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コメント削除エボリューション

 

去年書いたワースト記事は「ミュート論」だったろうけど、
多分、今年のワースト記事の決定版が、もう出来てしまいましたね。 それがコレです。


「罵倒コメント」「嫌味なコメント」というモノについて真剣に考えてゆきます。



このブログのコメント欄というのを注意深く見てる人は分かるかもしれんけど
このブログには定期的に「さっさと働け!死ね!」みたいな罵倒コメントがついてたりします。


自分はもうあんまし罵倒コメを相手したくないので、
最近はそういうコメントを削除するようになってしまったのですが、
まぁそのことについて書く。


見ている人も、「なんかコイツ感じ悪いコメントはすぐ消すようになったなぁ」って
思ってるかもしれないから。



なぜ、そういうことをするのか。



最終的な結論を書いてしまうと、自分は
「自分のコメントが「消されている」ということに気づくことが、相手の精神的成長に繋がる」と信じているからです。


何言ってるかイミワカラんだろうけど、
このことについて延々と説明していきます。


嫌いになりたい人しか読むべきではない



 
何故コメントを消すのか 消されるのか

まぁ、
本当に不愉快なコメントが見たくないのであれば、
そういうコメントをする人は「ホストごとブロック」してしまえばいいのですよ。


そういう機能がブログにはちゃんとついています。


でも自分はそういうことは殆どしたことが無いです。


一回だけ「おうテメェそんなに俺がムカつくのなら、俺のIP毎ブロックしてみろやあああ!!」みたいな挑発をしてきた人がいたので
その人はお望みどおりにブロックしてあげたことはあります。


でもそれ以外は、業者以外でブロックはしたことは一度もないと思います。


つまり、自分は、どんな罵倒コメント、嫌味ったらしいコメントをする人にも、一応
「次の機会」を「与えている」つもりなのです。


相手のつもりで考えてみよう。


なんかむかつくブログがある。

むかつくことを書いてある。

みればauthorは「ニート」を名乗っている。

こんな奴はいくら馬鹿にして叩いてもイイはずだ。


で、
「死ね」とか
「そんなこと書いてないで働け、さもなくば死ね」とか、
「さっさとこんなブログやめろ」とか、

そういうコメントを書いていく人がたまに現れるワケだ。




で、それを受けて自分はどうするか。



別に矢口真里みたいに「死ねって言葉は良くないと思いまーす」みたいな意味不明な事は言わない。

「死ねって言って、本当に死んだら責任取れるんですか??」みたいな意味不明な事は言わない。

(頭が悪すぎて意味がわからなく感じる)



自分が思うこととしては、そうじゃない。


どっちかというと

「本当に死んだらどうするんですか?」ではなく

「なぜ相手を本気で殺せないような説得力のない言葉しか使えないんですか?」

という疑問が先に出るんです。


だって、

「こんなブログやめろ、死ね」みたいなコメント受けて、本当に自分がブログやめると思いますか?
それで止めるならとっくにやめてますよ。
いい加減に学習するべきである。


で、自分はそういうコメントはもう相手せずに、削除するようにしてしまっている。



昔はそういうのも全部ちゃんと相手してたような気がするけど、
そういう「相手」から、更にちゃんとレスポンスが帰ってきたことなんて、殆ど無かったからです。


つまり
「短い罵倒コメ」をしてくる人というのは
なんかもう「投げっぱなし」で、再びここに訪れる可能性なんて相当低いのではないかと思うのです。


そりゃそうだ。

相手の心境を想像すれば大体分かる。

「立つ鳥あとを濁す」の精神で、
「後は野となれ山となれ」の精神で、罵倒コメを残して、

振り返らずに立ち去っていってるのは、大体分かります。



となると、そんなコメントは相手する意味も喧嘩する意味も反論する意味も殆ど無いのが分かります。

相手は、対話も、反応も、議論しあって高め合うことも、何も期待していない、もう帰ってこない存在しない人間なんだから。

だからもう相手しないのです。

こっちだってそういうことを「学習」しちまうのです。


「嫌味なコメント」に対して反論するということ自体は簡単です。


自分がよく書いてる「ゲーム感想系の記事」が気に入らない人の中には、結構
「立つ鳥後を濁す」系のコメントを残していく人が多いですね。


例えば
「単にあなたが気に入らなかったってだけじゃないですか」
「狭量なレビューですね」

みたいなの。


それはそのまんま、あなたが自分のゲーム感想文が気に入らなかったってだけじゃないのかと
あなたが好きだったゲームを自分は全肯定しなきゃならんのか? 言論の自由はどうなる?と
そんなワケないだろ?と

貴方のコメントは、そのまんま、まさに「貴方の狭量さ」を示してるだけなんじゃないのか?


