけは見ておけ」的な感じで、半ば義務教育のような感じで、
旧作の456を見せられた気がする。
(離婚したファーザーな)


で、普通にそのとき456に見事にハマった記憶がある。

(特に古臭いとも思わなかった気がする)
(なにか懐かしく感じた筈)


で、そのあとしばらくして、
「ファントム・メナス」が来た。


今度は「自分の意志」で、リアルタイムで、映画館に観に行った。

子供心に、あれに凄くワクワクした記憶がする。 (下手すりゃ一番ワクワクしたのではないか?)

後になって
あれは駄作だとか、ジャー・ジャー・ビンクスのヘイト稼ぎっぷりとか、
ネットでの「そういう評判」を知るまでは、普通にファントム・メナスが大好きだった気がする。


で、EP2も、映画館まで観に行った筈。 


EP3をリアルタイムで劇場に観に行ったかどうかは覚えていない。


・・・
まぁ大体そんな感じ。


一応、456123の順番で見ているし、映画のエピソードは全部抑えている。


そして、子供の頃リアルタイムで映画館に観に行って、凄いワクワクしたし、
当時本気で夢中だった、という感覚も覚えている。


ポッドレースとか、
デッカイ魚がどんどん食べられていくところとか、
水中の都市とか、
宇宙の戦闘の時の爆撃のSEの不思議な重低音とか、
ダースモールとの戦闘とか、
シャッターの前で座禅を組んで待つ「ZEN」な感じとか、
ドロイドが大量に並んでる所とか・・・


ことごとく心ときめいていた気がする。



世の中には、123しか見てないのにスターウォーズファンだと言いはったり、
(逆に456しか見てないファンも居たり)
(そしてそれはむしろ良いことのように言われていたり)
挙句の果てには、映画を見てもいないのに私はスターウォーズファンですとか言ったりする人もいるようなので、


まぁ、そういうのから比べれば、自分は十分にスターウォーズファンなような気もするのだが、
はてさてどうだろうか。



その割には、エピソード7に対して、全くもって「待ちに待っている感」が無いことに気づくのである。



これは何なのか。 そしてそんな奴は「ファン」と言えるのか、という話になる。


今回のこの話も
結局また痴豚様の影響かもしれない。


先々週くらいの深夜の馬鹿力でのトーク。

痴豚様も自分と同様に、
「自分がスターウォーズファンなのかなんなのか」、そのポジションを探りかねているらしいのだ。


痴豚様の場合は、最初のエピソード4の封切り日から、リアルタイムでずっと、見てはいるらしいのだ。
それは普通に考えれば結構なファンっぽいではないか。


そして、ファントム・メナス。


あの時は、世間一般での盛り上がりもすごかった。
「深夜の馬鹿力」の番組中でも、スペシャル企画とか組んで、
↓こんなスターウォーズをパロったラジオドラマまで作ったりしていたのである。



伊集院光 深夜の馬鹿力 1999年06月13日 第192回
告訴ギリギリ!? いやいやこれはいわゆるユーモアスペシャル



「弟子にしてください!」「弟子にしてください!」
「ぴあで読んだ」
「それ阪急黄金時代じゃん」
「わりと」 「すごく」
「うわ!おもしれー」



これらのセリフは頭にこびりついている。


で、それくらいの人なのだが、その痴豚様も、もはやスターウォーズの話の筋もあやふやになっているっぽいのである。

そして自分でもどの程度楽しみにしていいか分かりかねているようなテンションなのだ。


で、まぁ結論を言ってしまうと

ファン度、ファンレベルというのは放っておくとどんどん低下していく
というそれだけのことなのだ。


これを、「そんなの当たり前」と思うだろうか? 
それとも「そんなことはない!」と思うだろうか?