・・・
みたいな感じでね。

こんな感じで嫌味に嫌味で返すことはできるし、昔はこういうことをイチイチやってたような気がする。

大体の悪口というのはそのまま相手に帰っていく事が多いです。

だから相手すること自体は簡単なんです。





でももうこんなのは感じ悪いだろうし、

どうせこういう
「書いている内容に対しては一切本質的な反論は出来てないけどとりあえず貶しておく」系のコメントをする人というのは

このブログを再び読みに来ることは少ないだろうから
コメ返信したところで意味が無いし、

結局、「喧嘩した跡だけが残るだけになる」から、もう相手するのはやめたのです。


・・・
「立つ鳥後を濁す系」の人を相手しないという方針については説明終わりです。


だけど自分には、
それでもなお「期待」している部分があります。


中には、
「ずーっとこのブログに粘着してるっぽい人」もいるっぽいからです。

なんとなく文脈で、ずっと前からこのブログを読んでないと書けないようなことを含んでいるっぽい人もいるからです。


実は、

自分は、そういう人が一番構気になります。

なんで、ムカつく奴のブログをずーっと読んでいるのか?

「怒り」だけで執着しているのか?

何度コメントを消されても、

学習せずに同じような文体で結局短い罵倒コメを書き込んでしまうのは何故なのか?

物凄く気になります。



だって、もし逆の立場だったら、自分だったら、
「工夫」するから。



もしもあなたが「荒らしの立場だったら」ってこと、想像してみてください。



ムカつくブログを見つけた。

気に入らないことが書いてある。

でもなんかややこしくてめんどくさくて反論できない

やっぱりムカつく!

「糞ニート死ね」とかコメントする。
「ちゃんと読んでないけど書いてることアホですね」とかコメントする。

しばらくしてまた見に行くと、自分のコメントだけが消されている。

やっぱりムカつく!

このブログに粘着してやろう!

さて次はどうするか・・・



ここで自分なら、絶対に「工夫」をします。


ああ、あんな感じで、

対話を放棄したような、

相手の書いたこと全部無視してレッテル張りしてるだけのような、馬鹿扱いしたいだけのような、

ああいう書き捨てたような短文の罵倒コメでは、

すぐに削除されて終わるだけなのだなぁ。

・・・
ということを学習します。自分なら。


だったら今度は 例えば

丁寧語で、慇懃無礼に、いやみったらしく、相手の揚げ足を取るような感じで

良い感じに皮肉たっぷりに、うまいこと、痛いところを突いたような感じで、

そういう長文のコメントを懇切丁寧に書いてやろう!

長文で敬語のコメントなら流石に削除はできないだろう!!

だがもしそうやって一生懸命書いたコメントを消された日には、もうコイツだけは絶対に許さん。

自分の全勢力をかけて潰してやるからな!!!


・・・
みたいなことを考える筈だと思うのです。


(で、本当に慇懃無礼で嫌味っぽいコメントになって帰ってきた場合は)
(自分はそれ以上に嫌味っぽいコメントで返してあげますけどね)
(それこそが「しっぺ返し理論」です。)
(それで相手に「何か」を学習してほしいと思っているからです)



いやマジで、自分が荒らしの人の立場に立って考えたなら、こうなる・こうすると思います。

ていうか荒らしの人には皆こういう風に思考してほしいものです。

効かない同じ手を延々と続けるなんて無駄なことはしません。 無駄無駄。


いつまでたっても短い短文のレッテル張りだけの罵倒コメ、

相手を本気で死なせたくなるようなことが全く書かれていない、

何故死ななければならないのか根拠が全く書いてない「死ね」一点張りの罵倒コメ、

そういうコメントをしている限りは、一発で削除されて終わりだということを「学習」して欲しいのです。



いや本当に。


自分は荒らしの人が、
長文で丁寧で、説得力たっぷりなコメントを書く人に「成長」してくれることを、心のどこかで期待しているのです。



もしも、
普通なら、何度も消されているうちに、
「このままじゃ相手してくれないなぁ」
「やり方を変えなきゃ行けないなぁ」ということが、自ずと見えてくると思うんですよ。


さっきも言ったけど、「タダの罵倒コメを残して去っていくタイプの一見さん」ならまだいいですよ。 (よくないけど)

「このブログずーっと見てるっぽいのに学習できない人」のことが、自分は気になるんです。



だって、
それまで、短文の罵倒コメしか出来なかった人が、何度も消されていくうちに成長して
急に丁寧で長文で、ハナから馬鹿にしたような態度じゃないコメントを書けるような人になったら、
自分はもう削除なんかしませんよ。
(そりゃそうだ)



アルジャーノンのネズミが急に成長したみたいで面白いじゃないですか!!