「ファン度」「ファンレベル」というのは色んな要素で決まっていく。
どれだけ把握しているか・・・
リアルタイムでどれだけ追ってきたか・・・
どれだけ金を投資してきたか・・・
どれだけ二次創作をしてきたか・・・
どれだけ愛を語ってきたか・・・
・・・



でも、その全てが「時間」によって割りと簡単に吹き飛ばされうる、ということ。



これに関して納得行かない人がどういう反応をとるようになるかというと、
↓これである。

唐沢なをき


「自分がリアルタイムで見た」という事実だけが自分の「ファン度」の最後の砦であるから、
それにすがるしかない。


もうとっくに記憶も把握力もあやふやになっているのに、である。

もうとっくに、新しいファンの人達のほうが、色々と情報を吸収したりしてよっぽど詳しくなってそうなモンなのに、

「リアルタイムじゃないから」という理由で、彼らを「にわか」認定したりして、ふんぞり返っているのである。


そういうのは、よくない。 これが「老害ファン」という奴である。


そしてこれは「反知性主義」的態度である。


ちなみに「反知性主義」という言葉について。

これもなんか、政治的にアレな人がデタラメに使う言葉になってしまったのだが、 (石田純一)


元々は「自分より知性ある人に対する根拠なき反感」を叩くための言葉だったはずだ。
(だから一種のルサンチマンの指摘である)



これは不良とか、学歴社会からドロップアウトした人が、よくとる態度なのである。


「自分は低学歴だけど、高学歴のやつよりは情にアツいぜ!」とか

「どうせああいう奴らはお勉強だけが得意なんだろ!」とか

「良い大学出ただけのアイツがなんなんだよ!」とかの、根拠の無いセリフのことである。

(実際はDQNの方が利己的で恩知らずだったりするものである)
(本当に知性を備えた人は、DQNなんかよりもよっぽど善人である場合が多い)
(それはしっぺ返し理論の学習能力の差とかに現れてくるだろう)


因数分解ができるからってよー!立派な大人になれんのかよー!なぁ先生よー!


「鈴木先生」の2巻に出てきたような奴だ。

「俺たち落ちこぼれは優等生と違って恩を大切にするんだ!」
「鈴木先生の生徒はどーせ卒業後訪ねてこねーだろ?」
みたいなセリフがあった。

本当に人としての品性を備えているのはどういう人間か、あれを見れば反面教師的によく分かる構図になっている。

(そういう強がりをいうことで、眼前の鈴木先生を傷つけうるということに気が回らないから、DQNはDQNなのである)



でまぁ
全てこういうのは、DQN、頭のわるい人の「酸っぱい葡萄」だということがよく分かるでしょう?


知性で勝てないから、知性には価値がないと決めつける。
知性を持っている奴が、他には何も持っていないに決まっていると、思い込みたがる。
自分には賢い人間よりも価値が有るのだと、信じこみたがる。
そして自分より賢い人間を意味もなく見下す。



故に、反知性主義なのです。


で、自分は
政治的なレッテル張りとか抜きにして、
反知性主義という言葉を、この意味の延長で使います。


自分よりも詳しくなっていそうなファンの人を印象だけで叩いたり、

自分よりも詳しそうな人に対する根拠のない反感とか、

「どうせアイツはデータは詳しいだろうけど自分の方が愛情が深いんです!」
「私はうろ覚えかもしれないけどずーっとファンなんです!」
みたいな跳ねっ返りとか 
(しょこたんがよくやるやつ)

そういう奴も同様です。


こういう態度も、
「DQNの人が自分よりも賢い人を根拠もなく見下すのと同じ精神構造」から産まれてくることが分かるでしょう?


(もっと延長すると、ゲームについて詳しくなってゲーム内でより上手く立ち回れるようになっている
 上級者の人に対しての根拠の無い跳ねっ返りとかもこれに当てはまる)



前に自分が「ジョジョファン度」の話をしたとき、
意味もなく突っかかって来るようなコメントをした人がいたけど、ああいうのも「反知性主義者」ということになります。

「お前みたいな奴がネタバレするんだ!」みたいな根拠の無い誹謗中傷ね。


で、そんな感じで話が逸れまくったけど、戻ってくる。


まぁ当たり前のことだ。

「ファン度」もまた、筋力や学習力と同じように、鍛錬を怠るとどんどん衰えていくというだけの話。


だから、定期的に作品を見返したり、定期的に「熱」を再燃させたり、定期的に何か創作したりして、
そのファン度を自発的に高めていかないといけない。
(ちなみに今自分は、水木しげる熱を再燃させるのに忙しいのだ)


それが出来なかった場合、当然「ファン度」は確実に低下している。


ニワカ以下のファン度に落ちているかもしれない。


そういう時に、ふんぞり返ってはいかんのだ、ということが分かった。



で、この考えを自分にも、スターウォーズに関して当てはめてみると、
当然だが、自分も「もはやスターウォーズファンじゃねー」ということになってしまうのです。



だいたいだ、

映画しか見てないとか、
「スターウォーズバトルフロント」にも興味なしとか、
エピソード7に向けて、今の今まで予習復習する気配もない、


そんな奴、ハナからファンじゃなかったということだ。


まぁそういうことです。


漠然と考えているときは、「エピソード7見ようか?見まいか?」くらいのタダの「迷い」だったのですが、
こうやって
「ファン度」についての概念を改めて言語化していく過程で、
自分がスターウォーズファンでもなんでもねー!ということが、自分でも明らかになってしまいました。



というわけで、自分なんかにはエピソード7を見る資格がないということが分かったので
多分見に行きません、という結論なのです。 報告オワリ



で、見ないという結論が出たらなんか妙な安心感を得られたので
まだまだスターウォーズについて好き勝手書いていく。


それにしても、自分はスターウォーズのどういう点が好きだったのだろうか?


考えてみるとよく分からんことだ。


◆ストーリー?
スターウォーズのストーリーって、「いいモノ」と言えるだろうか?
冷静に考えるとよく分からん。


「悪い帝国軍を良い反乱軍が打ち倒す」

まぁ、まぁ、今となっては良くあるというか。

(でもそれは、スターウォーズがそういうスタイルを「王道」にしたということだから、悪く言うべきではない)
(一部のFFなんかは本当にスターウォーズチックだ)


でも、本当の自分の好みで言えば、

「よくよく考えてみたら帝国軍の方がちゃんとしてるじゃん」
「あいつらの方にこそ正義があるのでは?」
「反乱軍の方がクソじゃん」
「そもそも悪いのは反乱軍じゃん」


・・・みたいな側面が見え隠れする展開のほうが、好みなのです。


例えば「マトリックス」なんかがその典型。

「アニマトリックス」のセカンドルネッサンスとか見ればよく分かる。

人間は勝つためなら太陽を捨てるというレベルの焦土作戦すら平気でする。 (そのくせ負ける情けなさ)

どう考えても人間のほうが悪い。

負けた人間なんか、機械に絶滅させられてもおかしくないくらいなのに、
わざわざ「生体電池としての生き様」を与えてもらっている。 

機械のほうが温情にあふれているではないか!

人間なんか、マトリックスに繋がれてそれなりのバーチャル人生を生きてりゃいいんだよ、という気分になる。



こういうのは、スターウォーズにはあったかな??

なんか元老院とか評議会とかジェダイの組織の内部のグダグダ感はあったような気はするけど、

「実は反乱軍側が悪」とか、「別に帝国軍を倒す必要ない」とか、そんな要素は無かったですね。



・・・みたいなことを考えだすと、

別に自分はスターウォーズのストーリーには魅せられてなかったような気がする。


ただ子供心に、目の前で起こる色んな不思議な展開に魅了されていたような気がする。

(で、「実はそれでいいんじゃないか」という気もしているのだが)


◆キャラクターはどうか?

自分はスターウォーズのキャラで好きな奴いるだろうか?


ぱっと思い浮かぶのは、やはりダースモールグリーバス将軍である。

(あとまぁ、ダースベイダーも)


全部悪役やないかい!!!

ボバ・フェット好きも世の中にはいるらしいし。
(ユルトさんってやっぱボバ・フェットが元ネタかねぇ?)