自分はマジでそのことを期待しながら、コメントを削除している所があります。 マジで。 これは本当にマジで。



それとも、荒らしさんにこんなことを期待している自分の方が狂っているのでしょうか?
(はい)


ていうか、
今まさに貴重なサンプルになりそうな人が来ていると思うのですよ!!


今まさに、なんか自分のゲーム系の記事に腹をたてて粘着してるっぽい人がいるんだけど、

その人が「コメントを削除される度に戦略を変化させていく」のを観察するのが結構おもしろいのです!



最初の内は、ただの「慇懃無礼」「揚げ足取り」って感じだった。

だから自分は相手の態度をそのままひっくり返したような態度で返答したんだけど、それが気に食わなかったらしい。


その後、一気に敬語を使うことが無くなって、
「馬鹿扱い」 「下手くそ扱いしたいだけ」系のコメントをしてきた。 
(だいたいフォールアウトみたいな難易度のゲームで上手い下手とか無いだろうに)


で、そのコメントを削除したら「反論できずにコメント削除しやがって雑魚負け犬が~」とか言い始めた。 
(まぁこれが本性である)


だがそれでも終わらなかったのです!


それも削除されたら、こんどは「長文」を一生懸命、他のゲーム記事にも書いてくれるようになった!!



これが面白いのですよ! 発狂したような罵倒コメントを書いていた人が、
なんか一生懸命、噛みつくような長文をちゃんと書くようになったのです。




さらに面白いのが、罵倒語を使った次の日には また再び「敬語」を使うように戻ったり、

「あなたは宗教の教祖に向いてますよ~」とかの 褒めてるんだか貶してるんだかわからないような文法を使ってきたり、

急に「あんたが羨ましいよ」とか言ってみせたり、

とにかく「色んな方向から」 「搦め手」 「褒め殺し」 「硬軟を取り混ぜて」 「別人の振りを装ったりして」


なんとかしてコメントを消されないように、相手してもらえるように、「工夫」をし始めたのです!


(こっちからすれば喋り方を変えたりして別人のフリしても同一人物なのは分かるんだけどなぁ)
(でまぁ、やっぱりコメント自体は「馬鹿にしたいだけ」なのが伝わってくるから まだまだ消しますけどね)
(自分が宗教嫌いなのを調べてからそういうコメントしてるんだから、やっぱ馬鹿にしたいだけなのが分かる)


でもこれは本っっっっ当に、面白い現象だと思うんですよ。


自分は本気で、「人間は削除されているウチに成長できる」と信じているのです。


何故か?


そこには「まなざしの相剋」があると思うから。


荒らし人のの気持ちで考えてください。



それまで貴方は「王」だったのです。


相手はニート。 いくら叩いてもいい、いくら馬鹿にしてもいい存在。 その筈だった。


だから、罵倒コメを書いた。


さてそれでどうなったか?


罵倒コメに対して、顔面真っ赤で怒っているかな?


見に行くと、あのニート、他の人のコメントにはコメント返信しているくせに、


「自分のコメントだけが削除されているではないか!」


まるで最初から無かったかのように、自分様が書いてやったコメントが消されている!


これが大事なのです。



それまで自分は「上の目線から一方的にニートを裁くことが出来る王の立場」のつもりだったのに、

いつの間にか「検閲されるべき、その他大勢の糞コメ側の立場」に立っていることに気づくのです。




これが「まなざしの相剋」です。



いつの間にか、「主体」だと思っていた自分が「客体」・「タダのモノ」に成り下がっていることに気づく現象。

「自分が世界を眺めている」と思っていたのに、実は「自分が眺められている側だった」ことに気づく現象。


無視する相手が悪い!と一方的に思っていた筈なのに いつの間にか

「無視される自分とは一体何が悪かったのだろうか?」と考え始めてしまう現象。

えの素

自分はニートを断罪する立場だと思っていたのに、

単に糞コメとしてあしらわれているだけの立場でしかなかったことに気づく現象。



この大いなる転換!!



この「気づき」を経れば、荒らしの人も何かを学習し、成長出来るはずだと、自分は信じているのです。



世界にアプローチをかけると、自分も世界からアプローチをかけ返されているということ。

だから、必然的に自分の立ちふるまいというのが変わってくる。

より必然的な、効果的な、効率的な、あるべきフォルムに最適化されていくはずなのです。


「低コストのテキトーなコミュニケーション」じゃ捨て置かれるだけなことに気づけば、
多少面倒でも、「丁寧なコミュニケーションを取ったほうが効率がよい」ということを学んでいくのです!