「味方キャラ」で好きなキャラってマジで居ない。 マジで。


そもそも「生き様がかっこいい」というのが居ない気がする。この映画。
多分それは、悪役ですら、居ない。


ダースモールもグリーバス将軍も、
冷静に考えてみたら自分は単に「見た目」とか「動き」とかが好きなだけであって、
彼らの「悪役としての生き様」に惹かれている訳でもないことが見えてくる。

ボバ・フェットだって、別にカッコいい生き方してるワケでもない。 ただの賞金稼ぎだ。
やられ方だって糞ダサい ボバ・フェットがカッコいいのは、声と、見た目と、乗ってる船だけじゃないか?


(敵役で、明らかに悪いことしてるのに考え方とか生き方が魅力的っていうのは、やっぱジョジョだなぁ)


そうやって考えると急に、
スターウォーズのキャラには、「内面としての魅力」というモノが欠如しているのではないかという気がしてくる。


ちなみにまた言うけど、自分はジャー・ジャー・ビンクスに対して「殺意」まで抱いたことはねーですね。
ジャージャーに対するヘイトって、英語人にしか分からんのじゃないか?

一部の黒人さんのナマリを使うキャラということが問題なワケで、
そういうキャラがウザキャラアホキャラやっているということが問題なワケで。


◆音楽?

音楽は好きです。

以上。


◆美術?

美術は好きです。

いじょ、
いやだが、本当にそうだろうか?



新エピソードになってからは、なんかああいう「いかにもCG然とした風景」が増えてきた気がするけど、

やはりスターウォーズの本当の魅力は「荒廃感」なのではないかと、そんなことを思ったりする。



こんな動画を貼ってみたりする。


4 Rules to Make Star Wars Great Again


◆設定・SF感?

で、この動画の言いたいことは結構自分も分かる。


でも別に「ミディクロリアン」に関してはいいんじゃないの?とか思っている自分もいるのだ。

ようはアレ、「ミトコンドリアのフォース版」ということじゃないか。



「なぜフォースという力を使える人間がいるのか?」

「ていうかフォースってなんだ?」

「じゃあフォースの強い人間、弱い人間の差ってなんだよ? 気分か? さじ加減か?」

「じゃあ無制限に強い奴がいたっておかしくないってことじゃねーか?」


・・・
みたいな疑問は、考えれば出てくるわけで、そういう「疑問」が「放置」されることはともすると「醒め」に繋がる。

だから
そういうのへの「アンサー」として、
ミディクロリアンというものがあり、それらから力を与えられているという設定を敷いた。

それの多寡でフォースの強さとか才能が決まるというワケだ。 だからそれ基準でスカウトとかもする。 合理的。


(生物の細胞内にミトコンドリアという他生物がおり、それらからATPを与えられてエネルギーにしている、というのがあるわけで)

(だからこの設定はそんな突飛なものじゃない)

(いやむしろ我々通常の人間だって、ある意味「フォースのような力の得方」をしているのだと)

(そういう考え方が出来るようになる) 

(だから自分はこういう、「現実と絡めたようなSFの設定」って好きなのだ)



以上、
ストーリー
キャラ
音楽
設定
・・・

辺りをさらっと分析してみると、
なんか自分がなんで(一応かつては)スターウォーズ好きだったのか?というのが割と分からなくなってくる。
スターウォーズの魅力とはなんだろうか。


残るは「センス・オブ・ワンダー」とか、そういうことになってくる。
要は子供の頃の自分が「ファントム・メナス」で得られたワクワク感があれだ。
(それと同じようなことが、あれから15年以上経った自分が出来るだろうか・・・?)


いや本当にこういう話も出来るわけだよ。

というか話の順番はこっちを先にしてもよかったワケだ。


つまりまぁ、
今の自分では、スターウォーズの新作を純粋に楽しめない予感がするのだ。 全くもって。


目の前で何が起ころうが「ほーん」としか言わないのではないか、そんな恐れがある。


予告とか見てもそうなのだ。


帝国と反乱軍の戦争は終わったんじゃないのか?
次何やるんだ?
十字ライトセーバー? 
へー凄いですね。 それ役に立つんですか?
でも、グリーバス将軍の4刀流は超えられんでしょう?
・・・

みたいな感じで、なんかもう
これからスターウォーズから起こる展開に、心の底から別にワクワクはしない自分がいることに気づいてしまっている。


そんな自分が今更見ても仕方ないだろう?という思いもあるのだ。



というわけで、こっちから行っても結論は同じ。

自分みたいな奴はスターウォーズの新作を見るべきじゃない。 むしろ失礼だと。 そんなことを思う。


じゃあ「失礼」ついでに、「もっと失礼なこと」を言ってみようか。


スターウォーズってそんなに偉大な映画だろうか?

(これはとんでもないことを言っているぞ)



勿論、普通の奴がこんなセリフ吐いていたら、タダの馬鹿である。



古い映画の何がどう偉大だったか測ることが出来ない人間は、
『巨人の肩の上』という概念について調べてから、死ぬべきである。
(これは、自分がいっつも言っていることだが)



スターウォーズがどれだけ映画史を変えてきたか。

いや、映画だけじゃない。
ありとあらゆるエンターテイメントが変わったと言える。

あの映画の前と後で、どれほどの事が進歩させられたか。

アニメも、漫画も、ゲームも・・・
意識的にせよ無意識的にせよ、一体どれほど膨大なモノがスターウォーズの影響下にあるか。

それを考えれば、上記のようなセリフは到底、吐けない。




それを言うのは、単に名作・古典と言われた作品を見ても、よく分からんかったから
とりあえず
「こんなの過大評価!」
「今みたらCGも特撮も大したことない!」
「昔の人はこんなので感動してたの?」

みたいなことしか言うことができない人間だ。

そしてそういう人間が一番しょうもない。


だが、自分が言っているのはそういう意味ではない。

自分が比較しているのは「ホドロフスキーのDUNE」なのだ。


ホドロフスキーのDUNE!
ホドロフスキーのDUNE!!
ホドロフスキーのDUNE!!!



あれが世に出ていれば、スターウォーズは今ほどの評価は得られなかったらしい・・・

むしろアレが秘密裏に葬り去られたから、今、スターウォーズが陽の目を見ているらしい・・・

いやいやむしろアレのおかけでスターウォーズが産まれたようなもんらしい・・・

スターウォーズには、ホドロフスキーのDUNEの未完のコンテからパクってきたようなシーンが、いっぱいあるらしい・・・

そんなんでスターウォーズは評価されているんだ。



参加メンバーからしてヤバイ。

ホドロフスキー・・・
ギーガー・・・
ダリ・・・ (ダリ、ダリっておい!)
メビウス・・・
クリス・フォス・・・
ダン・オバノン・・・
オーソン・ウェルズ・・・
ミック・ジャガー・・・
ピンク・フロイド・・・
(ダグラス・トランブル・・・)


ど、どんなメンバーだ。


ホドロフスキーのDUNEを知る業界人は、アレが実現していたらマジで凄かっただろうと語っている。

スターウォーズも、エイリアンも、埋没していた可能性。

(ていうかエイリアンなんかは確実にDUNEが潰れたから産まれたようなもんだろう)
(ギーガーなんか映画畑の人間じゃなかったんだから)

(コンテだけの存在なのに、後の世界に影響を与えている!!)

あまりに凄すぎた企画なので、ホドロフスキーはその才能をハリウッドから恐れられて、作品は闇に葬られたらしい。

(なんか陰謀論っぽくなってきたぞ・・・)



・・・
まぁとにかく
ホドロフスキーのDUNEとスターウォーズは
「陰と陽の関係」 にあるわけだ。


で、そういうことを考えだすと、
「真に評価されるべきモノは何か?」みたいな話になってくる。



今、我々は、ホドロフスキーのDUNEがお蔵入りになり、スターウォーズが大ヒットして評価されている「世界線」に居る。


ホドロフスキー監督は、まぁ、なんか、カルト映画界では神扱いだけど、知らん人は知らん。
一方、ジョージ・ルーカスは巨匠扱いである。 (一発屋とも言われているが)
(その一発当てた作品を、あとからいじり倒してセルフレイプしているだけの奴だと、サウスパークでもよく馬鹿にされている)


だが、その逆の世界も大いにありえたはずだ。



ホドロフスキーのDUNEが先に世にでて、
スターウォーズなんかは、
「むしろDUNEに比べたら二番煎じだし大したことねーな」という扱いになっている、そんな「世界線」!!