で実際に、

罵倒コメをしていた人が

何度も削除されるうちに

ちゃんと「丁寧語」「敬語」が使えるようになったりする現象を確認できました。




だがまだ、言葉の端々に「嫌味ったらしいニュアンス」を含めてしまうのだけは止めらなかったりする。


じゃあ、次だ。

そこまで成長できたんだ。

嫌味ったらしい言葉をなげると消されるか、もしくは嫌味ったらしいコメント返しで返されることを更に学習すれば、

そこでようやく、「嫌味」を混じらせることをやめて、ちゃんとした指摘コメントを書けるようになったりするということです。




つまり、

本当に他人に構って欲しけりゃ「皮肉」「嫌味」を混ぜればいいってもんじゃないということ。 (北風と太陽)

「言いたいだけの皮肉は実は知性じゃないということ」を、
やっと学習するのです。 

サウスパークs16e08 Sarcastaball を参考に)


「嫌味」ったらしい言葉遣いをすれば相手の気を引けるか? 

「反論出来ないからってコメント消してんじゃねーよ」みたいな「挑発」をすれば 次は構ってもらえるか?

「皮肉」を織り交ぜるコミュニケーションによって相手を説得させられるようになるか?



実はそんなことないのである。 小学生男子じゃないんだからさ。

そういうことに気づいて行かなければならない。




つまりここでやっと「対等の立場で対話をする」という、当たり前の必然性に気づくのではないかと。

・・・

そういうことを自分は期待しているのですよ。


またニコニコ動画について考えていく。


ニコニコ動画での 「荒らし気質のコメントをする人」について考えていこうではないか。

CYAN & BIG

荒らし気質の人が、実況動画に糞コメをするとする。

主のプレイ方針を批判したり、馬鹿にしたり、
動画の雰囲気を悪くするようなことを書いたり、
ゲームのアラ探しをしたり、ネガキャンしたり、
または、視聴者同士で争うことになりそうな話題を振りまいたり、


・・・そういうことをしている人がいたとする


いや、ここでは更に「そういうことをしている人のつもりになって」考えていこう



で、そうやって嫌味なコメントをばら撒いたあと、 その人はどうするか?


きっと
しばらくしてから、自分がそういうコメントした動画に戻ってきて、
「自分のコメントによって動画がどういう風にかき回されたか」 それを確認しに来るはずでしょう。



で、その時に動画がどういう状態になっていたら最も喜ばしいか? (またはその荒らしの人にとって腹立たしいか)
それを考えてみてください。


で、ここで例えば、

糞コメにいっぱい反論コメントがついたり 
「いやこの主のプレイ方針はこれでいいんだよ!お前が馬鹿だ!」 みたいな反論コメント)

糞コメで議論が紛糾して、関係ない話題で動画が荒れてたり、

糞コメをNGにしただのしねーだの、そういうNGアピールのコメントだらけになったり、

・・・


「そういうたぐいの結果」が起こっているウチは、

そうやって「反論」したり「否定」するみたいな「反応」があるウチは

荒らしの人はそれで実は満足していると思うのです。




そして、「こうやって攻撃的なコメントすれば勝手に動画は荒れるのだなぁ」と味をしめてしまうのです。


味をしめてしまうからこそ、成長しません。 他の動画もそうやって荒らす筈です。


これではいけません。 これではお互いに成長がありません。


ではどうなるのが理想か?


それは、 荒らし気質の嫌味なコメントが「共有NG」行きになって、 

最初から表示すらされずに、
誰もそのコメントを相手にすらせずに、みんなが動画を楽しんでいる。


自分の存在だけがまるで最初から透明だったかのよう。 蚊帳の外。

そういう状態になっているときが、荒らし気質の人にとって 最も屈辱的であり、

それゆえに「最も成長すべき瞬間」になる筈です。




「自分のああいうコメでは動画に何の影響も与えることができなかった。 全く参加することが出来なかった」

「ああいうタイプのコメントをすると、自分のコメだけが非表示になって、最初から無かったモノのように無視されてしまうのか」

「ああいうタイプの嫌味なコメントをしたところで、世界に何の影響も与えることが出来ないのか」
・・・


そういうことを学習する良い機会になるからです。


まぁそんなワケで、自分は


自分だけが完全に「無視」されて「削除」されているという事態こそが
攻撃的な人を成長させることができる
と信じているのです。




(まぁこの辺を結論にして綺麗に終わっておけば良いのだろうが、蛇足)


他にも。

そもそも、どういう立場の人がニートブログに罵倒コメとかを書くのでしょうね?

自分は想像できないです。
だからこそ面白いんですが。


立派に働いている人が、ニートブログに「働け!死ね!」ってコメントしてるんでしょうか?

なんかその構図って「変」な気がしませんか。 なんでそんなに余裕がないんだろう。

なんか、立派なサラリーマンだった人が、急に心の狭いルサンチマン野郎になったような感じしませんか?

本当に立派に働いている人なら、ニートなんて叩く必要なくないか?

それが自分には凄い違和感なんです。



だから自分は、ニートブログに「働け!死ね!」ってコメントする人のことがわからない。

どういう立場の人がああいう罵倒コメントを書いているんだろう・・・?