そっち側の世界に居たらどうなっていたか。

そっちの世界線だと、映画史はどうなっていたか!エンターテイメントの歴史はどうなっていたか!



ホドロフスキーのDUNEが世に出ていた方が、世界のエンタメの進化スピードはよっぽど加速していたかもしれない。
それほどまでにホドロフスキーのDUNEは凄かったらしいのだ。 

(なんで伝聞でしかねーんだよ) (だって見られないんだから仕方がない)


ホドロフスキーとジョージ・ルーカスの立ち位置が逆転している世界!

ソッチの世界線に住んでたほうがよっぽど面白いことになってそうじゃないか?

「ハリウッドの大作映画って単純明快・軽薄短小でつまんねーなー」とか言ってる人たちも
メジャー映画に満足出来るような
そんな世界線になっているかもしれないじゃないか!!

(リドリー・スコットとデヴィッド・リンチもどうなってたことやら)


・・・
ということを考えた上ならば、

「スターウォーズってそんなに偉大な映画だろうか?」

という上記のセリフも、やっと吐けるようになるのではないだろうか?



なんか、スターウォーズが
横から功績をかっさらっていったハイエナのように思えてくる。

「映画界の真のイノベーターは誰だったのか」
「その名声を真に得るべきだったのは誰だったのか」
「本当に才能を持っている人間は誰なのか」
「本当に評価されるべき人間は誰なのか」



本当に世界を変えたと言えるSF映画は、
本当に評価されるべきSF映画は、
「2001年宇宙の旅」と 
「ホドロフスキーのDUNE」二強なのではないか???

(なぜこの2つなのかというと)
(「2001年」は「DUNE」以前なので。)
(それ以降のSF映画は、スターウォーズも、エイリアンも、ブレードランナーも、マトリックスも・・・)
(みんなみーんな、ホドロフスキーのDUNEの影響下にあるらしい)

(どんだけ)


ちょっと変な喩え話になるが、

「電話を発明したのはエジソンが先かベルが先か」

勿論みんな、ベルが発明したということを知っている。

だが、ちょっと世界線が変わっていれば、ベルなんかも歴史の暗部に葬り去られていたかもしれない。

だった、エジソンはそういうこと平気でやる人間だったから。 いやマジで。


この構図について考えると、何か恐ろしくなってこないか?


つまりこういう考え方ですよ。


今現在「成功している人間」というのは、「何かを蹴り落としてきた人間だ」という見方も出来る。


そしてその人間が「自分が成功するために蹴りおとして来た人間・才能」は世の中から永久に失われてしまったりするのだが、
当然我々は「平行世界を観測する能力」なんて無いので、
それらのモノに対して
「あれはこっちよりも凄かった」とか比較することも出来ないし、
「あれが無くなったのは惜しかった」と惜しむことすら出来ないのだ。



じゃあどうなのか。

今売れている作品、今ウケている作品、

目の前の「それ」だけを評価するのが、本当に人間のやるべきことなのか?という気がしてくる。



今、スターウォーズが話題になっているからって、それだけを有難がるような人間でいいのか??


エジソンは偉い人でいいのか?? 本当にそれは常識なのか??
テスラのほうが偉いんじゃないかな?



死んだ子の年を数えろ!!!!



はい。

これが、今の自分が、大体スターウォーズについて感じていることです。

意味不明。

完。
関連記事
[ 2015/12/17 13:11 ] 痛感想文系 | TB(0) | CM(7)
スターウォーズはベイダー卿のストーリーだっていう事をどっかで聞きかじった程度のにわかファンです。
スターウォーズという作品を矮小化する事が許されるなら、私にはこれはベイダー卿が息子のルークにボコボコにされながらも最後に皇帝を倒すという「お父さんはかっこいいよ!」的な何かを表現したものに思えます。そうであるならば、この作品は、それを見るものとその父親との関係如何によって、そこから感じられるものが違ってくる気がします。