「働け!死ね!」という命令に従うor従わねー以前に、「不思議だなぁ」だという感覚しか出てこないんです。


ぶっちゃけてしまえば自分は

立場を明かさない人からいくら「働けor死ね」とか言われたって、従う気にはなりませんよ。

そういう人が自分の立場を表明してくれれば、一気に話は変わると思うんですけどね。 (まぁ有り得ないだろうけど)


ていうか別にリアルでの仕事の役職の話とかはどうでもいいんだ。


そんなのよりかは例えば、
相手が「物凄い面白いフリーゲームを作っている名のある人」だったとする場合。


するとその人は
「働きながらも趣味で凄い面白いフリーゲームを作ってる凄い人」なワケですから、完全に自分の上位の存在ですよ。


そういう立場の人がさっそうと現れて、

「俺は働きながらも、自分の時間をやりくりして、これこれこういう評価の作品を短期間で作り上げたぞ!」
「お前みたいに甘えながら、ニトりながら、ダラダラと時間かけたワリに糞ゲー作って、恥ずかしくないのか!?」


とか言われたら、
そんなん自分は完全に全面降伏しますよ。

100%脱帽ですよ。


そういう人は現れないのだろうか?


で、そういうコメントをする人には未だにお目にかかったことがないし、

まぁ、そういう立場の人がニートブログに罵倒コメなんか書くわけがないし、

「書いてる暇があるわけがない」のも分かってきますよね。


ていうか「ニートなんか相手にする意味が無い」のが分かります。


(それ系の人を勝手に引き合いに出してきて、「虎の威を借る人」は出てきても良い気がするが・・・)
(かといってそういう「虎の威を借る人」のいうことなんか従う気にはならないから、結局無意味なのだが・・・)


つまりそういうことですよ。


自ずと、「ニートブログに罵倒コメを書く人」というのは、自動的に「ある程度の格以下の人」ということになってしまう。
(ひどい話だが)
(もし仮に、ある程度以上の格の人が立場を表明して貰えれば自分はすぐにひれ伏すのになぁ)

(ちょっと今のはミサワっぽかったかな? カーッ! 凄い人と知り合えないわーッ! カーッ!




いや、そもそもそんな風に相手の格付けをエスパーしなくていい。

そんなことをしなくても、元より、

ニートのブログに「死ね」とか書き込んでいる人というのは、その時点で
普通に客観視しただけで、そうとう人生の脇役サイドの人なのがわかると思うのですが。

(溺れている犬を叩いているような人)

そこんところを彼らは想像しているのでしょうか?

(そんな人間になりたいと思うか?)


これが自分は物凄く疑問なのですよ。


何故彼らは、そんな自分の罵倒コメを「相手がマトモに取る」と思っているのか、ということですよ。


何故そんな「人生の主人公度」を自ら下げるような行動をするのかが、自分には分からんのですよ。



自分だったら、金払われてもニートのブログに罵倒コメ書く仕事なんかやりたくないですよ? 

(金いくらもらうならやりますか? 溺れる犬叩き)


そんなことするくらいだったら、ちゃんとした長文書きます。


人のブログに罵倒の短文を投げつけるような、人生の脇役のような行動、
そんな人間にはなりたくない、そんな行動はしたくないじゃないですか。



それだったら、相手が誰だろうが、マトモな文章でコミュニケーションを取ろうとしてみる。


絶対に説得できなさそうな相手を説得出来たら面白いじゃないか??

そのワクワク感こそが人生じゃないのか??


例えば、テコを使ってでも働かなさそうなクソニートが目の前にいたとする。
そこで、貴方はどう行動するのか????



その時の対応の仕方で、「貴方の人生の主人公度」というのが問われているのですよ!!!


それなのに
そこで貴方は
とりあえず「働け!死ね!」というコメントをして、

(最初からそんなコメントに何の効果も無いということを心の底では理解しながらも)

負け組モードで、結果も振り返らずに去っていって、そんなんでいいのか?という話ですよ。




そんな行動を選択するのは、人生のその他大勢です。 いや、なんつーかモブ以下の行動価値しかありません。



何故、もっと、自他共に面白いことをやろうとしないのか、考えないのか、それが不思議なのです。



ほんとうにもう、全てが不思議で仕方がない。


さてこれからはどうしようかなぁ。


罵倒コメの対応についてはずーっと考えていたのですよ。


削除するか、スルーするか、応対するか、ブロックするか。


そのどれも違うかなぁと思ったりもするのですよ。


で、この中で一番相手を成長させられる可能性が高いのが、「削除」だと思っているワケですよ。

(この記事をここまで読んだ人なら、削除が人を成長させうること、分かってもらえただろうか?)


で、これからはコメントを削除したときは この記事へのリンクを無言で貼ってやろうかと思ってたりもするんですが、
それはそれでどうなんでしょうねぇ。
なんかタネを明かしてしまっているようなもんだしなぁ。



でも、この記事に書いている文章は
「自分からの、荒らしの人への最大のエール」のつもりですよ。 (これは皮肉じゃなく)


荒らしさんの人にこう成長して欲しい、

荒らしさんの人にこう変わって欲しい、

荒らしさんの人が何考えてるか教えてほしい、

荒らしさんの人がどういう立場の人なのか、ぶっちゃけ興味がある、

荒らしさんの人は本当は何を求めているのか、ちゃんと言ってみて欲しい、


・・・
そういう気持ちを全部正直に書いています。

自分側から言える全てのことです。



だから荒らしの人は、もうこの記事だけ読んでくれればいいんじゃないかとすら思っています。


そういう文章です。


ちなみに
改めて 「まなざしの相剋」の話だが、 自分だってそういうことはいっつも考えている。


当然、こういう文章を書くことで 「どういう解釈をされるか」ということだって常に360度考えている。


「お前だってクソなブログを世界中に公開することで馬鹿にされることをちゃんと覚悟しとけ!」
ということを言いたい人もいるかもしれない。

だが、そんなことは、自分の場合、言われなくても最初から前提として考えてることなんだよ!
自分の被害妄想と加害妄想と自意識過剰が合わされば、そんなことは息を吸うように常に思っている。

(つまりこれは「無知の知」を指摘されたときに)
「お前だって馬鹿じゃねーのかよ!」「馬鹿っていうお前が馬鹿なんだよ!」と開きなおるのと同じようなことなのです)


全員が意識すべきことであって、自分は既に意識しているということ。


まだ他にもある。

今回の このクソ文章の一番単純な解釈としては
「このニートがムカつくコメントを削除するときの言い訳をしているだけ」 という読みかたもあるでしょう。


まぁ、ある意味では それはそうなのかもしれない。


そう読まれることも考えてはいる。


だがそれにしたって、ここに書かれていること事態はそんなに間違ってないはずだと自分は思っているのです。

消したいコメントがあるのも、成長させたいのも全て本音だからです。



「お前は都合の悪いコメントをその大義名分で全て消すことができるのか?」

いやそうではない。 反論は受け入れるつもりだけど、

そこに意味もなく「嫌味」とか「皮肉」成分を混ぜる必要性が無いということをいい加減に学習してほしいということ。

そして、ここに書かれたとおりに
サーカズムを捨てる努力をしてくれれば自分はコメントの削除なんてやらないはずだから。



それに関してはマジで思っているからです。


なんで急にここまでのことを考えるようになったのか。


それはまぁやっぱり「フジマロさんのニコニコ動画撤退」がキッカケかもしれない。
(自分のことじゃねーのかよ)


インターネッツ上での「距離感」を考えずにコミュニケーションを始めてしまう人達、
そういう人達が増えすぎたせいで、世界はきっと碌でもない方向に進んでいく。


自分だって実際に、ああいうコメントがブログにつくことが心地よいはずがないからだ。


だからいい加減に

ネット上の距離感間違えてる人、

「嫌味」と「皮肉」と「挑発」を使えばコミュニケーションが取れると思っている人、

そういう人たちを成長させてやらねばならない。



でなければまた、好きな実況者さんが潰されるだけのクソなインターネッツになってしまう。
そのことを痛感したから こんなことを書いてしまったのかもしれない。



そんな感じ。

完。


どうすんだこれ

関連記事
[ 2016/03/03 10:42 ] このブログについて | TB(0) | CM(12)
相手が精神的に成長したら嫌じゃないですかね…?
自分だったらそのままどうぞ暴言吐きマシーンになって下さいって感じです…
いい年してインターネットに張り付いて暴言吐いてふと鏡を見て醜い顔の自分を見て下さいって感じです。
嫌みに聞こえるかもだけどそいつの自業自得ですし…

相手の成長って点は主さんと別の考えでした

私は主さんよりちょっと性格悪いかも…

無理がない範囲でブログ頑張って下さい。

[ 2016/03/03 17:13 ] [ 編集 ]
全然関係ないんですが、宗教についての記事を書いてほしいです。
宗教の肯定と、宗教の否定みたいな感じで。お時間あったらよろしくお願いします。
[ 2016/03/03 20:47 ] [ 編集 ]
2chで煽りに3行以上で言い返したら長文顔真っ赤みたいな風潮あるけど、
その理屈で言ったらこの記事はやべーよ
[ 2016/03/04 11:22 ] [ 編集 ]
聞きたいことがあるのですが
byneetさんの記事はなんというか、極論も多いですが、自分の頭で考えているんだなーっていうのが伝わってきて好きです。