そして宇宙。

[ 2015/12/18 06:15 ] [ 編集 ]
はじめまして、だいともうします相互リンクを結びませんか!
映画のスターウォーズは全部好きです
小説版は呼んでません><てへぺろ
今回の映画は恐らく見にいけません(恐らく安くなってレンタル屋さんにまで並ぶようになってようやく見はじめる民です)

相互リンクのメリットは私からコメントが来るということです

どうでしょうか
だめでもよくてもブログのほうにアクセスしていただければとおもいます
[ 2015/12/20 22:34 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無し さん


>そうであるならば、この作品は、それを見るものとその父親との関係如何によって、
>そこから感じられるものが違ってくる気がします。


そういうのは分かります。

年取ってからみたり、人間関係が変わってから見たりすると
全然味わいが変わったりしそうですよね。


それまではSF活劇だと思ってみていたものが、父と子の和解の話に思えてきたり。


エヴァなんかも、そういう風に、見る側の人生が変わると見え方がガラッと変わってくるようです。

(自分は人生の厚みが無いのであんま変わらんですがw)



で、
多分そういうのは、ジョージ・ルーカス自身が、
自分の人生を投影したような作品として、スターウォーズを作っているからなんでしょうね。

この、町山さんのスターウォーズ解説が好きでした。

http://miyearnzzlabo.com/archives/32101



[ 2015/12/24 14:20 ] [ 編集 ]
コメント返信
> だい さん


> はじめまして、だいともうします相互リンクを結びませんか!



ていうかもう、はじめましてでは無いですね。


自分のコメ返信を読んでもらってない感じでしょうか。
自分は自分の記事のところにコメ返信してますよ。


> 相互リンクのメリットは私からコメントが来るということです


それを読めば自分が別にコメントなんか欲してないということが分かってもらえると思うのですが
どうなのでしょうか。


まぁとにかく相互リンクというのは、やりたくないのでスイマセン。

なんか意味がわからないというか、全時代的というか、
村社会的な形骸化した、廃れた慣習というか、
そういうのを感じます。


あと、駄サイクル的なものも感じます。 駄サイクルはだめです。



[ 2015/12/24 14:27 ] [ 編集 ]
なんだかすみませんでした
[ 2015/12/24 16:29 ] [ 編集 ]
自分もシリーズは全て観ましたが、実際に帝国側がどんな悪いことをして悪とされているのかというところが弱くて、なぜ反乱軍はそんなにがんばってるの?って感じでした。
自分もマトリックス好きです。
[ 2016/01/04 14:30 ] [ 編集 ]
コメント返信
> くるす さん


> 自分もシリーズは全て観ましたが、実際に帝国側がどんな悪いことをして悪とされているのかというところが弱くて、なぜ反乱軍はそんなにがんばってるの?って感じでした。
> 自分もマトリックス好きです。



自分も復習してて思ったんですが

というか「みんな本当は世界を良くしたい」んですよね。


ベイダーは本当はルークと一緒に皇帝を倒して内部から帝国を作り直したかったわけだし、

パルパティーンも多分、人間のための住みよい共和国を作りたかったのだろうし。

そのためにクッソうざいジェダイを消したけど、多分それで実際世界は一時的に「平和」にはなっただろうし。


クローン・トルーパーとか基本いいやつなんじゃないかなぁとか思うんですが、
その辺がいつのまにか悪いストームトルーパーに取って代わられるわけで。


でもやっぱ「デススター」ですかね あんなん作ってるからおこられるんでしょう。


こういうこと考えると、アナキンが本当に精神的に悪堕ちしたのはいつなのか、
それがよく分からんような気もします。


「自分の視点からすればジェダイのほうが悪だ!」

↑こんなセリフが吐けている内は理屈が通る「同じ人間」だと自分なんかは思ってしまうのです。


話が通じるのなら
そこにライトサイドもダークサイドもないと思うのです。


そうやって「自分の正義のためにジェダイを殺した程度のアナキン」ならまだ本当の悪堕ちでは無い気がしてきます。

いつのまにやらデススターとか作るようになっている。 その辺のミッシングリンクが気になる所ですね。



[ 2016/01/07 16:01 ] [ 編集 ]
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