論理的な思考を鍛える上で参考にした本とかあるのでしょうか??
あったら教えてほしいです。

また先日のゲーム話はおもしろかったです。
よければ恋愛ゲームについての記事も書いてほしいです。

[ 2016/03/04 22:07 ] [ 編集 ]
ブログの内容とはちょっと逸れてしまいますが、最近ありがちな現象として、正論を言ってるのに大人数の意見(まとめブログなどから流れて来た人達)によって中傷される事です。これは観ててとても胸糞悪くなります。
多分自分の頭で考える能力がないんでしょうね。
[ 2016/03/06 05:28 ] [ 編集 ]
申し訳ありませんでした
こんにちは。

半分、私の事を言われているようで
恐縮ですが、敢て弁明させてください。

私は藻屑名義以外でこちらに投稿したことは
過去に一度もありません。回数も最近、これを含めて
3回だけです。もちろんコメントを削除されたこともありません。
おそらく私とどなたかを混同なさっていらっしゃるようです。

とはいえ、ご指摘のように私の物言いに配慮が欠けていたことは
否めません。それに関しては深く謝罪いたします。
本当に申し訳ありませんでした。

ですが、貴方の技術と文才を羨ましく思う気持ちと、
貴方のカリスマ性が教祖に向いているのではないかと
思う考えに偽りはありません。
決して嫌味で言ったわけはない旨、どうかご理解ください。

一度、誤解されてしまうと容易には信じて頂けないかも
しれません。証明する方策がないのは残念ですが
私は貴方が削除した投稿者とは別人です。

これを投稿することでこの記事の内容を否定することに
なってしまいますが、誤解されたままでは
あまりに悲しすぎるので敢て投稿しました。
私は過去、意図して他人様のブログや掲示板を荒らしたことは
誓って一度もありません。

ずっと一人でゲームなど作っているとどうしようもなく
寂しくなることがあります。
こちらのブログからは元気を頂きました。
意図したことではないとはいえ、恩を仇で返すような
ことをしてしまい、申し訳なく思ってます。

どうかこれからもがんばってください。
応援してます。
[ 2016/03/08 11:25 ] [ 編集 ]
コメント返信

> 前の名前忘れた さん


> 相手が精神的に成長したら嫌じゃないですかね…?
> 自分だったらそのままどうぞ暴言吐きマシーンになって下さいって感じです…


自分的に 精神的に成長するということは 必ず「すぐ見えるような攻撃性」を隠すようになってくれることだと思ってるので
そんなことを願っているのかもしれません。
最近はもう喧嘩するのも面倒という感じなので。





> 名無し さん


> 全然関係ないんですが、宗教についての記事を書いてほしいです。
> 宗教の肯定と、宗教の否定みたいな感じで。お時間あったらよろしくお願いします。


はいどうもです。

これは放っておいても、いつか書くテーマだと思いますので多分ご安心を。 ほぼ確実に。必ず。

でも今すぐに書く予定は無いです。スイマセン。 今は、ベルセルクのことをまとめる記事を書いています。


宗教を否定をするときの材料は、自分的には山程ありますが、
逆サイドの観点も盛り込んで行きたいですよね。

その時、一番キーになるのが、サウスパークの s07e12 「ユタから来た転校生」というエピソードになるかと思います。
そのことだけお伝えしておこうと思います。

宗教の教義が間違っていても、
教義がデタラメであったとしても、
それでも幸せに生きていくための規範となるのなら良いのではないか?
むしろ何の規範も無く生きていて不幸な人間よりは。

そんな考え方が出てきます。


[ 2016/03/08 15:54 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 名無し さん


> 2chで煽りに3行以上で言い返したら長文顔真っ赤みたいな風潮あるけど、
> その理屈で言ったらこの記事はやべーよ


あなたのコメントには勿論3行以上で返します。


これはまぁ、


「2chでは3行以上で言い返したら顔真っ赤と言われている」
「この記事は3行以上の文章である」
「2chの言ってることは正しい」
「故にお前は顔真っ赤である」


というn段論法になっているわけですが、

自分が顔真っ赤ではないことは自分が一番よく分かっているので、

自分に言わせれば、多分これは、「前提」からして間違っているのでしょうね。



「3行以上反論したら必死」
「3行以上反論したら顔真っ赤」
「3行以上反論したらファビョってる」


なぜこういうことを言いたいのか、

「なぜそういうことにしたいのか」という点で考えてみてください。



すると見えてくるのは、

・長文を読むのが面倒であるという疲れた脳みそ (今北産業 3行以上読めない 等)
・相手に長文で返されたら面倒なので、事前にそういうルールを敷いておいて防ぎたいという思惑
・3行以上言い返さなかった(言い返すことすらできなかった)自分への言い訳
・面倒なことくどくどと言われたら、必死認定して逃げればいいという逃げの姿勢
・・・

などなどです。

「説得力のある長文を書いたほうが負け」なんていうルールがおかしいのは
ちょっと考えればわかると思います。




勿論 「説得力のある3行以内の反論」で返せれば、それで良いのでしょうが (特に2chでのコミュニケーションの場合)

でもそのルールをブログの記事にまで当てはめて、

「この記事の文章は3行以上あるからお前は必死」というのはどうかと思いますよ。






なんというかこれは

「俺を殺すのなら刃渡り3cm以下のナイフで殺しやがれ!」
「それ以上の刃物使ったらルール違反な!!」って言ってるようなもんな気がします。


インファイトを望んでいるカッコいい奴のように一瞬でも見えるでしょうか?
実態はチキンなのではないかと思います。

[ 2016/03/08 16:23 ] [ 編集 ]
Re: 聞きたいことがあるのですが
> じるじる さん

> 聞きたいことがあるのですが
> 論理的な思考を鍛える上で参考にした本とかあるのでしょうか??
> あったら教えてほしいです。


自分は本読まないですねー。 自分の本読まなさは凄いですよ。


自分が頭のなかで延々とめんどくせーことを考えるようになったのはいつのころからでしょうか。


『クリティカル・シンキング』という言葉を、中学か高校かのころから覚えて、
その言葉を意識して、常に疑問とか気になったことを限界まで考え尽くすようにしてきました。

その言葉も別に本で教わったとかでは無かったと思うのです。

とにかく、何か引っかかることがあったら、
「自分の頭のなかの材料だけでも延々と考え続ける」ということを ずーっと習慣にして来たんです。

あとは自分の頭の中で常にラジオの番組みたいなのを開いてるつもりになって、
ずーっと頭のなかでDJみたいにしゃべり続けてます。

それだけですね。 つまりあなたの質問に答えるとするなら、結論は「習慣」ということになると思います。


あと、本は読まないけどNHKの番組とかは見てますねー。
ダーウィンとか地球ドラマチックとかの動物系も見ますし、Nスペとか、白熱教室とか、
あと「100分で名著」などは、自分みたいに本読まねー奴にはピッタリの番組ですね。 (あれは痴豚様目当てで見てますが)


> また先日のゲーム話はおもしろかったです。
> よければ恋愛ゲームについての記事も書いてほしいです。

面白かったなら幸いです。 多分いつか書くでしょうね。 いつかは不明ですが。


[ 2016/03/08 16:23 ] [ 編集 ]
コメント返信
> 藻屑 さん



> 半分、私の事を言われているようで
> 恐縮ですが、敢て弁明させてください。


いやいや100%別の人のことを言ってますよ !


> 私は藻屑名義以外でこちらに投稿したことは
> 過去に一度もありません。回数も最近、これを含めて
> 3回だけです。もちろんコメントを削除されたこともありません。
> おそらく私とどなたかを混同なさっていらっしゃるようです。


コメントを消されたことが無いのなら、それで全く問題ないと思います。

あなたのことを別の人と混同していることも無いと思います。

自分がこの記事で言っているのは、もっと別種の人のことです。


その手の人のコメントは、まぁもう既に消されているので確認しようもないですが
全然違いますから大丈夫ですよ。



> ですが、貴方の技術と文才を羨ましく思う気持ちと、
> 貴方のカリスマ性が教祖に向いているのではないかと
> 思う考えに偽りはありません。
> 決して嫌味で言ったわけはない旨、どうかご理解ください。


ああ、この部分でしたか。

これは完全に誤解ですね。


この前 全然別の人が、
「リノア=アルティミシア説なんてデタラメな珍説を垂れるあんたは宗教の教祖にでもなればいいよ」
みたいなコメントを、FF8の記事に書いていったのですよ。

自分が言っているのはその人のことです。

(当然そのコメントは削除されてしまったのでもう確認できないのですが)



というわけで、なんかいらんところで誤解させてしまったみたいですね。



問題の

「宗教の教祖扱い」 についてですが、
まぁ、 嫌味でそれを持ちだしてくる人と、 善意でそういう例えをしてくる人がいることくらいは分かります。


だからそんなに恐縮しないでください。

自分の書き方も不用意だったかもしれません。
誰からどういう風に言われたかなんて割とすぐに忘れてしまうのです。


というわけで気を使わせてしまってスンマセンでした。
[ 2016/03/08 16:33 ] [ 編集 ]
最近は個人ブログでもコメント削除=何かやましいことがある!悪!みたいな風潮
一理ない。個人のものなんだから好きにすりゃええねん
[ 2017/04/30 21:23 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし
> 名無しさん

まぁそう思ってもらえるのなら良いのですけどね。

これもまた自分が被害妄想全開ということなのですね。
[ 2017/05/01 14:15 ] [ 編集 ]
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